アンジュ・ヴィエルジュ ダメ人間によるメインストーリー 作:ヤドリ
僕は慎重に野外コロシアムを見渡した。
やはり観客席といい、中央の芝生部分といい、公営の球場を思い起こさせるが、一つだけ異なる点を見出していた。
見出したというより、否が応でも眼に入る、というのが正しいかもしれない。
芝生の真上に四つほど、切り出された石材で構築されたブロック、もっと言えば格闘技でいうリングが用意されている。まるで、その上で戦えと言わんばかりだ。
その様は古き良き創作における、決闘場に似ていた。
「ねえ、あれ天下一○闘会みたいだね」
(……あ、はっきり言うんだ)
目をぱちくりさせる美海に、僕は内心だけで反応する。
僕にもまあ、人並に少年漫画の知識がある。よほどサブカルチャーに無関心でなければ、真っ先に連想するのはこれではないか、とすら思う。
もっとも、僕ではなく少女がこれなら、大概男子脳なのかもしれないが。
少々、緊張感に欠けた様子で僕達が周囲を見回していると、教師から叱咤が飛んだ。
「そこの遅刻寸前コンビ、すでに測定の時間は始まっているから私語は控えろ」
「ごめんなさい!」
(僕は喋ってないんだけど)
素直に謝り、頭を下げた美海に対して、僕の方は肩をすくめて見返しただけだ。
もちろん、あからさまに態度が悪く見えたのだろう。女性教師は鋭く睨みつけてくる。
「お前の方はなんか、顔と雰囲気がうるさかった」
「……えーと、すみません?」
「疑問符で返すな」
いや、叱った理由が理不尽過ぎないかと思う。
この女性教師は黒髪でショート、口調こそ辛辣で厳しめの印象があるが、その実はわりと稚気があるというか、いい加減のような気がする。
人物評は置くとして、女性教師は予定について宣言し始めた。
「全員揃ったな? ま、普通は訓示でもやるんだろうが、それは入学式に任せる。一通りの
と、なんと言い放っただけで、まさかの丸投げ。
あまりのいい加減さに、会場の数名は困惑した様子で教師を見返した。
「……あら?」
軽く呟いて、おっとりと首を傾けたのは、この中では長身の少女だ。
鮮やかな桃色髪の持ち主で、かなり長く伸ばしているだけあって、その髪は独特のウェーブを描いている。
長身といっても比較的というレベルだが、体型はモデル並。衣服も制服ではなく、布地が水着の手前ぐらいには少ない、異世界独自の衣装を身に纏っている。
豊満な胸元を惜しみなく見せ付けている訳で、正直目のやり場に困るが、異性が多い青蘭学園では口に出さないのが処世術となるだろう。
彼女と同じく、そりゃ普通は困惑して首も傾げるよ、と言いたくなる。
自己紹介にしても、一応は目上の教師が誰から始めるかとか、仕切るのが普通だ。
完全に生徒間に丸投げした例には、初めて遭遇した。
(さて、どう振舞えばいいか。僕はコミュ障だし、教師も採点していそうだし、迂闊に動くというのも考え物か)
と思案した所で案の定、というべきか考えなしに動き出した生徒も居た。
もちろん、特攻娘の日向美海だ。動き出したというより、じっとして黙っているのが苦手でたまらない、というタイプかも知れない。
すっと僕の傍らから離れると、手近な少女を目に留めて駆け寄ろうとしている。
「ねえねえ。私、日向美海! あなたのお名前は?」
「……理深き黒魔女、ソフィーナよ」
自身の身長よりも高い石製のステージ上に腰掛けていた少女は落ち着いた声色で応じた。
軽やかに飛び降りると、日向美海と向かい合う。
ソフィーナは小柄でツインテール、と幾らか美海と似た特徴を持っていた。
だが、身に纏う雰囲気、いやそれ以前の根本的な点からソフィーナと美海は異なっている。
淡い赤紫の髪、フリルが多様されたゴシックドレスも目を惹きはするが、この二つは本質的な点ではない。
繊細な色合いの髪からは一対の角が覗いており、スカートからは尾が出ている。
人間ではない、と言い切ってしまえば定義論が面倒な事になるが、種族は悪魔。もっと言えば当人が名乗ったように魔女なのだろう。
