さて、今日は入学式から一週間経った月曜の放課後。
つまり、一夏、オルコット、俺の総当たりによるクラス代表決定戦が行われる時がやって来た。
専用機を用いる一夏とオルコットとは違い一人だけ訓練機を使用しなくてはならない俺はせめてものハンデとして先に行われる二人の試合を観戦し、情報収集が行う許可を得ていたのだが、一夏の専用機の搬入が遅れに遅れてしまったため、時間の都合上、先に俺とオルコットの試合が行われることになってしまった。……ハンデが消えちゃったよ。
まあ、ゴネても仕方が無いのでISスーツに着替えた俺は第三アリーナのAピットで入念に身体を暖めていた。ちなみに一夏は情報を遮断する意味も込めて現在モニターも無い控え室で専用機搬入を待っている。
しかし──
「今更だが俺が試合する意味あんのかね……?」
思わず一人呟く。付き添いに来てくれた簪と本音は準備運動で身体を暖めなければならない俺の代わりに訓練機の使用手続きを行ってくれているため、此処にはいない。……手伝ったのだからデザート奢れとか言われませんように……。
言うまでもないことだが、この試合の目的はあくまでもクラス代表を決めることにある。しかし俺は既に、役職こそ決まっていないが既に生徒会に籍を置いている。そしてIS学園の校則ではクラス代表と生徒会役員の重複は許可されていない。つまり、俺は今日の試合でどのような結果を出そうともクラス代表になることは絶対にない。試合をやる意味が無くなってしまったのだ。
まあ専用機を持つ
「八雲、お待たせ」
「ヤッホーやくもん♪ IS持ってきたよ〜」
訓練機を載せた電動式の移動カーゴを伴い、簪と本音、そして楯無が姿を現した。三人というのも珍しい。本音の姉である知的クールな虚さんだけがいない。
「虚ちゃんならピットのモニタールームで先生たちと準備をしてるわよ」
口に出していない疑問に楯無が答える。顔に出したつもりはないんだが、そんなに判り易いか、俺? 個人的には楯無が鋭いだけだと思いたい。
「使用するのはラファールでよかったの? 打鉄じゃなくて?」
「打鉄は
簪の質問に答えるが、これが理由のすべてではない。簪の打鉄二式の件──倉持技研が自身で開発を請け負っておきながら他の専用機にかまけ開発を蔑ろにしていると聞いてから打鉄──正確には倉持技研謹製のISに乗るのが嫌になったからだ。
請け負った以上、如何なる事情があろうと納期に間に合わせるのは言われなくても当然だと考える俺は自身の都合で仕事を蔑ろにし、
「
「当たり前でしょ? きちんとチェックもしてあるわ、簪ちゃんと本音ちゃんの二人体制でね」
「たしかにそうだけど、なんでお姉ちゃんが答えるの?」
《無問題!》と書かれた扇子で口元を隠して笑う楯無に台詞を取られた簪に苦笑した俺は彼女の不満を取り除くように頭に手をのせる。
「ありがとな、
「……別に礼なんていい」
「照れる簪ちゃんも良い!」
頬を赤らめてソッポを向く簪に鼻息を荒くする楯無。カメラでも持っていたら数時間かけて激写しそうだ。
「やくもん、そろそろ時間だよ〜」
「あいよ」
本音の言葉にカーゴに載せられたIS──フランス製第二世代最後期の機体ラファールリヴァイヴに乗り込む。ラファールを着込むと言ったほうが正しいのだろうか。
「問題は無さそうだ」
「そう。よかった」
マニュピレーターの反応を確かめ、
綿密に
明確な不具合はある。今の俺は例えるなら『サイズの合わない小さな鎧をムリヤリ身に纏った』ようなものなのだから仕方ない。問題は『キチンと体格などを合わせた
まあ、相手は専用機でこちらは訓練機。周囲は負けて当然と判断するだろうから、負けても失うものはない所か貴重な戦闘経験を得られる好機。
『──斑鳩くん、時間になりました。アリーナまで進んでください』
「了解です」
ピットに流れてきた山田先生の声に応え、システムを本格起動。鈍重な機体が重みを忘れフワリと浮かび上がる。
「んじゃ、行ってくる」
「頑張って」
「やくもんファイト〜!」
「格好良いとこ、期待してるわよー♪」
三人の声援を背に俺はピット・ゲートを進み、アリーナへと躍り出た。
☆★☆
「ようこそおいでくださいました、斑鳩さん?」
アリーナ中央、オルコットは鮮やかな蒼と特徴的な四枚のフィン・アーマーが目立つ、イギリス第三世代試作IS《ブルーティアーズ》を身に纏い、手には2mオーバーのレーザーライフル《スターライトmkⅢ》を備えている。
「待たせたかな?」
「いいえ。それに多少待たされたとしてもそれを理由に柳眉を逆立てるなど淑女失格ですし」
……コイツ、本当に入学当日に大激昂をかましたオルコットか? まるで別人だぞ? ……いや、こちら
「──さて、時間も無いとのことですし、早速始めようと思うのですが、如何かしら?」
「同感だ。専用機を勝ち取った代表候補生の実力、存分に堪能させてもらう」
ラファールのセンサーがブルーティアーズの武器セーフティーが解除されたと警告を発する。俺も初心者用コールを使用し両手にアサルトライフルを
「存分に堪能していただけるとよろしいのですが。では──」
オルコットの顔から笑みが消えた。
「踊りなさい! 私とブルーティアーズの奏でる
オルコットの宣誓と共に彼女のライフルが火を噴いた。ハヌマーンの反応速度に頼らずともギリギリかわせる! スラスターを噴かし横っ飛びで回避、手にしたアサルトライフルを構え、照準、発ぽ──
レーザーライフルの光が俺の左肩を直撃した。直撃を受けシールドエネルギーが目に見えて減っていく! なんだと!?
