ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
こんばんは、いつもご愛読ありがとうございます。ようやく今回で物語が前進します。
キリトがいなくてもユウキは前進できるのか、そしてライブ当日が刻々と迫る中、プレッシャーに耐えれることは出来るのか、そんな心境が今回描かれます。
それでは29話、ご覧ください。
西暦2026年2月3日(火)午前11:55 新生アインクラッド第22層湖畔エリア キリトのホーム前
「ラララ……」
トレーニング始めの頃とは打って変わって、透き通るような綺麗な歌声が22層の湖畔に響き渡る。
左手を胸に当て、右手は外側に広げて腹の底から声を出す。高い声から低い声まで、じゅんぐりに入念に歌声を響かせる。
セブンから教わったボイストレーニングの効果はてきめんで、今日も最高の声を出すことが出来ている。
「初めはてんでへたっぴだったのにな……♪」
この道のプロであるセブンを唸らせられるだけの素質があったなんて、自分でも驚きだ。
現実世界じゃ寝たきりで、なんの力も持ってない自分に、こんな一面があったなんて、思ってもみなかった。
でも、そのおかげでボクは新たな人生を歩むことが出来そうなところまできている。
こうなったらとことんまでやりきるしかない。やってやりぬいて、絶対に現実世界に帰ってみせる!
右の拳に力を込めてギュッと握りしめると、自分で自分にやる気を注入する。
ライブが成功して骨髄が手に入れば、この病気を治すことが出来る。そうすれば和人と一緒に暮らせる。
優しいお母さんやお姉ちゃんも一緒だ。また暖かい家庭で毎日を生きることが出来るんだ。
「ようし、頑張るぞ!」
ユウキが気合を込めてモチベーションを上げていると、彼女の上空からなにやら風を切る音が聞こえてきた。
人の気配も近付いてきたこともあり、ユウキは何だろうと思いながらその方向に視線をやる。
するとそこには、やがて自分の家族になるはずの、シルフ属の女の子が近付いてくる様子が目に飛び込んできた。
「ユウキィー! 来たよー!」
金髪の長いポニーテールと、緑色の衣服をなびかせながら、翅を大きく広げた妖精が、新しく出来た自分の妹に会うためにやってきた。
その姿を捉えたユウキは目を輝かせ、嬉しそうに笑顔になり、両手を大きくぶんぶんと振り、新しいお姉ちゃんに、ここだよと合図を送る。
「リーファ!」
「ユウキ!」
22層の転移門から真っ直ぐにここを目指して飛んできたリーファは、地上にいるユウキ目掛けて一直線に下降し、その胸に飛び込んだ。
両手を広げてリーファを待ち構えていたユウキは、そのまま飛び込んできた彼女を受け入れた。
全種族中、一番の空中移動速度を誇るシルフであるリーファの飛び込みは結構な衝撃があったが、ユウキは優しくリーファを受け止めていた。
「リーファ……! リーファ! 来てくれた……!」
「うん……! きたよ、ユウキ!」
ユウキの胸に飛び込んだリーファは、右手を彼女の背中に、左手を後頭部に回して自分の方へと寄せ、ぎゅっと優しく抱きしめる。
いきなり抱き寄せられたユウキは少しだけビックリしていたが、リーファから伝わってくる暖かさを感じ取ると、目を瞑って彼女に全てを委ねていた。
実の姉のラン、親友のアスナ、恋人のキリトとも違った彼女独特の暖かさを、ユウキは全身で感じ取り、その心地良さに酔いしれている。
「リーファ……温かい、姉ちゃんやアスナと同じ匂いがする、お日様の匂い……♪」
「お姉さんと、アスナさん……?」
「……うん、すごく温かくて、安心出来るんだ……」
そう言いながらユウキはリーファの豊満な胸へと自分の顔を押し当てる。
ユウキの事情を知っているリーファは、何も言わずに彼女をより強く抱きしめた。
今抱きしめているこの目の前の女の子は、自分以外の家族を全員亡くしている。
当然、最愛の姉であった紺野藍子こと、ランもHIVで他界しているのだ。
故に、リーファからの愛が嬉しかった。自分にまた姉が出来るのが、たまらず嬉しかった。
「お姉……ちゃん……」
「……うん、お姉ちゃんだよ……?」
ユウキの目尻には、ほんのり涙が浮かび上がっている。確かに彼女とは血は繋がっていない。
しかし、ユウキにとってそんなことはもう関係なかった。
家族であるために、本当に大切なものとは何なのか? 血の繋がりか? 同じ家で暮らすことか?
