ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味   作:むこ(連載継続頑張ります)

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 こんばんわ、明日休みなので話の筋が固まっているところまで一気に書き上げようと思います。体力と気力と精神が尽き果てる前に書き尽くします。
 今回、本編ではほんのちょっとしか出てこなかった人物が意外な活躍をします。それでは第11話、ご覧ください。



第11話~光明~

 

 西暦2026年1月31日土曜日 午後21:05埼玉県川越市

 

 和人は神奈川県横浜市と埼玉県川越市、往復4時間の距離をオートバイで走り抜き、満身創痍で自宅へと戻っていた。昨日から色んなことが起きすぎた。たった二日で恋人が出来て、今度はその恋人である少女の命を、医者でもない自分が救おうというのだから。

 

 普通に考えたらまず不可能だ。自分は普通の学生だ。患者の命を救うのなら今からでも医学を勉強して医科大学に専攻し、医者の卵になってさらに先生のもとで働きながら勉強をする。何年も何年も、一人前の医者になるにはそれぐらいの年月を必要とする。それが極々一般的だ。

 

(それじゃあ遅すぎる! 一体何年かかるんだ! そんな悠長にしている間に木綿季は死んでしまう! 俺に時間なぞ残されていない、今すぐだ……今すぐに木綿季の病気を治してやる必要がある! 何か、何か手はないのか? 何か……!)

 

 様々なことを考え、改めて木綿季の病状の重さを痛感した和人は、肩を落とし、重苦しい空気を漂わせたまま、玄関の扉に手を掛けて漸く帰宅した。

 

 横スライド式の扉をガラガラという音とともに開けると、なんだか随分久しぶりのような気がする我が家の玄関が目に飛び込んできた。

 和人が帰宅すると玄関がセンサーライトで明るく照らされ、その光とドアの開閉音、そして人の気配で和人が帰ってきたことを知った家族が、和人を出迎えにきてくれた。

 

「ただいま……」

 

「お兄ちゃんおかえりなさい、遅かったね……」

 

 まず和人を出迎えたのは妹の直葉だった。和人と同じ黒髪を、首元まで伸ばしたおかっぱ頭に二本のヘアピンを差したヘアスタイル。子供とは思えない抜群のプロポーション。その健康的な体に赤色のセーター、下は紺色のジーパンを拵えていた。

 

 直葉には出掛けることは伝えていたが理由などを全く知らせてなかったため、直葉は心配そうな表情で和人を見つめていた。和人が暗い表情を浮かべていたものだから尚更であった。

 

「ただいま……スグ。遅くなっちまって悪いな……」

 

「えっと別にいいよ、遅くなるって言ってたし。それよりご飯出来てるよ? もう冷めちゃったけど……」

 

 直葉は和人の袖を引っ張るとリビングまで連れていこうとした。そこにもう一人の和人の家族が姿を現した。義母の桐ケ谷翠である。

 前髪を二つにかき分け、それ以外の髪を後ろでまとめたショートヘア。生地が薄めの黒のジャケットにクリーム色のセーターに下半身はすらっとした細い脚が強調された黒のジーパンというコーディネートだ。直葉と和人のファッションセンスはこの翠譲りなのかもしれない。

 

 和人は幼いころに両親を交通事故で亡くしており、母親の妹の翠に養子として引き取られた。直葉はこの翠の一人娘であり、和人との本当の血縁関係は従姉妹ということになる。

 既に当人たちはその事実を知っており、知っていても隔たりなく今も良好な家族関係を築いている。翠は和人の事を本当の息子のように、直葉は本当の兄のように慕っている。

 和人も自分が養子だと知った当初は混乱し、現実から目を背けていたが今は翠を、直葉を掛け替えのない大切な家族として接している。

 

 翠は直葉に腕を引かれ、暗い表情を浮かべている和人を玄関まで出迎えに来た。最愛の息子がこんなにも元気が無く、疲れ切っている様子を見て翠も心配そうな表情を浮かべながら声を掛けた。

 

「おかえりなさい和人。随分遅くなったのね……一体どうしたの?」

 

「ただいま母さん……、ちょっと……いろいろあってさ……」

 

「とりあえずご飯食べちゃいなさい、あなた今日はお昼前にしか食べてないでしょ?」

 

