ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
こんばんは、我ながらいつになったら早く木綿季を助けられるんだと思う始末でございます。シナリオの展開があまりにも遅い……、でも盛り込まずにはいられないことがたくさんあって……。
前回は和人がぶっ倒れました。木綿季はそのことで責任を感じ自分でなんとかすると決意しましたが、そこへ意外な人たちが助けに来ます。
また別の意味で、木綿季は救われます。それでは27話どうぞ。
西暦2026年2月3日(火)午前9:10 神奈川県横浜市金沢区 横浜港北総合病院
「ハァ……ハァ……」
とある人物の病室を目指して二人の女性が息を切らして走っていた。
桐ヶ谷翠、桐ヶ谷直葉。二人は家族の和人が倒れたと連絡を受け、仕事と学校を休んで病院に駆け付けてきたのだ。
タクシーを降りた二人は自動ドアをくぐると、足の速度を緩めることなく病院の窓口まで駆け込んだ。
まだ息が切れているが構わず、受付のお姉さんに目的を伝える。平日の早朝ともあって、フロントやエントランスに面会者や看護師の姿は少なかった。
「すみませんッ、面会を……桐ヶ谷和人の、面会をお願いします!」
息を切らしながら受付のお姉さんに面会をお願いすると、お姉さんは流石プロというべきか、慌てず騒がずに、冷静な態度で対応をする。
患者の家族に不安を与えないためだ。
「患者さん……桐ヶ谷和人さんですね? 失礼ですがお名前は?」
お姉さんの落ち着いた対応もあってか、呼吸が少しずつ戻ってきた翠は、今一度大きく深呼吸をすると、先程とは打って変わって落ち着いて自分たちの身分を明かす。
「桐ヶ谷翠と申します。和人の母親です、息子が倒れたと聞いて、飛んできました……」
普段は冷静な大人の翠も、息子の和人が倒れたとあっては冷静でいられなかった。
妹の直葉にいたっては今にも泣きだしそうである。
「わかりました、ではこちらの札を持って、病室までお進みください」
翠と直葉は首から下げるタイプの札を受け取り、和人の入院している病室の番号を確認するとすぐさま足を運んだ。
「お母さん……お兄ちゃん、大丈夫かな……」
「……大丈夫だといいけど、あのバカ……無茶したんじゃないでしょうね……? 全くもう……!」
口では悪態を吐いてはいるが、心の底では心配でならなかった。義理の息子と言えども実の息子、手塩にかけて育ててきた大切な息子だ。
その息子が倒れたとあっては、居ても立っても居られない。血の繋がりなど関係ない。
何人かの看護師や歩行訓練をしている患者さんの脇を通り過ぎながらしばらく歩き続けると、見知った名前のプレートが差された病室が見えた。
見間違えるはずがない。
【桐ヶ谷 和人】
病室のプレートにはそう書かれていた。最愛の家族の、息子の名前が、黒の油性マジックで丁寧な字で書き記されていた。
翠は気持ちを抑えきれず、他の患者のことなどお構いなしに勢いに任せて病室のドアを思い切りスライドさせる。
扉の車輪がレールを転がる音を響かせると部屋の右側に、息子がベッドに横たわる光景が目に入ってきた。
「和人ッ!!」
翠は和人の横たわる真っ白なベッドに駆け寄った。上半身だけ掛け布団から出ていてその細い腕には点滴が刺されている。
口元には人工の呼吸器が施されており、口元の部分が和人の呼吸によって曇っている。
その呼吸は若干荒く、体中に汗が噴き出していて衣服も湿ってしまっている。
「和人……ッ!」
意識がない息子の側によると翠は崩れ落ち、必死に和人の手を握った。
自然と二年前の、あの時を思い出してしまった。
二年前のSAO事件、まず初めに息子の和人が、そして娘の直葉がSAOに囚われてしまった。
