ゆかりさまとほのぼのしたいだけのじんせいでした 作:織葉 黎旺
「貴方に言わなければならないことがあるの」
春。桜咲き、花粉が舞ってくしゃみが止まらない季節。縁側でのんびりしていると紫さんは唐突に神妙な顔をしてそう切り出した。その表情に胡散臭さはない。思わず唾をごくりと飲み込み、「一体何ですか」と彼女に問う。
「聞きたい?」
「そりゃあ、まあ」
やけに勿体ぶるなあ、と考えながら次の一句一言を待つ。言わなきゃいけない程のことならさっさと言ってほしいのだが。
「実はね……」
「はい」
「その……できちゃったの」
「できた、とはその……いったい何が……?」
なんとなく予想しつつも、一応核心には触れず、彼女の口から答えが出るのを待つ。
「赤ちゃん」
「あ、赤ちゃん!?」
「最近面倒みてたワンちゃんに……」
「わ、ワンちゃん!?」
予想の斜め下くらいから飛んできた変化球に驚きを隠せない。ワンちゃん、というかわいらしい単語がお美しいこの人の口から出てきた破壊力も大きい。犬、って普通に言いそうな雰囲気があったのだが。
「まあ春ですもんね。そういうこともあるでしょうね」
「ええ。で、無事に子ワンちゃんが生まれたのだけれど」
「子ワンちゃん!?」
聞きなれない単語に思わず話の腰を折ってしまった。いくら何でも子ワンちゃんって、それは。
「ワンちゃんの子どもなのだから子ワンちゃんに決まってるでしょう?」
「いや、決まっていないどころか酷く一般的ではないと思いますよ?」
というかその話のどの辺が、神妙な顔をするほどに私に話さなければいけないことなのだろうか。ただのほのぼのとした世間話にしか聞こえない。
「赤ちゃんって小さくて可愛くていいと思わない?」
「いいと思いますよ?」
「それはよい心がけですわ」
にっこり、といつも通りのどこか胡散臭い笑みを浮かべる紫様。何か風向きが変わった気がする。
「赤ちゃん、欲しいわよね?」
「え、ええ……でもほら、赤ちゃん育てるのって色々大変ですし……」
「大丈夫ですわ、面倒はすべて私が見ますから」
「絶対無理だと思います」
これはシンプルに活動時間の都合上の問題だ。彼女には赤ちゃんと同じ時を過ごし続けることはできないのである。
「だから、ねえ……いいでしょう……?」
「うっ……」
一歩、また一歩と、彼女がこちらに擦り寄ってくる。艶やかな微笑に断りがたく思えてきてしまう。目をそらして、小さく首を縦に振った。
「じゃあ飼わせてもらうわよ、子ワンちゃん」
「……はい?」
「許可は取ったもの、もう文句を言われる筋合いはないわよ?」
してやったり、という表情で紫さんは笑った。やられた、一杯食わされたのか。
「……ちゃんと藍さんの許可を得てからにしてくださいよ?」
「ふふ、そうしますわ」
子ワンちゃん。うちの猫さんと喧嘩しなかったらいいな、と思いながら笑った。