IDX《インフィニット・ダブルクロス》   作:茨木次郎

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幼馴染み から 否定

 

 休み時間が終われば当然のことながら授業が再び始まる。この学園ではISに関する授業は理論だろうが実技だろうが教師二人がかりで教えるらしい。

 ウチのクラスの場合は教壇に立ち教科書片手に授業を進める山田先生、通常は静かに椅子に座り怠けている生徒がいないかの監視、及び授業に着いていけなさそうな生徒にワンポイントアドバイスを送る織斑先生、という形でいくようだ。実技の場合は立場が代わるのだろう。

 そんな二人が進める授業は早速専門用語を絡めた内容になるのだが、流石に頭おかしい倍率の試験を自力で突破し、超エリート校に入学してくるような才女揃いだ。おまけに教える側、山田先生の授業は実に上手い。

 山田先生自身が内容100%理解しているお陰だろう、要点をきちんと捉えて教えるため非常に分かりやすい。これなら()()()()さえキチンとしておけば勉強の類いが苦手だった前世の俺でもなんとか授業に付いていくことが出来たのではないだろうか?

 そんな教室に居るのは教える側も教わる側も優秀な人物ばかり。なら今の段階で躓いているような奴なんて一人たりとも居る訳が────いた……。

 

「……」

 

 俺の隣の席で教科書とノートを広げてはいるものの、脂汗まみれの真っ青な顔をして石像のように身動き一つしない、しかし時折助けを求めるような視線を俺や顔馴染みの篠ノ之に向けてくる一夏。ちなみに俺はその視線に気付いていないフリをして無視しています、面倒くさいし。

「織斑くん、どこか解らない所はありませんか? あったらいつでも言ってくださいね。何せ私は先生ですから♪」

 そんなあからさまに怪しい態度をとっていれば不審に思われるのは世の常。様子のおかしい一夏に気付いた山田先生がニッコリと安心感を抱かせる微笑みを見せる。

 というか妙に《先生》を強調しますね山田先生。ひょっとして貴女、新人さんだったりするんですか? もしそうなら妙にやる気に満ち溢れている態度にも一応理解できるのだが。

「先生……」

 そんな山田先生の笑顔に背を押され、意を決した一夏が恐る恐る手をあげた。

「はい、織斑くん♪」

「ほとんど全部解りません……」

 あ、山田先生が笑顔のまま固まった。

「え、えっと……。ぜ、全部ですか?」

 先程とは違い、引きつった笑みのまま問う山田先生に申し訳なさそうに頷く一夏。どこか、じゃなくて全部かよ……。

 

「え〜っと、今までの説明で解らない所がある人は他にいますか?」

 山田先生の質問は静寂を以て返された。無論、俺も含めて。それでも山田先生は念の為此方に質問を向ける。

「斑鳩くんはどうですか?」

「今の段階では問題ありません」

 予習はキチンとやってますし? そもそもノイマンシンドロームのお陰で頭良いですから。ノイマン万歳。

「ええっ!?」

 いやいや、何でそこでお前が驚く一夏? 先程も思ったが予習をしっかりやっとけば常人でもこの位はなんとか、ってまさかコイツ──

「いやいや八雲、変な見栄張らない方が良いって。後で後悔する──」

「あ゛?」

 こちらの思考を遮って非常に失礼なことを宣いやがった一夏(バカ)は一睨みで黙らせよう。というか勝手に決めつけてんじゃねぇよ。訴えて勝訴する(勝つ)ぞ?

 

「──織斑。お前、入学前に渡された参考書はどうした?」

 さらに追撃してやろうかと口を開こうとした瞬間、それまで沈黙を保っていた織斑先生が立ち上がり、努めて冷静に口を開いた。今口を挟むのは危険だ、止めておこう。

「ああ、あの分厚い電話帳みたいな?」

「そうだ。必読と書かれていたはずだが?」

「古い電話帳と間違えて棄てまし──だっ!?」

 躊躇無く、即座にあり得ないことを吐いた一夏(馬鹿)の頭頂部に出席簿ではなく織斑先生の拳が振り下ろされた。拳撃の衝撃を一切もらさず標的に叩きつける匠の(ワザ)だ。

「後で再発行してやるから一週間以内に頭に叩き込め。いいな」

「いや、あの量を一週間でって──」

「やれと言った」

「……はい、やります」

 鬼教師、織斑千冬の眼光に哀れ、弱者(一夏)はあっさり沈黙した。否、自業自得だから哀れはおかしいか。などと思考していると織斑先生が此方を睨む。何だよ?

「斑鳩。織斑の参考書が再発行されるまでお前のを貸してやれ、いいな?」

 あらま、流石の鬼教師も弟は可愛いかい。でもさ──

 

「嫌です」

 

 何で俺がそんなことしなけりゃならんのさ?

 

 

 

 

☆★☆

 

 教室の空気が凍りついた。

 教室中の驚愕の視線が(織斑一夏)の学園内で唯一の同性の友人、斑鳩八雲に集中するが、アイツは変わらずポーカーフェイスを貫いていた。

「斑鳩、お前今なんて言った?」

「嫌だと言ったつもりですが?」

 言外に「耳、悪いんですか?」とでも言いたげな発言に千冬姉の目にごく僅かに力がこもる。

千冬姉、アレかなりムッとしてるな……。

 て言うか八雲のヤツ、何千冬姉に逆らってんだよ!? SHRの時にも逆らわないように言われたってのに! 千冬姉が恐くないのか!? 俺は恐い。山田先生やクラスメイトたちだって若干怯えているように見えるぞ。

 

「今現在自分も参考書(コレ)を使用して最低限の基礎知識を得る為、予習を行っています。率直に言って他人に貸し出す余裕がありません」

「それについては済まないと思う。しかし何も何日も手放せと言っている訳では──」

 

「自分がコレを渡されたのは三日前です」

 

「何?」

 はい? 今、八雲のヤツなんて言った? 三日? 三日前って言ったの?