黒の世界、ダークネス・エンプレイスの種族だ。そう、彼女は文字通り、住んでいた世界からして、僕や美海とは異なる。
「青蘭学園には、黒の世界の頂点――魔女王の命により、異変調査の一環として訪れたの。普通の学園生活や友人関係とは距離を置く事になるかも知れないけれど、よろしく頼むわね、日向さん?」
「う、うん」
……なんというか、悪い人間では無いのだろうけど、壁を感じる言い回しだった。
美海も若干、途惑った様子で握手に応じている。
礼儀正しく自己紹介を行い、対応にもそつが無いが、一方で明確に自分は貴女達のような普通の学生とは立場が異なるのだと、線を引いている。
もちろん、事情は人それぞれ。線引きは決して悪い事ではないだろう。
(しかし、魔女王の関係者とは、本当に指折りのエリートだな)
黒の世界、
通常の動物とは異なった、どこか魔性を有する生物、モンスターも多数生息しており、ファンタジー世界のような様を見せていた。
ソフィーナが語った通り、魔女王とはその頂点。黒の世界の実質的な支配者そのものだ。
そこから直接、拝命しているという事は、彼女は相当な地位にあるのだろう。
「それで、そこに居るのは……」
などと呟き、ソフィーナは美海からこちらに関心を移した。
直後、驚愕に目を見開き、強い警戒を持って指先を突きつけてくる。
「
「……あ、なんかすみません。こんな顔だけど、人間だから。あとαドライバー」
いくら見てくれが悪いといっても、人外レベルではないと思っていたが、どうも人外が一般的な世界ではハードルが上下するらしかった。
失礼な扱いのような気もするが、相手に恥をかかせた辺りを謝ると、最低限の自己紹介だけは行った。
ソフィーナはあまり信用していないらしく、疑惑の目で女性教師に視線を送った。
「ああ、一応人間で、しっかり日本にも国籍があるからな」
(一応ってなんだ、一応って)
女性教師の雑な返答に、思わず脱力してしまう。
一応、女性教師の保証でソフィーナは頷いたが、それはそれで納得できないといった様で、キツめの視線をこちらに送ってきた。
「そんな無茶な髪の伸ばし方をしているから、化け物みたいになってるのよ。それ顔って言えないでしょ。自己紹介をするなら、素顔ぐらい見せてもいいんじゃないの?」
「……いや、勘弁して。視線恐怖症で、人の顔が見れないんだよ」
やや強引に詰め寄ってくるソフィーナから離れつつも、僕は事情を説明する。
そう、専門的な知識には疎いが、僕は対人恐怖症の一種であるらしい。
具体的に症状を言えば、他人に顔を見られるか、逆に他人の顔を見るだけで、動悸が激しくなり、息苦しくなる。
思考もままならなくなり、その場から逃げ出してしまう事も珍しくなかった。
そういった症状から自分を保護するために、僕は髪の毛お化けになっている。
さすがに完全に見えなくなる訳ではなく、他人の顔はモザイク程度には認識できるが。
「視線、恐怖? 別に邪視の真似事はできるけど、見境無く攻撃したりしないわよ」
(出身世界の常識が違いすぎる……)
かなり的外れな事を言いながら、首を傾げるソフィーナを見て、出身世界の差について実感する事となった。
精神医学は地球、青の世界ですら、ごく近年に現れた分野だ。古風な黒の世界では、そもそも認識すらされていない、という事もあるのだろう。
「とにかく、素顔の方が酷いんだから、無理に見ようとしないでくれ」
「……事情があるなら、無理にとは言わないけれど」
噛み合わない点がある事は察したらしく、ソフィーナは踏み込もうとはしなかった。
「モンスター呼ばわりした事については悪いと思うけど、謝らないわ。貴方だって顔すら見せようとしないし、無礼はお互い様よね?」
「それでいいよ」
苦笑して応えると、ソフィーナは憮然とした様子で顔を背けた。
傍から見れば、ソフィーナが突っ掛かっているように見えるが、これはたぶん僕の方が悪い。彼女は少し、物言いが不器用なだけだ。