いや、そうじゃない。一番大切なのは……「愛」だ。
「あたしね? ユウキが家に来るの……すごく楽しみにしてるんだ」
「……ボクも、早く病気治して……、皆と一緒に暮らしたい……」
リーファから少しだけ顔を離し、ユウキがそう呟くと、そんな心配そうな気持ちを払拭すべく、リーファがユウキの肩を両手で掴み、元気を注入するために、声を掛ける。
「その為にも、ライブ、頑張らないとだよ! 大丈夫、ユウキならやれるよ!」
自分を真っ直ぐに見つめてくるリーファの目に、ユウキも思わず視線を合わせる。
その目は頼もしくもあり、勇ましく、そして優しくもあった。
見れば見るほどに、胸の奥から元気が湧いてくる、そんな気がしてくる。
「……うん、ありがとう……!」
二人の間に笑顔が交差される。そのやり取りは、実に仲睦まじく、微笑ましい本当の姉妹のような関係に見えていた。
――――――
「ふんふーん♪」
ユウキはご機嫌で鼻歌を歌っている。
キリトのログハウスの近くに生えている、大人が四人ほど座れそうな太さの切り株に、リーファとユウキが並んで腰を落ち着けていた。
ユウキは鼻歌を交えながら、ライブ当日歌う曲の歌詞をニコニコ笑顔で見つめ、リーファは自身の顎を両手の掌で支えて、彼女の歌声に耳を傾けている。
「ユウキの声、キレイ……」
「へ? そ、そう……かな……?」
両足を交互にパタパタとさせ、長い金髪のポニーテールを揺らしながら、彼女の歌声に聞き入っていると、ユウキは小っ恥ずかしそうに頬を赤らめて、自分の頭をポリポリとかいた。
リーファも決してお世辞で言った訳では無い。
透き通るようなユウキの歌声が、本当に聞きいるほどの美しさだったからこそ、本音を言ったに過ぎない。
しかしユウキからしてみれば自分なんてまだまだ、セブンの足元にも及ばないと謙遜している。
剣の腕には自信があっても、マイクを握っていくのにはまだまだ練習が足りない。
だから今褒められると、恥ずかしくてたまらない。
「ねえ、もっと聞きたいな、ユウキの歌声♪」
「え……、ぼ、ボクの……?」
「ダメかな?」
リーファがユウキの顔を覗き込むように見ると、ユウキは思わず彼女から視線を逸らしてしまう。
練習の時は気にならなかったが、いざ聞かせてと言われると恥ずかしさが出てきてしまうのか、リーファに歌声を披露するのを躊躇してしまっていた。
「う、うぅ……」
ユウキがいくらはずかそうにもじもじしていても、リーファは一向に主張を曲げようとはせず、ただただユウキに真っ直ぐな視線を送り続けている。
じーっと、ひたすら見つめられてるユウキも我慢を続け、彼女からの視線に耐えている。
しかし根比べはリーファの方に軍配が上がったようだ。
ユウキが小さく溜め息を吐き出すと、項垂れていた顔をゆっくりと上げ「い、一回だけね?」としぶしぶ彼女からの要求を承諾する。
「……すぅ……ッ」
「…………」
ユウキは体をリラックスさせると、すうっと息を吸いこみ、腹に力を込めて、喉から声を出した。
