シクラメンと新米団長   作:泉絽

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第5話

 次の日から、俺の生活は一変した。

 

 いや、人生そのものが変わったと言っても過言ではない。

 何せ、知らない世界のことを学び、使ったこともない剣を担ぎ、鈍った身体を鍛え直す訳だから。

 

 朝は早い。日が昇る前には、用意を始める。

 

 幸いにも、俺は個室を与えられた。

 異世界人なのだから、いきなり他の奴と組ませるのにも不安が残るという側面があるだろうが、恐らく、単純に俺の心情を配慮した結果なのだろうと思う。

 この世界で軍属として生きると決めてから、初めての夜。俺は、泣いた。

 声を押し殺して、ぶつけどころの無い恨みつらみや、言いようのない不安、全てを涙に溶かし込むように流した。

 きっとそうなることを、見透かされていたのだろう。

 

 だが、そんな不安も、日々、身体を動かす中で考える暇すらなくなっていったんだ。

 それに今、俺の立場は非常に微妙なものだ。

 

 何故って? それは、どうやったって、今の俺はお荷物以外の何者でもないからだ。

 それを、少しは使えるように鍛え上げる。その為に、戦える人たちの時間と労力を使い潰しているという現実がある。

 

 勿論、教育は重要だ。後進を育てなければ、先は続かない。

 だが、害虫との生存闘争の真っ只中において、現状は一進一退。

 願わくば、なるべく早く、しかし、驕ること無く強くなって欲しい。

 そんな願いにも似た意図がひしひしと伝わってくるのを肌で感じていたのだ。

 

 そういった状況での座学であり、訓練である。泣き言を言う暇も、悔やむ暇も与えられなかったし、俺もそんな事に時間を使いたいとも思わなかった。

 そんな訳で、俺は、最初に連れてこられた騎士団学校と呼ばれる場所で、徹底的に再教育を受けている真っ最中である。

 

 だが、その生活は勿論辛くはあったが、不思議と嫌ではなかった。

 恐らくではあるが、明確な目的意識があるからだろうと、思い至ったのは、暫くしてからだ。

 とは言うものの、そんな日常は、そう単純なものでもない。

 今日も今日とて、もはや一日の日課となった事が、広場で行われていたりした。

 

「どうした、団長! ほら、もう一回!」

 

 軽い言葉とは裏腹に、恐ろしい速さで剣を振るう壮年こと、グレッグ騎士団長。

 それを何とか、剣の腹でいなすと同時に、硬い金属音が響く。

 

 そう、偶然、俺を拾い、この騎士学校に連れてきたのは、紛れもなく現役の団長様だったわけだ。

 しかも、超ベテランだというのは、ここで学ぶうちに、自然と耳に入ってきた。

 ちなみに今は臨時講師として、この騎士団学校に派遣されていると言っていたが、定期的に害虫討伐にも出ているようだ。

 だから、一応、講師という立場でもある以上、俺に稽古の形を取ったシゴキを加えるのは、百歩譲って分からないでもない。

 分からないわけでもないのだが……。

 

「ちょ、ちょっと、熱心過ぎや、しま、せんかねぇ!?」

 

 弄ばれるように、右に左に良いように振り回される俺の悪態も、笑顔でいなすこの悪魔に、殺意すら湧く。

 

「ほう、まだ元気だな。ほぅら、どうした! そんな事では、あっという間に害虫の餌だぞ!」

 

 そんな挑発にイラッと来るも、事実ではあるので、気力を振り絞って、何とか彼の剣戟(けんげき)をいなし続ける。

 そう、遊びではないんだ。一応、刃は潰しているとは言え、まともに当たったら痛いだけではすまない。

 

 幸い、この世界には魔法がある。その中には、癒やしの魔法も存在する。

 それは本当に冗談のような効果を持つもので、折れた骨すら一瞬で元通りだ。

 だが、至極当然のことだが、骨が折れれば痛い。動きも阻害されるし何より、あののたうち回るような苦痛を望んで受けたいとは、全く思わない。

 

 だから、俺はそんな事態を全力で避けるべく、集中しつつ、彼の剣戟を目で、肌で、五感のすべてを使って感じ、何とか受け流す。

 だが、それも数合まで。彼の剣圧は、控えめに言っても、人間の物とは思えなかった。

 

 一際大きな金属音が響き、俺の手から金属製の模造刀が弾き飛ばされる。

 同時に容赦なく迫る横殴りの斬撃。

 

 だぁ!? ダメだ、これは食らう。

 

 痺れる手に構う暇も無く、俺は斬撃方向に逆らわずに、敢えて軌道に乗るように横っ飛びした。

 その刹那、かろうじて差し込むことが出来た籠手に斬撃が食い込み、俺はそのまま冗談のような軌道を描き、宙を舞う。

 土煙を上げながら、俺は広場を転がり続け、広場の脇にある木にぶつかって漸く止まった。

 あ、あだだだ……。どう考えても、俺の知っている人類の腕力じゃねぇ。

 痛む身体を無理やり押さえ込み、ふらつきながらも立つ。

 