ここで僕が無礼を詫びて顔を見せれば、彼女の方も素直に謝罪しただろう。つまり素顔を見せる程度には距離を埋めた方がいいという、善意の忠告でもあった。
その方が人間関係のスタートしては、健全のはずだ。
ただ、僕はその善意を拒否した。それ以外の選択肢が無かった、というだけの話だ。
「次は私の番、で良いのかしら。私は赤の世界――テラ・ルビリ・アウロラ出身のアウロラというの。記憶がなくて、これ以上の自己紹介はできないのだけれど……」
険悪な雰囲気を和らげるように、流れを引き継いだ人物が居た。
先程、首を傾げていた、桃色髪が目立つ長身の少女だ。長身といっても、美海たちと比べればの話で、僕とは同程度なのだが。
赤の世界、テラ・ルビリ・アウロラ。
夕日ともまた微妙に異なる薄桃色に彩られた空が頭上を覆い、常に夜の黒の世界とは対照的に、常に光に満ちた世界だと聞いている。
文明の程度は地球の基準で言えば古代――ギリシャやローマ辺りの文化の中枢と同程度だろうか。
技術的な水準は最も低い世界と思われるが、この世界には「祈りの力」という重要な要素が存在していた。
黒の世界の魔法は、術式と呼ばれる一定の論理によって運用されるものだが、祈りの力は願望をそのまま実現する力である、とされている。
この世界出身の種族である天使は飛びたいと望む事で空を舞い、女神達も望む事で己が司る力を行使する。
「よろしくね、アウロラさん!」
「ええ、美海ちゃんもね」
などと、今度はさっそく美海は友好的な握手に成功していたりする。
なんとも緊張感がないが、穏便に済むならそれに越した事はない。
「
ぽつりと、呟くように述べたのは、小柄な――美海やソフィーナよりも一回り、身長が低い少女だった。本当に高等部に行くのか、尋ねたくなるぐらいの。
どこか硬質的な容貌の持ち主で、くっきりと体の輪郭が見える薄手の衣装に身を包んでいる。
これは、白の世界によくある特徴だ。
「……白の世界のアンドロイドとは、記憶の管理も記憶喪失の原理も違いそうだからね。社会的な知識は残り、私的な記憶だけ喪失するのは、よくあるケースだよ」
「そうなのですか……勉強になります」
僕の声は、わりと聞き取れるか怪しいぼそぼそ声なのだが、白の世界の少女は耳ざとく声を拾っていたらしい。
もしくは、機能的に可聴域が優れているのかも知れない。
「SW=コードΩ46、認識用個体名はセニアです。Dr.ミハイルによりブルーミングバトル用に開発され、各世界の事を学ぶ為に青蘭学園に入学しました。稼動期間がごく僅かなため、至らぬ点が多くあると予測しますが、どうかよろしくお願いします」
欠しい表情のまま、セニアは礼儀正しく頭を下げた。
新造のアンドロイドなだけあって、このメンバーの中で彼女は最も幼いはずだが、おそらくは最もまともな自己紹介だった。
学生らしく真っ当に、学ぶ為に学園を訪れている、という事もあるのだろう。
「……こちらこそ」
「セニアちゃんもよろしく!」
僕が小声を漏らしただけに対して、さっそく美海は絡みに行っている。
忙しない子、などと同年代にも関わらず年長者のような感想を抱いてしまうが、新しい環境、初対面の仲間、といった状況では彼女ぐらいの態度が好ましい。
僕は一歩引いて、
(なんというか、記憶喪失のアウロラはともかく、他の世界の人は明確な目的を持って学園に来てるんだな。意識の違いがあるというか)
真っ先に思い当たる点はここだ。
ソフィーナは異変への対策のため、セニアは四つの世界について学ぶために。
言わば、世界連結という大事件に対して、何らかのスタンスを持って動いている。
それに比べて、僕と美海は素質があったから、なんとなく進学した程度でしかない。
良くも悪くも、普通の少年少女なのだ。
アウロラのような事情持ちは例外として。
逆に他の世界にも興味本位の生徒は居るだろうし、地球出身でも明確な目的を持ったプログレスも居るだろうが、とにかく二種類の生徒が居る事は間違いない。
おそらく短期間で表面化するこの隔たりは、一体何を齎すか……
