IDX《インフィニット・ダブルクロス》   作:茨木次郎

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 え〜、今回はいつもの二倍の量となっております。
 セシリアと束サイドのお話です。本当は二回に別けようかなと思ったんですがその場合二回目のタイトルが『動静 から 動静』みたいな感じにならんだろうかとアホな事考え、一本に纏めてみました。

 次もこの分量でいくかは未定です。


提示 から 動静

 IS学園第三アリーナシャワールーム。

 

 シャワーノズルから熱めに水温を調節された人工の雨が降りそそぐ。

 温かな水の粒はセシリアの柔肌に当たり、彼女の自慢である均整のとれた流線美をなぞるように落ちていく。

 どこか惚けた様にシャワーを浴びるその姿は美しさとわずかながらの淫靡さを兼ね備え、下手なアイドルや女優など歯牙にかからぬ程の様相を呈していた。

 それでも彼女個人の所見を述べるのならば胸部の丘の嵩が同世代の白人少女達に比べるとやや慎ましやかな事が不満であるらしいのだが、それが彼女自慢のボディーラインの形成に一役買っている事も自覚している為、痛し痒しという結果となっている。尤もその双丘も白人女性と比べれば慎ましやかなだけであり、日本人等と比較すれば十分豊かの範疇だったりするのだが。

 そんなとある日本代表候補生が聞けば静かに怒りだすであろう思考を持つセシリアの脳裏には先程行われた二人の男性操縦者とのクラス代表決定戦での事が甦っていた。

 

(織斑一夏……)

 

 セシリアも敬愛する世界を変えた二人の女性の内の一人、世界最強(ブリュンヒルデ)織斑千冬を姉に持ち、自身も世界で初めてISを起動させる事に成功した少年。

 家族関係の都合上、男性蔑視が()()強いセシリアをして一体どのような紳士なのかと興味を隠しきれなかった対象なのだが、IS学園で対面した彼は悪い意味で彼女の想像を超えていた。

 実姉がISの第一人者であるにも拘わらず事前準備を放棄して授業に着いていけない等とは愚かしいにも程がある。もう一人の男性操縦者は授業が始まる直前まで熱心に予習をしていたと言うのに。

 さらにはクラス代表決定戦のきっかけともなった「試験官を倒した」という発言も、それとはなしに彼と周囲の会話に聞き耳をたててみれば何の事はない、男に慣れていなかった試験官(山田真耶)が軽くパニックを起こして機体制御に失敗し、真っ正面から突撃したのを躱したら壁に激突してそのまま試合終了というではないか。

 確かに結果だけ見れば一夏が()()()()とは言えるだろう。しかし間違っても試験官を()()()と表現して良い物では無い。はっきりと言ってしまえば詐欺同然でである。そんな詐欺に引っ掛かり、道化同然の振る舞いをしてしまった自身にも鑑みるべき点はあるのだろうが、だからと言って感情が納得するものではなかった。

 そんな数々の不満を以て望んだ一夏との試合。終ってみれば結果はセシリアの圧勝、当然の成果だった。確かに第一形態(ファースト・フォーム)の状態で単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)を──それもあの織斑千冬の代名詞とも言える《零落白夜(れいらくびゃくや)》を発動して見せた時には驚かせられたものの、それだけだった。

 単一仕様能力を起こして見せたのは確かに驚いたし、その機動も碌に稼働させていない初心者にしては確かに目を見張るものがあった。しかし機動(ソレ)はあくまでも初心者にしては、という程度。それよりも先に行われた試合で相手を見くびる事の愚かさを思い知らされ、慢心を捨てたセシリアの敵ではなかった。少なくとも姉譲りの才能は有る様に感じられたがそれが開花するのはまだまだ時間が必要と言った所か。

 ……そう言えば一夏は初めて《零落白夜》を発動した際に、「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」や「俺も、俺の家族を守る!」更には「とりあえずは、千冬姉の名前を守るさ!!」等と得意気に大見得を切っておきながらあっさりと敗北した一夏に観客(ギャラリー)からは失笑が(こぼ)れていたが、此方を道化同然に嘲笑った報いと思っておいて貰おう。

 結果こそセシリアの圧勝で幕を閉じたが、それについて特に語る事は無い。結局これは代表候補生と素人の試合なのだから。これで相手を嘲笑したり、得意になったとしても二人目の男性操縦者の言った通り周囲から失笑を受けるだけだろう。

 

──二人目。そう、二人目だ。

 

(斑鳩八雲……)

 