ちょっとだけ恥ずかしかったが、セブンに教えてもらったボイストレーニングのことを思い出すと、すぐにいつも出している声が出てくれた。
本番当日には、何千人何万人という観客に聞いてもらうことになる。
リーファ一人に聞いてもらうだけで恥ずかしがってしまうならば、とても大勢の前でなんか歌えないだろう。
これは予行練習、そう思えばいい。
そう意識すると、ユウキはすっかり自分から緊張感が抜けているのに気付いた。
すると、無駄な力が抜けていき、これまで練習を積み重ねた成果を、惜しむことなくひびかせることが出来た。
「…………」
切り株に腰掛けながら、リーファはユウキの歌声を聞き入っている。
今までこんな美しい歌声は聴いたことがない。透き通っていて、でも可愛くて、それでいて心に響く。
聞いてるだけで涙が出てくる。人々を感動させる為の、素晴らしい歌声だ。
あまりにも感激したのか、リーファの目尻にはうっすらと涙が浮かび上がっていた。
涙の粒は少しずつ大きくなり、やがて目から溢れ出ると頬を伝って落ちていき、リーファの装備を濡らした。
「……ど、どうかな……?」
当日歌う予定のサビの部分を歌い上げたユウキが、リーファに感想を求める。
右手を胸に当て、左手は背中に回し、少しだけ恥ずかしそうにしながら、姉の感想を待つ。
ユウキの歌声を聞いたリーファは、涙を指で拭いながら一言「すごく、素敵だった……」とシンプルな感想を漏らした。
それ以上気の利いた言葉が見つからず、申し訳ないと思っていたリーファだったが、感想をもらったユウキが「ありがとう、リーファ♪」と嬉しそうに声を掛けながら、彼女を抱き締めた。
「絶対成功するよ、ユウキなら大丈夫だよ!」
「……うん、ありがとう、お姉ちゃん……♪」
――――――
ユウキが歌声を披露して数分、二人は再び切り株に腰を下ろしていた。
お互いに女の子なこともあって、次から次へと話題が耐えない。
洋服の趣味のこと、いきつけの喫茶店の美味しいスイーツのこと、学校生活のことなど、現実世界での話に花を咲かせていた。
現実世界、今ユウキが最も憧れている世界だ。本来ならその世界で生きていくのが普通だ。
しかし、HIVに感染しAIDSを発症してしまったユウキは、治療のためにメディキュボイドを使用している。
故に以来三年間に渡り、仮想世界での生活を余儀なくされている。
初めは死を受け入れ、仮想世界でたくさんの思い出を作ろうと毎日を必死で生きてきた。
しかし、病気が治る可能性が出てくるとなると、話は違ってくる。
またあの世界に戻れるかもしない。自分の脚で歩くことが出来るかもしれない。
キリトやアスナと、現実世界で遊べるかもしれないんだ。
そう思うと、ここ数年忘れていた『希望』という気持ちが蘇ってきた。
皆が自分を助けようとしてくれている。ならば自分だって頑張らないわけにはいかない。
現にこうして、お姉ちゃんもすぐ側で元気づけてくれている。
なら、やろう、やり遂げよう。
精一杯やって、やり抜いて、また笑顔で現実世界に帰れるように、後悔しないように、全部全部成し遂げよう!
