アカデミー編 第一話
目蓋が動く。ゆっくりと開いた瞳に、窓越しの日差しが映った。ユキトは久々に家族との夢を見た気がする。内容はほとんど覚えていない。だけども、とても優しくて懐かしいものだった。
まだ完全に覚醒していない目を窓に向ける。窓から太陽の位置を確認する。時間にすると、後一時間は寝れるようだ。ユキトは夢の内容を思い出す事もなく、深々と枕に顔を沈めさせた。
―――ん? 朝だ……。まだ寝れる?
そこまで、考えてから再び目蓋が重くなる。しかし、それと同時に、起きなければいけないという焦りみたいなものが生まれ始める。
重い目蓋をなんとか開き、隣を見る。何かがもぞもぞ動いている。ユキトが焦点を合わせる為に眼を細める。すると、そこにはユキトが現在寝ているベッドと同じ形をしたベッドがもう一つあった。隣のベッドの上の布団にはもぞもぞ動く膨らみがある。
そこまで来てユキトの意識は完全に覚醒する。
―――そうだ……、アカデミーで寮暮らしを始めたんだった。
先ほどまで見てた家族との夢の影響か、家で寝ていると勝手に勘違いをしていたのだ。そして、家に住んでいた時にはまだ寝ている時間だが、アカデミーの寮に暮らしていたならばそろそろ起きないといけない。
そして、ユキトには朝の日課もある為、尚更起きなければいけない。布団から出て顔を洗い、朝の日課の準備を行う。
ユキトは先月から霧隠れの里に住み、忍者アカデミーに通い始めた。当初は彼は一人暮らしだと思っていた。原作の主人公も一人暮らしをしながらアカデミーに通っていた筈だったからだ。
しかし、霧隠れの里のアカデミーは全寮制だった。これはむしろユキトにとって有り難かった。ご飯の心配をせずにすむからだ。寮は二人制で、ユキトの同居人は今布団の中でもぞもぞ動いている奴だった。
「起きろ、満月」
言いながら、ユキトは布団の膨らみ部分を蹴り飛ばす。どっちかが起きなかった時の習慣だった。
「……イテテ。もう少し優しく起こせないかな?」
蹴り飛ばしたお陰か、不満たらたらといった表情で布団から這い出してくる。
「朝の日課の時間だ、置いていくぞ?」
「毎日毎日、ユキトは真面目だねぇ。準備してすぐに行くよ」
そう言って準備を始める同居人に対して、先にユキトは部屋を出る。そして、寮の中庭へと向かう。中庭は寮のすぐ横にあり、土の地面がむき出しで出ており、端の方に申し訳程度芝生が生えている。中庭の真ん中には小さな池があり、ユキトはそこに向かう。ユキトは池の真ん中まで歩いていく。水面歩行の修行を行うためだ。
しばらく立ち続けていると、ユキトの同居人が現れる。
ユキトの同居人の名前は鬼灯満月という。この霧隠れの里で鬼灯一族は名門中の名門にあたる。先々代の水影が鬼灯一族の出身の為だ。それならば、名門中の名門といわれることも頷ける。
水影。それは霧隠れの里のトップの称号だ。しかも、霧隠れの里は五大国の一つ、水の国の中にある隠れ里だ。つまり、霧隠れの里は、この大陸の中で五本の指に入る最大クラスの忍者の隠れ里である。そのトップであったとなれば、代替わりをしたとはいえ、名門といわれるに値するだろう。
そして、何故そんな名門といわれる鬼灯一族の者とユキトのような物が相部屋になったかというと、簡単なことである、年が同じだったのだ。
―――この状況は少し予定外なんだよな。同い年が居るのは良い。けども入学を許可された経緯がな……。
ユキトは入学してから知ったのだが、忍者アカデミーは本来
6歳からの入学だったらしい。しかし、今は大陸中の各国が小競り合いを続けている状況。少しでも優秀な物を早く戦場に出したい思惑が里にはあるようだ。その為、ユキトのような途中入学が
許され。鬼灯満月のような子供がいる。
つまり、戦場に行かせるために飛び級が許された形なのだ。これはユキトの思惑を逸脱していた。
だが、満月は名門の一族と言われるだけあって、基本の術などはこの年でほとんど出来るようだった。ユキトはこれ幸いとばかりに教えてくれと頼んだ。満月も今まで近くに同い年の忍者見習いは居なかったらしく、すぐに了承をもらえた。
