ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味   作:むこ(連載継続頑張ります)

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 こんばんは、リアリゼーションめっさ面白いです。
 仲間を三人まで連れて歩けるのですが、私のキリトはユウキだけしか連れてきていません。
 そして稼いだお金は全てユウキへのデート代に消えていってます。製品版が来るまでに手をつなげられる関係までいくんじゃー! と意気込んでいたら。
 どうやらビーター版での好感度に制限がかけられている模様で、手を繋ぐことが出来る好感度まで行かない様子でした。
 私の二万コルが露へと消えました。いいもん、後悔はしてないから! むしろ知っててこれからもユウキに貢いでやる!

 そして、第二の目標としてたUA25000を突破しました! ありがとうございます!
 ランキングの方にも最近はよく居座ってるみたいでいろんな方々に読んでいただいてるみたいです。本当にありがとうございます。
 それでは39話どうぞ!

 


第39話~小さくて大きな一歩~

 

 西暦2026年5月27日(水)午前7:45 神奈川県横浜市金沢区 横浜港北総合病院 木綿季の病室

 

 

 昨日は木綿季にとって最高の一日だった。現実世界に完全帰還し、帰還してから初めての食事を和人の食事で始めることが出来たのだ。愛情こもった和人の手料理を存分に味わい、木綿季は幸せを感じていた。

 それだけでは飽き足らず、和人は遅れたとは言え本人も忘れていた誕生日プレゼントを買ってきてくれた。

 入院生活が始まってからは木綿季にとって誕生日などどうでもよくなっていた。

 どうせ祝ってくれる人なんていない、プレゼントだって誰もくれない、ただ……死に一歩近づいただけ。

 

 今年もそれは変わらないと思っていた。しかし、とある男の子との出会いが木綿季の命を救ってくれた。

 木綿季にとって初めての恋人であり、更に不治と呼ばれていたAIDSを本当に治してしまったのだ。決して楽ではない茨の道であったが和人は約束を守ってくれた。

 

 そんな大切な人からのプレゼント。木綿季は大いに胸がいっぱいになった。もらってばっかりで何も出来ないのにと少しばかり自己嫌悪にも陥った。

 退院したら絶対恩返ししよう、何をすれば喜んでもらえるか分からないけど、何か絶対してあげよう。そう心に誓った木綿季であった。

 

 ……そして本日は、そんな木綿季のリハビリがスタートする日でもある。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

「ねー和人ー、起きてよー!」

 

「スカー……」

 

「和人ってばー」

 

「スピー」

 

「むぅー……」

 

 木綿季は顔をぷくーっと膨らませ、朝から不機嫌であった。

 和人はパイプ椅子に腰かけながら眠っている、よくこんな不安定な体勢で椅子から落ちずに眠れるというものだ。

 器用なのかはたまた単純なのか。とにかく気持ちよさそうに座りながら熟睡していた。

 

 そして木綿季のベッドのテーブルには朝ごはんが置かれている。

 担当栄養士の高橋の同伴のもと、和人の調理が許されていたのだが、今朝の和人はこのザマだ。

 

 他の患者の朝食の用意にも影響が出るので高橋は待ちきれず、木綿季の朝ごはんを先に調理して看護師に運ばせた。自分の手では震えて食器が持てないので誰かの助けがないと食事が出来ない木綿季。

 

 看護師が食べさせようとしてくれたのだがそれを頑なに断り、和人に食べさせてもらおうと思ってたのだが、本人はご覧のあり様なので不機嫌だったというわけだ。

 

 木綿季はどうやれば和人が起きるかを考えていた。

 しばらくするといい案が浮かんだようで、とっても悪い小悪魔のような笑みを浮かべていた。

 

「あっ! エクスキャリバーよりレア度の高い片手直剣のドロップ情報だ!!」

 

「何だと!? ……オボアッ!?」

 

「か、和人!?」

 

 木綿季が嘘情報を叫ぶとほぼ同時に、和人は慌てて目を覚まし、いきなり立ち上がったためバランスを崩し、そのまま椅子ごとガシャーンというものすごい音とともに、盛大に転がり落ちた。

 

 すぐ横に立てかけてあったパイプ椅子を巻き込んで大変な状態になっていた。ありもしないレア片手直剣の嘘情報に釣られて目を覚ましたのだ。

 

「か、かずと……大丈夫?」

 

「だ、大丈夫じゃ……ない……」

 

「あ……えっと、ごめんね……?」

 

 木綿季は悪いことをしたと思い、和人に頭を下げて謝った。しかし和人はそれを気にすることはなく、苦笑いを浮かべながらゆっくりと立ち上がった。

 着ている衣服を手でパンパンと払い、和人はようやくパイプ椅子地帯から脱出して、散らかったパイプ椅子の後片付けを始めた。

 

「いやはや、俺としたことが慌てちまった、アハハ……」

 

「うう、ホントにごめんなさい……」

 

「そんな顔するなよ、寝坊した俺が悪かったんだ」

 

 そう木綿季にフォローを入れながら、和人は木綿季の頭にポンと手を当てて、優しく撫で、暖かい笑顔で見つめていた。

 

「おはよう、木綿季」

 

「うん……おはよ、和人」

 

 少し落ち着くと和人は大きい伸びをして、いつもの関節を鳴らす仕草で体をほぐした。

 木綿季は上体を起こし、真っ白いベッドの上でその様子を物珍しそうに見つめている。

 仮想世界で毎度見ていた仕草を、現実世界でも目にすると、なんだかちょっとおかしな気分になってくる。

 

「ん……、いい匂いがするな? 朝食か?」

 

「うん、和人が起きなかったから高橋さんが作ってくれたの。今日は……とろとろのポタージュだって」

 