「まだまだ、ブルーティアーズの力はこんなものではございませんよ!!」
こちらの隙を見逃すはずの無いオルコットは四基のフィン・アーマー──その名の由来となった独立稼働端末を分離し、文字通りの光の雨を降らせた。
左腕のライフルを放り捨て対光学兵器処理を施したシールドを初心者コールで展開──ダメだ! 展開スピードが落ちてる!?
異常に遅い数秒の展開時間の間に数機の独立稼働端末──ビットのレーザーが照射される。機動で回避しようとするがここでも異常を感知し、回避しきれないレーザーが身を貫く。レーザーライフルに比べ低威力だったのが幸いした。もしそうでなければとうの昔にゲームオーバーだったに違いない。
ノイマンを利用して混乱して茹だった思考の強制冷却を図る。混乱した思考をムリヤリ落ち着かせ、漸く展開できたシールドとアサルトライフルの掃射、無様な機動を併用してオルコットの攻撃から逃げ回りながら高速で推測を開始する。
最初の一撃、自分が回避機動を失敗した、オルコットの狙撃技術がこちらの事前に入手した情報からたてた予測を大きく超えていた、そんなことなら思考停止の愚を犯す訳がない。事実、機動は成功したし、オルコットの狙撃技術はこちらの予測と大差無い。問題はこちらの機体だ。
ハイパーセンサーは滅茶苦茶。劣化して役に立たない所か全く無意味な情報を絶えず送り込んでくる。お陰で頭の中を掻き回され続けるような不快感が絶えず俺を襲う。
機体制御システムも無茶苦茶。パワーアシストはほとんど意味を成さず、慣性制御も必要最低限。幸いなことに、と言うべきか辛うじて体内に影響は無いが、まるで針金で身体の至る所をがんじがらめに締め付けられているようだ。
FCSにも異常有り。本来なら火器運用を助けるためのシステムが逆に足を引っ張り続けている。いっそのこと切ってしまいたいがその操作すらも受け付けない。
操縦者を護るISが操縦者に牙を剥き続けている。もはや
こんな代物誰であっても
モニタールームで見守っているはずの織斑先生や山田先生に通信を送るが無視されている。否、気付かれぬよう偽装されているか、妨害されているのだろう。いくら教師二人が無視しても一緒に観戦しているだろう簪たち三人が動くに違いないだろう。特に楯無は運営側の人間なのだし。
さてどうする?
なら
この敗北は機体のせいとも言えるし、チェックした簪たちのせいとも──いや、違う。受け取った際に確認を怠った、俺が悪い。エフェクトを使用して精査すればこの異常──誰かの仕込みに気付けたはずだ。それを面倒くさいと怠ったのが原因じゃねえか。
「──ぐあっ!?」
オルコットの放った光線が掠り、その衝撃に吹き飛ばされる。慣性制御がまるで働いていないためブラックアウト自体は起こらないが三半規管がグチャグチャに振り回され気持ち悪い。
シールドエネルギーは残りわずか。オルコットのライフルなら一発、ビットなら二三発喰らえば0となる。つまり、その瞬間、俺の敗けが確定する。
「──まあ、ISを動かしてまだ二度目ですし、この程度でしょう」
ビットを機体に戻しエネルギーを充填しながら、こっちの異常に気付かないオルコットはそう論ずる。そこに嘲りはない。これが
参った、良い所が全然無かったし。ここまで無様をさらすとは思わなかった。応援してくれた三人に悪いことしたな……。
──不意に視線を感じた。明確な敵意と嘲りの含まれたそれだ。位置も他の観客とは違う場所から。
場違いとも思えた俺は、オルコットに視線を固定したまま、ハイパーセンサーが押し付けてくる不快感に抗いつつ、その視線の主を確認する。
──
場所はVIPが観戦する時のために用意された貴賓室の一つ。今日は使われることの無い場所。そこにあの、俺に嫌がらせをかましやがった女教師がいた。
あの女が口を開く。ノイマンの思考力は読唇術として内容を教えてくれた。
『無様』『みっともない』『身の程を知りなさい、猿風情が』
……笑みがこぼれた。最初は小さく、だが徐々に大きく、やがてそれは哄笑となった。
「ちょ、どうなさいましたの!?」
何の脈絡もなく、いきなり笑いだした俺に慌てたオルコットが声をかけるがあまり耳に入らない。
俺が笑っていたのは
面倒くさがった結果がこの有り様だ。仕方無い。
「──OK、わかった。身の程を弁えよう」
「あ、あの斑鳩さん? 貴方一体何を──」
「──だったらこっちも自重なんざ止めてやらぁぁっ!!」
完全にキレた俺はこちらに呼び掛けるオルコットを無視して雄叫びをあげるのだった。