ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味   作:むこ(連載継続頑張ります)

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 こんにちは、いつまでたってもライブが始まるどころかレッスンも終わりません。本当にこの物語はリアリゼーション発売までに完結するのでしょうか、怪しくなってきました。

 でも要所要所端折りたくないので、書き綴っていきます。いつ木綿季を助けられるかわかりませんがみなさんお付き合いいただければと思います。
それでは28話、どうぞご覧ください。
 


第28話~目覚め~

 西暦????年??月??日(?) ?????

 

 

(ここは……どこだ……?)

 

 和人の意識は現実ではなく、とある見覚えのない、霧で包まれた空間にあった。

 しかし、肌で感じるこの感覚は、どこか記憶があるようなものだった。

 体はゆっくりとだがある程度、ALOみたく自由飛行出来るようだ。

 やがて和人は、当ても無くゆっくりと前へ前へと体を動かしていく。

 

(どこなんだ……ここは……)

 

 十分ほど、ただただ気まぐれに空間を進んでいくと、辺りを覆っている霧が、少しずつ晴れていっていくのがわかった。

 それを視認した和人は更に前へ前へと進む。

 

 そしてまた五分ほど進むと、霧は完全に晴れて、和人がどこかで見覚えのあるような景色が飛び込んできた。

 

(ここは……ALO? 新生アインクラッドか……?)

 

 おかしい、ログインしていないのに、自分は何故ALOにいるのだろうか。

 それに……翅もないし、耳も尖ってない。

 妖精の姿ではなく、現実世界の姿だ。何故この姿のままALOに?

 

(……ん、何だ? あの樹が生えてる小島……、プレイヤーがたくさん……?)

 

 霧が晴れると、目の前には彼がよく知っている仮想世界が広がっていた。

 それも攻略済みの新生アインクラッド第24階層の、大きい樹が生えた孤島が見えている。

 

 その島に生えた樹を取り囲むように、種族様々な妖精、即ちプレイヤーだと思われる人影が無数に見受けられる。

 

(な……ッ、う、嘘だろ……!? 何で俺があそこにいるんだ? そ、それにあの樹の所にいるのは……!)

 

 和人は目の前の映し出されている光景を信じることが出来なかった。

 何故なら、彼のALOでのアバター『キリト』が島の中心に向かい、膝をついていたからだ。

 

 それだけではない、キリトが視線を送っているその先には、和人がよく知っている人物、インプとウンディーネの女の子が佇んでいる。

 

(アスナ……に、ユウキ……?)

 

 キリトだけではない。リーファやシノン、リズらのSAOサバイバー。

 そしてユウキが収めるギルド『スリーピング・ナイツ』のメンバーも、アスナとユウキに対して悲しそうな視線を送っている。

 

(な、何なんだよこれ……、何で皆そんな悲しそうな目をしてるんだよ、これじゃあまるで……)

 

 島の中心にある樹の側には、地べたに座り込んでいるアスナと、その膝を借りて仰向けに横になっているユウキの姿があった。

 アスナは優しく、まるでユウキを見送るように、彼女に温かい視線を送っている。

 

「ユウキ、私は必ずあなたともう一度会う」

 

(……アスナ……)

 

どこか違う場所(・・・・・・・)、違う世界で絶対にまた巡り会うから……」

 

(な……何を言ってるんだ? アスナ……?)

 

「その時には教えてね? ユウキが見つけた物を……」

 

 やめろ、やめろ! こ、これじゃあまるで……ユウキが……、これから死ぬ(・・・・・・)みたい(・・・)じゃないかッ!!

 

(嘘だ……やめろ、やめてくれアスナ!! ユウキは……木綿季はまだ……ッ!!)

 

 島の中心で寝ているユウキは、アスナの言葉を受け取ると、ゆっくりと眼を閉じて、目尻に涙を浮かべながら、そのアバターを透けさせていく。

 

(や、やめろ……!)

 

「ボク、頑張って生きた」

 

(やめろ……、やめろユウキ!)

