インフィニット・ストラトス - 二人の男性操縦者   作:白崎くろね

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9.再び、深層領域

「また、会ったわね」

 

 その声は心に馴染むようにして聞こえてきた。

 意識は暗闇に埋没していたはずだったが、いつの間にか覚醒していたらしい。

 

「いいえ、覚醒はまだよ」

 

 …………まるで心を読んだかのような返事。

 まるでではなく、彼女は間違いなく俺の心を読むことができる存在だ。

 

「たしか、お前は――ヘルだったか?」

 

 思い出すまでもない。彼女は俺であって俺ではない者だ。

 俺の一番の理解者と言っても過言ではないだろう。

 

「飲み込みが早いわね……侵蝕率が高かったからかしら」

「侵蝕率? ああ……俺は飲まれたのか」

 

 こちらも思い出すまでもなく理解する。

 

「ということは、だ。今回も目覚めるまで俺はお前と駄弁ってればいいわけか」

「名前があるんだからお前だなんて呼ばないでよ」

「そもそもの質問なんだけど、お前って人間なのか?」

「…………違う、けど……せっかく名前を用意したんだから呼びなさいよ」

 

 心なしか気落ちしたような表情を浮かべ、上目遣いがちに言ってくる。

 …………待て。心で余計なことを考えるのはよくないな。簡単に読まれるし。

 

「わかったよ、ヘル。で、俺はどうしたらいい?」

 

 周りを見渡してみるが、何一つない群青の世界が広がっている。

 一種の芸術的光景と言えなくもないが、冷静になって考えてみると恐ろしい光景だ。何も考えないでぼっとしていたら自我でさえ消滅してしまいそうな根源的恐怖がある。

 もしも、ヘルがいなかったら。俺は冷静でいられただろうか。

 

「別に何もないわけではないのよ? この場所は貴方だけの空間……つまり、貴方が存在を願えば存在を確立できる」

「なに……?」

「まあ、それは私でも可能なんだけど……何にせよ、試してみたら?」

「試せって言ったってな」

 

 何を願えと言うんだ? 

 

「欲のない人間って言われたことはない?」

「………………」

 

 ……ある。高校入学時に出来た友達に『お前って欲がないのな』と言われたのは記憶に新しい。

 アイツ、元気にしているだろうか。

 

「別に何でもいいのよ。こんなふうに――ね?」

 

 ヘルの手には空のラーメン丼が乗っていた。

 

「ラーメン好きなのか?」

「いやいやいや? 私が好きなんじゃなくて貴方が好きなんでしょ! 忘れたの? 私は貴方であって貴方じゃない存在なのよ?」

「そういえば、そうだったな……」

 

 つまり、俺とほぼ趣味趣向が似通っている、ということか。

 

「いいえ、完全に一緒よ」

「いや、それは違うな」

「何が違うのよ。貴方もラーメン好きでしょ?」

「――なぜなら、それは」

 

 俺は頭の中で世界に確立させる存在を思い浮かべる。

 そして、俺の手には熱々のラーメン丼が乗っていた。

 

「俺が好きなのは空のラーメン丼ではない! ラーメンが好きなのだ!」

「――――」

 

 それにしても美味しそうだな。

 ついでに割り箸の存在も確立させておくか。

 

「よし、いただきます」

「なに食べようとしているのよっ!」

「…………?」

「何を言っているんだこいつは? みたいな目を向けない!」

「いや、思うも何もその通りなんだが……。ラーメンを前にして食べない以外の選択肢があるまいに。それとも食べられないのか? これは」

 

 だとしたら非常に残念だが…………。

 

「べ、別に食べられるけど……」

「ふむ。ではいただきます」

「私が言いたいのはそうじゃなくて――!」

 

 何やら騒ぎ立てるヘルの姿をよそに、俺は割り箸を慎重に割る。

 もしかしなくても、これは割れた状態の割り箸を想像すればそれが存在していたのだろうか? いや、それとも俺が『変に割れない』ようにと思いながら割っている時点で綺麗に割れてしまうのではないか?

 うーむ、この世界の仕組みが何となく理解できてしまったな。ラーメンのおかげで。

 

「…………うまいな」

「そりゃそうでしょうねぇ……」

「なるほどな」

 

 言われるまでもなく俺は理解する。

 俺の好物は俺をよく知る人間であれば、誰もが『ラーメン』と答えるだろう。それほどに好きな食べ物であれば飽きが来てもおかしくはないほどに食べているのが普通だろう。つまり、俺はラーメンの味というものを己の中で確立させているというわけだ。

 

「お前は食わないのか?」

「…………」

「ヘルも食わないのか? お前も好きなんだろ?」 

 

 ……ちっ、面倒な。

 

「何か言った?」

「いいえ、何も言っていません」

 

 ……………………。

 

「別にいらないわよ。この場所で食べたって腹は膨れないし」

「別にお腹の減りは関係なくないか? 味を楽しめよ味を」

 

 ちなみにこれは味噌ラーメンだ。

 

「わかった。わかったわよ。食べればいいんでしょう? …………ん」

「………………?」

「………………ん」

 

 ヘルはこちらに身体をほんの少し近付け、髪をかきあげる。そして、口をそっとこちらの方へ差し出す。

 ………………? 何がしたいんだ? 面妖な。

 

「…………ッ!」

「ぐげばッ!?」

 

 ヘルはその場で一回転し、その運動エネルギーをそのまま利用した回し蹴りが鳩尾に入る。

 おおよそ少女の姿をしているヘルが放ったとは思えない回し蹴りの一撃。

 俺はそのまま数十メートルという驚愕の距離を舞った。

 

「いきなり何しやがる!?」

「それはこっちのセリフでしょ!? あんなの見たらわかるでしょ!?」

「なにがだよ!」

「は、は……ぁ?」

 

 まったくわからない。

 なんで俺は蹴られたんだよ……。

 

「あーあ。ラーメンがぐちゃぐちゃだ」

「ふん……」

「まあ、いいや。これで何の問題もないだろう」

 

 目を瞑り、頭の中で先程まで食べていたはずの味噌ラーメンを思い浮かべる。

 思い浮かべるのは完成品ではなく、不完全な味噌ラーメンだ。もっと簡単に言えば、先程まで食べていた『食べかけの味噌』を想像する。

 

 ――――――これだ!

