インフィニット・ストラトス - 二人の男性操縦者 作:白崎くろね
――――夢を見ていた。
『……お前は私と違って才能があるのだな』
白い研究室のような場所で、銀髪の少女が言う。
『私は見ての通りの出来損ないさ』
憂いを帯びた瞳で言う少女の姿に、■■は何か出来ないかと考えた。
が、結局のところ何もできることはなかった。否、この少女に関わることで自分に不利益がもたらされるのを嫌ったのだ。だから何もしなかった。できなかったのではなく、しなかったのだ。
そして、程なくして■■と銀髪の少女は別の施設へと移送されることとなる。
そこで夢は終わった。
――――――意識は、
――――やがて、
―――覚醒へ向かう。
◇
「――――――♪」
鼻歌が聞こえる。心が安らぐ鼻歌。
むかし、お姉ちゃんが子守唄として唄っていたのを思い出す。
(お姉ちゃん……?)
瞼を開こうとすると、急激に入ってきた光で顔をしかめてしまう。
そんな様子の俺に鼻歌の人は気付く。
「お。お目覚めかな?」
「……ぁ?」
目の前にいたのは、お姉ちゃんではなく綺麗な水色の髪をした女の子だった。
――あ、たっちゃんか。
正体に気付いた瞬間、俺は状況を理解した。
……負けたんだな、俺は。
その事実は俺の心を少しだけ傷付けた。
しかし、過ぎたことを悔やんでもどうしようもない。
であれば、もう少しだけ、この柔らかな感触の枕に浸ろう……。
そう思って瞼を閉じようと――して額を軽く叩かれる。
「こら、もう起きる時間だぞー?」
「む……どうせ、後は朝まで寝るだけだろ?」
「それもそうね。でもダーメ」
「はいはい、起きますよ」
仕方ない、起きるか。
…………おい。
「おい、両手で頭を押さえつけるな。起きれん」
「もう少しだけお姉さんの膝枕を堪能しなさいな」
なるほど。通りで妙に心地良くて、しかも柔らかいわけだ。
……まあ、いいや。
首が痛いし、そのまま枕にしててもいいか。
そう思って抵抗をやめた。
「むふ。素直な子は好きよ」
「そうか……」
なんていうか、たっちゃんを相手にする時は適当に流すのが一番なんだろうな。
まだ出会って一日ってところなんだけどなあ……。
「それにしても、まさか深見くんがあんなに動けるとは予想してなかったな」
「ああ、それは俺もだ。なんていうか、身体が自然と動きを覚えてる感じだった」
「それにしては洗練された動きだったように感じたけど?」
「そうなのか? ……武術の嗜みとかないからわからん」
確かに俺も洗練された動きだと思った。それでもあの動きにはまだ欠点があるように思える。
身体は動いても、身体が未完成だからだろうか。うーむ、わからん。
どちらにしても俺の身体には謎の体術が備わっているようだ。
「これからは私が貴方の訓練相手になってあげる」
「そうか。頼んだわ」
「……淡白すぎるわね」
「……別にどっちでもいいからな」
本当にどっちでもいい。たっちゃんがダメならセシリア辺りにでも教えて貰えばいいだけだし。それに割りと強情なたっちゃんは何が何でも俺に教えようとするだろう。たぶん。
「深見くんつまんなーい」
そう言いながらも俺の頭を撫でるのはやめてほしい。普通に眠くなる……。
「そういえば、深見くんってISに乗ったのってまだ一回よね」
「そうだな。訓練機にでも乗ろうと思ったんだが、どうやら専用機持ちはできるだけ専用機以外に乗るのは避けた方がいいらしい」
