インフィニット・ストラトス - 二人の男性操縦者   作:白崎くろね

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16.本当の、幕開け

 ――海上から5キロ上空に『銀の福音』はいた。まるで胎児のような格好で蹲り、丸めた機体を守るようにして白銀(しろがね)の翼が展開されている。

 

 その無防備な機体に超音速の砲弾が命中し、空気を震わせるほど大爆発が起こる。

 

「初弾命中。続けて連続砲撃を行う!」

 

 対象から5キロほど離れた位置にいるのは、IS『シュヴァルツァ・レーゲン』を操るラウラ。

 その左右肩部には、通常装備とは異なる決戦兵装――80口径レールカノン《ブリッツ》を装備している。

 さらに反撃の備えとして、四枚の物理シールドが左右正面を守っている。

 これこそがラウラの操る『シュヴァルツァ・レーゲン』の砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』だ。

 

 そんなラウラの攻撃を受け、福音は5キロはある距離を数秒と掛からずに詰めてくる。

 

「ラウラ、高エネルギー反応アリだ。回避に専念しろ……!」

「わかっているが……くっ、思ってたよりも攻撃が速い!」

 

 回避しながらも砲撃を続けるラウラだったが、翼から放たれるエネルギー弾がその全てを漏らさずに撃ち落としていく。だからといって福音の攻撃がラウラに届かないということはなく、立体的な動きでもってラウラへとエネルギー弾を放ちながら間合いを詰め、その右手がラウラを捕捉した時――

 

「セシリア――!!」

 

 その腕を弾き飛ばしたのは、上空からステルスモードで現れたセシリアだ。

 六機のビットは通常のモノとは異なり、その全てがスカートのような形で腰部に連結接続されている。本来の用途である砲口の攻撃性はなく、現在は機動力を底上げするためのスラスターとして用いられている。

 

 そして、セシリアが両手で握っているのは大型BTレーザーライフル《スターダスト・シューター》。全長2メートルもあり、相応の攻撃力を有している。

 さらにセシリアが装備している強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』は時速500キロを超える速度下での運用に対応するための特別なハイパーセンサー《ブリリアント・クリアランス》が頭部に装着されていた。

 

『敵機Bの脅威度を更新。排除行動へと移行する」

「遅いよ」

 

 そんなセシリアの攻撃でさえ回避し続ける福音を襲ったのは、同じくステルスモードで待機していたシャルルだ。

 ショットガン二丁による零距離射撃を背面部に浴び、福音はぐらっと姿勢を崩した。

 けれどそれも一瞬。すぐさまシャルルへと《銀の鐘(シルバー・ベル)による反撃を開始する。

 

「おっと、悪いけど……この『ガーデン・カーテン』は、その程度じゃ落ちないよ」

 

 専用防御パッケージ、『ガーデン・カーテン』に搭載されている実体シールドとエネルギーシールドの両方でもって、福音の嵐のような攻撃を防いでいく。

 その見た目は通常時のリヴァイブとそう違いはなく、二枚の実体シールドと同じく二枚のエネルギーシールドがカーテンのように展開されているのが特徴的なパッケージ。

 その防御の間にも、シャルルお得意の『高速切替(ラビッド・スイッチ)』によってアサルトカノンでの反撃も加えている。

 

『――優先順位を変更。現空域からの離脱を最優先に』

 

 全方向へとエネルギー弾を放ち、一瞬の加速で脱出を試みる福音を――

 

「させるかぁっ!!」

 

 海面が膨れ上がり、そこから現れたのは真紅の機体を身にまとう機体『紅椿』と、その背に乗っている『甲龍』。

 そして、打鉄のカスタム機『打鉄弐式』。

 

「離脱する前にたたき落とす!」

 

 福音へと紅椿が突撃し、その背中から飛び出した鈴が機能増幅パッケージ『崩山』を戦闘状態へと移行させる。

 左右肩部の衝撃砲が開くのに合わせて、増設された二つの砲口が姿を現す。計四門からなる衝撃砲が一斉に火を噴く。

 それに合わせるようにして放たれたのは、オレと共に共同開発した『打鉄弐式』の主砲である『山嵐』。

 未だ不完全ではあるものの、独立して稼働する48発の誘導ミサイルだ。これだけの物量があれば流石の福音であっても致命傷は免れないだろう。

 

