インフィニット・ストラトス - 二人の男性操縦者   作:白崎くろね

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7.臨海学校

「海っ! 海だよっ!」

 

 と、トンネルを抜けたばかりのバスの中で歓喜の声が上がった。

 今日は臨海学校の初日。天候が崩れることもなく、絶好の海日和の日となった。降り注ぐ陽光が海面に当たり、反射された光が宝石のようにキラキラと輝きを放っている。開いた窓から吹き抜ける潮風は心地良く、海を感じさせる磯の香りは海鮮料理を想起させた。

 

「おー、やっぱり海を見るとテンションが上がるなぁ! 山然り海然り! 夏は最高だなぁ!」

「そ、そうだね……っ?」

 

 女子よりも姦しく声を上げるのは、男性にしてIS操縦者の一人――織斑一夏。その隣に座り、左手首に付けているブレスレットをうっとりと眺めながら、空返事を返すのはシャルロット・デュノア。最近まで三人目の男性操縦者として入学してきたのだが、中身は一夏と同年代の女の子だった。その名残で今でもオレはシャルロットのことをシャルルと呼んでいる。

 

「お疲れですの?」

 

 オレの隣に座っているのは、イギリス代表候補生のセシリア・オルコット。入学したての頃は日本人を親の仇のように見ていたセシリアだったが、一夏やオレとの決闘を通してかなり丸くなった。根っこのところは人に優しくできる人間だったのだろうが、女学園同然のIS学園に異分子として男二人が混じっていたので、ストレスに感じていたのだろう。まあ、その気持ちはわからないでもない。オレも逆に女子ばかりの学園に放り込まれて精神的苦痛を感じていたのだし。

 

「ちょっと寝不足でな……ふぁああ」

 

 大きな欠伸を噛み殺しながら、持参していた栄養ドリンク剤を一気に飲み込んだ。

 

「でしたら静かにしてますので到着まで寝ててもいいんですのよ」

 

 オレが寝不足なのには、理由がある。

 昨日の夜、オレは更識簪という生徒のIS製作を手伝っていたからだ。

 簪は日本代表候補生であるにも関わらず、専用機を持っていないという複雑な事情があった。その原因はズバリがオレたち男性操縦者の存在にある。

 打鉄の後継機として倉持技研が開発を進めていたのだったが、急なイレギュラーで急遽持ち込まれた白式の開発のせいで対応技術者のほとんどを奪われてしまう。その次に持ち込まれたのが門倉技研だったのが……こちらもまた同様に男性操縦者の機体――オレの専用機であるシルヴァリオ・ヴォルフの開発に回されてしまい、不幸にも未完成で入学式が始まってしまうことに。

 そんな不幸な経緯から、逆恨みにも近い理由でオレや一夏のことを憎からず思っていた簪だったが、オレの同居人である更識楯無の頼みによって、オレと簪は専用機に開発に手を付けることとなる。

 

 そして、その専用機『打鉄弐式』は昨日の朝方まで続いた作業のおかげで、無事に完成した。当初のコンセプトであった『マルチ・ロックオン・システム』の搭載は未完成であるものの、機能面においては他の専用機に劣らないものとなっているだろう。まあ、まだ実際には使ってないからどうなるかは不明だが。

 

 そういった理由で、オレは寝不足だった。

 

「ああいや、少し眠いだけだから問題はないな。それに一夏の奴がうるさくて睡眠が満足に取れなさそうだ」

 

 実際はそんなことはなく、オレはどんな騒音の中だろうと安定した睡眠を取ることができる。たぶん、遺伝子強化試験体としての機能なのだろう。

 

「それもそうですわね。ところで、静馬さんは視力が悪かったんですの? 初めて見ましたわ」

「これはサングラス型の携帯用ディスプレイだ。こうやって簡単に濃度を調整できる」

 

 軽く頭の中で念じるだけで、グラスの濃度が濃くなっていく。

 

「……もしかして、ディース社の最新モデルですの!?」

「知っているのか、セシリア」

「ええ、デンマークにある会社ですわ。最近はIS関連にも着手しているとも聞きますわね。結構高い物ですのに……静馬さんってお金持ちの坊っちゃんだったりしますの……?」

