インフィニット・ストラトス - 二人の男性操縦者 作:白崎くろね
放課後。
俺は生徒会室の前に立っていた。
昨日の夜にたっちゃんとした約束を果たすために。
セシリアとの約束を忘れたという事実があるため、俺は放課後すぐに生徒会室へと足を運んでいた。
場所は織斑姉に聞いたから問題ない。
中から人の声が聞こえてくるので、中に人がいるのは間違いないようだ。
コン、コン、コン、コン。
四回ノックしてからドアを開ける。
「失礼します」
軋みの音を上げない重厚なドアは重い。流石はIS学園の生徒会室といったところだろうか。
生徒会室に入ると、眼鏡をかけた三つ編みの女子が温厚そうな笑み浮かべ出迎えてくれる。
「あなたが深見君ね。話は聞いてますよ」
「そうです……が……?」
そうです、と続けようとしたのだが……俺は彼女の後ろにいる奇妙な女子に目がいった。
テーブルの上に頭を乗せ、全力で脱力している着ぐるみの女子。
一瞬で生徒会のイメージが崩れてしまった。
その女子が俺の来訪に気付いたのか、少しだけ顔上げてこちらを見る。
「わ~ふかみんだ~」
「ふ、ふかみん……?」
そいつは誰のことだ?
なんて一瞬思った俺だったが、よく考えると俺の苗字だとわかる。
まさかファーストコンタクトであだ名を付けられていたとは。恐るべし生徒会役員。
「お客様の前よ、しっかりしなさい」
「えぇ~無理だよぉ~……眠い……」
「ダメよ」
眠たげな彼女に無慈悲な言葉が振り下ろされる。
別に寝てても俺は構わないけどな。
「別に寝ててもいいですよ。俺も居眠りとか大好きですし」
「ふかみんやっさし~ぃ」
「いえ。生徒会引いては布仏家の常識が疑われますので」
その布仏家ってのは知らないが、生徒会長があの人な時点で常識が疑われてると思うんだが?
「それでたっちゃんは?」
「……たっちゃん?」
「更識楯無生徒会長のことです」
生徒会室に来たのはいいが、どこにもたっちゃんの姿が見えない。
もしかして約束を忘れてるのか? でも目の前の女子が話は聞いてますって言ってたしいないだけか。
「会長ならもう少しで来ますよ。待ってる間に紅茶でもどうぞ」
ポットから高そうな四つのティーカップに注がれる紅茶。
残念なことに俺は匂いだけで紅茶の種類を判別することができない。味の違いもイマイチわかっていない。が、紅茶の入れ方だけは熟知している。これもお姉ちゃんが淑女の嗜みだとかでたくさん飲み始めた時期があった。その時に俺にも紅茶の入れ方を教えてくれたわけである。
「ではいただきます」
スプーンで軽く紅茶をかき混ぜる。左手でソーサーごと持ち上げ、右手でティーカップを口へ運ぶ。
紅茶を飲む上で特にマナーがあるわけではないが、基本的にハンドルを持つ手は右手であることが好ましい。まあ、別に右手でも左手でもいいんだけどな。あー、両手はダメらしい。この紅茶はヌルいですよってサインなんだとか。……まあ、この場でそんなことを気にする必要はないのかもしれんが。
「美味しいですね」
普通に美味しかった。もう生徒会室に居座りたいと思っちゃうくらいには。ただし生徒会役員になるのは面倒なので却下だが。
「虚ちゃんの紅茶は世界一よ」
いつの間にか来ていたたっちゃんが『世界一』と描かれた扇子を開いていた。
「おかえりなさい、会長」
「うん、ただいま」
というか全然気付かなかったぞ。紅茶に気取られてたとはいえ、忍者みたいな人だな……ハニートラップ的なこともするし。まあどうでもいいけど。
「遅かったな」
「ごめんごめん。道場の使用許可取ってたら遅れちゃってね」
「道場?」
「貴方の実力を見るって言ったじゃない?」
「ああ」
それで道場か。でも俺って武術の嗜みなんてないぞ? 万能お姉ちゃんも武術には手を出してないはずだし、普通に生活していれば武術なんて必要ないしな。といっても多少は筋トレしてて鍛えてはいるけどな。
だからといって、俺が戦えるわけではないのだ。だから何も抵抗できずに負けると思う。……はあ、憂鬱だ。
「その前に。この二人は生徒会役員か?」
「私は布仏虚。そしてこの子が妹の本音」
……布仏本音? って同じクラスメイトじゃないか。
話したことがないから顔とか全然覚えてなかったし、テーブルに顔を伏せてるからわかんなかったぞ。
「はいは~い、うちは更識家のお手伝いさんなんだよー」
「そうなのか。ってことは良家の娘なのかたっちゃんは」
とてもそうは見えないけど。だって痴女だし。すぐ茶化すし。
「お嬢様に仕えるのが仕事ですので」
「もう、お嬢様はやめてよ」