そこまで思考を巡らせた所で、パンッと女性教師が手を打った。
「さて、紹介は終わったみたいだな。さっそく、測定カリキュラムを始める! まだまだ本格的なものじゃないが、各々の力を見せてみろ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
測定の先陣は、黒の世界のソフィーナが切った。
これは妥当な所だろう。実力と経験を兼ね備えているのは、四人の中で彼女だけだ。
コロシアムの中心に立つと、ソフィーナは高々と片手を掲げた。
すると彼女の片腕から凄まじい規模の炎が噴き出し、その輝きが周囲を赤く染めた。
絶え間なく炎が放たれ続ける様は、噴火中の火口のようだ。それでいて、自然のものよりも整然としており、別種の美しさがある。
ソフィーナは名うての魔法使いであるらしいが、これは純粋なエクシードの放出と制御。
魔法による強化や応用などは使っていない。つまり、彼女は奥義の類だけでなく、基礎中の基礎から高い実力を有している事の証左だった。
「流石は天才魔女、基礎は測定するまでもなかったか。ついでで悪いが、少し上のレベルの測定にも付き合ってくれないか? 他のメンバーは経験が浅くてな。実力者の手並みも見せておきたい」
「いいわよ。大した事でもないもの」
ソフィーナは花が咲いたような笑みで快諾すると、女性教師の指示に応じて、自由自在にそのエクシードを振るった。
まずは多数のプログレスが持つ飛行能力で宙を舞い、その技術を披露した。炎の集束、拡散、さらには奔流を生み出し、空中を彩る。
使い魔か魔法の発露か、彼女の動作に付き従うように蝙蝠が舞い、主の姿を惹き立てた。
まるで彼女だけに許された、唯一無二の演舞だ。
この手のエクシーズ披露は青蘭島の外部向けに公開される事があるが、ソフィーナの即興は厳選された映像にも匹敵する。
僕にとってはあまりに遠い世界だが、美海達、プログレスにとっては凡人以上に感動と一種の尊敬を抱かさせるものであるらしい。
三人とも興味深げに見守っており、特に美海は率直にすごいすごいと喝采を送っている。
ソフィーナは冷静に応じる、かと思いきや、まんざらでもないらしい。
演舞の間にも、頬を薄く紅潮させ、笑顔で賛辞に応じている。
(意外に調子に乗るタイプ? いや、素直に褒められて嬉しいのか)
重大な使命を帯びた黒の世界のエリート。それは紛れもない彼女の本質ではあったが、ここでまた別の、彼女個人としての一面を見た気がした。
なんというか、可愛いと思う。向こうにとっては迷惑な話だろうが。
……どうにも、つい見入ってしまったらしかった。
ソフィーナを除いたプログレス三名が前に出たため、僕は一人、正確には女性教師と二人で残されてしまった。
思い返せば、これが教師の狙いだったのかも知れない。
「そうそう、お前のαドライバーとしての素地だが……はっきり言って赤点だ」
「……なんとなく、分かってましたけど」
応じつつも、僕は内心で身構えた。
上手くプログレス達の意識を逸らした、という事は彼女達には聞かせたくない話をするという事でもある。
「才能以前にまず、αドライバーはプログレスと絆を育み、その力を引き出す役割を持っている。要は絆を育めない男には何の価値もない」
耳が痛い指摘、ではあったのだが、あっさりと脳を通過した。
納得するも、どうでもいいとか、どうしようもないとか、諦観する面が大きい。
「女連れでコロシアムにやってきたから、少しは期待したが酷かった。自己紹介の間も、とにかく積極性がなかったな」
「積極性があったら、好意的な反応もらえてましたか?」
だからどうした、という程度にしか思わなかったが、相槌程度に質問する。
尋ねられれば、女性教師は顔を逸らした。
「どうせ、すでに知り合っている日向も……」
(あ、露骨に無視された)
「一から十まで向こうからのアプローチだったんだろう。見た限り、日向は友達を選ぶタイプじゃないが、自然と中心人物に収まる性質でもある。そこから遠く離れた、お前と知り合ったのは事故のようなものだ」
