ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
もう多くはここで語ることはないと思います。
本編を読めばわかりますから!
今回すげー長いです、18000文字オーバーしてるので、腰を据えて読まれることをお勧めします。
読みづらい箇所があった場合は…ご容赦いただければと思います。
それでは後編、お楽しみください。
西暦2026年2月6日金曜日 午前7:05 横浜港北総合病院 和人の病室
チャリティーライブ本番前日
「さてと…荷物はこれぐらいかな…とっても言うほど持ってきていないけどな…」
自分の病室で独り言を放つ和人は帰り支度を始めていた。一度自宅まで帰り、長期間宿泊に必要な荷物を再度まとめなおし、本格的に木綿季の入院している病院に寝泊まりするための準備をしようというのだ。
幸いにも体力はすっかり元通りまでに回復し、若干のかったるさはあるものの健康体となっていた。
「…病院を出る前に…木綿季に挨拶をしていくか…俺も会いたいし…」
それだけ言うと和人は自分のカバンからアミュスフィアを取り出し電源を入れ、自分の頭に被せ体をリラックスさせた。
一度病院を出てしまうと、片道2時間、往復4時間、準備などもあるので計5時間は木綿季に会えない。
今日はライブのリハーサルなので木綿季も多分忙しいだろう、ライブはALOの中で行われる。セブンに企画を持ち出したのは俺だが、俺はスタッフではないので関係者として楽屋とかに入れるかどうかは分からない。
多分セブンは顔パスで入れてくれるだろうが。
何より直前まで木綿季の傍にいて支えてやりたい。だけど俺も、病院を出る前に木綿季から元気をもらいたい。
だからこうして朝からアミュスフィアを被っている。さあ、いこう木綿季のところに。
「リンク・スタート!」
自身のアミュスフィアに勝手にインストールされたランチャーを起動し、和人は木綿季の仮想空間のプライベートルームにアクセスした。
普通、他人のマシンにプログラムを勝手にインストールするのはとんでもないことだが、和人はむしろ今回のことに関しては感謝していた。おかげさまでALOじゃなくていつでも木綿季に会いに行ける、倉橋先生さまさまだ。
やがて和人の意識はアミュスフィアを通して仮想空間へといざなわれた。
少しの暗転のあと、和人は今はもうすっかり見慣れた空間へとダイブしていた。
「ん…来たか…」
メディキュボイドの中にある仮想空間の木綿季の部屋。この病院にある特殊なアプリケーションを使わないとアクセスできない木綿季のプライベートルームだ。俺はもうここに足を運ぶのが当たり前になっていた。
さて…木綿季がいるはずなのだが…。
「あれ…木綿季…?」
いつもならアクセスした瞬間に飛びついてくるのだが…今日はその様子が見受けられない。
変だなと思ってあたりを見渡してみると…いた、木綿季だ。
「すぅ…」
木綿季はまだ夢の中だった、昨日は結構遅くまで一緒にいたからな…。今までなかなか恋人らしいことしてやれてなかった…事情が事情なだけに仕方のないことなのだが…。
和人は木綿季の顔を見ながらふと恐ろしい想像を始めてしまった。
…俺は本当に…木綿季を助けられるのだろうか…?
骨髄移植のことに気付き、思いつきとはいえちゃんと根拠のある計画を立てた。みんなの協力も得られたし、事実このライブが成功を収めれば世界各地からドナー登録が殺到することだろう。木綿季に合うドナーだってきっと見つかるはずだ。
大丈夫…世界中が協力してくれるはず…大丈夫なはずなんだ…、しかし…しかしもしも万が一…、万が一にも…木綿季に合うドナーがなかったとしたら…。
和人は首を横に強く振った、嫌な想像を振り払うかのように。
そんな現実は決して認めない、そういった心境であった。
「大丈夫だ…世界が一つになれば…きっと…」
和人は寝ている木綿季の近くに腰を下ろすとその寝顔を見つめていた。木綿季はすぅすぅと静かな寝息を立てながら深い眠りについている。
「…可愛いな…やっぱり…」
この仮想空間の木綿季の姿は三年前の木綿季の姿だ。今の木綿季の年齢が15歳なので12歳の時の肉体となる。
そのおかげでALOのユウキのアバターより背は大分小さい。現実の木綿季よりも少しばかり小さいか。
「う…ん…かずと…すきぃ…」
その寝言を聞いた和人に思わず笑顔がこぼれる。この素直な性格の木綿季にどれだけ今まで助けられただろうか。
明日奈と別れた悲しみに打ちひしがれてた時に、心の隙間を埋めてくれたのはこの木綿季だ。
つんけんな態度を取っていた俺に正面からぶつかってくれたのも木綿季だ。
気が付いたら好きになっていた。いつからだろうな…木綿季と一緒にいると楽しいと感じ始めたのは…。
和人は安心して寝入っている木綿季の頭に起こさないよう優しく手を当てた。
…温かい、仮想空間なのに温かみを感じる。木綿季の…温かさを…。
この小さい少女にどれだけ元気づけられたか、どれだけ支えられてきたか。
俺は…恩返しをしないといけない。木綿季に…精一杯の恩返しをしないといけない。
絶対に…病気を治して…現実世界に…帰してやらないといけない…。
「…木綿季…」
見ていれば見ているほどこの少女が儚く思えてきてしまった。気が付くと木綿季の頭をなでる手につい力が入ってしまった。
「ん…んん…」
あ…しまった、起こしてしまった…折角気持ちよく寝ているのに悪いことをしてしまった…。
和人は申し訳ないなと思いつつも、木綿季の頭をなでるのを続けた。
「ふあ…あぁ…ん~…」
木綿季は上体を起こすと眠たそうに眼をゴシゴシしながら寝ぼけ眼であたりを見回した。
今一体何時だろう? まだ寝足りない…そういった顔つきだ。そんな木綿季の不意を突くように和人は声を掛けた。
「おはよう、木綿季」
「ん…おはよ…かずと…」
