ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
筆を進めていると結構盛り込みたい要素が絡んでくるので一向に進展がないってのがほとんどです。
歌詞についてですが一応曲名を伏せて「もしかしてあの歌の歌詞なのかも?」と思われる程度のものならセーフみたいですね。
もちろん確証はないですが、出来るだけぼかしをいれて問題にならないように書いていきたいとは考えてます。
それでは、25話ご覧ください。
西暦2026年2月2日(月) 午後17:00 新生アインクラッド第22層キリトのホーム
「ん、もうこんな時間か……」
キリトが表示時刻を確認すると時刻は既に17時を回っていた。いつもならすでに帰路についている時刻だ。
「キリト……もう帰っちゃうの……?」
「いや……どうしよっかな……」
ユウキは目を丸くして驚いた、いつもならばこれぐらいの時間にキリトは帰ってしまう。しかし今までとは違う返答に少しだけ困惑していた。
「え、どうしよっかって……?」
「んと……なあユウキ、ここの病院って面会者が宿泊することって……出来るのかな?」
ユウキはキリトの問いかけに理解が追い付いていなかったが、少しずつ落ち着いていくとその問いに答えた。
「えっあ、ええっと……主治医の先生の許可をもらってれば、確か泊まれたと思うけど……」
「そうか、じゃあ決まりだな」
「え? キリト……も、もしかして……」
「ああ、どうせ学校は休みだからな、往復のガソリン代も馬鹿にならないし、しばらく泊まってくことに決めたよ」
「えぇっ!? あの……いいの?」
「俺は全然構わないぞ。それとも迷惑だったか……?」
ユウキは両手を前に掲げ首を左右にぶんぶんと回し、そんなことないと返事を返した。キリトがいてくれるのが迷惑? とんでもない、むしろすごく嬉しい、嬉しくてたまらない。まさかのお泊まりサプライズにユウキはものすごく心が暖かくなってくるのを感じていた。
「ううん、そんなことないよ! むしろ……ボクすっごく嬉しい!」
「これならすぐに現実でも会えるからな、ずっと一緒だぞ」
「わーいやったー! キリトとずーっと一緒だー!」
ユウキはそれを聞くと両手を上にかかげ嬉しそうに飛び跳ねて喜んだ。そのはずみで一緒に座っている赤いソファーのクッション部分が、バインバインと音を立てながら上限に揺れていた。
「そうと決まれば先生に許可を得ないとだな。家にも連絡を入れないといけないし、一度現実世界に帰るよ」
「あ、うん、そうだね」
キリトとユウキは互いの視線を合わせニッコリ笑うと手を繋ぎ、左手でメニューを操作して同時にログアウトし、現実世界に帰還していった。
毎度毎度の光景であるがそのせいでログイン直後ユウキに即発見されている。しかしキリトはそんな恒例行事も気に入っていた。すこしかしましいぐらいが丁度いい、これぐらい騒がしさが、俺は気に入っている。そう言いたげであった。
――――――
同日午後17:15 神奈川県横浜市金沢区横浜港北総合病院
「ん……戻ったか」
和人は意識を仮想世界から現実世界へ戻すと、ゆっくりと上体を起こし、思いっきり伸びをして腰を回し、肩をポキッポキッと鳴らすとアミュスフィアを取り外し、腰を上げた。
「さてと、先生とまずは話をしないとだな……」
和人が病院に泊まるためには、木綿季の主治医である倉橋から直接宿泊の許可をもらわなければならない。よほどの理由がない限り断られることはないとは思うが、無断で泊まるわけにもいかず、和人は倉橋の姿を探していた。
「おや、おかえりなさい和人君。今日は随分と長い間一緒にいたみたいですね」