 すぐに立たないと……。

 

 害虫は、俺が吹っ飛んだって、動かなくなったって容赦はしてくれない。

 生きるためには、最後まで足掻かなければならないのだ。それは、このシゴキを通して痛感したことだ。

 

 砂埃の向こうに、一瞬、斬撃が見えた気がして、俺は痛む身体にムチを打ち、咄嗟に回避する。

 一瞬遅れて、冗談のような風圧を伴い、剣戟が通り過ぎていった。

 薙ぎ払われた砂埃の向こうで、グレッグ騎士団長が、関心したように、「ほぅ?」と呟くのが見える。

 

 今のは間一髪だった……。最近、ずっと気絶するまでしごかれているからだろうか?

 何となくではあるが、危険が迫っているのが感じられた気がしたのだ。

 

 しかし、そう何度も奇跡が続くはずもなく……その数瞬後には、俺はきっちりといつもの様に、意識を刈り取られ、地に倒れ伏したのだった。

 

 

 時間にして数十秒だろう。気絶していた俺は、水をかけられ、強制的に覚醒させられる。

 

「よし、今日の訓練はここまで。後で医務室に行くように」

 

 ずぶ濡れのまま大地に伏せる俺に、頭上からそんな無慈悲な言葉が降ってきた。

 

「あり、がとう、ございまし、た」

 

 俺は突っ伏しながら、そう呟くことしか出来ない。

 身体のあちこちが悲鳴を上げて、動くことを拒否しているのだ。

 

 暫くは動けそうにない。

 そんな潰れたカエルのような姿であろう俺の耳に、いつも通り、風に乗ってヒソヒソと乙女たちの哀れみに似た言葉が聞こえてくる。

 

「あの人、今日も、グレッグ団長にズタボロにやられていたわね」

「けど、あれでも、団長候補らしいですわよ?」

「嘘でしょ? あんなに弱いのに?」

「けど、あのグレッグ団長の剣をあんなに受けるのは、断じて普通の人には出来ないかも?」

「グレッグ団長が、かなり手加減しているからかもしれませんわね?」

「あ、それはあるかもね。それにどうやら噂では……グレッグ団長のコネで、強引に団長候補になったって」

「もしかすると貴族様? それなら可能性もあるかも?」

「さぁ? けど、そうだとしても、家から追い出された三男坊とかじゃないの?」

 

 あの子達……好きな様に人のことを……。しかし、この世界の貴族もコネで団長になったりするものなのか。

 やはり団長業と言うのは、それなりに箔の付く職だったりするのだろうか?

 まぁ、俺は、実際には、貴族でもない単なる異世界人です。身寄りもない所を考えると、平民より質が悪いかもしれない。

 

 俺はそんな乙女達の噂話に耳を傾けつつ、何とか動く様になった身体を動かし、ゴロンと大の字に仰向けになる。

 それを見たのだろう。乙女たちの興味深そうな、もしくは哀れみを含んだ視線は散り、いつしか俺は、静かな広場に取り残されることになった。

 

 ああ、空が……高い。

 

 今日も全然歯が立たないどころでは無かったが、それでも、確実に成長しているという手応えはあった。

 尤も、まだまだ足りないと言うのは、自覚しているが。

 

 そもそも、この世界の住人の身体能力がおかしすぎるんだよ。

 この前なんか、配達に来ていた金髪のお姉さんが、大八車みたいな物に荷物を満載しつつ、当たり前のように引きながら、超速ダッシュしてたよ。

 100m9秒台とか出てたんじゃないの? もう、この世界本当に、俺の常識が通用しなくて困る。

 あの領域に達するには何年……いや、何十年かかることやら。

 いや、それ以前に、異世界人の俺に可能なのかも怪しい所だ。

 

 だが、それでも目指すと決めたなら、やるだけだ。

 

 空を流れる雲の合間に、ちらりと何かがよぎったのが見えたような気がした。

 それは、赤い……そう、例えるなら綺麗な透き通る羽を持った竜のような、そんな存在だった。

 

 流石、異世界だ……不思議生物が多すぎる。

 

 だが、よく思い返すと、昆虫のたぐいは未だに見たことがない。

 これだけ自然が豊かなんだ。蟻や蝶などいてもおかしくないんだが。

 やはり、害虫と何か関係があるのだろうか?