 

「ここで、生きたよ(・・・・)

 

 それだけ言い残すと、ユウキのアバターは完全に見えなくなり、アスナの腕の中から消えていった。

 それと同時に、和人の中で何か(・・)がプツンと切れ、彼の意識がこの世界からなくなっていった。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

「木綿季ッ!!」

 

 不可思議な映像から目を覚ますと、和人は自分のいる場所があそこではないということを認識するのに、そう時間はかからなかった。

 白い壁に天井、おまけに自分が乗っている白いベッド。紛れもなく病院だ。

 

 しかし悪夢から覚めても、彼の調子は悪そうだ。呼吸は荒く、頭もぼーっとしている。

 時間が経つにつれて、落ち着きを取り戻していくと、今自分がどのような状態にあるかを把握し始めた。

 

「ここは……病院、だよな……? 俺はどうなったんだ……?」

 

 荒かった呼吸を少しずつ落ち着けると、和人は自分の記憶を辿っていった。

 木綿季の仮想空間に遊びにいったこと、一緒にスメラギからの宿題を解いたこと。

 歌詞の意味を知り、次の方針を決めて、その後一緒に寝たこと。

 そして目が覚めて、立ち上がろうとしたところでその時に……。

 

「そうだ、ぶっ倒れたんだ……思い出した……」

 

 そうすると俺をここまで運んでくれたのは誰なんだろう?

 木綿季……は無理だし病院の人の可能性が高い。もしかして倉橋先生が気付いてすぐ運んでくれたのかもしれない。

 

 和人はふと自分の左手腕に刺さっている点滴に目をやった。そしてようやく自分の置かれている状況を理解した。

 

「どうやらみんなに迷惑を掛けちまったみたいだな……」

 

 和人は心底申し訳ないという気持ちになった。

 何より木綿季にものすごい心配をかけてしまったことだろう。

 現に木綿季は責任を感じ塞ぎこんでしまった。

 しかしその木綿季も翠が救ってくれた。木綿季の母親として優しく接してくれたのだ。

 

「……頭がぼーっとするな……、どれくらい寝てたんだろう……」

 

 あれからどれくらいの時間が経ったのかと気にしつつ、和人は病室から見える窓の外の風景を見つめていた。

 嫌な夢を見た後は、どうもその日だけは何もしなくていいかなといった気分になる。

 今しがた見てしまった夢、あれこそ和人が想定していた中で最悪のシナリオそのものだった。

 

「……絶対させない、木綿季を死なせて……なるものか……ッ」

 

 決意を新たに胸の中で違いを立てると、突如病室の扉がコンコンとノックされてる音が聞こえてきた。

 そしてすぐに「失礼します」という男の声が聞こえ、一人の医師が病室に入ってきた。和人のよく知る人物、倉橋だった。

 

「か、和人君……目を覚ましたんですね! よかった……」

 

「先生……、で、ではやはり先生が……」

 

「ええ……、木綿季君のお陰で早い段階で君の体の異常を発見出来ました。君は過労で倒れたのですよ」

 

「か、過労……ですか……」

 

 倉橋からの診断を聞くと、和人はやっぱりなと内心思っていた。

 実際、ここ最近無茶が過ぎたのだ。木綿季のた為とはいえ食事も不規則だったし、睡眠も満足にとれたとは言えなかった。

 オートバイの運転を往復四時間を何度もやってたし、計画も立て、いろんなところに根回しもした。

 心身ともに疲れ切っていたのだ。倒れない方がおかしかった。

 

「意識も回復しましたし、今後は栄養を取って十分な休息を取れば回復できるでしょう。しかし三日間は安静にしてもらいますよ?」

 

「……わ、わかりました。……ところで先生、木綿季は心配してませんでしたか……?」

 

 和人がそのことを聞くと、倉橋は和人の腕に刺さっている点滴の針を抜き、新しいものと取り替えながら、真剣な表情で和人の問いに答えた。

 

「ええ、一時パニック状態に陥ってしまって、危うく精神崩壊を起こしかねないぐらいの状態でした」

 

「せ……精神崩壊って、ゆ、木綿季は大丈夫なんですか!?」

 

 白いベッドの上で和人は慌てて倉橋に詰め寄る。その際に点滴が刺さっている腕が管に引っ張られて少しだけ腕に痛みが走った。

 その際に「痛ッ……」という言葉を漏らし、痛みを我慢しながらも和人は倉橋の顔を見続け返答を待った。

 

「ええ、今は大丈夫です。あの後私が声を掛け続け、落ち着きを取り戻しましたから。それに今は翠さんと直葉さんが、木綿季君の部屋に言って励ましてくれているはずです」

 

「それなら……よかった……。……って今、母さんたち来てるんですか?」

 

