IDX《インフィニット・ダブルクロス》   作:茨木次郎

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叱責 から 土下座

 

 さて、困ったなどうしよう?

 

 オルコットへの謝罪が受理され、先程までの雰囲気は穏やかなそれへと変わった。そこはいい。問題はその後だ。

 そもそもオルコットと馬夏のいさかいの表面的な理由、それはクラス代表に相応しいのは誰かということ。

 自惚れに聴こえたらすまないが、俺はこの一件で存在感を()()()()()気がする。クラスメイトたちから「クラス代表はともかく、クラス長はやってほしい」と言われかねないくらいには。

 何度でも言うが俺は、一度だけ試合に出るならともかく、クラス長(雑用係)なんて面倒くさいこと、死んでも御免だ。

 もしかしたら、このまま話の流れに乗っていけばオルコットがクラス代表になってくれるかもしれない。しかし、この『かもしれない』はあくまでも想定でしかない。最悪の可能性──オルコットが辞退して俺に御鉢が回ってくる可能性だってありうるのだ。ならばどうすべきか? ……よし!

 

「すまないが、皆に提案がある。聴いてもらえないだろうか?」

 先程のそれとは打って変わってなるべく穏やかな声色を心掛ける。失敗を恐れるな。

「先程のオルコットさんとば──一夏のいさかいは『入学したての男がクラス代表に相応しいのか疑問』と言うことに端を発している」

「え、ええ……。その通りですわ」

 視線でオルコットに確認をとると、彼女は今更何をと訝しげながらも頷く。馬夏には、必要ないか。

「オルコットさんの疑問は(もっと)もだ。そこで俺は改めて二人に勝負を提案したい」

 俺の発言に当事者二人をはじめとしたクラスメイトたちに動揺が走る。この動揺が治まる前に決着(ケリ)をつける!

「理解と納得は別物だよ。二人の今後を考えてもこの手のしこりはできるだけ早く取り除いた方が良いと思う。第三者()が提案することで先程俺自身が語った《オルコットさんへの批判》する輩もずっと減ると思うんだが、どうだろう?」

 当然のことながらオルコットは俺についてはともかく馬夏については未だに認めていない。名誉を傷付けず自身の在り方を侮辱した馬夏をぶちのめせるならば乗ってくるはずだ。というか乗ってきてください、お願いします。

「……そうですわね。此処で先伸ばしにして、同じようなことがおこっても問題ですし、私は構いませんわ」

 良し乗ってきた! もしかしたらこちらの意図に気付いていたのかもしれないが、どちらにしても乗ってくれたなら、俺としてはどちらでも良い。早急に話をまとめ切り上げねば。

「ではオルコットさんと一夏が試合し、勝った方がクラス代表。二人ともそれで良いか?」

「構いませんわ」

「俺もそれで良いぜ」

 ありがとうオルコット、馬夏──一夏。これで俺の身は安全はほぼ確立された!

「では場所と時間の指定は織斑先生にお願いしたいのですが?」

「ああ、良いだろう。だが──」

 やべ。織斑先生ったらイイ顔で笑ってらっしゃる。気付かれたか。

「さらっと自分を対象から外すのは許さん。お前だって推薦された一人だろう?」

「へ、……あ、ああっ!?」

「チッ、バレたか」

 一夏と数人のクラスメイトたちが声をあげ、俺は苦虫を噛み潰したような表情を()()()

「狡いぞ八雲! 一人だけ助かろうだなんて!!」

(やかま)しい。元を辿ればお前の現実を見ない馬鹿さ加減が原因だろうが。俺は物事をシンプルにしようとしただけだ」

 当然のことながら俺に嵌められた当事者、一夏の抗議をバッサリと切って捨てる。まあ、一夏をダシに助かろうとしたというのは純然たる事実なんだが。

「静かに! それでは来週の月曜日の放課後、第三アリーナでオルコット、織斑、斑鳩の三名による総当たり戦で勝利数の最も多い者をクラス代表とする。先の三名は各自準備をしておくように」

 

 

 

☆★☆

 

 そして(さかのぼ)られた時間は戻り、学生食堂へ。

 

「──と、まあこんな感じかな?」

「……」

 俺が先の時間に起こった騒動についての説明──オルコットの国辱モノの暴言云々は適当に(ほやか)した──を終えると、簪はいつの間にか頭痛を堪えるように、苦虫を噛み潰したような表情で額に手を添えていた。

「どうした簪?」

「……何でもない」

 いやどう見ても何でもないようには見えないんだが。体調でも崩したか?