「ちょっと待て斑鳩。それはどういうことだ。此方には二週間前に参考書を手渡したと報告を受けたんだが」

 珍しく──いや、弟の俺でさえ千冬姉のあんな表情は初めて見る──目を見開き、千冬姉は困惑の表情で八雲を問い詰める。山田先生に視線を送り、情報の確認を行う。どうやら山田先生も同じような報告を受けていたらしい。

「ああ、そういうことですか。……三日前、政府機関の関係者に軟禁されていた自分の所にIS学園教師を名乗る女性がコレを持って来たんですよ。『三日後にIS学園の入学式となります。それまでにこの本の内容を完璧に把握しておくように。男なんだからそれ位は当然出来るでしょ?』なんてあからさまに此方を見下す態度で(おっしゃ)ってましたよ?」

 ……うわぁ、女尊主義者かよその人……。千冬姉や山田先生も頭抱えてるよ。

 

 女尊主義者っていうのは千冬姉の友人で俺の幼馴染み、箒のお姉さんである篠ノ之(しののの)(たばね)さんが開発したISによって急速に向上した女性の権利をより過剰に追求し、男を奴隷同然に扱うような人たちを指す呼び名だ。女尊男卑社会になって「女の方が偉い」と考える女性は多いけど主義者レベルまで行き着く人は日本では流石に珍しい。

「斑鳩、お前が会った教師の特徴を教えてくれないか?」

 そう八雲に問い質した千冬姉はアイツが口にした相手の特徴を訊き目眩を堪えるように額に手をあてる。近くにいた俺や山田先生には「あの人か……」って呟きが聴こえた。どうやら心当たりがあるらしい。

(あらかじ)め授業で教えるであろう内容から重点的に予習してはいますが完璧とは程遠い状態であると言わざるをえません。故に申し訳ありませんが『自ら学ぶことを放棄した織斑一夏』に参考書を貸し与える余裕が無いのです」

 なんか一々棘があるように聞こえるのは気のせいか? ……気のせいだよな。俺、八雲を怒らせるようなことした覚え無いし。

 それにしても八雲のヤツ、たった三日である程度でも授業に付いていけるようにしたのか? 凄く頭良くね? 頼んだら教えてくれないかな?

「……そういうことなら先程の件は撤回しよう。知らなかったとはいえ、済まなかったな」

「いえ、此方こそ無礼な発言、申し訳ありませんでした」

 うわすげぇ……、あの千冬姉から謝罪の言葉を引き出した。あれ? 千冬姉が俺を睨んでる。何でさ?

「織斑、ISはあらゆる面において過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった《兵器》深く理解せずに扱えば必ず事故を起こす。だからこその知識と訓練だ。理解できずとも覚え、そして守れ。規則とはそういうものだ」

 お姉様から正論を叩きつけられました。わかる、わかるけどさ──

「貴様、『自分は望んで此処にいるわけではない』とでも思っているな。だが、そんなのはそこの斑鳩とて同じだ」

 なんでバレた、と考えるよりも速く千冬姉の『八雲だって望んで此処にいるわけではない』という言外の言葉に身を貫かれる。

「望みの有無にかかわらず、人は集団の中で生きていかなければならない。それすらも放棄したいなら、まずは人であることを辞めろ」

 相変わらず辛辣な物言いだ。千冬姉は昔から現実主義だったもんな。

「え、えっと織斑くん。わからないことは放課後教えてあげますから、がんばって下さいね?」

 千冬姉という北風に凍えたこの身に山田先生というなのお日様の温もりは正直ありがたい。

「はい、それじゃあ放課後によろしくお願いします」

 そうお願いして席に着くと──

「ほ、放課後……放課後に二人きりの教師と生徒……。あ、だ、ダメですよ織斑くん!? 先生、強引にされると弱いんですから……、あ、でも、織斑先生の義妹(いもうと)になれるんだったら……」

 山田先生ったらいきなり頬を赤らめて妄想に耽っていた。何やってんですかアンタ!? そんな痴態をさらす先生に千冬姉は頭痛を堪え、クラスメイトたちは生暖かい視線を向ける。……こんなこと考えるのは本当に失礼なんだけど、山田先生(この人)頼って大丈夫なのかな? なんか不安になってきた。

「山田先生、そろそろ授業の続きを」

「へ? あ、あぁっ!? す、すいません!」

 若干いつもより低い千冬姉の声に正気を取り戻した山田先生は慌てて教壇に戻ろうとして、コケた。

 そんな山田先生に対する失笑がこぼれる中、それに気付かず、どこか遠い風景でも眺めるような八雲の姿が俺は何故か妙に気になるのだった。

 

 

 




ダブルクロス設定
☆ノイマン
 13のカテゴリーで構成されるシンドロームの内の一つ。
 発症者の脳組織を組み替え常人とは異なる神経ネットワークを構築し、常人には真似することのできないレベルでの超高速思考、並列思考を可能とする。
 己の肉体を思考によって完全制御したり、専門家でも解除に数ヵ月単位の時間を必要とする超精密な暗号を容易く解除するなど、苦手の無い万能の天才となれるシンドローム。

 ノイマンの名称の由来はコンピューター演算の基本型となった論理構造を作ったとされる数学者、フォン・ノイマンから。
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