ゲストルームを出たのも束の間、探すまでもなく倉橋は手元のパネルを操作し、木綿季の健康状態をチェックしている状態であった。
倉橋は手元のファイルとパネルの表示を真剣な表情で交互に見ながら、和人を見つけるやいなや、にこやかな笑顔を作って和人を出迎えた。
「只今戻りました倉橋先生。木綿季のライブの特訓に付き合ってたんです。ていっても……俺はただ見てただけですけどね」
「そうですか、木綿季君も頑張ってるんですね……」
「ええ、木綿季はすごいですよ、どんどん歌が上達していってます。先生にも聞かせてあげたいですよ」
「それは私も是非聞いてみたいですね」
倉橋が和人に向けた笑顔は実に優しく、暖かさに溢れていた。本当に医師の顔をしている時以外は優しい人だと思う。年は三十代ぐらいだろうか。
ご家族……恐らく息子さんか娘さんの一人や二人はいてもおかしくない出で立ちだ。
「今日はもう帰られるんですか?」
「あ、そのことなんですけど、ここの病院って面会者が泊まることは出来ますか?」
「え、ええ……主治医の許可をとれていれば宿泊は可能です。あとは病院側からご家族の方に患者さんへの付き添いをお願いする場合とかですね…って和人君…それを聞いてくるということは…」
「はい、木綿季のライブが終わるまで……木綿季の側にいようと思います」
「な、なんと……それはこちら側としても願ってもないことですが……よろしいのですか?」
「こっちは大丈夫です、俺の方こそ……むしろご迷惑をかけるかもしれませんが……」
倉橋はその言葉を聞くとさらに温かい顔になった、本当に木綿季が大事なのだろう、まるで本当の娘のように思っている。
「いえそんな……和人君、ありがとうございます。木綿季君も……きっと喜びます」
「俺が好きでやっていることですよ、俺は……木綿季が喜ぶのならそれで……」
「……ええ、そうですね……」
倉橋は感慨深そうにメディキュボイドに身を纏っている木綿季を見つめていた。うっすらと…瞳に涙が浮かんでいるような気がした。
「幸せ者ですね……木綿季君は、和人君と出会えて……」
倉橋は和人から見えない角度で涙を拭うと、体の向きを戻し、和人に宿泊についての説明を始めた。
「和人君、宿泊についてですが……隣のアミュスフィアの部屋を使ってください、寝具は簡素ではありますがこちらで用意させていただきます」
「はい、ありがとうございます」
「あと……病院なので消灯時間だけは厳守してくださいね。それ以外の時間でしたら自由に行動していただいて構いませんので」
「あ……はい。何から何まで……本当にありがとうございます」
「いえいえ、あと食事と着替えに関しましては流石にこちらでは用意が出来ませんので、ご自分で調達をお願いします。手続きの書類はあとでこちらにお持ちします。浴室などは従業員が使っているものを使用していただいて構いませんので」
和人は説明を聞いた後「分かりました」と返事をした。
それにしても外客用の寝具まで用意して風呂まで提供してくれるとは本当にありがたい。滅多にこういうことはないのだろうが、外部の人間にとっても不都合にならないとうにちゃんと管理されている。
「あとこれは……私からの提案なのですが、もし和人君さえ良ければ、木綿季君のとこに遊びに行ってみませんか?」
「……は、はい?」
「言葉通りの意味ですよ。何も無菌室に直に入っていくということではありません。隣の部屋のアミュスフィアを使うのです」
「アミュスフィア、ALOでユウキのホームか何かにいくってことですか……?」
