IDX《インフィニット・ダブルクロス》   作:茨木次郎

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 ただ一言。
 遅れてごめんなさい。


宣告 から 提示

『──コアが初期化出来ません』

 

 楯無の専属従者たる布仏虚さんの放った一言は学園長室の空気を一瞬にして凍結させる程の威力を見せ付ける。

「……正確に報告するならIS学園の設備、および人員の技術力では、ですが」

 虚さんの取って付けた様なフォローを聞き流しながら再度ISを精査してみれば……、確かに彼女の言う通りだった。

 俺が試合中にハッキングを仕掛けた際は大雑把に調べ、最悪、初期化も可能そうだからとやってしまったのだが、詳細を調べてみると以前には気にしなかったその細やかな部分で現行の技術、設備では不可能なレベルを要求していた。極論すれば(オーヴァード)でも無理。

 いや、時間と設備を整えられれば不可能ではないと思うんだが、それでも非常に難しいと言わざるを得ない。

 設備を整えトライ&エラーを繰り返せばその内(多分)成功するが、それを行う為の設備自体もぶっちゃけ現行技術の数世代先のそれを要求していた。

 それでも俺なら準備も含めて(時間さえ掛けられれば)出来そうなんだが、そこまでやらかせば流石に悪目立ちをし過ぎてしまう。国家間で注目を浴びすぎ最悪、篠ノ之博士(天災)に興味をもたれ──。

 

 

──いや、ハッキングを成功させた時点で興味を持たれるんじゃね?

 

 

 ……少し考えれば子供でも気付きそうな事に漸く気付き、正直奇声をあげてのたうち回りそうになった。自分自身の無様さにキレて思考のタガを外してしまった試合をしていた(あの時の)自分を殴り殺したくなる、そんな事不可能なんだが。

「──虚! あのISのコアは何処の国の所有になってるの!?」

 表情を変えず自身の阿呆加減に鬱になりかけた俺の思考を引き戻したのは解凍し、珍しく取り乱した楯無の声だった。学園長や織斑先生も声こそあげなかったが、その表情は切羽詰まっていた。無理もないんだが。

「……不幸中の幸いと言うべきか、あの機体のコアは学園が権利を保有している内の一基でした」

 虚さんの報告に三人は僅かに安堵したかのように溜め息と共に力を抜いていた。

 ……現在公式に世の中に出回っているコアは失踪してしまった開発者、篠ノ之束博士が製造した467機しかなく、そのコアも内部が完全なブラックボックスと化し解析・複製が不可能な為、国家や企業はその467機を振り分け、実践配備機や研究開発にあてている。

 操縦者育成を目的として設立されたIS学園にも現在30機程コアを保有しているが学園が所有権を保持しているコアはその内の1/3にも満たず、他のコアは他国──実働コアが減るのを嫌がった大国からその役目を押し付けられた中小国家から結構な金額で貸与されている事情があった。

 そんな他国から借り受けたコアを無断で奪うような真似をすれば冗談抜きで真面目に国際問題だ。もし仮に他国のコアで契約(コントラクト)を起動していたらどれだけ平和的に事が進んでも学園が、そしてそれを管理する立場にある日本が受けるダメージは計り知れない。その最悪の事態を正しく想像出来るお三方が慌てるのも無理はない。……そこまで理解してんならハッキング(あんな事)するなよと苦情が来るだろうが、俺だってそこに気付いたのはついさっきだったりするのだから勘弁していただきたい。オーヴァードは超人であっても完全無欠な存在ではないのだし。

「……まさしく不幸中の幸いでしたね。他国のコアを無断占有なんて事になれば冗談ではなく全世界から集中砲火を受けていたでしょう……」

 比喩表現抜きで冷や汗を拭う学園長に寿命が縮まったと言わんばかりの態度で頷く織斑先生と更識主従。学園が権利を保有するコアを無断占有してしまったのも勿論大問題なのだが、他国のコアを無断占有した事に比べればまだリカバリーが効きそうな分、マシと言えるだろう。

「……本当に余計な事してくれちゃったわね」

「……本当にすいませんでした」

 楯無の皮肉に今度は素直に頭を下げる。確かにこの後被る事になるお三方の苦労を鑑みれば、自然とこうなるのは仕方無い。

 しかも俺は偶発的にとは言え(実際には意図的に)コアへのハッキングを成功させてしまった。こうなると下手に事実を暴露する訳にもいかなくなる。コアの解析が出来るかもしれないと最悪国家間で俺の争奪戦が起こるかもしれない、つまり俺自身が戦争の火種になりかねないからだ。

「まあまあ、楯無くん。今は責任の所在を追求するよりこれからどうするかを話し合いましょう。その方が建設的ですよ」

 楯無の視線の槍にザクザクと貫かれる俺を助けたのは学園長の一言だった。槍衾にされ声にならない悲鳴をあげていた俺はその提案に内心で喝采をあげて賛同する。

「そうですね。コアの初期化が出来ない以上、斑鳩を殺害すれば初期化出来るかもしれないと考える愚か者も出かねませんし」

 そんな俺に気付かず──或いは無視して学園長に追従する織斑先生の台詞には頷ける。確かに出てきそうだよな、そう考える奴。特に俺は一夏とは違って目に見える強力な後ろ楯なんて無いし。

 まあ、オーヴァードと言うアドバンテージが無くならない限り、直接的な干渉ならはね除けるのは容易だろうが。

「──織斑先生、不躾な質問で恐縮なのですが貴女は、もしくは篠ノ之箒さんは篠ノ之博士と連絡を取ることは可能でしょうか? 博士の協力を得られるのならばコアの初期化も可能だと思うのですが……」