和人はまだ半分夢の世界にいるであろう木綿季に朝の抱擁をした。木綿季からしてみれば起きたら目の前に和人がいていきなり抱かれているのだからわけがわからないだろう。
「ふぁっ…、…ん…かず…と…?」
「元気もらいにきた」
「ふぇ…?」
和人は無言で木綿季を抱き続けた。ただひたすらに近くに木綿季を感じていたかったのだ。
これから始まる大仕事のことを考えるとなお、木綿季を抱く腕に力が入る。
「えっと…うん…なんだかよくわからないけど…このままでいたいんだね…?」
木綿季は今の状況を少しずつ理解し、和人の心境も理解していった。
「ああ…ありがとう…、しばらく病院を抜けるから今のうちに…木綿季の元気をもらってこうと思ってな…」
「しばらくっていっても数時間でしょ? 大袈裟なんだから和人は…でも嬉しいな…」
木綿季もこの状況に酔いしれていた、朝から大好きな和人にこうしてもらえるなんて幸せだ。そう感じ取っていた。
その幸せを噛みしめつつも、とある質問を和人に投げ飛ばしてみる。
「ねえ、和人いつからいたの?」
「えっと…お前が起きる数分ぐらい前だ…」
その返答を聞くと、木綿季はちょっとだけ眉を傾けてさらに和人に質問を投げ続けた。
「……エッチなことしてない?」
「し…してないよ…頭をちょっとなでてただけだ」
木綿季はその返答に対し、「ふ~ん」と知った風な態度を見せた。
「前科があるからね~…和人には」
「なっ…昨日のあれは…こういうことになるかもしれないからなっていう注意喚起というか警告というかでだな…!」
和人は顔を真っ赤にして弁解をしていた、しかしその慌てふためいた態度ではやっぱり説得力がない。
むしろ墓穴を自ら進んで掘ってしまっている、そんな風にも見えてくる。
「あはは、和人はそんなことする人じゃないことは分かってるよ…ボクは全然かまわないけど…」
「お前…ここ数日で一気に性格変わってないか…?」
木綿季は「気のせいだよ~♪」と言いながらも和人に飛びついてきた。いつもの元気な木綿季だ。
「今日…一回帰るんでしょ?」
「ああ、荷物まとめたらすぐこっちに戻ってくるけどな。だからちょっと…元気もらいたくて」
「うん…ボクもちょっと和人から元気もらいたいなって思ってた…今日リハーサルだし…」
「そういえばリハだったな…何時からだ?」
「えっとね…10:00から始まる予定だね、一応和人…キリトは裏方として通ってるはずだから多分楽屋とかに普通に入れると思うよ?」
それを聞いて安心した、ちょっと開始時間には間に合わないかもしれないがリハーサル自体は見れるみたいだ。
木綿季の…ユウキのステージ衣装も見れるかもしれない。
「そうか…ならなるべく早く戻るよ、木綿季のステージ衣装…見てみたい」
「え、今日はリハだから着ないよ?」
「ゑ…?」
和人は絶望した、せっかくアスナにデザインしてもらったあの可愛らしい衣装が見れないなんて…と。
その落ち込みようは凄まじく、負のオーラが漂っていた。
「だって…リハだもん、本番の最終確認的な意味合いがほとんどだよ? それに衣装は当日まで非公開だし…」
「そんな殺生な…」
「ほーら、落ち込まないの。ライブが終わったらそのままもらえるからいつでも和人の好きなときに着てあげるよ?」
「ホントか!?」
その言葉を聞いた瞬間、和人は元気になった。全く男とは単純な生き物である。
「うん、だから元気出してね?」
そう言うと木綿季は和人の頭を撫で始めた。いつもとは立場がすっかり逆になってしまった。
和人はたまにはこういうのもいいかなとその木綿季の手のひらの感触を楽しんでいた。
「和人は可愛いなあ~」
「お前の方が可愛いぞ」
お互い一歩も引かない譲り合いの攻防に、ついつい恥ずかしくなりお互い顔が真っ赤になっていた。
「え…えっと…それじゃあ俺そろそろ出るな、往復4時間だから急がないと…」
そう言うと和人はゆっくり立ち上がり、木綿季の部屋からログアウトをしようとした。
木綿季はほんの少し寂しそうにしていた。
「あ…うんわかった。気を付けてね?」
「ああ…慎重に運転するよ。…リハーサル…頑張れよ?」
「うん…ありがと、絶対来てね?」
「もちろんだ」
最後に精一杯木綿季を抱きしめると和人は木綿季の手を握りしめたままログアウトしていった。
狭くも広くもない仮想空間に木綿季は一人だけ取り残された。
このままボクも一緒にログアウト出来たらいいのになと思い始めてみた。
でもそんなことをしたらメディキュボイドの体感キャンセル機能が解除されてしまい、現実の木綿季の体に終末期医療の副作用などの痛みが舞い戻ってくる。
手足もわずかにしか動かせないだろうし目もはっきりと見えないだろう、耳も聞こえないかもしれない。
でも…このイベントが成功してドナーが集まれば…HIVを駆逐出来てメディキュボイドに頼らなくても生きていけるようになる…、そして何より現実で和人と会える…。
その希望が再び木綿季に元気を与えた。
「ボク…頑張らなきゃ…!」
木綿季は気合を入れると、ALOのランチャーを起動しログインの態勢に入った。
「ようし…リンク・スタート!!」
――――――――――
同日同時刻 横浜港北総合病院 受付ロビー前
和人は大して重くない荷物をまとめると、そそくさと自分の病室を後にして退院手続きを取っていた。
「お世話になりました、と言っても…数時間後に戻ってきますけど…」
和人は受付のお姉さんに退院の挨拶をしていた。このお姉さんは明日奈と和人が木綿季に初めて面会に来た時に受付をしてくれたお姉さんだ。和人ともすっかり顔なじみの関係となっていた。
「いいえ、元気になってなによりだわ。それより…いよいよなんでしょ? 紺野さんの…ライブ」
お姉さんはどうやらライブのことを知っているようだ、というより…最早院内関係者は患者さんも含めて多分知っているのではないだろうか?
