インフィニット・ストラトス - 二人の男性操縦者 作:白崎くろね
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
オレと一夏で海に向かう途中にある別館で、一夏に想いを寄せている少女である篠ノ之箒と偶然にも出逢った。まあ、それはいいとしよう。別に知らない奴でもないのだからな。だが、問題は目の前にある珍妙な物体にあった。そして、それを見ているとオレの心は何故だか妙にざわつく。まるでその正体をオレが知っていて、それはオレにとって害のある存在であるかのような焦燥感。
(いったい、なんだこれは……?)
それは簡単に言えば人工的なウサギの耳だ。本物のように触り心地の良いものなどではなく、メカメカしい科学の集大成とでも言うべき機械仕掛けのウサミミである。しかもウサミミにはご丁寧にも『抜いて下さい』と書かれた付箋がぺたりと貼られている。抜くってナニをだよ。
「なあ、これって――」
「知らん。私に訊くな。関係のないことだ」
どうやら、箒はそれに関して触れたくないのだろう。
「えーと……抜くぞ?」
「好きにしろ。私にいちいち確認をするな」
「――いや、待て。これは危なくないのか?」
一夏が引き抜こうと手を触れようとした瞬間、オレの鼓動が大きく飛び跳ねた。これはよくない物だと直感がオレに告げる。理由はわからない。だが……。
「これはなんだ? というかお前は地面にウサミミが生えてたら何でもかんでも引き抜こうとするのか? もしかしたらこれはオレたちをハメるための致死性のトラップじゃないのか?」
オレは小さな声で『ヴァナルガンド』を
後は指先にほんの僅かな力を入れるだけでウサミミは破壊されるはずだ。
「ちょ、ちょっと待った!! そんなの撃ったら束さんが死んじゃうから!!」
「――――」
いま、一夏はなんといった?
オレの耳には『束さん』と聞こえたのだが……
「ど、どうしたんだ?」
「…………いや」
ドクン、ドクン、ドクン、と心臓が張り裂けそうなほどに加速していく。全身が発熱したように熱く感じ、吐き気と目眩が襲ってきた。
それが我慢し、疑問を解消するために一夏へと質問する。
「それで、束さんってのはなんだ?」
「ああ、えっと、その――」
「私の方を向くな。自分で説明しろ」
「ま、まあ……とりあえず抜いてみたらわかる。トラップとかじゃないから安心してくれ」
何か言いづらい事情でもあるのか、一夏は軽い調子でウサミミに手を触れる。その行為自体は何も不思議なことはないというのに、今すぐ銃弾をぶっ放したい衝動に駆られるのは何故か
(……何なんだ、これは)
本当に何なのだろうか。
「おわっ!?」
一夏の間の抜けた悲鳴に反応して《ヴァナルガンド》を即座に構えるが、何の事はない。思ったよりもウサミミが軽かったというだけの話。それで一夏の奴がすっ転んだだけ……勘弁してくれよ、寿命が半分くらい縮んだかと思った。
「いてて……」
「何をしていますの?」
「お、セシリア。いや、このウサミミを抜いてて……あ」
「……? 何ですの?」
数秒ほど一夏とセシリアが向き合って、何かに気付いたセシリアが顔を真っ赤に染める。
「!? 一夏さんっ!!」
スカートを押さえているところを見るに、どうやらスカートの中身が見事に見えてしまったようだ。流石は一夏だとおもう反面、先程までの緊張感を返してほしいと切に思ってしまったのは致し方ないことだろう。
「す、すまんっ!!」
ウサミミを持った一夏がすごい勢いで宙を飛び、その場に着地して綺麗な土下座をする。
これがジャパニーズ・ドゲザと海外の観光客に言われる所以か?
「この通りだ……っ!」
「い、いえ……不用意に立ってしまったわたくしが悪かったのですわ……それで、何をしていらしたんですの?」
「それは、生えてたウサミミを抜いて束さんを……」
「はい?」
セシリアが素っ頓狂な声で訊き返す。オレと箒の方に視線を向けてくるセシリアだが、オレにもわからん。
その時、空から何か音が聞こえてきた。
――キュイィィィィィィン……!
何かが高速で飛来してくる……! オレは再度構え、両目の越界の瞳を発動させる。瞬間、身体の感覚が崩壊した。まるでぷつりと切り替わるような感覚。
この現象をオレはよく知っている。極度のピンチに遭遇した際に発動する一種の防衛機構のようなものだ。それがたったいま、簡単に発動してしまった。
――力を欲するか?
――目の前の標的を滅ぼすほどの絶対的な力を欲するか?
