ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味   作:むこ(連載継続頑張ります)

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 こんにちは、ものっそハイペースで投稿をつづけている気がします。でも創作意欲が収まらないから致し方ないと思います!今回は1話のあの人が出てきます。
 今後のキリトとの関係がどうなるか気になっていた方は是非その目で結果を見届けてください。それでは第14話、どうぞ。
 


第14話~駆けろ~

 

 西暦2026年2月1日 日曜日午前05:00 埼玉県川越市 桐ヶ谷邸 和人の部屋

 

 

 和人は自室のベッドで目を覚ましていた。眠たそうにあくびをすると昨日起こった一日を思い返していた。木綿季に告白したこと、承諾して恋人同士になったこと。

 そして木綿季の病気を治すと約束したこと。母さんと一緒にHIVについて調べ、ほんの小さな光ではあるが解決策が見つかったこと……。

 

 眠たい目をごしごしこすりながら和人はベッドから体を起こし、伸びをして肩をぐりんぐりん回し、腰を伸ばしてほぐした。おやじ臭い動作だが起きたときに彼が必ずやる行動だ。

 和人は眠気を覚ますと窓から見える外の風景を眼に映しながら、これから自分が挑もうとしている闘いがどれだけ大変なことかというのを考えていた。

 

「今日からがホントに大変になるかもだな、頑張らないと……」

 

 和人は自室から離れると洗顔をする為に一階へと足を運んでいた。階段を降りて左手にあるキッチンの方からは調理をする音が聞こえてくる。母親の翠が朝ご飯を作っているようだ。

 階段を降りて右手の方を見てみると、真冬で葉っぱが全て落ちてしまった木が生えている庭で、直葉が剣道の素振りをしている光景が見えた。

 

 こちらは彼女の毎朝の日課となっている。「せいっせいっ」と勇ましい掛け声とともに直葉は面を繰り返していた。和人はその姿を確認するとゆっくりと庭を見渡せる縁側の方へと歩み寄っていった。

 

「スグ、おはよう」

 

 声を掛けられた直葉は和人の姿に気づくと素振りを中断し、縁側に腰かけている和人の方に体を向け、額に浮いている汗を片手で拭いながら嬉しそうに挨拶を返した。

 

「お兄ちゃんおはよう! 珍しいね、こんなに朝早く」

 

「ああ、ちょっと眠りが浅くてな……。やっぱりあの栄養ドリンクが効きすぎたみたいだ……」

 

 昨夜、直葉は翠に頼まれてコンビニにお使いに行ってきていた。徹夜になるかもしれないとのことだったので、超がつくほどの強烈な栄養ドリンクを買ってきていたのだ。

 ちなみに一本税込み2650円とかなり高く、買ってきた直葉は「費用はあとでお兄ちゃんのお小遣いから天引きしてね♪」とニッコリ笑いながら翠に領収書を渡していた。ちゃっかりした妹である。

 

「今日は……どうするの? 昨日はかなり遅くまで調べてたみたいだけど……」

 

 直葉は縁側に置いておいた「い・ろ・あすみかん味」が入った500mlのペットボトルに手を伸ばし、蓋を回して外し、グビグビと飲みはじめながら、これからどうするのかということを和人に尋ねた。直葉も自分に出来る範囲で和人に全力で協力すると心に決めていたのだ。

 

「そうだな……一応ある程度の準備するべきこととかは決まっているんだ。ただ、手順とか方法とかとなるともうちょっとだけ考えないといけないかな……」

 

「そうなんだ、あのねお兄ちゃん、私に出来ることがあったら……言ってね? 私も力になるからさ……」

 

 その言葉を聞くと和人は嬉しそうに笑顔になり、直葉の頭を撫でた。その掌の感触を、直葉は目を閉じて心地よさそうに受け入れていた。

 

「ありがとな……スグ、スグが近くにいてくれてホントに助かってるよ」

 

「そ、そうかな……。そういうことなら……私も嬉しいな……!」

 

 顔を赤面させ、直葉は照れ隠しの所為か500mlのボトルに入ってるまだ八割ほど残っている「い・ろ・あす」を全部飲んでしまった。

 プハーっと一息つくとシャワーを浴びてくると言って、その場から立ち去っていった。その姿を見送った和人は先ほどまで直葉が素振りをしていた池の近くの様子を見つめながら、最初の行動に移ろうとしていた。

