インフィニット・ストラトス - 二人の男性操縦者   作:白崎くろね

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6.報酬はデートで

 

 見上げた空は、清々しいほどに晴れていた。

 まさに絶好のお出掛け日和だ。

 

「日差しが強いな……」

 

 まだまさ夏が始まったばかりだというのに、まるで真夏のような暑さだった。

 雨が降っているよりも、晴れていた方がマシだとはいえ、流石に暑すぎる。

 携帯で気温を確認したところ、三十四度もあるらしい。

 

 そんな中、オレは一人の女子と買い物に出掛けていた。

 来週から始まる臨海学校の準備というやつだ。

 

「……ご、ごめんね。こんなに暑い日に誘って……」

「あー謝るな謝るな。暑いのは簪のせいじゃないだろ」

 

 隣で申し訳なさそうにして歩くのは、青髪の女子――更識簪。

 

「う、うん……」

 

 気弱な性格をした女の子だが、やる時はやる気を出せる女の子だ。ただ、自分に自信が絶望的に低いからすぐ謝ったり、言葉を詰まらせたりしている。もう少し自分に自信を持ってもいいと思うんだけどなあ……。

 

(これも優秀な姉を持ってしまった故の弊害なのかねぇ……)

 

 あの姉も姉で少し……いや、かなり不器用なところがあるから困ったものだ。

 

「そういえば、簪の私服を初めて見るな」

「へ、変じゃない……かなっ……」

「清楚な感じで可愛いんじゃないか?」

 

 簪の服装は身体のラインが目立たないようなゆったりとした半袖の白いワンピースに、短すぎず長すぎといった程よい長さのスカート。紺色のサーキュラー・スカートは一見して地味に見えなくもないが、派手すぎないという面においてはバランスが取れているとも言える。頭には赤のベレータイプの帽子がちょこんと乗せられていて、大人しげな少女という雰囲気が十分に出ている。とても簪らしい服装だと思う。

 

「し、静馬も……に、似合ってるよ……」

「そうかねぇ……」

 

 そう言ってくれる簪の心遣いは嬉しいが、オレの格好は誰でも買えるような安物の服を適当に見繕って買ったものなので、そこら辺を歩いている人たちが着ててもおかしくないコーディネートだ。

 上は開襟の紺色のカラーシャツで、その下に無地の白いシャツ。ズボンは膝が少し隠れる程度のショートパンツ。そしてお姉ちゃんに貰った高性能のサングラス型携帯用ディスプレイを着用しているぱっとしない男が簪の隣を歩いている。周りの人間からすれば、とても不釣り合いに映っていることだろう。

 

「しかし、それにしても暑いなぁ……なあ、買い物の前に軽く何か食べるか飲むかしようぜ」

「い、いいよ……」

 

 言うが早いかオレは簪の手を取って、サングラス型のディスプレイで評判が高く尚且つ比較的安い店を検索しながら、涼める場所を探した。

 

「ひゃっ」

「ん。どうかしたか」

「手……手が……」

「悪い、嫌だったか」

「い、いやじゃない……っ」

 

 オレが手を離すと、今度は簪の方から手を取ってきた。

 思ったよりも小さい手を握り潰さないように、柔らかく握って簪の手を引くようにして店を探す。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 手を繋ぐ二人の姿を物陰からじっと見つめる姿があった。

 そして、二人が喫茶店へと入ったのを確認してから、物陰から姿を現す四人。

 銀髪の目立つ少女。金髪の綺麗な少女。これまた金髪縦ロールの少女。最後に簪と同じ髪色の少女。

 

「二人、手を繋いでいらしたわよね……」

「……そうだな」

「……だね」

「きゃー、簪ちゃん大胆ねー♪」

 

 約一名を除いて、二人が手を繋いでいるという事実に驚いていたのだが、

 

「ってこの人はいったいどこのどなたかしら!?」

「……む、いつの間に……貴様、何者だ……!」

「うーん、どこかで見たことあるような気がするんだけど」

「ノンノンノン。おねーさんのことは気にしないで♪ ほらほら、喫茶店に入るわよ」

「おわ、貴様……力強ッ!? 何をするッ!」

「ふふ、貴方が深見くんの言ってたラウラちゃんね。可愛いわねー」

 

 少女たちがわいわいと騒ぎながら、二人が入っていた喫茶店を目指していく。

 

「ま、待て。このままだと最悪鉢合わせしてしまうではないか!」

「それもそうねぇ……」

「ここからはバレないように隠密行動を取る必要があるだろう」

「そ、そうですわね……しかし、どうするんですの? 入り口は一つしかありませんわよ」

「ふっ、私にいい考えがある」

 