翠の生き甲斐とも言える最愛の二人の子供がデスゲームに巻き込まれてしまい、当時の翠は気が気でなかったという。
その当時の光景が翠の中でフラッシュバックを起こしていた。唯一の安心ともいえるのは頭にナーヴギアがかぶさってないことだけである。
「お兄ちゃんしっかりして……!」
妹の直葉も側に駆け寄る。まだ主治医から病状を聞かされていない二人は、何故和人が倒れたかという理由もわからなかった。
意識がない和人の姿を見て不安感はさらに増していき、二度と彼が目を覚まさないんじゃないか。
そんな感覚さえ覚えてしまう。
二人がじっと和人の顔を見つめていると、しばらくして病室のドアからコンコンという音が響きわたる。
このような入室の仕方は病院関係者がほとんどだ、ひょっとしたら先生が来たのかもしれないと思った翠は向きを変え、ドアの方向を向いた。
「失礼します……」
カラカラという音を立てて扉を開けて部屋に入ってきたのは、翠と直葉がよく知る人物、木綿季の主治医でもある倉橋その人であった。
「く……倉橋先生!」
「これは……翠さんに直葉さん! 来ていただいたのですね」
「息子が倒れたと聞きまして……」
「……申し訳ございません、和人君の状態に気付くことが出来ませんでした。医師として……情けない限りです」
倉橋はそう言うと、右手に持っているカルテらしい書類を持つ手に力が入ってしまっていた。
悔しい、そして情けない。それでもプロかと、自分自身を責め立てている。
「何をおっしゃいますか、先生がいたからこそ早期発見が出来たんです。和人を助けてくれたのは……先生じゃありませんか」
医者は確かに患者の怪我や病気を治すのが仕事だ。しかし、二十四時間いつも完璧に把握出来ている訳では無い。
何故なら医師も一人の人間だからだ。
看護師、その他医療スタッフが交代で見ているといっても、限界がある。
患者の容態も個人差というものがあり、いつ何が起こるかというのは、ある程度しかわからない。
「最初に発見こそしたのは私ですが、実は木綿季君のお陰で気付けたのですよ」
「ゆ、木綿季ちゃんが……?」
「具体的に言いますと、アミュスフィアの信号異常のお陰で、和人君の異常に気付けたんです。そのきっかけを作ってくれたのが、木綿季君でした」
先日、和人に毛布を掛けてあげてほしいと木綿季は倉橋にお願いをしていた。
その際倉橋自ら和人に毛布を掛けたのだが、少しばかり呼吸が荒いコトや、異常なまでに汗をかいていることに気付いたのだ。
そして念のため和人のアミュスフィアの信号を監視していたのであった。
だから信号異常にすぐ対応でき、部屋に駆け付けることが出来たのだ。
「そうだったんですか……、なら木綿季ちゃんに、お礼を言わないとですね……」
「ええ、彼女を安心させるためにも……後で木綿季君のところへ寄ってあげてください。彼女は自分の所為で和人君が倒れたと思い込んでいます」
「え……?」
「何か元気になる言葉でもかけてあげはいただけませんか? 私も声をかけたのですが、なかなかどうして……」
「そう、だったのですか……」
何事にも全力でぶつかることを信条としてきた木綿季は、当然自分のしてきたことに関しての責任感も人一倍強かった。
和人に負担を掛けすぎてしまったこと。それによって彼を過労にまで追い込んでしまったこと。
別に木綿季に特に責任があるわけではない。
彼女は重病人、弱い側の人間だ。人に頼らざるを得ない環境にある。
しかし木綿季はそれでも、自分の所為だと顔を踞せているばかりだった。
「ねえ、倉橋先生? お兄ちゃんの病気は何なんですか……?」
直葉が畏まった態度で倉橋に和人の病名を伺う。翠もその事を聞きたかったが、なかなか踏み出せないでいた。
