ゆかりさまとほのぼのしたいだけのじんせいでした 作:織葉 黎旺
手に持つ串団子を空に向け、月と見比べて目を細める。先程よりも若干欠けてきているな、と思い、何となく一口食べて、同じような形に寄せてみる。今宵は皆既月食、しかも何やら特別な皆既月食らしい。
「スーパーブルーブラッドムーン、というのよ」
「へえ。なんか中二病みたいなネーミングですねえ」
「そろそろ紅くなってくるんじゃないかしら」
それだけ言うと、彼女はちらりと月を見て、そのまま居間に戻っていった。見なくていいんですか、と彼女が起きてきてから何度か声をかけたが、「まだ結構」とだけ言って、もぞもぞと炬燵に潜っていっていた。
「欠けた月を肴に飲むなんて、そうそうできない贅沢だと思うんですがねえ」
今夜はオシャレにスプリッツァーなんて飲みながら、団子をもぐもぐ食べる。三色団子の緑と白を飲み込むと、丁度月も見事な紅に染まってきた。その鮮やかな色合いに思わず、おお、と感嘆の声が漏れる。
「月が綺麗ね」
「貴女ほどでは」
「あら、ありがとう」
いつも通りの胡散臭い笑みを浮かべて、彼女は月を眺めた。つられて自分も月を見る。文明の発達が遅れている幻想郷は、本当に星が綺麗に見える。普段なら一面満天の星空だが、今夜は少し雲が邪魔していた。
「どうして月食が起きるのか知っているかしら?」
「寡聞にして知りません」
「それはね……」
ニヤリ、と先程とは違う妖しい笑みで、彼女は月を指さした。少し影が濃くなり、暗く儚く私の目に映る。
「月が――」
「月が……?」
「こんな風に食べられちゃうからよ」
「あっ!」
残しておいた三色団子の赤い一個を、ぱくりと一口分奪われた。嵌められた、と苦々しい気持ちになる。
「卑怯ですよ、紫さん」
「月食がどう起きるのか実演してあげようと思っただけですわ」
「月食って言っても本当に食べられるわけじゃないでしょうに」
「いえ、本当に食べられてるのよ」
当然でしょう? と言わんばかりの、自身と確信で満ちた表情、言動に、担がれてるのか本当なのかと判断がつかなくなる。長い付き合いになるはずだが、こういう時は嫌でも、何処か違う生き物だということを感じる。いや、別に不快な訳では無いのだが。それは妖怪と人間だからなのか、それとも――
「じゃあ誰が食べてるっていうんです? 神様仏様ですか?」
「ふふふ」
何処か乾いたその笑いから察するに、どうやら答える気はないらしい。大人しく一人で考えることにしよう。月――月ねえ。月といえば、古来より妖怪と切っても切れぬ関係にある。狼男しかり、吸血鬼しかり。や、今あげた二つとも西洋生まれだから妖怪と呼んでいいものか怪しいが……真の満月は人にも妖怪にも毒、と他ならぬ目の前の彼女がそんなことを言っていた覚えもある。
仮に本当に食べられるとしたら、何故元に戻るのだろうか。食べたなら食べたまま、食べられたまま欠けたまま、そのまま元には戻らないはずなのに……
「赤い月こそが本当の月で、普段の黄色い姿は赤い月を覆う膜みたいな部分……とか? それで、誰かが膜を食べちゃうから、中身が一定時間露出して……それが段々再生して、元の姿に戻るとか?」
我ながら面白い説だとは思うが、違う気がする。何処と無く近いような気はするが、どこかズレてるような……
唸りながら月を見る。いつの間にか赤みは消え、話の通りの月食になっていた。そう、さっき一口食べられた私のお団子のように――
「……お団子?」
お団子を見る。先程食べられたはずのそれは、
「時間切れ、ね」
「えっ!?」
見上げると、先程まで半分ほど欠けていた程度だったはずの月は、元の満月へと戻っていた。狐につままれたようなモヤモヤした気分になる。しかしまあ、お団子が戻ってきたのは幸せなことである。一口と言わず、丸ごと一本一気に食べてみる。美味しいけど食べづらい。
「紫さん」
「なーに?」
「次の月食の時こそ、答えを教えてくださいね?」
「ええ、次こそはきっと」
きっとはぐらかすんだろうなあと思いつつも、それを少し楽しみにして、盃の月を飲むのだった。