 堂々と言う銀髪の少女に、二人の金髪少女たちが息を飲む。

 

「ISで透視もとい盗聴するのだ」

「……いや、ダメだからねそれ」

「無許可でのIS展開はダメですのよ」

「むっ……ではどうすればいいのだ!」

 

 三人でバレずに二人を監視あるいは盗聴をする方法を考えていたところ、

 青髪の少女が『秘策』と書かれた扇子を広げて言う。

 

「おねーさんに秘策アリ、よ!」

「ほう」

「ISの展開は認められないけれど、限定的な展開なら問題ないわ! 具体的にはハイパーセンサーの部分展開よ」

 

 言外に『できるかしら?』と言っている青髪の少女。

 

「ふん、貴様は私を誰だと思っている」

「それくらい朝飯前ですわ」

 

 代表候補生である二人にとっては問題のないことらしい。

 しかし、この場には専用機を持たない少女が一人いた。

 

「あの、私は専用機持ってないです……」

「あ、そうね。ティナちゃんは私の視覚情報を共有してあげるわ」

 

 ISの機能には装着していな人間でも装着している人間と同じ視覚を見ることのできる機能が備わっている。ただし、可能なのは最大で二人程度。

 

 そんなこんなで、目的が偶然重なった四人は深見静馬と更識簪を監視するチームが結成されたのだった。

 

「……ところで、貴様は誰なのだ」

「秘密よ、ラウラちゃん。乙女は秘密があった方が輝くのよ♪」

「……うーん、どこかで……」

「わたくしもどこで見たことがあるのような……気が、しますのに……」

 

 少女たちは疑問に思いながらも、青髪の少女の言う方法で二人を監視していたのだった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ 

 

 

 

 

「……何か視線が」

「……?」

 

 首筋にチリチリと視線を感じ、周囲を見渡すが……特に不審な人物は見当たらなかった。

 

(……気のせいか?)

 

 不審に思いながらも、オレたちは本来の目的地である駅前のショッピングモールに来ていた。

 ちなみに喫茶店では飲み物とサンドイッチをオレが食べ、簪は小さいアイスを食べた。

 流石に交通網の中心である駅前のショッピングモール『レゾナンス』は手でも繋いでいないとすぐに逸れてしまいそうなほどの人混みで溢れている。

 どうでもいいことだが、駅前店『レゾナンス』は別に駅前にあるわけではなく、完全に駅とくっついている。

 

「そういえば、この周辺にも色々食べる場所が充実してるんだったか。失敗したな」

「そ、そんなことない……さっきの店は……よかった」

「まあ、確かにな」

 

 機会があればもう一度行ってみたいと思う程度には美味しかった。今度お姉ちゃんに教えてやるか。

 いや、どうせなら一緒に行きたいな。もっと時間に自由があればいいんだけどなあ……お姉ちゃんも大学生活で忙しいだろうし。

 

 なんてことを考えながら、目的の一つである水着売りコーナーへと辿り着く。

 

「オレは水着を買うつもりだが、簪も買うのか?」

「か、考え中……」

「海なんて中々行かないし買っても勿体ないかもな」

 

 実際、前にオレが買った水着はニ、三年くらい使用していない。流石にそれだけ昔の物は履けないだろう。

 

「静馬、くんは……ど、どう思う?」

「何が?」

「その、私の水着……」

「ああ、余裕があるなら買えばいいんじゃないか?」

「……む………ぅ」

 

 オレの言葉に簪が手に軽く力を入れて、頬膨らませる。

 何か間違えたか?

 

「……あー、ここから先は別れた方がいいな。終わったら連絡くれ」

「うん……わかった」

 

 そう言って、オレたちは別々の場所へと向かう。

 

 男性売り場コーナーに入ったわけなのだが……。

 

(あまり高いのは金がなぁ……)

 

 今のオレはかなりの貧乏だ。学食が食えるほどの余裕はあるものの、今度いつ使うかもわからない水着に数千円も出すのはかなりしんどい。

 そんな風に悩んで水着を見ていると、

 

「お、静馬じゃないか」

「……げっ、一夏」

 

 思わず『げっ』なんて言葉が出てしまったが、一夏の方は気にした風でもなく話し掛けてくる。

 

「静馬も水着を買いに来たのか? 奇遇だなあ、俺も水着を買いに来たとこなんだよ」

「そうか。っても水着なんて適当でいいだろ」

「……わざわざレゾナンスに来たのか?」

 

 うわ、一夏が阿呆を見るような目でオレを見ている。

 一夏のクセに生意気だな……。

 