「失礼しました。ついクセで」
「お嬢様……っぷ」
「あーん、もう静馬くんまでやめてよ……って笑わなかった? 静馬くん」
「いえ、気の所為では? お嬢様」
「ぐ、ぐぬぬ……静馬くんのいじわる」
今度から嫌がらせとしてお嬢様呼びにしてみよう。気が向いたら。
「仲がいいですね、二人は」
「うちも思った~」
そうか? 昨日が初対面だけどな。
……そう見える理由はたぶん、たっちゃんが変な人だから気を使わなくていいやって感じだ。
「それ、気の所為ですよ。会ったのは昨日が初ですし、昨日だってシャワー室に――っ」
シャワー室に乱入してきた。そう言おうとしたところで扇子を突きつけられる。
「さーて。道場に行きましょ、静馬くん」
「まあ、いいですけどね」
俺たちは道場へと向かうため、生徒会室を後にした。
◇
「袴なのか」
「うん、袴だよ」
そうか。袴であることに問題はないんだが、これを着て何をするんだ? 合気道でもすると言うんだろうか。やったことすらないんだが。まあ、いいか。これで俺の実力が推し量れるって言うなら構わない。
「じゃあねぇ~、私を床に倒せたら静馬くんの勝ち」
「………………」
「で、静馬くんは続行不能になったら勝ち……これでどう?」
「まあ、いいですけど」
その条件はたっちゃんが圧倒的に不利だが、そもそも俺には武術の嗜みはない。そんな相手に同じ条件で相手する方が俺にとっては不利な条件となってしまう。お互いが続行不能までやり合うとすれば確実に俺が不利だし、逆にどちらかを倒した方が勝ちというルールも俺が不利だ。つまり、これが一番対等なルートと言える。
そこまで考えて、俺は道場の畳へと足を踏み入れる。
「さ、構えて構えて」
って言われてもなあ……構えとか全然知らないんだが。相手の構えを真似ようと思ってもたっちゃんは素立ちだから真似ることもできない。
仕方ないので適当に構えることにした。
「……ん?」
「何ですか?」
「何でもないわ。お姉さんに本気でかかってきなさい」
「…………」
落ち着きを払った立ち姿のたっちゃん。
一見して隙だらけのように見えるが、きっと隙のない構えなのだろう。
さて、攻めに行くか――
そう思った時、身体のスイッチが入ったような感覚に陥った。
自然と身体が動く。間合いを一気に詰めるための動作に。
間合いを詰めるのに膝を曲げる必要はない。ただ、前方へと全身の力を抜いて倒れるように身体を傾けるだけでいい。倒れていく身体に一瞬だけ力を入れ、軽く捻りを入れる。そうすることによって落下の力と前方へと進む力の両方を使うことができるからだ。だから、たっちゃんには俺が一瞬で目前に迫っているように見えたことだろう。
「……はい?」
たっちゃんが間の抜けた声を出す。が、たっちゃんはすぐに顔を引き締め、応戦体勢に移っていた。
流石はIS学園生徒会長だ。
深く息を吸って、止めてから拳を放つ。もちろんフェイントを入れるのを身体は忘れない。
たっちゃんの動きを鑑みるに、古武術を主体とした動きであると判断する。
わからない、わからないが身体が動く。それが最適であると確信したかのように動く。それは頭で考えるよりも早く身体が反応しているし、それはまるで本能のようだ。
――まるで獣。
そう形容するのが相応しい勢いで俺の身体はたっちゃんへと迫る。素早く手刀を繰り出し、相手の腕を引き出す。俺の手首を捕まえようとしたたっちゃんの手首を捕まえるべく、手刀をくるっと返す。強引な動きに身体が痛みを発する。それでもなお、身体は自然と動いていた。手首を捕まえ、そのまま――
「ぐえ――っ」
潰れたカエルのような声が俺の口から飛び出た。
痛みが原因を察する。投げ飛ばす瞬間に首の後ろを膝蹴りされたのだ
俺はそのまま身体のバランスを崩し、たっちゃんの腕を離してしまう。そこからは反撃のチャンスであり、負けが確定した瞬間だった。
俺は地面へと叩き付けられた衝撃によって、意識を落とした。
「まさか、静馬くんがここまで動けるとはね」
静馬の無駄な博識っぷりと強さの片鱗が垣間見えた7話。
本当は静馬がたっちゃんを倒す展開も考えたんだけど、そもそもたっちゃんが負けるビジョンがまだ俺には想像できなかった。
まあ、たっちゃんは学園最強ですからね(織斑姉を除く)
*静馬の姉が好きな茶葉はディンブラ(すっきりした味わいが特徴)
*静馬が生徒会室で飲んだ茶葉はニルギリ(こちらもすっきりとした味わい)
*間合いを詰める動きは原作の『無拍子』と似た技。まだ完璧ではないために不完全な接敵で終わってしまった。