ゆかりさまとほのぼのしたいだけのじんせいでした 作:織葉 黎旺
「紫さん」
「んー?」
「退屈で死にそうです」
「そんなもので死ねるなら、貴方はとっくに死んでいそうだけれど」
確かにそうかもしれない、と思って深く頷いた。
「最近は読む本もなくなってきて、滅法暇なんですよねえ」
「偶には読み返してみたら?」
「生憎、一度読んだら満足しちゃうタチでして」
飽き性ねえ、と呟いて一歩こちらに転がった。
「好きな作家の新刊が読みたいんですけど、中々幻想入りしてこないので困りものですね」
「何なら私が取り寄せましょうか?」
「んー……いえ、遠慮しておきます」
「遠慮しなくていいのよ?」
「待つ時間を楽しむのが大人というものです」
まあ幻想入りしてこないということは、逆説的に忘れるような人のいない人気の本というわけで、ファンとしては喜ばしいに決まっている。勿論、マイナーだから好き、と主張する層がいることも十分わかっているが。
「それなら私は、少女でも構いませんわ」
私の先程の言葉に、待つのが嫌いそうな紫さんはそう返した。
「そうだろうとどうだろうと、貴方は少女がよろしいでしょう」
「あら、子供扱い?」
「いえ、いつまでも麗しき
「今日は中々キザですこと」
また一歩、今度はこちらから近づく。
「そういう日もありますよ」
「大人になったわね」
色々と、と意味深に付け足して、ポンポンと頭を撫でられた。気持ちよくって、思わず目を細める。
「こういうところはまだまだ子供だけれどね」
「うみゅっ」
突然の抱擁に、情けない声が漏れた。何処かが大人になろうが、発言に威厳が伴わないうちは子供に見られるんだろうな、と思った。威厳が出ようが何だろうが、こうしてそうな気もするが。
暖かさを全身に感じながら、意識を感覚に集中させて一言。寒い、と思った。
「え、なんかやけに寒くないですか? 炬燵点いてます?」
「いえ、どうやら点いてないみたいね」
「しかも何か、私の背中に強風を感じるんですけど……」
「あらあら」
パチン、と指を鳴らす音が響いた。同時に、背中の風も止む。
「文字通り、背後にスキマが空いてましたわ」
「それはそれは、奇怪な話ですね」
「炬燵っていうのは、一箇所空いてると、そこから驚くほど冷たい風が差し込んでくるものなのよ」
なるほど、寒さに耐えかねた私を温かい方へと引き寄せる算段だったのか。実に策士だな、と一目置きながら腰に手を回した。炬燵の中特有の橙色の照明が、なかなかいい味を出していた。
「でもまあ、流石にコレだと暑すぎますかね」
「それならアイスでも食べれば丁度いいでしょう」
「とっても素敵で文化的生活の波動を感じますね」
絶対暑苦しくなるだろうなーと思いながら、ゆっくり目を閉じた。とはいえ、眠気は微塵も感じなかった。
「じゃあアイス、取りに行ってきましょうか?」
「そんなことしなくてもほら、冷蔵庫にスキマを繋げれば取れるわよ?」
「いやいや、それスキマ越しに冷凍庫内の冷たーい空気が入り込んでくるじゃないですか。しかも炬燵内の熱気で、冷凍庫の中のものがダメになっちゃうじゃないですか」
「冗談よ」
ウィンクしてみせる紫さんに、ほんとかなーと疑いの目を向ける。この人なら意外と、そんなうっかりもやりかねないなあ、と口元を緩めた。
「で、どう? 退屈は凌げた?」
「むしろ大忙しですね」
「素敵なことね」
「お陰様で」
「それならよかったわ」
蜜柑でも食べようかしら、という呟きが聞こえる。たしかこのへんにあったよなあ、と腕を炬燵内から机上に器用に伸ばす。ネットを掴んで引き寄せ、中から一個適当に掴んで回収した。
「それなら私、剥きましょうか?」
「あら、ありがとう。ついでに食べさせてくれると助かるわ」
「随分甘えんぼさんですねえ」
「当然口移しでね?」
「胸焼けしそうなほど甘々ですね」
秋だろうと冬だろうと、この人といると温かくて幸せだな、と蜜柑を剥きながら思う。そんな昼下がりだった。