 

 そうして、目を開くと目の前には食べかけの味噌ラーメンがあった。

 どうやら、成功したらしい。

 

「……馬鹿じゃないの? そんなことに全力を出す必要はないでしょ……」

「失礼な。お前が蹴らなければラーメンだって溢れなかったものを」

 

 ひっくり返したはずのラーメンはこの世界から消失していた。

 たぶんだが、消えたのは俺が『ひっくり返ったラーメン』の存在を否定したためだろう。

 

「仕方ないな。ほら、口を開けろ」

 

 そう言って、俺はレンゲに麺を軽く乗せ、ヘルの口元まで運んでやる。

 

「…………っ!」

「待て待て! もう蹴りはなしだ!」

 

 攻撃の気配を再び感じたので、思わずその場から飛び退く。

 あ、あぶないな……!

 

「……あ。もしかして、さっきのって『食べさせろ』ってことだったのか?」

「…………もう、死んでくれるかしら!?」

 

 シュ――ッ!

 

 空気を裂く音とともに鋭い蹴りが飛んできた。

 まるで爪先にナイフでも仕込んでいるかのような蹴り。不意でもない正面からの蹴りを躱すのは容易いと思われたが、頬を掠る。

 

「ふざけんな! お前は心が読めるかもしれないが、俺はお前の心なんて読めねーんだよ!」

「知るか、バカ――――ッ!!」

 

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 俺たちの小さな争いは数分に渡って続いた。

 

「は……ぁ……はーーっ……!」

「はぁ……はぁ……はぁ」

 

 訂正しよう。俺たちは息を整えるのに更なる時間を要した。

 

「で、俺はいつになった目が覚めるんだ?」

「…………そうね、普通だったら目覚めててもいいはずなんだけど」

「もしかして、普通じゃない状態なのか?」

 

 そういえば、俺は何が原因で飲まれてしまったんだっけ。

 何か強敵と対峙したんだったか……?

 

「覚えてないの?」

「あ、ああ……何か強いヤツと戦ったのような記憶はあるんだがな」

「篠ノ之束よ」

「何だって?」

 

 篠ノ之束だって? なんで篠ノ之束が出てくるんだ?

 俺は臨海学校で離れ小島までやってきたはずだが……。

 

「なるほど、ね」

「何がだ?」

「理解できないかもしれないけど、篠ノ之束と貴方は並々ならぬ因縁があるのよ」

「遺伝子強化試験体絡みか」

「いいえ、もっと根源的な問題よ」

「………………」

 

 理由を説明して欲しいものだが、きっとそれをすると俺が壊れてしまうのだろう。それは篠ノ之束に対して発動してしまったことから説明が付く。俺はそれを聞いてしまった時、自分で自分を抑えられないのだと思う。だから、ヘルは俺に詳しく説明することができないのだ。

 

「ごめんなさいね」

「別にいいさ。ヘルが俺のことを考えて言ってくれているってことくらい理解できるからな」

「今日の貴方は本当に理解が早いわね……女心の機微以外は」

「なあ、気になってたんだが……なんでヘルは俺の名前を呼ばないんだ?」

 

 …………………………………………。

 

「さ、そろそろ目覚めるわよ。思い残したことはないかしら? ないわね。じゃあね、また会いましょ」

「――――――――――」

 

 意識が急速に遠くなり、視界が揺らぐ。

 身体のバランスを保てなくなり、その場に倒れるよう膝を付く。 

 いや、それどころか定かではない。

 群青の世界が輪郭を崩し、地と天が絵の具のように混ざり合ったからだ。

 

「――――――――――」

 

 言葉を口にしようにも、その言葉を発するための口がどこにあるのか。

 

「――――――――――」

 

 だが、それでも。俺はこの機会を逃してしまえば、彼女――ヘルともう二度と会うことができないように感じてしまった。何が原因かはわからない。しかし――。

 

「――ばいばい、静馬」

 

 世界は終わる。呆気なく。

 もう二度と、この世界は開かないのだと理解する。

 

 ――世界は終わった(ワールド・エンド)

 

「な……わけ、ねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 ――終わって、たまるか……ッ!

 

 ――何も理解せずに、何かが始まる前に終わらせてたまるかよ……ッ!

 

 ――俺が、オレが――オレの■■を守らないで誰が■■を守るんだよッ!

 

 

 その願いが届いたのか、閉じたはずの世界が再び再構築される。

 そして、そこにいるのは――驚いた顔のヘルがいた。

 

「――――――」

 

 音は聞こえない。声も聞こえない。

 それでも、オレは確固たる自信を持って、彼女の手を逃さないように力強く握る。

 

 そうして、今度こそ世界は終わった。

 




ぶっちゃけ、この回は今後の展開のためにある。

次回からの主人公に懐かしさに似た何かを感じてほしい。
まあ、この作品を通して読んでいたらわかると思う変化だと思う。
自分でもうまく表現できているのかは不明だが、頑張って執筆していきたい。
……何せ「平凡な主人公」ですからね(タグにある)

お前の主人公は絶対平凡じゃないぞ、というツッコミはなしの方向で。
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