つまり、朝の日課とは基本の術を修行する時間である。
水面歩行の業を行いながら基本の術をおさらいする。ユキトは満月に忍者の用語も色々教わっていた。この水面に立つ修行のことを水面歩行の業と言うなどだ。
「そろそろ、行こうかユキト」
「ああ、そうだな。朝飯は非常に大事だからなぁ」
二人は朝の日課をこなし、アカデミーにある食堂に向かう。
アカデミーでは座学と忍具の扱い方、基本的な忍術を習いながら、後はひたすら模擬試合を行う。実戦に出ても大丈夫なように訓練を積むものだった。
そして、模擬試合に負け越した者には、罰としての稽古が科さられる。そしてさらに飯抜きとなる。授業は午前と午後で別れている為、午前の成績が良くない者は昼飯抜きに。午後の成績が悪い者には晩飯が抜きになる。
成長期のユキトやアカデミー生としては、飯を一回でも抜かれたら堪ったものじゃない。そのせいもあって、アカデミー生皆の目がギラギラしている。だいたい、同じ学年は100名ほど居る中で3分の1が食べれないようになる。
だからこそ、必ず食べれる朝飯は大事なのである。晩飯を食べれなかった者は昨日の分まで食べる。
その中でユキトの立ち位置はというと、狩りのおかげだろうか未だに晩飯抜きはない。ただ、昼飯抜きになった事は一度ある。
途中入学なので忍具の扱い方や忍術に関して二カ月ほどの遅れがあった為だ。朝の日課やアカデミーが終わった後にそこらへんを重点的に自主練を行っている。また、満月と組手を行ったり教えて貰ったりしている。
「そんなに、飯の心配をしているのかい? ユキトはチャクラの練り方は大人の忍に匹敵しているよ。ボク以上だ。だから、忍術に関しては周りの雑魚どもにすぐに追いついて追い越すよ。飯の心配は必要ないと思うけどね。まぁボクを超えるのは難しいだろうけどね」
食堂に向かう最中に自信満々といったように語る満月。実際満月は未だ飯抜きになった事は無い。
―――飯抜きになった事が無いから言える自信だなぁ。こちとら昼飯抜きになると、午後の授業まで負けそうになるんだよ。
満月は模擬試合で負けなし。つまりユキトの学年ではトップの位置に居る。名門の名前に負けていない。満月からすれば周りは雑魚だらけでつまらなかったそうだ。そこにユキトが入ってきて、しかも中々に強いから楽しめる、といったところだ。
ユキトにとって、チャクラコントロールとスピード、あと刀の扱いが武器であり、満月より秀でている部分だ。むしろ、それ以外は全部標準並みかそれ以下といったところである。その為、ユキトは悔しい思いをしたこともあり、生き残る為にご飯の為にさらに一層の努力を積み重ねる。
最近になって、ユキトが水面歩行の修行を行っている最中に滝を見かけ。試しに登れるかな、とユキトが思って試したところ、残念な事にまったく登れなかった。悔しかった為にアカデミー後の訓練で当分チャクラコントロールの修行は滝登りをすることに決めた。
それ以外は今のところ標準並み以下の忍具の扱いと忍術だ。忍術の方は満月が言ってくれた通り、もうすぐで周りには追いつくだろう。アカデミーではこんな日々をユキトは過ごしていた。
ユキトがアカデミーに来てから既に半年がたった。
必至の特訓もあって、忍術は周りに追いつくどころか追い抜いた。模擬試合では、満月以外には負けないレベルにも達していた。お陰で飯抜きという事もなく、子供に相応しいだけの量をしっかりと頂いている。
そもそも周りの同期の年齢はまだ6歳。普通に考えれば、6歳の子供なんて考える事を知らないだろう。修行もアカデミーで行っているだけで済ましている者が多い。
―――まぁそりゃ子供だから遊びたいんだろうな。俺だって、昔は只管、食う寝る遊ぶで過ごしてきたわけだし。
実際、アカデミーが終わると、ほとんどの同期は遊んでいる。極少数だけが強くなりたいからか、晩御飯のためか修行をしている。