「あ……うん、いただくよ……」

 

 さすが母親だ、義母とはいえ和人のことは熟知している。血のつながりなど関係なく、本当の息子のように可愛がっている。母親の鏡のようなお母さんだ。

 

 翠に晩ご飯を食べるよう言われた和人は、ダイニングに疲れた足取りで向かい、そのまま食卓につくと用意されていた晩御飯に箸をつけた。

 いつもみたいな食欲はないが折角母さんが作ってくれた食事だ。残さず食べなくては。しかしそう思いつつも今日は食欲が全然ない、食欲よりも上回っている気持ちがあったからだった。

 

「和人……食べないの?」

 

 翠は心配そうに声をかける、いつもは出されたものは全部平らげていた息子が今日は全く夕飯に箸をつけようとしていない。今夜のおかずは和人の好きな豚の生姜焼きに温かい豚汁だ。

 だというのにもかかわらず、和人は箸を手に持ったまま俯いてしまっていた。考え事か悩み事があるのだろうと、翠は表情を一変させ、真剣な眼差しを送りながら和人に質問を投げつけた。

 

「何かあったのね? 言ってごらんなさい」

 

 一発で見抜かれていた。和人は目を丸くして「どうして?」といった表情で翠に視線を送っていた。何か言いたげな和人に対して当然のように翠は母親としての対応をみせた。

 

「母さん、どうして……」

 

「何年あなたたちの母親をやってると思ってるのよ、伊達に二人の子供を育ててないわ」

 

「…………」

 

 和人は翠に、今自分が置かれている状況を話そうか思いとどまっていた。木綿季を助けると意気込んだはいいが、彼女を助ける方法にまるで心当たりがない。

 ならいっそ母親の翠に相談してみてはどうだろう、しかし母さんは医療関係者じゃないし、話したところでどうにかなるだろうか?

 そんな考えを頭の中で巡らせていた。

 

「何か困っていることがあるんじゃないの? 昨日までのあなたと全然様子が違うもの」

 

「え……、えっと……」

 

「話してごらんなさい、一人で悩んで抱え込むのはやめなさい。あなたには……私たちが、家族がいるんですよ?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、和人は高ぶる感情を我慢できずに、涙腺を崩壊させた。大粒の涙が次々と和人の瞳から滴り落ち、頬を伝いテーブルを濡らした。両手と両肩に力が入り、体を小刻みに震わせて和人は泣き続けた。

 

「お、お兄ちゃん……!?」

 

 急に泣き出した和人に二人は驚いた。直葉は慌ててズボンのポケットからピンク色のハンカチを取り出して、和人の涙を優しく拭った。しかし拭いても拭いても涙は止まらない。

 直葉は翠と視線を合わせ、どうしたらいいかと考えた。直葉は一向に泣き止まない和人の両手を優しく握り、和人が落ち着くのを待った。

 

 数分の沈黙が続いた後、和人は漸く涙が止まり、落ち着きを取り戻していた。翠はそんな和人の様子を見て、優しく何があったのかと声を掛けた。

 

「和人、何があったか……話してちょうだい?」

 

 話せる状態にまで落ち着いた和人は、瞳に溜まっていた涙を自分で手で拭うと、体を震わせながら重たい口を開き、今日、何があったのかを直葉と翠に話し始めた。

 

「……俺の大切な人が……遠くに行っちまうかもしれないんだ……」

 

「え……、大切な人って……明日奈さんのこと?」

 

 直葉からの返答に和人は首をゆっくりと横に振って否定した。和人と木綿季はつい今しがた恋人になったばかりだ。従って当然和人の周りの人間はその事実を知らない。

 直葉も和人にとっての大切な人は、当然明日奈のことだと思っていた。しかし和人の言う大切な人とは、今は木綿季のことだった。

 

「スグ、さっき俺……病院に行くって言って出てったろ?」

 

「えっと……うん、なんか横浜がどうのって……」

 

「横浜港北総合病院に面会に行ってきたんだ。そこに俺の大切な人が……いるんだ」

 

「え……横浜の病院って……」

 