そしてこうも考えてしまう。
もしかしたら、よくない病気にかかってしまったのではないか……と。
「そんなに心配なさらずとも大丈夫ですよ二人共、和人君は……ただの過労です」
「へ……? か、過労……?」
過労、倉橋がそう直葉と翠に伝えると、二人はキョトンとした表情を見せた後、やれやれといった顔つきになり、その場に力なく崩れ落ちた。
「ええ、ここ最近の無理がたたったのでしょう。食事をとらない時もあったみたいですし、木綿季君の為に動きすぎたのでしょう。三日ほど休めばよくなると思います」
休めばよくなる、その言葉を聞いて翠と直葉は安堵の表情を見せた。
特に重たい病気を患った訳では無い、大きな怪我をしたわけでもない。
息子に、お兄ちゃんに大したことがなくてよかったと、肩に入っていた力が抜けていった。
「もう……、このバカ息子は……」
「よかった……、よかったよ……お兄ちゃん」
心配の気持ちから安堵の気持ちに変わり、静かに寝息を立てている和人を見つめていると、丁度窓から彼の顔に日光が差し掛かる。
その光が安心感をさらに演出させていた。
「ええ、しっかり栄養をとってばっちり休めば以前の通りに動けるようになるはずですよ。しかし問題は和人君より木綿季君かもしれませんね……」
「ゆ、木綿季ちゃんが…?」
「ええ、先ほども言いましたが……今回の件でかなり責任を感じています。お二人とも時間があればなんですが、彼女の病室までいってあげてくれませんでしょうか……」
翠と直葉は顔をそろえて迷わず首を縦に振り「行かせてください」と同時に口を開いた。
その言葉を聞き届けると、倉橋は分かりましたと言い、メディキュボイドのある病室まで二人を案内した。
「和人、またあとでくるからね……」
和人に挨拶を済ませると、二人は木綿季の無菌室まで足を運んだ。
実は木綿季にはまだ話していないことがある。
彼女の退院後の、いや、これからの人生を大きく変えてしまうほどの大事なことがある。
既に和人も直葉も、そしてそれを最初に考えていた翠も、もう固く心に決めていたことを……。
――――――
同日同時刻 横浜港北総合病院 無菌室前
「木綿季君、失礼します」
『倉橋先生……おはようございます……』
木綿季はあれからどうやれば和人の助けになれるかどうかを考えていた。
今のボクに出来ることは何だろうか? 和人に何をしてあげれるだろ……うと、ひたすらそればかりを考えていた。
「おはようございます木綿季君。本日はお客さんをお連れしました」
「……え、お客さん……?」
仮想空間の中で、体育座りで顔を踞せている木綿季が顔をゆっくりあげると、画面の右側から彼女のよく知っている人物が姿を見せた。
愛する和人の家族である、翠と直葉。今木綿季が一番顔を合わせることが出来ない二人が顔を見せている。
「おはよう木綿季ちゃん、和人がお世話になったみたいで……本当にありがとうね……?」
「うん、木綿季ちゃんのお陰でお兄ちゃんは助かったって先生言ってたよ? 助けてくれてありがとう」
二人の誠実な態度に木綿季は困り果てていた。助けただなんてとんでもない。
むしろ和人はボクの所為で倒れてしまった。終始ボクの為に時間を使ったおかげで和人に負担をかけてしまい、和人を追い詰めてしまった。
和人をあんな風にしたのは、他でもないボクなんだ。
『ご……ごめんなさい、ごめんなさい……ボクの……ボクの所為で和人が……和人が……ッ』
「木綿季ちゃん……」
木綿季はそれっきり、一言も喋らなくなってしまい、再び顔を踞せてしまう。
ふさぎ込んでも和人が目を覚まさないのはわかっている。しかし、こうせざるを得ない。
どんな顔をして二人と話せばいいんだ。ボクには二人と話す資格はない。