―――そう考えると……、満月って多少子供っぽいが、4歳にしては異常だろうな。あいつにとって修行=遊びの感覚なのか? 下手すると下忍程度ならば逆に倒してしまうんじゃないか? 流石は名門っていうだけはあるよな。とりあえず、満月を基準にして修行は行えばそうそう死ぬ目にはあわないだろう。
当分は満月に合わせて修行する事を決めた。
そして、未だに滝登りは上手くこなせない。だが、進歩はしている気がするので、いつかは出来るようになる筈と続けている。
この半年の間にこんな事があった。
アカデミーが終わった後いつも通り、ユキトと満月が組手を行っていた。場所はアカデミー近くの公園。ブランコやシーソー等の遊具があり、滑り台から繋がっている砂場がある。少し広い広場があり、近くにはベンチがある。見た目通り普通の公園だ。二人の他にもちらほらと利用をしている人達も居る。今の時間は遊具を使っている子供たちと、広場のベンチに座りながら互いに片手に酒瓶を持ち酒を飲んでいる大人たちが居た。
二人は広場の隅で、他の利用者に迷惑が掛からないように程度に組手を行っていく。
組手を行っていると、途中から酔っぱらった大人たちがユキト達二人の組手に応援をし始めた。
「そこ! そこだぁ! 黒髪の方はもうちょっと攻撃を引き付けてからいなせぇ!」
「ほら! 白髪のガキはそこだ! かぁっ何で今の隙を見逃すんだ!!」
「今だ! 黒髪! 攻めきれ!! アぁ……遅いって!! ほら防げ防げ!」
酔っ払いたちは二人の組手を見ながら好き勝手に言葉を投げている。勿論、お酒を飲みながらである。
しかし、好き勝手に言っているが、具体的では無いものの言ってる事は正しかった。
満月は酔っ払いたちの言葉を鬱陶しそうにしながらも、言われた通りの攻撃をする。すると、徐々に体のキレが良くなっていることがわかってきた。
ユキトも同じく、酔っ払いたちの言うとおりに動いてみるといつも以上に攻撃や回避が上手くなっていた。
ユキトと満月はお互い動きが良くなってきており、酔っ払いたちの言葉もどんどん早くなってくる。
暫くしてから酔っ払いたちが二人を呼ぶ。
「よし、君たち二人は良い酒の肴になってくれた! お礼にお兄さんたちが術を教えてあげよう!」
「いよっ! ハルさん太っ腹だね! よぉし、おいちゃんも何か教えちゃうよ」
「ハルさん、お兄さん何て年じゃないでしょう! この子たちから見たら立派なおじさんだって」
酔っ払いたちは次々に術を教えようとしてくれているが、酔っぱらってる為何をしたいのかが二人にはわからなかった。
ユキトは普段から持ち合わせているメモ帳に術のやり方を何とか書いていく。
「ほら、これが水分身の術だぁ!」
「ちょっ! ハルさんの水分身アルコール臭いよ! 酒分身じゃねえか!」
「下呂分身にならなかっただけいいんじゃない? ちょっと貸してね、印はこれだよ」
メモ帳をユキトからかっぱらい、サラサラっと書いていく。
「ついでに、影分身と朧分身の術も書いといたよ」
「あ、なんか色々ありがとうございます」
ユキトは酔っ払いたちに押され気味になりつつも感謝する。
「水分身ならボクも出来るよ」
満月がそういうと印を組み水分身の術を行う。
「おぉ! やるじゃねえか白髪!」
「あはは、ハルさん。そんな自慢げに教えたのに……。プッククク! 水分身の術なんて元々出来るって……、クフフッ」
「ああん!? てっめぇ、こうしてやる。白髪! これが水牢の術だ!」
「ちょっ! ハルさんしゃれにならないって!! しかも、アルコールくさ!」
酔っ払いが水牢の中で懸命にしゃべっているが、水牢の術を使った酔っ払いは聞こえないフリをする。
満月も今の水牢の術は知らなかったので、ハルさんと呼ばれた酔っ払いに術を教えて貰う。何回か印をゆっくり見せてもらいながら、真似をする。
ユキトはメモに書いてもらった術を書いてくれた人に習っており、一人の酔っ払いはアルコールが混じる水の中で溺れていた。
二人とも、教えて貰った術がとりあえず形だけはなった。後は個人でも出来る為その場は解散となった。溺れた酔っ払いは意識を失いながら、他の酔っ払いに担がれていった。