 

「さて……と、俺も動くか……」

 

 眠気が完全に覚めてきたところで、和人はまず顔を洗いに洗面所へと向かった。冷たい水で気を引き締めて一日をスタートさせよう。

 洗い終えると母親のいるリビングに足を運んだ。腹が減っては戦は出来ぬ、昨日も朝以外何も口にしていない。いい加減食べないと今度は俺がぶっ倒れてしまうだろう。しっかり食べてエネルギーを蓄えなくては。

 

「おはよう、母さん」

 

 木製のフローリングのリビングに置いてある食卓の椅子に手を掛けながら、和人は母親の翠に朝の挨拶をした。朝ご飯を用意しながら翠も「おはよう」和人と挨拶を返した。

 もう朝ご飯はほとんど出来上がっていた。食卓に歩み寄り、椅子に腰を下ろしながら「いただきます」と行儀よく朝食をほおばっていく。今日の朝食はいつものパン食だ、精一杯胃に詰め込んでいく。

 これから壮絶な戦いが、始まろうとしているのだから……。

 

「和人、今日からどうするのかはもう決めた?」

 

 朝食の最後の一品を作り終えた翠はそれをテーブルに並べながら、自身も椅子に腰を下ろした。昨晩考えたことはほとんど和人が行動に出なければならない。

 翠はあくまでも裏方だ。だが裏方には裏方で大事な仕事があるものだ。しかしそれも和人が表でしっかりと動いていかなければ意味がない。持ちつ持たれつな体制を敷いているのだ。

 

「ああ、今日も木綿季の病院にいく。主治医の倉橋先生に話をしにいくつもりさ。その前にあいつらにも事情を説明しないとだけど」

 

 あいつらとはSAO時代の友人であるリズベットやシリカのことである。元SAOプレイヤーが集まったあの学校では和人のことを知らない者はいない。

 その中でも攻略組の連中や和人たちを裏方でサポートしてた連中とは特に仲が良く現在も関係は友好的だ。和人がSAOをクリアに導いた英雄ということもあり、和人が話せばきっと理解してくれるだろう。

 

「そしたらまず仲間と落ち合うよ。それから木綿季の病院に行って倉橋先生に昨日のことを伝えて今後の作戦について話し合うよ。とりあえず今日はこんなところかな、その先は……まだちょっと考え中」

 

「そうね、悪くないと思うわ。私の方はこれをでっかい記事にしていつでもスクープ出来るようにしておけばいいのね?」

 

 翠はノートパソコンに表示されている奇妙な宣伝広告のようで記事のような資料を和人にみせた。和人はその資料のレイアウト、文脈などを隅から隅まで見つめ、確認を済ませるとOKを出し、翠に感謝の言葉を送った。OKをもらった翠は意味深な笑みを浮かべていた。

 

「ごめんよ母さん、昨日は寝れてないのにこんなものまで作ってもらって、疲れているのに……」

 

「大丈夫よ、これぐらい文字通り朝飯前だわ。それより、遠くないうちに孫の顔が見れるかもしれないって思ったら……ついつい張り切り過ぎちゃったのよ」

 

 その言葉を聞くと和人は赤面した。何でいちいちこの母親は人の恥じらいの心を抉るようなことをピンポイントで言い放ってくるのだろうか、と。

 

 照れ隠しのために、和人は黙って朝食をほおばり続けた。昨日食べられなかった分も補充するかのように。やがて人一倍多い朝食を胃に放り込むと、和人は近くに置かれた牛乳パックからコップ一杯分牛乳を自分のコップに注いで、一気に飲み干してこの日の朝食を終えた。

 

「ふう、ご馳走様……」

 

「お粗末様」

 

 和人はリビングに置かれているテレビの時計を確認した。時刻はまだ朝の6時、病院もまだ開いていないだろう。ならばどうするか考えよう、出掛けるそのときまでこれからのことを。

 和人は食べた食器を流しに片付けると二階の自室へと足を運び、自分のPCデスクに腰を落ち着け、今後のことを整理していた。

 

「あいつらにわけを話してそのあと倉橋先生と話す、ここまではいい、次はそこからなんだが……」

 