「それも違いますよ、隣のアミュスフィアはALOもインストールされていますが、本来は私の木綿季君への面会用に用意したものなのですよ」
「え……っということは……」
「ええ、仮想世界の木綿季君の
木綿季のいる場所に直接いけることを意識した和人は赤面してしまった。
仮想世界とはいえ女の子の部屋に直に上がりこもうというのだから当然の反応だ。過去に明日奈に家に招待されたこともあるが、あの時とはまた違うような、別の意味でドキドキしてしまっていた。
「まあ無理にとは言いませんよ? でも遊びにいってあげれば木綿季君は喜ぶと思います」
「そ……そうですね、考えておきます」
和人がもじもじしながら、病院の床を眺めていると、いいのか悪いのかわからないタイミングで木綿季がスピーカーから声を出した。
『……ん~……あれ? 倉橋先生と……和人! 何の話をしてるの~?』
「よう木綿季、別に大した話じゃあないんだ」
「おかえりなさい木綿季君、今日は随分と長くあちら側に行ってたんですね。何やら……歌の特訓をしていたとか」
『そうなんですよ! 最初はてんでダメだったんですけど…何回も歌ってるうちに少しずつ上達してきて……どんどん上手くなっていくのがわかってきて、今はすっごく楽しいんですよ!』
倉橋から声をかけられた木綿季はすこぶる嬉しそうに、今日あった出来事を明るい声で話し続けた。そのせいか、メディキュボイドを身にまとっている木綿季の現実の顔も、なんだか気のせいか少しだけ微笑んでいるように見える、そんな気がした。
「それはよかったです。今度是非……木綿季君の歌声を聞かせてほしいです」
「先生、その件については今度の土曜日に、インターネット配信でライブの模様が中継されるはずです。病院のパソコンでも見れると思うので、是非見てあげてください」
病院で木綿季の勇姿を目に焼き付けることが出来る事実を知った倉橋は、驚きの表情から笑顔に代わり「はい、是非そうさせてもらいますよ」と肯定的な返事を返した。
『ホント!? じゃあボクもっと上手にならなくちゃ……!』
木綿季はまるで学芸会を前に頑張る子供のようにやる気の炎を燃え上がらせていた。ボクのかっこいいところを、輝いているところをお父さんに見てもらうんだ、そんな心境だった。
「そうだな……そのためにも明日からまた頑張らないとな……」
その日の無菌室の面会室は、明るい話題と雰囲気に絶えず包まれていた。
その後も微笑ましい他愛のない話が続き、やがて時間が経つと倉橋仕事のためか「後程また様子を見に来ます」と言い残し、退出していった。
面会室には和人と木綿季の二人だけの状況となり、倉橋が立ち去ったことにより、一瞬の静寂が流れた。
遠くの院内の廊下を誰かが歩いている音と、木綿季のいる無菌室から僅かに聞こえてくる機械の音だけが和人の耳に響いていた。
『あっそうだ、和人……今日はその……泊まってくの?』
木綿季が細々とした声で和人に話しかける。本当に今日は泊まっていくのかな、泊まっていってくれたら嬉しいな、そう願いながら。
「そんな心配そうな顔をするな、倉橋先生の許可はもらった……大丈夫だ。しばらく厄介になるよ」
和人が爽やかな笑顔で木綿季に返事を返すと、木綿季はぱあっと明るくなり、声のトーンを上げ嬉しそうに話し出した。
『ホント!? やった~! 和人とお泊りだ~!』
「ふふふ、嬉しそうだな……木綿季」
『うん! だって和人と一緒だもん!』
和人と一緒に過ごす木綿季は本当に嬉しそうだ。ここのところ木綿季にとって嬉しいことや楽しいことの毎日が続いている。以前のように終末期医療をただひたすら続けていた時期とは違い、生きるための希望に向かって毎日を楽しんで生きている。