「かんちゃんも大変だね〜」

「本音、念のため訊いておくけど──」

「可能性はアリアリかな〜」

 本音の発言に簪は力なくテーブルに突っ伏した。ちなみに食器の類いは俺の説明の最中、本音が片付けてくれているため被害はなかった。

「なあ簪、本気でどうした? お前らしくないぞ? 体調崩したのなら医務室行くか?」

 簪のあり得ない行動に、思わず本気で心配になり声をかけるが反応は無い。

 簪の生家《更識家》は由緒正しき名家でもある。姉がいるため、家を継ぐわけではない彼女だが、だからと言って教育に手を抜かれている訳ではない。そんな簪がこんな姿を人目につく場所(学生食堂)でさらすのは非常に珍しい、というか初めて見た。

「なあ、本音。本気でどうしたんだ、簪の奴?」

「……うーん、やくもんってすんごく頭良いのに時々すんごく残念になるよね〜」

 なんで簪のことを訊いたのに、返ってくるのが俺の批評なんだ? というかそんなの当たり前だ。完璧な存在なんざいてたまるか。

「まー、それはそれとしてー。残念だったね〜やくもん?」

「は? 何が?」

 唐突な話題変更に少し目を丸くする。そんな俺をニヤニヤと見詰める本音。

「小細工したのに結局おりむーやセッシーと試合することになっちゃって〜」

「ああ、なんだ()()()()()か」

 俺のあっけらかんとした物言いに本音は非常に珍しく、少しだけ目を丸くした。それでものほほんとした雰囲気に陰りはないが。テーブルに突っ伏した簪も顔をあげる。

「どういうこと?」

「やくもん、せんせーに試合するよーにって言われた時悔しがってたよねー?」

「ああ。格好(ポーズ)だけな。俺的にはあの結果には満足してんだよ」

「ホントに〜?」

 嘘ついてどうすんだよ?

「俺にとってあの時一番困るのは、試合を無かったことにして多数決で代表を決められることだったんだよ。ただ勝負するだけなら忌避はないぞ?」

 専用機を持つ代表候補生やもう一人の男の現時点での実力はチャンスがあるなら知っておきたかった。ただクラス代表(雑用係)がイヤなだけだ。

「実力なら順当にいけばオルコットがクラス代表だからな。もし彼女が代表を辞退してもその時俺が一夏に勝ちさえすれば俺も適当な理由をでっち上げて辞退し、奴に押し付けることができる」

 勝ち目の薄い状態で運否天賦(うんぷてんぷ)なんて御免である。俺は自分のツキを全く信用していない。ちなみに織斑先生に小細工を見破られた時に悔しがったのは、一夏()と同い年の男にやり込められた織斑先生の溜飲が少しでも下がるのを期待してだ。

「まあ、俺を除外して二人だけで代表を決めてくれたら大満足だったんだがな」

「……」

「ほぇー……」

 俺の説明に感心したような、あるいは呆れたような顔を見せる二人。俺の性能を知っているからこそ言い訳と疑うようなそぶりは見せなかった。

 不意に懐の携帯電話が震え、すぐに治まる。どうやらメールが届いたらしい。二人に断りをいれてから確認する。

 

「……はぁ」

 

 頭痛を覚え、嘆息がこぼれる。友人その1からのメールだった。……元友人としておくべきか少し悩む。

「どうしたの八雲?」

「ん? ああ、中学時代のダチからのメールだ」

「えー! やくもんの友達からー!? 見たい見たい、見せて〜!」

 ちなみに、俺と二人は小学校の半ばまでは同じ学校に通っていたが、家の事情で俺が公立の学校に転校して以降IS学園(此処)に入学するまで同じ学校になったことはない。……まあ、二人は名門女子中に進学したので結果的には別の学校になるのがただ早まっただけだが。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 簪も興味をそそられたようなので、驚かないように念を押してから携帯電話を差し出した。ワクワクしながら画面を覗き込んだ二人は──固まった。

「……やくもん。なに、これ?」

 おぉっ!? 本音がいつもの間延びした声じゃない!? 何気に貴重なレアショットだ。簪は硬直してそれどころではないようだが。まあ仕方ないと言えば仕方がない。何せ画面には──