「ええ、君は気を失っていたのでわからなかったと思いますが、ここの病室にも足を運んでくれてます。和人君が目を覚ましたことを知れば、きっと安心することでしょう」

 

 和人は室内の時計に目をやり、時刻を確認した。時計の針は午前7:35をさしていた。

 

 ここまで車で片道二時間かかるとなると、彼が倒れたあの後、すぐに家に連絡がいったのだろう。

 二人は仕事と学校を休んでここまできてくれたことになる。早朝一番に家族が倒れたという報告は、さぞかし心配をかけてしまったに違いない。

 

「先生……ありがとうございました」

 

 和人から感謝の言葉を受け取ると、倉橋は「いえいえ」と笑顔で返事を返してくれた。

 後で心配かけた皆にフォローをいれておかないとな、と思ったとことろで病室の扉が再びノックされた。

 失礼しますという声は聞こえず、そのまま扉がレールにそって横にスライドされる。現れたのは母親の翠と妹の直葉だった。

 

「か、母さん……スグ……」

 

 和人の方から先に声を掛けると、翠と直葉は入室するなり、最愛の家族が無事意識を取り戻しているこの光景を目にし、和人のベッドに駆け寄り手を握った。

 

「和人ッ! 意識が戻ったのね……よかった……ッ!」

 

「お兄ちゃん! お兄ちゃんッ! よかったよぅ……、う、うぅ……ッ」

 

 彼のことを心配するあまり、二人とも目には涙が浮かんでいる。

 和人は「心配かけてゴメン」とだけ言い、涙を流し続ける二人を申し訳なさそうな顔をして眺めていた。

 直接の血は繋がっていないのに、本気で心から心配してくれている。やはりこの二人は和人にとって『本物の家族』なのだ。

 

「和人君、木綿季君から伝言を二つ預かっています。聞きますか?」

 

「え? あ……はい、お、お願いします」

 

 和人が返事を返すと、倉橋はコホンとわざとらしくせき込み、木綿季から預かった言葉を、身振り手振りでそのまま和人に伝える。

 

「えー……"三日間絶対に無理をしないで、ボク一人で頑張るから" もう一つは"三日経つまでにボクに会いにきたら絶交する" 以上の二つです」

 

 容赦のない木綿季からのコメントに、和人は苦笑いを浮かべながら「参ったな……」と呟いていた。

 どうやら彼の想像以上に、物凄く木綿季に心配を掛けてしまっているようだ。

 

「木綿季ちゃん、そこまでお兄ちゃんのコト心配してたんだね……」

 

「……面目ない、木綿季にも皆にも滅茶苦茶心配かけちまったな……」

 

「そうと分かったなら、今はしっかり休みなさい? あのマシンは……当分倉橋先生に預かっててもらいます」

 

「う……、あ、あい……」

 

 翠から厳しめのことを言われると、和人は明らかに肩を落として落ち込んでいた。

 周りに隠れてALOにログインしようとしてるのがバレバレだった。

 

「ダメですよ和人君、木綿季君は君のコトを誰よりも心配していたんですから」

 

「は……はい……」

 

「木綿季君は今、君が傍にいなくても大丈夫なように、一人で挑戦しようとしています。その気持ちを棒に振ってはなりませんよ?」

 

「……は、はい……本当にすみませんでした」

 

 倉橋としては珍しく、厳しいことを並べている。倒れた患者としてでもあるが、何より木綿季を支えてくれている人の一人として、彼の知り合いとしても、心配してくれていたのだ。

 

 和人は昔からそうだ。

 一人で突っ走って、自分一人で解決しようとして、何もかもを背負い込んで、終いには潰れてしまう。

 彼の悪い癖の一つだ。いくら木綿季の命がかかっているからといって、無茶をしていい理由にはならない。

 

 倉橋や翠、ちゃんと周りが見える大人達がストッパーになってあげないと、彼はどこまでも暴走してしまうことだろう。

 

「和人、ちょっと聞いてもらっていいかしら?」

 

「ん……何だい? 母さん」

 

「あのね? 木綿季ちゃんの今後のことなんだけど、正式に桐ヶ谷家(うち)で面倒を見ることに決まったから、そのつもりでよろしくね?」

 

「……は?」

 