「というか、事故そのものだったんですけど」
飛行状態からの衝突。出会いからして、こちらの行動も意思も反映されない形だ。
もし、ごく普通の形、例えば登校後の教室などで出会っていたとすれば、おそらく美海には友達が多く居ただろうし、僕は遠巻きにそれを眺めていただけだろう。
もしというだけでなく、おそらくはこれからも、徐々にそうなっていくのだろうが。
女性教師の言葉は正しい。とはいえ、こちらも細かく批評されれば、うんざりもしてくる。僕は単刀直入に尋ねる事にした。
「ご指摘はいちいち尤もだと思いますけど、じゃあ具体的にどうしろと?」
「どうせ、お前は捻くれていそうだからな。教育者としてではなく、学園の関係者として、こちらの都合を話すぞ。ま、要求自体は単純だ。とにかくプログレスにとって、都合がいい男を演じて青春ドラマに興じてくれ」
と、身も蓋もないが、紛れもない本音で女性教師は語った。
ここまでの事を言うとは思わなかった。一瞬、返答に窮して、どうにか声を絞り出す。
「……それ言っていいんですか?」
「お前は捻くれていそう、だとも言っただろう。耳障りを良くして欲しいなら、いくらでも言い換えるが、結局は同じ解釈をするからな。強いて付け加えるなら……誰だって、誰かに役割を求められているんだ。自分だけが特別だと思わない方がいい」
それは、そうなのだろう。強制力は低いが普通の学校でも、より良い成績、模範的な生活態度は求められる。
青蘭学園ではそれに、望まれた人間関係が加わるだけだ。
僕の場合は、望みに応える以前に、普通レベルの人間関係が難しいのだけど。
「……じゃ、先生も役割を担うわけですね。その青春ドラマとやらで」
「いや、私は生徒の自主性に任せるさ。特に、お前らは普通より手間がかかりそうだし」
女性教師は笑った。一瞬、嘲笑のように見えたが微妙に異なる。
捻くれた生徒を笑い飛ばしているようで、どこか期待するような。今までの酷く現実的なやりとりが、まるで無意味だと言わんばかりの。
ちっぽけな可能性が、何かを覆すこと知ってるような。そういう笑いだった。
その後、ソフィーナの測定が終われば、セニアとアウロラがそれに続いた。
一人目ほど高度ではないが、二人とも単純なエクシード放出で好成績を収めた。
そして、やっと最後の一人、日向美海の
(大丈夫かなぁ……)
などと、一応知り合いなので僕は心配している。
なんと言っても、彼女がエクシードを使ったのを見たのは一回きりで、それも飛行に派手に失敗して衝突されたからだ。
「ほう、日向が心配なら傍についてやったらどうだ?」
「いいえ。先生こそ傍については? 青の世界のプログレスは色々不慣れでしょうし」
おそらくはボロボロになっていた僕と美海の姿を見て、ある程度の事情は察したのだろう。
そっと美海から距離を取る女性教師に、僕も続いた。
「教師より、同世代のαドライバーの方が色々効率的だろう? それに役得じゃないか」
「右も左も分からない新入生ですから。先生に頼るのは当然の事かと」
「ふふふ……プログレスと距離を置くαドライバーか。成績は覚悟しているんだろうな」
「……一般論ですが、教師の横暴と怠慢は然るべき機関に通報するべきですよね」
などと、僕はいつになく饒舌に語り、教師相手に火花を散らしていた。
これは同レベルのお互い様だが。
「……あなた達、なにやってるのよ」
それを見ていたらしく、ソフィーナが呆れ顔で首を振った。
彼女達は僕と女性教師よりは近くで美海を見守っている。プログレスは身体能力も強化されるうえ、自衛能力もあるため僕達ほど警戒する必要はない。
「ちゃんとやらなきゃ……」
もっと軽い調子かと思ったが、意外にも美海は真剣に集中し呟いている。
しかし、ソフィーナたちはともかく、僕は不安をさらに煽られていた。
ちゃんとやらなきゃ、という事は、つまり普段はちゃんと出来ていないという事。
だいたい、僕が明日から頑張ると言った場合と同じくらいの信憑性だ。