「そういうお前もシンプルなやつを選んでるじゃねえか」

「まあな。俺はシャルの付き添いできたようなもんだからさ」

「けっ、女連れかよ」

 

 オレも簪と一緒に来たので人のことは言えないが、オレは別にデートで来たわけじゃない。

 ………………いや、IS製作の時に約束した件で来たんだったな。

 まさかオレが一夏と同じタイミングで同じ感じで水着を買いに来るとは!! ……ふ、不覚。

 

「……まあ、いいさ」

「……? 静馬は何を買ってくんだ?」

「ええい、近寄るな! お前はホモか! いちいち男の水着を気にしなくてもいいんだよ!」

「なんだよ、連れないなあ……」

 

 なんなんだコイツは……本当にホモか? 女の子も好きだからバイ・セクシャルか? うわ、もっと質が悪い。

 

(いや、待てよ? コイツは非常に役に立つ奴なんじゃないか?)

 

「おい」

「なんだよ?」

「実は財布がピンチなんだ。だから金を貸してくれないか?」

「……いくらだ?」

 

 何も言わずに値段を聞いてくる一夏は底なしの良い奴すぎる。友達はみんな裏切らないとでも思っているのだろうか。まあ、オレは借りたものを返す主義だから借りたままにはしないけどな。

 

「あー、五百円でいい」

 

 オレが選んだのは黒のサーフパンツ。値段は良心価格で税込み九〇〇円。

 ほぼ割り勘みたいなもので気色悪いものがあったが、背に腹は代えられない。

 

「ほいよ、ちゃんと返してくれよ?」

「ああ、当然だ」

 

 会計を済ませて、一夏にもう一度お礼を言う。

 

「金を貸してくれて助かった」

「おう。友達だからな」

 

 ニカッと歯を見せて、オレに笑顔を見せる一夏。

 ……悪いが、そういうのは女の子相手にやってくれ。

 

 買い物が終わったので、簪から連絡がくるまで適当な場所で時間を潰そうと思ったのだが、

 

「あれ? 静馬?」

 

 一夏に腕を引っ張られ、一夏とデート中のシャルの元へ連れてこられてしまった。

 

「よお、シャルル」

「あはは、奇遇だね……」

 

 一夏とデートしてたところにオレが現れて、いつもの如くデートがご破産になりそうな予感を感じてかシャルルは曖昧に表情を浮かべて手を振ってくる。オレだって空気くらいは読める。

 

「デートの邪魔して悪いな。オレは別の場所にでも行くよ」

「で、デート!?」

 

 オレの言葉に驚くシャルル。

 なんだ違ったのか?

 

「デートじゃないぞ、静馬」

「…………っ」

 

 シャルルが人を食い殺しそうな目で一夏のことを見てるぞ。

 どうやら、デートだと思っていたのはシャルルだけみたいだな。可哀想に。

 それどころか、立ち去ろうとしたオレを一夏が引き止める。

 

「せっかくだし一緒に行動しようぜ!」

「……一夏」

 

 大きな溜息を吐いて、一夏にジト目を向ける。

 

「はあ……お前、鈍感すぎるだろ」

「失礼なやつだな。俺は鈍感じゃないって何度も……」

「はいはい。鈍感じゃない鈍感じゃない」

 

 もうダメだコイツは病気だ。オレの手に負える問題じゃない。

 

「ってなわけなんだが……どうしたらいいんだ、シャルル」

「はは……ぼ、僕は気にしないよ……うん」

 

 思いっきり気にしてるって顔に書いてあるんだが?

 ……はあ、やれやれだな。

 

「そういえば、もう買い物に終わったのか?」

 

 シャルルが一夏よりも先に戻ってきていたのが不思議に感じたのか、一夏はシャルルに尋ねる。

 

「あ、ううん。その、ちょっと、ね」

「どうせせっかく水着を買うなら一夏に選んで欲しいなあ、ってやつだろ」

「わっ、ちょ、やめてよ静馬っ!」

 

 どうやら図星のようだ。

 

「そうなのか。じゃあさっそく行こうぜ」

 

 仕方なく、一夏に連れられて女性用売り場の方へ。

 まだ簪が買い物をしてるかもしれないしな……。

 

「そこのあなた!」

「……あ?」

 

 女性用水着コーナーに入ってきたオレたちの姿に目敏く気付いた女性が、オレたちに話し掛けてくる。

 

「あなた、そこの水着を片付けておいてちょうだい!」

「……は?」

 

 こいつは何を言っているんだ? 

