ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
前回のデュエルの後、泣き崩れてしまったキリト。私はノンケですがキリトが最近可愛く見えてきてしまってるのできっと病気なんでしょうね!それでは第4話、ご観覧ください。
2016/11/21 大幅な加筆修正を行ないました。
西暦2026年1月30日金曜日 午後18:30 世界樹の街アルン 緑の丘
それからキリトはというと子供のように泣きじゃくり、ユウキの胸を借りて爆発した感情を精一杯吐き出すと、暫くして漸く落ち着きを取り戻していた。その様子を見てユウキが優しく声を掛ける。
「……もう落ち着いた? キリト」
ユウキは胸を貸してるキリトに優しい口調で尋ねた。目の前でこんなキリトを今まで見たことがなかったので、内心驚きを隠せなかった。
しかし、支えてあげないと今にでも壊れてしまいそうなキリトの姿を見て、ユウキは抱きしめる以外に選択肢がないと思っていた。
声をかけられたキリトは前のめりになっていた上半身をスッと起こし、ユウキと向かい合う体勢になった。ユウキに自分の恥ずかしいところを見られた羞恥心があったが、それ以上にこんな自分を支えてくれたユウキに感謝の気持ちがあった。
「ああ、もう大丈夫だ。ごめんな、色々と……」
キリトは少しバツが悪そうにもじもじしながら言葉を返した。涙が辿った頬はほんのりまだ赤みがかっていた。SAO時代に自分の責任で死なせてしまったサチから、慰めのメッセージを受け取った時以来の涙であった。
あれ以来だろうか、ここまで大泣きしたのは。俺はどれだけ感情を表にさらけ出してなかったんだろうか。
「んーん、気にしてないよ。泣きたい時は泣けばいいんだよ。キリトはさ、きっと我慢し過ぎだったんだよ。もっと自分に正直に生きていいんだと……ボクはそう思うな」
ユウキは微笑みながらキリトに優しく声をかけ続けた。何でだろう、今のキリトが非常に気掛かりになってしょうがない。
目の前の黒ずくめの男の子のことがもっと知りたくなってきた。キリトの強さの秘密はわかった。でも、もっとキリトのことが知りたいな、そう思い始めていた。
「ユウキ……その、怖い思いをさせちまったならごめんな。俺、昔からマジになると……半分見境がなくなるんだ。それでHPがレッドになってるのに気が付かないこともしょっちゅうあってさ……」
「そんなんでよく生き残ってこれたね、キリト……」
キリトの無茶っぷりに呆れた表情になりながら、ユウキが言葉を返していた。でもその表情はほんの少しだけにこやかだった。
本気のキリトと戦えたこと、そしてその戦いからキリトの深い所まで知れたことに満足していた。そして何より、キリトの人に見られたくない恥ずかしい一面が見れたことにニヤついていた。
「まあでも、ボクはいつもと違うキリトが見れて得した気分……かな? 泣いてるキリト、結構可愛かったよ?」
「なっ……」
キリトには昔からの悩みがあった。男なのにも拘らず中性的な顔だちの為、女の子と間違われることがあったのだ。周りから見れば羨ましいと思うところだが、本人はいたってよくは思っていない様子だ。実際に男から告白された黒歴史もあった。
キリトは顔をムスっとし、そっぽを向いて拗ねてしまった。やはりどこか子供っぽいというか子供だ。不覚にもユウキはその顔も可愛いと感じてしまった。キリトはこんな顔も見せるんだなと。
「あ、もしかして触れちゃいけないことだった……?」
「どうせ俺は女顔ですよ……」
「ハイハイ、機嫌悪くしないの」
ユウキが機嫌を損ねたキリトをなだめていた。年齢はユウキの方が二つほど下なのだが、その様子はまるで扱いにくい年ごろの弟の面倒を見ているような、微笑ましいやり取りに見えた。
ユウキには双子の姉がいた。幼少の頃から一番ユウキの近くでユウキを支え続けた最愛の姉だった。その姉に、よく面倒を見てもらっていた時のことを思い出していた。
姉ちゃんも、機嫌が悪くなったボクをなだめていたときは、こんな感じだったのかな……と、昔を懐かしんでいた。
思い出していると、段々ユウキの表情に切なさが現れてきた。姉ちゃん、どうしてボクを置いて先に死んじゃったんだろう。ボク一人だけ残して……どうして先にいなくなっちゃったのさ……。
そう、ユウキの両親は三年前にHIVで他界している。ユウキにとっては藍子が最後に残された家族だったのだが、その藍子も同じくHIVに感染しており、昨年に最愛の妹であるユウキを残して他界していた。
ユウキは15歳にして、遠縁の親戚を除いて家族を全て失い、天涯孤独の身となってしまっていた。ユウキに最も近いところで支えてくれる存在と言えば、何年も近くでユウキの現実の体の面倒を見てくれている、主治医の倉橋と親友であるアスナだった。
しかし、そんなアスナも家庭の事情で仮想世界はおろか、外出もほぼ出来なくなり、実質ユウキと会えなくなってしまっていたのだ。
ユウキがリーダーを務めているスリーピング・ナイツのメンバーも、全員病人であるため、四六時中ALOにログインしているというわけではない。それどころか、各々最近は治療に専念しているらしく、中々顔を出せないでいた。
なので今現在ユウキに一番近いところにいるのは、主治医の倉橋を除くと、今この目の前で顔を赤くしているキリトだけなのであった。
キリトはアスナと一緒に、ユウキが現実世界で入院している横浜港北総合病院まで面会に来てくれたのだ。ユウキ本人はキリト達に入院場所を教えていなかったのだが、キリトが自力で調べ、居場所を突き止めて面会に訪れたと言うだけだった。