 直葉は首をかしげて和人の言っている人物に心当たりがないかどうか自分の頭の中を探っていた。

 少なくとも明日奈は体を壊したということは聞いていないし、周りの友達や和人経由で知り合った友人達も怪我や病気だということは耳にしていない。直葉は全くその横浜の病院と自分の周辺の人間に関連性を見いだせなかった。

 

「ねえ、お兄ちゃんがお見舞いに行った人って……誰なの?」

 

「……ユウキだ」

 

「え……?」

 

「俺は今、ユウキと付き合っている……」

 

 直葉は目を丸くして驚いた。一気に自分の知らない情報が入ってきて混乱してしまっていた。まず和人がユウキのいる病院に行ってきたこともそうだが、和人とユウキがそういう関係になっていたことに驚きを隠せなかった。

 

「お兄ちゃんと……ユウキちゃんが?」

 

「ああ、一ヶ月前……俺、明日奈と別れて塞ぎこんでただろ? ユウキはそんな俺を元気づけようとしてくれたんだ」

 

「…………」

 

決闘(デュエル)したり、飯食ったり、一緒に冒険もしたよ」

 

「そうだったんだ……」

 

「……気が付いたら好きになってた。あいつのことを守りたいって、一緒にいてやりたいって、思うようになった……」

 

 木綿季のことを話し出すと、和人の表情はまた暗くなってしまっていた。普通は恋人が出来れば嬉しくなり、喜び舞い上がるはずなのだが、その様子は一切うかがえなかった。

 お兄ちゃんの様子がさっきから変だ、何でこんなにも悲しそうにしているんだろう……と、直葉は心配そうな表情で和人を見つめていた。

 

「でも……でも……」

 

「お、お兄ちゃん……?」

 

「ユウキが……遠くに行ってしまうかもしれないんだ……。俺の手の……届ない……遠くに……!」

 

 絶望の表情を浮かべている和人の様子を見て翠が察した。急に家を出て、駆け付けなければならないほどの事情を抱えた息子の恋人、そして帰宅するなりどうしようもなく泣き崩れてしまった姿を見て、翠は和人と木綿季がどのような事態に追い詰められているかというのを、理解してしまった。

 

「和人、その子……病気なのね?」

 

「え……?」

 

 直葉はまたもや驚愕の事実に驚きを隠せ勝った。ユウキが、あの絶剣のユウキが病気だということにだ。

 ユウキが病気だということは、スリーピング・ナイツのメンバーは勿論、アスナやキリトといった一部の知り合いにしか公言していない。よって直葉やSAO時代の知り合いも誰一人ユウキの体のことを知らないのだ。

 

 実際ユウキはALOでは元気に振舞っていた。その活発で元気いっぱいな様子からは、とても彼女が重たい病気に侵されているなどとは、とても想像できないだろう。直葉が知らないのも無理はない。

 翠に核心を突かれた和人はゆっくりと首を縦に振った。翠はその言葉を聞いて、何故和人が肩を落としているかを理解してしまった。

 

「和人、その子の病気は……何なの?」

 

 翠は落ち着いた口調で冷静に和人に木綿季の病気を聞いた。こういう時大人の存在というものは非常にありがたい。子供だけだと冷静な判断はそう簡単には出来はしない。翠は和人の頼れる心強い味方であった。

 和人は翠に聞かれると、ゆっくりと口を開き、木綿季が侵されている病気の名前を口にした。

 

「後天性免疫不全症候群。AIDSだよ……」

 

「え……AIDS!?」

 

 和人の口から病名が口外された瞬間、直葉は口を手にあて、目を見開いて驚愕の表情を浮かべていた。AIDSに侵されているということが、木綿季の未来がどうなってしまうかということを知っていたからだ。

 AIDSが治ったなどという事例は耳にしたことがない。ここにきて漸く、直葉は和人がどのような崖っぷちに立たされているかというのを理解した。

 

「ユウキちゃんが……AIDSだなんて……」

 

「………」

 

 これにはさすがの翠も驚きを隠せない様子だった。AIDSというものは世界的に有名な病気だ。世界各国でAIDS専門に研究学会や医療連盟組織が立ち上げられているほどだ。それぐらい深刻な病気なのであった。

 

 翠は顎に手を当てて、今の状況を整理していた。そしてしばらくして、なにか思い立ったのか、翠は姿勢を正して、はきはきとした声で和人に問いただした。

 