 和人は頭をポリポリかきながら考えた。正直言って現時点での協力者は少ない。母親の翠、妹の直葉、まだ話をしていないが倉橋先生もきっと協力してくれるだろう。

 というか倉橋先生が協力してくれなかったらチェックメイトだ。頭を抱えていた和人はふとある人物の名前を思い出した。

 ここ一ヶ月間全く顔を合わせていないどころか連絡すらも取っていない。別に連絡を禁じられているわけではないのだが……なんとなく話しかけるのには勇気がいるものだった。

 

「明日奈……協力してもらえるだろうか……?」

 

 和人は元恋人の名前を口ずさんでいた。和人が声を掛ければ絶対に協力はしてくれるだろう、だがしかし……どんな顔をして会いに行けばいいのだろうか。木綿季と明日奈が親友同士だからといって、俺の新しい恋人を助けるために協力してくれなんて面と向かって頼めるだろうか……。

 

 正直、頼みづらい。それどころかまず会ってくれるかどうかすら怪しいもんだ。それに明日奈にその気があっても……あの強情なスパルタ教育ママがなんて言うか……。

 結城家の家庭の事情は理解しているが、あの結城家は家全体に目に見えない強力なバリアを張っていて、無関係者は近寄らせないといった雰囲気を放っているのだ。反対に親父さんの彰三さんはすごい良い人だったのだが……。

 

「でも、言ってみるしかない……よな」

 

 本音を言うと明日奈の協力が得られるのは大きい、木綿季も喜ぶし心の支えが増える。そして和人の計画してることにも明日奈がいるといないとでは、印象に天と地ぐらいの差が出てしまう。なので出来れば……と言いたいところだが絶対に明日奈の協力は欲しい。

 

「……よし、覚悟を決めるか…」

 

 何度も言うが和人と木綿季には時間がない、使えるものは使う、利用できるものは利用する。それぐらいのことをしないと木綿季は助けられない。

 全部終わってから罪悪感に襲われても構わない、周りから非難を浴びても構わない、そう覚悟を決めていた。今更何を恐れる必要がある、木綿季が目の前からいなくなることの方がよっぽど恐ろしいことだ。ならば今動くしかない。

 

「今は6時、ちょいとぎりぎりかもな……」

 

 和人は時計を確認するとすぐさま私服に着替え、ライダージャケットを身に纏い財布と携帯、そして翠に作ってもらった資料の一部を持ち出し家を出た。今日は日曜だが予定がびっしり詰まった明日奈はすぐに家から出るだろう。ならば家を出る前に彼女に接触しなくては。

 

「母さん! スグ! ちょっと予定が変わった! もう俺は出掛けるからあとはよろしくな!!」

 

 和人は玄関に腰を下ろし、自分の履く靴の靴紐を結びながら家中に聞こえる声量で伝えた。二つの方向から「いってらっしゃい、気を付けてね」という声が返ってきた。

 和人は靴を履き終えるとすぐさま玄関を出て、愛車の二輪のシートからヘルメットを取るとキーを差し込みエンジンを起動させた。

 

「よし、いっちょ勝負だ……! まずは結城家と……!!」

 

 和人は桐ヶ谷家の敷地の門から公道の左右の安全を確認すると颯爽とバイクで走り出していった。まず最初の目的地は東京都世田谷区にある結城家の屋敷。埼玉県川越市からは片道1時間ほどかかる距離だ。

 1時間で結城家まで行って明日奈が家を出るまでに話をして、そしてリズ達SAO組を呼んでわけを話す。そしてすぐさま横浜まで趣き倉橋先生と話をする。木綿季にも顔を見せて安心させてやらないといけない。

 

 ははは、我ながらすごい走行距離になりそうだ。埼玉、東京、神奈川の一都二県をまたにかけ、二日連続で走り抜けるというんだからな。

 17の少年が移動するには大変に骨が折れる距離である。ガソリン持つかな……、と考えながら和人はバイクのアクセルを握る手に力を入れていた。

 

 

――――――――――

 

 

 同日午前6:54 東京都世田谷区宮坂 結城邸前

 

 