しかし、そのことをやったのも当時恋人だったアスナの為であり、キリト自身がユウキを会いたいがためにやったことではなかった。しかしユウキはそれでも嬉しかった。今までお見舞いに来てくれた人など一人もいなかった。
いたと言えば横浜に残してある実家の権利を譲れと言って迫ってきた、胸糞悪い遠縁の親類の連中ぐらいだった。
権利書にサインか押印を求められたが、ユウキが「ボク……現実の世界じゃサインもハンコも押せないけど、どうやって権利を譲るんですか?」と口を聞くと、顔を真っ赤にしていたそうだ。
主治医の倉橋はその親戚の態度に激昂し、二度と病院に来るなと追い返したほどだった。
なのでユウキにとって、キリトとアスナのお見舞いは心の底から嬉しかった。ユウキにとって生まれて初めて得ることのできた、本当の意味での「友達」だったのだ。
しかし今、アスナは離れ、キリトも塞ぎこんでしまっていた。ユウキは親友が一気に危機に陥っているのを、黙って見過ごすほど軽薄な人間ではなかった。
だからアスナの願いを聞き受け、キリトを激励しようと目の前に現れたのだ。アミュスフィアを取り上げられる前に託された、アスナと交わした約束を守るために。
「ユウキ、おい……ユウキ?」
「……え? あ、ご……ごめん。ちょっと考え事してた……」
ユウキは過去にあった悲しい出来事を思い出し、うっすらと涙を浮かべていた。もう過去を振り返ることはしないと決めたのに。
今生きているこの瞬間を一生懸命生きようと決めていたのに。何でまた思い返しちゃったんだろうなと思っていた。そんな様子を見たキリトが、思わず心配そうに声を掛けてくれたことにより、ハッと正気に返った。
「大丈夫か……? 体、やっぱりどこか悪いんじゃないか?」
「ううん、大丈夫だよ。前にも言ったけど、ウィルスの活動が控えめになってきてるからね。むしろ以前より体調は良好だよ!……まあそう言っても現実の体は動かせられないし、無菌室からも出られないけどね……」
「……そう……か」
そう、現実世界のユウキ、紺野木綿季の体は無菌室と呼ばれる細菌の侵入を防ぐ病室で、様々な感染症から身を守るための終末期医療に身を投じている。
HIVに感染し、免疫力が低下した木綿季の体は、もう普通の環境では生きていかれないのだ。日に日に体は弱っていき、今は指先や顔の筋肉、足先をわずかに動かすことしか出来なかった。
そんなユウキの事情を知っているキリトは、何かユウキにお礼が出来ないかと、思い切ってユウキに誘いの声を掛けた。今のキリトに出来る、精一杯の感謝の気持ちを伝えようとしていた。
どこかに冒険に出掛けるでもいい、街を一緒にぶらぶら徘徊するでもいい、とにかく自分にしてあげられることを探していた。
「なあユウキ、今日この後……暇か?」
急に誘いを受けたユウキは顔をキョトンとさせた。何の脈絡もなかったからだ。勿論ユウキに断る理由はない、むしろ親友からの誘いに胸を躍らせていた。
ユウキは基本的にスリーピング・ナイツのメンバーとそこにアスナを加えて遊んでいた。普段ソロやペアでALOを過ごしたことがないユウキは、まさかのキリトからの誘いが嬉しかった。
何でか理由はよくわからないけど、とにかく嬉しかった。
「えっと、ボクは大丈夫だよ! 病院の消灯時間にまでにログアウトしないと、先生に怒られるからそれまででよければ!」
ユウキは満面の笑顔でキリトからの誘いを承諾した。キリトはそんな様子を見てほっとして、次にどこに行こうかと考えていた。狩り…はさっき
そうすると自然と観光だとか食事だとかそういう選択肢が頭に浮かんだ。おそらく
ならば今日はどこかお気に入りのお店で自分が払いを持って、満足のいくまで楽しんでもらうとしよう、そう考えた。
「よし、ならこれからどこかで飯でも食わないか? 俺は料理スキルとってないから、どこか食べれるとこで一緒にとでも思ったんだけど。払いは俺が持つ」
「え……いいの?」
「ああ、俺は構わないぞ。今回元気づけてくれたお礼だと思ってくれ」
ユウキは首をかしげて少しだけ思うところがあった。この手口はアスナから聞いたことがある。切っ掛けはなんでもいいから、とにかく男がこうやって女の子をどこかに誘う行為。
そうだ、あれだ! とあることが思い浮かんだユウキは急に顔をにんまりとさせて、満更でもなさそうな様子で、キリトに顔を寄せて口を開いた。
「ねえキリト、もしかしてボクをナンパしてる?」
「ばっ、ナ……ナンパァ!?」
キリトは声を裏返させて、顔を赤くして慌てふためいていた。もちろんキリトにそんな下心などない。普段何もしなくても女の子の方から声がかかっているタラシだ。
本人に自覚はないが天然のタラシだ。普段からでもリズやシリカ、妹のリーファこと直葉にも自分から声を掛けて冒険や買い物にいくことも珍しくない。
なので今回の件もキリトにとっては何のことのない普通のお誘いのはずだったのだが、ユウキにはそういった経験はなかったため、ナンパだと思ったのだろう。いや、ナンパだということにしておきたかった。
「まあ、キリトにその気があるのなら、ボクはそんなお誘いに乗るのはやぶさかじゃないつもりだよ?」
「……な、なんかキャラ変わってないか……? 前よりませてきてるような……」
「褒めても何も出ないよ?」
「褒めてないっての!!」
のらりくらりとしたユウキの態度にキリトは疲れ切っていた。今までに付き合ったことのないタイプだった。ユウキの持ち前の元気と抜群のコミュニケーション力もあって、お互いに会話が尽きない。
結局この後はユウキのお気に入りのお店で食事を取るという話に落ち着いた。