俺への視線は相変わらず感じるし何やらただ事ではないざわつきをあちらこちらから感じられる。
「ええ…今日リハーサルと…明日本番です。本番の様子は夕方17:00から…インターネット中継されます」
「ええ…倉橋先生から聞いてるわ、エントランスに設置されてるあの液晶モニターからも、中継が流れるようにしてるんですって」
和人はお姉さんの指さした方向をみた、そこには巨大とまではいかないが一般家庭においては邪魔にしかならないであろうでっかい液晶テレビが設置されていた。以前あんなとこにあんなものがあっただろうか…100インチぐらいはありそうなでっかいテレビだった。
「紺野さんの病気が治れば…AIDS患者さんだけじゃなく他の重病患者さんにも希望を与えられると思うの、あの不治と言われてたAIDSが治れば…きっと自分の病気だって…って思えるはずだから…」
「ええ…そうですね…」
「だから頼むわよ…桐ヶ谷君…紺野さんを助けてあげて…、看護師の私から頼むなんて変な話だけど…」
「ええ…分かってます、木綿季は絶対に助け出してみせます」
「頼んだわよ…"王子サマ"」
「ッ!?…そ…それじゃあ失礼します! お昼頃また来ます!!」
和人はそう言うと恥ずかしさを誤魔化すように病院をあとにした。ちなみに治療費入院費などは倉橋先生が予め出していてくれてたようだ、今日は会えなかったが顔を合わせたときにしっかりお礼を言っておこう。
和人は自動ドアをくぐり自分の駐輪しているオートバイの前まで行くと、荷物をシートにしまい入れ替わりにヘルメットを取り出した。シートに腰を落ち着けてからキーをまわし、エンジンを起動させてヘルメットをかぶった。
アイシールドを右手で下にずらし、サイドスタンドを蹴るとそのままアクセルを吹かして一気に病院から走り出した。
(とうとうここまできたな…ここまでは概ね計画通りだが…本番は何が起こるか分からない…俺が出演するわけではないが…気を引き締めないとな…)
和人は様々なことを思い返しながら自宅へとバイクを走らせていった。
(何度も思ってきたことだが…ここまで来たら絶対に引き下がれない…引き下がらない…! 何が何でも成功させて…木綿季を…助けるんだ…!!)
――――――――
同日 AM9:50 ALO チャリティーライブ会場
「ほ…ほわ~…すごいことになってる…」
ユウキはALOにログインするとセブンからのメッセージを受け取り、段取りを確認しながらライブ会場へと足を運んできたのである。昨日までは骨組みばかりだった会場が、今はもう何万人を動員できるんだろうか。それぐらいの規模の会場になっていた。ALOはこんなことも出来るのか…と思った瞬間であった。
「ユウキ!」
ユウキは突如声を掛けられた、すぐさま声のした方に振り向くとそこにはユウキの大好きな親友の姿があった。
「アスナ!」
アスナであった、アスナはユウキよりも早くライブ会場へと足を運んでいた。一曲だけだがユウキとのデュオもプログラムに組まれている。最愛の親友と顔を合わせたアスナとユウキは喜びの感情を表した。
「ユウキ! 元気そうで安心したわ…」
「ボクも! 最近のアスナすっごくいい笑顔になるから…ボク嬉しいんだ!」
お互いの手を握りしめながら再会を喜び合った。二人ともセブンに比べたら本番の出番は少ないが重要なキーマンでもある。そして何よりこの二人には歌以外にも役割があるのだ。
「あ…そういえばユウキには言ってなかったんだけど…セブンちゃんがね、歌以外にもやってほしいことがあるんだって」
「やってほしいこと…? 何だろう?」
「んと…私たちってゲストじゃない? あくまでもメインパーソナリティはセブンちゃんなんだけど、セブンちゃんはセブンちゃんで専用の登場パフォーマンスがあるんだって。そこで私たちにも…私たちにしか出来ない登場パフォーマンスをしろって言うんだけど…」
「ボクたちにしか出来ないパフォーマンス…うう…困ったな…ボク歌うこと以外考えてなかった…」
「大丈夫! それについては私がもう画策済みよ!」
「ホント!? ねえねえアスナ! どんなのどんなの!?」
ユウキは目をキラキラさせながら興味津々にアスナに身を乗り出していった。
「んっとね…多分…というか絶対に私たちにしか出来ないと思う、心配なのは…衝撃で会場のセットが壊れなければってことなんだけど…」
壊れる…? アスナはどんなパフォーマンスを思いついたんだろう?と首をかしげるユウキであったがアスナが考えることなら絶対大丈夫だと思っていた。それぐらいアスナには絶対の信頼を寄せているのだ。
「なんだかよくわかんないけどアスナが言うなら大丈夫だね! ねえねえ! 早く教えて!」
「うん! えっと…じつはね…」
――――――――
同日同時刻 チャリティーライブ会場スタッフルーム
スタッフや裏方、関係者だけが出入りできるスタッフルームにて、セブンは台本を眺めながら真剣な表情をして考え事をしていた。
進行のシミュレートをするのは勿論、有事の事態への応対、イレギュラー要素への対応方法など様々なパターンで起こりうるであろうアクシデントに対して対策を練っていた。
「いつになく真剣な表情をしているな…セブンよ」
声を掛けたのはスメラギだ、セブンの側近にてお互いに絶対の信頼を寄せる二人。
「スメラギ君…ええ…今ちょっと考え事してて…」
「本番のことか? それならいつも通りやればいいではないか、今回はチャリティーだがセブンならいつも通りやれるはずだと思うが」
その返事を聞いてセブンは神妙な顔をする、ライブ前には絶対見せないセブンの表情だ。
「うん…それはそうなんだけど…チャリティーってことを考えると…ちょっとだけ緊張してきちゃってね…」
セブンが考えているのはそこであった。普通の全国ツアーなどのライブなら来てくれたお客さんを最大限楽しませることを目的として精一杯のパフォーマンスをする、全力を振るう、それだけだったのだ。
