IDX《インフィニット・ダブルクロス》   作:茨木次郎

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 前回、お気に入り登録数が百件を超えたと喜んでいたら、いつのまにやら三百件を超えていた。

 ISのネームバリューを思い知らされた気分です。


土下座 から 依頼

 テンパったあげく無意味に土下座までかました俺は調子を取り戻すとそそくさと寮に入ることにした。

 織斑先生によると俺がホテルに持ち込んだ手荷物や本来は一週間後に入寮予定だったため自宅に置いていたその他の荷物は親戚が輸送を手配してくれて既に寮の部屋に運び入れられたらしい。とは言っても俺の今世での肉親は既に亡いため、実際には後見人でもある更識家が手配してくれたのだろう。

 

「──一夏」

「ん?」

 校舎からわずか数分の場所に位置する一年生寮に向かう道の途中、俺はどこを見ても女子という環境に辟易してる一夏に声をかける。

「貸してやる」

「うわっ!?」

 鞄から取り出した分厚い参考書をヒョイと投げ渡せば一夏は慌ててそれをキャッチした。

「明日には返せ」

「え? いいのか?」

「貸すだけだ。どこかの誰かのお陰で精神的に疲れたから今日は予習せずにさっさと寝るつもりでな。使わないし『今日だけ』貸してやる。少しは勉強しろ」

 テンパった己が見せた態度──流石にアレは行き過ぎだったかもしれん──に対しての詫び代わりにとは口にせず、一夏を睨む。内容そのものは完璧に頭に入っているし、くれてやっても良かったのだが、俺も未だ予習の最中という建前があるため、そこは自重した。

 俺の参考書には軟禁中の暇潰し兼普通に勉強をしましたというアリバイ工作としてそこそこ細かく註釈を書き入れてある。一日だけとはいえただ読むだけでも大分違うはずだ。……これでも予習を怠るようならもう知らん。

「八雲ぉ……」

 ……止めろ、そんな目で見るな気色悪い。後方を歩く女子の集団が「織斑×斑鳩」だの「どっちが受け」とか気色悪い話題を口にしだしてんだろが。お前の性的嗜好に興味は欠片もないが俺を巻き込むな!

「これでまた予習を怠りました。何てことしやがったら、どうなるか解ってるよな?」

 仲良しこよしをする気は毛頭無いので最後に一睨みしておくことも忘れずに。いい奴扱いされる気はありません。

 

 寮は当然のことながら女の園だった。解放感からかラフな格好をした娘が多く、目のやり場に困る。あちらも俺たちの存在に気付くと気まずそうに胸元を隠したりしていたりするとこちらもきつい。

 学なら驚喜の歓声をあげながらガン見していたに違いないが、俺や一夏はそこまで餓えているわけでも無いので参考書の礼を言ってくる一夏と別れ、さっさと1030号室へと向かう。

 

「あ、お帰り〜♪」

 

 鍵が掛かってないことを不審に思いながら入室すると、幼馴染みの少女──簪の実姉、更識(さらしき)楯無(たてなし)が二つあるベッドの一つに寝そべり、書類を読みこんでいた。

「楯無……お前が同居人だったのか?」

「……アンタねぇ、年上は敬いなさいって何度言えばわかるのかしら?」

「今更だろ? それに一歳差くらいでガタガタ言うなって」

 鞄を学習用机に置き、跨がるように椅子に座りながら楯無の小言に答える。幼い頃初めて更識姉妹と会った際、転生者である俺が早熟だったため双方勘違いし俺と楯無が同い年、簪が一つ年下だと思い込んでしまったことがあった。お互いの勘違いに気付いた時には既に慣れきってしまったため、未だにプライベートではこんな感じとなってしまっている。

「んで? 質問の答えは? お前が同居人なのか?」

 本来なら《織斑先生との地獄の入学試験》について問い詰め、とっちめるはずだったのだが一夏のせいで精神的に疲れその気も失せていた。

 此処は一年生寮、本来なら二年生の楯無がいるのはおかしい。しかし前にも言ったが更識家は運営側、やろうと思えばその程度のワガママは押し通せるし、その程度のワガママを押し通しかねないのが眼前の人物だ。

