ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
すみませぬ…ハロウィン回だと抜かしたのですが…それは次回になりそうです。
ゲーム版はホロウ・フラグメント→ロスト・ソング→ホロウ・リアリゼーションと時系列がつながっております。
作中のシノンはGGOをプレイしていないため、ファントム・バレット編のようにトラウマを克服出来ていません。
この物語でもGGOはやりません。やりませんが…それとは別の方向でシノンを助けたいと思います。
決して筆者がミリタリーやFPSに詳しくなく、戦闘描写が書けないとかではありません。
断じて違います!断じて!!
そしてUAはとうとう40000突破!お気に入り432件!合計文字数400000文字突破と4ずくしの記念を踏みまくっています。
新しいエピソードが来なくても毎日読まれている方がいるみたいで本当に励みになります。
日常編は感想が書きにくいとも思いますが、それでも書いていただける方がいて本当に私の心も温かくなっています。毎回のご贔屓本当にありがとうございます。
今回自分で書いててシノンが好きになりました。
彼女も彼女なりに幸せになってほしいですね。
それでは45話、どうぞ!
西暦2026年10月30日金曜日 午後19:10 桐ヶ谷邸
「おほ…いい匂い…」
桐ヶ谷邸のリビングには出し汁のいい匂いが充満していた。寒い日にはこれが一番というワケで、桐ヶ谷家の今宵の食卓は鍋である。
気温が低くなってくると飽きるほど鍋が出てくることが多いとは思うが…。
しかし鍋ほど経済的で合理的な温かい食べ物はないだろう。
具は好きなものを持ち込めるし調理法も簡単。味付けも自分の皿で好きに出来る。
美味しくて心も体もあったまる、食べながら話も進むといいことずくめであった。
そんな中、今宵桐ヶ谷邸で行われた鍋パーティは牡蠣と豚肉のキムチ鍋であった。
キムチ鍋と聞いて一番最初に喜んだのが言わずもがな和人であったが、翠の「辛さはマイルドにしてあるわよ」
の一言で肩を落としていた。
辛いのが食べたければ自分の取り皿だけにしなさいと、和人は翠から豆板醤を受け取っていた。
…まさかその小さな一瓶丸々を小皿に入れるなんてバカな真似はしないだろうが…、和人ならやりかねない事案である。
「これは…お兄ちゃんが喜びそうなお鍋だね…」
直葉がキムチ鍋を見て真っ先に不安そうな表情を浮かべた。
木綿季も同じように苦笑いを浮かべながら鍋を見つめていた。
「…すでに辛そうなんだけど…、和人はこれでも足りないっていうの…?」
そう言いながら恐る恐る木綿季は和人の顔を窺う。一方、和人は実に楽しそうな顔をしていた。
「母さん曰く、マイルドな味付けだって言ってたから…木綿季たちでも食べられるんじゃないか?」
「…アンタ…すっごい他人事のように流したわね…」
詩乃が呆れた表情で和人を見ていた。しかし詩乃の表情には呆れ顔の他にもほのかに笑顔が零れていた。
そう、詩乃も久々なのだ。大人数でテーブルを囲って食事をするという行為が。
「シノン…何か嬉しそうだね?」
木綿季に声を掛けられた詩乃がキョトンとした表情を浮かべた。
「え…私…そんな顔してたかしら…?」
「ああ、とても自然な笑顔だったよな?」
「シノンさん…笑うといつもより可愛いですよ! 普段はクールなイメージがありますけど…」
周りから笑顔が素敵と次々に囃し立てられ、詩乃は顔を真っ赤にしていた。
まだキムチ鍋は胃袋に入っていないはずなのに既に体温は上昇してしまっていた。
「ほらほら貴方たち、そこまでにしておきなさい」