 和人はその言葉を聞き届けると素っ頓狂な顔になり、自分の母親が一体何を言っているのか理解できていなかった。

 寝耳に水、とはまさにこの事で、目が点になっている兄の顔を見た直葉は、その光景にデジャヴを感じていた。

 

「ま、前もこんな光景を目にしたような……」

 

「す、すまん母さん、何を言ってるのかわからない」

 

「木綿季ちゃんは退院後、桐ヶ谷家の養子として迎えることになったってことよ。つまり……家族が増えるのよ、和人」

 

「…………」

 

 和人はしばらく思考を巡らせ、今聞いた情報を脳内CPUで処理を始めた。

 そして少しの時間が経ち、処理が終わるとようやく母親の言ってることを理解した。

 

「は……はああぁぁッ!? いつの間に決めたんだよ!?」

 

 病院内にあるまじき大ボリュームで和人が奇声を上げる。

 他の患者のことも考えたら近所迷惑どころの騒ぎではない。彼が患者でなかったら、即叩き出されているレベルだ。

 

 そんな和人の慌てようが面白かったのか、翠はくすくすと笑いながら、ニコニコ笑顔でことの成り行きの説明を聞かせる。

 

「ついさっきよ? 木綿季ちゃんのところに直葉と一緒にいってきたのよ。フルダイブまでしてね、そしたら木綿季ちゃん、私のこと"お母さん" って呼んでくれて……嬉しかったわあ……」

 

「あたし、ちょっと泣いちゃった」

 

 自分の知らないところで、とんでもない話が前に進んでいっている。

 しかし冷静に考えてみたらそうだ。木綿季は家族全員を失っている。

 この先病気が治っても、引き取り手がいなければ施設に預けられることになるだろう。

 

 ならば、両親共働きで蓄えのある桐ヶ谷家で面倒を見るのが手っ取り早いというか、合理的なのだろう。

 

「ってことは、あそこで一緒に暮らすってことになるん……だよな?」

 

 和人が当然生まれた疑問をぶつけると、翠と直葉は口をそろえて"当たり前じゃない" とにこやかに答えを返す。

 一切曇りのない回答に、和人は正直対応に困りきっていた。

 

 俺と木綿季が一つ屋根の下で一緒に暮らす?

 いや、嬉しい、確かにそれは嬉しいが、心の準備というものが出来ていない。

 第一俺の家に空き部屋なんてあったっけか?

 も、もしなかったら、木綿季は……その、もしかしてもしかすると……。

 

「へ、部屋はどうするんだよ! 空き部屋なんてなかったはずだろ?」

 

「二階にある物置部屋を開けて、そこを木綿季ちゃんの部屋にすればいいわ。物置なんてあとからいつでも建てられるし」

 

「あんなにたくさん物が入ってるんだぞ!? すぐ物置が建つわけないだろ!? それまではどうするんだよ!」

 

「和人の部屋で一緒に暮らせばいいじゃない」

 

 数々の質問を次々と簡単にいなし、更に翠はここでまた核弾頭を投下した。

 それも、地球全土が焦土と化すぐらいの規模の爆弾を。その爆撃を盛大に受けた和人に、直葉が更に援護射撃という名の追い打ちをかける。

 

「お兄ちゃん、木綿季ちゃんと一緒に暮らせるのが嬉しくないの?」

 

 今度は回りくどくなく、直球ど真ん中で疑問を投げかけてくる始末。

 何故だ、何故自分の周りの女性は俺を追い詰めるのが好きなんだ。

 それも、色恋沙汰などに非常に敏感で、頼んでもいないのにお節介を焼くような連中ばっかりだ。

 そう思いながらも和人は顔を赤面させながら、細々と自分の素直な気持ちを言葉に表した。

 恥ずかしくてここから逃げだしたくなってきたが、ベッドの上で点滴に繋がれて、周りを囲まれていて、何処にも逃げ場というものはない。

 もう、答えるしかなくなってしまっているのだ。

「……う、べ、別に俺は……木綿季と暮らしても、いいかなって思っているさ……」

 

 和人がその言葉を口にした瞬間、どこからか『ピピッ』という機械音が聞こえてきた。

 その際、何故か直葉が不敵に微笑んでおり、その片手に彼女のスマートフォンが握られている。

 

 和人はまさかまさかとは思いながらも、額に嫌な汗をかきながら、恐る恐る直葉に何をしていたのかを問いただす。

 

「……なあ、直葉さん? も、もしかして今の俺の……」

 