「違うわよ? 私は幼馴染みの顔を見に来たついでに話があったから来たの。簪ちゃんはあっち」

 そんな楯無が指差すのはドア。俺の耳にはシャワーの使用される音が響く。

「……念のため訊くが簪は()が同居人だってのは言ってあるのか?」

「大丈夫よ♪」

「……その口調からして「言ってないけど多分大丈夫」ってことだな? さっさと説明してこいよ!」

 こんな状況を、妙におっかなかった簪が見たらどう思うか、考えるだけでも怖い。──マズイ! シャワーの音が消えた!? こうなったら即時撤退、目立つだろうが食堂かラウンジで時間を潰し改めて、初めて訪れるように演技する。これで行こう!

「ちょっと〜、幼馴染み放り出してどこいくつもり〜?」

「うぉあっ!?」

 撤退を計らんとした俺の背に、機敏に察した楯無が逃亡を阻止せんと抱き着いて来やがった! 男にはどうやっても生み出すことのできない独特の柔らかさが背中に押し付けられる。

「放せ楯無!? つか胸! 胸があたってるぞ、おい!?」

「当ててんのよ、って言った方が良い?」

「んなこたぁいいから! とりあえず放せ!! 頼むから!?」

「い・や♪」

 ああパニックを起こすな俺!? こんな時は……そうだ、素数を数えろ! どんなに混乱してても心を落ち着かせてくれる魔法の数字! えーっと1、2、3、4、5、6、7、8、9、10──ってコレ素数じゃねーし!?

「──お姉ちゃん、誰か来てるの?」

 普段の俺なら絶対にやらないセルフボケツッコミなんぞやらかしている間にとうとうドアが開き、簪が姿を現した。……完全に気を抜いていたのだろうその姿は裸にバスタオルを巻いただけというものだった。

 実姉の楯無や幼馴染みの本音に比べると貧そ──華奢な肢体が湯上がりで火照っており、しっとりと濡れた髪やバスタオルからのびた太股がなんとも──ってマズイ!!

「八雲……?」

「……ハイ、オヒサシブリデス、カンザシサン」

 思わず楯無に抱きつかれたまま、簪の濡れた肢体を()()してしまった俺は絶対零度の視線でこちらを見る簪に、片言で挨拶することしか出来なかった。

 

 

 

「──さて……」

 コホンと可愛らしく咳払いしたのは可愛くない幼馴染み、正座した楯無だ。楯無は自身の悪ふざけで俺にあられもない姿を見られてしまった簪に怒られ正座を強要されている。(おおやけ)の立場では俺たち三人の中では楯無が最上だが、私事(わたくしごと)では簪こそが最上となっている。とある事情からヘタレなシスコンであることがバレた楯無が最上位から転落したためだ。ちなみに俺はどちらも最下位。笑いたきゃ笑え。

 金切り声とともに簪の全力の平手を喰らい、頬に季節外れの紅葉を咲かせた俺は簪とともに部屋着に着替え、部屋に備え付けられた歓談用の簡易テーブルの椅子に座っている。

「ねぇ簪ちゃん? お姉ちゃんそろそろ足が痺れそうなんで崩していいかしら?」

「却下」

「簪がそう言うのでそのように。んで、話があるって言ってたよな、さっき。何の用なんだ?」

「二人が冷たい……。八雲に頼みたいことがあって来たのよ」

 不意に楯無はこちらを見つめる。彼女は内緒話がしたいらしい。

遮音結界(アレ)なら既に張ってあるぞ。でなきゃとうの昔に簪の悲鳴で人が溢れてるだろ?」

「解ってるわ。念の為よ念の為♪」

 ちゃっかり足を崩しベッドに腰掛ける楯無はニッコリと微笑む。

「それにしても本当に便利よね、八雲の能力(チカラ)って」

 楯無と簪はこの世界でたった二人だけ、俺の異能、オーヴァードのことを知っている存在でもある。無論すべてではないが。

 俺の言葉に楯無はあっさり立ち上がるとベッドに腰掛けた。途端、楯無の雰囲気がごくわずかにだが、変化する。肉親以外では、此処にいない幼馴染みの従者姉妹でもなけりゃ気付かないほどの微妙な変化だ。それはすなわち『(斑鳩八雲)の幼馴染み兼更識簪の姉』としてではなく『古来より日本の対暗部用暗部として暗躍してきた更識家の現当主』としての更識楯無の顔だった。