翠が詩乃をからかう三人に向かって釘を刺した。三人は「ハーイ」とだけ言うと各々椅子に腰を落ち着けた。
「詩乃ちゃん、急ごしらえ的なものになってしまったけど遠慮なく食べてね? 何か嫌いなものとかアレルギー的なものとかある?」
「あ…いえ…、おかまいなく…。特に嫌いなものもアレルギーもないですから…」
「そう…ならよかったわ」
そう言いながら翠は皆の取り皿に次々にキムチ鍋の具を入れ始めた。
詩乃は「自分の分は自分で取ります」と言ったのだが翠は「いいからいいから」と豪勢に詩乃の取り皿に具を盛っていった。
「おお…シノンの皿に…牡蠣と豚が2つずつ…、豪華だな…」
「すごいよ、ぷりっぷりだよ…キラキラしてるよ…牡蠣が…」
偶然なのかもしれないがたっぷりの野菜と程よく煮えた柔らかい豚肉、そして何よりつやつやに輝いているぷりっぷりの牡蠣が、詩乃の小皿から魅力を放っていた。
程よく湯気も立ち、辛さと出汁の味が混ざったいい香りが食欲を引き立てる。
「すごい…美味しそう…」
「みんな回ったわね…? それじゃあいただきましょうか」
桐ヶ谷家四人がお行儀よく手を合わせる。詩乃もその様子を見て続くように少し慌てて手を合わせる。
「いただきます」
「いただきますっ」
「いただきまあーす!」
「いただきます!」
「い…いただきます」
各々が自分の取り皿に箸を進めた。一方和人は翠からもらった豆板醤を取り皿に入れ、自分の辛さの好みに調整しながら口へと運んだ。
白菜もとろとろになるほど煮込まれた野菜は熱々になっており、各々口の中をはふっほふっとさせながら味を楽しんだ。
「あつっ…ほふっ…、…んまーい!」
木綿季が一足先に一口目を堪能した。見た目は真っ赤なキムチ鍋だが女の子でも十分に楽しめる程度の辛さと何より出汁が利いていた。直葉も同様満足そうな表情を浮かべていた。
「うむ…やはり豆板醤はいいものだ…」
和人だけは違う世界の味を楽しんでいた。既に小瓶の豆板醤は五分の一ほどなくなっていた。
「和人…、いつか内臓悪くするよ…?」
「大丈夫だ、俺の胃袋は宇宙だからな」
「…どっかで聞いたことあるようなフレーズだね…それ…」
木綿季と直葉は相変わらず呆れた表情で和人の食べっぷりを見ていた。
一方、詩乃はなかなか自分の取り皿に箸が進まない様子だった。
「あら? 詩乃ちゃん…食欲…ないのかしら…?」
「あ…いえ…そういうわけではないんですが…」
翠の問いに少しだけ困ったような顔を浮かべた詩乃であった。そんな詩乃に木綿季が優しく声を掛ける。
「そういえばさっき体調悪そうだったけど…大丈夫? シノン…」
「あ…うん、それはもう大丈夫…ありがとね…木綿季」
木綿季にお礼を言いながら詩乃もようやく箸を進めた。詩乃の一口目はぷりっぷりの牡蠣だった。
「それ…一番でっかいな…」
「何か…他の牡蠣と違って見えるよね…」
詩乃の小皿に盛られた牡蠣は、他に入っている牡蠣に比べてとびっきり大きく、ツヤのいい牡蠣であった。
多分生牡蠣で食べても、カキフライにしても絶品なことだろう。
詩乃はそんなぷりっぷりの牡蠣をゆっくりと口へ運び、一口で頬張るとじっくりと牡蠣を味わった。
「………」
目を閉じながら牡蠣を味わう詩乃を、全員が固唾を飲んで見守っていた。
食べ物一つを味わう光景を見ているその様はなんだか異様な空気に包まれていた。
詩乃は十数回ほど噛むと大きな牡蠣を飲み込んだ。
そして全員身を乗り出して食い入るように、詩乃の口から出るであろう感想を待った。
「…美味しい…」
その一言が聞けた桐ヶ谷家の面々に笑みがこぼれる。
「よかったわ…お口に合ったみたいで…」
翠が安堵の表情を見せた。自分の子の友達に食事を振舞うなんていつぶりだろうか?
