リリカル・マジカル・オレ、自爆 作:ジャー・ジャック・ジョー
やぁ、裁人くんだよ
オレは今地元サッカーチームのユニフォームを着て試合前のブリーフィングに参加している。
もともとはなのはに士郎さんが監督をしているサッカーチームの試合の観戦の誘いがあったのが始まりだ。
しかし、当日にチームメンバーの一人が風邪を引いてしまい、さらに代役がいなかったため、急遽オレに白羽の矢がたった。
同じ学校の人もいたのでそれほどアウェイな空気にならなかったのが幸いだ。
今日のこの試合にはなのははもちろん、アリサ、すずかの2人もなのはに誘われて観戦に来てる。
これはここ最近雑に扱われてる気がするオレの発言権復活のチャンス!
ふははははは!全力で相手をしてやろう!
「何でアイツ急に笑ってんのよ...」
「面白いことでもあったのかな...?」
「あ、あれサイ君が調子にのって何かやっちゃう顔だ」
何か聴こえるけど無視だ無視。
「よし、裁人君、急で悪いけど先発で出てもらうよ」
「うっす」
ふっ、士郎さんはオレを温存しないつもりらしい。
見せてやる、稀代の名プレーヤーの実力を!
☆
結論から言おう。
摘まみ出された。
まず開始3分、いきなりゴールを決めた。
これだけなら問題なかったが、どうも決め方がファンタジー過ぎたらしい。もはや少林サッカーかイナズマイレブンの領域だった。
お互いのチームと観客は盛り上がったがその時点でお互いのコーチ陣に微妙な空気が流れ始めた。
相手チームからは驚きと困惑、自分チームからはそれらに加えて申し訳ないという雰囲気がベンチの方から伝わってきた。
次に開始から10分、相手ゴール間近のスローインでこの前テレビで見たハンドスプリングスローイン、ボールを投げる際にハンドスプリングをしてから投げる完全な魅せ技をすることにした。
ボールがゴールに吸い込まれていった。
決まった瞬間はフィールドが大いに沸いたが。少し熱気が収まって冷静になると
『あれ?アイツヤバイんじゃね?』
そういう雰囲気が漂ってきた。
実際、オレ自身もここら辺で自分がやり過ぎたことに気づいた。
そうだった、ジジイとか士郎さん、お兄さんとばっかり運動してたから感覚が麻痺していた。オレ、身体能力が滅茶苦茶高かったんだ。
そして、当然士郎さんに呼び出され告げられた言葉は
「交代だよ、よく頑張ったね」
オブラートに包んでいるが戦力外(?)通告である。
「うっす」
稀代の名プレーヤーのサッカー人生は10分で終わりを告げた。
「なんていうか...お気の毒だね、裁人君...」
「くそぅ、オレに着いてこれない世界が悪い...」
コートよりちょっと離れた場所で体育座りしてぼーっと試合を眺めながら呟く。
「あ、すずか、同情の必要無いわよ、こいつ反省してないわ」
「ね、言ったでしょ?サイ君が何かやらかすって」
「ばっきゃろー!ちょっとオチャメをしちゃっただけだろ!」
「ちょっとのオチャメであんなに場が凍りついたのは始めてみたわよ!」
「ぐっ...お、オレは悪くねぇぇぇぇぇ!!」
言い返せなくなってオレは走って逃げ出した。
「あ、サイくーん!試合の後はお食事会があるよー!」
走って戻った。
☆
さて、お食事会でご飯を腹一杯平らげたオレだが、1つ気掛かりなことがあった。
お食事会の途中でなのはが何か思い詰めたような顔をしたのだ。帰りにその理由を尋ねてみると
「多分、今日のキーパーの子ジュエルシードを持ってるよ。」
「ジュエルシード!?おいおい、人の手に渡ると取りづらいぞ...」
しかもあのキーパー、ウチの学校の生徒じゃない。接点が無い分譲ってもくれないだろう。
「うん、見間違いかもしれないんだけどね...」
「ジュエルシードが暴走すれば、確実に人が巻き込まれるだろ」
「うん、そうだね。前回は人が少ない所で、かつ無差別な破壊をするタイプではなかったからまだ良かった。でも、人を基に暴走してしまうと絶対に周囲への被害が出てしまう」
ユーノも危機であると言っている。それこそ、商店街の真ん中で暴走した日には大変なことになるだろう。
「明日からジュエルシード探しにかなりの時間を割くようにしなきゃだね。下校の時は遠回りして海鳴小学校の近くを通るようにしようよ。もしかしたら見つかるかもしれないからね」
海鳴小学校とはここら辺の子供が通う公立の小学校である。さっきのキーパーの子はおそらくここの生徒だろう。
「あぁ、早くジュエルシードを回収しないとな...」
☆
サッカーの試合から数日後、オレは商店街に買い物に向かっていた。
まぁ、いわゆるおつかいだ。
別に誰にも内緒でお出かけしたわけじゃない。これが初めてではない。
おつかいに行くといつも肉屋のおじさんがくれるコロッケを楽しみにしながらウキウキ気分で商店街すぐ前の信号が赤だったので停まると、向こう側にどこかで見た少年を目にした。少女と手を繋いでいる。友達かカップルだろうか?
誰だったかな、あいつ?ちょっと前に見たような...