そう自分自身を責め続け、木綿季は自分の殻に閉じこもってしまった。
「桐ヶ谷さん……ちょっとこちらへよろしいでしょうか……?」
「は……はい……」
木綿季に話を聞かれたくないためか、声を大にして言えないようなことなのか、倉橋は奥のゲストルームへと二人を案内した。
広くも狭くもない部屋の隅っこで、倉橋は腕を組みながら困った顔をし、木綿季の現状を言って聞かせる。
「今朝からずっとあんな調子でして、話しかけてもなかなか口を開いてくれないのですよ……」
「そう、なんですか……」
「今木綿季君は、どうやれば和人君の支えになるかを考えてると思うんです。しかし彼女はまだメディキュボイドから出られない身ですから、やれることが限られています」
「……木綿季ちゃん……」
「……そこで、お二人のお力を借りられないかと思いまして」
そう言うと倉橋は部屋の隅のデスクに置いてある、病院のアミュスフィアと、和人のアミュスフィアを取り出し、両手に握りしめて、二人に手渡した。
「ア、アミュスフィア……ですか?」
「ええ、このアミュスフィアなんですが、病院内限定ではありますが、ローカルネットワークで気軽にアクセスが出来るようになっています」
「ローカルネットワーク……あ、も、もしかして……!」
「ええそうです、木綿季君のメディキュボイドのプライベートルームにアクセスできます。和人君には悪いのですが、勝手にランチャーもインストールさせてもらいました」
その言葉を聞いた途端に直葉の顔が明るくなっていった。木綿季に会える、ゲーム以外の場所で、木綿季と会える。彼女と触れ合える。
未来の妹と直接……ではないかもしれないが、顔を合わせられると知った直葉は期待に胸をふくらませていた。
「えっと、つまり木綿季ちゃんのメディキュボイドの中の、仮想空間にそのマシンでアクセスできるって解釈でいいのかしら?」
「はい、概ねあってます。お二人にはそこで木綿季君を元気づけてあげてほしいと思います。恐らく明日奈さんと和人君以外で心を開いているのは、あなた方だと思いますし、お願いできませんでしょうか……?」
倉橋からのお願いに、二人は続けて首を縦に振る。何も木綿季を助けるのは和人だけではない、私たちにだって彼女の力になれるはずだと。
何を迷う必要がある。
倉橋に肯定の返事をすると、二人はそれぞれアミュスフィアを彼の手から受け取り、一番近い場所にあったゲスト用の椅子に腰掛け、荷物を傍らに置くと、早速アミュスフィアを装着していく。
直葉は慣れた様子で被っていったが、母親の翠は慣れないマシンに四苦八苦している。
ヘルメットのように被ったはいいものの、そこから先をどうすれはいいかわからず、逐一直葉に訪ねていた。
「私……フルダイブ初めてだわ。初めてのフルダイブが木綿季ちゃんと会うためだなんて、なんだか嬉しいわね……」
「意外とお母さんも、やってみたらALOにハマったりしちゃってね……?」
「よしなさいよ、私もいい歳なのよ? 私はPCだけで十分です」
冗談交じりに会話を交わしながら二人はフルダイブの準備を進めていく。
直葉から最低限の操作方法を学び、キャリブレーションを二十分かけて終わらせて、いよいよ木綿季の場所へいく支度が整っていった。
コンピューターに詳しい翠も、次世代技術の結晶であるアミュスフィアには首を傾げるばかりだ。
まるでお爺ちゃんかお婆ちゃんが、慣れないスマホの操作を孫に教わっているかのような、そんな光景に見えている。
「それではリンクしましたら、画面左下にあります赤十字のマークのアプリを起動してください。自動的に木綿季君のメディキュボイドにアクセス出来るようになってます」