胸の内に希望を抱きながら、ユウキはリーファに笑顔で話を振り続ける。
「ボクね? リーファといろんな所遊びに行ってみたいなあ」
「うん、あたしも……ユウキとお買い物とかしてみたい!」
「なら、本番に向けて……より一層頑張らないとね? ユウキちゃん」
リーファ以外に、ユウキ達に話しかける声がした。その声の主を探すために、二人は声の聞こえた方向に視線をやる。
ザッザッという足音を響かせながらこちらまでやってきたのは、今回のチャリティーライブに全面的に協力してくれたセブン、その姉のレイン、助手のスメラギが揃い踏みで姿を現した。
時刻は正午過ぎにさしかかり、本日の歌のレッスンが始まろうとしている。
昨夜出された宿題を提出するとともに、より一層上達するための手ほどきを受けなくてはならない。
本番は週末、この平日の間だけという短期間で、完璧か、それに近いものに仕上げなくてはならない。
今日のレッスンも厳しいものになるのは避けられないだろう。
「セブン……!」
「
「こんにちは、セブンちゃん、レイン」
「うん、こんにちはだね♪」
スメラギただ一人を除いて、集まったメンバーの間に挨拶が交わされる。
本当はこのまま談笑といきたいところだが、そうもいかない。
ユウキには時間が残されていない。本来ならば一秒も無駄には出来ない。目覚しい成長を遂げたとはいえ、大勢の観客を感動させるためには、まだまだ修練が足りない。
この道のプロフェッショナルであるセブンやレインに、みっちりと鍛えてもらわなければならないのだ。
「よし、ユウキちゃん、早速レッスン……といきたいところなんだけど」
セブンが自身の銀色の髪の毛のお下げを指でいじくりながら、ユウキに声をかけた。
ユウキは待ってましたと言わんばかりに切り株から立ち上がり、こっちは準備万端だよと、目で訴えながら、やる気に満ち溢れた顔で受け答えをする。
「うん! ボクはいつでも始められるよ!」
「うん、でもその前に……見てもらいたいものがあるの」
そう言いながら、セブンはスメラギのいる方に視線をやる。するとアイコンタクトが通じたのか、スメラギはユウキの手前まで近づき、左手で何かを表示させて、彼女の前に提示してみせる。
「ん……これ、なあに?」
「見てわからぬか? チャリティーライブのチケットの販売状況だ」
「…………え?」
目の前の一覧表、そしてスメラギからの言葉を耳にすると、ユウキは目を丸くして固まってしまった。
つい今しがた、正午から始まったチャリティーライブのチケットのネット販売、そのチケットがたった五分で完売したというのだ。
今ユウキたちが見ているホロデータには、セブンが自身のオフィシャルサイトで販売している公式のデータだ。
これ以外に委託販売などのデータも合わさると、更に販売件数は伸びることだろう。
ひたすら歌のレッスンにばかり集中していたユウキは、背後でしっかりとことが運んでいるのを目の当たりにし、改めて凄いことに首を突っ込んでいることを自覚した。
「はわあ……すごいね……。どうしてこんなことに……」
ユウキの後ろから表を目にしたリーファにも、同じように驚きの表情が浮かぶ。
確かにセブンのライブのチケットが完売することは珍しいことではない。
クラウド・ブレイン計画の一件で、ファンやクラスタが一部減ってしまったのにも関わらず、一定数の根強い人気は継続出来ている。
しかしそれでも彼女のライブのチケットが完売になるまで、販売開始から平均で凡そ十五分ほどかかってしまう。
それを遥かに上回る速度で、チャリティーライブのチケットは完売したというのだ。
「正直言って、ちょっと悔しいかなってね。今回チケット買ってくれたみんなは、ユウキちゃんみたさにってのが多いと思うの」
「ボ、ボクを……?」
セブンがそう言うと、ここにいる全員の視線がユウキへと集まった。
一気にジロジロと見られているユウキは、微妙な居心地の悪さを感じ、あたふたと困り果てている。
「当然じゃない? キリト君より強くて、絶剣って呼ばれてるユウキちゃんが歌うのよ? 注目されないわけないじゃないのよ」
「み、皆がそう呼んでるだけだって、それにボク……キリトより強くないよ? この前コテンパンにやられちゃったし」
ユウキがキリトとの