「和人は……どうしたいの?」

 

「……え?」

 

 翠からの突然の問いに、和人は困惑の表情を見せた。これからどうしたいかと、そんなこと聞かれるまでもない。俺は木綿季を助けたい、病気を治してやって現実世界で一緒に生きていきたい。

 あの時約束した、絶対に助けてやるって。しかし……今思えばなんて無責任な約束をしてしまったんだと、後悔の念も抱いていた。

 

「お、俺は……」

 

「答えなさい、和人」

 

「お、お兄ちゃん……」

 

 和人は再び涙を流し、自分の心に思っていることを外に吐き出した。本当に木綿季を助けてやれるかどうかはわからないし、仮にその方法があるとしても俺に出来るかどうかわからない。

 

 だとしても、引き下がるわけにはいかない。俺が引き下がったらどうなる? 誰が木綿季を救う?

 誰があの罪もない少女を助ける? 先生か? 明日奈か?

 

 ……違う、俺だ。俺がやるしかない! 俺がやらなければ……木綿季は、木綿季は……!

 

「俺は……木綿季を助けたい。助けるって約束した……! もう一度現実世界を一緒に歩こうって。いろんなとこに遊びに行こうって約束した……! 俺を信じろって! 絶対に助けてやるって!」

 

 和人は木綿季と約束したことを全て二人に話した。自分がどれだけ絶望的な位置に立たされているかも。これからどうすればいいかわからないことも。それでも木綿季を助けたいということを。

 

 翠は再び考え込んでいた、母親として今和人にしてあげられることは何だろうと? 自分はPC情報誌の編集者であって医療関係者ではない。和人の恋人の病気を治してあげることは出来ない。

 しかしそれ以外にも何かしてあげられることがあるかもしれない。息子の悲しい顔など見たくない、そう思った翠は厳しい表情で和人に強く言葉を掛けた。

 

「和人、その言葉に嘘はないのね?」

 

「え………」

 

「その子との約束と、和人の決意に嘘偽りはないかって聞いてるのよ! 和人ッ!」

 

 翠は手のひらでテーブルをバシンと叩き、強めに和人に言い放った。わがままな子供を、悪いことをした子供を叱りつけるように。和人の覚悟が生半可なものでないか、口だけの男でないかどうか問いただしていた。

 和人は涙を流し続けながら木綿季への想いが嘘ではないことを証明するように、胸のうちの想いを木綿季に対しての想いを全てぶちまけた。

 

「嘘なんかじゃない! 俺は……俺は、木綿季を助けたい……! 木綿季を……!」

 

 和人は言葉にならない言葉を発し、テーブルに突っ伏しひたすら泣いた。俺はなんて無力なんだろう、何であんな無責任なことを言ってしまったのだろう。後悔と罪悪感で押しつぶされて気が狂いそうだ。

 どうせならこのまま死んでしまえばどうだろうか、そうすればあちら側で…きっと木綿季に会えるかもしれない……。

 

 

【挿絵表示】

 

 

(ボク、和人を信じてるよ……)

 

 だめだッ! 木綿季は俺を待ってくれている! 治る見込みのない自分の病気を治してくれるのを待ってくれている!

  諦めてたまるか、諦めてたまるか! 諦めるなと言った俺が諦めてどうするんだ! 何がなんでも治すんだ! 助けるんだ!

 俺が動かなければ木綿季が死んでしまう……! 何が出来るかじゃない、やるしかないんだ!! 俺が……やるしか……!

 

 和人は弱気な自分を心の中で押し殺し、何かを決心したような表情になり、流れ続ける涙を自分の手で拭い去るとテーブルの上に両手を置き、真剣なまなざしで直葉と翠に向かって、思いの丈を話し始めた。

 

「母さん……俺は無力だ、なんの力もない。口先ばっかりで後の事なんて何にも考えてない」

 

「和人……」

 

「でも、でも……それでも俺は木綿季を助けたい……。助けてやりたい! だけど俺の……俺だけの力じゃダメなんだ……」

 

 もう手段は選んでいられない、木綿季が助かる為ならなんだってする。この俺のちっぽけなプライドでも何でもいい、全て犠牲にしてもいいから木綿季を助けたい。

 そう思った和人は椅子から立ち上がり、深く息を吸い込み、すべて吐き出すと顔つきを変え、深々と頭を下げ翠に助けを求めた。

 

