インフィニット・ストラトス - 二人の男性操縦者 作:白崎くろね
あるいは―――、
――《
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水中から浮き上がるような感覚を感じ、俺――深見静馬は目覚める。
「――――――ッ」
目を覚まして最初に感じたのは、全身を押し潰すような痛み。まるで全身の骨という骨が砕けたかのような強烈な痛みだった。思わず悲鳴を上げてしまいそうになるが、そこは気合で押し殺す。そうすると全身に力が入ってしまうわけで、更なる痛みが全身を支配するという悪循環。
「…………痛い」
我慢できなかった。痛いこと認める言葉が口から漏れてしまった。むしろ、叫んでしまわなかったことを褒めてほしいくらいだ……痛い。
《――大丈夫ですか、マスター》
「あ、ああ……大丈夫…………」
……………………いま、誰か返事をしなかったか?
《その推察に間違いはありません。私が返事をしました》
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………誰だ?」
この状況においても、無闇矢鱈に叫ばなかった俺を褒めてほしい。
脳内に突如として響く無機質な少女の声に対して叫ばなかった自分を……!
《マスターは素晴らしいです》
「いやいやいやっ! そうじゃなくてだな……ッぅ!」
《マスター、暴れないでください。マスターは全身筋肉痛状態ですので、急な運動はお控えください」
ぜ、全身筋肉痛……? 骨が折れてるとか
《
…………マジですか。
《マジです》
なんか急にやるせない気持ちになってきた。全身複雑骨折レベルの怪我を想像していたら、ただの全身筋肉痛だったなんて……。しかも騒がなかった自分はすごいだなんて自惚れていたことが恥ずかしい。筋肉痛の痛みなんて誰でも耐えられるわ。アホか。
「そ、そんなことよりも、キミは……」
《熱源反応を確認。80%の確率で人間であると判断します》
気恥ずかしさから話題を逸らそうと思った俺だったか、先程の会話よりも一段落ほど低く無機質な声で少女は人間の接近を伝えてくる。
ガタ――――ッ、と襖が勢い良く開いた。
「――――静馬! 起きたのか!」
入ってきたのは、左眼に眼帯を付けているのが特徴的な銀髪の少女だった。外国人でありながら浴衣が妙に似合っているのも特徴的と言えた。彼女の名前は――――
「ラウラ、か…………いや、さっき起きたばっかだ」
何か違和感を感じたが、それがなんであったかは既に思い出せない。
「心配したのだぞ、急に倒れたと聞いたからな」
「……俺はなんで倒れたんだっけ?」
――――そうだ、篠ノ之束と戦って負けたんだったな。
いや、どうして戦うことになったんだっけ? 何か理由があったような気もするけど、思い出せない。
……まあ、どうでもいいか。
「俺はどのくらい寝ていたんだ?」
「約半日だな。もうすぐで夕餉の時間だそうだ」
「夕餉ってお前な。学生が日常会話する表現としては相応しくないんじゃないか……?」
「む。ではこの場合は何と言うのだ」
「普通に夕食でいいんじゃないか?」
「そういえば教官もそう言っていた気がするな」
まあ、当たり前か。生まれが日本ではないラウラにとってはおかしくない表現なのかもしれない。ISの誕生によって日本語が標準語になりかけているものの、まだまだ日本語は世界にとって馴染みは薄いだろうしな。
「なあ、ラウラ」
「なんだ?」
「…………とても恥ずかしいのだが、夕食を食べる場所まで手を貸してくれないだろう、か?」
たかが全身筋肉痛。されども全身筋肉痛。全身の痛みで俺は立つことさえままならない身体らしい。きっと、ラウラの協力なくしては広間まで足を運ぶことすら困難に違いない。情けない話だ。ほんとうに……。
◇ ◇ ◇
現在の時刻は七時半過ぎ。
臨海学校の旅程表では七時半から夕食となっていたが、俺が寝込んでいたために遅れているらしい。非常に申し訳ない……。
「…………よ、よお」
全生徒の視線が一斉に集まる。
それもそうだろう。俺のせいで夕食の時間がずれているどころか、美味しそうな食事を前に正座させられて待っていたのだから文句の一つや二つは覚悟しなければいけないだろうな……。
「し、静馬さん……!」
「は、はいっ!」
す、すまないっ! 俺のせいで夕食の時間が遅れてしまって……!