「そんなことねぇよ。これはオレのお姉ちゃんがプレゼントしてくれたものでな。別にオレが買ったわけじゃない」

 

 このサングラス型ディスプレイを発売しているメーカーでさえ初耳だったし、そもそもオレは物を買う方じゃない。安物でもデザインさえ気に入れば使う派だ。

 

「そうですの? ですが、これ――」

「ストップ。その先は言わなくていいぞ」

 

 セシリアが値段を言おうとしていたので、オレは止める。それを聞いてしまったら、流石にお姉ちゃんといえども、申し訳ない気持ちでいっぱいになりそうだから。値段を知らなければ、自分のお小遣いで買ったお姉ちゃんのプレゼントということで処理できる。それが仮に法外な値段だったとしても、だ。

 

「わかりましたわ」

 

 セシリアが空気の読める子で助かったぜ。

 

「さて、そろそろ目的地の旅館に着く。全員静かに椅子へ座れ」

 

 織斑姉の言葉に浮足立っていた生徒が一斉に静まり、訓練された軍隊のように着席していく。ここでも織斑姉の力は偉大であった。

 その言葉通りにほどなくしてバスは目的地である旅館の前に停車した。各組毎のバスからIS学園の生徒たちが戦地へ赴く兵士のような統率の取れた動きで一斉に出てきて整列する。

 

「それでは、ここが今日からお世話になる花月荘だ。全員、旅館では迷惑をかけないように心掛けろ。

「「「よろしくおねがいしまーす」」」

 

 全員で挨拶をする。ただし、オレは声を出していないが。

 それを受けて、着物姿の本格派女将さんがこれまた綺麗なお辞儀をした。

 

「はい、こちらこそ。元気があってよろしいですね」

 

 年の頃は三十代といったところだろうか。成熟した大人の雰囲気が漂っていて、にっこりと微笑む唇は艶めかしい。彼女がアリかナシかで言えば、十分にアリだろう。

 そう思って見ていたら、女将さんと目が合った。

 

「あら、貴方は……」

「……?」

 

 何か懐かしいものでも見るような目で見てきたので、思わず首を傾げそうになる。もしかして、会ったことがあるのだろうか? そう思って尋ねようとしたところ、女将さんの後ろからもうひとりの人影が現れる。

 

 そして、その姿には見覚えがあって……。

 

「やっほ、静馬」

 

 現れたのは、オレの姉である深見神夜だった。

 

「はじめまして、織斑千冬先生。いつも弟の静馬がお世話になってます。深見神夜です」

「これはご丁寧にありがとうございます。急遽IS学園に入学することになってしまい迷惑をおかけしています」

 

 どちらかと言えば、だらしないはずのお姉ちゃんがまともに対話しているのを見ると変な気分だ。

 

「で、なんでお姉ちゃんがこんなところにいるんだよ」

「こら、こんなところはないでしょ」

「……言い直そう、なんで旅館にいるんだよ! しかも着物まで着て!」

 

 オレは柄にもなく声を張り上げて詰め寄る。

 

「ちょっと落ち着こうよ。別に遊びで来たわけじゃないんだよ? まあ、静馬の様子を見に来たってのは嘘じゃないけども……。私はこの旅館の従業員として働きに来たんだよ」

「…………なあ、大学はどうしたんだよ」

 

 今日は平日だ。大学は普通に休みではないと思うんだが……。

 

「休んだ」

「はあ!? 行けよ! 大学行けよ!」

「優秀なお姉ちゃんは既に必要な単位を所得済みなのだよ、静馬」

 

 ……落ち着け、オレ。ここで慌てるのは何か違う。後ろでみんなが目を点にして驚いているのを確認してから、心を落ち着かせるために深呼吸を一回。…………ふう。

 

「詳しい話は後で、な」

「うん」

「……すいません、織斑先生」

「気にするな」

 

 そう言う織斑姉の顔は少しばかりニヤけていた。なんかすごく恥ずかしいことしてしまったような気がして、下を向きながら後ろに下がる。

 

「……こほん。それじゃあ、IS学園の皆さんはお部屋の方へどうぞ。海に行かれる方は更衣室が別館の方にありますので、そちらをご利用なさってくださいな。場所がわからなければいつでも私や従業員の方々に訊いてくださいまし」

 