目的地が決まると二人は移動を始めたのだが、空を飛べるこのゲームで、敢えて自らの脚で歩いて行こうとユウキが提案しだした。キリトは頭に?マークを浮かべながらも、ユウキの提案を飲んだ。飛ぶ方が早くて楽なのになと思いながら。
「なあユウキ、飛んでいかないのか? その方が早いんじゃ?」
「んー、確かにそうなんだけどさ。でも急いでるわけでもないし……、ゆっくり歩いていくのも楽しいかなって。折角キリトとお出掛けなんだしさ!」
キリトの合理的な考えからの疑問は、ユウキの何事も楽しもうとする姿勢という形で答えられた。人生急ぎ過ぎる必要はない、時にはのんびり歩いたり振り返ったりするのも大事だ。
ユウキは既にそんな人生の楽しみ方を知っていた。キリトもユウキがそう言うのなら別にいいかと思っていた。
キリトに要求を飲んでもらったユウキは上機嫌になっていた。小悪魔のような笑顔を見せ、手と足をめいっぱい伸ばして歩いたり、けんけんぱっと元気よくステップを踏んだりして、楽しそうにこの時間を満喫していた。
今日のユウキは怒ったり、悲しそうになったり、笑顔で喜んだり、実に感情豊かで見ていて飽きない様子を見せていた。
キリトもそんな楽しそうなユウキを見ていて、こういうのも悪くないなと思い始めていた。アスナみたいなおしとやかなところとかはないが、ユウキはユウキで元気いっぱいでこんな俺にも楽しく接してくれている。
少しだけかしましいが……決して悪くはないと、そう感じていた。
「嬉しそうだな、ユウキ」
「うん? そう見える?」
「ああ、怒ったり、悲しんだり、そして喜んだり、こっちは見ていて飽きないぞ」
「なあにそれ? ……キリトもしかしてボクを口説いてる? それならちょっと難しいよー? ボクはガード硬いからねー!」
「なっ……だから何でお前はそういうませた答えに辿り着くんだよ! 俺は思ったことを言ったまででだな……!」
「あははは! キリト顔あかーい! 可愛いー!」
ユウキにからかわれたキリトは再び顔を赤く染めていた。直葉ともストレアとも違ういじられ方に内心困り果てていた。しかしお礼の約束をふいにするわけにもいかず、この場から逃げ出すことはせずに、ただひたすらユウキにからかわれ続けた。
ユウキはそんなキリトの反応が心底面白いらしく、次から次へとアスナから聞かされていたネタを引っ張り出しては、キリトを玩具にして楽しんでいた。
「はぁー! キリトって面白いねー! 話してて飽きないや!」
「……俺はもう疲労困憊で今すぐ帰りたい気分なんだが……」
キリトはからかわれ過ぎてグロッキー状態になってしまっていた。今すぐ現実世界のベッドで横になって眠ってしまいたい気分だった。
しかし、ユウキがいる限りそれは許されないだろう。ちゃんとご飯をご馳走してくれるまで帰さない。ユウキの目がそう訴えていた。じっと瞳を見つめられていたキリトは根競べ負けしてしまい、諦めの気持ちを見せて、しぶしぶユウキに従った。
元々そういう約束だったのでそうせざるを得なかったのだが。
「わかったよ、付き合いますって……ユウキ先生……」
「えへへー♪ やったねー♪」
分け隔てのない会話を続けていくうちに、二人はユウキのお気に入りの店へと辿り着いていた。
世界樹がよく見える平坦な土地の、やや中央に店を構えているユウキお気に入りの店は、ファンタジーな世界観を売りにしているALOのイメージとは程遠く、どちらかというと現実世界のどこにでもある、まるでファミリーレストランのような外観をしていた。
普通は中世的な建物風の店が多い中、どことなく日常的な外観をしたこの店は、アルンの街全体を見渡すように視界を広げても、どことなく浮いてしまっていた。
何故この建物だけが近代的な見た目をしているのだろうか。
「えっと……ここ、もしかしてファミレス……なのか?」
「んーファミレス風の喫茶店……だね、システム上は」
「もしかして、カレーとかハンバーグとかスパゲティが出てきたりするのか?」
「うん! よく知ってるね! キリトも来たことあるの?」
「あ、いや……、来たことはないけど……」
キリトは思っていた。この仮想世界独特の味覚エンジンと様々な味がする素材が存在するALOで、何で現実世界でも食べられる洋食的なものを食べようとするのか。
どうせならこのアルン独特の素材を使った食事処で食べた方がいいのではないかと、そんな視線を建物とユウキに交互に送っていた。
ユウキはユウキで嬉しそうな視線を建物に送っていた。この建物が放つ雰囲気、これから出されるであろうメニュー、そしてその味まで一つ一つを楽しみにしているといった表情だった。
その様子が気になってキリトはとある質問を投げつけてみた。
「なあユウキ、折角ALOで食事するんだから、もっとこう……その土地の独特のものを食べた方がいいんじゃないか? シルフ領とかでは変わったつまみとかあったし、アルンならアルン独特の料理とか食べられると思うんだけど……」
ユウキはキリトから聞かれると、少しだけ切ない顔を浮かべた。何気ない普通のことを聞いただけのはずが、ユウキは肩を落としてしまっていた。
キリトは何か悪いことでも聞いてしまったかと少しだけ焦りの表情を浮かべていた。そしてユウキがゆっくりと口を開いてわけを話し始めた。
「あのさキリト、ボク……現実世界じゃもう三年以上も食事してないんだ。ずっと点滴だけで……この命を長らえてるの。その間ずっとALOで食事を済ませて満腹感を得てたんだけど。やっぱり現実世界の味が恋しくなっちゃってさ……」
ユウキはあからさまに表情を落としてしまい、淡々と話し始めた。ユウキは現実世界ではもう長いことを食事を取っていない。体を動かすことが出来ないユウキにはそれは難しいことだった。