ALOで一番の実力を持つと言われているユウキを、キリトが負かしたという事実。
デュエルトーナメント開催時、キリトがユウキに敗北した様を大観衆が見ていた。
キリトですら勝てないこともあり、もう彼女を超えるプレイヤーは現れないだろう。そう思った矢先に、今度は逆に彼が彼女を負かしたと言う。
情報が二転三転し、一行はちょっと混乱に包まれている
「流石に二刀流のキリトには勝てなかったよー」
そう言いつつ、ユウキは自身の頭を右手でポリポリと苦笑いを浮かべながらかいている。
「……で、そのキリト君は? 確かユウキちゃんの病院に泊まってるはずでしょ?」
「え……、あ……、う、うん……」
周りを見回しても彼の姿はない。
ここのところユウキとキリトは二人で一人、それが当然のようになってる中で、彼だけがいないということに、セブンが違和感を覚えていた。
どうして彼は今、彼女の隣にいないのだろうと。
しかし、責任を感じているユウキは気まずさもあり、頑なに彼の現状を話そうとはしなかった。
右腕を背中の後ろへ回し、左腕の肘の辺りを掴み、顔も少し俯き、視線も明後日の方向を向いている。
彼女が至極話しづらそうにしていると、見かねたリーファが助け舟を出そうと、ユウキとセブンの間に入るように何歩か足を動かした。
そしてセブンの前に立つと、ゆっくりとその口を開いていく。
「セブンちゃん、お兄ちゃんしばらく来られないんだ。ちょっと無茶がたたって……今寝込んでるの」
「……過労、なんだって……」
「か……過労!? ちょ、ちょっと彼大丈夫なの……?」
キリトが倒れたことを伝えられると、セブンとレインは驚きの表情を見せる。
キリトのこれまでの頑張りに関しては、直接はユウキだけしか知らない。一番長く隣にいた彼女が、彼がどれだけ頑張ってきたかをよく知っている。
ユウキは重たい口をゆっくり開けて、何故キリトが倒れてしまったかを、伝わりやすいように掻い摘んで三人に説明を始めた。
話している間のユウキの表情はというと、話を進めれば進めるほどに右肩下がりに落ち込んでいき、全部を伝え終わる頃にはすっかりしおれてしまっていた。
声も段々と小さくなり、最後の方は耳をすませていてもほとんど聞こえないくらいにボリュームが下がっている。
「ボクがいけないんだ、キリトに頼りすぎてたばっかりに……」
「な……何言ってるの、それは仕方ないじゃない。ユウキは病気なんだから」
彼女の内情を理解しているリーファが、そんなこもはないと必死にフォローを入れる。
実際問題、ユウキに全ての責任があるかと言われると、実はそうでもない。
彼女の体は弱りきっており、誰かを頼りにしないと生きていけない状態だ。
これに関しては彼女に落ち度は全くない。メディキュボイドの被験者として貢献してくれていることを考えると、むしろよく頑張ってる方だと言えよう。
ただ、今回のことに関しては単にキリトが頑張りすぎただけなのだ。
確かにユウキには時間はあまり残されていないのは確か。焦ってしまうのも頷ける。
しかしそこで自分の体を蔑ろにしてしまっては元も子もない。
ユウキの体が心配なのも分かるが、キリトはそれ以上に自分の体をいたわるべきと言えるだろう。
「……ボク、何してるんだろ……」
近くの切り株に腰を下ろしながら、地面の方向を向き、大きく溜め息を吐き出しつつ、ユウキがボヤく。
「大切な人に負担をかけて、色んな人にわがまま言って、迷惑かけて、そこまでして生きようとして……」
自暴自棄になり始めたユウキの発言に、周りが凍りつく。今口走った子は、捉え方によっては生きるのを諦めようとしている風にも感じてしまう。
特に、今日一緒に暮らそうと約束を交わしたリーファと、ユウキのチャリティーライブに全面的に協力の姿勢を見せているセブンは、見る見るうちに顔が青ざめていった。
「ゆ……ユウキ……?」
ユウキ自信も、本当は生きたい。生きて現実世界に戻りたい。だけど、少しだけ、少しだけ後ろめたさも感じている。
キリトを、セブンを、そしてチャリティーライブを観てくれる人全てを利用してしまっているのではないか、と。
「……あはは、ご、ごめんね……、折角皆協力してくれてるのに……」
「ねえ、どうしちゃったの? ユウキちゃん……?」
「……え……?」