 

「あ、あの……大丈夫、でしょうか?」

 

 そんな考え事に没頭していると、影がさし、控えめな声が上から降ってきた。

 忘れもしない、桃色の髪。それが太陽からの光を透かして、輝いていた。

 

「ああ、こんにちは。シクラメンさん」

 

「あ、はい、こんにちは」

 

 そうして挨拶した後、静寂が場を支配する。

 彼女の表情は逆光になっているため、うかがい知ることは出来ないが、きっと、いつもと同じように、熟れたリンゴの様に、真っ赤になっているのだろう。

 

 彼女とは、あれから何度か、この騎士学校で話した。

 だが、最初のうちは、こちらから挨拶しても、

 

「ご、ごご、ごめんなさぁいぃ!!」

 

 と、ドップラー効果を起こしながら、脱兎の如く逃げられる始末。

 正直、かなりへこんだ。そんなに嫌われるようなことをしてしまったのかと、鬱々とした日々を過ごしたものだ。

 

 だが、座学から実技に移り、グレッグ団長のシゴキが始まって、今日のように広場でぶっ倒れる様になってから、初めて彼女が話しかけてきてくれたのだ。

 そして、ポツリポツリと話すうちに、その原因がわかったのだ。

 

「そ、その、私、団長さん事、団長って勘違いとかして、えっと、違うんです、つまり団長さんが団長ではなくて、えっと、うううぅ」

 

 そんな彼女の言葉を聞いて、俺は体の節々から悲鳴が上がっている状態だったにも関わらず、思わず大笑いしてしまい、のた打ち回るベタなことをしてしまった。

 何てことはない。彼女は、最初に、俺の素性を勘違いしていたことが、恥ずかしかっただけなのだ。

 なのに、俺が広場で潰れていると、思わず駆け寄って声をかけてしまったそうな。

 

 優しい子だなと思う。

 

 そんな彼女が一歩近づいてくれたことで、時折、こうして話す仲になれた。

 俺が瞑目し、そんな事を思い返していると、額に手が当たる感触が。

 

「あ、あの、本当に大丈夫ですか? どこか、強く打ったとか」

 

 ひんやりとした彼女の手の感触が心地よい。

 だが恥ずかしがり屋な彼女が、こうして勇気を出して、しかも心配までさせているのは心苦しくもある。

 だから俺は、ほんの刹那な幸福の時間を終わらせるべく顔を上げ、

 

「ああ、すいません。大丈夫、で、すよ」

 

 すぐに目を固く閉じる。

 

 あかん、見えてしまった。素晴らしいピンクのストライプ。

 しましま、だと? この異世界で? あんなにはっきりと? このやろう、異世界の癖に!!

 いや、落ち着け、俺。あれは、ただの、布地なんだ。そう、布地。

 

 そもそも、この騎士学校の制服がおかしいんだよ。

 何でよりにもよってセーラー服なんだよ。しかも、異様にスカートの丈が短いし。

 

 と言うか、冷静になって考えると、この学校の生徒達がおかしいのだ。

 皆、素肌を惜しげもなく見せる。いくら男性が少ないとは言え、俺やグレッグ団長の様に、他にもいるのだ。

 中には露出狂か!? って言うほど、モロに見せている子もいる。

 

「あ、何だか急に体温が……団長さん、大丈夫ですか? 肩、貸しましょうか?」

 

 しまった、思い出したら益々、恥ずかしくなってしまった。

 

 そして、更なるピンチ。このままでは、色々と不味いことになる。そう、息子がとっても元気になってしまう。それは、色々と不味いのだ。

 彼女には幸い、俺がシマシマを見たことは、まだバレていない。ならば、このまま颯爽と立ち上がり、颯爽と去れば良いのだ。

 それには、まず、彼女の手をどける。そう、自然に、さり気なく。

 そんな心配する声を受けて、瞬時に判断した俺は迷いなく、額に置かれた彼女の手を取った。

 

「へ?」

 

 そして、その手をゆっくりと額から遠ざけると……目を閉じたまま、ゆっくりと身を起こす。

 

 よし、ここまでは完璧だ。そして、目を開く。

 目の前に、素晴らしいストライプが再び。しかも、近い。

 

 ん? なんだ? 何が起きている?

 

 彼女から匂い立つ甘い香りが……それより何よりも、顔が心地よい温かさに包まれたように感じられる。

 

 なんだ、ここは楽園か??

 

 そうして、顔を上げる。後頭部に感じる軽い布地の感触。

 前が見えない。ん? 何がどうして、どうなって……。

 

「だ……」

 

 混乱した俺の頭上、薄い布越しより声が降ってくる。

 この布地、この色、まさか……。

 

「団長さんの、えっちぃいい!!!!」

 

 ブワッと、風が起こり……俺を包む温かさが、悲鳴とともに駆け去った。

 そんな中、恐ろしい速度で遠ざかるストライプを見送り、俺は、ただ、呆然とするしか無かったのだった。




すいません、調子に乗りました。だが、後悔はない(変態)
真面目にやろうとしたけど、もちませんでした。神が降臨なされたのです。

不快に思った団長様がいましたら、本当にごめんなさい。
でもできれば、許して下さい。

多分、今後は、こんな感じの路線と、真面目なところがごっちゃになる感じです。
そんな感じで、これからものんびりやります。宜しくです。

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