生命を維持するには点滴だけでも十分なのだが、やはり本人は食事が何よりの楽しみだったようだ。
ALOの食事システムは、満腹感を得ることが出来る。実際に栄養が体にいきわたるわけではないが、仮想空間からの信号をキャッチして、脳にある満腹中枢をしっかりと刺激するのだ。このシステムを活かしたダイエット法もあるという噂だ。
ユウキもこの仮想の食事に最初こそ満足していたが、慣れてくると人は贅沢をしたくなるもので、ユウキは現実の食べ物か、もしくはそれに近いものを食べたいと考えていた。
そこで発見したのがこのファミレス風の喫茶店だった。現実のファミレスと同じく、ハンバーグ、ステーキ、パスタ、定食など、どこでもよく見るメニューが食べられるのだ。まさにユウキにとっては最高の食事処であった。
「ここならさ、現実世界の味が……楽しめるから、ずっと通ってたんだ。味も美味しいし、何より……懐かしいから」
「……そう……だったのか、何かごめん……」
「んーん、キリトが謝ることないよ。ボクはここの食べ物に満足してるし、結構いけるよ? キリトも喜んでくれると思うなー!」
言葉の後半から無理やり笑顔を作っているユウキの様子を見て、キリトはいたたまれない気持ちになった。ユウキにとって少しタブーなことを聞いてしまったようだ。一緒に食事して喜んでもらうつもりが、うっかり悲しくさせてしまっていた。
実際、ユウキは胸に手を当ててキリトから視線を逸らして、何とも言えない微妙な表情で佇んでいた。それを見てこのままではいけないと思ったキリトは、男を見せるため、意を決してとある提案をユウキに持ち出した。
「……ユウキ、今夜は好きなだけ注文していいぞ。いくらでも食べてくれ。俺の財布のことは気にしなくていい。ユウキの心の満足のいくところまで食べつくしてくれ」
その言葉を聞いたユウキは、目を丸くしてキョトンとした表情を浮かべていた。何故ならALOの食事の料金は決して安くないからだ。
自分で素材を手に入れ、一から料理を作って食べるのならそこまでお金はかからないが、コックNPCが作る出来合いの料理を、お金を支払って食べるとなると、かなりの値段が張る。それでもユウキはここのレストランがお気に入りだった。
そんな安くない料理を、キリトはユウキの心ゆくまで、財布を気にせず堪能していいと言う。まさに太っ腹だ。ユウキはアバターの外見では細身でとてもたくさん食べるようには見えないが、じつはかなりの大食漢であり、人よりかなり食べる。
現実世界でも今でこそやせ細ってしまっているが、入院する前は活発でよく動き、よく食べる子だった。仮想世界でよく食べるのは恐らくその名残なのだろう。
「えと、それは嬉しいんだけど……ホントにいいの? ここの料理、安くない値段設定だけど……」
「ああ、俺がいいって言うんだからいいんだよ。別に金には困ってないし、こういう時に使わないとな」
「えーっと……それじゃあそうだね……。キリトがそう言ってくれるなら、折角だしお言葉に甘えちゃおう……かな?」
「あぁ、是非そうしてくれ。俺も……ここのメニュー気になってたしな」
「やったー! それなら早く入ろうよ! キリト!」
ユウキはそう言いながらキリトの手を引っ張って強引にレストランに入店した。レストランの内装はやはり近代的で、どこにでもあるようなレストランの内装を再現していた。
しかし、やはり現実でいつでも食べられるメニューを、高いユルドを払ってまで食べる人はあまりおらず、客足と言えるものはNPCの客が何人かいるだけであった。
キリトとユウキは窓側の外の風景がよく見渡せる席を選んだ。窓際はソファ型の椅子、通路側はごく普通の木材の椅子が並び、キリトとユウキは窓際のソファに、横一列に並ぶように隣り合って腰を落ち着けていた。
はたから見たら兄妹が仲良く食事に来ているような光景だった。
キリトは席に着き、気分を落ち着かせるときょろきょろと自分の周りへと視線を移していた。自分たち以外に誰か一人ぐらいプレイヤーの客はいないものか?とNPC以外の人影を探していた。
「他にプレイヤー……全然いないな」
「うん、だからいつきてもすぐに食べられるんだ! キリトは何食べるの?」
基本的に店員NPCに直接声を掛けて注文を取るシステムを採用しているALOだが、こうやって仮想タブレットを使った注文システムも採用していた。この方が気軽にメニューを頼める人が増えているからだそうだ。
ユウキはキリトの注文が少しだけ気になりながらも、これから食べるであろうメニューのアイコンを片っ端からタップしまくっていた。
それもサイドメニューやデザートだけでなく、メインディッシュにあたるであろうページのアイコンを。一体どれだけ食べるというのだろうか。
「俺は……このカツカレーの辛口と、サイドメニューはどうしようかな。……ユウキは?」
「んとボクはねー、デミグラスハンバーグに、ミートソーススパゲティに、ポークカレーの甘口! あとね~……」
「お、おいおい……それ全部食べ切れるのか…? 俺も食べる方だけど、ユウキもすごいな……」
「ボクは昔から結構食べるよー! たくさん運動してたから太らなかったけどね!」
「ははは、それじゃあもしもユウキが結婚したら、エンゲル係数は大変なことになるな」
「あはは! そうだねー! ボクをお嫁さんにするなら……たくさん稼いできてもらわないと!」
ユウキはそう言いながら笑顔を浮かべていたが、話の途中から声のトーンが少しずつ落ちていき、やがて再び表情が切なくなっていった。キリトはメニュー欄に視線をやっていたため、その様子に気付くことはなかった。
キリトがメニューに集中している事を確認したユウキはついつい、心の中に思ったことを、首をうなだれて視線を落とし、胸に手を当てながら小さい声で呟いていた。