 和人は木綿季からメニューを聞くと、簡易テーブルに置かれている小さいスープ皿の蓋に手を掛けた。

 白い湯気が立ち上っているカップの中には、黄色いトウモロコシの色に染まったポタージュスープが入っていた。

 具はとろとろになるまで煮込まれたブレッドが何切れか一緒に入っている。昨日に引き続き、胃にやさしそうな献立だということを知ると、和人は安心していた。

 

「おお、美味そうじゃないか。むしろ俺が食べたいぐらいだぞ」

 

「だ、だめー! ボクの朝ごはんだもん!」

 

「冗談だよ、あはは」

 

 木綿季が猛抗議すると和人はやれやれといった表情を見せ、スプーンに手を取りほかほかのコーンスープをすくって、ゆっくりと木綿季の口に運んだ。

 

「わーい!」

 

「こぼすなよ?」

 

「わかってるよー!」

 

 現実世界に帰ってきてから二度目の食事に笑顔を振りまいている木綿季は、昨日よりも大変元気な様子だ。

 上半身をうきうきさせリズミカルに揺らし、とても三年間寝たきりの身とは思えないほどの活発っぷりだった。

 

 一日でほとんど声も出せるようになり、寝ている体勢から上半身を起こすことだけなら自分だけで出来る。

 手先は少しおぼつかないが、大雑把に物をつかむことは一応出来る。

 しかし持ち続けることはまだ難しいらしく、箸やスプーンなどといった細いはすぐ落としてしまう。なので第三者に食事を手伝ってもらう必要があったのだ。

 

 木綿季は和人にスープを運んでもらうと口を少し開けてスプーンを待ちかまえ、スープが口に入ってくるのを待った。

 和人は木綿季がむせないように角度を調整して少しずつ木綿季の口にスープを流し込んだ。

 

 濃厚なコーンスープの味が口全体に広がり、そこに細かく刻まれたパセリの独特の苦味が、いいアクセントを醸し出している。

 

「んー……、美味しい!」

 

「そうか、よかったな」

 

「ねねね、今度はそのパンが食べたい!」

 

「あいよ、ちょっとまってな」

 

 和人は木綿季のリクエスト通り、ポタージュがしみ込んでひたひたのとろとろになってるブレッドを、スプーンで一口サイズにちぎるとそれをスプーンですくい、木綿季の口へを運んだ。

 木綿季はそれを一口でかぶりつき、ひと噛みひと噛みじっくりと味わい、スープとブレッドの感触を楽しむ。

 

「ほわ……すっごく美味しい……!」

 

「ふふ、よかったな」

 

 木綿季はすこぶるご機嫌だ。ここの所、HIVを克服したこともあり、体の調子が非常に良いからだ。

 昨夜のお粥で木綿季の内臓が活性化されてきたのもあるかもしれない。それを表すかのように、実際朝起きた木綿季は腹ペコだった。

 

「和人も食べる?」

 

「んー……ちょっと興味あるけど、それはお前の食事だろ? 少しでも栄養が必要なんだからお前が全部食べた方がいいんじゃないか?」

 

「あ……それもそっか。うん、わかったよ」

 

 ちょっとだけ木綿季は残念そうにしている。

 しかしこの先、木綿季には大変なリハビリが待っている。

 そのためには少しでも多く食事を取り、身体中にエネルギーを行き渡らせて、しっかりと体を作らないとこれからの運動に耐えられないだろう。

 

「ほら、口あけて」

 

「あーん……、んむんむ……、うん! やっぱり美味しい!」

 

 和人からスープをもらう度に、木綿季は幸せそうだった。

 これからずっと和人が傍にいて一緒に毎日を過ごせることに幸せを感じ、非常にイキイキとしている。

 つい最近まで絶望の淵に叩き落されていたのが嘘のようだ。

 

「ね……和人…?」

 

「ん……何だ?」

 

「あのね……ボク、ちゃんとお礼を言ってなかったよね……?」

 

「ん? 何をだ?」

 

「えっとさ、ボクの病気を治してくれたこと……」

 

「ああ、そんなことか」

 

 決して「そんなこと」で済まされる事案ではない。AIDSが治るなど前例が三件しかないレアケースにも近い案件だ。

 それを一人の少年が計画して、周りの協力があったとはいえ見事成し遂げてしまっているのだ。

 患っていた木綿季本人も死を覚悟してた身として、まさかの完治を果たすという奇跡に最初は治ったという実感がなかったぐらいだ。

 

「桐ヶ谷和人さん、ボクを助けてくれて、本当に……ありがとうございました……」

 

 丁寧な口調でお礼の言葉を捧げると、木綿季はペコリと可愛らしく頭を下げた。その様子をみた和人は照れくさそうにしながらも、笑顔で木綿季を撫でて返事をした。

 

「俺は自分のやりたいことをやっただけさ。それに俺だけじゃない、明日奈や倉橋先生、SAOやALOのみんな、そして世界中の人たちのおかげだよ。俺はきっかけに過ぎないさ」

 

「それでも、ボクを助けてくれるって言ったのは和人だもん。ボクにとって和人は……ヒーローなんだもん……」

 

「……そうか、なら……俺はこれからもお前を守り続けるからな」

 

「あ……うん、よろしくお願いします……」

 

 恥ずかしいセリフをさらりと言う和人に、木綿季はたじたじになってしまった。

 今の今まで色恋話がなかっただけに、こういった歯の浮くようなセリフを言われると、よくわからないドキドキしたものが、体のそこから浮き出てくるのを感じていた。

 

「ほら、冷めちまう前に全部食べちまおうぜ」

 

「あ……う、うん!」

 

 木綿季は引き続き、和人にスープを食べさせてもらい、この日の朝食を無事完食した。

 食べ終わる頃には身体はすっかりほかほかになり、幸せな気分と暖かな気持ちで満たされていた。

 

「ふぅー……ご馳走様ッ」

 

「お粗末!」

 

「……和人が作ったんじゃないでしょ?」

 

「あ……うん、そ、そうだな」

 