その毎日は、木綿季の体にも少しずつではあるが確実にいい影響を与えていた。
『ねえ和人、今日はこれからどうするの?』
「そうだなあ……とりあえず食料を調達しないとだな。簡単な上着と下着も買ってこないと、流石にずっとこの服のままはいかん」
『そっか、んじゃあちょっとの間お別れだね』
「何言ってんだよ、少し買い出しに行って来るだけだ。30分ぐらいで戻る」
『うん……そうだね、んじゃあボク、待ってる』
「おう、なるべく早くパパッと済ませてくるからな」
『はぁ~い! いってらっしゃい和人!』
――――――
同日午後17:20 横浜港北総合病院駐車場前
「まず母さんたちに連絡しないとな……」
病院を出た和人はポケットからスマホを取り出し、電源を入れると自宅へを電話を掛けた。スマホを操作して通話アプリを起動させると、自宅への番号をタップし、スピーカーに耳をあてがった。
やがて「プルルル」という呼び出し音が聞こえると「ガチャッ」という音とともに聴き慣れた声がスピーカーの向こうから聞こえてきた。
『はい、桐ヶ谷です』
電話に出たのは和人の妹、直葉だった。直葉は和人と同じ高校一年で部活にも所属してるのだがこの時期は無く、自宅に帰っていた。
「あ……もしもしスグか? 俺だ、和人だ」
『あれ? お兄ちゃん……? どうしたの電話なんかよこして……いつもは黙って帰ってくるのに』
「ああ……そのことなんだが、俺……今日から病院に泊まることにしたんだ。先生の許可はもらっている」
『ええ!?……突然だなあ、今お母さんと代わるからちょっとまってね』
電話の向こうで『お母さーん、お兄ちゃんから電話ー』という声が鳴り響くと、すぐにスリッパでフローリングを歩いているような足音が聞こえ、だんだんと大きくなり、受話器を持ち帰るような物音が響き、やがて和人の知っているもう一つの声が聞こえてきた。
『もしもし和人? 一体どうしたの? 電話なんかよこして……いつもなら黙って帰ってくるのに』
和人の母親、翠に電話が代わると、先ほど直葉がいったセリフとほぼ一致する言葉を並べていた。流石親子というか、同じDNAというべきか。
「ああ……ごめん母さんちょっと当分帰らない。木綿季のライブが終わるまで病院に泊めてもらうことになったんだ」
『あらそうなの……分かったわ、和人が決めたことなら母さんは何も言わないわ……』
「……うん、母さんありがとう……」
『木綿季ちゃんのこと頼んだわよ? 和人。ちゃんと傍で支えてあげなさい。……いい返事を待ってるからね?』
「ああ、絶対に吉報を届けるよ。……あとこの前の件についてなんだけどもう始めてほしい、開催日はメールで送る」
『……いよいよね、それじゃあ任されたわ。情報誌の編集者の実力……見せてやるから!』
「ああ! 頼んだぜ母さん!」
伝えたいことだけをひとしきり伝えると、必ず木綿季を助けるという誓を改めて立て、和人は通話を切った。スマホをポケットにしまい、さほど混雑していない院内の駐車場に佇んでいた。
「とりあえずご飯と着替え、買ってくるか……」
――――――
同日午後17:40 横浜港北総合病院無菌室前
「木綿季~帰ったぞ~」
とりあえずの食料と間に合せの着替えを買い込んだ和人が面会室に戻ってくると、廊下に備え付けられている緑色のベンチに腰を下ろして、買ってきたものを出し始めた。
『あ! 和人おかえり~! ねねね、何? 何買ってきたの?』
和人が帰ってきたことを知ると木綿季は嬉しそうに、そして楽しそうに食い入るように和人に買ってきたものを尋ねていた。