結局ユキトが教えてもらったのは、影分身の術と水分身の術、朧分身の術、そして水牢の術だ。
満月は元々、水分身の術は出来るので水牢の術を主に練習していて、ほぼ形になりかけている。水分身も水牢の術も本来は中忍クラスの術だ。既に一つ覚えているという時点で満月の才能がすごいものだとわかる。
そして、酔っぱらいながらも普通に術を行使してた酔っ払いたちは上忍か中忍かのどちらかだったのだろう。
漫画では確か、影分身を行って効率的な修行を原作主人公が行っていた記憶があった。その為、ユキトはまずは影分身の術を覚える事にした。
集中して訓練をしたおかげか、影分身自体は一週間ほどでマスターすることができた。最初に教えてくれた酔っ払いの教え方が上手かったのかもしれない。今では最大で5人ほど出せるようになった。ただ、維持をしたまま修行するとなると影分身二体と本人の3人までだ。
―――この影分身修行……想像以上に辛いな。影分身を戻した時の疲労のフィードバックが酷い。何か、一番初めに水面歩行の業をした時並みだ。……この全身疲労感はそれ以上か。
この為、影分身を戻すのはベッドに潜ってからとなった。そして、そのままベッドで寝るといった習慣がついていった。
影分身修業は辛いが効果はあるようで、滝登りの修行の進行スピードは前と比べものにならない早さになった。そして、何よりとうとう模擬試合で満月に勝つことが出来た。ただ、次の模擬試合では色々とやり返され負けてしまったが。
そして、久方ぶりとなる満月との模擬試合。
ユキトはもはや、他の同期では満足に戦えなくなっていた。満月も同じくだ。むしろユキトや満月と当たった瞬間に相手は運が悪いとでもいうように、やる気を無くす事が多くなったのだ。飯がかかってる筈なのにである。
模擬試合はアカデミーの中にある演習場で行われている。
演習場には燦々と陽光が降り注ぎ、演習場の中にある小さな水場が陽光を煌めくように反射させている。所々人工的な整備もされているが、自然をそのまま利用した空地と言ってもいいかもしれない。
周囲にはアカデミー生がぐるりと演習場を囲んで、思い思いに模擬試合について話し合っていた。
演習場の真ん中には三人の人影が居た。その内二人は今から模擬試合をするユキトと満月であり、もう一人は審判役の教官だった。
「この前のようにはいかないぞ満月」
冬場になり、冷たいながらも何処か新鮮な空気を胸一杯に吸い込み、ユキトは満月に話しかける。
「前回みたいに溺れさせてあげるよ」
日差しが目に入るのか、少し目を細めながら満月が応える。
前回の戦いでは水分身と共に飛び込んできた満月。ユキトが水分身から排除しようと蹴り飛ばしたところで、満月が水牢の術が発動させた。そして、そのままユキトは前の酔っ払いの人のように溺れたのだ。
満月とユキト。主席と次席が戦うということで、周りアカデミー生も興味津々だ。一旦話し合いを辞めて、演習場に注目する。中にはどちらが勝つか晩飯のおかずをかけている者さえ居る。
「では、油樹ユキト対鬼灯満月の試合を行う。はじめぇ!」
大きな声でユキト達の学年の担当教官が試合開始を宣言する。
「いくぞ満月!」
ユキトは開始の合図と共に声を出し気合を入れ、印を組み始める。
それに対して、満月は水場に向かって走り出す。
―――満月は前回の戦いと同じか!? 満月、俺はこの前の戦いに対して対策を練ったぞ。 まずは……。
‐影分身の術‐
ボボンッとユキトが4人に増える。そして四体ユキトは一斉に手裏剣や苦無を投げつける。ユキト自身まだまだ手裏剣や苦無の扱いは速度、コントロール共に甘い。それでも努力の甲斐もあって、この学年では満月に続いての2位になっていた。
ユキトが影分身を作り、手裏剣や苦無を投げつけるまでの間に満月は近くの水場に辿り着いていた。