 和人はこう言ってはいるが、ちなみに調理者以外が「お粗末」と言うのは大変に無礼なので絶対に言わないようにしよう。

 食事を終えると、和人は部屋に備え付けられている時計を見ながら時間を確認する。

 

「さてと、リハビリって何時からだ?」

 

「えっとね、確か9時からって聞いてる」

 

「9時からか……、どんな内容なんだろう?」

 

「倉橋先生がボクの身体機能の現状を調べてそれを伝えてるはずだから、それに合わせてやってく感じかな?」

 

「そういえばお前、三年間寝たきりのわりにはすごい動けてる方だよな?」

 

「そう……だね。力はあんまし入れられないけど」

 

「うーん、そういや俺もSAOから帰還した直後は一応歩くことは出来たな……」

 

 和人を含むSAO事件の被害者は、ゆうに二年間以上も仮想世界に意識を囚われていた。

 当然現実の体は動かせないので病院のベッドに寝たきりという状態に置かれていたのだ。

 

 現在、和人は五体満足で日常生活を送っているが、目覚めた当初はリハビリなどで大変な思いをしたという。

 しかし、全身の筋肉が弱り切っていたのにもかかわらず、たった一ヶ月で社会復帰を果たしたのだ。

 普通なら考えられない日数だ。

 

 

「もしかしたら、フルダイブが関係してるのかもしれないな……」

 

「え、フルダイブが?」

 

「ほら、普通寝たきりの人って文字通り寝たきりで意識がないか植物人間とかだろ?」

 

「う、うん」

 

「でも俺たちの場合はちょっと違う。体は確かに寝たきりだが、意識は別の世界と言えどはっきりあったんだ」

 

「え、つまりそれって……どゆこと……?」

 

 和人の言いたいことはつまりこうだ。

 寝たきり、所謂植物人間と呼ばれる人たちは、身体を動かすことが出来ない。

 考えられなくなったり、神経が死んでいたり、筋肉等の重要な部分が損傷、ないしは壊死してたりすると、動かせなくなる。

 初めは諦めずに必死に身体を動かそうと頑張るが、無駄だと察してしまうと、それ以降一切諦めて体を動かそうとすることをやめてしまう。

 

 しかし、和人や木綿季といったフルダイブ経験者は少し違う。

 身体を動かしていないことには相違ないが、脳からの信号は絶えず発信されている。

 現実の身体を動かすか、仮想世界の身体を動かすかの違いでしかない。

 

 だが、それこそが命綱になったのだ。

 脳から指令を発信し続けていたことにより、普通は動かせないぐらい弱っている手足も、これだけ動かすことが出来ていた、というわけである。

 

「……えっと、よくわからないけど……わかったよ」

 

「……だめだこりゃ……」

 

「あはは♪」

 

 それからは他愛のない会話が続いた。

 二人の間には絶えず笑顔が交わされ、希望に満ち溢れたやりとりが続いていた。

 しかし楽しい時間ほど過ぎるのはあっという間というもので、やがてすぐに木綿季のリハビリの時間が来てしまった。

 

 コンコンという病室の扉をノックする音が聞こえる。恐らく倉橋先生と作業療法士の人が訪ねてきたのだろう。

 木綿季が「はーい! どうぞー!」と元気な返事をすると、病室のドアがスライドされ二人の人物が木綿季のもとに訪れた。

 現れたのは主治医の倉橋と、もう一人、女性の医療スタッフだった。

 

「おはようございます木綿季君、朝食は食べられましたか?」

 

「おはようございます先生! はい! 和人が全部食べさせてくれたのでお腹一杯になりました!」

 

 元気な木綿季の姿をみて倉橋に笑顔が零れた。やっぱり木綿季の元気な姿は見る人全てを元気にする不思議な力があった。

 

「それはよかったです、この調子で続けていきましょう」

 

 木綿季は「ハイ!」と元気に返事をした。

 この先この笑顔が毎日近くで見られるとなると、心が晴れやかな気分になる。

 まるでこちらまで元気をもらっているようだ。

 

「木綿季君、紹介します。木綿季君のリハビリテーションをサポートしてくれる、作業療法士の方です」

 

「や、和人君に紺野さん! また会えましたね!」

 

「え……?」

 

「ちょ、高橋さん!? 何で!?」

 

 二人は大いに驚いていた。

 なんと木綿季のリハビリを手伝ってくれる作業療法士とは木綿季の栄養士でもある、高橋香里その人だったからである。

 茶葉のウェーブに白衣といったコーディネートは変わらないが、右手にファイルらしきものを抱えている。

 おそらく木綿季のリハビリのメニューか何かが印刷されているものなのだろう。

 

「あれ、あたし言わなかったっけ? 栄養士と作業療法士の資格両方持ってるって」

 

「言ってないです」

 

「ボクも聞いてません」

 

「……あれ?」

 

 高橋のあまりの天然ぶりに、木綿季と和人は呆れた表情を浮かべていた。

 倉橋は倉橋で、頭を抱えてやれやれといった苦笑いを浮かべている。

 

「高橋君、ちゃんと通達はしないとだめですよ……、仕事の基本ではないですか……」

 

「う、うぅ……すみません……」

 

 倉橋に怒られた高橋は口をおちょぼ口にし、眉を八の字にし、目からは涙が垂れ下がらせて反省モードになっていた。

 二十代後半に差し掛かり、ベテランと呼ばれていてもおかしくない彼女のミスは、それはそれはらしくないものではある。

 

 しかし、彼女はこれでいいのかもしれない。

 完璧に全ての仕事をこなすことより、どこか一つ抜けている方が、愛嬌があっていいというものも一理あるというものだ。

 

「と、とにかく、木綿季君のリハビリも高橋君が担当しますので、お二人共よろしくお願いします」

 

「よ、よろしくお願いします! 紺野さん!」

 

「ハイ! よろしくお願いします! あ、あと……ボクのことは木綿季でいいですよ!」

 