しかし今回はいつもとは勝手が違う、来てくれたお客さんを楽しませるのはもとより、チャリティーということもあり、
全世界で病気が治ることを心待ちにしている人たちがたくさんいるということ。
このイベントが希望になるかもしれないということ。そういったことを意識してしまったセブンは珍しく緊張の態度を表していた。
「なるほどな…確かにいつものライブとは違うな…そう、"責任感"ともいうべきか…」
「そうなのよね…このライブの結果次第で…人を生かすか殺すかって考えたら…ユウキちゃんの生死を左右するって考えだしてしまったら…怖くなってきて…」
セブンの手は震えていた、考えてみればカリスマアイドルとはいっても中身は12歳の華奢な女の子。むしろ12歳にしてはかなりメンタルは強い方だと思われる。しかし人の命がかかわってくることとなると…やはりその精神は揺らいでしまう。ましてや友達の命がかかってるのだ…手に自然と力が入ってしまうのも無理はない。
「セブン」
「何? スメラギ君」
セブンの名前を呼ぶとスメラギは突如セブンの小さな体をその大きな体で包み込むようにして抱擁した。
まるで年の離れた兄が、最愛の妹を元気づけるように…。
「スメ…ラギ…君…?」
「セブン…自信を持て。俺はお前の全てを間近で見てきた、お前の実績を誰よりも知っている。お前の努力も誰よりも知っている。それを見てきたことを踏まえて言う、"絶対に成功する" …だから…自信を持て」
セブンはいきなりのことに理解が追い付いていなかった、スメラギらしからぬその行動に困惑さえ覚えた。
しかし…不思議と不安感は消えていった。むしろ…体の中から元気が出てくる…そんな感覚さえ覚えていた。
非科学的なこの心の充実っぷりに…身をゆだねていた。
「…珍しいね…スメラギ君がそんなこと言ってくれるなんて…」
「…柄じゃないのは承知している」
「変なスメラギ君…でもありがと、ちょっと元気出たわ」
セブンはスメラギから一歩程距離を離すと、深呼吸をして胸に手を当てて話しだした。
「そうね…私が迷ってても何も変わらないわ…こんな逆境…今まで何度もくぐってきたじゃない…」
「そうだ…クラウド・ブレインの件に比べたら…こんなこと造作もないことだろう」
「ええ…助けてみせるわよ…ユウキちゃんの一人や二人…絶対にッ!!」
「フッ…ユウキは一人しかおらんだろうに…」
「そーゆーとこで一々ツッコまないの、…でもありがとね…スメラギ君」
「礼には及ばんさ」
「絶対に成功させる…私たちが…世界中の…光になる!!」
一人ですべてを抱えてきたセブンだったが、スメラギの支えによって気持ちは折れずに済んだ。
チャリティーだろうが関係ない、いつも通り全力を出すだけだ。全力を出してユウキを…世界中で苦しんでいるHIV感染者を助けるために…私たちが絶対にやり遂げる。
そう改めて誓いを立てた。
――――――
その日、特に問題も発生せずにリハーサルは終了した。
問題といえばユウキとアスナの登場演出の所為でセットの一部が破損したことぐらいだった。
セブンは「折角設置したセットを壊すなんて!!」と激昂したがレインの仲介によって機嫌を直し事なきを得た。
セットは、より硬度と耐久の高い素材で再度組み立てられ、念のためステージ周りも広くした、これで本番当日も万全だろう。
その最中に到着したキリトはなんで二人が怒られているかわからなかった。
リハーサルは午後17:00にはお開きとなり、ある人は帰宅し体を休め、ある人は残って作業を続け、ある人は残った人と談笑をし、ある人は本番へのシミュレートを怠らなかった。
キリトは物思いにふけっていた。
明日ですべてが決まる、ユウキの命が…命運が…いよいよ決まる。緊張していないといえば嘘になる。
しかしやらねばならない、やり遂げねばならない。明日にすべてを賭ける、これまで積み重ねてきたすべてを賭けて明日に臨む。関係者はそれぞれの想いを胸に明日へと望んでいった。
――そして一夜明け、その日はとうとう訪れた――
西暦2026年2月7日土曜日 午後16:05 チャリティーライブ当日 本番55分前
「…ステージが騒がしいな…」
キリトはステージの舞台裏にて身を落ち着けていた。首からスタッフの証であるパスをぶら下げ、観客席からは見えない角度にある幕から観客席の様子を覗き込んでいた。
「キリト…あんまり身を乗り出すとあっちから見えちゃうよ…」
ユウキがキリトに注意を促す。キリトはステージから裏方が見えるか見えないか微妙な位置取りをしていた。一歩踏み込めば場所によっては見えてしまうかもしれない。
「おっと…ごめん」
観客席からは熱気と期待の波が押し寄せてきている、セブンのライブに期待していることは勿論、今回のライブのゲストであるユウキとアスナの二人が目的で来ているファンも多い。
"絶剣" "閃光" と二つ名で呼ばれ絶大的な強さと支持を受けている二人が剣をマイクに持ち替えてチャリティーに参加するというのだから、ファンにはたまらないことであろう。
「私…ちょっと緊張してきちゃった…」
アスナが手を胸に当てながらつぶやいた。
「昔…ピアノのコンサートの会場が…こんな感じだったな…ここまでお客さんは多くなかったけど…」
アスナは幼少の頃のピアノのコンサートと今のこの会場の様子を重ねてみていた。演奏会やパーティ等、人がたくさん集まるところには行き慣れているはずなのだが…今回は特別な意味で緊張していた。
「へぇ~! アスナってピアノ出来るんだ! 今度聞かせてよ!」
「ええ…いいけど…長い間弾いてないから …ちゃんと弾けるかわからないよ…?」
ユウキは「それでもいいから是非聞かせて!」と目をキラキラしながらアスナに訴えた。このユウキの表情に勝てるはずもなくあっさり折れたアスナは演奏の約束を取り付けた。
「やったー! 楽しみだなー!」
ユウキはキラキラしたエフェクトを舞わせながらジャンプして喜んだ、退院後の喜びがまた一つ増えたようで何よりだ。
「はーいみんな!