『――――!』

 

 肉薄していた紅椿が瞬時に離脱し、その全身に三人による全力攻撃が降り注がれた。

 鈴の熱殻拡散衝撃砲&簪の48発ミサイル砲火を喰らい、空気を震わせるほどの衝撃が巻き起こる。

 

「やりましたの!?」

「ま、まだ……!」

 

 あれだけの集中砲火を受けてもなお、福音は機能を停止させてはいなかった。

 

『《銀の鐘(シルバー・ベル)》最大稼働――」

 

 両腕をいっぱいに広げ、翼も同様に限界まで外側へと広げていく。その身に瞳を灼くほどの光を纏わせ、エネルギー弾が吹き出しそうになった時――

 

「その瞬間を待ってたぜ……!」

 

 その遥か上空、太陽を背にして必要最低限の機能だけで待機していたオレが戦闘状態へと移行させ、『シルヴァリオ・ヴォルフ』の強襲用高火力パッケージ『銀狼』の主装である大剣《フェンリル》を一気に振り下ろす。それと同時に背部にセットされている六機のビットが射出され、福音を囲むようにして向かっていき――大剣による攻撃と共にビットから剣が生える。

 

 これこそが強襲用高火力パッケージ『銀狼』に搭載されている兵装――《銀狼の牙(シルバー・ファング)》だ。

 

「堕ちろおおおおおおぉぉぉぉ――――ッッ!」

 

 キュイィィィィィィン――!!

 

 オレは《銀狼の牙》のギアを最大まで回し、《単分子ブレード》よりも強烈な超音波振動を引き起こす。ナノマシンで制御されていた高密度の水が弾け飛び、超音波によって熱されていた水が小さな刃となって福音の機体をズタズタに切り刻んでいく……! 

 

 そして、福音はそのまま力を失ったかのようにして海へと落下していった。

 

「今度こそやりましたわね!」

「ああ、オレたちの――」

 

 勝ちだ、と言おうとした刹那、海面が光となって消滅した。

 

「!?」

 

 まるでモーゼの奇蹟のような現象が起きた。その中心には、蒼い稲妻を纏った『銀の福音』の姿が。

 

「これは、いったい……何が起きているんだ……?」

「くっ、マズい……! 『第二形態移行(セカンド・シフト)』だ!」

 

 オレが叫び、本能のままに逃げようとした瞬間――福音の瞳がオレを捉える。

 殺意、敵意、害意を感じ、背筋に電撃のような痛みが走り抜ける。

 マズい、これはマズい。殺される……!

 

『キアアアアアアアアアアア……!』

 

 吠える機械音(マシンボイス)を発し、福音はオレへと飛び掛かってきた……!

 

「ぐぅっ!?」

 

 越界の瞳でさえ追従できないほどの速度でのタックルを喰らい、防御も間に合わずに吹き飛ばされる。

 そして、次の瞬間――《【既に背後へと回り込んでいた》》福音がオレの機体を銀の翼で拘束してきた。

 

「し、静馬……!」

「くぅぅぅぅ……! はな、せ……ッ!」

 

 六機のソードビットで攻撃を仕掛けるが、その尽くを回避される。

 そんな状態のまま福音は全身に銀色の光を集めていく。

 そして、オレは密着状態のまま福音のエネルギー弾を全身に全弾浴びてしまった。

 

「がああああああッッ!」

 

 全身の神経という神経を引きちぎられるような痛みを感じて、オレはそのまま海へと落下してしまう。

 その際にISが強制解除され、オレは生身のまま海面に叩き付けられるようとして、

 

《マスター、衝撃に備えて下さい》

 

 そんな声に従い、オレは身を守るようにして海の中へと沈んでいく……

 

「貴様、静馬をよくも……ッ!」

 

 オレが撃墜されたのを見て、ラウラがワイヤーアンカーを引っ掛けて福音に接近し、至近距離で《ブリッツ》を砲火。

 

 ――ドガァァァァンッ!