「でも大丈夫だよ、ボク……ガードが硬いからさ……」
「……ん? 何か言ったか? ユウキ」
「んーん、何でもないよ。ほら、早く注文しちゃおうよ! もうボクお腹ぺっこぺこだよ!」
そう言いながらユウキはキリトの意思などお構いなしに食べたいものを片っ端からタップして、注文を送信した。送信した注文が厨房に届けられたのか、コックNPCが奥の調理室で、料理スキルを使っているであろうサウンドエフェクトが聞こえてきた。
包丁を使う音、鍋で煮込む音、フライパンで炒める音など、様々なリアルなサウンドエンジンを使った心地よい音が耳に響いてきた。
VRMMOは視覚や味覚の再現もすごいが、こうした聴覚に対するリアルの再現も凄まじいのだ。もちろん嗅覚もシステム的にちゃんと再現されている。
キリトはユウキの様子が気になりつつも、自分が食べたいものをタップして、送信した。
キリトが注文したのはカツカレー辛口、オニオングラタンスープ、三種のチーズのクリーミーグラタン、飲み物にコーラ、デザートはプリンを注文した。
ユウキはそれをはるかに凌駕する注文量だった。デミグラスハンバーグ、ミートソーススパゲティ、ポークカレー甘口、ビーフシチュー、ミックスグリル、ラザニア。
サイドメニューにフライドポテト、から揚げ、コンソメスープ、パン入りポタージュ。飲み物にクリームソーダとコーラフロート。
デザートにチョコパフェとイチゴショートとチーズケーキと大盤振る舞いだった。金を支払うのがキリトなのをいいことに、これでもかとばかりの注文の嵐だった。
その容赦ない鬼の注文っぷりにキリトは驚愕の表情を浮かべていた。ユウキの注文した料理だけで一体何ユルドが消し飛ぶのだろう……。そういえばキリトここのメニューの値段を確認していなかった。
普通の喫茶店や酒場の相場と同じぐらいの値段なら、まだ自分の財布にそこまで打撃は来ない。まあ言うほど高い値段じゃないだろうと思い、何も考えずに注文した履歴を見て、支払われたユルドを確認した。
「な、なんだ……これは!?」
「えへへー、ゴチになるね! キリト!」
キリトはこの世のものとは思えない、恐ろしいものを見たような驚愕の表情を浮かべていた。
通常高くてもメインディッシュが平均1500ユルドぐらいの値段設定に対して、ここのレストランは平均5000ユルドを超えていたからだ。しかもサイドメニューとデザートもやたら高く設定されている。
キリトはここのレストランにプレイヤーが来ない理由がわかった気がした。確かにこの値段じゃ高いユルドを払ってまで食べにくるプレイヤーはいないだろう。
それこそ、現実世界の料理の再現に特別な想いを持っているユウキを除いて、決して他のプレイヤーは来ないだろうと確信した。
そして合計金額を確認すると、キリトは更に肩を落として大きいため息をついた。総額74000ユルド。正直言って一回の食事に使っていい金額ではなかった。キリトがいかに稼いでいるプレイヤーだとしてもかなり痛い金額だった。
「……稼ぎに行かなきゃ、だな。はぁ……」
「あははは! まあでもそう肩を落とさないでよ、稼ぐならボクも付き合うからさ!」
「はぁ……」
キリトはあからさまなため息を吐くと大きく落ち込んでいた。キリトほどのプレイヤースキルがあれば、数万ユルドぐらいはすぐに稼げるが、決して楽に稼げるというわけではない。
強いモンスターを地道に倒してレアドロップや、換金専用アイテムを狙わなければ大金は入り込んでこない。VRMMOでも、お金は楽に稼げないということだ。
当分しばらくはダンジョンにこもりっきりだなと思ったキリトは意を決して表情を変え、これから出されてくるであろう料理を最大限楽しむしかないと覚悟を決めた。
一旦頼んでしまったものはしょうがない、今更キャンセルなんて出来ないし、ここまできたら文字通り腹をくくって食べつくしてやろう。そういう風に意気込んでいた。
「ここまできちまったもんは仕方ない、俺も胃が裂けるまで食べ尽くしてやる!!」
「その意気だよキリト! ここでいっぱい食べて、それからいっぱい稼ごうよ!」
「ああ、その代わりに絶対に最後まで付き合ってもらうからな?」
「分かってるってばー!」
明るく楽しそうに返事を返すユウキを見て、本当にわかってるのか?と疑問の表情を浮かべていたキリトであったが、ユウキの実力を知っているため、俺たち二人でペアを組めば、稼ぐのはそこまで難しいことではないだろうと思っていた。
それからほどなくして注文した料理が運ばれてきた。広めのテーブルの隅々まで並べられた料理の数々は、正直圧倒されるものがあった。普通の人なら、キリト達が座っている席の人数分人を揃えても食べきれないであろう。
ユウキが注文した量はそれぐらいすごいものであった。この小柄な体のどこにこれだけの食べ物が収まるというのだ。まあ、システム上食べた料理は消えてしまうのだろうが。
すべての料理が並べ終わると、ユウキとキリトはお行儀よく両手を合わせて、小学校の給食の時のようにいただきますの姿勢を取っていた。
目の前に並べられた料理に、そしてそれを作ったNPCに、そして料理が食べられる事自体に感謝の気持ちを込めて、言葉を口にした。
「いただきます」
「いただきまぁーす!」
テーブルの上に色とりどりに並べられた料理はそれぞれ、食欲をそそる香りが混じった湯気を登らせていた。
仮想世界はどんどんリアルになる、この湯気もそうだが、食感やのど越しなど、どこまで拘れば気が済むのだ?と言いたくなるぐらい、リアリティーを追求していっている。その進化は留まることを知らない。