和人の影響でうちの家庭の食事が変な偏見を持たれてないかとも思っていたが、詩乃の「美味しい」という言葉にほっと胸を撫でおろした。
「そんなに辛くないよね、ボクたちでも全然食べられる辛さで!」
「うん、お兄ちゃんじゃないけどこれなら全然辛いのもありありだよね!」
「!」
辛いのもありありというワードを聞いた瞬間和人の眼光が鋭く輝いた。
更に辛い物をご所望ならばこれをどうぞと言わんばかりに、無言でテーブルの中央に豆板醤の入った小瓶を掲げていた。
「………」
「あ…いや…いらないよ…お兄ちゃん…」
いるはずもない、和人の使っている豆板醤は激辛だったからだ。
こんなものを食べてしまった日には舌がマヒして胃が痺れてしまうだろう。
「ぐぬぬ…何故だ…解せぬ…」
「解せなくて結構だよ…、そんなもの食べられるの和人だけだってば…」
和人は自分の好みの味が理解されないことに対して頭を抱えていた。何故みんな理解してくれない、この辛さをいう文化の素晴らしさを。刺激と快楽を与えてくれるこの真っ赤な文化の素晴らしさをどうして。
しかしこの場に賛同者は一人もいなかった。
「…いつもこんな感じなんですか…?」
「ええ、ほぼ毎日…ね。おかげで唐辛子やマスタード、キムチといった辛いものの消費は…多分日本一なんじゃないかしらね…」
「そう…なんですか…、大変ですね…」
詩乃は和人の味覚に改めて呆れつつも、この温かい食事風景に酔いしれていた。
彼女もワケあって、自分の家族と食事を長いことしていなかったからだ…。
木綿季が退院後、数年ぶりに味わった家族の温かさを感じるかのように、詩乃もこの温かさを肌で感じ取っていた。
「でも…温かい…」
詩乃が見せた笑顔を見て、他の面子も釣られるように笑顔を見せた。
「詩乃ちゃんさえ良ければ、いつでも遊びにきていいからね? またこうやって…一緒にお食事しましょう」
翠が詩乃に提案を出した。
恐らく翠も悟っていたのだろう、詩乃も母親の温もりを忘れかけていることに。
「え…でも…ご迷惑じゃ…」
「ううん、そんなことないわ。連絡してくれれば、詩乃ちゃんならいつでも歓迎するわ」
翠は母親らしい優しい柔らかな笑顔で詩乃を見つめた。
詩乃はその笑顔に引き寄せられるかのように、その誘いを快く受けた。
「えと…、それじゃあお言葉に…甘えちゃいます…」
そのことに喜んだのは何より木綿季であった。
今後もたまにではあるが、詩乃が遊びに来てくれる。勉強を教えてもらって一緒にいる時間も増える。
木綿季にとってはもう一人お姉ちゃんが出来たような感覚を覚え、大変に嬉しそうであった。
「やったーっ! これでいつでもシノンと一緒だー!」
「こら木綿季、あんまりはしゃぐとこぼすぞっ」
「へーきだもん、ボクを子供扱いしないでよねっ」
「…そんなにはしゃぐ16歳もなかなかいないぞ…」
「何か言った?」
「いえいえ! 何も!」
夫婦漫才を端から見ていた詩乃もやれやれといった表情をしていた。
最初の緊張感はどこかへと消えていて、詩乃も自然と鍋をつついていた。
私が母さんの優しさを忘れてからどれぐらい経っただろう…。
今まで誰の力も借りずに生きてきたけど…、こういうのも…悪くないかな…。
あの日の事件から…かなりの年数が経ったけど…、未だにあの時の恐ろしさを忘れたことなどない。
でも…何でなんだろうな…今は…少しも怖くない。
いや違う…、怖くないことはないけど…立ち向かって行ける気がする…。
何の根拠もないけど…、今なら…アレと向き合えることが出来るかもしれない…。
「シノン…大丈夫!?」
「え…?」
詩乃の目には大粒の涙が流れていた。無意識のうちに涙が滴り落ちていた。
本人も何故泣いているのかがわからなかった、この涙の原因は何? 一体何なの?