「うふふ……、いっつもやられてばっかりだからお返しだよ、お兄ちゃん! 早速木綿季ちゃんに聞かせてくるねー!」

 

 かつて今まで見たことのない悪い顔を見せながら、直葉はパイプ椅子から立ち上がり、颯爽と部屋の出口まで向かっていった。

 

「ちょ……す、スグ! あ、いや直葉さん!? 待って! 待ってくれええぇぇ!?」

 

 和人の悲痛の叫びも虚しく、そんな言葉程度で直葉が足を止めるはずもなく、無情にもスグの姿は見えなくなった。

 そのなんとも言えない哀しい現実に、激しく和人は肩を落として項垂れた。

 

「……恥ずかしくて死にたくなってきた」

 

「ふふ、まあまあ和人、いいじゃないのよ」

 

「……母さん、楽しんでないか?」

 

「いいえ? そんなことあるわけないじゃない♪」

 

 とは言いつつも、くすくす笑いながら肩を震わせていては、まるで説得力が感じられない。

 人の親でも翠は女性。色恋話に興味が無いはずがない。ましてや自分の息子だ、気にならないという方が無理な話だ。

 

 そんな微笑ましい親子のやり取りを見ていた倉橋は、絶えず笑顔を浮かべていた。

 木綿季の退院後の生活も、この様子なら安心して任せられそうだなと、そう感じていた。

 

「もう大丈夫そうですね。それでは私はこの辺で仕事に戻ります」

 

「そうですか、先生……お忙しい中ありがとうございました」

 

「いいえ、それはこちらの台詞です。木綿季君のこと、一人の医師として……いえ、木綿季君の……義父として、お礼を言わせてください」

 

 木綿季の義父。倉橋は自らのことをそう言った。

 あながち間違いではない。身内を全て亡くした木綿季にとっては、倉橋は一番付き合いが長い人物だ。

 自分の体のことを一番よく診てくれていて、一番気遣ってくれている。

 彼はもう、木綿季にとって二人目の父親も同然なのだ。

 

「先生……よしてくださいな。私たちは私たちに出来ることをしているだけです。それに木綿季ちゃんが桐ヶ谷家(うち)来てくれるのは、私達も凄く嬉しいんですから」

 

「……えぇ、ありがとうございます……」

 

 今思うと、とても考えられなかった。

 長年頭を悩ませていた木綿季の病気、それが治る可能性があること。

 更には木綿季の面倒を見てくれる家庭があること。これまで茨の道を歩んできた木綿季が、漸くその道を抜けて、暖かい場所へと辿り着くこうとしている。

 桐ヶ谷家は必ず彼女を幸せにしてくれる。倉橋はそう確信していた。

 

「では、私はこれで失礼します。和人君、お体大事になさってくださいね? 木綿季君のためにも……」

 

「あ、は、はい、気を付けます……」

 

 その言葉を聞き届けると最後に笑顔を見せて、倉橋は病室を後にした。

 立ち去る際、扉の隙間から改めて一礼をし、ゆっくりと扉を閉める。

 彼が立ち去ると、室内は桐ヶ谷親子だけが残されていた。

 

「さてと、それじゃあ私たちもそろそろ帰るわね?」

 

 翠は元気な和人の姿を見届けると、ゆっくりとパイプ椅子から立ち上がる。

 パイプ椅子を部屋の片隅に片付けると、病室のドアに手を掛けたところでこちら側に振り向き、一言だけ残した。

 

「和人? 何度も言ってるけど、自分だけ頑張るのはやめなさい。もっと周りの人を、大人を頼りなさい」

 

「……ああ、本当に心配かけて、ゴメン、母さん……」

 

 SAO事件の時もそうだったけど、何かとこの息子は手間をかけるんだからと、翠は心の中で溜め息を吐く。

 しかし、子というものはそれでいい。親に頼れるうちに頼って、少しずつ成長していけばいいのだ。逆に、頼られないとあっては不安に駆られてしまうというもの。

 

 和人からの言葉を聞き届けると、翠はニコッと母親らしく優しく微笑んだ後「またね」と呟いて、彼の病室を後にした。

 

 彼女が立ち去り、和人一人きりになると、急に病室は静寂に包まれた。

 窓の外から微かに聞こえてくる海風の音と、車の走行音、そして病室 扉の外から聞こえてくる看護師や患者の声が僅かに聞こえてくるだけであった。

 