「強いて言うなら『モテない男の怨念の塊(しっと魂)』ってとこか?」

 限界まで呪詛じみたメッセージがビッシリと書き込まれていたのだから。そして最後の行に『止めてほしくば女の子(美少女)を紹介すべし』とだけあった。

「すげぇだろ? 何が凄いってソレ、コピペの類いじゃねーんだ、毎回内容を変えて送り付けてきてんだよ」

 IS学園に入学が決まってから定期的に送られてくるようになったそれにアドレスを変えるかわりと本気で悩む今日この頃。

「……八雲、友達は選んだ方が良い」

「いや、女が絡まなければ良い奴なんだよ。学校の成績も良いし。……馬鹿だけど」

 友人その1こと(まなぶ)は女が絡まなければ運動こそ苦手だが成績は近隣中学でも高い方だった母校でも間違いなくトップクラス。にもかかわらずそれを感じさせない気の良い奴なんだ。女が絡みさえしなければ。

 彼女がほしいと色々と動くがそのほとんどが裏目に出てまったくモテない。それを挽回しようとして──を繰り返す(男側から見れば)愛すべきバカ野郎だ。

「中二のホワイトデーの時なんかは「バレンタインデーは女子から告白する、なら今日はコッチからから告白しても良いはずだ」なんて言い出してキャンディーやマシュマロを大量に用意して女子たちを追いかけ回してたしな」

 女尊男卑社会のご時世、俺と正志(ただし)──友人その2が慌てて制止しなけりゃ今頃警察沙汰だったな、あれは。

「……ゴメン八雲、その話を聴いて良い奴なんだと言われても困る」

「……まあ、腐れ縁の悪友ってとこにしといてくれ」

 苦笑いしつつ簪から携帯電話を返してもらい、学と同じ高校──とある私立校に入学した正志にメールで事情を説明、代わりの制裁をキッチリ依頼してから懐にしまう。

「あ、二人とも〜、そろそろお昼休み終わっちゃうよ〜?」

 いつもの調子に戻った本音の言葉に懐中時計を取り出し、確認するとたしかにそろそろ戻った方が良いか。

「──八雲、一つ言い忘れた」

 席を立ち上がった俺に声をかけた簪に目を向けると──

「代表候補生に勝てなんて言わない。だけど、織斑一夏(あの男)に負けるのは許さない。絶対に」

 先程事情説明を要求した時以上に底冷えのする微笑みを浮かべる女神がそこに居た。

「イエス・マム……」

 ……馬夏は本気で何をやらかしたんだと本気で疑問を覚えつつも、簪を怒らせぬよう、そう答えるしかできない俺であった。

 

 

 

 

☆★☆

 

 時は進み、放課後。

 今度こそ《織斑先生との地獄の入学試験》のプロデューサーの元に殴り込みをかけんと席を立った俺に待ったをかけたのは一夏だった。

 予習(事前準備)を怠った、というよりも放棄した一夏は今日の授業、まったくと言って良いほどついていけなかった。どっからどう見ても完全無欠に自業自得なのだが。

 そんな一夏がなんと「勉強を教えてほしい」と頭を下げてきたのだ。……はい、当然断りました。即答です。つーかこっちだって予習が完璧ではない(建前上)のに他人にかかずらう暇など無い。そう切り捨てさっさと教室を後にしようとした俺を一夏は必死に止めてきた。

「頼む! これ以上千冬姉の顔に泥を塗るわけにはいかないんだ!!」

「それはお前の都合だ、俺には関係無い。必要ならお前の幼馴染みにでも頼め」

「箒の奴、もう帰っちゃったんだよ!!」

「知るか。つーかしがみつくな! 放せ!!」

「頼むよぉっ!!」

 必死に俺の足にしがみつく一夏を蹴り放し嘆息を一つ。まだ教室に残っているクラスメイトが微笑ましげに笑っている。何でこんな目にあわなきゃならんのだ? ああ、面倒くせぇ!

「──だいたい、織斑先生の顔に泥を、なんて言うなら何で参考書を誤って処分した時にすぐ再発行手続きをとらなかった!? 先生の質問に即答したってことは、もっと前に気付いてたはずだぞ!?」

 そう、そこが疑問だった。参考書を処分してしまったことが事故でも、すぐに手続きをしておけば新しい参考書で予習はできたはずなのにコイツはしなかった。俺とは違い、コイツには姉という後ろ楯がある。彼女に頼めばあるいは即日で参考書を再度手にできたはずだ。なのに何でだ?