詩乃は必死に自分の頬を伝う涙を拭っていた。
「だ…大丈夫…」
「シノン…」
木綿季はかつての自分に詩乃の姿を重ねていた。
そうか…多分シノンもボクと同じで、お母さんの温かさを…忘れていたんだね…と。
そう感じてしまった木綿季はいてもたってもいられなくなり、シノンの手を優しく握った。
「えっ…木綿季…?」
「シノン…、ボクは…ボクたちは…シノンの味方だからね…?」
木綿季は力強いまなざしで詩乃を見つめた。
周りのみんなもその意見に賛同するかのように真剣な表情で、尚且つ温かい笑顔で詩乃を見ていた。
「あ…その…うん…。えと…ありがと…」
「えへへ♪」
詩乃のありがとうという言葉に木綿季は笑顔という返事を返した。
桐ヶ谷家の温かさが、血と鉄で冷え切って凍ってしまった詩乃の心を、じわりじわりと温かく溶かしていった。
その心が暖かくなっていく感覚を詩乃は感じ取っていた。
「あの…和人のお母さん…、これから…ちょくちょく遊びにこさせていただきます…」
詩乃は礼儀正しく碧に対して深々と頭を下げた。そんな詩乃を翠は笑顔で返事を返す。
「翠でいいわよ…詩乃ちゃん。いつでも遊びに来てね?」
「はい…! 翠さん…!」
それから五人は楽しく談笑しながらキムチ鍋をつついた。
余った汁でご飯と卵を鍋に入れておじやを作ると、それも仲良く美味しくいただいて晩餐はお開きとなった。
それから程なくして、晩御飯をいただいてお終いというわけにいかない詩乃は、洗い物を自分から進んでやりにいった。木綿季と詩乃が洗い物をしに台所へ、和人と直葉はそれぞれ自室に、翠は寝室に書類の整理をしに歩を進めていった。
しゃかしゃかガチャガチャという、スポンジで食器を洗う音と、食器同士がぶつかる音、そして蛇口から流れ出る水音がダイニングとキッチンに響いていた。洗い物独特の生活感ただよう心地よい雑音だった。
「木綿季…あの…、ありがとね…」
「ふぇ? 何が?」
詩乃の突如とした感謝の言葉に木綿季がキョトンとした顔を浮かべた。
洗い物は詩乃がスポンジで食器を洗い、洗い終わった食器の泡を、木綿季が水で流して横の食器入れに置いていく流れで進んでいた。
「えっと…上手く言えないんだけど…、何だか…今日一日だけで…私の心が救われたような気がするの…」
「え…?」
「……あの…あのね…木綿季…」
洗い物の手を止めて、突如詩乃は改まったように体の向きと視線を木綿季に向ける。
木綿季は詩乃が何か重要なことを言おうとしているということを悟って、同じタイミングで手の動作を止めた。
「私ね…人を殺したことがあるの…」
その一言を聞いた瞬間、木綿季は固まってしまった。
しかし詩乃がSAOサバイバーだということを思い出すと、VRMMOの世界でプレイヤーキルをしてしまったのだなと思った。
「えっと…それは…SAOでプレイヤーをキルしたって…ことなのかな…」
木綿季の返しに、詩乃は首を横に振った。
確かにSAOでプレイヤーアバターのHPがゼロになると、ナーヴギアから発せられる高出力マイクロウェーブが脳を焼き切って、現実世界のプレイヤー本体を死に至らしめる仕組みとなっていた。
それはモンスターからやられるだけではなく、プレイヤー同士のPKでも同様に適用されるものであった。
