ゆかりさまとほのぼのしたいだけのじんせいでした   作:織葉 黎旺

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さがしものはなんですか、ゆかりさま?

「服を買いに行きたい」

 

 ふと思い浮かんだそれは、気がつけば口に出ていた。そんな独り言はしっかり聞かれていてしまったようで、最近押し入れから引っ張り出した炬燵にてお煎餅を齧っている、隣の彼女が食指を止めた。

 

「珍しいわね、てっきりお洒落に気を使うタイプじゃないと思ってたわ」

 

「実際その通りなんですけど、いくらなんでもこの服も着飽きたなーと思いまして」

 

 当然ながら、幻想郷には和服が多い。というか、和服しかない。稀に無縁塚に奇抜な洋装だとかが流れ着くこともあるが、里の呉服屋は和服しか置いていないし、私に一から洋服を作るセンスも気概も存在しない。

 そんなわけで基本和服で過ごしているわけなのだが(和服も好きなので、その点に文句はない)この季節──春と秋の過ごしやすい時期だけは、ここに来た時に来ていた、外の世界の服装に身を包んでいる。とはいえもう、幻想入りしてから結構な月日が経っている。藍さんの神がかり的な家事スキルにより経年劣化を最小限に抑えてきたパーカーとジーンズであったが、ジーンズはともかくパーカーがそろそろ寿命なのだ。彼女の言う通りお洒落に気を使うタイプではないけれど、流石にこれでは表を出歩けまい。

 

「そもそもほとんど表なんて出歩きませんし、別にあってもなくてもいいんですけど……何となく、洋服が着られなくなるのは嫌だなーって」

 

 改まって言うほどのことでもないけれど、和服には和服の良さがあるように、洋服には洋服の良さがある。それに──別に未練があるわけではないけれど、服一つとっても外の世界の──故郷の思い出みたいなものだと思うのだ。

 

「うーん、どうせ暇だし洋服づくり勉強しようかなー」

 

 その勢いで家事スキルが上がれば儲けものだし一石二鳥だ。ミシンくらいは香霖堂辺りに転がってそうだし、案外いけるんじゃないか? いや、いける。問題があるとすれば、私が天性の不器用ってところくらいだ。

 

「やめなさい、慣れないことして手でも縫ったら大変だわ」

 

「紫さんが普通に心配してくると逆に違和感があるんですけど」

 

 そういうと彼女は「人が厚意で心配してあげてるのに酷いわね」と不満そうに口を尖らせた。いやまあその通りなのだけれど、普段から胡散臭い貴女が茶化しもからかいもせずに心配してくると、微妙に違和感があるのだ。或いは、彼女にそうさせてしまうほどに私は不器用なのだろうか。

 

「自分、不器用なんで」

 

「知っていますわ」

 

 呆れた表情で彼女はネットの上の蜜柑に手を伸ばした。そういえば今冬初蜜柑かな。一切れください、とせがんでみる。

 

「だーめ。働かざる者食うべからず、蜜柑が欲しかったら仕事することね」

 

「成程、含蓄のある言葉です。ぐうの音も出ないくらいに。して、この家事からっきしにして鍛え下げられた細腕の私に、どんな働きをご期待で?」

 

「んー、手っ取り早いのは夜」

 

「手っ取り早くないのでお願いします」

 

 何となく不穏な雰囲気があったので遮って断っておく。案の定冗談か何かだったのか、彼女はそれに文句を言うこともなく、用件を続けた。

 

「それなら探し物ね。無縁塚でちょっと拾ってきてほしいものがあるのよ」

 

「えっ」

 

 無縁塚。幻想郷の中でも危険度激高な地帯。その名の通り、無縁者の墓塚。(ゆかり)なき者たちの眠る場所。その環境から外の世界の物品がよく流れ着き、その異質な環境自体が危険とかなんとか。幻想郷に来たばかりの頃に、他でもない目の前の彼女に聞かされた話だ。私が一人で行ったりなんかしたら、すぐさま無縁仏の仲間入りだろう。

 

「えっ……もしかして遂に私もお役御免ですか? 不要な扶養家族として不法投棄ですか……?」

 

「本気で泣きそうな顔しなくても、ちゃんと結界張っておくから大丈夫よ。間違っても貴方に危険な真似はさせませんわ」

 

「ですよね、よかったです!」

 

「危ない目に遭って、食べるところが減っちゃったら困るもの」

 

「えっ」

 

 まあそんな、冗談交じりのやり取りはさておき。手を取ってスキマを抜け、私たちは無縁塚に降り立った。周りを木々に囲まれ、なんというか陰気な場所である。

 

「仕事を斡旋した割に、雇い主さんも来るんですね?」

 

「現場監督よ。帰った方がいいなら帰るけれど、()()が必要でしょう?」

 

「あー、なるほど」

 

 確かに。この()()なら、間違っても襲ってくるような間抜けはいるまい。八雲印のお墨付きである。

 

 安心したところでドキドキしながら、ぎゅっと手を握って無縁塚を歩き始める。付近は一歩間違えばゴミ捨て場と見まがうような様相になっていた。見覚えがあるようなないような我楽多(ガラクタ)だとか、何かの骨だとかがそこかしこに散らかり放題。てっきり共同墓地的なアレがあるのかと思っていたが、どうやらそんなこともないらしい。うっかり仏さんを踏んでもおかしくないので、とりあえずそこら中に手を合わせておく。

 