 

 しかし、聞こえてきたのは《ブリッツ》の音ではなく、福音の背部や胸部に装甲の至る所が罅割れるようにして、小型のエネルギー翼が生えてくる。そこから生み出されるエネルギー弾による攻撃でラウラを激しく吹き飛ばす。

 

「こ、これは一体何ですの!? この性能、軍用とはいえ……あまりにも異常な――」

 

 高機動射撃を行おうとしていたセシリアの目前に、福音が迫る。『瞬時加速(イグニッション・ブースト)――いや、両手両足の計四ヶ所の同時着火に加えて、連続で着火させることでエネルギーを増幅させる技術――『個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)』を使っていた。

 

(この技、どこかで……)

 

 遠距離(ロングレンジ)を得意とする武器は接近されることに弱く、距離を取ることで間合いを維持しようとするが……福音は豪快にも銃を蹴り飛ばすことで標準をあらぬ方向へと変えてしまう。そして、次の瞬間には両翼からの一斉射撃が始まる。こうなってしまえば反撃することもできず、セシリアは海面へと叩き付けられた。

 

「わ、私だって――!」

 

 撃墜されていく仲間の姿を見て、簪が唯一の近接武器である《夢現》を構える。

 この武器はオレの《単分子ブレード》のデータが用いられており、超音速振動の刃を持つ薙刀だ。

 振動によって輝きを放つ刃を振るうが、まるで宙を蹴るような『個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)』の動きで完全に回避されてしまう。

 

 そんな簪の上段を取った福音が流れるような動きでサマーソルトキックを放ち、簪をミサイルのような速度で海へと叩き付けた。

 

「よくも、私の仲間を――!」

 

 セシリアに続いて簪が沈んでいくのを見た箒が、急加速で福音へと接近し、連続で斬撃を放つ。

 展開装甲を用いた動きで攻撃を回避し続けながら、斬撃を放つ速度を上げていく。

 

「うおおおおおっ!!」

 

 回避、回避、回避、回避の応酬。際限なく加速していく箒の紅椿に対して、福音の方は僅かに押され気味だ。

 必殺のタイミングで、雨月の打突を放とうとし――

 

 キゥゥゥン……

 

「なっ……!」

 

 紅椿はエネルギー切れを起こし、致命的な隙を生んでしまう。

 その隙を福音が見逃すはずもなく、輝く右腕が箒の首を掴まえた。

 そして、オレの時と同じく翼が全身を包み込み……

 

(くそっ、エネルギー切れの状態であんな攻撃を受けたら……!)

 

 間違いなく一夏以上の大怪我だ。いや、もしかしたら命を落としてしまうかもしれない。

 まだ、まだなのか……! オレの回復は……!

 

《すいません、マスター。回復進行度78%です》

 

 万事休すなのか……? 

 こんなところで、全滅してしまうのか……?

 

 ぎりぎり……と、箒の首がどんどんと締め付けられていくのがわかる。

 両翼が白銀の輝きを放ち始め、『第二形態移行(セカンド・シフト)』で強化された『銀の鐘』が包み込み始め、数秒と掛からずに『銀の鐘』は発動するだろう。

 

「――いち、か……」

 

 箒は諦め、瞼を閉じた時――

 

 ィィィィン……ッ。

 

 小さな駆動音が聞こえ、福音が箒の首から手を離した。

 そして、次の瞬間。福音は濁流のようなエネルギーの咆吼を浴びて吹き飛んでいった。

 

「俺の仲間は、誰一人としてやらせねえ!」

 

 そんな声が聞こえてきた。

 その人物は進化した白式を身にまとっており、IS上のインターフェイスには『白式・雪羅』と表記されている。

 誰かは言うまでもなく明白だ。

 ヒーローは遅れてやってくるってか? 遅いぜ、一夏。

 

「一夏、一夏なのだな!? 身体は、だ、大丈夫なのか……!」

 

 慌てて詰め寄る箒に向かって、一夏は身体を軽く動かしながら答える。

 

「おう。またせたな」

「よかっ、よかった……本当に……」

「なんだよ、泣いてるのか?」

「泣いてなどいないっ!」

「悪いな、心配かけて。だがもう大丈夫だ」

「し、心配など……っ!」

 