即ちPKやPVPでプレイヤーを倒してHPがゼロになっても、現実の世界でプレイヤー本人が死んでしまうのだ。
木綿季はそれだと思ったのだ。しかし詩乃は首を横に振って否定した。
それの意味することはつまり…。
「SAOの話じゃないの…、私は…現実の世界で…人を…直接…殺したの…」
「……え……」
木綿季は凍り付いていた。
夕方の詩乃の様子のおかしさから過去に闇を抱えていることは察していたが、その事実は木綿季の想像を大きく超えているものだった。シノン…朝田詩乃は…過去に現実で人を殺めたことがあったのだ…。
「多分…木綿季は知らないと思うのだけれど。7年前…私が11歳の時…ある事件があったの…」
「事件…?」
「うん…、私ね…もっと幼い頃にね…父さんが交通事故で他界してしまったの。それの影響で母さんの精神が逆行してしまって…、それから私は母さんを守らなければって思いながら毎日を過ごしていたの…」
「……うん…」
木綿季は静かに詩乃の話を聞いていた。
スポンジが握られた詩乃の手には水と泡がついており、木綿季の手は洗い流した水の影響で少しふやけてしまっていた。この時期の水の冷たさも相まって二人の手が少しだけ震えていた。
「そんな毎日を過ごしていたある日…、立ち寄った郵便局に…中年男性ぐらいの強盗が現れたの。強盗は受付にいた母さんを撥ねのけて、持っていたカバンから拳銃を取り出して金を要求していたの。その後…局員の人が撃たれて…」
「………」
「興奮しすぎて危険な状態になった強盗は、その拳銃を今度は母さんに向けた。母さんの命が危ない、母さんは私が守る、それしか頭になかった私は…無謀にも強盗に立ち向かったの」
「え…」
「私は…強盗の手に噛みついた。母さんを守るために必死だった。でも大人の男の人に力でかなうはずもなく…私は壁に叩きつけられたの。でもその拍子に…奴の手から拳銃が落ちたの。それを私はすぐに拾って…銃口を奴に向けた」
「………まさか…シノン…」
「……私は…母さんを守ることしか考えてなかった。目の前のこの男がどうなるかなんて考えなかった。母さんの命を守るために私は…、銃を取り返そうと押し倒してきたヤツの…胸を撃った」
「…………」
「胸を打たれたヤツは…大きく後ろにのけぞった。でもヤツは立ち上がって抵抗をしようとした。私はまた引き金を引いた。弾丸はやつの右肩を貫いた。もうお終いかなと思ったけど…まだヤツは立ち上がろうとしてきたの」
「…シノ…ン…」
「もう立ち上がってこないでって思って…私は…三度…引き金を引いた。三発目の弾丸は…奴の眉間を貫いていた。強盗は今度こそ…絶命した」
詩乃の手は震えていた。洗い物の水の冷たさではなく、自分の壮絶な過去の出来事を思い出したことによって震えていた。
「私…その時全て終わったと思ったの。よかった…母さんを守れた。母さん…見ててくれた? そう思って母さんの方に視線を寄せたんだけど…、母さんは…この世の物とは思えないような恐ろしいものを見たような目で…私を見ていたの…」
詩乃の体は震えており、自分で自分の体を抱くようにして震えていた。
「私もふと…自分の体を見てみたら…、奴の血しぶきが体中に飛び散って真っ赤になっていたの。私が撃ち込んだ三つの弾痕からも血が溢れ出ていて…郵便局の床を真っ赤に染めていた…」