 一夏がISを機動させるというニュースが世界を駆け巡った後、日本を始めとした一部の国が彼と同世代の男子を対象とした適合試験が行われた際、民間はともかく政府や企業等、実際にISに関わる者達は冷笑を以てそれを迎えた。セシリアが所属するイギリスも冷笑する側だった。

 何故なら先にISの起動を成功させたのが《天災》が認識出来る人間の一人、織斑一夏だったからだ。

 

──織斑一夏がISを起動出来たのは篠ノ之束が裏から手を回したからに過ぎない。

 

 これがISに関わる者達の共通見解だっだ。篠ノ之束が認識出来る男性が他に居ない以上、もはや奇跡が起こる余地など無い。日本も無駄な浪費御苦労様、というヤツだ。

 しかし大抵の国──恐らくは当事国である日本もそうだったであろう──の予想に反して一人、たった一人だけではあったが陽性判定を出した人間が現れた。

 それが、斑鳩八雲だった。

 日本が大急ぎでIS委員会に提出したとされる、セシリアが伝え聞いた報告書が正しいのであれば彼に篠ノ之束との繋がりなど無いと断言出来る。

 つまり各国上層部にしてみれば真に、正しい意味での《世界初の男性IS操縦者》発見の報せだったという訳だ。

 現金なものでその報告を受け取った適合試験を行わなかった国々はこぞって試験を開始した。斑鳩八雲という正しい意味での前例が出来てしまった以上、第二第三の適合者が現れる可能性を否定出来なかったからだ。……尤も結果は散々たる物だったが。

 

 そうしてIS学園で出会った斑鳩八雲という人物に対してセシリアの最初の印象は『物静かな男』だった。ちやほやされて浮かれていた──あくまでもセシリアの視点から見ればの話である──織斑一夏とは違い、周囲の視線何するものぞと言わんばかりに黙々と参考書を読み耽るその姿には多少なりとも好感を抱いたものだ。まあそれも隣に判りやすい織斑一夏(比較対象)が居たからこそだったのだが。

 しかしそんな慎ましい評価は他ならぬ彼自身の手で粉砕された。

 切っ掛けの一つは織斑一夏が参考書を捨て、事前準備の一切を放棄した事実が露見した際の事だ。愚弟の、文字通りの愚行を呆れた織斑千冬から参考書を一夏に貸し出すようにという指示を八雲は「嫌です」とただ一言を以て切って捨てたのだ。

 周囲を唖然とさせた自覚が無いのか、八雲は時折皮肉を交えた説明を以て千冬から謝罪を引き出すという前代未聞の快挙をあっさり成し遂げてしまった。幸運な事に一組には狂信レベルにまで達した千冬の信者はいないらしく、セシリアは我が身の事ではないにも拘わらず流れた冷や汗をこっそりと拭ったものだ。

 そもそも相手は世界を激変させた《天災》を(ある程度とはいえ)制御可能という実情と、自身も《世界最強》の二つ名を持つ織斑千冬である。八雲の様に真っ向から立ち向かおうだなんて代表候補生であるセシリアにすら不可能な所業だ。そしてそんな不可能をあっさりと成し遂げてしまった八雲にクラス中から畏怖の視線が集中するのも仕方がないだろう。

 そしてもう一つはセシリア自身も関わりを持つ、クラス代表選考時の事。

 珍しいから、そんな下らぬ理由で栄えあるクラス代表候補に祭り上げられたのはセシリアではなく二人の男子で首席合格を果たした自分は蚊帳の外。

 セシリアとしては(今思い出せば汗顔の至りなのだが)クラス代表には首席合格たる己こそが相応しく、周囲から「クラス代表はセシリア・オルコットにこそ就任してもらいたい」と要請をうけ、自尊心を満たした上で自分が仕方無しにという形で代表に就任する姿を全く疑っていなかった。疑っていなかったが故にそれを覆された憤りと、そしてそれ以前から蓄積していた一夏への鬱憤が文字通り噴出してしまった。

 言い方はともかく、一夏への怒りは間違っていないと今でも確信している。しかし溜まりに溜まった鬱憤は怒りを過剰に吐き出させてしまった。あのブリュンヒルデを間接的にとはいえ貶し、日本国そのものすら『文化的にも後進的な国』などと発言してしまった。

 もしあの時、一夏が口を挟んでこなければどうなっていたか……。それを考えてしまうと今まさに熱めのシャワーを浴びている筈なのに背筋に冷たいものが走るのを抑えられなかった。