「俺は木綿季が好きだ! 失いたくない! 傍にいてほしい! でも俺は無力だ……。だから頼む母さん!! 俺に力を……、力を貸してくれ……ッ!!」

 

 和人は頭を下げたまま静止していた。漸く和人の口から木綿季を助けてやりたいという覚悟を汲み取った翠は「やれやれこの子はしょうがないわね」といった顔をして、自分のビジネスバッグから仕事用のノートパソコンとタブレット端末を取り出した。

 そしておもむろにタイピングを始め、インターネットで何かを調べ始めた。

 

「直葉、悪いのだけれどコンビニにいって栄養剤ドリンク剤を買ってきてくれないかしら、たぶん今夜は徹夜になると思うから。そして和人、アナタはしばらく学校を休みなさい」

 

 直葉は困惑しながらうんと返事を返し、翠に言われるがまま財布と携帯を手に持ち、近くのコンビニまで言われたものを買いに出掛けた。

 和人は目にも止まらぬスピードでタイピングとマウス操作を続ける翠の行動に目を奪われていた。

 

「え……か、母さん……?」

 

「何をぼさっとしてるの! あなたも調べるのよ、AIDSについて。そして探すのよ、その子を治す方法を。必ずあるはずだわ。和人は根拠もなしに物事は言わない子だもの、だったら治せるはずでしょ? 私はPC情報誌の編集者よ? 誌を掲載するには情報が命、なんだからね?」

 

「かあ……さん……」

 

 和人は三度涙を流した。昨日今日で何度泣いただろうか。SAOをやって様々な出会いと別れを繰り返していくうちに、和人はすっかり泣き虫になってしまっていた。

 そんな感情豊かな和人を、翠は母親らしく優しく見守っていた。

 

「ホントに昔から泣き虫ね…和人は…」

 

 翠はそういいつつも、表情は穏やかであった。和人は翠に感謝してもしきれないだろう。両親を亡くした自分を引き取り育ててくれて、今度は自分の愛する人の命を救おうと力を貸してくれている。

 自分と木綿季の恩人に深く感謝をし、タブレット端末を受け取ると和人もAIDSについて調べ始めた。

 

 「Human(ヒューマン) Immunodeficency(イミュノデフィシェンシィ) Virus(ウィルス)」 「ヒト免疫不全ウィルス」 通称HIV。

 人間の血液中を流れる免疫細胞に感染し、これらを破壊してしまう。免疫細胞が破壊されてしまうと、日常のどこにでもあるちょっとしたウィルスですら、脅威となる。

 

 目には見えないが私達の周りには様々な細菌やウィルスが漂っている。これらは通常ならば私達の体には何の影響も与えない。

 私達の体の免疫細胞がこれらを撃退し、感染させないようにしてくれているからだ。しかし、HIVに感染し、その免疫細胞を破壊されてしまうと、たちまちこれらから身を守る術がなくなってしまうのだ。

 木綿季はまさに、今この状態となっているわけだ。

 

 免疫機能が低下した感染者は、一生涯薬を飲み続けて、HIVの活動を抑制し、免疫力が落ちないようにするしかない。

 だが、木綿季に感染したウィルスのように、薬に耐性を持ったHIVウィルスも実在する。そうなると、もう感染するウィルスや細菌が全く存在しない「無菌室」にはいるしかなくなってしまうのだ。

 

 そして外からの細菌やウィルスから身を守る手段がなくなってしまい、あらゆる感染症になりやすくなってしまっている状態のことを「後天性免疫不全症候群」 「Acquired(アクゥイアド) immunedeficiency(イミュノデフィシェンシィ) syndrome(シンドローム)」 通称AIDSと呼んでいるのだ。

 よく勘違いされがちだが、AIDSというのは病気の名前ではなく、症状の名前だ。

 

 免疫細胞を破壊され、薬での抑制も効かず、無菌室という密室から出られず、寝たきりの生活を続けている木綿季が、今どれだけの崖っぷちに追いやられているか、理解できただろうか。

 