だが、そのお陰もあってユウキは仮想世界の生活を満喫できているわけだし、自分の居場所を見つけることも出来た。
仮想世界ではあるが、ここはユウキにとって一つの現実の世界でもあったのだ。四方八方から様々ないい香りが立ち上る中、ユウキはどれから手を着けたらいいか目を輝かせていた。
全部の皿を少しずつ味わうようにいただくか、それとも一品一品を確実に楽しもうかという贅沢な悩みを抱えていた。
「食べないのか? ユウキ」
既にカツカレーを口に頬張っているキリトが、一向に料理に手を着けないユウキに対して質問を投げた。ユウキはいまだにたくさんの料理のラインナップに目をキラキラさせていた。
小学校の頃なら誰もが憧れたであろう、レストランの食べたいメニューを踏破するという野望。それをユウキは目の前に実現していた。他人のお金で。
「えっとね、どれから食べようか悩んじゃってさ……えへへ」
いつまで経っても食べようとしないユウキの料理に「食わないのなら俺がもらおう」と言いながらキリトが手を出すと「だめー! ボクのだもん!」と頑なに拒否し、漸く料理を食べ始めた。その様子を見たキリトは半分笑顔、半分呆れた表情で料理を口に運びながらユウキを見つめていた。
それぞれ料理にあった食器を、利き腕の右手で持ち替えながら、次々へと口に運んでは、ユウキは幸せそうな顔を浮かべていた。こんなに食べられるなんて、美味しいものに囲まれるなんて、ボクは幸せだ~と、キリトに聞こえる声量で心の声が外へ零れてしまっていた。
「美味いか? ユウキ」
「うん! とっても美味しいよ! いつも一人で来てる時よりも何倍も美味しい気がする!」
「一人で」という言葉が気にかかったキリトであった。スリーピング・ナイツやアスナとは来ないのだろうか? いくら高いといっても、声を掛ければみんななら来てくれると思うが。キリトは口の中のカツを飲み込むと、そのことについてユウキに尋ねてみた。
「なあユウキ、ここにはいつも一人で来てるのか? ギルドのみんなやアスナと来てたりはしてないのか?」
「え? あ……うん、そうだねえ……。一回は声を掛けたんだよ。ハンバーグとか現実世界のご飯が食べられるところがあるってさ。でもアスナは自分で作れるし、ジュンとかタルケンもそんなにお金持ってるわけじゃないから、あまり来たがらなかったんだよね」
「そ、そうなのか……」
「うん。結構スリーピング・ナイツの皆って、ボクを含めてすっごい食べるんだよ! 一番食べるのはジュンとテッチだね! ノリは食べると言うよりもお酒ばっかり飲んでるよ」
「あはは、みんなとっても個性的なんだな」
「それはキリトもでしょ?」
ユウキの返しに「何のことだ?」とすっとぼけたキリトを見て、ユウキは呆れるようにため息を吐いた。こんな天然たらしに、アスナは2年以上も付き合っていたんだと、アスナの長年の苦労を労っていた。
そして複雑な表情を浮かべながらもわユウキは料理を口に運び続けた。
程なくしてキリトは先に自分の注文した分を完食していた。残されたのはコーラだけで、少しずつちびちび飲みながら、ユウキの食べっぷりを観察していた。肝心のユウキの食欲は衰えるどころか、ますます加速していった。
既にハンバーグとパスタを完食し、サイドメニューも全てユウキのお腹の中へと消えていった。
それでも尚ユウキの勢いは衰えない。フォークやスプーンで自分の好物を口に運ぶたびに、幸せを感じていた。時折あまりの美味しさに落っこちそうなほっぺに手を当てて、顔をとろりとさせていた。
そんな幸せそうなユウキの顔を見て、キリトにも自然と笑顔が浮かんでいた。そのキリトからの視線に気付いたのか、ユウキは目をキョトンとさせて思わずキリトを見つめ返していた。
「えっと、何? キリト……」
「ん? ああ、幸せそうに食べるな……って思ってさ」
ほっこりした顔を浮かべながらキリトが口を開くと、それにこたえるかのように満面の笑顔を作りながら、ユウキが答えた。
「うん! すっごく美味しいしすっごく楽しいよ! ありがとね! キリト!」
「お……おう、そう言ってくれると……俺も嬉しい……ぞ?」
ユウキの純粋無垢で輝くような笑顔に、キリトは柄にもなく顔を赤くしていた。自分より二つ年下の女の子に一瞬心を奪われて、ドキッとしていた。
キリトはその恥ずかしさを隠すように、ユウキから視線を逸らして、ストローに口をつけてコーラを飲み続けた。そんなキリトを見てユウキは「変なキリト」と一言漏らして、残りの食事に再び手をつけていた。
キリトは無言でコーラを飲みながら、ユウキから視線を逸らして、遠くの風景を見つめていた。何で俺はこんなにドキドキしているんだ。いつものユウキの笑顔じゃないか、アスナにもスリーピング・ナイツのみんなにも見せている顔じゃないか。
キリトは自分にそう言い聞かせながらひたすらストローからコーラを吸い込んでいた。ほとんど飲みつくしていたため、コップは空っぽになり、氷だけの状態となった。
やがて耐久度をなくしたコップは光と共に砕け散った。そのエフェクトでハッとなったキリトはユウキからの視線に気付いていた。
「どうしたのキリト? さっきから様子が変だよ?」
「べ、別に……いつも通りだよ……」
ユウキは頭に?マークを浮かべながらも残りの料理を食べ続けた。既にユウキの料理はデザートだけを残すのみとなり、食事もようやく終わりの時間を迎えようとしていた。
一方キリトは左手の指を縦にスライドさせ、メニューを表示すると自分のストレージから水を取り出して、ごくごくと飲み始めていた。
気分を落ち着かせるために、ただひたすら無心で水を胃に流し込んだ。キリトの心の中には、キリト自身にもよくわからないモヤモヤしたものが引っかかっていた。