「木綿季のやつ、三日経つまでに会ったら絶交とか……、手厳しいぜ全く……」

 

 ああは言ったが、勿論木綿季は絶交する気なんてさらさらない。ただ、それぐらいに和人が心配なだけなのだ。

 しかし木綿季はこの短期間で、和人のことを多く知ってきた。もちろん無茶しやすい性格だということも知っている。

 

 なので絶対に無茶をさせないように、倉橋にあのような伝言を頼んだにすぎない。自分が和人なしでも大丈夫なぐらい強くなればいい、心も体も。

 

「今回ばかりは俺が悪いからな、木綿季の意思を尊重するとしよう……」

 

 昔から周りに言われてきたことが、この年になって漸くわかりかけてきたようだった。

 明日奈に言われ、里香に言われ、妹の直葉や恋人の木綿季にまで言われている始末。

 ここで反省しなくては、彼は前には進めないだろう。

 

「む……腹、減ったな……。何か持ってなかったかな」

 

 一人きりになった和人は、自分が空腹だということに気が付いたようだ。

 今朝から何も口にしておらず、ずっと点滴を打っていた彼の胃袋はすっかり空っぽになってしまっている。

 

 現在の時刻は午前十時。

 本来ならば患者の朝食は七時からなのだが、和人は今さっきまで意識を失っていたため、食事は用意されていなかったのである。

 和人は何か食べるものはないかと、自身の寝ているベッドの真横にある、小さなシェルフの上に畳んで置かれている自分の上着を探ってみる。

 すると内ポケットにカロリーメイトと栄養ドリンクが入っているのを発見した。昨夜買ってきたものだ。

 

「今の俺におあつらえ向きだな、とりあえず悪くなる前に胃にぶち込んじまうか」

 

 まずはカロリーメイトの封を解き、それをそのまま口に放り込む。

 味は携帯食料ともあり、美味いとも不味いと言えず、それなりの味だ。

 しかし水分が皆無のため、彼の口の中は途端にパサパサになってしまった。

 

 そして次に手をとったのが栄養ドリンク。金属製の蓋を回転させると『カシュッ』といい音が鳴る。

 掌より小さいサイズの小瓶に入れられた液体を、一気に胃に流し込む。

 

「……う、絶望的にあってないな……この組み合わせは……」

 

 甘いのかどうか微妙な口触りに、独特の薬味がする栄養ドリンク。お世辞にも美味いと言えるようなコンビではない。

 しかし腹はそれなりに膨れた。栄養もこの二種類なら多分大丈夫だろう。

 昼食と夕食もでることだし今はゆっくりと体を休めることが出来そうだ。

 

「ふわあ……、ちょっと眠くなってきたな……休めって言われてるし、大人しく眠るとするか……」

 

 病人や怪我人は、食べて寝るのが仕事だ。

 一刻も早く日常に復帰したいのなら、しっかり食べて薬を飲み、医師のいうことをちゃんと聞いて、あとはぐっすり寝るのがベストなのだ。

 

 和人はベッドに横になり、ゆっくりと目を閉じ最愛の人の名前を言いながら眠りについた。

 

「……おやすみな、木綿季……」

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 同日 午前10:25 横浜港北総合病院 無菌室前

 

 

『……う、べ、別に俺は……木綿季と暮らしても、いいかなって思っているさ……』

 

 あれから直葉は早速、木綿季のいる無菌室前まで足を運び、彼女に先ほど録音した音声を聞かせていた。

 恥ずかしながらも精一杯、自分の正直な気持ちを吐き出した時の音声データを、これみよがしに木綿季に聞かせ続けている。

 

「……っていうワケなんだけど、どう思う木綿季ちゃん?」

 

 直葉はニヤニヤしながら自分のスマホから、先ほど録音した音声を木綿季に聞かせ続けていた。

 あんな恥ずかしく、歯の浮つくようなセリフを、何回も何回もリピートさせていた。

 それを聞かされ続けていた木綿季は、仮想空間の中で耳まで真っ赤にして恥ずかしさに悶えていた。

 

『す、直葉ちゃん……も、もう勘弁して……』

 

「あははは! 木綿季ちゃんかわいいー!」

 