 そして彼女は、AIDSの症状の末期を迎えている。この状態の彼女を救うには、もう元凶であるHIVを残らず駆逐して、免疫機能を回復させるしか手段は残されていない。

 

 正に和人と木綿季は、崖っぷちに立たされて……いや、既に崖から落ちて、這い上がろうとしているのだ。

 

 

――――――

 

 

 時刻は翌日深夜に差し掛かろうとしていた。

 和人と翠はひたすらにAIDSについて調べ続けていた。感染源、病状、治癒方法、対策等の基礎知識から、過去に治った事例がないかどうか等を徹底的に。

 

 時折目元を指で押さえたり、肩や腰を押さえ、疲労の様子を見せながらも時間があまり残されていない木綿季のために、ひたすらに指を動かし続けていた。

 

「木綿季ちゃんのHIVは薬剤耐性型だって言ってたわよね? 厄介なものね、病気を患うのに薬が効かないなんて……、病気を治すのに薬は必要不可欠だっていうのに……」

 

「ああ、俺も何度も思ったよ……。なんで木綿季ばっかりこんな不幸な目にあってるのかってな、自分のことじゃないのに運命を呪いそうになったよ……」

 

「でも、木綿季ちゃんの運命もそう捨てたもんじゃないんじゃない?」

 

 翠がそういうと和人はタブレットの操作をやめ、翠を見た。どうしてそんなことを言うのか、と。

 薬剤耐性型のHIVに感染したのが、AIDSを患ってしまったのが捨てたもんじゃない? 和人は一瞬翠が何を言っているのか信じられなかったが、その思い違いは翠の次の一言で一蹴された。

 

「和人と出会えたこと、それだけは幸運だったと思うけれど?」

 

「え、あ……うん。そう……だな……」

 

 和人は完全に固まってしまった。何でこの母親はさっきから図星ばっかりついてくるのだろう。

 和人は頬を赤くしながらうつむき、バツが悪そうにタブレットの操作を再開した。子供ながらにこの母親には一生敵わないなと悟ったのだ。

 

「さ、お喋りはここまで。絶対今夜中に手がかりを見つけるわよ、時間がないんでしょ? 木綿季ちゃんには」

 

 翠は栄養ドリンク剤を一気に飲み干すと気合を入れなおし、引き続きAIDSについて調べ始めた。和人もそれに釣られるように栄養ドリンクを一気に胃に流し込んだ。

 自分の両頬を思いっきりバチンッとひっぱたき気合を込め、手がかりを探した。

 

(何でもいい……何でもいい! 何か……木綿季を助けられる方法は……ッ!)

 

 和人は必死でAIDSについて調べていた。しかし基本的な対策と治療法が載ってるだけであって完治までの情報は載っていなかった。

 ダメなのか……俺は? 木綿季を助けられないのか? たった一日で道を閉ざされるほど……俺は無力だったのか……!

 

 和人が諦めの様子を見せている一方、翠は一人もくもくと指を動かし、AIDSとHIVに対して調べを続けていた。何か見落としもあるかもしれないと、様々なキーワードを打ち込んでは検索といった動作を繰り返していた。

 

「……それにしても、薬が効かない病気だなんて反則にもほどがあるわ。薬による治療がだめならあとは手術ね……。でもAIDSを治す手術なんて……聞いた……こと……?」

 

 その時、翠は何かを思い出したかのような顔をし、そしてすさまじい速さでキーボードを打ち、また何かを調べ始めた。

 とあるキーワードを打ち込み、検索結果から出てきた記事をクリックして、それを読むと翠の目つきが変わった。

 

 翠は探していた答えをついに見つけ出したのだ。その表情の変化を、和人は見逃さなかった。

 先程まで張り詰めた空気に包まれていた中、ここにきて一つの光明が差し込んできた気がした。

 

「これだわ……」

 

「母さんもしかして……もしかして……」

 

「見つけたわよ、木綿季ちゃんが助かる方法……!!」

 

 




 
 ご観覧いただき、ありがとうございます。やっぱりスマホで打つよりPCで打ったほうが効率が全然違いますね。和人のお母さんの翠が何かを見つけました。そしてここからは、和人の腕の見せ所です。

 それでは次回もよろしくお願いいたします。今月中に完結出来るかなぁ~……。
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