ユキトが繰り出した前面からの広い範囲の遠距離攻撃に対し、満月は水場から水分身を作り、盾代わりにする。投げつけられた手裏剣や苦無で満月が作った五体の水分身の術のうち、二体が崩れ落ちて水に戻る。そして満月は残りの三体の水分身と共にユキトが居る場所へ駆ける。
「同じ手はくわねぇよ!」
ユキトもニヤリと笑いながら満月を迎え撃つ為に走る。走りながら影分身と共に印を結び、術を発動させる。
‐分身の術‐
‐朧分身の術‐
ユキトの本体が朧分身の術を行い、影分身が分身の術を行う。演習場の中に一気にユキトの姿が増える。そして満月と水分身達を包囲する。
実体があるのはたったの4体だけ、分身の術はよく見れば看破することが出来る。その為、ユキトは分身たちを一斉に動かす。見破りやすい分身の術があると、逆に見破りにくい朧分身の術に目が行く。視線をわざと誘導し、それを利用して実体がある影分身たちが満月たちに攻撃を加える。
この包囲網に満月の水分身三体は形が保てなくなり水に戻る。残すは満月本体のみ。分身体の満月包囲網はまだ残っている。その間にユキトは新たな印を結ぶ。
ユキトは影分身を戻し、分割されてたチャクラを戻す。分身の術も消し、勝負に出る。
足にチャクラを込め、ユキト自身が現在出せる限りのスピードで走る。そして、無声の気合と共に走り込んだスピードを保ったまま、跳び膝蹴りの要領で膝を満月の鳩尾にぶち込んだ。
「決まった!!」
これまで二人の攻防に声を出す事も出来なかった、演習場の周りに居た同期のアカデミー生たちが、ユキトの飛び膝蹴りを見て騒ぎ始める。
しかし……。
!?
本体だと思われた満月が崩れる。
―――これも水分身!? ということは本体は……。
ユキトが満月の本体を探そうと周囲に目を走らせた瞬間、満月が水場からサッと飛び出し、飛び膝蹴りをしたユキトの後ろに回る。
「ざ~んねん。さっき水分身作った時に水場に沈んで隠れてたんだよね」
満月がユキトの後ろに立ちながら、こめかみに指を突き付ける。
「ボクの勝ちかな?」
その様子を見ていた教官が審判の役目を思い出したかのように試合を終わらせようと声をあげようとする。
「……いや、俺の勝ちだ。」
その瞬間、ユキトは満月の後ろに立ち苦無を首に突きつける。
もちろん、満月はユキトの『影分身』に対して指を突き付けたままだ。
「あれ? これが影分身だったんだ。どこに隠れてたんだい?」
流石にこの状態ではお手上げとばかりに満月が両手を挙げて降参のポーズをする。
ユキトは影分身に指を水たまりに向けさせる。
「そこの水たまりに変化の術で混ざってたんだよ。満月が前回と同じ戦法で来るとは思わなかったからな。分身の術で目暗ましができてるうちに、保険として本体である俺は水たまりに変化の術で化けてたんだよ」
ユキトは答えを明かしながら、満月に指を突きつけられている影分身を戻す。満月の後ろに居るユキトが、しっかりと本体であるとアピールする為だ。
「勝者、油樹ユキト!」
その様子を見て、今度こそ担当教官が模擬試合の終了を宣言する。
「お前たちの戦い方は子供の戦い方じゃないな」
二人の戦いを見た教官が感心半分、悔しさ半分といった口調で話しかけてきた。
「まぁ今のうちに、卒業まで死なないようにするための努力をするんだな」
ついでに嫌な捨て台詞もついてきた。
―――まぁ、教官自身が俺の変化の術に気づけずに勝負を決めかけてしまったし、満月が水場に隠れてた事も気づいていなかったみたいだしな。悔しいんだろうねぇ、最少学年の戦いを見抜けなかった事が。
ユキトと満月が同期たちの集まっている場所に戻ると満月が話しかけてきた。
「あの教師うるさいな。ねぇ、今度殺す? ボクとユキトが組んで戦ったらあいつぐらいなら倒せるよ?」
あの教官の発言に満月は地味にキれていたようだ。満月からすれば、教官というのは前線に出る事も出来ない落ちこぼれといった認識であるから仕方がない。
「気持ちはわかるが、俺を面倒事に巻き込むな」
―――俺は無難に平穏を過ごせればいいのだ。担当教官を殺害とか……、むしろこの里では評価上がりそうだな……。だけど、一緒に面倒事も降り掛かってくる来るに違いない。