「また、()の仕事なの? ……私、席を外した方がいい?」

「いいえ。その必要は無いわよ簪ちゃん。更識家からとは言え、今回の件は貴女に聞かれても困る話じゃないしね」

 楯無は席を外そうとした簪をやんわりと止める。Need to knowの原則を当たり前に熟知している楯無からそんな台詞が出るってことは今回の依頼はそこまで重要じゃない、承けてくれたらラッキー、なくらいの仕事か? てことは──

「言っておくが、一夏の護衛とかなら断るから」

「ええっ!? 何でよ!? 報酬は弾むわよ!?」

 ……どうやら当たりだったらしい。VIPである一夏の学園外の護衛は更識家が選抜した専属チームが担当する。当然ながら本人を含む関係者には極秘で。だから想定外の事態が起こった時、奴のすぐそばで護衛(ガード)が出来る人材がいるなら保険として配置しておきたいのだろう。

 同性で同じクラスだから対象(一夏)にそうと気付かれずに護衛できる上、俺自身も護衛対象だから一纏めにしておけば護衛にかかるコストを下げるメリットもある。しかし俺にとっては──

「休日まで一夏(アイツ)と一緒なんて本気で勘弁して」

 いくら精神的に疲れていたからと言ってもあんなすっとんきょうな奴と同居ってだけでテンパって土下座までやらかしてしまったのだ。休日まで一緒と考えると本気で肝が冷える。一緒にいることで生じるデメリットの方が俺にはデカかった。

「貴方がそんな台詞を口にするなんて……。そんなに酷かったの一夏くん?」

 楯無は俺の拒絶に、珍しく目を丸くする。とある事情から更識家の嘱託として極秘に暗部と関わっていた俺は、賃上げ交渉をすることはあっても依頼を拒否したことは一度もない。そんな俺がキッパリ拒絶したことに流石の楯無も驚きを隠せなかったようだ。

 俺は一夏の醜態ぶりを二人に聞かせた。いささか以上に感情的になってしまったが。それほどにキツかったと思っていただきたい。

「──わかったわ。そこまで言うならこの依頼(はなし)はここまでにしましょう」

 俺の愚痴を遮るように楯無がそう結論づけた。正直彼女も一夏の行動について耳に入っていたのだろう、ダメもとで話を持ってきたに違いない。

「はぁ……、更識の鬼札(ジョーカー)が動いてくれればこっちも楽だったのにな〜」

 なんて愚痴をつけてくるぐらいのことはしてくるが。

 ちなみに先程楯無が言った《更識の鬼札》とは、やや恥ずかしいが裏社会での俺の異名である。と言っても《鬼札》=俺と知っているのは更識家であっても楯無と簪の姉妹と楯無の専属従者でもある布仏虚さんだけだ。

 更識家での《鬼札()》は当主楯無のみが接触できる、どんな困難な作戦でも単独で遂行する凄腕として知られている。……単にオーヴァードとしての能力を発揮するには随伴が邪魔だからそうなったに過ぎないが。

 どんなに強固なセキュリティや厳重な警備だろうがeエフェクトやワーディングであっさり無効化し侵入、あっさり重要な情報の奪取が可能。警備警護の類いもeエフェクトを使用し野生の小動物とコンタクトを取り、協力を得ることで強固な警戒網の構築も可能。

万一荒事となってもそこはワーディングであっさり無力化。エフェクトを併用してしまえば即日殲滅すら可能ときた。

 オーヴァードというイレギュラーによるアドバンテージが無くならない限りこの優位性は減ることはあっても無くなることはたぶん無いだろう。お陰で今では俺は知る人ぞ知る凄腕認定されてしまったが。

 