 和人はナビの指示したルートと時間通りに、関越自動車道と一般道を経由して、明日奈の家の前に到着していた。ここまできたはいいが、和人はアポなしで来てしまっている。その為に取り合ってくれるかどうかは分からないし、真っ黒なライダージャケットに身を包んだ男がこんな豪邸の前に突っ立っていたら、はたから見たら不審者にしか見えないだろう。

 

「う~ん……服装、もうちょっとだけ考えた方がよかったかな…」

 

 VRMMOでも現実でも黒い服装ばかりが目立つ和人は、自分のコーディネートに疑問を持ち始めていた。しかし今更黒以外の色なんて思いつかないし想像も出来ないのですぐに考えるのをやめた。

 オートバイを道路の路肩に停めると和人は結城邸を見渡していた。いかにもといったお金持ちの自宅。隅々まで手入れが施されている白い外観に立派な植木と木々、右側にある車庫も充分に広く、さぞかしいい車に乗っていることだろう。実際、前に京子は豪華な高級車に乗って明日奈を迎えに来ていた。

 

 和人はその豪邸を見上げながらゆっくりと門に近付き、結城邸の来客用のチャイムを人差し指でゆっくり、丁寧に押し込んだ。「ピンポーン」という古風なサウンドが流れ、少しの間が置かれると、やがてインターフォン越しに女性の声が聞こえてきた。

 

『はい、こちら結城でございます。来客の方でございますか?』

 

 恐らく使用人か家政婦だと思われる女性の声がインターフォンのスピーカーから聞こえてきた。長い年月の間結城家に仕え続けてきた、そんな空気を感じさせる声だった。和人は緊張する気持ちを落ち着かせながらインターフォンに向かって声を出した。

 

「は、はいっ。俺……あ、いや僕は桐ヶ谷、桐ヶ谷和人という者です! 朝早くから申し訳ないのですが……お嬢さん、結城明日奈さんはご在宅でございますでしょうか!!」

 

 緊張しすぎて新人社会人のかっちこちなビジネストークみたいな話し方になってしまった。普段適当な口調で話してることからこういった話し方にはまるで慣れていなかった。

 改めて社会に出るための話し方を勉強しないとだと感じた瞬間でもあった。

 

『桐ヶ谷……和人……? ……まっまさかお嬢様のお友達の…和人様でございますか?』

 

 よかった、使用人は和人のことを知っている様子だった。これはひょっとしたらすぐに話せるところまでもっていけるかもしれない、と和人は感じた。

 

「あ……はい! 明日奈……さんとは以前お付き合いをさせていただいておりました。今日は折り入って緊急で頼みたいことがありまして朝早くからお騒がせしております。明日奈さんとお話をさせていただけないでしょうか?」

 

『……し、しばらくお待ちくださいっ』

 

 そういうとインターフォンからブツッと会話の切れる音が流れ、しばしの静寂が流れた。よかった、うまくいくかもしれない。明日奈に協力をしてもらえればかなり計画の成功率が高まる。和人は期待に胸を躍らせながら明日奈が玄関から出てくるのを待っていた。

 

 そしてそれから三分ほど経過しただろうか、豪邸の玄関の黒い扉が開き、中から和人のよく知る人物が飛び出してきた。栗色のロングの髪の毛に和人と同じぐらいの身長、ひいき目に見なくてもすらっとして美人な顔つき。元恋人、結城明日奈だ。

 彼女とは実に一ヶ月ぶりの再会だ。話したいことはたくさんある、伝えたい事もあった。しかし今日は積もる話よりも大切なことを知らせなくてはならない。ここに来た目的だけはしっかり伝えなくては。

 

「キリト君――ッ!」

 

 明日奈は扉から門までまっすぐ全力で走ってきた。玄関から門まではそこまで距離はないのだが明日奈は既に息が上がっていた。

 どうやら家の中で和人が来ていると聞かされて、すぐさま全力でここまで走ってきたのだろう。明日奈は和人の前まで辿り着くと肩を落として両手を両膝につき、荒い呼吸を落ち着かせようとしていた。

 

 色々感慨深いものがあった、一ヶ月前に別れたときはまさかこんな形で再会するとは微塵にも思わなかったのである。明日奈は俺のことをどう思っているんだろう、あれからどうやって毎日を過ごしてきていたのだろう。

 別れていても、やはり明日奈は明日奈で大切な人であることには変わりはない。無理な毎日を過ごしていないかどうか心配だった。

 