何者かが脳裏で囁く。
それは女性を口説くかのような甘い声で。それは弱者を誑かす強者の声で。それは神が告げる神託のように囁く。
――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
理解不能、理解不能、理解不能、理解不能、理解不能、理解不能――。
唯一理解できるのは、それが弱者を挫く甘言であるということだけ。
――――意識が、完全に切り替わる。
直後、大きな音と共に飛来した何かは地面に大きく突き刺さった。
「「に、にんじん……?」」
一夏とセシリアの声が重なる。突き刺さったのはニンジンロケット。リアルなニンジンではなく、かなりデフォルメされたニンジンだ。そして、それは二つに割れ――
「あっはっはっはっ! 見事に引っかかったね、いっくん!」
中から飛び出てきたのは、■■もよく知る人間。童話『不思議の国のアリス』の登場人物であるアリスが着ているようなファンシーな青と白のワンピース・ドレスを纏った人物。その人物の正体は、《インフィニット・ストラトス》の生みの親である篠ノ之束にして篠ノ之箒の姉。
「やー、ほら。前にね? ミサイルに直乗りしてたら撃墜されちゃったからね」
「お、お久しぶりです、束さん」
「うんうん。おひさだよいっくん! ところで、箒ちゃんはどこかなー? さっきまでいたよね? トイレー?」
当の本人はセシリアが来た辺りから『付き合いきれん』といった様子でどっかに去っていった。
「まあ、いっか。この私が箒ちゃんのためだけに開発した探知機さえあればー、地球の裏側だろうと銀河系の中にいれば即座に見つかるしねぇ。じゃねいっくん。また後でね」
そう言って、その場から立ち去ろうとする篠ノ之束。
「――――■■、■■■」
自分が吐き出した言葉を理解するよりも早く、
片手で握る《ヴァナルガンド》が火を噴く。
――ダダダダダダダダッ!
吐き出された弾丸は無防備にも背中を見せる篠ノ之束に向かって飛んでいく。背後から撃ち込まれるは音速の弾丸。それに対応できる人間は存在しない。だが、しかし――相手は稀代の天才にして天災である篠ノ之束。人間の常識が通用するわけがない。
「――この束さんに銃を向ける不届き者は誰かな~?」
不可視の壁が全てを受け止めていた。
「お、おい! 何をやってるんだ!?」
「し、静馬さん…………?」
全てが撃ち出された後、一夏とセシリアは遅れて反応する。それは正しい反応であり、それこそが普通の人間らしい反応と言えるだろう。■■や篠ノ之束のような気狂いとは違う。
それを無視して、篠ノ之束との会話を続ける。
「■■、■■■■」
「――――――」
「■■■、■■■■■■■■――」
「――――――――――――――」
それは日常会話のようでもあったが、今の■■にとっては理解に及ぶ会話ではなかった。
刻一■と、頭から戦■に関する■■以外は抜け落■ていく。
■要なのは、■■ではなく、■■と■悪だけでいい。
――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
「――■■■■■■■■■■■■■■■■!」
◆ ◆ ◆
一夏の瞳に映っていたのは、小さな戦争風景だった。
そうとしか言えない。
パフォーマンスのように正確な射撃に、糸を通すような繊細な動きで躱しながらも、両者はお互いに当たれば即死を免れないような死の息吹を吐き出していた。完全に狂っている。これを戦争と呼ばずして何と呼べばいいのか。
それは隣に立っているセシリアとて同じ考えだろうことは明白。
静馬は狂ったような咆哮を上げ、戦場に似合わない満面の笑みで対峙する束。
そのどちらもまさしく狂者のそれであり、平凡な学生である一夏たちには見ているだけで精一杯だ。それを止めようなどという考えが浮かぶはずもなく、ただ見ているだけしかできない。それが普通。
「ク、ッハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
静馬の嗤い声に呼応し、彼が持つ《単分子ブレード》が真紅に染まっていく。
それは故障などではなく、単分子ブレード本来の機能。
単分子ブレードの名称はあくまでも武器の名称であり、正式名称ではない。本当の銘は『超音波振動型水圧ブレード』という。ナノマシンによって圧縮制御された水が皮膜のようにブレード全体を覆っており、その水とブレードを超音波によって振動させることによって、『何でも』斬れるほどの斬れ味を有した科学兵器の集大成である。
しかし、これはISとナノマシンを応用した最新技術だからこそ成せる技であり、IS以外での実用化は目処すらたっていないのだ。なぜなら、こんなものを普通に運用しようとすれば、故障した際に大量の水が周囲に弾け、武器そのものが崩壊を起こしてしまうからである。つまり、これはIS専用兵器なのだ。
そして、兵器であるからには相応の必殺技が必要。それがブレードの
通常時よりも周波数を更に上げ、ブレードの振動回数が増えることによる発熱現象がそれだ。そうすることによって更なる殺傷能力を獲得することができ、不可視の壁を強引に破壊することができると踏んだのだ。
事実、それは間違った判断ではない。絶対防御は字面ほどに絶対の代物ではなく、シールドエネルギーを一瞬で全損するほど攻撃を以ってすれば破壊できる。が、もちろん、それは立派な競技規定違反である。普通ならするわけがない。
――しかし、これは普通の競技的戦闘に非ず。
であれば、そのような気遣いの不要だ。
「じゃあな、束。恨むなら自分の創った兵器を恨むんだなァァァァァァッ!