 だがあの時は頭に血が上り、自身の発言を冷静に鑑みるなど不可能だった。そんな自分の茹だった頭に氷の入った冷水を浴びせたのもやはり八雲だ。

 横から口を挟んできた彼を思わず睨みつけるセシリアをものともせず、八雲は理路整然とセシリアの暴走の末を呈示し──

 

『代表候補生の肩書きはお前の自尊心を満たす玩具じゃない』

 

 言葉の刃を以て彼女を一刀両断した。正論という刃は恐ろしいまでに鋭く、回避も防御も不可能なセシリアはその一太刀を甘んじて受け入れる他なかった。

 そして自身の味方だと誤解し、それを止めようとした一夏すらあっさり両断にした八雲は、あろう事か千冬にまで批難の刃を向けた。

 

 『織斑千冬は教師に失格である』

 

 丁寧な言葉の裏に隠された痛烈な皮肉をぶつけられた千冬は僅かばかり殺意が紛れた視線を八雲に浴びせるが、彼は年不相応な泰然自若ぶりを発揮し真っ向からそれを受け止める。もし自分が八雲の立場に措かれたとしてもああも堂々としていられただろうか?

 そしてそんな人物が、内容はともかく言い方は悪かったと自分に躊躇い無く頭を下げた。言うべき事は言い、自らに非があれば公衆の面前であっても頭を下げる事も厭わない。ああいうのを日本の旧き騎士、サムライとでも呼ぶのだろうか? 少なくともセシリアの既に亡い実父を始めとした彼女の知る情けない男逹とはまるで違う。

 セシリアを叱責した際に見せた氷の如き冷徹な瞳、自身の過ちには正しく謝罪する誠意ある姿。そして試合で見せた黒き異形のISを纏い自分という格上相手にも果敢に挑み掛かる勇姿。そのどれもがセシリアの胸を知らず知らずに高鳴らせる。

 

「斑鳩、八雲……」

 

 シャワーの音に紛れる様に彼の名を口にしてみる。それだけで自分の胸の鼓動が早くなる。苦しさなど無い。むしろ心地好い。

 

──この感情は何なのだろう?

 

 解らない。こんな感情、自分のこれまでの人生で感じた事なんて無いから。

 

──知りたくはないか?

 

 自分の中の声が問い掛ける。この感情の奔流、その正体を。その先にあるものを。

 

「……………」

 

 静寂は来訪者の登場まで続く。ただただ水の流れる音だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 そこは奇妙な空間だった。

 微細な金属部品が幾重にも有機的に組み合わさり、さながら樹海を彷彿とさせるそこは照明の使用が最小限に抑えられている事も重なり、いっそう不気味な雰囲気を漂わせている。

 そんな不気味な樹海のほぼ中心部に彼女は居た。

 

──篠ノ之束。

 

 既存の兵器を嘲笑うかの様な性能を見せ付けたIS(超兵器)を文字通り独自開発し、世界の有り様をほぼ一人で変えてしまった稀代の《天災》。

 そんな凡人の思惑など知るかと言わんばかりに各国の監視、束縛をあっさり振り切り行方を眩ませる事に成功した彼女は今現在、とある場所に極秘裏に建設した(当然ながら一切無許可で)秘密ラボに逗留して、自身の研究を行っていた。

 ……そう。この不気味な樹海と表現出来る此処こそが篠ノ之束秘密ラボ(の内の一つ)だ。

 そんな篠ノ之束は現在非常に、真に珍しい事に研究の手を休めてあるものを注視していた。注視しているのは眼前の空間投影型モニターに映る映像、英国代表候補生と二人目の少年(凡人ども)の試合の記録映像だった。

 束は自他共に認める規格外の天才ではあったがそれ故になのか、当人にとって認識する価値が無いものには人としてあり得ないくらいに無関心となる。そしてそれは今映像に映る二人の凡人に対しても同様だった。

 にも拘わらず映像を見詰める束の姿はあり得ない。もしこの場に彼女の親友、織斑千冬が居たのならこのあり得ない光景に絶句していただろう。

 そもそもこの映像は本来記録される事は無かった筈だった。束が記録を録ろうとしたのは代表候補生(モブ)と千冬の実弟兼実妹(篠ノ之箒)の幼馴染みである織斑一夏との試合だったのだから。

 

 織斑一夏の専用機《白式》は開発元である倉持技研謹製の機体()()()()。正確に表現するならば倉持技研が完成させた機体ではないとするべきか。

 倉持技研で開発されはしたものの機体コンセプトや技術的問題から放置されていた機体を束がちょろまかし、開発した新機構(システム)を組み込んだ上で完成させた新機構の実証機、それが白式だ。