 そんな俺の思考を遮るように楯無が恐る恐ると言った体で織斑先生に問い掛ける。なるほど、ISの生みの親、天災篠ノ之束なら余程の事が無い限り初期化も容易いだろう。

 しかし──

「……私もそれを考えたが、私も篠ノ之もヤツと連絡を取る手段を()()()()()()()()()。すまないがヤツが気紛れを起こして接触してこない限り、連絡を取ることは()()()()()()

 楯無の問いに──誰かしらからその質問が来る事を予想していたのだろう、ほんの僅かながら苦虫を噛み潰したような表情を見せる織斑先生。

 この場にいる全員──織斑先生自身も含めて──事実では無いと確信しているが、彼女がそう口にしてしまった以上、それが()()()()()()()()()である。それを嘘と断じることは容易だが、そう指摘し、更に探りを入れて世界を一人で相手取れる篠ノ之束(天災)の逆鱗に触れたい者など居ない以上、この話題は此処まで。

 そうなると、また学園長室が重苦しい雰囲気に包まれた。……あんまり、目立ちすぎる真似はしたくなかったんだが、こうなった以上、仕方無いか。

「……ではこうしたらどうでしょう?」

 沈黙を破るように俺が口を開けばお三方の視線が此方に集中し、俺は思い付いたアイデアを吐き出した。

 

・とある()()()()()()()()コア内に契約(コントラクト)のシステムを発見。

・契約の詳細を把握する為、専用機を持たない斑鳩八雲(もう一人の男性操縦者)と訓練機を被験体として起動させた。

・起動させた結果重大なデメリット(おそらく篠ノ之束以外にはコアの初期化は不可能、機体構築は完全な運任せ(しかも分の悪過ぎる博打のような物))などが判明した。

 

「──この情報をコアを保有する国と国際IS委員会に提出します。明確なデメリットを知らせておかないと同じ事をしでかす国も出てきかねませんし」

 ま、しでかそうと思っても契約システムの起動方法を知っているのは篠ノ之博士(開発者)を除けば俺だけだろうが。

「……偶発的な要因とやらについてはどう説明する気なのですか?」

「説明しません。それで納得すれば良し、納得しない国は──まあ全ての国がそうでしょうけど、独自に調べる筈です。そうすれば必然的にオルコットとの試合(今回の一件)に目が行くでしょうから──」

「それを調べた国は《偶発的な要因》が《篠ノ之博士の差し金》だと気付く、ですか」

 学園長の言葉に頷く。

「此方から『今回の一件は天災(篠ノ之博士)がちょっかいを出してきたせいだ』と明言する事無く各国にそう理解させれば、非難の類いもある程度抑えることが出来るのではないでしょうか?」

 あの天災を完全にコントロール出来る存在はいない、そもそも彼女の所在を把握できている国家、組織自体が存在しないのだ。藪をつついて蛇を出そうとする(余計な言質を取られたがる)国は居ないだろう。多分。

 もし、当の篠ノ之博士本人から此方に苦情が来たのなら、その時は織斑先生を介して謝罪、ついでにコアの初期化を依頼出来るだろう。

「成程……。ベストとは言い難いですがベターな案ではありますね」

 学園長は俺の出した案に頷き、織斑先生と楯無の二人に視線で問えば二人とも特に異論は無いのか頷く。

「ではコアについては斑鳩君の案を採用しましょう。とは言え、根回し(やらなければならない事)が多すぎて目が回りそうですが」

「及ばずながらお手伝いさせていただきます、学園長」

「学園のセキュリティの見直し等も行わないといけませんねぇ」

 

 

 ……どうやら話し合いはこれでお開きのようだ。なら、俺もさっさと脱出するとしよう。モタモタしてたらお説教は免れないだろうし。

「では自分はこれで失礼しま──」

「まあ待て斑鳩」

 さっさと切り上げ脱出しようと立ち上がった俺の肩に織斑先生の手が添えられる。傍目には力が込められたようには見えないのに、俺の動きを押さえ込むかの様な力を感じる。……つか、少しばかり距離が開いてましたよね? いつの間に距離を詰めたの!? 織斑先生もハヌマーンのオーヴァードだったんですか!?

「雑事の前に幾つかお前に説教(話しておきたい事)がある。顔を貸してもらおうか?」

「織斑先生、僭越ながらお手伝いさせていただきます。私もこの子に言いたい事が山ほどありますので」

 あ、ヤベ。楯無にも距離を詰められ、囲まれた。逃げ場がねぇ!?

「あ〜、お二人共? 私めが言うのも何なのですが、重要なお仕事の前に雑事(こんな事)にかまける時間は無いのではないかなぁと愚考しちゃったりなんかするのですが……」

「──構いませんよ?」

「はい?」

 目が全く笑っていない織斑先生と楯無に大量の冷や汗をかきつつ、それでも彼女らを刺激しない様に言葉を選んで説得を試みれば、それを嘲笑うかの様に学園長が裁定を下す。よくよく見れば穏やかな笑みを浮かべる学園長の目も全く笑っていなかった。

「また同じ様な問題を起こされても何ですし、この際きっちりとお説教をして(話し合って)おいて下さい。お二人が戻るまでは此方で何とかしましょう」

「「了解しました」」

 学園長の要請にニッコリと──やっぱり目は全く笑っていない──二人は俺の耳を乱暴に掴むといきなり引っ張りだした!

「痛い! 痛い! 痛いって!! 千切れるから離して!!」

「「断る」」

 

 そのまま学園長室から連行される俺の目にやたら澄まし顔で見送る虚さんがヒラヒラと振る真っ白なハンカチがヤケに印象的だった。

 

 

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