 香里が丁寧に頭を下げると、木綿季もそれに応えるかのように明るく元気な返事を返す。

 

「よろしくね、木綿季ちゃん! あたしのことも香里って呼んでくれて構わないわ」

 

「あ……は、ハイ! 香里さん!」

 

 互いに挨拶を済ませると、早速木綿季のリハビリがスタートされた。

 リハビリといっても、今の状態の木綿季をいきなり歩かせるという無茶なものではなく、彼女の身体の現状に合わせたメニューを、少しずつこなしていく、といった内容だ。

 

「ほい、そいじゃあ早速リハビリを始めます。木綿季ちゃん、先生からある程度はお話聞かせてもらってるんだけど、今……身体はどれぐらい動かせるかな?」

 

 木綿季は高橋に聞かれると、今動かすことの出来る体を精一杯動かした。

 寝ている体勢からの上体起こし、首を回す、上半身をひねる、腕を回す、指で物を掴むなどなど。

 とても昨今まで重病患者とは思えない活発さだった。

 

「す、すごいわね……」

 

「そうでしょう……?」

 

 呆気に取られている高橋を尻目に倉橋はのほほんと笑顔をこぼしていた。

 どうです? うちの娘はなかなかやるでしょう?とでも言いたげな顔だった。

 

「でも、やっぱり長くは動かせないです、一回動かすともうすっごいどっと疲れちゃって……」

 

「まあそうでしょうね。これで持続出来たらもう凄すぎてあたしの出番なくなっちゃうかもしれないもん」

 

 和人は苦笑いを浮かべながらその模様を見守っていた。

 それと同時にこのプロにまかせても大丈夫なのか? とも思っていた。

 何でも噂では香里は栄養士であるにもかかわらず、独断で患者さんの治療食の味付けを濃くした前科があるらしい。

 

 塩分過多の患者さんに作った食事だったのだが「これじゃあ美味しくない!」と言いながら出汁と醤油を濃くしてしまったのだ。

 栄養士にあるまじき行為だ。

 その患者の翌朝の検査で異常な血圧の上昇を見せたことから発覚し、香里は院長に厳重注意されることとなった。よく厳重注意で済んだものである。

 以上の噂を耳に挟んだこともあり、和人は少しだけ……というより、かなり不安だった。

 

「か、香里さん……本当に大丈夫なんですか?」

 

「何言ってるのよ! あたしはプロよ? すぐ木綿季ちゃんが動けるようにしてあげるから見てなさいって!」

 

(ふ、不安だ……)

 

「ま、まあ……彼女はぶっとんだ性格をしていますが、少なからず実績はあるので任せても大丈夫だと思いますよ、多分……」

 

「た、多分て……」

 

 倉橋は「あ……」とうっかり口を滑らしたとでも言いたそうな顔をしながら「で、では仕事がありますので」と言い訳を残し、そそくさと病室を去っていった。

 どうやら香里の奇想天外っぷりは、有能な倉橋でも匙を投げたくなってしまうほどらしい。

 そして部屋に残った香里は仕切り直すべく、わざとらしい咳払いをして、改めてこれからのことについて、二人に説明を始めた。

 

「えー、オホン。では木綿季ちゃん、将来的にはちゃんと二足歩行で五体満足に歩けるような状態を目指して、これから頑張っていきましょう!」

 

「はーい!」

 

 こちらはこちらで相性が大変よろしいようで元気な挨拶を交わしていた、挨拶だけでなくさっさと実践に移った方がいいと思うのだが…。

 

 

「聞いてると思いますけど、まずは上半身の筋肉を鍛えていきます」

 

「筋肉……?」

 

「ええ。背筋や腹筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋など、上半身を維持するのに重要な筋肉を中心にまず鍛えましょう」

 

「えっと、ボク……ムキムキになっちゃうの?」

 

「ブフッ」

 

 和人が盛大に噴出した。ムキムキマッチョな木綿季を想像して思わず吹き出してしまったようだ。

 その様子をばっちり見られていたようで、木綿季は不機嫌オーラを全開にして、異様な視線を和人に送っていた。

 

「和人……あとで覚えておいてね」

 

「あ、は……はい、すみませんでした……」

 

 このやりとりをすぐそばで見ていた香里は、こりゃあ和人君は尻に敷かれるなと感じてう。

 微笑ましい、実に微笑ましいが、いつまで経ってもリハビリが始まらないので、ここで高橋が口を割って入る。

 

「いいですか? それじゃあ気を取り直して始めていきましょう。先ほど言った通りに上半身を鍛えます。上半身を鍛えれば歩行器を使用して下半身のリハビリを始めることが出来ます。なので……頑張りましょう!」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 

 

――――――――

 

 

 

 その後、木綿季は順調に、必死にリハビリを重ねていった。

 両手を組んで左右に動かしたり、手のひらを握って開いてといった単純な動作を繰り返したり。

 ベッドの手すりを使って腕だけの力で上体を起こしたりと。様々な方法で上半身を鍛えていった。

 

 最初は体力がついていかず、小刻みに休憩を挟みながらリハビリを続けていった。

 すぐに息切れもしていたし、たまに腕や背中に痛みを訴えていたこともあった。

 しかし毎日、毎時欠かさず繰り返していたことで少しずつ、少しずつではあるが、木綿季の動きは目覚ましいものとなっていった。

 

 ちなみに下半身のリハビリも既にメニューに取り入れられていた。

 ベッドから降りて歩くというわけではなく、ベッドの上で横になりながら脚を動かしていくといった内容だった。

 最初は香里が直接木綿季の脚に触れて動かしていき、徐々に徐々に木綿季も少しずつ動かせるようになっていった。

 これを今のうちにやっているとやってないとではだいぶ違うらしい。

 

 食事もリハビリが続き、身体が少しずつしっかりしていくと、お粥などの非固形物気味なものからはっきり形をしたご飯などに変わっていき、内臓の調子も非常によくなっていった。