ユウキからの違和感を、ここにいる全員が感じ取っていた。このまま上手くいけば、ライブは成功し、多くの協力者を募るチャンスとなる。
骨髄バンクに多くのドナーが集まり、HIV耐性を持った骨髄もきっと見つかるに違いない。
目立つようなメディアで、盛大に宣伝し、世界中からの協力を仰ぐ。それがチャリティーというものだが、ユウキはここに、ちょっとした後ろめたさ的なものを感じているのだ。
「…………」
「ユウキちゃん? まさかとは思うけど、もしかして……、今回のチャリティーにやりにくさとか感じてたりしてない?」
「……えッ」
セブンの的を射るような言葉に、ユウキが目をぎょっとさせてたじろく。ズバリ、核心をつかれてしまったからだ。
プロとしての活動が長いセブンは、自ら歌を歌い、ファンに聴かせて、そのファンに支えてもらって、毎日の生活が出来ている。
もちろん彼女の収入源はそれだけではないが、支える側と支えられる側はこうやってバランスを保っているのだ。
少し意地汚い話になってしまうが、ファンがお金を支払うことによって、この業界が支えられている。
同じことはチャリティーでも言える。難病に犯されている人を治すにはどうするか?
治療費が払えない、治す医師が見つからない。そして、ドナーが見つからないなど。
ならば、多くの人たちに支えてもらうしか道は残されていないのだ。ユウキのように、体をHIVに侵され、AIDSの末期を迎えた重病患者は特に時間がもう僅かしかない。
ならば、手段は選んでなどいられない。それはユウキ本人も痛いほどわかっている。
わかってはいるのだが……。
「……ユウキちゃんの考えてること、当ててあげようか?」
「え……、ボクの考えてる……コト?」
切り株に腰掛けているユウキを、真剣な目付きでセブンが見つめている。
この目付きのセブンは、人に喝を入れる時の態度だ。この道のプロとして、そして、ユウキの大切な友人の一人として、彼女に激を入れるための顔でもあった。
「ユウキちゃん、ちょっと、考えてることが甘いんじゃないかしら?」
「え……?」
「何今更……後ろめたさなんて感じてるのよ……ッ、ここまできて、何弱気になってるのよ!」
かつてない形相を見せながら、セブンは激昴していた。
ここまで、ここまでどれだけの人たちがユウキの為に動いてきたか。
一人の女の子の命を救うために、みんながどれだけ手を貸してきてくれたか。
後戻りなど出来ない事くらいわかっているはずだと、何で今更弱気になっているんだと、眉間に皺を寄せながら思いの丈をぶつけていく。
「みんな、ユウキちゃんが好きだから、ユウキちゃんのことを助けたいから、必死になってやってきてるんじゃない!」
「……うぅ……」
「リーファちゃんもそう! スメラギ君やお姉ちゃんもそう! そして誰よりも、キリト君が一番アナタのこと助けたいって思ってるんじゃないの!?」
「…………」
上半身と両腕を激しく動かしながら、セブンが思いをぶちまける。そう、誰一人ユウキに死んでもらいたくなんかない。
助けられる命ならば、全力で助けたい。彼女らだけではない。ユウキを知る誰もがそう思っているはずだ。
「あたしだって……、ユウキちゃんに生きててほしいのよ……ッ、死んで欲しくなんか……ないのよ……ッ」
「……セブン……」
心からこみ上げてくるものがあった為か、セブンの目尻から熱いものが零れ落ちていた。
自分の気持ちに素直になればなるほど、それは留まるどころか勢いを増してどんどん流れ出てくる。
咄嗟に彼女の姉であるレインが装備のポケットからハンカチのアイテムを取り出して、彼女の涙を拭う。
しかしセブンの涙は止まらない。それほどユウキのことを心から想っているからこそ、ここまで激情することが出来たのだろう。
『自分なんかのために』、そう考えていたユウキであったが、自分より年下のこの小さな少女が流した涙を見て、色々なことが頭の中を巡っていた。
自分は何を迷っているんだ。誰よりも生きたいと思ったのは自分じゃないか。
死ぬのが怖いと感じたほど、生きたいと思ったんじゃないか。
それをなんだ、今更後ろめたいだ? バカも休み休み言え。
後ろめたさなんて感じてる暇なんかあったら、もっと必死に努力をしろ、前に進んでいくための努力を!
