ゆかりさまとほのぼのしたいだけのじんせいでした 作:織葉 黎旺
「はーあー」
衣替えで敷かれた、ポカポカのカーペットの上に寝転がって、天井を見上げた。何をするわけでもなく、ただ天井を見る。したいことはある、でもわざわざそれをする気にもならない。別にこうしていたいわけじゃない、でもこうしていたい。そんな感じの、よくわからない気分だった。多分、五月病とか厨二病とかそんな言葉で説明がつく心情だと思う。それにしては時期遅れすぎるが、と伸びをしながら考えた。
「ん〜〜〜」
コロコロ転がって、三回転ほどしてうつ伏せになった。新品のカーペットって感じの匂いがする。去年使ったとはいえ、まだ二年目だからだろうか。結構気に入ってたんだけどなあ、前のも。そう思い出して、また微妙な気持ちになった。こういう気持ちは大抵、何をしても何もしなくても、優しく連鎖していく。
「ぐえっ」
体が圧迫されて、さながら膨らんでいた風船が萎むように、空気と情けない声が漏れ出た。背中の辺りに、覚えのある柔らかさと人肌の温もりを感じた。
「平日の昼間から楽しそうね」
「それはどうも」
楽しいのは私ではなく、見ている貴女なのでは? と思ったけど、突っかかるとそれはそれで虚しくなりそうだからやめておいた。
「話なら聞いてもいいわよ?」
「いえ、別に話すほどのことがあるわけでもないのでいいです」
これが思春期くらいなら、この言い様のないセンチメンタルな何かを拙い言葉で伝えたのだろうか――なんてくだらない戯言を考えた。話したところで聞いたところで、もう意味が無いことはわかってしまっているのだ。「そう」と短く言って、紫さんは私の背中から退いた。瞬間感じた肌寒さについ、「もうちょっと乗っておきません?」と変態じみた提案をする。やっちゃったなあ、と頬を掻きながら彼女を見ると、予想外だったのか少し大きく目を見開いて、そしてすぐに「ええ」と胡散臭く笑って、背骨の辺りに座り直した。
「寝癖ついてるわよ」
「いつも通りじゃないですか」
彼女の手ぐしで髪を整えられる。早すぎず遅すぎず、丁度いい緩急で跳ねていた後ろ髪が正されていく。頭を撫でられるのとは少し違う、不思議な優しい感覚だった。
「妖怪って、センチメンタルになったりするんですか?」
「んー?」
珍しいことを聞くわね、なんて言われて、本当にその通りだなと思う。失言だったかな、と思ったが、寝癖を直す手が止まっていなかったので、まあ大丈夫かなと目を細めた。
「まあ、人間ほどはならないでしょうね」
「なるにはなるんですね」
「そりゃあ、思考して生きているんだもの。悩みの一つや二つはあるでしょう」
果たして悩んでいるもののスケールは同じなんだろうか、と考えてしまったが、下手に触れて種族間の差を感じて悲しくなったら嫌だなーと思ってやめた。
「それこそ人間レベルの悩みだって沢山あるわ。恋、とか」
耳元での囁きに、私はたじろがない。
「あれま。他に好きな人でも?」
「いたらどうする?」
「悲しくなりますね」
でも諦めますね、と言った。
「紫さんはどうします? 私が浮気してたら」
「そうね、諦めるわね」
諦めて――
「待つわね」
「待つでしょうね」
「貴女みたいな人と付き合えるのは私だけでしょうから」
「貴方みたいな人と付き合い続けられるのは、私だけでしょうから」
背中から退いて、紫さんは隣にきた。一つの毛布にくるまって、向かい合うように横になり。どちらからともなく指を絡めた。
「もうちょっとくっつかないと、毛布からはみ出しちゃうわよ?」
「私は寒くないので大丈夫ですよ?」
「強がることないじゃない、寒いでしょう」
心音が聞こえそうなほどピッタリくっついて、そうですねと頷いた。
「でも、しっかりあっためてもらったんで大丈夫ですよ。ポカポカしてます」
「冷えないとも限らないじゃない」
「……そうですね」
このまま甘えることにした。まだ少し感傷は残っていたが、この人といれば、大体どうでもよくなるから。
「……紫さん?」
すー、すー、と寝息が聞こえ始めた。まったく、私を置いていってしまうなんて酷い人だ。だから、折角なので言わせてもらうことにした。
「紫、好きだよ」
頬が少し赤くなった彼女を見て、愛おしく、優しく抱きしめるのだった。