 しかし、悲しいことにこれが今の正しき世界各国の常識というやつだ。ISが誕生して以来、どの国でも女性優遇制度というのが設けられ、ISの扱えない男は社会のゴミだとでも言わんばかりに女性は男性に命令するという常識が出来上がってしまったのである。まったく、自分がISを操縦できるというわけでもないのにこの態度はどうなんだ? これだから女尊男卑の思想に染まった女は手に負えない。

 

「なんでだよ。それぐらい自分でやれよ。人に命令するクセがつくと人間終わりだぞ」

 

 いかにも一夏っぽい発言だが、この場においてはスカっとする言い分だ。

 

「ふうん? そういうこと言うのね。まさか自分の社会的地位というものがわかってないみたいね」

 

 女が警備員を呼ぼうとする。この流れは痴漢冤罪のそれと非常によく似ている。マジで最悪だなこいつ。女ってだけで何かもが素晴らしいって思っている人間が一番むかつくんだよ。オレとこいつで何か差があるのか? 人間性? 年齢? 年収? ふざけるな。

 

「テメェ、女だからって自分が神だとでも思ってんのか? あ?」

 

 思わず頭に血が登ったオレは女の襟首を掴んでしまう。

 

「あら、こんなことしていいとでも――」

「ふん、テメェこそオレが誰だかわかってないようだな? オレはテメェらが最高だと崇めるISの男性操縦者だ。よく顔を見ろ。いいか、キャノンホール社務めの一社員が図に乗るなよ」

 

 オレは目の前の女性が持っていた財布を振りながら、二枚の名刺のうち一つを読み上げる。

 今のは襟首を掴み取った瞬間に、女性が片手で引っさげていたバッグから財布を抜き取るというスリの技術。その中身を後ろに隠した手で確認しながら、目的のものを盗るまでが一連の動作だ。今回はお金ではなく名刺。

 

「で、こっちは上司の名刺か? なあ、お前の会社に匿名で電話したらどうなると思う? お前ら女性は男性が格下の生き物だとでも思っているんだろうが、その二人しかいない男性操縦者にお前が手を出した、となればどうだ?」

 

 その一言に女性が小さい悲鳴を上げ、先程まで得意顔だった顔は恐怖に引き攣る。

 

「す、すいませんでした……お詫びでも何でもしますので見逃してください……っ!」

 

 ここで強気に出られたらオレの方が多少不利になるのだが、女性にとってはそうではないようだ。どうやら片方の名刺を見るに上司はキャノンホールの社長らしい。今の地位から落とされることを危惧しているのだろう。それに社長は今の世の中でも珍しい男性支持の社長らしい(サングラス型ディスプレイで調べた)。

 

「じゃあ――」

 

 これ以上変ないちゃもんを付けるな――と、言おうとしたら。

 

「いい加減にしろ、静馬! 流石にやり過ぎだぞ!」

 

 一夏が止めてきた。

 

「……悪い、流石にやり過ぎたか」

 

 ここで変に揉めるのは面倒なので、素直に引き下がる。

 オレが思うに女尊男卑の思想に染まった女性は少しくらい痛い目を見るべきだと思う。世の中の男が消極的な態度を取っているのも助長させる要因の一つなのではないだろうか。

 

 財布を女に返して、オレたちはその場を離れる。

 少し注目を集めていたが、軽く殺気を込めて見渡すと蜘蛛の子を散らすようにして離れていった。

 

「シャルルも悪いな、あんなことしちまって」

「う、ううん……少しだけスカっとしたし大丈夫だよ」

「……悪い、少し頭を冷やしたいから違う場所行くわ」

 

 適当な言い訳を考えて、シャルルと一夏から離れる。

 流石にさっきのアレがあった後だったからか、一夏もオレを引き留めようとはしなかった。

 実際、オレの頭はとっくに冷えている。やり過ぎ感は否めなかったが、ああいう女が少しでも反省したならいいんじゃないだろうか、なんて都合の良いことを考えながら、水着を探しているであろう簪を探していく。

 

「よっ」

 

 そんなに離れていないところで真剣に水着を眺めていた簪の肩を優しく叩く。

 

「ひゃあっ!? し、静馬っ……くん」

「別にくんもさんもいらないけどな」

 

 というかさっきまで普通に呼んでなかったか?