「はい、わかりました! ……よし、それじゃあ……行くよ? お母さん」
「ええと、ね、ねえ直葉? あのセリフ、やっぱり言わないとだめなのかしら……?」
「ダメだよ♪」
「……はぁ、全く……わかったわよ……」
直葉と翠は十分に体をリラックスさせると、一度深呼吸をして、例のセリフを同時に言い放った。
その際、翠は少しだけ恥ずかしそうに顔を赤らめている。
やはりいい歳をしておいてこのようなセリフを口走るのは、恥ずかしいものがあるのだろう。
「リンク・スタートッ!!」
「リ……リンク、スタートッ」
――――――――
同日同時刻 メディキュボイド仮想空間木綿季の部屋
「……和人……」
木綿季はまだ物思いにふけっていた。
これ以上和人の負担になるぐらいだったら、ボクがいなくなった方がいいのではないかという、最悪の考えにまで考え付いてしまっていた。
「ボクなんかいなくなった方が……よかったんじゃないかな……」
何も生み出すことも、与えることもせず、たくさんの薬や機械を無駄遣いして、周りの人達を困らせて、ボクは一体何がしたいんだろう。
大好きな和人まで……遠くに行かせてしまった。
「ボク……ボクなんか、いなくなった方が……ッ」
「それは違うわよ、木綿季ちゃん」
背後にいる誰かが口を割って入った、気配に気づいて慌てて振り向くと、そこには木綿季のよく知る女性二人が佇んでいた。
和人の母親桐ヶ谷翠、和人の妹桐ヶ谷直葉。
和人だけでなく、その家族までも木綿季のところに来てくれたのだ。
「え……え、す、直葉ちゃんに……み、翠さん……? な、何で……?」
「木綿季ちゃんが心配で……きちゃいました」
そういうと翠は木綿季に歩み寄り、やさしく包み込むように木綿季の肩に手を当てた。
木綿季はこの状況にたじろき、おろおろしながら視線をあちこちに移している。
そんな彼女にも、翠はニコニコ笑顔を絶やさず、優しく接し続ける。
「改めて、私は初めまして……よね? 桐ヶ谷翠です、木綿季ちゃん……いつも和人と仲良くしてくれてありがとうね……」
「え……あ、あの……えっと、ボ、ボクは……」
困っている木綿季をよそに、翠に続いて直葉が木綿季にかけより、手をぎゅっと握り笑顔を振る舞いながら挨拶をする。
「初めまして木綿季ちゃん、桐ヶ谷直葉だよ? リーファっていえば……わかるかな?」
直葉に歩み寄られ、ますます木綿季の頭は混乱する。何で二人がここに来てるんだろう、ここまで何をしに来たんだろう。
むしろ、ボクはこの二人に合わす顔なんてない。ボクの所為で和人が倒れたというのに。
「木綿季ちゃん、和人を助けてくれてありがとう」
「え……」
翠さんが何を言ってるのか理解出来ない。
ボクは決して和人を助けてなんかいない。それどころか迷惑をかけてしまった。
この二人がこの病院にいるのも、おそらく和人のお見舞いの為に来てるのだろう。
ボクの所為で倒れてしまった、和人のお見舞いに……。
「え……そ、そんなやめてくださいつ、和人は……ボ、ボクの所為で……」
「木綿季ちゃんの所為じゃないよ」
和人が倒れたのはあくまで自分の所為だと、ひたすら卑下し続ける木綿季に、直葉がすかさずフォローに入った。
何を言っても塞ぎこもうとする木綿季に、ちゃんと理由も込めて説明する。
真っ直ぐぶつかるこの性格は、裏を返せば少々頑固な一面も見せているということなのだ。
「あのね、木綿季ちゃんは自分の所為だって言ってるけど違うのよ? 和人を助けたのは……木綿季ちゃんなんだから」
「……どうして……?」
「まずね、一ヶ月前の事で塞ぎこんでいた和人の心を開いてくれたのは、木綿季ちゃんだって聞いてるわ。そのあとも和人ったら病院から帰ってくるたびにね? 疲れてるけど充実してそうな顔を見せるのよ。あんな和人久々に見たもの」