そのモヤモヤが気になってしょうがないが考えてもわからないため、キリトは何も考えずに、ただひたすら水を飲み続けた。
キリトが水を飲み続けている間、最後のデザートをお腹に納めたユウキが満足そうな顔を浮かべながら、運ばれてきた全ての料理を完食した。
最後の最後まで、その勢いは落ちることはなかった。全ての料理を平らげたユウキが思いっきり伸びをすると完全にリラックスモードに入り、だらしなくソファに背中を預けていた。
「ふぃ~……お腹いっぱいだよ、ご馳走様……キリト……」
「ああ……、満足したか?」
「うん~、ボク……こんなにたくさん食べたの久しぶりだよ……」
「……そうか、よかったな」
「うん、ありがと……キリ……ト」
心行くまで食事を堪能したユウキは満腹感の所為か、うとうとし始めた。瞼があがったりさがったりし、首から上もカックンカックンと、今にでも眠ってしまいそうな様子だった。
脳からアミュスフィアを経由して発せられる電気信号は、仮想世界の自分のアバターを動かすか、現実の自分の体そのものを動かすかの違いでしかない。なので自然と疲れもするし眠気も出てくる。
そんな眠そうにしているユウキの様子にキリトが気付いた。こんなところで寝てしまわれたら俺はどうしたらいいのか、流石に滅多に客が来ないとはいえ、こんなところに女の子一人置いてログアウトするわけにもいかない。
そう思ったキリトはユウキの顔をぺちぺちと叩き、ユウキの眠気を覚まさそうとした。
「おいユウキ、こんなところで眠られたら困るぞ、寝るな」
「ん……うん、わかってるよぉ……」
キリトから声を掛けられたユウキは眠らないようにと、自分の右手で目をゴシゴシと擦り、ゆっくりと席から立ち上がった。キリトもユウキに続くように席を立ち、入口へと足を運び、二人でレストランを後にした。
ユウキは歩きながらも足元をフラフラとさせていた。レストランを出てからキリト達は、近くにある平原のベンチに腰を下ろしていた。
キリトに導かれるがままにユウキは先にベンチに腰かけたキリトの隣に、同じように腰を落ち着けた。未だに眠そうに首から上がカックンカックンと重力に負けそうになっていた。
「なあユウキ、大丈夫か?」
「うん……大丈夫だよ。でも、ちょっと眠いかな……」
「なら安全な屋内まで送るよ、それからログアウトしよう。お前のホーム……どこだ?」
「ん、ボク……お家持ってない……」
「え……?」
ギルドリーダーだというにも関わらず、個人の家を持っていないという事実にキリトは困っていた。ユウキは今にでも眠りこけてしまいそうだ。
しかしこんなところに置いてはいけない。絶剣と呼ばれているユウキだが、剣を握らなければ普通の女の子。だとしたら屋外に放置などもってのほかだ。
ログインしたまま眠ってしまったら。通りかかった悪質なプレイヤーに勝手にアバターをいじくられて、一方的にアイテムを奪われたり、装備を剥がされて辱めを受けたりなんてこともあり得るからだ。
近くの宿屋につれていってからログアウトという方法もあるが、アルンは世界樹の街ということもあって宿賃が非常に高い。途方もない金額の食事代を払ってしまったキリトはこれ以上の出費は避けたかった。
だからといって、ユウキの種族の街のインプ領やキリトの種族のスプリガン領まではかなりの距離がある。転移結晶も切らしているため、手詰まりになっていた。
となるとすぐに安全な屋内に、尚且つお金を掛けないという条件を満たす場所が一つだけ、キリトには心当たりがあった。しかし、状況的にも倫理的にも、そして一般常識的にもキリトはそれだけは避けたかった。
「参ったな……ユウキどうするよ? すぐにログアウト出来ないなら、どこか安全な屋内の建物に行かないと……」
「ん、宿屋は……?」
「もうお金がすっからかんです……」
「そうなんだ、んじゃあねえ……」
必死に眠気を抑えながら、どこかいい場所はないのかなと、ユウキは思い当たる場所を頭の中で探っていた。安全で安心出来て、尚且つお金がかからない暖かい場所。
しばらく考え込むと、ふと思い当たる場所があったのか、ユウキは少しだけ顔を起こしてキリトの方をみると、ゆっくりとした口調で話し始めた。もうあと一歩で眠ってしまいそうな自分の体を一生懸命動かしながら。
「えっとね、ボク……キリトのお家にいきたい……」
「は……?」
ユウキの考え付いたこととキリトの考えていたことが一致してしまった。キリトのホームは新生アインクラッドの第22層の湖畔のすぐ傍にある。
元々アスナと一緒に住んでいたホームが同じエリアの森の中にあったのだが、元々所有権をアスナが持っていたために入れなくなってしまっていた。所有権を譲渡してもらえればよかったのだがそんな余裕もなかった。
キリト自身ものどかな雰囲気が漂う22層の湖畔エリアが大変気に入っていた。なのでアスナのホームほどとまではいかないが、近くの湖畔のすぐそばにある同じぐらいの大きさのホームを購入したのであった。
確かにここでならアルンの転移門からすぐに向かうことが出来るし、扉の鍵はキリトが所有しているので第三者の一方的な侵入もない。安全と言えば安全なのだが、キリトが心配しているのはそこではなかった。
年頃の女の子を、仮想空間の中とはいえ自分の家の敷居を跨がせるという行為に抵抗を感じていた。恋人でも彼女でもないユウキをホイホイと招き入れるわけにもいかなかった。
更にそんなところをシノンやリズに目撃されてみろ、いらぬ疑いを掛けられるに違いない。いや待てよ、目撃されると都合が悪いと言うのなら、今この人通りが多いアルンの街で佇んでいるのもまずいんじゃないか……?