「久しぶりだな、アスナ……」

 

「うん、本当に久しぶり……。でも……今日はどうしたの? 会えて嬉しいけどこんな朝早くから……」

 

「実は……だな……」

 

 和人は昨日まで起こったことを包み隠さず、すべて明日奈にぶちまけた。木綿季と恋人同士になったこと、その木綿季が死にかけていること、病気を絶対治してやると約束したこと、木綿季の病気を治せるかもしれないということ。

 次々へと新しい情報が頭に入り込んできた明日奈は驚愕の表情を浮かべると同時に混乱の様子も見せていた。無理もない、久しぶりに再会した元恋人からこんなことを告げられたら混乱してしまうのもうなずける。

 

「……キリト君が木綿季と……、その話……全部本当なの……?」

 

「ああ、全部本当だ。そして今日俺がここに来たことは……明日奈、君にも関係している……」

 

 明日奈が私に? と解せない表情を浮かべていた。今後一切和人と関わることはないと思っていた明日奈にはまさに寝耳に水な出来事だった。そんな明日奈に構うことなく、和人は話を続けていった。

 

「今から話すことは、正直君に多大な迷惑をかけることになると思う。下手したらお母さんの京子さん、いや結城家をも巻き込んでしまうかもしれないことなんだ。そして正直にいうと……明日奈、俺は君を利用しようとしている」

 

「……どういうこと……?」

 

 淡々と話を進める和人も見て、穏やかではない表情になった明日奈を尻目に、和人は昨夜考えたプロジェクトを、真剣な表情で明日奈に説明した。

 木綿季を助けるためにどうしたらいいか、そのために立てた計画の一部始終を事細かに、その話を聞き届けた明日奈の表情には驚愕の一言では言い表せないような物凄い顔色を見せていた。

 

「え……えええええ~~~~っ!?」

 

 明日奈は和人の母親、翠と全く同じ反応を返していた。その叫び声は豪邸の中どころか、周辺のご近所さんにも余すことなく響いていた。和人はそんなに驚くほどおかしな計画かなあと感じ始めていた。

 結構現実的だと思ってたのだが……と。そんな解せない表情を浮かべている和人に対して、明日奈は追い打ちをかけるかのように声を掛けた。

 

「え、だって……それ本気!?」

 

「……なんだか釈然としないけど……、でも本気じゃなかったらここまで来ないさ」

 

 ちょっとだけ明日奈の反応に頭を傾かせながらも、当然のように和人は返事を返した。正直突拍子もない計画を聞かされた明日奈は混乱していたが、和人から送られてくる真剣な眼差しを見ると、強張った表情はやがて次第に柔らかくなっていった。

 

「フフッ、まあキリト君らしいと言えば……キリト君らしいかな……? だってそんなこと普通考え付かないもん!」

 

「母さんと同じこと言うんだな……、で……どうだ明日奈? 協力して……もらえないか? 正直言って無理強いは出来ない」

 

「え、えっと……」

 

「君にこんなことを頼める身でないこともわかっている。だけど……俺は木綿季を助けたい!! どうか明日奈に手を貸してほしい!! 明日奈……頼む!!」

 

 和人はそう言うと深々と元恋人である明日奈に頭を下げた。その様子をみた明日奈は見てて居たたまれなくなり、慌てて和人に駆け寄って和人の肩と腕に手を当てて、和人の姿勢を強引に戻した。

 

「ちょ……やめてよキリト君! そんな頭を下げてまで……私たち、恋人って関係は終わっちゃったけど、大切な友達同士ってのは……変わってないんだよ?」

 

「え……?」

 

 明日奈のその言葉を聞いた瞬間に和人の表情が変わった。木綿季の命を助ける為とはいえ、元恋人の善意を利用しようとした罪悪感に襲われていた。

 

 そんなことをしなくても真っ向から話せば理解してもらえる関係なのに……。明日奈から優しい言葉を掛けてもらった和人は自分の思っていたことがバカバカしくなり、瞳に涙を浮かべていた。昨日散々泣いたので滴り落ちこそしなかったが明日奈の善意にほろっときてしまったのだ。

 

「そう……だな。アハハ……俺は馬鹿だな。明日奈のこともっと信じておかなきゃいけなかったんだな……、本当に…大馬鹿者だ……」

 

「あの……あのねキリト君……、今のキリト君にこんなこと言うのはどうかと思うんだけど。私……、私ね……今でもキリト君のこと……」

 

 和人への気持ちが今も変わっていない明日奈が何かを言いそうになったところで、口に手を当てて首を左右にブンブンと振り回した。一体何を言おうとしていたのだろうか? 言ってはいけないことでもあったんだろうか?