「そうそう! あとね、気が付くと木綿季ちゃんのことばっかり話してくるんだよ? それはもう耳にタコができるぐらい!」
「……え、あ、あの……」
とまどいながらも、桐ヶ谷親子のマシンガントークに押されっぱなしの木綿季であった。
言い返そうにも言い返すタイミングが全く見当たらない。怒涛の親子マシンガンである。
しかし、これも阿吽の呼吸があったチームプレイなのてある。木綿季に反論の余地を与えず、とにかく言いたいことを言いまくって、まくし立てる
「あとね? 木綿季ちゃんは自分の所為だって言ってるけど、あの子の無茶癖は昔からなのよ? 直葉が池で溺れて死にかけた時も、真っ先に飛び込んで助けにいったりね……」
「ああ、う、うん……そんなこともあったっけ、あは、あはは……」
直葉が頭をポリポリかきながら苦笑いを浮かべると、木綿季もそれに釣られるように、少しだけ口元を緩め、ほんのり笑顔を見せた。
今朝からずっと暗い顔をし続けてきた彼女の、今日初めて見せた笑顔である。
「あ、木綿季ちゃん……やっと笑ってくれたわね?」
「あ……、え……」
「ウンウン、ALOでもすっごい可愛いって思ってたけど、やっぱり本当の木綿季ちゃんも可愛いんだね!」
木綿季は顔を赤くしてしまい、困り果てていた。
いきなり目の前に現れて、木綿季は悪くない。
和人を支えてくれてありがとう。
木綿季は可愛いなどと、次から次へと頭の整理がおっつかないうちに新しい情報がどんどん入ってくる。
お陰で木綿季の頭は軽くショートしかけていた。
「ねえ、木綿季ちゃん」
翠が改まって優しく木綿季に声を掛ける。木綿季は「は……ハイ!」と返事をすると若干まだ不安そうな顔をして翠の話を聞き始めた。
「何か……悩んでることがあるんじゃないかしら? よかったら話してもらえると嬉しいわ」
「え……あ、ボ……ボクは……」
二人になんて言えばいいのかわからない。
どう話しても言い訳にしか聞こえないのかもしれない。
でも……それでも、例えそうだとしても、この二人なら、ボクを受け入れてくれるかもしれない。
そう思ったら、少しだけ勇気が湧いてくる気がした。この二人になら……話してもいい。
「ボク、最初はちょっとの間だけ、和人の心の支えになれればって思って、一緒になったんです」
「うん」
「でも和人と一緒に冒険して、遊ぶようになって、気が付いたら和人のこと好きになってて……逆に、ボクのことを支えてもらってて……」
「うんうん……それで……?」
「病気を治してくれるって約束してくれて、学校にも行かせてやるって、ボクにたくさんのことをしてくれたのに、ボクが負担をかけちゃった所為で、和人は……和人は……ッ」
「……なるほどね……」
翠は断片的にではあるが木綿季の話を聞き、大体のことを察したようだ。
聞いた話のパーツを繋ぎ合わせ、彼女が何を訴えたいかを理解する。
「つまり、和人に助けられっぱなしなのに自分は何もしてあげられてないから、それで考え込んでるってことなのね?」
「え、えっと……はい……」
木綿季は返事を返すと、肩を落として項垂れてしまっている。
しかし先程より少し気持ちが楽になったのか、翠が手を握ってくれているからなのか、ほんのり心が安心出来ていた。
「そうねえ、それじゃあ木綿季ちゃんは……何か和人の力になれることをしてあげたいのね?」
「は、はいッ、ボク……和人の力になれるんだったら、なんでもするつもりです……ッ」
木綿季の決意が乗ったその言葉を聞き届けると、翠は表情を変え、真剣な眼差しで木綿季を見て肩を両手でがっちりと掴んだ。
「わっ! み……翠さん……?」
「木綿季ちゃん、本当に和人の力になりたいのね?」