エクシードの原動力――時にエクストラと呼ばれる事があるが、それが具体的にどのようなものかは、一般には公開されていない。
ただ、その幾つか周知されている性質も存在する。
その一つは力、あるいはその働きの可視性はエクシードごとに違うという事。
美海の場合、足元からの発光、および光の粒子の乱舞という形で現れるらしい。
それらと重なる形で、美海の周囲に風が吹き荒れる。
(風を操るエクシード……でも、これ制御できてないような)
そっと崩れそうになった前髪を押さえて、僕は観察する。
美海のそれはソフィーナは当然として、セニアやアウロラと比べても荒く見えた。
風の規模だけなら大したものだが、上手い下手以前に不安定すぎる。
「わっ……!」
やがて、美海の口から不吉な声が漏れた。
「わわ、わわわわ……っ!」
力の発露に慌てふためきながらも、暴風は止まらない。乱れる大気に触れた芝生が激しく揺れた。必死に制御を試みているらしいが、徐々に荒れた風の範囲は拡大していく。
「誰か……止めてぇ!?」
やがて限界は訪れた。抑えられた力が弾けるように解放される。
局所的な暴風が一気に駆け抜けた。予期していなければ、立っていられない程の風に打たれ、僕は咄嗟に腕で顔を庇っていた。
「なっ……!? 数値はとんでもないが、これは……」
僕と同じく腕で顔を庇いながらも、女性教師は端末の数値を見て、目を見開く。
よほどの数値が記録されたらしいが、それ以上の問題があるらしい。
(力の開放どころか、これはもう暴走じゃないか……)
美海のエクシードは本格的に拙い状態へと移行しつつあった。
先程の暴風は一瞬だったが、また本人の制御を離れ、その風力は強まっていく。
嵐の中心、美海の周囲を見れば、大まかに理解できるが、仮に第二波があれば先程以上の威力になる。
いよいよ、穏便には済まない、と僕が覚悟した所で二つの影が美海に迫っていた。
セニアとアウロラだ。やや遅れてソフィーナもそれに続く。
だが、接近も容易ではない。美海のエクシードが乱れ、風の乱流が彼女達に襲い掛かる。
その時だった。コロシアム内の空間が不可思議な力で覆われた。
見た目はフィクションか白の世界の技術で言えば粒子か光学的なバリアに近い。形状は角錐、いわゆるピラミッド型だ。
「施設に据えられたαフィールドを展開した。後は思いっきりやれ!」
女性教師がセニア達に向かって張り上げた声で、僕は合点がいった。
αフィールドとは本来、僕のようなαドライバーが形成する特殊な空間の事だ。
この空間内部では、αドライバーはプログレスのダメージを肩代わりする事ができ、また外部への被害も抑える事が可能だ。
これは解明が進んでおり、機械でも代用する事ができる。そのため、僕は密かにαドライバーって本当は要らないんじゃないか、と思っているが、内心だけに留めている。
ともあれ、解決は早かった。被害を抑えるという意味では、αフィールドは様々な意味で有用だ。セニアとアウロラは躊躇無くエクシードをぶつけ、美海側の暴走を制したのだ。
瞬く間に嵐が途絶え、それに備えていた姿勢を不安定なものになる。
これで一応、アクシデントは無事に解決したのだが。
「……分かっているだろうが、本当ならお前が好感度を稼ぐ場面だったぞ、今のは」
「え……? あー、すみません。でも、ちょっと最初にしてはハード過ぎるような……」
「この程度で、つべこべ言うようなら、しばらくは期待できそうにないな」
呆れ顔で女性教師はため息をつくと、施設のαフィールドを消失させた。
つい、他人のような顔で見物してしまったが、手馴れたαドライバーならフィールドを形成、場合によっては主導権を握っていたかも知れない。
好感度うんぬんは置くとしても、頼りない対応だったのは間違いない。
何の経験もなく、教育も受けていない状態で動けというのも無茶な話だが。
当の美海は、と言えば、相当な力の衝突があったようだが、αフィールドが機能したらしく、怪我一つしていない。
