アンジュ・ヴィエルジュ ダメ人間によるメインストーリー 作:ヤドリ
ブルーミングバトル。
その名称を聞いて、この場に居る面々は全員が何らかの反応を見せた。美海は興味深そうに瞬きし、ソフィーナとセニアは静かに緊張を纏った。唯一、アウロラは穏やかに女性教師の方を見返しただけだった。
(実戦。いや模擬戦なんだけど、スポーツの試合と同程度には実戦か)
ブルーミングバトルとは、
青蘭学園では効率的なエクシードの成長もカリキュラムに含まれているのだが、これはその中でも代表的なものの一つだろう。
エクシードを強化する際、能率が良いとされる訓練はいくつか確立されている。しかし、実践に勝る訓練なしというべきか、創意工夫を凝らし互いにエクシードをぶつけ合う環境では、単なる訓練以上の成果を期待できる。
(もっとも、異変への対応や武力衝突の訓練も含んでるんだろうけど)
捻くれた僕としては、互いにエクシードをぶつけ合うにしても、戦闘形式である必要はないのではないか、と思ってしまう。
何事にも理由はあるものだ。スポーツや他の競技ではなく、戦闘でなければならない理由が。
今現在の所は平和だが、青蘭学園が権謀術数の渦に巻き込まれる可能性は常に指摘され続けている。
「先生、質問いいかしら?」
と、ソフィーナが挙手をして発言の許可を求めた。
女性教師は複雑そうな渋面を作った。生徒としては、せめて丁寧語を使って欲しいが、他の世界の住人は見かけから年齢が分からない。
ソフィーナの方が年上の可能性もあるので、いまいち指導しにくいのだろう。
「……いいぞ、言ってみろ」
「ブルーミングバトルの最低構成はプログレスとαドライバーがそれぞれ一人。試合をするにはαドライバーの頭数が足りないと思うのだけど」
これは僕も同じく疑問だった。最低構成については、島外に公開されている情報の中にもある。
複数人でαドライバーを使いまわすとしても、試合を行うには最低でも二人必要だ。
「さすが予習はしているみたいだな。今回は初めてという事で特別だ。基本的にアルドラは施設備え付けの機器で代用する。ただし――」
αフィールドによりプログレスの保護を行う事は、機械でも可能。しかし……
そこで不敵な、僕にとっては嫌な予感がする笑みを浮かべ、女性教師がこちらを見てきた。
「唯一のαドライバー、お前は日向美海と組んでもらう」
堂々と特別扱いを宣言。それほど驚きはなかった。
仮に参加とすれば、αドライバーは誰か一人と組む形になるだろう、と。
未訓練では負担を顧みても、一人のダメージを肩代わりするだけでも相当厳しいはずだ。
「……なるほどね。そういう事」
「そういう事だ」
この時点で納得して頷きあう、ソフィーナと女性教師だったが、当事者の一人である美海が首をかしげた。
丸い目を瞬かせながら、束ねた栗色の髪が揺れる。
「えっと……どういう事かな?」
「……ハンディキャップだよ」
小さく呟く。というか、これが僕の標準的な声量だが。
美海も中途半端にしか聞き取れなかったらしい。こちらを覗き込むように、小さな顔を近づけてくる。
「はんでぃきゃっぷ?」
「……距離が近い」
内心、動揺しながら慌てて日向美海から距離を取る。
妹を除けば、ここまで異性に接近されたのは数年ぶりなので、免疫がないのも仕方ない。
どうにか自分を落ち着けると、どう説明すべきか思案しつつ口を開く。
「プログレスとして日向さんは数ヶ月程度の新米だけど、他のみんなは違う。他の世界では幼少の頃からエクシードに触れてきた。だから入学直後では差があって当たり前なんだ。だから、それを埋める為に有利にする処置を取るって事」
ソフィーナ以外のメンバーは特殊例なのだが、構図自体は変わらない。
セニアはブルーミングバトル用に開発された以上、相応の情報がインプットされているはずで、記憶喪失のアウロラも赤の世界の一般常識程度にはエクシードを認識しており、美海よりはだいぶマシと言える。
そのうえで唯一、不利な美海にαドライバーが宛がわれた、という流れだ。
美海は相変わらず目をぱちくりさせていたが、やがて首肯してから微笑んだ。
「そっか。じゃあ、私と君の二人でチームだね。頑張ろう!」
「あ、うん」
向かい合って確信する。この笑顔は絶対に、半分くらいしか理解していない顔だ。
何やら美海は片手を上げて手の平を向けてきたが、僕はスルーした。
この時、ハイタッチがしたかったらしい、と気が付いたのは明日になったからの事だ。
「方式はプログレス四名によるトーナメントだ。組み合わせは直前に発表する。ルールは青蘭学園の標準を一対一用に単純化したもの。これは携帯端末から確認できる。αドライバーの補助機器、コンソールや専用のPAOは未使用とする。これで以上だ。質問はないか? 無ければ、休憩に入っていいぞ」
この場に集った僕を含む五名の生徒からの質問は無かった。
後は、ここで小休憩を挟み、各自の判断で少ない時間を過ごす事になる。