「いや、その……面倒くさくて」

「……帰るか」

 ……怒りはあるレベルを越えてしまうと逆に高まりすぎて萎えるらしい。もういいや。()()()の所に殴り込みかけんのは明日にしよう。今日はもうホテルに戻ろう。戻ってふて寝しよう。モウヤダ……。

「ちょ、ちょっと待ってくれ八雲!」

「放してくれませんか、織斑くん」

「何で敬語!?」

 ひとえに君とかかわり合いになりたくないからです。お願いします、本気で放してください。

 

「ああ、二人とも。まだ教室にいてくれたんですね、よかったです」

「「はい?」」

 織斑くんと押し問答の最中、俺たち二人に声をかけたのは教室に姿を見せた山田先生だった。その手には書類があった。……なんというか小動物のような先生だ(一部を除いて)。織斑くんのお陰でささくれだった心がわずかだが安らぐ。

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

 そう言って俺と織斑くんに部屋番号の書かれたメモと鍵を寄越す山田先生。

 前にも言ったと思うがIS学園は全寮制。生徒はすべて寮生活を義務付けられている。各国家の優秀なIS操縦者の青田買いを避けるための処置だ。

「俺たちの部屋、決まってなかったんじゃないんですか? 前に聞いた話だと、一週間は自宅通学って話でしたけど?」

 俺の場合は自宅通学ができる距離ではないのでホテルから通学することになっていた(宿泊費は政府持ち)。

「そうなんですけど、事情が事情ですので一時的な処置として部屋割りをムリヤリ変更したらしいです。とにかく寮に入れるのを最優先したみたいです。一ヶ月もすれば個室の方も用意できますから、しばらくは相部屋で我慢してください」

 

 

 ()()()()? ああ、相部屋ね。うん、……()()

 いや、この状況で相部屋と言ったら……。

 

「山田先生っ!!」

「ひゃいっ!? って斑鳩くん!? な、何をしているんですか!?」

 山田先生の驚きの声が俺の()()()にかかる。何故彼女が驚いているのかって? それはね──

「伏して、伏してお願い申し上げます! 今日だけは! せめて今日だけはホテルで休ませてください!! お願いします!!」

 誠心誠意、可能な限り綺麗に()()()を決め、山田先生に懇願しているからだよ。

「ムリを言っているのは重々承知しています! 先生方がこちらの身の安全を最優先していただいていることも理解しています!! しかし、しかし何卒(なにとぞ)今日だけは一人で休ませてほしいのです!!」

 こんな精神状態で馬夏と相部屋なんて、ストレスで発狂死するか、ジャーム化からの爆薬チョーカーで自殺するかの最悪な二者択一の結果しかない。そんなのは本気で勘弁してほしい。

「せめて一日だけで良いんです! それさえ認めていただければ明日からはキチンと寮に入ります!! ですから何卒!! 何卒!!」

「えぇ………」

 山田先生の困惑はわかる。しかしこんな状態で馬夏と同居は無理だ!! 俺はこんなことで死にたくない!!

 

「何をやっているんだ、斑鳩……?」

 どうやら織斑先生もやって来たらしい。額を床に擦り付けている状態では彼女の表情を窺うことはできないが、彼女も困惑しているのは声でわかる。

「山田先生、これは一体……?」

「実は……」

 山田先生が織斑先生に事情を耳打ちしている。聞こうと思えば(イージー)エフェクトで聞き取れるのだが、正直怖くて聞き取れない。

「そうか……。なぁ、斑鳩」

 歩み寄ってきた織斑先生に肩を優しい叩かれ思わずビクリと身が震える。

「すまないが、お前と織斑は元から別の部屋だ」

「──はい?」

 織斑先生から放たれた言葉に思わず顔をあげる。マジですか?

「織斑は1025号室、お前は1030号室だ。メモを確認してみろ」

 あわててメモを確認してみると確かにそのように記されていた。山田先生の方を見ると彼女も頷いている。

「──た……」

「「「た?」」」

 思わずもれた呟きに織斑先生、山田先生、そして馬夏の声が重なった。だがそんなことどうでもいい。何故なら──

 

「助かった……」

 緊張から解放されそれと一緒に力まで抜けた俺はヘナヘナと床に突っ伏したのだった。

 

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