 

「ううん、今はこの話はナシ! 木綿季の命もかかってるし……ぜひキリト君の話に協力させて!!」

 

 その言葉を聞けた瞬間、和人は心が少し晴れた気がした。明日奈との軋轢を埋められたことと、これからも良好な友好関係を築いていけそうだということに安堵の表情を浮かべ、ほっと胸を撫でおろしていた。

 気まずい思いをしなくてすみそうだとも思っていた。心の奥底に引っかかっていたものが取れたような気がした。

 

「……と言いたいところなんだけど、ちょっと厳しいかもしれないんだ……」

 

 安心しきっている和人の表情が一変した。和人が「どういうことだ?」と聞き返すと、神妙そうな表情を浮かべながら明日奈はここ最近の自分の身の回りの状況を和人に説明し始めた。

 

「やっぱり母さんが厳しくてね……。前に比べたら自由時間は少しだけ増えたんだけど、外出するほどの余裕がなくて……。アミュスフィアもないし、木綿季の助けになりたいのに……どうしよう……」

 

 明日奈はそう言って肩を落としてしまっていた。二人の間に暫くの間気まずい空気が流れ始めた。二人がどうしようかという表情をしながら佇んでいると、突然結城邸のドアが開き、中から家政婦と思わしき人物が現れた。

 年齢は40代程で整ったすらっとした外見をしていて、年相応の女性らしい優しい雰囲気を放っていた。長年結城家に仕える使用人の佐田明代であった。明日奈のことも小さいころから面倒を見ている、結城家を陰で支えている女性だ。

 

「佐田さん、どうしたんですか? ……って、そっそれは……!」

 

「お嬢様、使ってください」

 

 そういうと、佐田は自分の手に握っているアミュスフィアを明日奈に向かって差し出した。明日奈が困惑した表情で佐田の顔を見ていると、佐田は満面の笑顔を明日奈に返していた。もう明日奈のことは何でもお見通しといった様子だった。

 

「えっこれは……! でもそんなことしたら、私が怒られるだけならまだしも……バレたら佐田さんが……!」

 

「私のことはいいんです。もしクビになっても、適当に職を見つけてそこで働かせていただきますから」

 

「で、でも……」

 

「お嬢様の幸せは私の幸せでもあります、どうか……受け取ってください……」

 

 佐田からの言葉を聞いた瞬間に明日奈の瞳に涙が浮かんでいた。佐田は明日奈に物心がつく前からの長い付き合いだ。もう一人の母親といってもいい存在だ。そんな佐田が自分のことを顧みず、明日奈の力になりたいとこうして彼女に出来ることをやろうとしていた。

 

「お友達の命が危ないんですよね? 私のことは気にせずに使ってください。奥様には私の方からきちんと説明しておきます」

 

「…………」

 

「お友達を助けるためとなれば、一回ぐらい許していただけますよ……。奥様は厳しい方ですが、根は心優しい方なのですよ……」

 

 佐田はそういうと、一ヶ月前京子との出来事を話し始めた。それは明日奈にとてつもなく衝撃を与える出来事であった。京子は一ヶ月前の和人とのいざこざのあの後、明日奈と屋敷に帰宅するとこれからのことを厳しく明日奈に説明した。

 長時間の説明が終わり、明日奈を部屋に返すと次に佐田を呼び出し、自分の胸の内を話し始めたという。

 

「奥様は仰ってましたよ、お嬢様に必要以上に厳しくしすぎてしまったかもしれないと。これから先二度と親子として心を開いてくれないかもしれないと」

 

「…………」

 

「でもそれはお嬢様の成長を促すために、敢えて厳しい態度を取られてただけなのですよ。本当は誰よりもお嬢様を愛してらっしゃいます。でなきゃ、あの時涙なんか流さないはずですから……」

 

「母さんが……そんなことを……」

 