詩乃は体を震わせたまま台所にしゃがみこんでしまった。
「…それから私は…銃…、ミリタリーの類のものを見たり触ったりすると…PTSDの症状が出るようになってしまったの。ヤツの恨みがこもったような…絶命する直前のあの悪魔のような顔が…頭に焼き付いて離れないの…」
「シノン…」
「私は…そのPTSDを克服するためにいろんな努力をしたの。モデルガンを購入したり友達に頼んで知識を教えてもらったり…、でも…頭では理解出来ても…そのカタチを感じると…どうしても駄目なの…」
詩乃の様子が変わっていた。呼吸が荒くなり、汗も異常にかき始めていた。
心臓の鼓動も早くなり、瞳から光がなくなって、顔色も真っ青になっていた。
「はぁ…はぁ…、誰か…助けて…私を…助けて…誰か…っ」
「シノン! しっかりして!!」
しゃがんた状態から床に倒れそうになった詩乃を木綿季は抱き留めた。
今支えてあげないと詩乃は小さくなって消えてしまう。そう感じてしまっていた。
「誰か…助けて…たす…け…て…」
「シノン! ボクが…ボクが傍にいるよ!!」
木綿季は詩乃の目を覚まさせるべく、力強く声を発して詩乃をこちら側に抱き寄せた。
「…ゆ…う…き…?」
木綿季に抱かれている状態に気付いた詩乃は、木綿季から伝わってくる温もりを感じていた。
この温かさは…優しく包んでくれるものは何だろう…、よくわからないけど…ちょっとだけほっとするような…。
「シノンは…ボクにたくさんの勇気をくれた…、だから…今度はボクの番!」
木綿季は詩乃の肩を支えながらゆっくりと立ち上がり、リビングのソファへと詩乃を誘導した。
ソファまでたどり着くと、詩乃を優しくソファへと座らせた。
「木綿季…ごめんなさい…」
「何言ってんの…当たり前だよ…」
「木綿季は…怖くないの…?」
「え…何が?」
ソファに体重を預けながら詩乃は体を震わせて木綿季に問い始めた。
「私…人を殺したんだよ…、大事な人を守るためとはいえ…人を…殺したんだよ…?」
「…うん。でも…シノンはシノンだよ?」
「え…」
木綿季はそう言いながら、詩乃の胸に自分の顔を寄せた。
「シノン…辛かったんだよね…、背負うには重すぎるものを…その体に背負って今まで生きてきたんだよね。ボクは病気で苦しんで生きてきたけど…、シノンも…いっぱい苦しんで生きてきたんだ」
「ゆ…うき…」
「でも…もう苦しむ必要はないと思うよ…。多分…シノンの気持ちを全部理解出来るとは言えないけど…、ボクにだってシノンを支えてあげることは出来る…」
木綿季は詩乃の背中に手を回して、小さい体で優しく詩乃を抱き締めた。
「だからもう…思いつめないで? 自分の中だけで背負わないで…。ボクも…ボクたちも、シノンの悲しみを背負っていくから…。もっと頼ってほしいな…ボクたちを…」
木綿季の温かい励ましの言葉を聞いた詩乃は、その優しさに耐えることが出来ず、感情を爆発させ大粒の涙を流していた。
「う…あ…わた…わた…し…あ…」
「うん…泣いていいと思うよ…。悲しいときや苦しい時ぐらい…、素直に泣いていいと思うよ…?」
詩乃は木綿季の胸を借りながらひたすら泣いた。
自分は正しいことをしたはずだ、でも世間の目は自分に冷たく当たった。
何で? 私は母さんを守るためにやったのに、何で周りの人達は私を責め立てるの?