 何を思ったのか、一夏は強がる箒の頭を撫でながら、リボンを差し出す。

 

「り、リボン……?」

「誕生日、おめでとう」

「あっ」

 

 ……今日は箒の誕生日だったのか。知らなかった。

 まあ、特別仲が良いわけじゃないからな。

 ……とはいえ、こんな場所でイチャついている場合ではない。

 

「……こほん。イチャイチャするのは後に取っておけ」

「なっ……!? 別にイチャついてなど……!」

「そうだぞ、静馬。俺たちは別にイチャついてるわけじゃないぞ」

 

 ……じゃあ、何なんだよ。

 戦場でリボンを渡すってどんな死亡フラグの建て方だ。

 

「さあ、再戦と行くか!」

 

 一夏は進化した《雪片弐型》を構え、そのまま振り下ろす。

 急接近していた福音はそれを躱し、一夏の新兵装である《雪羅》を回転しながら回避。

 ヴォルフが読込(ロード)している情報によれば、一夏の《雪羅》は状況に応じて変化するタイプのようだった。その証拠に指先からエネルギーで構築されたクローが出現している。

 

「逃がすか……!」

 

 1メートル、2メートルと伸びたクローが福音の装甲を抉り取る。シールドエネルギーで守られてはいるものの、その一撃は間違いなく大きなダメージを与えていた。

 

『敵機の情報を更新。判定Aランク相当。攻撃レベルAへ移行』

 

 威嚇するようにエネルギー翼を広げつつ、胴体からも生えた翼が伸びていく。そこから無数のエネルギー弾が発射された。

 

「見えてる攻撃をそう何度も食らうかよ!」

 

 一夏は避ける素振りすら見せず、左手を構えるだけ。

 そして、一夏は雪羅を異なる形態――シールドへと変形させた。一夏を守るようにして出現した蒼い炎のようなものが降り注ぐエネルギー弾を次々と打ち消していく。

 

(……まさか、これは!)

 

《その通りです。これは()()()()の発展形です》

 

第二形態移行(セカンド・シフト)』ってのはここまで変わるものなのか……

 いや、普通のISじゃそうはいかないだろうな。束が改良を加えたからこその強さだろう。

 

「うおおおおおっ!」

 

 従来の白式よりも拡張された四機のウィングスラスターによって、一夏の機体は『二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)』を可能にしているのだろう。

 複雑な動きでもって相手を翻弄し圧倒的な速度で制する『個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)』には敵わないが、純粋な加速度では『二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)』も勝るとも劣らぬ加速が可能だ。福音に追従する程度は問題ない。

 

『――状況変化。最大攻撃力を使用する』

 

 そう、福音の機械音声(マシンボイス)が告げる。

 すると今まで展開していた翼を自身の機体へと巻きつけ始め、翼から放出されるエネルギーが福音を守る殻のような役割にとなっていた。

 

 そして、次の瞬間――星のような数のエネルギー弾が対象を一夏に絞らずに放出された……!

 一夏が他のみんなを守ろうした時、

 

「何やってんのよ! 余計なことは考えないでさっさと片を付けなさいよ!」

「鈴……! わかった。すぐ終わらせる!」

 

 鈴が怒鳴り声で叫び、一夏はその言葉を信じて零落白夜のシールドを展開して福音へと接近していく。

 ちっ、鈴はああ言ったけどマズイな……! こんなの一発でも被弾したら即エネルギーが消滅しちまうぞ。

 

(……ヴォルフ。戦闘はできなくても瞬時加速ぐらいは可能だな?)

《可能です。が、あまり無茶な飛行は機体に重大な欠陥を残す危険性が――》

(ちょっとの無茶は許してくれ)

 

 ――『瞬時加速』の難易度はかなり高い。

 それは一夏以外の操縦者が多用していないことからもわかるだろう。

 そして、福音が先程から行っている『個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)』は難易度が高いって次元の話ではない。成功すれば最速の動きが可能な瞬時加速だが、失敗すればスラスターを破壊する危険性が常に伴っている上にエネルギーを全損させるリスクを抱えている。

 

 もちろん、成功さえすれば瞬時加速よりも少ない消費で済むのだが……

 

「…………あいつに出来て、オレに出来ないわけがない」

 

 あいつ、とは誰なのか。

 だが、問題はそこじゃない。

 オレにも『個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)』が可能だという点だ……!