 今ではすっかりお肉も食べられる。

 

 数年ぶりにお肉を食べた木綿季の顔は実に幸せそうで「すっごく美味しい!」と連呼していた。

 日に日に元気になっていく木綿季の姿を間近で見てきた和人にはこれ以上の幸せはなかった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 西暦2026年7月25日(土) 午後17:25 神奈川県横浜市金沢区 横浜港北総合病院 木綿季の病室

 

 

 木綿季がリハビリを開始してから二ヶ月が経過し、世間では季節が変わり夏になっていた。

 明日奈たち学生は夏休みに入っており病棟の外では暑苦しくセミが鳴き声を響かせている。

 和人が最も嫌う季節であった。

 

 そしてこの日は、木綿季のリハビリの経過を観察する日でもあった。この上半身の検査をクリアすれば、病院敷地内限定ではあるが車椅子での外出が許されるのだ。

 その為にも木綿季はこの日のリハビリに、より一層の気合をいれて挑んでいた。

 

「では木綿季ちゃん、今から昨日伝えてあった項目の全ての動作をしてみてください」

 

「は、はい!」

 

 木綿季はまず、寝ている状態から上半身の力だけで上体を起こした。

 身体を起こすとまた上体を寝かせ、右腕の力で起こす。今度は左腕で同じ動作をする。

 その次は上体を左右にひねる。映画マトリックスのように背中を反らす。上体を前に倒し、腕を伸ばす。

 

 それが終わると今度は女の子でも持てるぐらいの重りを取り出し、腕の動作を始めた。

 腕をひねったり、肘を曲げる動作をしたり、肩を回転させたり、手首を動かしたり。

 同じ動作を反対の手でもやってみせた。

 

「うん……上体、腕は完璧ね。次は手先をやって見せて頂戴」

 

「は、はいっ」

 

 香里は木綿季の目の前にいろいろな結ばれ方をした紐を何個か置いた。指先がちゃんと機能しているかの確認だ。

 木綿季は紐を摘むと、一つ一つ丁寧にほどいていき、目の前に並べられた紐を全てほどいて見せた。

 以前プレゼント箱の包装リボンを解いた時のようなおぼつきは全く見られず、スラスラと解いていけていた。

 

 次に高橋が置いたのは小麦で出来た粘土だ。サンプルを隣に置き、これと同じ形に仕上げるという。

 形は円、四角、三角といったシンプルなものだ。

 

「んしょ……んしょ……」

 

 木綿季は粘土で手を汚しながらも一生懸命に、サンプル通りの形に粘土の形を整えようとしていた。

 元々図工などといったものは苦手だったらしく、表面は凸凹で時間もかかったが、なんとかそれらしい形になった。

 

「ふぅ……出来ました」

 

 出来上がった粘土を、香里が右手でヒョイと掴みあげ、様々な角度から確認する。

 三つとも真剣な眼差しで見つめ続け、全てを見終わるとそれを元の位置に戻した。

 

「……うん、ちょっといびつだけどOKね。それじゃあ次はこれ」

 

「え……? こ、これで終わりじゃ……?」

 

 木綿季は目を丸くして驚いていた。

 検査する項目は粘土まででお終いと、香里から聞かされていたからだ。

 しかし、なんと抜き打ちでもう一つ、握力を確認するための検査が控えられていたではないか。

 困惑している木綿季の目の前には、握力を鍛えるときに使用されるハンドクリップが置かれていた。

 

「これを左右三回ずつ、めいっぱいまで握ってみせてください」

 

 ハンドクリップは成人男性でもそう簡単にいっぱいまで握れるようなものではない。

 か弱い女の子、ましてやリハビリ中の木綿季には難易度が高すぎる代物だ。

 

「木綿季……出来るか?」

 

「う……うん、ボク頑張ってみる……」

 

 木綿季は大きく息を吸い、また大きく吐き出し気持ちの準備を整えると、右手に渾身の力を込めてハンドクリップを握った。

 力を込めていく度、ギギギという金属音が響き、少しずつハンドクリップが閉まっていった。

 

「んん……うんん……!」

 

「木綿季……頑張れ!」

 

 木綿季は顔を真っ赤にしてハンドクリップを握りしめており、額からは汗が出ていた。

 握っている右手は二の腕から手先までプルプルと震えきってしまっている。

 しかし、やはり女の子には厳しかったのか、予定の半分の位置まで握られたところで、木綿季の右手は限界を迎えてしまった。

 

「あうっ、あ……」

 

「ふむ……、それじゃあ今度は左手よら木綿季ちゃん。行っておくけど右がだめだからって、手を抜いちゃだめよ?」

 

「あ……はい、分かりました……」

 

 木綿季の顔は悲しそうな表情を浮かべていた。

 あと一歩で病室から出られるかもしれなかったのに、その可能性を潰されてしまったことでテンションが下がってしまっていた。

 もう半分どうにでもなあれといった気持ちで、若干ヤケクソ気味に左手でハンドクリップを握りしめた。

 

「う……ん、くぅ……!」

 

 左手にも力を込めてハンドクリップを握りしめる。

 しかし彼女の利き手は右手だ。先ほどよりも浅い位置までしか握られていなかった。木綿季の体力の方もそろそろ限界に来ているようで、上半身は汗でびしょびしょになっていた。

 

「あ……う、うう……」

 

 左手に力が入らなくなってしまった。

 その手からハンドグリップがポロッと、ベッドに備え付けられたテーブルに音を立てて落ちた。

 その厳しい現実を見てしまった木綿季は、すっかり萎縮し、暗い表情になってしまっていた。

 

「木綿季……」

 

 和人は心配そうに声を掛けるも木綿季は今にも泣きだしそうな表情で和人を見返していた。

 

「和人ごめん、ボク……だめだった……」

 