「さて、プログレス達は優秀なようだが、肝心のαドライバーは……」
生徒達が散った瞬間を見計らうかのように、女性教師は口元を緩めた。
教職としての責務を忘れた訳ではないが、彼女は往々にして、その場のノリや展開を楽しむ癖があった。
興味深い時、予想外の展開となった時、トラブルの種がある時。とにかく面白くなる事は大歓迎だ。特に個性的な生徒は。
良くも悪くも、あのαドライバーはプログレス達とは異質の人間だ。関わり続ければ、小さくない影響を及ぼすだろう。
「頭は悪くない、世界間のギャップも当然のように意識している。良い傾向だが、それだけで勝ち抜けるほど甘くはない。ま、お手並み拝見といこうか」
どこか楽しげな彼女の呟きは、誰の耳にも届く事はなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今まで一度も自分の思い通りに事が運べた覚えないがない。
僕はそういう人間だったのだが、この休憩中も例外ではなかった。
「ああ、もう……」
試合前のミーティング、というより最低限の打ち合わせはやっておきたかったが、肝心の日向美海はあまり一箇所に、じっとしていられない人間であるらしい。
小休憩に入るや否や、ちょっとごめんね、とだげ告げると、放たれた矢のように他の生徒に絡みに行った。
アウロラとセニアについて不安はない。アウロラは誰とも上手くやれそうなタイプ、セニアについては受身である以上、美海の方に問題がなければ上手くいくだろう。
仮にすれ違いが起きるとすれば、ソフィーナだ。
「あ、それでね、ソフィーナちゃん」
一見して、彼女達に何の問題も起きてないように見えた。やや美海が空回り気味だったが。
青の世界、地球の事。黒の世界の事。学園や異変について。
よくもまあ矢継ぎ早に話題が出せるなと思う。まるで機関銃だ。
ただ、根本的な所で歯車が噛み合っていないように思えた。
美海の好意は、僕もおそらくはソフィーナも理解している。だが、嫌いだから距離を置いている訳ではないし、無理解から一線を引いている訳でもない。
それでも、美海は真っ直ぐに距離を埋めようとしているが、それにも限度があった。
「あのね……日向さん」
美海の話を遮る形を意図して、ソフィーナは切り出した。
薄氷の上で成り立っていた明るい雰囲気に亀裂が入った、ような気がした。
「こうして話しかけてくれる事態は嬉しく思うわ。青の世界の話は勉強にもなったし、あなたが青蘭島で行ってみたい場所というのも、本当に楽しそうだった。でも……あなたと友達にはなれないの」
ソフィーナは微笑んだ。その表情から、複雑な内心が透けて見えたようにも思えた。
本当に美海との会話は楽しかったのだろう。一方で、寂しさと動かし難い矜持のようなものがある。
「あなたは、まだ何も持たないけど未来ある新入生で、これから大事な何かを積み上げていく。きっと楽しい学園生活が待っていて、友達も沢山作れると思うわ。私は魔女王の片腕で、天才なんて呼ばれる事も、いつの間にか当たり前になっている。異変の対策も学園生活や友人関係より優先しないといけない」
ソフィーナは指折り数える。それは二人の相違点であり、埋め難い距離だった。
友人が居ない僕が言えばやっかみになるかも知れないが、この世に無条件の友情など存在しない。一度成立した友情は何よりも大事になるかも知れないが、それを育むには幾つかの要因が必要になる。
対等な関係で、同じ場で同じ時を過ごし、同じ事を語る。それはとても重要だと思う。
そして、美海とソフィーナにとっては欠けた事柄でもあった。
「ほら、あなたと私とでは、あまりにも違うでしょう?」
優しく諭すように、ソフィーナは結論を告げる。
美海はきょとんとした顔で見返していたが、やがて口を開いた。
なぜか双眸にたっぷり自信を湛えて。
「大丈夫だよっ!」
「……なにが?」
「世界の事も、異変の事も、私が手伝うから!」
当のソフィーナと傍から聞いていた僕は、ガクリと同時に肩を落とした。
根拠になってない。というか、君の頭が大丈夫じゃない。
丸々とした両目を見て、人間ここまで頭を使わずに物が言えるんだな、と僕は感心してしまう。
「『違う』なんて理由にならないよ。青蘭学園は違う世界の人も、違う力を持つ人も、違う目的の人も居て……みんなで頑張ろう! って場所だもん。きっと何かが違っても友達になれるよ!」
能天気ながらも、意外に真剣そうな眼差しで美海は語っていた。
非常に大雑把な表現ながら、青蘭学園は根底から『違う』人々を束ねる場所でもある。
異変、各世界の危機には対応するには、それが最善とされるからだ。
それが正論だとは僕も認める。一方で、それが絵空事だとも言わざるを得ない。
美海の語るそれは、成立している理念ではなく、未だ目指している理想だ。
なにより、本当に世界を救う手立ては「みんな」で頑張る事、だろうか?