「ええ、それは間違っていないわ。量産機と専用機とではスペックに大きな差があるのよ。だから量産機で身体が慣れると専用機に乗る際に身体と専用機で齟齬が生まれてしまうのよね」
そんな感じの説明を織斑姉もしてたっけか。適当に流してたけど。使えないということだけは理解できてたしまあいっかみたいな。……首が痛い
「じゃあそろそろ晩御飯食べよっか♪」
余談ではあるが、この後めちゃくちゃ食べさせられた。
◇
――――クラス代表決定戦、当日。
あれからISには乗らないものの、たっちゃんとの訓練は続いていた。
時折、様子を見に来たセシリアが理路整然としたIS理論を披露しくれたので、知識だけは蓄えることができた。実際、知識があるのとないのでは何もかもが違う。その辺はセシリアにもたっちゃんにも感謝している。ただ、セシリアはもう少しヒステリックを抑えてほしいと思う。……まあ、適当に褒めておけば回避できるのだからチョロい。
そして、俺の隣では一夏と篠ノ之箒が言い合っている。やれ剣道しかしなかっただの、ISには一切触れなかっただので言い合っているのだ。正直うるさい。試合前くらいは静かにしてほしいと思うのは俺だけだろうか? 心なしか織斑姉も微妙な顔をしているように思える。表情が読み取りづらいから気の所為かもしれないけど。
「織斑くん織斑くん織斑くんっ!」
何やら興奮している山田先生が第三アリーナAビットへと走ってきていた。
見ているだけで危なっかしい山田先生は本当に先生なのか本当で怪しいレベル。
「山田先生、落ち着いてください。はい、深呼吸」
……先生相手に軽すぎないか? まるで友達にでも接するかのような態度だ。
「は、はいっ。す~~~は~~~、す~~は~~」
「はい、そこで止める」
「うっ」
……先生は一夏の言うことに対して律儀に従っている。
息を止めた山田先生の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
三十秒、四十秒、五十秒――。
「先生で遊ぶな、馬鹿者が!」
一夏の頭に出席簿が全力振るわれる。
カコーンという妙に甲高い音がなったのが特徴。
……角で殴ったな、角で。
一夏の痛みを想像して、俺は軽く寒気を覚えた。
(うっわあ……)
「ち、千冬姉……」
パァンッ。次は弾けたような軽い音。
「織斑先生と呼べ。学習しろ。さもなくば死ね」
「の前に息をしてください山田先生」
未だ尚も律儀に無呼吸続けている山田先生に俺が軽く囁く。
「ぷはぁっ……し、死ぬかと思いました」
……三分二七秒。それだけ息を止めていれば死にそうにもなるだろう。
ってか律儀に従うなよ。
「ふん。馬鹿な弟にかける手間暇がなくなれば、見合いでも結婚でもすぐできるさ」
「……誰に向かって言ってんですかね」
「おい、深見。何か言ったか?」
「いいえ。それで山田先生はどうしたんですか?」
面倒なので話を逸しつつ、逸れてしまった話を元に戻す。
俺としては山田先生が何を言いたかったのかが気になる。
「そ、そうですね 来ました! 織斑くんと深見くんの専用IS!」
「お……」
ようやく来たか。予定では俺の機体はもう少し早くIS学園に届く予定だった。しかし、機能調整面で深刻なエラーが出たとかで先送りになっていたのだった。まさか一夏の専用機と同じく届くとは……製作元が同じなのか?