 

 1、2、3、4……と、スラスターを順番に点火していく。

 『個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)』の仕組みはこうだ。

 最初に点火した1個目のスラスターから吐き出されるエネルギーを2個目のスラスターを点火すると同時に吸収し、爆発的に点火した2個目のエネルギーを3個目のスラスターを点火し吸収――それを連続で繰り返すだけ。

 

 この場合、難しいのはエネルギーを圧縮していく速度が倍々ゲームのように加速していくという点だ。

 オレは無事に成功させ、海へ弧を描くような機動で滑空しながら海に浮かんでいた簪を拾う。そこから少しばかり離れた位置にいるラウラを回収――!

 

 この時点で加速度が『瞬時加速』の四倍に達している。

 これ以上の使用は制御不能になりかねないが、この状態で失速するばエネルギー弾に被弾してしまう。

 それだけは避けないといけない。よって、オレのすべき行動は――超高速飛行での『特殊無反動旋回(アブソリュート・ターン)だ。

 

 これもまた高等技術の一つだが、この技の特徴として反動を零にするという特徴がある。それを利用し、オレは円状制御飛翔(サークル・ロンド)のようにして空高く飛翔しながら速度を落としていく。

 

「……ふう。意外と何とかなるもんだな」

 

 この技に名前を付けるならば、『個別連続瞬時加速・零式(アブソリュート・イグニッション・ブースト)』といったところだろうか。

 

「今、何がどうなっていたのだ……?」

「ぜ、全然わからなかった……」

 

 両脇に抱えた二人がオレの技に驚いているようだが、オレも驚いている。

 もう一度成功させる自身は流石にない。が、重要なのはたった今成功させたということだけ。 

 

 さて、あっちの方はどうなっているのか……

 

「ぜらああああっ!!」

 

 一夏は零落白夜の力を開放し、全方位へと弾丸をばら撒く翼を切断。

 だが、しかし。両翼を斬り落とすには程遠い。

 福音は零落白夜の二撃目を回避し、その間にもみるみるうちに翼が再構築されていく。

 それだけに留まらず、福音は正確無比な攻撃で一夏を攻め立てる。

 

「くっ……!」

 

 一夏が苦悶の表情を浮かべる。

 ……エネルギーシールドも残り僅かなのだろう。

 オレが加わるにはあともう少し時間が必要だ。

 

《――エネルギー残量、回復中。現在進行度92%です》

 

「一夏!」

 

 そんな時、一夏の下へ箒が駆け寄る。

 

「箒!? お前、ダメージが……」

「大丈夫だ。気にするな! それよりも、これを」

 

 箒のIS――紅椿の手が、一夏のISへと触れる。

 

「な、なんだ……? エネルギーが回復して!?」

「細かいことは後だ! いくぞ、一夏!」

「お、おう……!」

 

 どうやら、何らかの手段でエネルギーを回復させたのだろう。

 

《アレは紅椿の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)です》

 

 あれが紅椿の単一仕様能力か。

 相変わらぶっ飛んだ性能してやがる。

 主力機としてもサポート機としても成立してんだからな。

 

「今度こそ、終わらせてやる――ッ!」

 

 エネルギーが回復し、温存する必要のなくなった一夏は零落白夜の出力を最大まで引き絞った。光刃が引き伸ばされ、射程が一気に数倍にまで跳ね上がる。

 一夏は両手で零落白夜をしっかりと握りしめ、スラスターを限界ギリギリまでブーストさせた。

 

「うおおおお――ッッ!」

 

 一夏は横に一閃。

 それを福音が回転運動で回避し、光翼が一夏を捉える。

 またしても回避されてしまったが――

 

「箒!」

 

 先程まで一人だった時とは違い、サポートである箒がいる。

 箒は一夏に向けられた光翼を二刀の横薙ぎによる斬撃で消し飛ばした……!