そして全てを達成した時に、思う存分恩を返せ! それが今の自分に出来る、精一杯のやれるきとだ!
「…………」
泣きじゃくっていたセブンは、先程よりも落ち着きを取り戻していた。
彼女がここまで感情を露わにするのは珍しいことだ。
そんなセブンに向かって、ユウキが切り株からゆっくりと立ち上がり、一歩ずつ足を進めていき、彼女の目の前まで来ると、肩にポンと手を優しく当てる。
「ごめん、ごめんね……セブン」
「…………」
「ボク、どうかしてたよ……、今更引き返すことなんて出来っこないのに、こんな弱気になっちゃって……」
「……ユウキちゃん……」
ユウキから声を掛けられると涙混じりの目を指で擦りながら、セブンはゆっくりと彼女に視線をやる。
そこに見えたユウキの顔つきは、先程とはまるで別人であるかのように、真剣な眼差しへと変わっていた。
「ボク、歌うよ」
新たに決意を固めたユウキの一言に、その場にいる全員が注目する。その際に風が吹くと、彼女の紫色のロングの髪の毛がサラサラと、美しく舞った。
「ここまでしてくれたみんなの想い、絶対に無駄にはしないよ」
「……ユウキ……」
心配そうに見つめるリーファに向かい、ユウキはニコッと笑顔を見せる。
未来のお姉ちゃんに、ボクは大丈夫だよと、精一杯笑ってみせた。
「大丈夫、もう迷わないよ。みんなの為に、キリトの為に、そして……自分の為に、ボク精一杯頑張る……」
ユウキは大きく息を吸い、また大きく吐くと胸に手を当てて、再びゆっくりと語り出す。
「だから……お願い、みんな……ボクに力を貸して……ッ!」
深く深く、陳謝をするかのように頭を下げると、すぐにリーファが彼女にかけより、優しく抱き起こした。
ユウキの味方はここにいるよ、みんなみんなユウキの味方なんだよと、安心させるように、優しく抱き締める。
「言われるまでもないよ、ユウキは……あたしの大切な妹なんだから……」
「……リーファ……ッ」
姉からの温もりを感じると、ユウキは胸の内が温かくなっていくのを感じていた。
先程の温かさとはまた一段と違う温もりだった。
リーファは抱擁を解くと、ニコッと笑顔を見せながらユウキの両手を自信の両手で包むと、固くギュッと握りしめる。
リーファの笑顔を見ると、たちまちユウキも釣られるようにニコニコ笑って返事を返す。
「あ……」
握られている手に、今度は違う温かさが重ねられた。小さくても、ほのかに感じる温かさ、そう、セブンの手だ。
「セブン……」
まだほんのりと涙の跡が残っている顔には、すっかり先程までの悲しさや悔しさは無くなっていた。
ユウキがやる気を見せてくれて嬉しくなったのか、顔を赤らめながらも彼女も笑顔を見せてくれた。
「厳しいこと言ってしまって、ごめんなさい……。でも、ちゃんと聞いたよ? ユウキちゃんの気持ち」
「……うん、うん!」
更にその上から温かさが、また重なった。すらっとした綺麗な形をした掌が、ユウキとリーファ、そしてセブンの手を包み込む。
「私も……、折角ユウキちゃんと仲良くなれたのに、お別れなんて……絶対にしたくないもの!」
「レ、レイン……」
多くのファンに見せているであろうスマイルを、レインはユウキに向けた。
しかし、この時のスマイルは営業のそれではない。大切な友達へと向ける、温かさが、気持ちがこもった素敵な笑顔だった。