「評価は上がりそうだよね」
満月はニヤリと嗤いながら、教官に殺気を向ける。ただでさえ寒い空気の中、満月が発した殺気によってさらに体感温度が下がる。残念ながら、その殺気にも教官は気づかない。
―――俺と同じこと考えてやがりましたよ。絶対面倒事になるから辞めて欲しいんだけどな。
ユキトは手を顔の前で振り、止めろ止めろというようなジェスチャーをする。
「まぁ、ユキトは事なかれ主義だもんね」
ユキトのジェスチャーを受けてか、殺気にも気づかない教官に興味を失ったのか。満月は殺気の矛先を収める。同時に、殺気によって下がっていた温度が元に戻り、近くにいた同期のアカデミー生がホッとした表情をする。
―――事なかれ主義の元日本人だからな。そういう性分なんだよ。
ユキトは心の中で呟きながら、影分身の術の印を組む。
他の同期たちの模擬試合を見学してる間に、影分身を2体ほど滝登りの修行にいかせる。
―――時間は有効に使わないといけないよな。どうせ後の同期たちは殴る蹴るの体術だけで十分だろうし。せいぜい忍具を使うぐらいだ。あと1回勝てば今日の晩飯は確保されるし。そうしたら、さらに影分身を作って、術の練習に回そう。あぁ……、でも満月と戦って疲れてるからそれは難しいか。
「油樹ユキト前へ!」
教官の声がユキトを現実に引き戻す。どうやら再び模擬試合の順番が回ってきたようだった。
―――また呼ばれたか……。今日はやけに間隔が短いな。さっきの試合で自分で気づかなかった事を根に持ってるとかか? 疲弊している所に、連戦させて負けさせようっていう魂胆かな。
「さてと、ぼこしにいってくるか。」
暗い笑みを浮かべ、ユキトは隣に居た満月に聞こえる程度に呟き。聞こえた満月はクククッと笑いながら、可哀想にと言わんばかりの目をユキトの対戦相手に向ける。
ユキトは四歳で飛び級し入学している為、満月以外の相手は六歳であり二歳差だ。体格は当たり前だがユキトより相手の方が上。それでも、体術は俺の方が上だろう、とユキトは高を括る。そもそも、チャクラを全身に巡らすことが当たり前のユキトとしては、相手がチャクラを使わない体術で戦おうとするのが不思議でたまらない。
―――チャクラを上手く練れないのとコントロールが悪いんだろうな。こちとら伊達に二歳時からチャクラコントロールの修行はしてないぜ! ……うん、なんか気分が良くなってきた。気分が良いから、少しだけ手加減してやるか。
「……はじめぇ!」
ユキトが呆けている間に教官が試合開始の合図を宣言し、相手は手裏剣を投げようとしている。
足にチャクラを込め、相手に向かってユキトは一直線に進む。そして、手裏剣を投げようとしていた相手の鳩尾と眉間にこぶしを同時にぶち込む。空手の山突きのような形だ。相手は少し吹き飛び、立ち上がろうとしたが崩れ落ちた。
―――最後、立ち上がろうとしていた所は評価点だな。最近は俺と満月に当たったら諦める奴も多いし。まぁそれ以外は中々酷いものだったけど。
勝者宣言されたので、ユキトは満月のところに戻る。
「おつかれ、少し手加減してあげた?」
手加減したことを満月にはどうやら気づかれていたようだ。行く前にあんな宣言していて、結果があれなら気づくか、とユキトは納得する。
「最後に突きを少し引込めて、相手を殺さないようにしてたでしょ。折角、雑魚が死ぬと思って見てたんだけどな」
満月にニヤニヤしながら聞いてくる。事実、あのスピード、威力でそのまま突けば相手は死んでいた。インパクトの瞬間に腕を引っ込めたことも満月の言うとおりであった。
「当たり前だ。ここで殺人事件を起こしてどうするよ。」
「評価は上がるんじゃない?」
……。
二人の間に沈黙が降りる。
―――……ありえそうな所がこの里の怖いところだ。
「実際、何年か前の卒業生に、卒業するまで何人も模擬試合で殺して鮫のエサにしていた人がいたとかなんとか。その卒業生はそのまま暗部に入ったって噂があるしね」
―――嫌な都市伝説だな。……都市伝説だよなぁ!?