キリトとアスナとユウキのもとに、セブンとスメラギ、レインが顔を合わせに来た。
「プリヴィエート! セブン! すごいよ外! お客さんでいっぱいだよ!」
ユウキは大変にテンションが上がっている様子だ、実はさっきまで緊張していたのだが…お客さんの盛り上がり具合を感じると自然とその緊張感がなくなり、むしろやる気に満ち溢れてきていた。
「ええ…いつもこれぐらいで満員になるんだけど…今日のお客さんの熱気はいつもと違う気がするわね」
「え…そうなの…?」
「うん…多分…ユウキちゃんとアスナちゃんがいるからだと思うわ。みんな二人の活躍を見たいのよ」
「ほあー…そうなんだ…、ようし…ボク…頑張るよ!!」
ユウキのメンタルは最高潮のようだ、やはり昨日一昨日と一緒に過ごせたのはユウキ自身にとって大きかったようだ。
…それよりもキリトはアスナが気になっていた。
「アスナ…大丈夫か…?」
キリトはアスナに優しく声を掛けた、今声を掛けなければそのまま小さくなって消えてしまいそうな気がした。
「え…あ…キリト君…、うん…大丈夫…じゃないかな…ちょっと…」
アスナの表情は暗いままだ、何かが心の中に引っかかっているのだろう。
「…ちょっとこっちきてくれ」
「え…ちょっキリト君!?」
突然キリトはアスナの手を掴むと、バックヤードの奥へと姿を消していった。その様子にユウキだけが気付いていた。
「キリト…?」
――――――――
アスナはキリトに有無を言わされずバックヤードにと連れてこられた。一体私に何の用があるんだろう…それも改まって…こんな場所にまで連れ込んで…と思っていた。
「キリト君…どうしたの…? こんなところまで連れ出して…」
キリトは掴んでいたアスナの手を離すとそのままアスナの方を振り向き、しばらく見つめあうとそのままアスナを抱擁した。いきなり抱かれたアスナは動揺を隠せずにいた、何で…キリト君が…? そう思っていた。
「き…キリト君…なんで…?」
「………」
二人が進んできた通路の死角にはユウキが身を潜め、物音を立てずに静かに見守っていた。
「…キリト…」
――――――――
キリトはアスナを30秒ほど抱きしめた。この行動に何の意味があるのか、何でこんなことをしたのかとアスナは考えを巡らせていた。
キリト君にはユウキがいるのに…私との関係は終わってるはずなのに…と。
「ごめん…驚かせたよな…でも、落ち着いたかな…?」
「あ…う…うん…別の意味でちょっと…緊張しちゃったけど…」
アスナは顔が真っ赤になっていた、キリトに抱擁されるとは思いもしなかったのである。恥ずかしさもそうだがユウキへの後ろめたさも感じていた。しかしそれより…さっきまで張りつめていた緊張感がなくなっていたことに気付いた。
「でも…ありがとう…私の緊張を緩めるためにやってくれたんだよね…?」
「まあ…な…別れたキミにこんなことをするのは…どうかと思ったんだけど…これしか思い浮かばなかった…」
「キリト君は不器用だからね…でも…嬉しかったな、私は…」
アスナにいつもの笑顔が戻った、もう気負いしているものは何もないといった爽やかで美しい笑顔をしていた。
「別に大したことはしてないさ、仲間を想うのは…当然だろ?」
アスナは改めて、キリト君のこと好きでよかったと思うと同時に、こんな恥ずかしいセリフを躊躇なく言うのは流石だなと思ってしまっていた。別れてもキリト君にだけはかなわないな…そう感じていた。
「そうだね…キリト君らしいや…」
その答えに対して、キリトは無言の笑顔で返事を返した。
アスナは自分の顔をパンパン!と二度叩き、気合を入れなおすとやるぞっといったやる気に満ち溢れている表情へと変わった。血盟騎士団に所属していた時の…使命感に満ちているときのような…真剣な表情にも見えた。
「ありがとうキリト君、私はもう大丈夫…全力を尽くすだけよ…!」
「ああ…元気が出たならよかったよ…ほら、もうすぐ舞台挨拶とかの最終確認だろ?…行ってこいよ」
「うん…! ホントにありがとう! キリト君!」
アスナはキリトにお礼を言うと、先ほどの舞台裏へと歩を戻していった。アスナとの距離が完全に離れたところでユウキが入れ替わるようにキリトの前に姿を現した。
「ユウキ…」
キリトがユウキの名前を呼ぶと、ユウキはキリトに無言で歩み寄ってキリトに抱き着いた。キリトはそれを拒否するはずがなく、同じく無言で恋人を自分の胸に受け入れた。そのユウキの様子からはどことなく寂しさが感じられた。
「ボクが隠れてるコト…気付いてたんでしょ?」
「…まあな…索敵スキル…MAXにしてるからな…」
「知っててアスナのこと抱きしめたんだ…」
「…そのことについては…すまん…でもああするしかないと思ったんだ…、ユウキの気に障ったのなら…謝るよ…」
ユウキはその言葉を聞くと無言で首を横に振った。そしてより力強くキリトのことを抱きしめた。
「わかってる…キリトが誰にでも優しいことぐらい。アスナが緊張していることにも…ボク気が付いてた。あの場面でアスナを元気づけられるのはキリトしかいないってこともわかってた…でも…」
そう言うとユウキは涙で顔を真っ赤にして、キリトを上目遣いで見上げていた。
「ボクのことも…ちゃんと心配してくれないと…いやだよ…」
ユウキはキリトの胸に顔を埋めた、更にキリトを抱く手に力が入った。細いキリトのHPが減ってしまうのではないかと思うぐらいの力で抱きしめた。それをキリトは更にそれよりも強い力で抱きしめる形で返事を返した。