 今にでも泣き出してしまいそうな木綿季をはげますべく、和人は彼女の目線と合うように腰をおらし、優しく声を掛けた。

 

「また次があるさ、それまでまた……鍛えなおそうな? 俺も傍にいるからさ」

 

「う、うん……」

 

 木綿季の目には涙が浮かんでいた。折角ここまで頑張ったのに結果に結びつかなかった。

 次の検査はいつなんだろう、ボクはいつここを出られるんだろうと、そんなことを思い浮かべていた。

 しかし、そんなどんよりとした空気は、香里の次の一言でぬぐい去れることとなった。

 

「うん、合格よ。木綿季ちゃん」

 

「……へ?」

 

 和人と木綿季の頭には?マークが浮かんでいた。

 どうして合格なの? 今誰がどうみても結果はダメだったと思う。

 そんな混乱する二人に対して倉橋が代わりに説明に入る。

 

「すみません木綿季君、和人くん。お二人をだますようなことをしてしまいました。先ほどのハンドクリップ試験は……言わば試験外の項目だったのです」

 

「え、それは……どういうことですか…?」

 

「騙すだなんて……先生、失礼です。私は別に嘘はついてません。通達通り粘土の項目で検査はお終いですし最後のハンドクリップは私個人が、木綿季ちゃんの握力を観たかっただけなんですからね」

 

 内情を知っている二人を尻目に、すっかり置いてけぼりを食らってしまっている和人と木綿季は、きょとんとした表情を浮かべたまま、まだ現在の状況が掴めないままでいた。

 

「え……えと、つまりどういうことですか……?」

 

「えっと、つまり粘土の時点で検査は既に終わってまして、その後の握力チェックはいわばオマケということですね」

 

「お、オマケェ……!?」

 

「ええ、そこまで強く上半身、腕、手に力が入るのなら下半身のリハビリも円滑に進められると思います」

 

「さっきも言ったけど合格よ、木綿季ちゃん。おめでとう」

 

 合格を告げられたにも関わらず、木綿季は顔をぽかーんとして口を開けたまま、すっかり固まってしまっている。

 拍子抜けというか、現実味がないというか、今の自分の置かれた状況がイマイチ理解出来ないでいた。

 

「木綿季?」

 

「え……、……あ、うん。大丈夫……」

 

「香里さん、合格ってことは、もう車椅子で病室の外に出ても大丈夫なんですか?」

 

「もちろんOKよ、必ず誰かが同伴していれば……だけどね。まあでも、そこは君がついてくれてるし、大丈夫でしょ?」

 

 病室の外に出れる。その言葉を聞いた木綿季はぱあっと明るくなり、目をきらきらさせながら和人に喜びの笑顔を贈った。

 

「和人! 聞いた!? お外出てもいいって! やったあー!」

 

 木綿季は満面の笑みをまわりに振りまきながら、手を思いっきり上にあげて飛び跳ねるように喜んだ。

 まるでもう退院を許可されたかのような喜びっぷりだった。

 しかしあながち間違いでもない。

 このままいけば下半身もすぐに鍛えられ、歩行器なしでも歩ける日が来るだろう。その時こそが、本当に木綿季が退院出来るときだ。

 

「和人君がいるときは、和人君が見てあげてください」

 

「はい、もちろんです。無茶して木綿季に怪我させたりなんか絶対にしませんよ」

 

「ふふ、君がそう言ってくれるなら……安心ですね」

 

 倉橋は車椅子で立ち入っていい場所とダメな場所の説明と、院内の地図にマーカーを引き、それを手渡すと改めて「おめでとう」と言い残し、仕事を終えて退室していった。

 

「それじゃあ木綿季ちゃん、明日からは下半身のリハビリに移ります。ベッドの上でやってたことを、よーく……思い出してね?」

 

「は、はい! ありがとうございました! 香里さん!」

 

 香里も書類をまとめると笑顔で木綿季の礼に応え、病室を後にした。

 香里が退室すると、木綿季の病室には和人と木綿季の二人だけになった。

 

 少しの間、静寂が流れた。

 ここ数年、病室の外に出ることを許されなかった木綿季が、外に出ることが出来る。

 それを考えただけでも感慨深いものがある。

 

「やったな……木綿季」

 

「うん、ありがとう……和人」

 

 和人はそう言いながら、優しく木綿季を抱きしめた。

 現実世界に帰ってきたばかりの時と違い、力強く抱きしめた。

 抱擁した木綿季の上半身は、以前よりしっかりしていた。目覚めたばかりの頃のひょろひょろとした面影はもうどこにも見られなかった。

 

「……で、どうする? もう外に行ってみるか?」

 

「あ……そうだね、うん! 和人お願い!」

 

 和人は病室の隅に置かれている車椅子を慣れない手つきで開いていった。

 安全装置を外して車輪が回るようになると、それをそのまま押して木綿季のベッドの隣まで持ってきた。

 

「えっと……木綿季、移れるか?」

 

「え……? んー、ちょっとやってみるね」

 

 木綿季はそう言うと、腕の力でベッドから身体をずりずりと動かした。

 よく見てみると、リハビリの成果がでているのか、脚の筋肉、それも太ももの辺りが以前より張ってきていてふっくらとしていた。

 頑張って身体を動かしていくと、やがて木綿季は足だけベッドから出ている状態になった。

 

「えっと、ここから……どうしよう……」

 

 ベッドに座りながら木綿季は考えていた。

 距離が近いとはいえ、車椅子に移る為には一度完全に「立たないと」いけなくなる。

 少しだけ足が動くとはいっても、とても今の筋力では木綿季の体重を支えるだけの力はなかった。

 おろおろしながら木綿季が困っていると和人が助け船を出した。

 

「仕方ないな、木綿季……ちょっと失礼するぞ?」

 

「え……何? ってうわあっ!?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「えと……そ、その……和人……?」

 

「ふふやっぱり軽いな……木綿季は」

 

「ぁ……ぅ……」

 