「え……、あ、ボクは……」
「その言葉と決意に、嘘偽りは……ないのね?」
つい先日和人に言った言葉と同じ言葉を、木綿季に送る。彼女の気持ちが、決意が本物であるかどうかを、見定めるためだ。
だからこそ、しっかりはっきりと物事を聞く。生半可な気持ちや言葉で聞き出したりしてはいけない。
「は……はいッ! ボクは和人の力に……支えになりたいんです。助けられっぱなしは……もう……嫌だッ!」
泣いて笑っていたと思えば、今度はいつも見せている、彼女の真剣な顔つきになっていた。
何事にも全力でぶつかっていく、彼女の心からの想いが現れた表情だ。
翠は、そんな木綿季としばらく視線を合わせ続けた。彼女の想いが上っ面のものだけではないということを、じっくりと時間をかけて確かめる。
その間、木綿季は一瞬たりとも翠から視線を逸らすようなことはせずに、真っ直ぐに見つめ続けた。
「……木綿季ちゃんの気持ち、受け取ったわ」
「み……翠さん……」
「それじゃあ木綿季ちゃん、まずはその病気を治しましょう」
「……え、え!?」
「木綿季ちゃん、あまり言いたくはないのだけれど、木綿季ちゃんのその体では、正直言って和人の力になれるとは思えないの」
「う……そ、それは……」
「ごめんなさい、気を悪くしないでね? そこでね? しっかり病気を治したら、その後で精一杯和人の力になってほしいの」
「和人の……?」
「和人がいいっていっても、しつこく食い下がってついていきなさい。あの子なら……ちょっと押しちゃえば、ちゃんと受け入れてくれるわ」
そう言い放つと、翠は右手を木綿季の背中にまわし、左手で頭を自分の胸に寄せて、優しく温かく木綿季を抱きしめた。
「――――ッ」
「木綿季ちゃん、退院したら……うちへいらっしゃい。桐ヶ谷家は木綿季ちゃんを歓迎するわ……」
「え……?」
「もちろん、木綿季ちゃんが望めば……なんだけどね? でも私たちはむしろ来てほしいかな……? 木綿季ちゃんに」
その言葉を聞き届けると、木綿季の目からは大粒の涙が流れ落ちていた。
何かはわからないが、温かいものが木綿季の体を包み込んでいるのを感じ取っていた。
「あれ……マ、マ……?」
木綿季は翠の姿に、かつての自分の本当の母親の姿を重ねていた。
外見こそ似てないが、その優しさは本当の母親そのままだった。
翠もその問いに、優しく、満面の笑みで応えた。
「……うん、お母さんですよ……」
「あ……、お、おかあ……さん、おかあさん……ッ、おかあさん……ッ!」
木綿季は溢れる感情を抑えることが出来ずに、翠に飛びついた。
翠の胸に顔を押し付け母親のぬくもりを数年ぶりに感じとり、滝のような涙を流しひたすらに泣いた。
そして心から安心出来た。
ボクを守ってくれるのは和人だけじゃない。お母さんがいてくれる……。
温かい……、温かいよ、嬉しい……嬉しくてたまらない。
「おかあさん……おかあさん……! ボク……ボク……ッ」
「寂しかったわよね? でも大丈夫よ、私たちがいるわ、
「うん……うん、ボク……独りなんかじゃない……ッ」
木綿季は再び"家族"を手にすることが出来た。かつて何もかもを全て失ってしまったものを、今再び手に入れることが出来たのだ。
血のつながりこそないのかもしれない。
しかしもはやそんなものは関係ない。心から温かくしてくれるもの、いっぱいの大好きをくれるもの、それこそが掛け替えのない家族なのだ。
この掛け替えのないものは、木綿季にたくさんの勇気と力を与えてくれるだろう。
ご観覧ありがとうございます。
やっぱり木綿季に直接かかわるエピソードは涙を誘われますね……、家族ってやっぱりいいなあと思います。
桐ヶ谷家って……ホント理想の家族ですよね……。