 

「逃がすか!」

 

 そこから、更に一撃。脚部の展開装甲を開放した箒が、急加速からの回し蹴り入れた。

 バランスを崩し、吹き飛ばされた福音が向かう先は――零落白夜を構える一夏の方だ。

 それでもなお攻撃を加えようとする福音だったが、もう遅い。

 エネルギー弾を浴びながらも、全開放された零落白夜の一撃が福音へ命中した……!

 

 

「おおおおおおお……っ!」

 

 瞬時加速で押し飛ばしたところで、ようやく福音の機能が停止した。

 

「はあっ、はあーっ……かぁ、っ……!」

 

 アーマーが解除され、福音の操縦者だけが海面へと落ちていく。

 

「しまっ……!?」

「あぶねえな! 操縦者を殺す気か!」

 

 落ちていく操縦者をオレが海面ギリギリで拾い上げる。

 もう少しで操縦者の身体がバラバラになってたとこだ。

 

(……こいつ、女か)

 

 福音を操縦していたのは、二十歳くらいの女性だった。

 腰元まである長い金髪は日本人ではなく、セシリアのようにイギリスやロシアもしくはアメリカ人だろうか。

 それにしても……何処かで……見たことがあるような。

 

 ――ナターシャ・ファイルス。

 

 脳裏に過ぎったのは、人の名前だった。

 どんな人物かはわからないが、オレはこの人を知っているはずだ。

 

『なあ、ナタリー。お前にアレを教えてやるよ』

『本当?』

『ああ、本当だ。オレに出来るんだからお前にも出来るさ』

『それはどうかなぁ……』

 

 いつかの記憶がフラッシュバックする。

 思い出せそうで思い出せない。

 まるで水面を潜ったり、浮かんだりを繰り返すような感覚。

 もう少しで思い出せるのに。あとほんの僅かなキッカケがあるだけで思い出せるはずなのに……

 くそっ、最近こういうのが多すぎる。

 

『イーリ、お前の操縦は荒すぎるんだよ』

『はっ、うっせーよ! これでも五割はできてんだよ』

『大体な、もうちっと安定させれば完璧なのにお前は無駄に攻撃的すぎんだよ』

『てめえ、ケンカ売ってんのか!』

『まあまあ……二人共落ち着いてよ』

 

 ……思い出せない。

 ここまで来てるのに、何も思い出せない。

 

《マスター、何かが近付いてきます!》

 

 ……? オレのレーダーには何も映っていないぞ?

 

《そんなはずは……!》

 

 珍しいな、お前がそんな風に慌てるなんて。

 無茶のしすぎで何かエラーでも吐いてるのか?

 越界の瞳を発動し、周囲を限界まで観察するが人っ子一人もいやしない。

 気の所為じゃないか?

 

《――――――》

 

「終わったな……」

「ああ……。やっと、な」

「一夏がちんたらしてなければもっと早く終わってたんだけどね」

「それは言わない約束だろ……?」

 

《――上空、300キロメートル先》

 

 ……300キロメートル? 

 いったい、何がいるって言うんだ……?

 

《来ます……! マスター!》

 

 ヴォルフが叫ぶようにして注意した刹那――光が、視界を過ぎった。

 

 ――そして、それは視界を埋め尽くすほどの勢いで光が弾けた。

 まるで雷槌。世界を終わらせるのではないかと思わせるほどの雷槌が海に落ちた――ッッ!

 その場にいたオレたちは言葉を発する暇もなく、一瞬で吹き飛ばされる。

 

「――よお、兄弟。元気だったかァ?」

 

 雷槌の余波で吹き荒れる嵐の中、ぽっかりと空いた底の見えぬ穴――先程までは海だった場所に浮かんでいたのは男の姿。

 

 そして、そこにいるヤツをオレはよく知っている。

 オレが記憶を失ったとしても、忘れるはずのない男の姿がそこにはあったのだ。

 そいつの、その顔は――

 

序章(オーベルテューレ)はもう終わりだ」

 

 そこにいたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()――!

 

「さあ、始めようぜ――オレたちの戦争を!」

 

 

 




――物語は、ここから始まる。

というわけで、福音の次は謎の男との対決。
第4章はもう少しだけ続きますので、よろしくお願いします。
あと静馬の秘密に関しても多少は明かされるかと。

……自分で書いていてアレなのですが、結構無茶苦茶な展開してるよな。

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