 両肩を支えたり、両手を持って手伝ってあげたりと、他にやり方はいくらでもありそうだというのに、和人はあろうことか女の子の憧れでもある、お姫様抱っこで木綿季を優しく持ち上げていた。

 木綿季もこんなことされると思っていなかったようで、すっかり顔を真っ赤にしていた。

 和人が手を貸してくれるにしてもせいぜい両手を持ってくれるか、若しくはおんぶかだっこだろうと想像していたのだ。

 

 まさか迷いもせずにお姫様だっこされるとは微塵にも思わなかった。

 和人はやさしくゆっくりと木綿季をベッドから持ち上げると、そのままゆっくりと車椅子に木綿季を優しくおろしてあげた。

 

「よし、いこうか」

 

「う、うん……ありがと……」

 

 木綿季の心臓は鼓動が早くなりすぎて張り裂けそうになっていた。

 心の準備をしていなかったこともあり、ドキドキしすぎて、もうわけがわからなくなっていた。

 

「なあ、どこかいってみたいところとかあるか?」

 

「…………」

 

「……木綿季?」

 

 ドキドキしすぎて周りが見えてない木綿季の視界を遮るかのように、和人が木綿季の目の前にまで顔を近づけた。

 

「わあっ!?」

 

「のわっ! ど、どうしたんだ……」

 

「な……なんでもないよ! なんでも! と、とりあえず外移動しながら考えよ! そうしよ!」

 

「え……? ま、まあ木綿季がいいなら俺もいいけど……」

 

 和人は木綿季が乗っている車椅子を押し、部屋の扉を開いて後ろ向きに出た。

 廊下を通過するものが木綿季に当たらないよう気を使っていたのだ。

 木綿季の心臓の鼓動はしばらく勢いを止めることがなかった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 木綿季は実に三年ぶりに自分の病室以外を出歩いていた。

 出歩いてるといっても和人に車椅子を押してもらいながらであるが、とにかく久しぶりに見る外の様子に興奮を抑えられないでいた。

 

「ねえ和人! 人が! 人がいっぱい歩いてるよ!」

 

「ほとんど他の患者さんと看護師さんだろ? ここは病院なんだから」

 

「ぶー……知ってるもん。和人は見慣れてるだろうけど、ボクは……」

 

「あ……そ、そうだったな……すまん」

 

「んーん、別にいーよ」

 

 和人が謝ると木綿季の視線は再び車椅子の外に向けられていた。

 病院内だが木綿季には大変に新鮮であった。現実の外の模様など忘れかけていた。

 VR空間での光景が、木綿季の全てだったからだ。

 

「楽しいか?」

 

「うん、すっごく楽しい!」

 

「……そうか」

 

 木綿季を乗せた車椅子は病院の一階ロビーのエントランスに差し掛かっていた。

 何気なく受付の方向に目をやると、和人の知っている顔が仕事に身を入れている。

 

「あ、あの人は……」

 

「ん? どうしたの?」

 

「ああ、ちょっと知ってる人がいるんだ。挨拶しに行くぞ」

 

「はーい!」

 

 木綿季が元気よく右手を上げて返事をすると、和人は受付に向かい車椅子を押し始めた。

 やがて受付に近付いてくるとスタッフの方から和人達に気付いたようだ。

 その人は和人が木綿季への面会に来た時に、受付をしてくれたお姉さんだった。

 

「あら、和人君じゃないの。珍しいわね? 受付に顔を見せるなんて……」

 

「どうも、病院内にいるのに随分ご無沙汰してしまって」

 

「わざわざ顔を見せに来てくれたの? ……あら、そちらの女の子はもしかして……?」

 

 お姉さんは木綿季の姿をみてひょっとしてという顔をした。

 普段一人で院内を出歩いている和人が、寝巻に車椅子の女の子を連れて歩いているということで察したようだ。

 

「ハイ! 紺野木綿季です! ボクの病気を治してくれて、本当にありがとうございました!」

 

「ま、まあ……紺野さん! すっかり体が元に戻って……」

 

 お姉さんは感慨深そうに木綿季のことを見つめていた。

 直接は木綿季に関わっていたわけではないがここの病院に勤めてる者として、木綿季にはやはり特別な気持ちがあったようだ。

 

「はい! 今日から車椅子での外出を許可してもらったんです! 敷地内だけですけどね♪」

 

「それはそれは……よかったじゃない。おめでとうね……紺野さん」

 

「ハイ! ありがとうございます!」

 

 木綿季はエントランス内に響き渡るぐらいの活発で明るい元気なお礼をした。

 様々な病気や怪我を抱えている人たちにとっても、元気を分けてもらっているような感じがした。

 

「でも、二人きりで出かけているってことは……これは"デート"ってことになるんじゃあないかしら?」

 

「ブフッ!」

 

「デデデデデ……デート!?」

 

 この瞬間。和人は思い出した。

 そうだ、俺はここの病院の人たちの、ちょっとした噂の標的となっていたのだ。

 こんな人通りの多いところにいたら、あちらこちらから女性スタッフが舞い降りてきて、格好の餌にされてしまう。

 それだけは断じて御免だ、俺のこともそうだが木綿季とのんびりできなくなってしまう。

 

「そ、それじゃあ失礼します! 行くぞ木綿季!」

 

「え? わわわっ、おねえさーん! またねー!」

 

 和人に急に車椅子を方向転換されて驚くも、木綿季はお姉さんにしっかりと別れの挨拶をしたのだった。

 お姉さんはにこやかに、微笑ましそうに笑顔で手を振ってくれていた。

 

 慌ててエントランスから脱出した和人は、とりあえず人通りの少ないところを目指し、廊下を進んでいた。

 もういじられるのはいやだ、あんなこっぱずかしい目にあうのは御免だと、そう思いながらひたすら突き進んでいた。

 

「はぁ……はぁ……、結構進んできたな」

 