「そんな大したものは買ってきてないよ。おにぎりとお茶、あと一応携帯食のカロリーメイトとエナジードリンク。そして着替え……だな」
『ほえ~、今のおにぎりって……そんなのになってるんだ……』
木綿季の視線はカメラ越しに、和人の買ってきた異形の見た目のおにぎりに釘付けになっていた。
それもそのはず、一つは普通の鮭おにぎりではあるが、もう一つはシャリから具がはみ出している「ガッツリステーキおにぎり」だったからだ。値段もガッツリで一つ360円と簡単なお弁当ぐらいの値段となっている。
「ああ、ちょっと見た目のインパクトに負けてつい衝動買いしちまった。俺こういう色物に弱くてさ……飲み物とかも期間限定とかあるとついつい買っちゃうんだ」
そう言いながら和人はおにぎりの封を解くと、早速一口、それを口に運び簡素な夕食を始めた。シャリは形はしっかりしていたが、低めの気温で陳列されていたためか、やや冷たい舌触りだった。
『和人……おにぎり美味しい?』
「ああ……まあ普通……かな、どこでも味わえる味だしな」
『普通かあ……ボクにはもうよくわからないな。三年間も仮想世界で生活してるから。現実世界の味……もう結構記憶がぼやけちゃってるんだ』
「……そうか……」
木綿季はメディキュボイドで終末期医療を始めてから栄養は全て点滴で補っていた。しかし人間というものは点滴なんかより、やはり食べ物を口にした方が体に栄養は行きわたる。点滴でも生きてはいけるが、やはり人並みの生活をするには食べ物を食べていくしかないのだ。
『ボクもさ、病気が治ったら……ちゃんと食べれるようになるのかな』
「なるさ……絶対に、なんなら……俺がいろんなとこに連れてってやるよ」
『え……本当!?』
メディキュボイドの向こう側で、木綿季はパァっと明るくなった。ALOでも食事は出来るがやはり現実世界での食べ物ともなると、やはり魅力は桁違いだ。直接自分の舌で、鼻で、食べ物を感じ取りたい。
「ああ、どこへだってつれてってやる。和風か? 洋風か? 中華でもいいし……なんなら気軽なジャンクフードでもいいぜ。マニアックなところになると自販機で販売してる食べ物なんかもあるぞ」
『ええっ!? 自販機で食べ物なんか売ってるの!? 聞いたことないよそんなの!』
和人が今口走ったことは事実である。
関東近辺では埼玉県行田市にあるドライブインで、自販機から出てくるチーズバーガーやうどんが食べられるのだ。値段も高くなくチープな味がいまだにファンの心をつかみ続けている。遠方からわざわざ食べに来る人もいるぐらいらしい。
「ああ……これが意外にいけるんだ。地元から近いし、今度つれてってやるよ」
『ウン! 楽しみにしてるね! ……でも最初は胃にやさしいものから始めていかないとなー……』
「そうだな、胃にやさしいってと……やっぱりおかゆとかおじやとかなのかな?」
『そうなるの……かな? 病院食ってのもあると思うけど……』
後半、木綿季は声がだんだん小さくなっていった。その反応を見る限り、やはり病院食というのはあまりお世辞にも美味いとは言えないらしい。しょっぱいものは献立に出せないし、かといってたくさんの患者さんの食事を用意するのに贅沢な食材は選べない。
時間も限られていることもあり、大抵の病院食は不味いことが定番だ。
『病院食の味は覚えてる。あんまり……進んで食べようとは思えない味だったな。あは、アハハ……』
「じゃあ俺が作ってやるよ」
一つ目のおにぎりをお茶とともに胃に流し込んだ和人がそう言うと、木綿季は目を丸くして驚いていた。ボクのために料理を? いつも明日奈に作ってもらってばかりのあの和人が?