「心がけはいいでしょうが、中途半端な弔いはどちらのためにもならないわよ。長居は無用、さっさと探しましょう」

 

「はい」

 

 霊的というか妖怪的なものに疎い私なのでよくわからないけれど、まあ彼女がそういうなら正しいのだろうから、鵜呑みにして手を握る。何か踏んでしまったら嫌だな、とある程度足元を気にしながら歩く私に対し、彼女は亡骸には何の興味もないようで、敢えて踏みにいってるんじゃないかってくらい正確無比に屍を越えていく。彼女の美しいロングブロンドと精魂尽き果てた者たちの対比で、そうしていると何だか、御伽噺にでも描かれていそうな幻想だった。

 

「ないわね」

 

「ないんですか。っていうか、一体何を探しているんですか? 結局紫さんが探すばかりで、私は何もしてませんし」

 

「恐らく袋に入っているものよ」

 

 この時期ならまだ拾われてないと思ってきたのだけれど、拾われていないせいで逆に探しづらいわね──と彼女がぼやく。予想はしていたが、外の世界から流れ込んだものを探しているらしい。それにしても、ピンポイントで何を探しているのやら。

 

「あー!」

 

 数メートル先、そこに何か、見覚えのあるものが落ちている。懐かしさからか思わず浮足立ち、走り出す──その時だった。

 

「ぐうっ……!?」

 

 視界が歪んだ。脳みそを掻き回されるような不快な感覚とともに、体の──己の境界が、揺らいでいくのを感じた。『無縁塚では存在の維持をすることが困難なことがある』、なんて、そんなどこかで見た記述を思い出した時にはもう遅かった。存在が揺らぐ、歪む、微睡む、瞬く間に、消える──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あれ?」

 

「……貴方ねえ」

 

 消えていない。私はまだここにいる。我ここにあり、そして抱き着く彼女は珍しく、酷くご立腹な様子。

 

「危険地帯だとわかっていながら、あんなに不用意な行動を取るほど貴方が愚かだとは思いませんでした」

 

「……返す言葉もございません」

 

 そうか、要はアレが起きるのを防げるように、紫さんは私と手を繋いでたのか。

 

「いえ、それは繋いでいたかったからだけど」

 

「あ、そうなんですか」

 

「でもある程度距離を取っちゃうと、いくら私でも支えるのが厳しくなるのよ」

 

「なるほど」

 

 後は持ち前の『境界を操る程度の能力』でどうにか助けてくれたという訳か。何から何まで、本当に頭が上がらない。

 

「……あの、そろそろ体がつらくなってきたんですけど……一回離れません?」

 

「駄目よ」

 

「えー」

 

 抱き締める力が前にもまして強くなった。喋れないレベルに。

 

「貴方、一瞬本当に存在が消えかかったのよ? これはその状態から助けてあげた、私への報酬」

 

「むう」

 

 そう言われると私としては、何も返す言葉はない。彼女への感謝とちょっぴり役得な気持ちを込めて、熱い抱擁を続けた。

 

「あっ、そういえば」

 

 色々ありすぎてどのくらいそうしていたかわからないが、力も緩んできていたところで、ふと先程の見つけ物のことを思い出した。もう答えは見えているけど、やはりアレは──

 

「……やっぱり」

 

 埃などで袋自体は薄汚れていたが、中の物はまだ綺麗そうだ。見覚えのある紫色のパーカーが入っているそれは、間違いなく私の所持品だった。確か幻想入り直前の時期に、クリーニングに出してそのままにしていたモノ。懐かしさと喜びで、自然と口元が緩んだ。

 

「嬉しそうで何よりだわ」

 

「もしかして、知っててここに連れてきてくれたんですか?」

 

「流石に知らなかったわよ。でも、忘れ去られるならそろそろだろうと予想を立ててはいたわ」

 

 パーカーが忘れ去られて、また一つ外の世界から私の生きた痕跡が消えた悲しみよりも。思い出の品が来てくれた喜びと──何より、彼女の優しさが嬉しかった。

 

「本当にありがとう──紫」

 

「いいえ、見つけたのは貴方だもの。私は切欠を作ったに過ぎませんわ」

 

 感謝の気持ちは態度で示してくれればいいわ──と可愛くウィンクする彼女を、強く抱き締めた。残念ながら、俗世に無縁な私が彼女にあげられるものなんて、この身一つしかないから。くすっ、という小さな笑い声とともに、腰に華奢な手が触れたのを感じた。

 

「とんだデートだったわね」

 

「あ、そういえばそうですね。二人で表を出歩くってこと自体、中々久しぶりでしたし」

 

「あら、意識してたのは私だけかしら? 悲しいわぁ」

 

「わざとらしい泣き真似しても、可愛いだけですよ」

 

「あらあら。それじゃあ、帰ってからたっぷり泣かせてもらうことにしましょうか」

 

 スキマが開いた。感じる浮遊感。体全体に感じる心地よい温もりの中、私の胸にはただ、彼女への感謝だけが満ち満ちていた。

 

 

 













※後語りフェイズ





お陰様でこの小説も三周年を迎えましたー! ここまで読んでくれてる皆様、いつもいつも本当にありがとうございます!本来なら例年通り9月22日に更新する予定だったんですけど、気づいたら過ぎてた上にネタが思い浮かばなかったのでここまでもつれ込んでしまいました。僕の脳に浮かんでこないだけで、まだまだ書けていないシチュエーションは沢山あるはずなので、これからも気ままに更新していきたいと思います。また一年、どうぞよろしくお願いします。
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