そうしてひっそりを生きてきた詩乃であったが、桐ヶ谷家と…木綿季と触れ合うことで、再び過去と見つめあうことが、少しだけ出来ていた。
もしも…もしも7年前のあの時、詩乃の母親が冷やかな目で詩乃を見ていなければ、郵便局員が犯人を取り押さえられていれば、世間の目が詩乃に冷たく当たらなければ、詩乃の運命はきっとまた違う展開を迎えていたことだろう。
しかし詩乃は今のこの状況に感謝の気持ちも抱いていた。
明日奈や和人等、自分に優しく接してくれる友達はたくさん出来た。
だが、木綿季のように自分の心の中まで歩み寄ってくれた人は中々いなかった。
詩乃は…本当の意味の「友達」を手に入れたのだった。掛け替えのない…心の友を…。
――――――――
程なくしてほとぼりが冷めた詩乃は普段見せている冷静さを取り戻していた。
目と顔は真っ赤になってしまっているが、表情は明るかった。
「ごめんね…ありがと…、木綿季…」
「ううん…大丈夫だよ。…元気でた?」
「うん…お陰様で…少し…」
詩乃の顔には笑顔が零れていた。木綿季のお陰で心の底から笑顔を…7年ぶりに表に出せていた。
「良かった! シノンの笑顔…本当に可愛いね!」
「え…あ…」
唐突に可愛いと言われた詩乃は今度は別の意味で顔を真っ赤にしていた。
木綿季が同じ女の子とはいえ、可愛いなどと言われるとこっぱずかしいものがある。
言われて悪い気分などするはずがない、女の子にとって可愛いは最高の誉め言葉だ。
「あ…りが…と…」
「えへへー♪」
詩乃の笑顔を見れた木綿季はご機嫌になっていた。
詩乃も立ち上がれるぐらいにまで回復しており、洗い物を再開しようとしたが、木綿季が制止させた。
「ねねねシノン、お風呂入ろうよ!」
「え…えぇっ!?」
「下着やパジャマはボクのを使えばいいよ! ボク…シノンとお風呂…入りたいなぁ…」
木綿季はお決まりの十八番、潤目+上目遣いのコンボで詩乃を堕とそうとした。
こうなったら最後、この状態の木綿季に勝てるはずもなかった。
「う…しょうがないわね…」
「わーいやったー! シノンとおっふろっ♪」
「でも洗い物はどうするのよ…」
「和人にやらせればいいよ!」
木綿季は舞い上がっていた。心からの友達と初めてのお風呂。
ALOでアスナとお風呂に入ったことはあるがそれとは全く違うのだろう。
詩乃の心からの笑顔が見れたことも相まって詩乃とのお風呂に胸を高鳴らせていた。
そして、木綿季は風呂場で詩乃に自分の過去も明かした。
一緒に風呂に入るという時点で、詩乃に対して背中の忌々しい傷跡を晒すことになるので、避けられない事態だったが。
不思議と木綿季は詩乃になら知られてもいい、むしろ自分の過去も知ってほしいといった感情を持ち合わせていた。詩乃が自分に対して過去を打ち明けてくれたことに応えるかのように、木綿季も躊躇なく詩乃に過去を打ち明けられたのだ。
詩乃も木綿季の凄惨な過去に眉をひそめたが、和人のお陰で向き合えたことを知るとほっと胸を撫でおろして、親友の今の幸せに安堵していた。
その後は和人の部屋を乗っ取って二人仲良くベッドで話し合い、ひとしきり話すことがなくなると瞼を閉じて深い眠りについた。
詩乃にとっては7年ぶりに安心して熟睡できる晩となった。
一方の和人は独り寂しく、リビングのソファで身を潜めていた。
「……不幸だ…」
ご愛読ありがとうございます。
このエピソードを描くためにファントム・バレット編を見直したのですが…。
幼い頃から人を殺めてしまうっていうのは辛すぎますよね…。
ゲーム版のユウキとシノンは凄惨な過去があることと、互いにメディキュボイドを使ったことがあるという共通点が多いですね。
これは絡ませないわけにはいかないと思い、アスナではなくシノンにユウキと関係を持ってもらうことにしました。
某オリキャラの方の内容と被ってしまいがちですが…アスナとこれ以上絡ませてもストーリーの進展がなさそうですし、シノンも救いたかったので今回シノンに登場してもらいました。
シノンがどんな最後を迎えるかも、皆さんの目で確かめていただければと思います。
しかし最近抱き合って涙を流せば感動劇を呼べると勘違いしている傾向にある気がする…。
ワンパターンになってきてるような…。どうなんでしょうかね…?
それでは以下次回!