 束が一夏の試合を観戦しようとしたのもそんな白式の稼働データを録る意味合いが強い。

 しかし非正規な方法で、しかもギリギリで倉持技研に送り付けた事が災いしたのか、あろう事か倉持が白式の移送に手間取る事態となってしまった。

 そんな凡人どもの仕事の遅さに呆れ果てていた束の目に飛び込んできたのが今流れている代表候補生と二人目の少年の試合だった。

 候補生が機体性能差を生かした蹂躙はほぼ一方的な試合だったのだが、ふとした疑念から記録と少年の機体を精査した束は少し驚いた。その機体はISの持つ優位性のほとんどを封じられていたからだ。

 

 ……念の為補足しておくと、少年の機体に細工を施したのは間違い無く束本人である。それを行った理由はこれといって特に無い。強いてあげるなら織斑一夏(お気に入り)()()()()()()《世界唯一の男性IS操縦者》の称号を無意味にした少年に対して、そして友人たる織斑千冬に対するお茶目な悪戯である。

 ただお茶目な(あくまで束視点では)悪戯で親友にお説教を喰らうのを厭がった束はとある主義者教師に目を付け、彼女を焚き付け悪戯の道具を提供したのだが、その証拠隠滅をある程度した時点で完全に興味を失い、記憶から抹消したのだった。

 

 ほんの僅かだが少年に興味を覚えた束はアリーナのシステムと候補生の機体をハックし、試合をムリヤリ続行させた。

 そして観賞していた試合なのだが、束はまたしても少しだけ驚く事になる。見た目は候補生のワンサイドゲーム、しかし少年の機体はもはやISの体を成しておらず、普通なら第一射で決着がついていた筈だったからだ。なのに少年は武装とシールドを巧みに活用し辛うじて候補生の猛攻を凌いでいた。

 そして、少年のコアへのハッキングからの《契約(コントラクト)》の起動。形態移行の原型となったシステムを起動させ、ISを新生させてしまった。そんな少年に束は軽く驚き、されど冷静にコアに忍ばせていた製作者権限で働き掛け、機体データを吸い出そうとしたが、一瞬遅かった。

 少年の機体のコアは既に少年に最上位権限を与え、製作者である束自身の干渉すら受け付けなくなってしまったのだ。少年に接触し直接コアに干渉すれば再掌握は不可能ではないのだが流石にそこまでする気にはならなかった。

 尤も、その相性の良い機体を以てしても勝つ事など出来なかったのだが。

 

──不意に、傍らの携帯電話が鳴り響く。そのメロディは『ゴッドファーザーのテーマ』。束は画面から目を離さずに着信に応じた。

「もしもしちーちゃん、どうかした?」

『…………』

 先の着信メロディは親友である千冬用に設定してあった(そもそも束の特製携帯電話に掛けられるのはこの星で二人しかいない)のだが相手は惚けた様に何も言ってこない。

「ちーちゃん?」

『……あ。ああ、すまん。……何か、あったのか?』

 電話口の相手──千冬は非常に珍しい、いや束の記憶にあるかぎり初めて『恐る恐る』という体で束に問い掛ける。

「どったのちーちゃん? 変なの……」

『いや、いつものお前なら……』

 困惑する千冬の声に漸く合点がいった。確かに千冬に対してこんなテンションで会話をしたことなど無かった筈なので彼女はそこに驚愕し困惑していたのだ。そう判断すれば束の口角が吊り上がるのは仕方無いだろう。

「んも〜、ちーちゃんてばいつもの束さんの方が良いならそう言ってくれれば良いのに〜♪ おっけぃちーちゃん! ならいつものテンションで愛をささやい──」

 

 いつものテンションに戻った束の言葉を遮る様にプツンと通話が切れた。おそらくは二重の意味で。

 

「えぇ〜!? ちょっと待って待って!」

 束の願いが通じたのかはたまた神の悪戯か、もしくはあちらの都合故か携帯電話、は再度鳴り響く。

「はろー。皆のらぶりー天使(エンジェル)、篠ノ之束ここに──って待ってってば、ちーちゃん!?」

『……その呼び方は止めろ』

「いぇっさーちーちゃん! てかさ? テンション変えたら心配して、戻ったらこれって酷くない? なくなくない、ちーちゃん?」

『だからその呼び方は止めろと──まあ良い。訊きたい事がある』

「ん〜? 何だいちーちゃん? あ、今束さんのはいてるパンツの事か『今回の一件はお前の仕業か?』はい?」

 自身の囀りを遮る様に放たれた千冬の問いに、束は思わず首を傾げる。何の事だか全く見当が付かない。

『……今日行われた英国代表候補生と二人目の男性IS操縦者との試合の件だ』

 束の声から韜晦(とうかい)の類いではないと判断した千冬の真面目な声に漸く彼女の頭脳の中から『凡人どもの試合にちょっかいを掛けた』という情報(データ)がサルベージされた。