その少年は手を繋いでいた少女に顔を向け、赤らめた顔で決意を固めた目をした。
告白か...しかし、この商店街前で告白とか思い切るなぁ...
そして、その少年は青い宝石のようなものを相手の少女に差し出す。
それを目にした瞬間、俺は走り出した。
少年が口を開く。
信号が青に変わる。
少女が顔を赤らめ、頷いた。
その瞬間、地響きと共に二人の足元から巨大な木が生えてきた。
それは二人を取り込みながらメキメキと生長していき、最後には周囲のどの建物よりも高くなってしまった。
人々は逃げる。幸いそれほど人はいなかったため、取り返しのつかないパニックにはなっていない。
「チッ...間に合わなかったか...」
その木は意思を持つかのように枝を動かして周囲の物を破壊していく。
今は木刀も持っていない。なんとかこれの気を引いてなのはが来るまで持ちこたえなければ。
そう決意して木の幹へ向かおうとしたその時、子供の泣き声が聞こえた。
「うぇぇぇん...痛いよぉ...ママァ...!」
どうやら木から逃げようとした際に転けてしまったようだ。膝小僧が擦りむけてそこから血が流れている。
恐怖と傷みで逃げることが出来ない少年に木の枝が伸びていく。
「させるかっ!」
少年を助けようと走り出すが、このままじゃ間に合わない。木の枝がその速度を上げてどんどん少年へと近づいていく。
このままではあの少年は...
やめろ、やめろ!やめろ!!
「やめろォォォォォォォォ!!!」
B O M B ! !
背中を爆発させて、なんとかバランスをとりながらその推進力を利用して少年の元へ向かう。
「おおオオォォォォォォッ!!」
感じたことのない速度だ。背中が痛い。いや、んなことはどうでもいい。間に合え、間に合え!
手が届くまで5メートル、2メートル。その間も枝の速度は速くなっていく。
1メートル。もう枝は少年の目の前だ。
50センチ。枝に気づいた少年の泣き顔が驚きと恐怖に変わる。
30、20、10、5、4...
そして、オレの手は木の枝が少年を貫くより早くそれを掴んだ。
「消えろっ!!」
ボボボボボボボボッ!!!
木の枝に魔力を流してから手を爆発させる。すると小さな爆発が連鎖的に起き、枝の根本まで吹き飛ばした。
少年の方へと振り向く。
少年はポカンと口をあけてこちらを見ていた。涙は止まっている。
オレは靴と靴下を脱いで少年にニカッと笑いかけると、足を爆発させて木の前に飛ぶ。
「ありがとう!正義のお兄ちゃん!」
少年が満面の笑みでお礼を言って走っていった。
正義のお兄ちゃん、か...悪くないな。
「ん?アレは...」
視界にピンク色の光が映る。なのはの魔力光だ。
「しっかし遠いな、あのビルから当てられるのかよ?」
光の位置から考えるになのはは遠くの建物の上に立っているようだ。魔力に減衰とかは無いのか?
木はなのはの魔力を感知したのか自らの中でも大きく太い枝を数本なのはに向かわせる。
その速度はかなり速い。
「げっ!?各個撃破で落とす!」
なのはに向かったのが速い順にその根本に向かい、爆破する。
空中という足場が無い場所での爆破だったので爆発の衝撃で飛ばされる身体を爆発で軌道修正して空中に留まるという無茶苦茶な方法をとったせいでかなりのダメージを負ったが、なんとか枝を全て吹き飛ばすことに成功した。
「はぁ、はぁ、なのは!まだか!?」
聞こえる筈は無いが叫び声を上げてなのはの方へ振り返る。
「ん?」
ピンク色の光が先程よりも大きくなっている。
あれ?てか、もう撃ってね?
近づいてくる。
このままだと、オレに当たるんじゃ...
そして視界が1面ピンク色の光で埋め尽くされた。
「ギャァー!!ちょっ、ま...」
ズドン!
☆
ガブっ
「いひゃぁ!?」
裁人は臀部への激痛で跳び上がるように目を覚ました。
「何すんだよ!?」
抗議の為に振り返るとそこには赤く大きな狼と黒いマントを羽織った金髪の少女がいた。
少女の歳はなのはや裁人と同じくらいだろうか。かわいらしい顔立ちであるが、その顔はキリリと引き締められ、目には切羽詰まったような真剣さが感じられる。
「その右手に持ってる青い宝石を渡してください」
「右手?」
裁人が自身の右手を見ると確かにそこにジュエルシードが握られていた。
「おわっ!?いつの間に握ってたんだ?」
「それを渡してください。」
(おかしい、これはユーノが発見したものの筈だろ?なんでこの子が欲しがっているんだ?)
裁人は少女がジュエルシードを欲しがっていることを怪しいと思い、ますます少女には渡せなくなった。
「ダメだ!これはオレの友達のもんだ、お前には渡せない!」
「そうですか...」
少女は非常に残念そうな顔をしながら、裁人に手を伸ばす。
「set up」
一瞬目映い光が放たれ、こちらに伸ばされていた少女の手に金色に輝く光の刃をもつ大鎌が握られていた。必然、少女が大鎌を裁人に向けていることになる。
「な、なにを...」
「最後です。その宝石を渡してください。」
辺りはまだ昼。普段この頃に人で賑わう商店街前には誰もいない。
少女と狼、そして裁人以外には。
真上に登った太陽が、雲に隠れた。