ゆかりさまとほのぼのしたいだけのじんせいでした 作:織葉 黎旺
「……あー………」
妙に肌寒くて目を覚ました。体の節々に走る痛みと、全身を包む倦怠感。頭痛がするわ喉が痛いわ、どう見ても典型的な風邪の症状だった……
「……んー………」
果たして体温計は何処に置いてあっただろうか。居間のテレビ台付近の戸棚に入っていた気がするが、わざわざそこまで行くのも面倒だ。迷った挙句、手頃なところで寝ていた彼女の額に手を当ててみる。ぴく、と小さく瞼が動いた。
私の体温が高いせいか妙に冷たく感じる。自分の額にも手を当ててみると、何だか温かいような生温いような。何はともあれ、確実に熱だろう。さて、妖怪だから恐らく風邪なんかにはかからないと思うが、万が一があっては申し訳ない。別室で暖かくして休もう……そう思い、布団から静かに這い出――せなかった。何処かデジャヴを感じる柔らかい感触。
「………………」
「……起こしちゃいました?」
「ええ、おはよう」
後ろから抱き締められる形で引き止められる。そのまま体を回転させられ、優しく額同士が触れ合った。
「ん……やっぱり熱があるみたいね」
「ええ……そのようですね」
心なしか、先ほどよりも彼女の額が熱くなっているように感じた。吐息が触れるほどの至近距離に鼓動が速くなる。やはりこの布団から離れるべきか……体を半回転させ再び布団から抜け出そうとしたが、どういう理屈か先程まで隣にいたはずの彼女に一瞬でマウントポジションを取られている。抜け出そうとしたが意外と重たくて抜けられない。
「病人はちゃんと寝てないと駄目よ……それと、私が重たいんじゃなくて貴方の力が弱まってるだけですから」
「は、はい……」
そこだけ妙に強調して、彼女はすたすたと部屋を出ていった。ああ言われてしまっては流石に抜け出せない。
「…………」
ボーっと天井のシミを数えたり、天窓から見える空を眺めたりして数十分。わたわたと慌ただしく色々なものが運ばれてきた。氷の詰まった桶にスポーツ飲料のペットボトル、毛布と料理。そして何故か看護服を着た彼女が。
「……なんでナース服なんですか?」
「この方が雰囲気出るでしょう?」
「えー……まあ確かに眼福ですしいいですけど」
ふふん、と誇らしげに胸を張っている。豊満な物がより強調され小さく揺れた。
「さて、じゃあ冷めないうちに食べましょうか」
「そうですね」
「口移しとあーんとどっちがいい?」
「んー……ってなんですかその選択肢、自分で食べれますよもうっ」
お粥をスプーンで掬い口へと運ぶ――が、急に力が抜けて落としてしまった。幸いお皿の上だったので畳や布団に被害はないが、彼女は不満げだった。
「虚勢は張らない方がいいわよ」
「ぐぬぬ……あーんをお願いします」
「はい」
ふー、ふー、と冷ましてもらったおかゆを食べる。普通に美味しい。この人料理も出来るんだよなあ、割と万能で羨ましい。ところで、あーんという行為に気恥ずかしさがあるのは理解出来るけど嬉しさがあるというのは理解出来ない。ただ食べさせてもらうってだけで何も疚しいことはないのでは?
「美味しい?」
「とっても美味しいです」
「それはよかったわ」
でも残念なことにあーんしてると大変食事の進みが遅くなる。正直途中からは自分で食べたかったが、"遠慮しなくていいのよ?"なんて言われ、結局二十分ほどかけてあーんで食べ切った。遠慮してないです。
「ご馳走様でした」
「はいはい、食器片付けてくるわね」
「はーい」
さっきまで食事に夢中であまり意識していなかったが、一人になった途端に頭痛がしてきた。よくよく考えると竹林の病院にでも行って医者に見てもらった方がいい気がするが、動くのも面倒だしいいか。
食べてすぐ寝るのは健康上よろしくないが、体調が優れないことを言い訳に布団に潜り込んだ。
「お待たせしました。薬持ってきたわ」
「えっ? 市販のですか?」
「いいえ、竹林まで行って医者から勝手に拝借…………処方してもらってきたのよ」
「へ、へー……まあそれなら効き目は信用できますね。正しく処方されてるかは別として」
間違った薬を処方されてたら割と本気で洒落にならない場合もあると思うのだが。渋々彼女を信用して、スポーツ飲料で錠剤を流し込んだ。
「体温計持ってきたから計ってみなさい」
「ありがとうございます」
腋に挟むこと三十秒。ピピピ、という電子音が鳴ったので見てみると三十八度三分。普通に熱だ。体調悪いときって、それだけなら"あー、なんか体調悪いなー"で済むのに体温計って熱があると"あれ、めちゃくちゃ体調悪くない?"って気分になると思う。というか今なってる。
「八度三分……まだ上がってきそうね」
「そこそこ体がだるいですね」
「冷えたお絞りで頭を冷やしときましょう」
「わー」
氷水でキンキンに冷えたお絞りはとても冷たく、ちょっぴりビクッとしたが、慣れてくると冷気が心地よい。段々頭がぼーっとしてきて、少々眠くなってきた。
「寝て起きたらきっと治ってるわ。だから、ゆっくりお休み」
「……おやすみなさい」
ぽんぽん、と頭を撫でられる感触で目を覚ます。見上げると、二つの大きな山。少し視線をずらすと、愛おしそうにこちらを見つめる彼女と目が合った。
「ん……膝枕ありがとうございます」
「いえいえ」
太股の感触が気持ちいい。寝返って頬擦りしたいくらいだが自重しておく。体温計で熱を測ってみると、七度三分。まだ微熱はあるが大分下がってきた様子。
「紫さんのおかげでもう熱も下がりましたし、大丈夫ですね」
「いえいえ、薬が良かっただけですわ」
謙遜する紫さんだったが、何処か誇らしげだ。
「でもまだ微熱があるでしょう?無理はしちゃ駄目よ」
「はーい。でも、看病のお礼に夜ご飯だけは作らせてもらいますね」
「ふふ……楽しみにしてるわ」
紫さんの小さな微笑みに、私も料理を作るのが楽しみになった。