「うぅ、困ったぞ……」
「ボク、キリトのお家いきたーい……」
右も左もすっかり八方塞がりになってしまったキリトは、頭を抱えて悩んでいたが、一旦落ち着いて頭をクリアにして、冷静に今後の動向について一体どうすればと考えていた。
よくよく落ち着いて考えてみれば、ただ単にユウキを安全圏である俺のホームでログアウトさせるだけじゃないか。別にやましいことなど何もないじゃないか。むしろユウキの安全を第一に考えた紳士的な考え以外辿り着く答えがない。
勿論現場を目撃されたらいらぬ疑いは掛けられてしまうだろうが、ユウキならちゃんと弁解をしてくれるだろうし、俺が状況をしっかり説明すれば理解してくれると思う。
決してやましいことなど考えてない、決してだ。
結局自分のホームに招き入れる所に辿りついたキリトは、既にベンチでうたた寝しそうになっているユウキに声を掛けた。早く何とかしないとこのままでは本当にこの場で寝入ってしまう、急がなくては。
「わかった、俺のホームに行こう。それでいいか?」
「うん、いく……キリトのお家……」
「あいよ、立てるか?」
「うん……」
キリトからの声掛けに肯定の返事を返したユウキであったが、足取りは先ほどよりもおぼつかなくなっていた。既にユウキの眠気が限界まで来てしまっていた。よく聞くと寝息的な息遣いが聞こえていた。
そんなユウキの様子を見たキリトはだめだこりゃと思いながらも、致し方ないとユウキを自分の背中にもたれかからせた。体に違和感を覚えたユウキは目を少しだけ開けると、何が起きたのかと寝ぼけ眼で状況を確かめていた。
細目に開けたユウキの視界にはキリトの背中が見えていた。一体キリトは何をしているんだろう?と思いながら、寝ぼけ眼をごしごししつつ、その状況を見つめていた。
「ほら、おぶってやるからこっちにこい」
「……え? あ、う……うん。わかった……」
キリトに返事を返しながらユウキはキリトの背中に自分の体重を預けた。何も考えずにキリトの背中に覆いかぶさったので、キリトはバランスを崩してしまったが、STRが無駄に高いキリトはすぐに体勢を立て直して、なんとかユウキを落っことすことなくおぶることが出来た。
ちょっとだけ不格好だがしっかりとユウキをその背中で支えていた。
キリトは「ふぅ……」と安堵の息を漏らすと、ゆっくりと転移門目掛けて歩を進めていた。間違ってもユウキを地面に落とさないようにしっかりと両手で抱えていた。
キリトの歩きに合わせて、ユウキの体が上下に揺らされて、夜のアルンの空に浮かぶ月が照らされて黒紫色に光るユウキのキレイなロングの髪がふわふわとなびいていた。
ユウキは首から上をキリトの顔の真横に、両手はキリトの肩から体の前へ回すようにして体重を預けていた。上下に揺られてるユウキがそれが心地よかったのか、スゥスゥと可愛い寝息を立てていた。
そんな様子を見たキリトの顔には、やれやれといった表情が浮かんでいた。しかし、不思議とユウキとのやりとりは嫌いではなかった。今日はいろんなことがあったが、自分がここまで元気を取り戻せたのは、紛れもないこの少女のお陰だ。
出費は大きかったが、なんだかんだでユウキとの食事は楽しかったし、いい気分転換にもなった。お金稼ぎに付き合ってもらうなどと言ってしまったが、もう少し彼女の我儘に付き合ってもいいかなと思い始めた。
何でかはよくわからないけど、ユウキの笑うところをもっと近くで見ていたい。キリトはそう感じ始めていた。それがユウキに対する「親友」としての感情以上のものを持ってしまっていることに気が付かないまま、キリトは自分のホームへと足を運んでいた。
アスナを失った悲しさをユウキが精一杯、埋めてくれましたね。ユウキも最初はアスナとの大切な約束ということだったのですが。はたして途中からはそうだったんでしょうかね?
一応このお話は最後の結末まではプロットが出来ています。演出やセリフ選び、感情の表現方法などで文章がなかなか進まなかったりしてる始末でして…本当に字だけで伝えるって難しいですよね。
次回はコンビで迷宮区攻略編です。