まあ、何にせよ。ようやくISに乗ることができる。やはりISに乗りたい気持ちは若干ながらあったのだ。こんな面倒ごとにさえ巻き込まれていなければ、もっと素直に喜べたのかもしれないが。今から取り消しとかできないか? え、無理? おう……。
「二人共早く準備しろ。時間が押しているからな」
「わかりました」
俺は早速ISを拝みに行く。
搬入口へ身体を乗り出し、防壁扉が完全に開くのを待つ。
ゆっくりと扉が開かれ、俺の専用機である機体が姿を現す。
――白の機体がそこにはあった。
完全な白ではなく、どちらかと言えばくすんだ白。より具体的に言うのであれば、そのカラーリングは『灰色』
初めて見たはずの機体。しかし、俺はこの機体を
(そんなはずはない)
そう思うが妙な懐かしさが抑えられない。
我を忘れたように機体へ近づき、手で直接触れる。
その瞬間、膨大な量の情報が流れ込んでくる――。
――脳が灼き切れそうだ――ッ
あまりに多すぎた情報は情報としての体をなしていない。
その情報が何の情報であるのか、それを把握することができなかった。
「はい! 織斑くんの専用ISは『
まるで己の運命を告げられたかのように聞こえた。そして、運命に出迎えられているような。そんな感覚。
「さあ、どっちから行く」
「俺が行きます」
真っ先に答えたのは俺だった。抑えきれない高揚感がそうさせている。
そんな俺の姿に一瞬だけ面食らったような表情を浮かべる織斑姉。
「いいだろう。フォーマットとフィッティングは実戦で行え」
「はい」
軽く跳躍し、少し高い位置にあるISに身体を通す。
ISが自動的に俺の身体へフィットし、細かい調整を行ってくれる。
――アクセス。
――インストール。
ハイパーセンサーが起動し、ハイパーセンサー上に様々なデータが浮き上がる。
機体名、機体ステータス、部位モニター、シールドエネルギー残量、空間の歪み値、気流の流れ、ターゲットサイト、生命反応モニターなどの情報が全方位に展開されているのがわかる。
生命反応を見るに、俺はやや興奮して体温が上昇していた。
――戦闘待機状態のISを感知。操縦者セシリア・オルコット。ISネーム『ブルー・ティアーズ』。戦闘タイプ中距離射撃型。特殊装備有り――。
「ふむ。ISのハイパーセンサーは問題なく働いてるな。酔いなどはないか?」
「問題ない」
問題があるとすれば、俺が上手く操作をできるかどうかだ。
……ふう。山田先生ではないが、俺も深く深呼吸をする。ただそれだけで心が落ち着く。
――ところで俺のISはどんな機体なんだ?
軽く念じてシルヴァリオ・ヴォルフのデータを展開させる。
――ISネーム『シルヴァリオ・ヴォルフ』戦闘タイプ近距離格闘型。特殊装備無し――
近距離格闘型か。中距離射撃型相手には不利じゃないか?
まったく、素人に近距離型を用意するってどうなんだ。
「あら、きちんと逃げずに来られましたのね」
「……まあ、なんだ。決闘は面倒だがセシリアにも色々と教えてもらったからな」
「それはあなたのためではなくってよ?」
「……そうか」
現れたブルー・ティアーズは名前の通り『青』を基調とした機体。
セシリアが握っているのは、六七口径特殊レーザーライフル《スターライトmkⅢ》と呼ばれる武装らしい。大きすぎる武装だが、常に浮いているISにその理屈は通じない。
アリーナ・ステージの直径は二〇〇メートルで、発射から目標地点到達までに〇・四秒とかからないらしい。既に打ち込まれていてもおかしくはない。
「――じゃあ、そろそろ始めないか?」
「いいですわ! と言いたいところですが、その前にチャンスを上げますわ」
「……は?」
「そう。あなたにとってのチャンスですわ」
――今更何を言うんだろうか。
「わたくしが勝利を納めるのは自明の理。ですから、懇願するのであれば手加減してあげてもよくってよ」
「……お前なあ。どうせ懇願したら失望するクセに何いってんだよ」
本当にセシリアは厄介な性格の持ち主だ。
――警告! 敵性IS射撃体制に以降。トリガー確認、初段エネルギー装填。
「交渉決裂――お別れですわね!」
瞬間、耳をつんざくような音と共に閃光が機体の真横を走り抜けた
「――さあ、勝負を始めようぜ」
俺の初IS戦はこうしてはじまった。
ようやくクラス代表決定戦まで漕ぎ着けました。