「っていうか俺らのリアルの先輩に似たような人がいるよな……」
―――模擬試合で何回か相手を復帰不可能のケガまで追い込んでる人がさ……。
「あぁ、再不斬先輩? あの人もそろそろ卒業だよね。ボクも一回ぐらい死合してみたかったんだけどね」
―――……字が違うように聞こえたのは気のせいだろうか。きっと気のせいだな。
「あの人もよく我慢してるよね。ボクの場合はユキトがいるから楽しめるけど。いなかったら何人か殺っちゃってるよ多分」
―――……この里って本当に
「あの人、たまに俺らを見かけると嫌ぁな顔で笑うんだよなぁ……」
「ボクらを殺したくうずうずしてるんでしょ? ボクは返り討ちにしたくてうずうずしてるよ」
―――やっぱりか……。二重の意味でやっぱりか……。
巻き込まれないようにしないと、とユキトは決心する。模擬試合を観戦した時に、まるで悪鬼のように戦いだという感想をユキトは持っていた。あの人と関わったら生存率が著しく下がりそうだ、と酷い事も考えていた。
―――……まぁそれを言うならコイツも似たようなもんか。
「本当にそろそろあの人も卒業だな。そういえば、満月。このアカデミーの卒業試験ってのは何をやるか知ってるか?」
「あれ? ユキト知らないの? 有名なのに」
―――ん? 有名なのか? まぁ正直俺の忍者情報なんて、ほとんど満月経由だからな。両親は一般人だし。
「クックック……。そうか知らないんだ」
ユキトの表情を見て、本当に知らないんだ、と納得した満月は突如として笑い出した。
―――木ノ葉のアカデミーで原作の場合は、確か鈴取りだったけど。この里の場合は何をやらせるんだ?
「いや、単にいつも通りランダムでの試合さ」
「ん? じゃ勝ったほうが合格っていう単純明快な試験なわけか」
本当にこのアカデミーは……、とユキトは呆れながらも思う。この里は実は忍者じゃなくて
「まぁ、だいたいそんな感じだね」
「だいたい? ってことはまだ何か合格するための要素があるのか?」
その言葉を聞いてユキトは考える。普通に考えてに一学年100名規模のこのアカデミーで、二分の一で合格は甘すぎる。なら他に合格不合格を決める何かしらの要素があるに違いない、とユキトは結論付けた。
―――まぁ霧隠れの里の場合、間違っても友情、努力、勝利じゃねぇな。
「まぁもうすぐ先輩たちが卒業するわけだし、こっそり見学にでもしに行くかい? 知りたいことも知れるだろうしね」
その言葉にユキトは納得する。先に試験がどんなものか知っとくのは重要であり、忍としては情報とは生命線である。
―――卒業試験なんて毎年そんなに変わりはしないだろし……。
「ん~そうするか、影分身送ればいいだろうし」
色々と、考えた結果。メリットの方がデメリットより多いと判断し、満月の提案にユキトは賛同する。
そして、賛同した後すぐにユキトはどうやってばれないように見学するかを考え始める。
満月はニヤニヤとユキトを見て笑みを深める。
先輩たちの卒業の日は近づく。
そして事件は起きる。
状況描写を増やすだけで文字数って倍近くになるんですね。
今までどれだけ手抜きをしてきたかよくわかるOTL
改稿版になりますので、新たにご指摘やご感想をお待ちしております。