今ここに、一人の女の子の命を救わんがために、改めて硬い決意を抱いた四人は、より一層気合を込めて、今後の動きに繋げようと誓いを立てた。
しかし一方でただ一人、頑なにぶっきらぼうな無表情を動かそうとせず、微妙な居心地の悪さを感じているスメラギが、目を閉じて木の幹に寄りかかっていた。
「…………」
そんなスメラギに、全員の視線が集まる。
女性陣が全員、君もやりなさいと鋭い視線を向け、無言の圧力を彼に向かって飛ばしている。
その視線に気付いたのか、スメラギは顔を湖の方に向け、逃げるように視線を逸らした。
「スメラギくんもやりなさい? これは上司命令よ?」
上司命令、普段のセブンならばそんなことは絶対に口にしないであろう。
何故ならば彼女は彼のことを部下としてではなく、あくまでもパートナーとして見ていたからだ。
なので、普段振る話も命令としてではなく、提案、お願いといった形で伝えてきた。
しかし今回は上司命令という形で、拒否を許さないといった姿勢を見せている。
それだけ、今回のことへの意気込みが違う、ということなのだろう。
更にはこうなったセブンは歯止めが効かなくなる。このまま釣れない素振りを取り続けていると、今よりもっと面倒な展開に発展しかねない。
そう考えを巡らせたスメラギは「フンッ」とキザったらしい態度をとると、足取りを微妙に重たくしながら四人の元へと歩を進めていく。
「……セブンの命令とあらば致し方あるまい。俺も、
スメラギがそう言うと、今度はずっしりと、厚みのある手が一番上に重ねられた。
その様は、まるで学生の運動部系の部活動で、試合前に気合を入れるかのようなやりとりに見える。
小難しい言い回しをしながら手を重ねたスメラギの様子に、セブンだけは若干呆れたようなような顔つきを見せていた。
全く素直じゃないんだから、とでも言いたげだ。
「スメラギ……ッ」
「……これで、満足か?」
「う、うん! ありがとうスメラギ、ボク嬉しいよ……!」
「……フンッ、ただの気まぐれだ」
口ではそう言いつつも、満更こういう展開も悪くないなと思い始めているスメラギであった。
変わろうとしているのはユウキやセブンだけではない。
ここにいるスメラギもまた、キリトやユウキとの出会いを経て、大きく成長していこうとしていたのだ。
「絶対に……ライブを成功させるわよ!」
主催者側であるセブンが気合の入った雄叫びをあげると、それに続くように残ったメンバーから「おう!」と力のこもった返事が返された。
新たな心持ちを胸に、一行はこれから起こることへ対して全力でぶつかろうとしている。
全ては、一人の少女を救うために。
再び、希望を手にするために。
新たな世界へ羽ばたくために――。
そして、希望に向かって羽ばたくために、歌を歌い続けた少女のことを、人はこう呼んだ。
絶対可憐の歌姫『絶歌』と……。
また新たな通り名がつけられましたね。絶剣で絶歌、ユウキらしい通り名がついたと思います。
いよいよ本格にこの物語の山場を迎えようとしています。ユウキを唯一助けるドナーを集めるためのライブ。この物語の心臓部となっている部分です。
この描写を考えるために、今まで通りの更新ペースは維持できなくなると思います。最高の演出と最高の文脈で書き綴りたいと考えております。
それが一体何話に当てはまるかはわかりませんが感動を呼び込めるようなシナリオにしたいと考えております。
それではまた次回。