『え……和人、料理出来るの……?』
「ああ、そんな難しいのは作れないけど、簡単なものだったら大体作れるぞ。だから木綿季におかゆとかも作ってあげれるぜ」
『ほ、ホント!?そ、それじゃあ現実世界に戻ってからの最初の食事は……和人の作ったものがいいな!』
「ふふ、それじゃ倉橋先生と相談してみるよ。ただし、味はどうなるかは分からないからな?」
『えへへ、和人が作ってくれるのなら絶対美味しいよー!』
病気が治ったあと、恋人である和人が一番に食事を作ってくれるという。食べるのが大好きな木綿季にとってこれ以上の楽しみはないだろう。
ただ、欲を言えばハンバーグとかステーキとか、ガッツリしたものが食べたかったというのが本音だ。
しかし、長いこと現実で食べ物を口にしていない木綿季はそれは無理なことだ。最初は流動食的なものからスタートし、徐々に形のしっかりしたものへと変えていかなければ、内蔵に相当な負担がかかってしまうことだろう。
「まあ、飯のことはさておいて……木綿季、これからどうする?」
『え、どうするって……何が?』
「スメラギからの宿題だよ、明日のレッスンまで意味を理解しろとか言ってたじゃないか、だから今日中に答えを見つけちまおうぜ」
『ああ……うん、そうだね。ボクももっと上手になりたいし……!』
ハードな一日を終え、今こうしてゆっくりと過ごしている木綿季であったが、意外にも残された時間は少なかった。彼女に才能があり、予想以上にレッスンは進んだが、それでも週末には本番が控えている。
その事を考えると、今のうちに出来ることはやっておかないといけない。煮詰めれる時間があるのなら、煮詰めてしまっておいたほうがいいのだ。
『そしたらどうしよっか? またALOで落ち合う?』
「そのことなんだけどな、ちょっとそのままで待っててくれないか?」
『う、うんわかった……って和人? おーい和人! どこいっちゃうんだよー!』
木綿季の叫びも虚しく、待っててくれとだけ言い残した和人はベンチから立ち上がり、そそくさと隣のゲストルームへと姿を消していった。
何を考えているのかは木綿季にわからなかった。ALOにログインするわけでもなさそうだし、ボクを独りぼっちにさせてどうするのさと、おいてけぼりにした和人にうらめしそうな視線を送り続けていた。
――――――
同日午後18:00 メディキュボイド仮想空間 木綿季の部屋
和人が姿を消してからゆえに20分ほど経過していた。木綿季は体育座りの体勢のまま、和人のことを待ち続けていた。
しかしいくら待っても和人はやってこず、仮想空間内に響き渡る電子音だけが木綿季の耳に響いていた。
「……和人、戻ってこない……」
木綿季は心細くなっていた。最近はふと気が付けば最近は常に側に和人がいてくれた。不安なときはいつも傍で支えてくれた。元気づけてくれた。
その和人が少しでも自分の傍からいなくなってしまうと、心が空っぽになってしまっているのに気付いていた。
もうボクは和人なしでは生きられない、生きてゆけない。その事実にも気がついてた。いつからこんなにも弱くなってしまったのだろう?
いや、元々ボクは強くなんかない、強くあろうとしただけで、実際はこんなもんだ。誰かが近くにいてくれないと壊れそうになってしまうぐらいに、本当は脆かったんだ。
「……うう、寂しいよ和人……」
「呼んだか?」
突然、木綿季に話しかけてくる声が聞こえた。その声は今の木綿季にとって、誰の声よりも聞きたい声だった。
木綿季は恐る恐る声の聞こえた方に首を動かし、その招待を確かめた。
「かず……と……?」
「こんにちは木綿季、ALOのアバターとあんまり違いはないんだな。髪の毛が少し短いぐらいか?」
仮想空間の木綿季の部屋には仮想世界のキリトではなく、現実世界の姿をした和人がそこにいた。着ていた服装の細部の違いはあれど、顔だちや体系などは現実の和人そのままであった。
「和人!!」
木綿季は立ち上がると仮想空間の和人に向かって駆け出し、抱き着いた。そんな木綿季を、和人は優しく包み込むようにして受け入れた。
「うおっ、おいおい……大丈夫か……?」
この木綿季の姿は三年前、終末期医療を始める前にメディキュボイドでキャリブレーションをしたときの木綿季の姿だ。