僕には疑念がある。
実際、ごく最近に
結論から言ってしまえば、何もできないに等しいだろう。
本当に世界を救えるほどの才能を持つ少女は一握りだ。
例えば彼女――ソフィーナのような。
「……平行線ね。夢を見るのも理想を持つのも良い事だと思うけれど、私はもうその先の結果を第一に考えないといけない立場なの。それが一番の違いみたいね」
それはソフィーナからの話を打ち切るという宣言だった。赤紫の髪を翻して去っていく。
落ち着いた口調ながらも、有無を言わせない。理性で構築された壁のような雰囲気だ。
さすがの美海も咄嗟に呼び止めるような事はしなかった。
ただ無言でソフィーナの背を見送っている。
いまいち表情は読めなかったが、もしかしたら少し落ち込んだ、のだろうか。
普段は放置する所だが、今の彼女はチームメイト。何もしない、という訳にもいかない。
「えーと……残念だったね」
僕はやや躊躇いながらも、美海に声をかけた。
「ううん、今の脈ありだよ! 脈あったよね!?」
「え、ええー……?」
なぜか食い付いてきた。ぐっと一見、華奢にみえる手先で美海は拳を作っている。
ちなみにプログレスは身体能力も強化されるので、僕程度は軽く殴り殺せたりする。
あれで脈ありとはポジティブシンキングだな! と思うのだが、正直な所、僕は自信を持って否定する事は出来なかった。
なにせ、コミュ力は美海の方が圧倒的に高いのだ。そのため、僕にとって彼女の言葉は専門家の見解に近い。そう言ってるのなら、そうなのかな、という程度の。
「あー、うん。万が一程度の脈はあったね。でも、下手に押し付けても拗れるだけなんじゃ……」
「うーん? そっか、そうだよね。じゃあ、一番確実な方法を取らないと」
(諦めるとか、時間を置くとかいう選択肢はないのか……)
実際、この辺りの対応が無難に思えるのだが、僕が実践した事はほとんどない。
そのため、いまいち自信を持って美海に反論や指摘はできなかった。
ぶつぶつと、口から思考だだ漏れで頭を捻る美海だったが、やがて手を打った。
「よーし……殴り合いだね!」
「ひえっ」
あまりに唐突な発言に、少し身震いしながら、悲鳴らしきものが漏れた。
なんで、そこでバイオレンスな発想が出てくるのか。
やや過剰な反応になったが、さすがに美海も拙いと思ったらしい。
慌てて手を振りながら、誤解(?)を解こうと弁明してくる。
「あ、力づくでとか、そういうのじゃないよ? 夕焼けの浜辺で殴り合うみたいな、想いを全力でぶつける! って感じだから。男の子なら分かるよね」
「すみません。分からないので、もう少し具体的にお願いします」
それ結局、殴り合って暴力で屈服させるって意味じゃないのか。
「なんで敬語? えっと、ね。今のソフィーナちゃんは普通に話しても、上手く気持ちが伝わらないと思うの。だから、ブルーミングバトルでガツンって」
ガツンの詳細が知りたいのだが。後頭部への強打とか、そういう類か。
とはいえ、要領を得ない物言いであっても、察せる事はある。
「……なんとなくは分かった。口だけの理想より、やる気だけでも行動で示した方が納得できる事もあるんだろ、たぶん。手伝うという件も、君は本気で言ってるんだろうし」
「そうそう、それだよ!」
推測を口にすると、勢いよく美海が同意してきた。
口先だけでは伝わらない誠意も、行動でなら伝わる事がある。
まったく共感はできないが、要するに何もかも本気なのだ、この子は。無理とか難しいとか、そういう理屈はまったく見ずに、ただ目標に向かおうとしている。
異変の事も、ソフィーナと友達になる事もそうだ。
正直、頭が痛いと思った。同じ青の世界、地球の出身だが、たぶん生きてきた環境も価値観も僕とはあまりに違いすぎる。
僕は失敗や諦める事が当たり前になっている。が、美海は望んで手に入るものと、望み続けていれば、いつか手が届くもの。それしか知らない。
どこか眩しいが、あまり関わりたくないタイプだな、と思う。
ただ、結局は目前の出来事を優先しなければならない。今はブルーミングバトルの直前で、彼女はそのパートナーだ。
「分かった。僕も日向さんも素人だけど、せめて善戦しないと話しにならない。君のエクシードで出来る事とか、作戦を話し合いたいんだけど……」
「うん。絶対に勝とうね」
「いや……絶対に勝つというのはちょっと……」
張り切った様子で笑顔を浮かべる美海に対して、僕は肩を落とした。
早くも価値観の圧倒的なズレを感じる。ここで投げ出したらダメなんだろうか。
人間関係とか、PAOとか色々と解説を置きたかったけど、今回はお休み。
ある程度、定期的に更新するのは思っていた以上に難しい……