「──なら、もう一つのお願いを聞いてもらいましょうか! こっちは更識家ではなく私個人のお願い」

「そっちも面倒くさそうだし断りた──」

「生徒会に入ってほしいのよ、八雲に」

 ニッコリと微笑む楯無に厄介ごとの匂いを感じ断ろうとするもののみなまで言わせないとばかりに楯無が言葉を被せる。

「「生徒会?」」

「ええ。メンバーが足りてないのよ〜。だからと言って下手に人員を増やすわけにはいかないし……」

「何でさ?」

 思わず訊いた楯無の説明はこうだ。

 IS学園生徒会会長はもっとも優れた──少なくともIS戦闘で学生最強でなければ就任できないらしい。……この時点でツッコミ所満載なんだが、さらに楯無が面白半分にある条項を付け加えてしまったらしい。それが──

「生身の勝負でも生徒に負けたら即退陣、誰の挑戦だろうといつでも受けてたつ! って言っちゃったの♪」

 本来の会長は『IS戦闘』で最強でなければならないのであって生身の戦闘には言質していない。つまり、生身での戦闘で楯無に勝てば──それだって非常に難しいが──IS学園最強(生徒会会長)の称号が得られる訳だ。今まで明確な戦力差(専用機と実習機の差)(ほぞ)を噛み続けてきた生徒たちにビッグチャンスが訪れたということになる。

「そういう訳で下手にメンバーを入れると獅子身中の虫になりかねないのよ〜」

「……阿呆らし」

「お姉ちゃん……」

 非常に自業自得な状況だった。簪すらも呆れている。呆れてモノも言えないとはこういう状況を言うんだろう。ちなみに今の生徒会の面子は楯無、虚さんに本音(予定)の三人しかいないらしい。

「──って、簪は誘わないのか?」

 普通に考えてシスコンの楯無が妹の簪を誘わないなんておかしい。その疑問に答えたのは楯無ではなく、当の簪だった。

「私は誘われても多分断ったと思う。二式のこともあるし……」

 日本の代表候補生である簪の専用機、《打鉄二式》は現在開発が遅れに遅れ、簪本人も製作に協力している有り様らしい。二式は日本の次期量産主力機のはずなのにどうしてそんなことになったのかというと一夏のせいだ。……いや、さすがにこの件に関してアイツ自身に責任はないんだが。

 世界初の男性搭乗専用機開発権は二式の開発元《倉持技研》が熱心にアピールすることで勝ち取り、現在急ピッチで開発が進められているらしい。簪の二式はその煽りを受けて逆に開発状況は芳しくないらしい。

 ……道理で一夏がらみの話題になると簪が不機嫌になるわけだ。

「とまあそんな訳で八雲にも生徒会に参加してほしいのよ。まあ、忙しい時に手伝ってくれれば無理に顔を出せって言わないから……お願いできる?」

 上目遣いの楯無の願い、こちらにもNOと突き付けることは可能だ。しかし、先の更識家の依頼を蹴ってしまった以上、その選択はとりづらい。というかその為にダメもとで提案したんだろう。

「……時たま顔を出す程度で良いなら承ける」

「や〜ん、さっすが八雲! 頼りになるわぁ♪」

 茶化すなと睨めば楯無はさっさと立ち上がる。

「色々と手続きがあるから、明日生徒会室に来てね? 忘れたらおねーさん怒っちゃうから♪」

「しねーよ、そんなメンドイこと」

 簪が拗ねても面倒くさくなるが、楯無が拗ねても面倒くさくなる。請け負ってしまった以上、そんなのは御免だ。

「んじゃ明日、待ってるわね。あ、それと──」

 ドアノブに手をかけた楯無がこちらをニヤリと見やる。何を言うつもりだ?

 

「おねーちゃん同居は認めても不純異性交遊は認めないから、変なことしちゃダメよ♪」

 そう宣い、部屋を出ていった楯無に対する返礼はドアにぶつかった二つの枕だった。

 

 




ダブルクロス設定
☆ワーディング
 レネゲイドウイルスを発症させた者ならば誰でも持つ基本能力。
 レネゲイド物質を意図的、無意識に大量に放出することで周囲に影響を与える結界を構築する。
 非オーヴァードがワーディング領域内にいると、異常な不安、嫌悪、無力感などを覚え、精神的ショックにより行動不能となる。領域外にいても先の感情を覚え、結界に近づこうとする意思を奪う。
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