一分の隙もない
一夏は咄嗟に叫ぼうとするが、時は既に遅い。スローモーションのように振り下ろされる攻撃を見ていることしかできない。織斑一夏は無力だった。終わる結果を否定するかのように、思わず目を瞑ってしまう。
――――終わった。完全に終わってしまった。
篠ノ之束は死亡し、深見静馬が狂気の笑みを浮かべている最悪の光景が容易に想像できた。
そう思って、目を開いた。
「――――――?」
そこには、想像の光景とは程遠い光景が広がっていた。
「うん、うん。六十点ってとこかなー?」
「――――――」
あろうことか、束は死の一撃を片手で受け止めていた。
「
場に似つかわしくない笑みを浮かべて、
「頭脳も、肉体も、細胞単位でオーバースペックなのだよ♪」
束は単分子ブレードを受け止めていた方の手を軽く握る。
それだけで。単分子ブレードは光の粒子となって『分解』されてしまった。
「うん、キミのこと気に入ったよ。でも、少し痛かったからお返しをするねっ!」
身体をくるりと
「んー、名前はなんて言ったっけ? んー?」
最初から覚える気はなかった名前だったわけで、そんな名前を脳内検索したところで思い出せるわけもない。束にとって身内以外のその他大勢は無名のままでも構わない存在でしかないからだ。
「ねー、いっくん! この子の名前はなんて言うの?」
「――――え、えっ?」
一夏は完全に呆けていたため、束の言葉を聞いていなかった。
それも仕方のないことだ。先程までの光景をいきなり見せられて、それが呆気なく終わった後に尋ねられたのは、先程まで争っていた相手の名前。まるで先程のアレが小さな戦争なのではなく、ただの戯れに過ぎないとでも言うかのようだった。
「む。いっくんに無視された……!?」
「ご、ごめん……聞いてなかった」
「なんだぁ、いっくんに嫌われちゃったわけじゃないだねー、しくしく」
「それで、なに?」
「そうそう。この襲いかかってきた子の名前はなに?」
「……………」
一夏は一瞬だけ迷った。名前を素直に言ってしまっても問題はないのかどうか。
……別に問題はないだろう。そう判断し、一夏は素直に言う。
「俺のクラスメイトの深見静馬だよ。でも珍しいね束さんが人の名前を聞くなんて……」
「――――深見静馬」
これまた珍しいことに、あの束が人の名前を噛み締めるように呟いたのだった。
(何が起きているんだ……)
「そっか、そっかぁ! 元祖遺伝子強化試験体の生き残りにして神の瞳を持つ忌み子……かぁ。面白い展開になってきたねぇ……」
「………?」
聞き覚えのない単語に頭を傾げるが、束は満足したようにお礼を言う。
「ありがとね、いっくん。じゃあ私はここら辺でドロンさせてもらうね♪ またねーっ!」
人間とは思えない跳躍力で兎のようにぴょんぴょんと去っていく束……。
――何はともあれ、こうして静馬と束による戦闘は終了した。
……これを読んだ読者が言いたいことはわかる。
――超展開すぎる、と。
言い訳がなくもないのですが、一つだけ言うと。
この第四章8話を書き直した回数は十を超えるということ。
ぶっちゃけ、初期の文章はこれよりも超展開でした。
結末は全て一緒ですが、過程に差があります。
まあ、そんなことはどうでもいいのですが。
ちなみに次回も「よくわからない」が感想の回になるかなあ、と。
前にも言ったとおり、ここからオリジナル展開が特に目立つ回ですので。
……とりあえず、挫折せずに読んでくれること願ってこれから執筆させていただきます……。
あ、ちなみに私は束さんのキャラが結構好きです。