「あの方もなかなかあれで石頭で素直になれない性格の方ですから……、おっと今のは不敬でした」

 

 佐田は笑みを浮かべて今の発言を少しだけ誤魔化すと、真剣な表情へと顔つきを変えて、ゆっくりと明日奈に歩み寄って、明日奈の掌にアミュスフィアを置き、そのままぎゅっと握らせた。

 

「お嬢様、行ってください。今日の予定は全てキャンセルの手続きをしておきます。だからお友達のもとへいってあげてください」

 

「さ、佐田さん……」

 

「京子様には私から説明しておきます。でもその代わり……しっかり元気づけてあげるのですよ? 明日奈ちゃん(・・・・・・)

 

 数年ぶりに明日奈ちゃんと呼ばれたその瞬間、明日奈の顔からは大粒の涙が滴り落ちた。

 幼い頃、忙しい母親に代わって面倒を見てくれた佐田からの愛、母親からの本当の愛、母親への誤解と影で支え続けてくれた佐田への感謝。いろいろな感情が織り交ざって何で泣いているのかよく分からなくなっていた。

 泣き続ける明日奈を見て、佐田はポケットからハンカチを取り出して丁寧に明日奈の涙を拭った。

 

「佐田……さん……ありがとう。ありが……とう……!」

 

「さ、あなたたちには時間がないはずですよ? 早く行くのです! 和人様! お嬢様!」

 

 そういうと佐田は二人の肩を掴み、向きを強引に180度変えて背中を両手でドンッと掌で強く押し出した。和人と明日奈はその勢いで転びそうになるが体勢を立て直し、そのままの速度で結城邸の外まで走っていった。

 

「佐田さーん! 本当に……本当にありがとうー! いってきまーす!」

 

 振り返りながら明日奈は佐田へ感謝の気持ちを込めて心から叫んだ。その元気な姿を見た佐田は全部わかってますといった穏やかな表情で明日奈を見送った。まるで本当の自分の娘を見送るかのように、明日奈に向かって温かい視線を送っていた。

 

「いってらっしゃい、頑張るんですよ……明日奈ちゃん……」

 

 明日奈は心に決めていた。佐田さんの思いを無駄にしないためにも、こんな自分を愛してくれている母さんのためにも、全部片付いたらもう一回ちゃんと話し合おう……と。そして、自分が誤解をしていたことと、母さんが胸の内に思っている本当のことを聞き出そうと……。

 

 

――――――

 

 

 結城邸の門を出た和人と明日奈は和人が路肩に停車させていたバイクの前に集まっていた。青と黒の二つの色を基調としたバイクを、明日奈はまじまじと感慨深そうに見つめていた。

 

「キリト君のバイク……私久しぶりに乗るかも……」

 

「そうだな……。まあ俺も半分ペーパーだから、普段あんまり乗ってないんだけどな」

 

「え、ちょっちょっと……事故らないでよ……?」

 

「木綿季の病院に急いでた時も法定速度ぎりぎりで走ってたからな……まあ保証は出来ない」

 

 和人が冗談交じりで話すと明日奈は表情をむすっとさせて和人の背中を両手でぽかぽかと叩いた。まるで恋人だった以前の関係と同じような様子を見せていた。

 和人が予備のヘルメットを明日奈に被せると、自身もヘルメットを装着し、バイクのエンジンを入れてアクセルを吹かした。

 

「明日奈、木綿季の病院に行く前にちょっと寄るところがある。こっからそう遠くないからすぐ向かうけど構わないか?」

 

「え、ああ……うん。それはいいけどどこへ行くの?」

 

「ダイシー・カフェだ」

 

 それだけ告げると、和人はオートバイのサイドスタンドを蹴りアクセルをいれて、徐々に加速していった。かつての仲間が………SAO時代の仲間が集まっている、あの憩いの場に、背中にかつての恋人を乗せて、走り出していった。

 

 




 
 お読みいただき、ありがとうございました。キリトとアスナは和解しました……というよりもともとそんなに隔たりはなかったんですよね。お互い微妙なバツの悪さこそありますが友好な関係をこれからも築いていけるんじゃないかなと思ってます。

 しかし気が付いたらこれはアスナが以前のリズのポジションになりつつあるような。それではまた以下次回!
 
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