明るく振舞ってはいたが…やはりユウキは緊張していたのだ。無理もない…初めてのライブで…それも自分の生死がかかっているのだ、緊張しないわけがない…。
「ごめんな…ユウキ…お前の…気持ちに気付いてやれなくて…」
「罰として…ライブ終わった後も…ずっと一緒にいてね…? そうじゃなきゃやだよ…?」
「何言ってんだ…言われずともずっと一緒にいてやるさ…」
「ホント…? やったぁ…嬉しいなあ…」
瞳に涙が溜まっていたユウキだったが、キリトと抱き合い、話を続けていくうちに次第に笑顔になっていった。
キリトとユウキは、セブンたちがユウキを探す声が聞こえてくるまでひたすらお互いを近くに感じあっていた。
時刻は午後16:50に差し掛かっており、もう本番直前であった。
「…もう…行かなきゃだな…大丈夫か?」
キリトがそう言うとユウキは大きく伸びをして、深く息を吸い込み一気に吐き出した。姿勢をリラックスさせて表を上げて大きく「よしっ!」と声を放つと先ほどまで見せていた緊張感と寂しさが消え去っていた。
「うん…もう大丈夫! ありがとね…キリト!」
「ああ…! 頑張ってこい!!」
キリトとユウキは様々な思いを込めてお互いの拳をぶつけ合った。
お前の精一杯をみんなに見せてこい。
ボクの今までの精一杯を…見ててね。
それぞれの想いを手に込めてぶつけ合った。
――――――――
同日午後16:57 チャリティーライブ会場舞台裏
舞台裏には責任者兼メインパーソナリティのセブンが集まったメンバーをまとめていた。
最初のメンバー挨拶、そしてこのチャリティーライブの目的を明言した後、基本的な楽曲はセブンとレインがデュオでプログラムを進行していく。
そして中盤から後半まで差し掛かる時点で、アスナとユウキ登場演出を挿入後、二人の挨拶、そしてそのままデュオに入る。
デュオが終了した時点で5分間のハーフタイムとなり、ユウキは衣装チェンジ。
いつものナイトリークロークからアスナの作ってくれたステージ衣装に着替え、自身の曲を歌い上げる。
ここからユウキのソロとなるのだが…一曲目を歌い終わり二曲目に差し掛かるタイミングで、ユウキはボクがHIVキャリアだということを告白する。
ボクと同じように世界中でHIVで苦しんでいる人たちがいること。
でもボクがこのイベントに参加することで少しでもHIVで苦しんでいる現状を打破出来れば…希望の光になれればという想いを観客のみんなに、中継を見ている世界中のみんなに伝える。
世界中をHIVへの…AIDSへの関心を深めるため、そしてドナー登録によって救える命がたくさんあることを改めて伝えるのだ。
「…セブン、すでに公式チャンネルの配信来場者は言うまでもなく満員、ミラー配信も500以上存在してるが…全て満員だそうだ。世界各国の大型ディスプレイやARヴィジョンの周辺にもものすごい人だかりが出来ていてちょっとした社会現象にまでなってる…すごいことになっているぞ」
アスナとユウキはその話を聞いて目を丸くしていた。
「すごい…そんなことになってるの…」
「あはは…ある程度は予想出来てたけど…考えていたよりもすごいわね…」
セブンはそれに驚くことなく真剣な表情をしてメンバーを見返しその場を締めるように演説気味に言葉を放った。
「みんな、私たちがやることはただ一つよ… "全力を尽くす" それだけ…。確かに準備期間は雀の涙ほどしかなかったわ…。でも短期間とはいえ、ものすごい充実した日々を過ごしてきたと私は思うの。その日々に間違いはなかった…私はそう思っている…、だから…絶対にこのライブは成功する…いや、させてみせる!!」
そう言うとセブンは一度深呼吸をする、そして…最後にメンバーの前に自信の右手を差し出した。
「やるわよみんな! 私たちの…すべてをぶつけに!!」
その差し出した右手に、ユウキ、キリト、アスナ、レイン、スメラギの順番にメンバーが手を重ねていった。
「「「「「おう!!」」」」」
「時間よ! 行きましょう!」
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西暦2026年2月7日土曜日 午後17:00 チャリティーライブ会場 本番開始
ステージの端から、セブン、レインが先に姿を現す、そして少し間をおいてユウキ、アスナもステージに姿を現した。
セブンとレインの姿が見えた瞬間に会場は大盛り上がり、観客席のあちらこちらから大歓声が巻き起こった。まだ歌っていないのにものすごい盛り上がりようである。
そしてユウキとアスナが続けて姿を現すとさらにそのボルテージが最高潮まで登り、会場の外にまで歓声が鳴り響くほどであった。
『みんなー! プリヴィエ~~~ト! 今日は私の初のチャリティーライブに集まってくれて、本当にありがと~~う!!』
セブンの挨拶に会場がさらに大盛り上がりになる。そのものすごい歓声と熱気に一瞬ユウキとアスナはたじろくが、すぐに落ち着きを取り戻し、会場の熱い空気にその身をゆだねた。
『メンバーを紹介するね! もう顔なじみだけど…私のお姉ちゃんことレイン! 今日も一緒にボーカルをやってくれるから楽しみにしててねー!!』
『プリヴィエート! レインだよー! 今日もみんなよろしくねーー!!』
セブンへの歓声と比べても負けず劣らずの大歓声がレインに向けられた。一部のシャムロックメンバーから反感を買っていた時期もあったがレインの献身的な態度に心を打たれたものが多く、今ではリアルと仮想世界ともにファンやクラスタがつくまでになっていた。