 そして同時に理解した。少年がコアにハッキングを仕掛けて契約を起動させる事に成功したのかを。

 あの主義者教師が自分が提供した道具を勝手に弄ったのだろう。そのせいで不具合が出た事によりコアに不用意に負担がが掛かり、コアの防壁に穴が開いてしまった。そして少年がそこから干渉し、運良く成功してしまったのだろう。完全にして十全たる自分の技術を誤用すれば今回の様な事態は奇跡的な確率ではあるが発生しうる。

 納得と軽い落胆が束を襲う。自分に立ち位置に届きうる存在が現れたかと思えばそうでは無かったからだ。まあ、それを電話口の相手に悟らせる程間抜けではなかったが。

「あ〜、あの試合中に契約を起動させちゃったヤツ? 凡人にしてはやるねぇ〜、まさかアレを起動できるヤツが居たとはこの束さんの目を以てしても見抜けなんだわ〜、なんちって♪」

『……お前が仕掛けた訳では無いんだな?』

「そーだよー。ていうか、何で束さんがそんな事せにゃならんのよ? 束さんだってそんなに暇じゃないよ〜」

『……なら、コアの初期化を頼めないか?』

「? 何で束さんがそんな事しなきゃいけないの?」

 それは拒絶ではなく純粋な疑問だった。()()()()()()()()()()が何故有象無象の凡人の為に動かなければならないのか、本気で理解出来ない。自分が動けば世界も無駄に動くし第四世代機(妹の為の機体)の開発もある以上、そんな()()()()()にかかずらう時間など無い。

『そうか……』

「あ、そーだ♪ ちーちゃんに良い事を教えてしんぜよう! 契約ってね、この束さんの開発したコアの中でも最初期生産分の十基にしか搭載されてないんだ。あーゆー奇跡はそう簡単には起こらないんじゃないかな?」

『……そうか、貴重な情報感謝しよう』

「いやいや、愛するちーちゃんの為ならこの程度、ちーちゃんのパンツをくれればいつだって『では邪魔したな──』……んもー、ちーちゃんってば照れ屋さん♪」

 またも途中で遮られ通話が終了した携帯電話を適当に投げ捨てる。

「いやー、それにしてもこの束さんの時間をぶんどるたぁ、ふてぇ凡人もいたもんだよプンプン」

 どれほど凄いマジックを見て興奮してもそのトリックを見破ってしまえば興奮もあっさり冷める。少年の一件もそれと似たような物だ。たしかに操縦技術は高かったがそれもあくまで凡人にしてはという程度。相性の良い機体を以てしても英国代表候補生(あの程度の相手)に負けるようでは話にならない。

 興味のほとんどを失った束は試合映像をさっさと消去する。その手管に躊躇いは無い。

「おっと、そろそろくーちゃんがご飯を用意する時間かな? さぁ〜て、今日のご飯はなんだろな〜♪」

 束は調子の外れた歌を口ずさみながらラボを後にする。

 

 

 こうして《天災》篠ノ之束の脳裏から少年、『斑鳩八雲』の姿は一度消失する。

 しかし、たいして時を置かず彼女の思考の中にまた彼の少年の姿が現れる事になるのだが、今の束には予想も出来ぬ事だった。




☆念の為の捕捉。
 今回の話は前回の話の後の時間軸となります。そしてセシリアの話の最後にある来訪者とは千冬の事。

 流れを簡単に説明すると……。
 生徒指導室へと八雲を連行する千冬と楯無。その途中──
 ↓
千冬「あ、セシリアにも簡単な説明と口止めしといた方が良いかもしんない。ちょっと行ってくるから先行ってて(意訳」
楯無「おけー(意訳」
八雲「痛い痛い」
 ↓
 千冬、シャワールームで汗を流すセシリアの下へ行き、出来る説明と口止め。
 ↓
 千冬、生徒指導室に向かう途中でこっそり束に電話。
 ↓
 電話を終えた千冬、生徒指導室で楯無と二人がかりでお説教。

 みたいな感じです。念の為、明記しておきます。

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