 

「で、どれとどれで悩んでいたんだ?」

「こ、これと……それ……」

 

 簪が指したのは、黒のバンドゥビキニと白のフレアビキニ。どちらも派手な露出こそないものの、フリルなどが付いて可愛らしいデザインのもの。あまり水着の種類に詳しくはないが、どちらも簪にとても似合うように思える。これが逆に片方が派手な水着で、もう片方が大人しめの水着であったなら選ぶのも少しは簡単だろうに。

 

「………………………………………………白い方でいいんじゃないか?」

 

 熟考の末、オレは白のフレアビキニの方を選んだ。予め言っておくが、別に他意があるわけではない。ただ単純に純粋にシンプルにそっち方が良いと思っただけだ。根拠もなければ、特に何か考えがあるわけでもない。ただ、そう思っただけの選択。

 

 

「………………………………………………うん」

 

 そう言って、オレが言った方の水着を手に取る簪。

 これで反対の方を取ったら泣きそうになったが、そんなことはなかったみたいだ。

 

 そして、会計に向かった時にちょっとした事件が起きた。

 ――何故ならば、そこに織斑姉弟と山田先生を含めてIS学園でよく見る面々が揃っていた。

 鈴……お前、一夏のことをストーキングしてたのか?

 もしかして、感じた視線は一夏を見ている鈴の視線だったのか?

 

 ……いや、違うみたいだな。

 

「お前も来ていたのか、深見」

「ええ、まあ……そういう織斑先生も一夏の監視で?」

「馬鹿者、誰が弟の監視などするものか」

「そうですか。じゃあただの偶然ですか」

「ああ、そうだ」

 

 ――それは本当に?

 

 そう思っただけなのにも関わらず、オレを睨む織斑姉。相変わらず読心できるのかって疑いたくなるな。

 

「お前は更識妹か」

「…………は、ぃ」

「すいません、簪は更識で一括りにされるのが苦手なので違う呼び方で呼んでください」

「それはすまなかったな。しかし、私が名前で呼ぶわけにもいくまい」

「別に名前でも問題ないのでは……?」

「色々とあるのだ、先生というのはな」

 

 まあ、色々とうるさいからな。色々と。何がとは言わないが。

 

「オレたちはそろそろ帰りますよ。変な修羅場に巻き込まれても面倒なので」

「そうか。気をつけて帰れよ」

「はい」

 

 そう言って、オレたちはその場を後にした。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 時間を遡り、静馬と簪が喫茶店『テュール』に入った頃。

 

「……おい、エム」

 

 雪のように真っ白な髪の男が、唸るような低い声で言う。

 

「どうした」

 

 そんなドスの効いた声を涼しげな顔で返事をするのは、エムと呼ばれた艶やかな黒髪の少女。

 

「ありゃあ、深見静馬か?」

「…………そう、みたいだな」

「ふっ…………」

 

 その瞬間、怖気立つほどの殺気が男から放たれる。それは近くにいたエムでさえ震え上がるほどの殺気で、肩をビクッと震わせた。

 静馬は殺気を受け、周囲を見渡すが混み合っているため、殺気の主を探し当てるのはほぼ不可能に近い。それどころか、男の方が既に殺気を消していたので見つけることはできない。

 

「まさか、こんな所で出会うとはな。運命なんて信じちゃいないが、これもまた奇縁というやつか」

 

 男はサービスの水を喉に通して、注文するために呼び出しベルを押した。

 近くにいた女性従業員が混んでいるにも関わらず、素早く男の元へ現れる。

 

「――17番席に座っているやつが例の標的だ。偶然でも何でもいいから発信機を取り付けろ」

「はい、かしこまりました。昼のサンドイッチとパフェですね。そちらのお客様はどうしますか?」

「こいつには適当に用意しろ」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 

 女性従業員は男の注文を受け、実行するべく17番席に座る静馬の方へと近付いていった。

 

「最高に面白くなってきたな、お前も来るだろ?」

「私は――――」

「いや、お前は来るよ」

 

 そこで言葉を一旦切って、

 

「そこには織斑一夏も織斑千冬もいるんだからなァ。そして――あのクソウサギも当然のようにいるはずだ」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 役者は揃った。

 様々な思惑が交差する中、海という舞台で物語は幕を上げる。

 

 これは偶然などではない。全てが仕組まれ、生まれる前から決まっていた定め。

 

 

 ――そして、銀の福音が祝福をするように声を鳴らす。

 

「――La…………♪」

 

 さあ、これから始めよう。

 

 

 

 

 




次回から本当の意味で「運命の福音」編がスタートです。


+携帯型ディスプレイ(サングラス型)

静馬の姉が入学祝いに贈った物。
普通にサングラスとしても使用でき、自由に濃度を変更することができる。
端末として使用する場合は目の動きと脳波で操作できる。
作中のような他の動作を行いながら操作するといったこともできるが、それには並列思考をする必要がある。
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