『そしてそして…今日のスペシャルゲスト! みんな知ってると思うけど紹介するね! まずは"閃光" そして"バーサクヒーラー"の二つの異名を持つアスナちゃんだよー!』
一瞬アスナは顔を引きつった、あくまでも一瞬なのでおそらく観客席からも中継からも見えてないとは思うが。
内心、アスナはセブンを後でシメることを決心した。
『みなさんこんばんはー! 今日はこの場にお邪魔させていただいて、本当に感謝してまーす! 緊張してるけど頑張るのでよろしくおねがいしまーす!』
セブンとレインとはまた一味違った歓声が沸き起こる、歓声の中には「アスナ様こっちむいてくれー!」 「よっバーサクヒーラー!」といった野次も混じっていた。アスナはそれがばっちり聞こえてたようですっかり怒り心頭であった。顔は笑っていたが目が全く笑っていなかった。
『そしてそしてぇ…今日の真の主役! "絶剣" のユウキちゃんでえ~~す! 今日のためにたくさん練習を重ねたので応援よろしくねーッ!!』
今日一番の歓声が巻き起こった。会場内は耳をつんざくレベルの大歓声に包まれていた。
「ウオオオオオ、ユウキちゃーーーん!」
「絶剣ちゃーーん! 可愛いよー!!」
「ユウキちゃーん! 俺と結婚してくれー!」
「期待してるよー! ユウキさーん!」
「俺のこと斬り捨ててくれー!!」
「絶剣ちゃーん! こっちむいてー!!」
アスナ以上に様々な野次が飛び交った、ユウキの名前がいかにALO内で広まっているかというのが理解できる。
キリトは会場のセット越しに3番目に聞こえた野次を放ったやつに目掛けて眼光を飛ばしていた。
ヤジを飛ばした本人はその時、過去にないぐらいの戦慄を感じたという。
『こんばんは! 皆からは…絶剣なんて呼ばれてます! ユウキです! 今日のために精一杯歌の練習を重ねました! 頑張るんで…応援よろしくお願いします!!』
ユウキが挨拶を済ませると、会場のボルテージは再び最高潮に達した。
『以上このメンバー4人で会場を盛り上げていきたいと思うから! 応援よろしくおねがいね~~ッ!!」
その様子をキリトは舞台裏から見守っていた。
掴みはばっちりだ、アスナとユウキも緊張している様子はない。このまま首尾よくプログラムが進行すれば、問題なく終われるはずだ…。
『みんな…知ってくれてると思うけど…今回のこのライブは…私たちの初めてのチャリティーでもあるの。私たちのこの活動を通して…世界中の病気で苦しんでる人たちのために…皆も今日のライブを通して…感じ取って帰ってもらいたいなって思います』
会場の空気が一瞬で変わった。さっきまで大歓声に包まれていたと思ったらセブンが口を開いた瞬間に全く空気が変わってしまったのだ。この観客を誘導するのも流石はプロと言えよう。セブンは引き続き、HIVの恐ろしさ、AIDSの苦しさつらさを語り出した。
病気そのものの苦しさだけではない、周囲からの迫害のことなどを。そしてそれを助けることが出来ることも丁寧な口調で淡々と伝えていった。
ユウキは横で少し表情を落としながらその話を聞き、利き手に自然に力が入っていた。その様子に気付いたアスナはすかさずさりげない様子でユウキの手をぎゅっと握った。
手を握られハッとなったユウキの視線がアスナに重なる。アスナは笑顔でユウキを見つめていた、その顔を見てユウキに再び笑顔が戻りいつもの明るいユウキとなった。
(ありがとう…アスナ…)
そうしている間に、セブンのHIVへの関心を求める話が終わった、そしてまた空気がライブ独特の熱い熱気に包まれ会場は再び盛り上がりを見せた。
『みんなおまたせ! それじゃあここからは大いに盛り上がっていくよ!! 最初の曲は…これ!』
プログラム最初の曲の前奏が流れると、ユウキとアスナは駆け足で舞台を後にした。
ボーカル担当のセブンとレインだけが舞台上に残り、最初の曲を歌い続けた。
会場は言うまでもなく大盛り上がりで会場のいたるところからサイリウムが左右に揺れ動いている光景が見えた。
その様子を見守っていたキリトは舞台裏へと戻ってきた二人を出迎えると、二人にスポーツドリンク風の飲料アイテムを手渡した。
「お疲れ…ユウキ、アスナ!」
「ふぃ~…緊張したよ~…」
「すごい熱気だったね…なんかもうヘトヘトになっちゃった…」
「おいおい…まだ始まったばかりだぞ…」
ドリンクで喉を潤わせた二人は口を揃えてキリトに文句を吐いた。
「キリトはいいよ! 舞台裏で見守ってるだけなんだもん! ボクらは大変だよ! ねえアスナ!」
「全くよ! 何万人いると思ってるのよ! 全部の視線が私たちに集まってるってだけでもう…倒れそうになっちゃったわよ!」
キリトは同時に責め立てられ、汗をかきながら苦笑いを作り、後ずさりをしていた。
「あ…いやあそういう意味で言ったんじゃないんだよ! あはは…気を悪くしたのならすまん…」
二人はしょうがないなあといった表情でキリトを見下ろしていた。そして二人で視線を合わせると、自然と二人の間に笑顔がこぼれていた。
「でも…まだ歌ってないけどちょっと楽しかったね…!」
「うん…それは私も感じたかな…すごい…やり甲斐がありそうっていうか…」
「ボク…これなら…頑張れそう!」
「私も…!」
最初の挨拶を問題なくやり遂げたことに自信をもった二人にはもうすっかり緊張感や不安といったものはなくなっていた。むしろ、早く自分達の出番はこないのかなと胸を躍らせていた。
「大丈夫そうだな…二人とも…」
その問いに二人は笑顔をVサインで答えた。
――――――――
「ウオオオオオオオオォォォ!!!」