「もう目覚めたんですのね……! 重傷だと聞いていましたが、大事がないようで安心いたしましたわ」
「……お、おう?」
金髪ロングヘアーの女生徒が文句を言ってくるかと思ったら、普通に心配されてしまった。
そういえば、彼女の名前は――
「…………心配かけたみたいだな、セシリア」
「ええ……ですが、大丈夫そうですわね」
「ま、まあな」
「ささ、こちらにどうぞ」
本当は筋肉痛がめちゃくちゃ痛いけどな!
流石にラウラの肩を借りた状態でみんなの前に行くのは恥ずかしかったので、入る前に離れてもらった。ただの見栄である。
セシリアの隣にゆっくりと腰を下ろす。
……くぅ、ぅ……筋肉痛の時にする正座は何とまあ、辛い。
「な、なあ……本当に大丈夫なのか?」
「……まあ、本当のことを言うと少し痛いけどな」
セシリアとは反対側にいたのは、俺と同じくISに乗ることができる男子生徒。
「それよりも悪いな」
「何がだ?」
「俺のせいで夕食の時間がズレたみたいでさ」
「ああ、なんだそんなことか。別に誰も気にしてないと思うけどな」
「そうですわよ? 事情があって遅れたのですから仕方ないですわ」
「……セシリアも変わったよな」
「…………?」
いや、彼女は大体最初からこんな感じだったか。
「いや、なんでもない」
どうして彼女とは久しぶりに会ったような感覚になってしまったのか。まだ寝惚けてるのか?
「さて、深見も来たことだ。もう夕食を食べてもいいぞ」
『いただきます!』
そう言って、俺たちは夕食に手を付ける。
「お、おお。うまいな! 昼も夜も刺身が食べれるなんて豪勢だよなぁ」
「……昼も刺身だったのか?」
「昼は海鮮丼だったよね。ほんと、IS学園は羽振りがいいよ」
昼は海鮮丼だったのか……俺も食べたかったな。
夕食のメニューは刺身と小鍋。それに山菜の和え物が数品。それに味噌汁とお新香に白米。一見して普通の料理たちだが、なんといってもすごいのは刺身だ。カワハギの薄造りに肝つきという豪快さ。
毒性のあるフグに比べ、比較的簡単に捌くことのできるカワハギは刺身の中でも人気がある魚として有名である。ちなみにカワハギはフグ目カワハギ科なので、フグの仲間ということになる。なのに毒はないんだな。
「あー、うまい。しかもこのわさび、本わさじゃないか。すげえな、おい。高校生のメシじゃねえぞ」
……おいおい、あまりの美味しさに口調がおっさん化してるぞ。男子高生としてどうなんだよ、おい。
「本わさ?」
「ああ、シャルは知らないのか。本物のわさびをおろしたやつを本わさって言うんだ」
「練りわさにもワサビは使われてるんだけどな? というか本わさびってのは日本産の山葵が使用されているっていう一種の皮肉みたいなもんで……って、すまん」
余計な口だしをしてしまった。これを説明するには少しの時間じゃ足りないしな。
「ふーん、そうなんだあ……はむ」
「「!!?」」
――本わさを直で食べた!!? しかも皿に盛られている大盛りのわさびを……。
「ぅ~~~~~~~~!!!」
案の定というか、何というか……すごい勢いで鼻を押さえて涙目になる女子生徒。
……そうか。わさびという存在そのものを知らなかったのか? いや、学園でもわさび出てたはずだが?
「だ、大丈夫か……?」
「ら、らいしょうふらよ……一夏」
――織斑一夏。ああ、彼の名前は織斑一夏だったか。
……何を言っているんだ、一夏の名前が他の誰かであるはずがないではないか。
「ふ、風味があって、いいね……。こ、こういうのがわびさびっていうのかな……?