 木綿季は完全に直葉の玩具にされていた。

 彼女自身も恥ずかしくて死にそうだが、内心は嬉しかった。

 退院後ちゃんと暮らせる家庭が用意されていること、そして何より、大好きな和人と一緒に暮らせることが嬉しかった。

 

 最愛の姉、藍子が亡くなって一年、木綿季は家庭とは程遠い場所で、ずっと一人で闘病生活を続けてきた。

 普通の家庭なんて、もう戻れないと思っていた。しかし、彼女にはまた帰るところが出来た。

 ちょっと無茶しがちな兄と、少々意地悪な姉がいるが、温かい家庭が彼女を待っているのだ。

 

『直葉ちゃんの……意地悪……』

 

「あははは! ごめんごめん!」

 

 直葉は一通り木綿季の反応を楽しむとスマホの電源を切り、ポケットに仕舞った。

 そして無菌室の向かいに置かれているベンチに腰を落ち着かせ、ゆっくりと会話を始めた。

 

「木綿季ちゃん、お兄ちゃん言ってたよ? 心配かけてごめんって……」

 

『……うん……』

 

「支えになってやれなくてごめんなって……」

 

『……そっか、和人はこんな時でも優しいんだね……』

 

「うん、お兄ちゃんは昔から優しかったよ? 私も一度も怒られたことなかったもん」

 

『そう……なんだ』

 

 和人は確かに優しい、優しすぎるほどに優しい。しかし、今回はその優しさがあって、自身を過労にまで追い込んでしまった。

 

 木綿季も、自分のことで負担を掛けすぎてしまったと、後悔と反省の念を抱いている。

 もう、彼の優しさに甘えないようにしなくては。これ以上、彼を追い込んでしまうわけにはいかない。

 

「そうそう、お兄ちゃんへの伝言はちゃんと先生が伝えてくれたよ?」

 

『あ、そうなんだ……ありがとね。直葉ちゃん』

 

「んーん、私は何もしてないよ」

 

 仮想世界の中にあるモニター、そこにはベンチに腰掛けている黒髪の女の子が写っている。

 これから家族になるはずの女の子、桐ヶ谷直葉。

 彼女はメディキュボイドに取り付けられているカメラのレンズを、真っ直ぐ見つめている。

 

 そんな直葉に、木綿季は仮想世界の中で真っ直ぐに腕を伸ばす。

 だが、直葉のいる所には届かない。本当は未来の姉の胸で、思いっきり甘えたかった。

 しかし木綿季はそんな想いを無理やり押さえ込み、手を胸に当てて、直葉に自分の胸の内を語る。

 

『直葉ちゃん、あのね? ボク……和人がいなくても大丈夫なように、強くなろうと思うの』

 

「え……、木綿季ちゃんはもう十分強いじゃない、絶剣って呼ばれてるぐらいだし……」

 

『んーん違うの、決闘(デュエル)のことじゃないの。もっと心を強くしないといけないの』

 

「心……?」

 

『うん、心。和人に甘えっぱなしのボクじゃだめなの。もっと……ボクも成長しないといけないんだ』

 

「……そっか、やっぱり木綿季ちゃんはすごいね」

 

 武道の心得がある直葉には、なんとなく木綿季の目指しているところがわかるような気がしていた。

 心・技・体(しんぎたい)、これら三つの心得を常に鍛えておかなければ、武道で勝ち続けていくのは難しい。

 その中でも一番大事なのは心とされている。

 どんなに鍛え上げられた肉体でも、研ぎ澄まされた技巧でも、心がダメでは何の役にも立ちはしない。

 だからこそ、直葉は木綿季の気持ちがちょっとだけわかったいたのだ。

 

『それとね? ボク、和人には決闘(デュエル)でもこの前完敗しちゃったよ? えへへ』

 

「え……ええッ!? 木綿季ちゃん負けたの!? あ……、ってことはお兄ちゃん、二刀流使ったんだ……」

 

『うん、すっごく強かった。全然何もさせてもらえなかったよ』

 

「あはは、そりゃあ……あたしたち(・・・・・)のお兄ちゃんだもん」

 

『……う、うん、そうだよね♪』

 

 直葉と木綿季は自分たちの自慢の兄の話を続けていた。

 和人は木綿季の恋人であると同時に、やがて義兄となるのだ。その妹である直葉は、彼女の義姉となる。

 木綿季はそれが嬉しくてたまらなかった。

 