しかし、負担はあったのか、その場でへたり込んでいる。
「うう、今の心臓に悪かったよう……セニアちゃんにアウロラさん、ありがとう」
美海は口調こそ軽いが、心臓に悪かったという言葉に嘘はないらしい。腰が抜けた訳ではないだろうが、胸を押さえたまま動かずにいる。
お礼を言った後に、セニアやアウロラと言葉を交わして交友を深めている。
やがて、少し遠巻きに眺めていたソフィーナにも美海は目を向けた。
「ソフィーナちゃんも助けようとしてくれてた、よね?」
「私は何もしていないわよ。お礼なら、先生にも言ったら? フィールドを形成したのは最善の判断だったもの」
取り澄ませた様子で顔を逸らすソフィーナだが、無愛想というには可愛らしい様だ。
なんというか、美少女って得だな、とつい思ってしまう。
指摘されてようやく気が付いたのか、美海は女性教師に手を振って礼を言った。
それに対して、女性教師は軽く頷くと、端末を眺めたまま片手を上げて応じている。
で、ソフィーナよりもさらに遠巻きに、陸の島流し状態となっている僕は。
(すごい勢いで蚊帳の外に置かれてるな……)
見事に孤立コースだった。美海がやたらイベント豊富で、人間関係の形成が早いため、その速度が普段以上になっている。
経験豊富な身から言わせてもらえば、もう明日には入り込む余地が無くなると思われた。
うん、分かってはいたけど、やっぱ無理だった。少々の切っ掛け程度では、どうにもならない程、僕の対人能力は低いらしい。
美海はたぶん、平均より秀でている部類だが、それを差し引いても僕は見劣りしている。
「でも、まあ……誰か怪我するよりは良かったか」
自分は蚊帳の外とはいえ、何とか丸く収まった様を見て、胸を撫で下ろす。
だが、考えてみれば、肝を冷やす必要もなかったのかも知れない。
おそらく、測定の選ばれたこの場所は万全の準備が整っていたのだろう。αフィールドの発生装置が設置されていた以上、万に一つにも重傷を負う生徒は出なかったはずだ。
不安定なプログレスを集めている学園がまともに回っているのも、こういった設備が整っているからだ。
一方、女性教師はどこか浮かない様子で、端末を睨みつけていた。
何度か操作を繰り返し、間違いが無かった事を確認するとため息を吐く。
「丸く収まったが、上手くやり過ぎたな。全員が規定値を突破した……」
「……規定値?」
と、僕が聞き返したのは一番近くに居たからだが。
女性教師は端末から目を離すと顔を挙げ、その場に居る全員に告げた。
「規則だ。測定に次いで、
幸か不幸かは分からないが、初日の波乱にはまだ続きがあるようだった。
だいたいプロモーションアニメ2014の序盤をなぞった展開です。
なぜ芝っぽい足場から葉っぱが舞ってるのか一週間ぐらい考え込みました。嘘です。
・登場人物&用語解説
女性教師
リンケージにおける竜斗や美海たちの担任を想定。名称不明。
といっても、描写が少ないちょい役なので好き勝手書いている。
タマちゃん先生でも良かったんだけど、あっちは親身でまとも過ぎるというか……
言語問題
それぞれの世界や国籍でまったく違う言語を話しているらしいが、青蘭島内部では通じるようになっているらしい。(青蘭学園 学級日誌 アインス談)
詳細は不明だが、そういう技術があるという事なのだろう。
青蘭島の外部で会話が通じている場面も多いが、気にしてはいけない。
αフィールド
基本的にはαドライバーが発生させる一種の結界のようなもの。内部ではαドライバーはリンクしたプログレスのダメージの肩代わりする事ができる。
また、フィールド外への被害を押さえ込むため、派手な戦闘を行っても校舎などに被害が出ることはない。
漫画やソーシャルゲームでは周囲に空間を展開しているが、アニメではプログレス個々を保護する形で発生している描写がある。
ある程度は解明しているらしく、機械から発生させる技術がある。コロシアムの観客席の保護機能、風紀委員の腕章などが主。
腕章はアニメの事件の時に使えよ、と正直思った。