会場は相変わらずセブンとレインが盛り上げているようだ。レインはユウキとアスナのことを天才だと言って羨ましがっていたが、レイン本人も素質は十分にある。実際にセブンとのデュオの相性は最高であるし歌唱力も非常に高い。
何で自虐的になっているか不思議なぐらいの実力を持っていた。
「セブンちゃんもすごいけど…レインちゃんもすごいね…きれいな歌声…」
「ホント…そのレインがボクたちの方が上手いって言ってるんだから…ちょっと信じられないな…」
キリトはその様子を見守りながら、手に持っている台本を確認していた。
「ユウキ、アスナ、この曲が終わったらハーフタイムだ。そのあと…二人の出番だぞ」
「「!!」」
二人はいよいよだ…といった気合に満ちた表情になった。もう何がきても緊張などしない、むしろ全部乗り越えてやる、どんとこい、といった気持ちだった。
やがて曲が終わり、会場にハーフタイムが伝えられるとセブンとレインが汗をかきながら舞台裏に戻ってきた。
「セブン! レイン! お疲れ様! 二人ともすごかったよ…! 流石に歌い慣れてるね!」
ユウキが二人に向かいドリンクを差し出した。セブンとレインはそれを受け取るとグビグビと飲み始めた。
「ありがと…別にそうでもないわよ? あれぐらいのことは今まで何回もやってきたことだし」
「私は…まだちょっとだけ緊張してるかな…セブンに比べたらまだ場数そんなに重ねてないから…」
レインはタオルで汗を拭きながら苦笑いを作って自分はセブンに比べたらまだまだだと話していた。
「お姉ちゃんはそう言ってるけど…お姉ちゃんだってすごい実力なんだからね? なんでそう自虐的になるのか分からないよ…」
「あ…うん…ごめんね七色…」
「もっとお姉ちゃんは自信をもっていいよ? 世界のカリスマアイドルセブンちゃんが言うんだから胸を張りなさい!」
セブンがレインの背中をバチンと叩くとレインは痛がった様子を見せた、そのお陰でちょっとだけ張りつめていた舞台裏の空気がすこしだけ緩んだ。
そして…5分間のハーフタイムが終わり、いよいよアスナ達の出番がやってきた。
「さ…今度はあなたたちの番だよ…ユウキちゃん、アスナちゃん」
「う…うん!」
「よし…頑張ろう…ユウキ!!」
「もちろんだよ! アスナ!」
ユウキとアスナは互いの拳をぶつけ合うと、左右それぞれステージの反対側へと足を運んでいった。その光景を見てキリトは「何で一緒にステージに出ていかないんだ…?」と思っていた。
「キリト君、何であの二人が一緒の場所からステージに行かないんだって思ったでしょ?」
「え…ああ…うんまあ…」
「それはね…もう少ししたら分かるよ」
キリトは頭に?マークを浮かべつつもセブンの言うことに従った。一体あの二人は何をしようと言うのだろうか…?
――――――
5分間の休憩時間が終わった会場ががやがやしていると、急に照明が落とされた。
照明が落とされた瞬間にざわつきがまた一瞬大きくなる。しかしステージの左右端だけ照明が照らされていることに観客が気付くと「何が始まるんだ?」といった空気に包まれた。
しかしそのざわつきは次の瞬間に静寂へと変わった。
左右端のステージの上空6メートルほどの足場から左からユウキ、右からアスナが現れ迷いなく足場から同時にジャンプをしてステージに降り立った。
降りると否や二人は装備している剣を鞘から抜き、まったく同じ構えをとった。このライブステージ上でソードスキルを使おうとしていた。
二人が同時にソードスキルのモーションを起こすと二人の装備している剣の刃の部分が光り輝き、ソードスキルが発動する。
「これが…ボクの…オリジナルソードスキル!」
「これが…貴方から受け継いだオリジナルソードスキル!」
そのセリフを言い終わると、再び同時のタイミングでステージを蹴り、一気にお互いの距離を縮めていく。
お互いの剣のリーチが届く位置まで来るとオリジナルソードスキル"マザーズ・ロザリオ"を撃ち合った。
「マザーズ・ロザリオッ!!」
「マザーズ・ロザリオッ!!」
先刻見た
一撃、二撃、三撃、四撃、五撃目、少し間を置き六撃、七撃、八撃、九撃、十撃、そして…十一連撃目!!
「せえやあああぁぁぁぁぁッ!!」
「はああああぁぁぁぁぁぁッ!!」
マザーズ・ロザリオの十一連撃目はお互いの剣の全く同じ深さ同じ角度で撃ち合われていた。
前回の
お互いの阿吽の呼吸が合っていないと到底出来ない芸当であるが、ユウキとアスナはリハーサルの時に、練習なしで完成させてみせたのだ。ステージの一部を壊すというオマケ付きで。
物凄い爆音とエフェクトに会場は包まれた。やがて時間が経過しそのエフェクトが薄くなり、視界がクリアになっていくと二人の姿が視認できるようになった。
観客席全部から二人の姿が見えるようになると今度は完全に左右対称、シンメトリカルな動きで剣を片手でくるくると回し、再び前方斜め上で互いの剣をクロスさせた。
「今! 万感の想いを込めて!!」
「今! 万感の想いを込めて!!」
ここまでの長文、お読みいただきありがとうございます。
スマホで読まれている方は下にスワイプしてもスクロール欄が全然下にいかないと思われたことと思います。
それぐらいこのライブには内容を詰め込みたかったのです。
そして長いようで短いライブも次回で終わります。
ユウキの濃い一週間が終わろうとしています。
そして次のステップに進みます。
その結果がどうなるのかは、引き続き見守っていただければと思います。
それでは私は寝るとします…おやすみなさい、また次回!