『ねえ直葉ちゃん。ボクこれからALOで歌のレッスンがあるんだけど、和人の代わりに…ててくれないかな……?』

 

「歌の……レッスン?」

 

「うん、今週末のチャリティーの為に、セブンにレッスンしてもらってるんだ」

 

「そうだったんだ。今日は学校休んだから、帰宅してからなら、大丈夫だよ!」

 

『ホ……ホント? ……えへへ、ボク、嬉しいなあ♪』

 

 メディキュボイドのスピーカーから、嬉しそうな声が聞こえてくる。

 今まで末っ子だった直葉は、こんな可愛い子が自分の妹になるのかと、期待に胸を踊らせていた。

 

「あ、あとさ、ちゃん付けじゃなくて……普通に呼び捨てでいいよ?」

 

『……え? で、でもボクが養子になるなら、直葉ちゃんはお姉ちゃんになるから、呼び捨てってのはどうなのかな……』

 

「ふーん……、でもお兄ちゃんのことは呼び捨てじゃない」

 

 ついで言ってしまうと、ALOでも互いのことは呼び捨てで呼び合っている。

 なので今更改まって呼び方を帰る必要はないのではないのかと、直葉は思っていた。

 

『えぇ!? で……でも和人はその……こ、恋人だから……』

 

 木綿季は仮想空間でもじもじしている。

 もうメディキュボイドの外からでも、彼女がどんな仕草をしているか安易に想像できてしまう。和人と同じで非常にわかりやすい性格だ。

 

「お兄ちゃんのことは呼び捨てで呼べるのに、私だけちゃん付けなのー?」

 

 直葉はわざとらしく語尾を伸ばして、少々意地悪気味に声を掛け続ける。

 あくまで姉は私だ、姉の言うことは聞くもんだと言わんばかりに、是が非でもちゃん付けをやめさせようとしていた。

 

『……ぐ……は……』

 

「……うん?」

 

 聞こえるか聞こえないかくらいのボリュームで、何やら木綿季が呟いている。

 途中からしか聞こえなかった直葉は、もう一度スピーカーに耳を済ませて、木綿季からの呼びかけを待っている。

 

『すぐ……は……」

 

 今度はちゃんと聞こえた。

 自分の名前を聞いた途端、直葉は嬉しさでたまらなくなった。

 欲を言えば「お姉ちゃん」と呼んでほしいところだったが、今はこれでいい。

 それよりも、以前より木綿季との距離が近くなった気がして、心底嬉しくなってきた。

 

「ふふ、ありがとう、これからもよろしくね! "木綿季"!」

 

『う……うん! よろしく!"直葉"!」

 

 木綿季の心は一気に温かくなっていった。

 ここ数日で恋人ができ、親友と再会でき、更に家族も出来た。

 

 ボクの心はいっぱいになっていた。

 こんなにボクの心がいっぱいになったのは、みんなのおかげだ。

 明日奈が、直葉が、お母さんが、そして……和人がいてくれたから。

 

 ボク、いつか絶対みんなに恩返ししなくちゃ。ボクに出来る範囲で、少しずつでいいから、何か返していかないと、バチが当たっちゃう。

 

「んじゃあ木綿季、あたし帰るね!またあとで会おうね、あっちで!」

 

「あ……うん! またあっちで会おう! またね、直葉!」

 

 直葉はそう言うと笑顔を絶やさず、無菌室を後にした。

 木綿季も直葉の姿が見えなくなるまで、仮想空間で手を振り続けていた。

 

 やがて姿が見えなくなると手を振るのをやめ、心静かに自分がやるべきことを考えていた。

 今のボクの役目は、ライブを成功させて何が何でも生き残ること。

 生き残って……いや、生きて和人に、お世話になったみんなに、絶対に恩返しするんだ!

 

 木綿季の決意は固かった。

 その固い決意はどんな困難が立ちはだかろうと、壊れることはないだろう。

 

 大好きなみんなとこの世界で暮らしていくために一歩一歩強く、木綿季は生きるために歩を進めていった。

 

『ようし……リンク・スタート!!』

 




 
 ご観覧ありがとうございます。
 木綿季がまた新たな決意を胸に秘めましたね。こうなった木綿季はもう怖いものなしです。
 どんなにセブンのレッスンがきつくても、この先の現実がどれだけハードなものでも絶対に壊れることなく立ち向かっていけると思います。
 それでは、以下次回!
 
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