「う、うん。多分だけど病院のはじっこまできてるんじゃないかな?」

 

「うーん、ちょっと道が分からなくなっちまったぞ……」

 

「……もう、適当に進んできたからだよ……」

 

 木綿季は和人の無計画さに若干呆れ顔になりつつも、なんだかんだでこの状況を楽しんでいた。

 ずっと病室にこもりきりだった身としては、体験すること全部が新鮮で楽しかった。

 このぐらい刺激的で先がわからない方が楽しい。隣に大好きな和人がいるならば、なおのことだ。

 

「ねえ和人、あそこ……大きいエレベーターがあるよ」

 

「本当だ、マンションやデパートとかで見るエレベーターよりはるかにでっかいな……」

 

 二人が見ていたのは、患者をベッドごと運べるように設計されているエレベーターだった。

 病院のエレベーターではこういった、大きく面積をとったエレベーターがよく設置されている。

 緊急搬送された患者を運ぶときにも重宝している。もちろん普段通り乗ることも可能だ。

 

「ね、和人……」

 

「ん……何だ?」

 

「ボク、屋上……行ってみたいな」

 

「屋上……?」

 

「だめ……かな……」

 

「……いいぜ、行こう」

 

 この時、和人は木綿季との約束を思い出していた。

 アルンの街でユウキに告白した時に、現実世界での夕陽を見せてやると約束した時のことを。

 現在の時刻は18時過ぎ、今なら陽も傾きいい感じに涼しくなっているかもしれない。

 そして何より木綿季との約束を守ってあげたかった。

 

 和人はエレベーターのスイッチを押し、エレベーターが和人達がいる階層まで降りてくるのを待った。

 上から駆動音が聞こえてくると、徐々に音が大きくなってきた。

 しばらくしてエレベーターが到着し、金属の扉が開くと、そのまま車椅子を押して乗り込み、パネルのRと書かれたボタンを押した。

 

「すっごい広いねー!」

 

「ああ……一人暮らししている人のワンルームぐらいあるな」

 

「和人の部屋とどっちが広い?」

 

「そりゃ俺の部屋だよ。俺ん家自体それなりに広いからな」

 

「へえー……そうなんだ♪」

 

 なんてことない会話をしているうちに、エレベーターは段々と階層を上に登っていき、やがて屋上までたどり着いた。

 

 エレベーターがチンという音を立て、着いたことを知らせる。分厚い扉が開くと目の前に今度は重苦しい鉄製の扉があった。

 和人は車いすから片手を離してその鉄製の扉のドアノブに手を掛けて扉を開いた。

 

 ギィ……という音とともに扉が開くと、外からは風が吹き込むと同時に、都会によくある雑音が聞こえてきた。

 遠くや近くを走っている車の走行音、屋上に吹く風の音、川の流れのせせらぎの音など、様々な音が流れてきた。

 

「うわあ……外だ……」

 

 木綿季は実に数年ぶりに建物の外に出た。

 病院敷地内の屋上とはいえ、真上にオレンジ色に染まった夕空をとらえていた。

 西の空にある沈みかけた太陽には、適度な形の雲が覆いかぶさっており、見事な夕焼け模様を描いている。

 そのオレンジ色の美しく輝く夕陽を、木綿季は自身の瞳に焼き付けていた。

 

「……キレイ……」

 

「ああ、そうだな……」

 

 二人はすっかり現実世界の夕陽に魅入っていた。

 かつてSAOで決闘(デュエル)した時、ALOでキリトが告白した時。

 そして現実世界で夕陽をまた見せてやると約束した時。

 その時と同じ光景……いや、それ以上に美しい夕焼け空だった。

 

「約束、守れたな……」

 

「うん、すっごくキレイだよ……」

 

 木綿季の目にはうっすらとだが涙が浮かんでいた。まさか自分が再び現実の夕陽を見れるなんてと思っていた。

 それと同時に、また約束を守ってくれた和人に感謝の気持ちでいっぱいだった。

 

 木綿季は自身の胸に両手を当てて、何やら物思いにふけっていた。

 しばらくすると顔を上げて、和人の方を見ると、感謝の気持ちを伝えるべく、ゆっくりと口を開いた。

 

「和人、ありがと……」

 

「ん……、気にするな……」

 

「それでも、ありがとう……」

 

「……ああ、どういたしまして」

 

 この後二人は完全に陽が沈むまで、ひたすら夕暮れを楽しんでいた。

 二人がいる金沢区全体を夕陽がオレンジ色に染め上げており、この世界に浸っていた。

 やがて時間だ経ち、気が付くとすっかり夕食の時間を過ぎてしまっていた。

 

 しかしその頃、病院は少し慌ただしくなっていた。夕食の時間になっても戻らない木綿季たちを、倉橋が必死に探していたのだ。

 遅い時間になってからひょっこり姿を現した二人が、倉橋や香里にこっぴどく怒られたことは言うまでもない。

 

 木綿季のリハビリの方も順調に進み、残すは下半身のみとなった。

 いよいよ退院の日が、目の前まで迫ってきている。

 しかしそれは倉橋にとって、最愛の娘との別れを同時に意味するものとなっていた。

 

 

 次回、ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 闘病編 最終回「門出」

 

 




 
 ご愛読ありがとうございます。最後の文面の通り、次回で闘病編は最終回になります。
 最後の最後は最高の演出で終わらせたいので、更新にお時間をいただければと思います。
 挿絵も入れまくります。文脈も練りに練ります。トリを飾れるように力を注いで書き上げますのでお待ちいただければと思います。

 ちなみにボク意味自体はまだ終わりません。
活動報告に足を運んでいただいた方はご存知だと思われますが、退院後の木綿季の生活を書いていく「日常編」が控えております。

 まあ何にしろまずは闘病編を気持ちよく終わらせられなければっていう話ですね。最後までお付き合いいただければと思います。
次回もよろしくお願いします。
 
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