従って現在のALOのユウキのアバターより、少しばかり身長は低く、今よりもどこか幼さというものを感じさせていた。
「だって……急に和人いなくなっちゃうんだもん……!」
「わ、悪かったって。ちょっと病院のアミュスフィアのキャリブレーションに時間がかかってな……」
「……そうだったんだ、置いていかれちゃったかと思っちゃった……」
木綿季は和人の胸板に顔をうずめ、二度と和人が離れていってしまわないように必死に両手で抱きしめ続けていた。
「おいおい……俺が木綿季を置いていくわけないだろ?」
そう言うと和人は、ALOでやってるように木綿季を抱きしめ、頭を撫でじゃくった。ALOのユウキより幾分か身長が低い木綿季ととのやりとりは、恋人というよりも少し年の離れた兄と妹といった印象を感じさせる。
「和人は……キリトより背が高いんだね……」
「というよりお前がちょっと小さい気がするな、ALOのアバターより」
「うん、ボクのこの仮想空間の姿は三年前のボクのままだから、ALOのボクよりはちょっと背が低いんだ」
「なるほどな……でも、こっちの木綿季も可愛いぞ?」
「え……ボ、ボク可愛い……?」
「ああ……みんなに自慢したくなる」
「えと、えへへ……、ありがと……♪」
この狭くも広くもないメディキュボイドの仮想空間で、二人は文字通り自分たちの世界を展開していった。仮想世界といえど、木綿季は和人に会うことが出来た。この日のことを、木綿季は絶対に忘れないだろう。
「さーてと、とりあえず本題を片付けちまおうぜ、木綿季」
「あ……うん、そうだね」
木綿季はそういうと、左手で先ほどALOでスメラギから受け取った歌詞の書かれたメモのデータ化されたものを表示した。
同じ文面が書かれたそれを、木綿季と和人は穴のあくほど見つめ続けている。
「歌詞の意味と向き合う……か、一体どういうことなんだろうな……」
「うーん、歌詞の意味、意味かあ……」
「なあ木綿季、もしかしてなんだが……スメラギのいう歌詞の意味と向き合うってのは、歌詞に込められた気持ちを理解して歌にしろってことなんじゃないかな」
「歌詞の意味……?」
「あんまり考えたことはなかったんだが、歌詞ってのは作詞家が作ってるんだろ? それもプロの……、その人達は多分漠然と歌詞を書いているわけじゃないと思うんだよな」
「……そうだねえ、確かにそうかもね。だって適当に書いた歌詞なんか絶対世の中に出せないでしょ」
「ああ、作詞家はこの歌詞に書かれてる一フレーズごとに意味をちゃんと込めて書き上げ、一つの物語にしてるんじゃないかなって思うんだ」
「も、物語……、そんなこと考えたこともなかった……」
音楽にさほど詳しくないこの二人も、だんだんと分かってきた様子だった。歌というのは単純なものではない。歌詞を通して、曲を通して、そしてこの歌そのものを通して聞き手に訴えるものだからだ。
「歌詞の意味……」
木綿季は徐に二曲目の歌詞カードに目を通した。歌いだしのAメロから、クライマックスのサビの部分まで、穴のあくほど見つめていた。そして何往復も目を通していると、とあるとんでもない事実に気がついてしまった。
「……え? 待って……こ、これって……」
「ど、どうした木綿季……?」
目を丸くして信じられないような視線を、木綿季は歌詞に向けていた。そのただならぬ雰囲気を感じ取った和人は心配そうに木綿季に声をかけた。すると木綿季は視線を和人に向け、右手の人差し指を震わせながら歌詞をなぞるようにして、何があったのかを和人に説明してみせた。
「この……二曲目の歌詞、ボクだ……」
「……な、なんだって……!?」
「……これ、ここに書かれている歌詞……ボクが今まで歩んできた、
はい、現実世界ではないですが和人と木綿季が対面しました。いつか現実でもこうできるように和人も木綿季も頑張ります。
そして最後に木綿季が気付いた二曲目の歌詞、マザーズ・ロザリオを見ている人は分かると思いますが、そうです……あの曲です。
涙なしには語れないあの名曲です。これ以上はここでは言及しません。
次回で特訓パート終わるといいなあ……、では以下次回!!