 女子一同が大きな声は「はーい」と返事をすると、すぐさま旅館の中へと向かっていった。

 ちなみに初日は全て自由時間だ。好きに遊ぶのも良し、旅館の部屋で寝るのも良し、部屋で遊ぶも良しだ。そこら辺は生徒の好きなようにしていいらしい。まったく、色々と自由な学園だな。

 

「ねっ、ねっ! ふかみーん、おりむー」

 

 もそもそ~っ、と這い出るように近付いてきたのは簪の付き人である布仏本音。その後ろには隠れるようにして、簪が立っている。

 

「ふかみんとおりむーの部屋ってどこ~?」

「いや、俺も知らない。俺たち揃って廊下で寝るんじゃねえの?」

「ま、寝れればどこでもいいけどな」

「それはいいね~。私も一緒に廊下で寝ようかなー、冷たいし~」

 

 ……それだとわざわざオレたち男共が廊下で寝る意味がないだろうが。

 

「なあ、簪はどこの部屋なんだ?」

「あ、あっち……本音と一緒」

「かんちゃんと一緒だよ~!」

 

 どうやら二人はクラスが違うにも関わらず同室のようだ。多分だが、学園側が特別に一緒の部屋に割り振ったのだろうな。

 

「へ? 簪って?」

 

 一度も簪に会ったことのなかった一夏が、初めて見る簪の顔に驚く。

 オレとのわだかまりは溶けたものの、一夏に対してはまだらしく後ろに隠れてしまう。

 

「どうしたんだ?」

「簪は四組の代表候補生なんだがな」

「四組にも専用機持ちっていたのか! 俺の名前は織斑一夏。よろしくな」

 

 そう言って即座に手を差し出せるのは、流石の女ったらしスキルと言うべきか。

 

「よ、よろしく……」

 

 その手は取らなかったものの、顔を見せて挨拶だけは返す簪。

 まあ、簪は少し人見知りところがあるからな。仕方ないか。

 

「深見、織斑。お前たちの部屋はこっちだ。ついてこい」

 

 どうやら、オレたちは女子の部屋よりも更に奥の方にあるらしい。まあ、当然といえば当然か。流石に女子の部屋と近い場所に寝泊まりさせるのは少しばかり問題があるのだろう。

 オレは簪に「また後でな」と手を振って、手招いている織斑姉の方についていく。

 

「えっと、織斑先生。俺たちの部屋ってどこになるんでしょうか?」

「いいからついてこい。すぐにわかるさ」

 

 答えは自分の目で見ろってことか。面倒なことは省きたい性格らしい。

 綺麗で清掃の行き届いている旅館の廊下を歩きながら、この建物について考える。外観は歴史を感じさせる古びた建物だったが、内装は近代技術が所々に点在していて、あまり歴史を感じさせない作りをしていた。それに班分けされてるとはいえ、四組まであるIS学園の生徒を全員収容するスペースは中々のものだろう。

 

「織斑の部屋はここだ。そして、深見の部屋はその隣だ。よかったな」

 

 クックックッ、と笑う織斑姉。何がだ……と口に出そうとして、後ろから誰かが視界を塞いできた。

 

「……誰だと思う?」

「…………お姉ちゃん以外にそんなことをする人はこの場にいないだろ」

「正解~♪」

「そういうわけで、深見の部屋は姉と一緒だぞ。嬉しいのではないか?」

 

 後ろからオレの視界を塞いでいたお姉ちゃんが、まるで褒美にキスをするかのように顔を寄せてくるのが気配でわかった。ほんの一瞬、ほんの僅かに躊躇しつつも視界を塞ぐ手のひらからするっと抜け出す。再度掴まれないように手首を赤くならない程度に掴んでから、間合いを取りながら織斑姉に返事を返す。

 

「流石に他の人がいるような場所では素直に喜べませんよ……。それは織斑先生もそうでしょう?」

 

 反撃のつもりで言葉を返したつもりだったのだが、織斑姉は特に気にしたような表情を見せなかった。それどころか、挑発をするかのようなドヤ顔で織斑姉は言う。

 

「そんなことを気にするのは子供だけだ。大人は気にしたりはしないさ」

 

 本当か? 学園と自宅での一夏に対する対応に差は本当にないのか? 