またベタな間違いを……。
彼女のことは一夏に任せておいて、俺は左隣で何やらうめいているセシリアの方へ顔を向ける。
「どうかしたのか?」
「ぃ……い、ぇ、……ょうぶ、ですわ……」
プルプルと全身を震わせ、どこからどう見ても大丈夫じゃなさそうだ。
「い、ぃたぁ……だきます……わ」
ズズズ、と。味噌汁を覚束ない手付きで飲んでいた。
「なあ、もしかして……」
俺は気付いたことを言ってみる。
「正座が不慣れなのか?」
「……! い、いえ、平気ですのことよぉ……。この場所を、獲得するのにかけた労力に比べれば、ぁ、このくらいは……!」
「――そうなのか」
何やらセシリアにはやり遂げなければならない事情があるらしい。それが何かは知らない。が、その努力は賞賛するに等しいものに違いない。
「仕方ないな……」
もしかしたらだが、セシリアが難儀にしているのは正座だけではないのかもしれない。IS学園という環境のせいで感覚が麻痺しかけているが、彼女は留学生であって日本人ではないのだ。箸の扱いだって不慣れなものがあるだろうことはすぐに理解できる。しかし、その理解が遅れてしまったのは偏に彼女の努力あってのものではないのか、と俺は思うのだ。
「ほら、俺が食べさせてやるよ。これなら楽に食べられるんじゃないか?」
人に食べさせてもらうなんて屈辱的だ、と以前の彼女なら言ったのかもしれない。が、今の彼女は自分の間違いを正した後のセシリアだ。だったら、きっと俺の手助けだって受け入れてくれるはずだ。
そして、案の定。
「い、いいい、いいのでぅか!?」
「ああ、もちろんだ。わさびは少量でいいよな……あーん」
「あー……」
ん、と言おうとした瞬間。
「あああーっ! せっしーずるい! 何してるのよ!」
「深見くんに食べさせてもらうなんてズルいんだー!」
「卑怯者!」
「インチキ! イカサマ! ズル! ドロボウ!」
お前たちは歴とした日本人だろうが! あとドロボウは何かが違うんじゃないか?
「ずるくなんてありませんわ! 隣の席の特権ですわ!」
「それがずるいのよ!」
「私にも食べさせてよぉ!」
別に隣の席だからってわけじゃあないがな……。セシリアが頑張ってたからやっているだけであってだな。
「はやくはやくっ!」
「あーん!」
ええい、うるさいな!
「お前たちは静かに食事することができんのか!!」
――織斑千冬だ。訂正、織斑先生だ。
その声によって一瞬で全員の和気藹々とした声が聞こえなくなる。
「お、織斑先生……」
「ほぉ? どうやら、体力があり余って仕方ないらしいな。よかろう、今から砂浜をランニングするという訓練を言い渡してやろう。そうだな……距離は50キロもあれば十分だろ」
「いえいえいえいえ! とんでもないです! 静かに、食事をします!!」
そう言って各自静かに食事をし始めた。
「織斑、深見。あまり騒動を起こしてくれるな。鎮めるのは面倒だ」
「……はい」
俺のせいなのかぁ……? こんなのぜったいおかしいよ。
「えっと、まあ、なんだ。普通に食べるか」
「ええ、……はい」
何やら納得がいかない様子のセシリア。俺も同じだ……。
「まあ、静かにならいいか。ほら、あーん」
「えっ!? い、いいんですの!?」
「ん? まあ、あまりやってると外野がうるさいだろうけど、アレの後で騒ぐやつはいないだろうしな」
「で、では……あーん」
そうして、今度こそセシリアに食べさせてあげることに成功した。
……どうでもいいことだが、箸を空中で静止させるというのは筋肉痛時にはかなり痛いということがわかったのだった。
《…………マスターは見栄っ張りですね》
うるさいなあ。人は見栄を張る生き物なんだよ。
《なるほど。つまり、マスターは見栄っ張りであると認めるわけですね》
………………どうやら、俺はこの謎の少女に口では勝てないみたいだ。
セシリアに食べさせながらも、俺はあまり食べる機会のないであろうカワハギを味わいながら食事を進めた。
どうでしょうか、平凡な『深見静馬』という人間を感じたでしょうか。
静馬が作中で名前を思い出せない条件は色々とありますが、最も簡単なものとしては『好感度の低い人物はスムーズに思い出せない』という条件です。
つまり、この中で最も好感度が高いのはラウラということに。次いでセシリア。
まあ、シャルルのことを思い出していないのは別の理由があるんですが……言ってしまうと名前の不一致ですね。
あまり詳しく語ってもあれなので、ここまでにしましょうか。
あ、もう一つだけ言っておくと織斑先生を速攻で思い出したのは、好感度云々ではなく一夏繋がりで思い出していただけに過ぎません。