 

「勘違いするなよ、素を見せるのと家族に甘えるのとでは大きく違う。思春期の子供によくありがちなことだが、恥ずかしさのあまり家族をぞんざいに扱うのは褒められたことではないからな」

 

 ……なんて、先生らしいことを言ってみせる織斑姉。

 

「……そうですね」

 

 だからって素直に受け入れてしまうのは流石に違う気がする。まあ、それは家族という形にもよるだろう。織斑家族がそうだったからといって、オレたち家族が同じとは限らないのだ。

 

「えっと、この人が静馬のお姉ちゃんか? すげー美人だな」

「……貴方は静馬のお友達の一夏、くんだったっけ?」

「は、はい」

 

 若干緊張しているのか、上擦ったような声で返事を返す一夏。

 

「そんなに固まらなくてもいいんだよ。そんなに歳も離れてないわけだし」

「そう、ですか……」

「おい、一夏。お姉ちゃんに唾でも掛けたらぶち殺すぞ」

「お、おう……」

 

 少しだけ。割りと本気で殺気を乗せた言葉を一夏に吐き捨てる。

 気付けば一夏ハーレムにお姉ちゃんが入ってました……とかなってたら……オレは……軽く一夏のことを殺してしまうかもしれないな、うん。

 

「……大浴場の方は自由に使えるということにもなっているが、男のお前たちは時間交代制だ。本来なら男女別なのだが……今はIS学園の生徒たちが占拠しているようなもんだ。そういうことで、一部の時間のみの使用に抑えろ。どうしても入りたければ部屋のユニットバスでも使え」

 

 ……ふむ。仕方のないこととはいえ、男の肩身が狭いな。これも女尊男卑の影響だろうか。

 

「さて、説明は以上だ。後は自由にしろ」

「織斑先生は……?」

「私はこの後、他の先生方との打ち合わせもある。だがまあ――――」

 

 軽く咳払いをして、

 

「軽く泳ぐくらいはするとしよう。どこかの弟がわざわざ選んでくれたわけだしな」

「そですか」

 

『どこかの弟が』というワードにお姉ちゃんが反応して、ジト目を向けてくるがオレのことじゃねえよ。一夏のことだよ一夏のこと。単に曖昧な表現で誤魔化しただけだろ、アレは。だから『友達のお姉ちゃんを口説いたの? それも先生を?』みたいな顔を向けるのもやめろ!

 

「ま、知ってたケドね」

 

 だったら疑いの目を向けるのはやめろ。

 

「あまり羽目を外しすぎないように。ではな」

 

 そう言って、織斑姉は他のクラスの生徒たちが集まっているだろう部屋の方へと向かっていった。

 

「静馬は海に行くの?」

「まあな。泳ぐのは面倒だが久し振りの海だしな」

「じゃあ一緒に泳ごうぜ」

「仕方ねえな」

 

 オレたちは小さい水着用のバッグを持って、海へと向かう。

 

「気をつけてね、静馬」

「頑張れよ、仕事」

 

 どうせならお姉ちゃんも海に行けたらいいのに、と思わなくもないが……仕事なのだから仕方ないか。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ――死にたくない、と。強く思った日のことを彼は今でも憶えている。

 

 それが彼という人間の原点にして人生最大の分岐点。

 

 故に、求めるのは"人類の見果てぬ夢"である《不老不死》という名の答え。

 

 

 いわく、いかなる傷をも即座に再生する万能の生物。

 いわく、いかなる苦痛にも屈しない最強の生物。

 いわく、いかなる病気にさえかからない理想の生物。

 いわく、いかなる成長さえ拒む永遠の生命を持つ生物。

 

 そして、それに最も近いのは、一人の少女が『宇宙を飛びたい』という無垢なる願いの集大成。

 

 

 ――その名は、()()()()()()()()()()()()()()》と言う。

 




夏だ! 海だ! 山だ!

何だかんだで現実も暖かくなったきた今日此の頃。
というか、暑いくらいで参ってるくらいです。

今回はようやく臨海学校編に突入できて嬉しいです。
ぶっちゃけ、みんなが予想してるような展開にはならない可能性が高いです。この島が吹っ飛ぶレベルのカオスを想像してくれると嬉しいです(にっこり)

ではでは、また!
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