ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味   作:むこ(連載継続頑張ります)

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 ごめんなさい、迷宮区攻略会と言ったんですが次の次になります。予定してたプロットにいろいろ付け加えながら執筆していたら、尺がすげー伸びました。それでは第5話、ご観覧ください

 2016/11/21 大幅な修正を行いました。




第5話〜木綿季〜

 

 西暦2026年1月30日金曜日 午後19:30 新生アインクラッド第22層 湖畔エリア キリトのホーム前

 

 キリトはすっかり寝入ってしまったユウキを背中におぶりながら、木材で出来た歩道を歩いていた。歩道の周りは神秘的な雰囲気でつつまれた綺麗な森に囲まれていた。この近くにアスナのホームがある。

 

 更にそこから徒歩で10分ほど歩くと、2年前にデスゲームが行われた旧アインクラッドの22層とほぼ同じ作りの湖のすぐ傍に、キリトのホームは建っている。SAO時代に知り合ったサラリーマンプレイヤー "ニシダ" が行った有志による釣りイベントを決行した、あの湖だった。

 

 ユウキは気持ちよさそうにキリトの背中を借りて、夢の世界へと旅立っていた。キリトの耳の傍で可愛い寝息を立てながら、まるで安心しきったかのように眠りこけていた。

 

 その無防備な姿はとても普段、決闘(デュエル)で無敗を誇っている"絶剣"と呼ばれているとは思えなかった。キリトはそんなユウキの姿を見て苦笑いを浮かべていた。アスナとも、妹の直葉とも全く違うタイプの女の子、活発で元気いっぱい、曲がったことは嫌いで真っすぐにぶつかりに来る。

 

 現実ではとても重たい事情を抱えている彼女であったが、だからこそユウキはこの前向きな性格になったのかもしれない。そう考えているうちに、キリトはユウキのこの先について考えていた。

 

 今でこそこうして仮想世界ではあるが元気で暮らせている。しかし、それは永遠ではない。人間いつかは死ぬが、ユウキの場合は常人よりも遥かに早くその終わりが来てしまう。そう考えてしまったキリトは背中に寒気を覚えた。

 

 ユウキの体のことは以前から知っていた。ただならぬ事情を抱えていることを感じていながらも、HIVに感染しているという事実を聞かされていた時、それほど驚かなかった。とても気の毒だ程度にしか思っていなかった。

 

 しかし今のキリトは違っていた。この少女が遠くない未来に永遠の別れを迎えてしまうということを意識してしまうと、心の中を抉られたような感覚に襲われてしまっていた。

 

(何でだ……、なんか……胸のあたりがズキズキする)

 

 キリトは何故自分の胸が痛む思いがするのかわからなかった。ユウキの病気のことは以前から覚悟していたことじゃないか。実際、HIVを治す手立てに心当たりはない。

 ユウキ自身も残り少ない自分の人生を精一杯生きている。なら俺はそれを手伝えればいいじゃないか。医者でもない俺に何が出来るというのだ。第一俺に何とか出来るぐらいなら、主治医の倉橋先生がとっくにユウキを治している。

 

 そんなネガティブな思考を巡らせているうちに、気が付くとキリトは自分のホームまでたどり着いていた。

 ホームの扉の鍵を開けるにはストレージから、カギのアイテムを取り出して使用しなければならないのだが、ユウキを両手でおんぶしているため出来ないでいた。

 どうしようかと困ったキリトであったが、やはりユウキに一旦降りてもらうしかなく、可哀そうだとは思いながらもユウキを起こすために声を掛けた。

 

「ユウキ着いたぞ。扉の鍵を開けたいから一旦降りてくれないか?」

 

 キリトは背中で寝ているユウキに降りてくれと声を掛けたが、ユウキは相変わらず気持ちよさそうに夢の世界の旅を続けていた。まるで起きる気配が感じられないので、キリトはもう一度、今度は軽く揺さぶりながら声を掛けてみる。

 

「ユウキ起きてくれ。俺の家に着いたぞ、鍵を開けたいから起きて降りてくれ」

 

「……ん、着いた……の?」

 

「ああ着いたぞ。でもこのままじゃ扉を開けれないから、申し訳ないけど一回降りてくれないか?」

 

「ん、わかった……」

 

 キリトはユウキを降ろすために、身をかがめた。夢の世界から戻ったユウキは、半分まだ眠っていながらも、ゆっくりとキリトの体から、木材で出来たキリトの家の玄関前へと足を降ろしていった。

 

 キリトの家は山奥の景観を損ねないような木材で出来たログハウスのような外観をしていた。決してそこまで大きくないが、人が三人ほど暮らすなら十分ほどの広さの間取りだった。屋根からは蔦が伸び、窓の傍には少しだけ苔が生えている。

 別に手入れをしていないからこうなったというわけではなく、元々こういうデザインの家だ。

 

「ごめんな、折角気持ちよく寝てたのに」

 

「……ん、だいじょーぶ……」

 

 起こしてしまって申し訳ないと思いながら、キリトはメニューを開き、自分のストレージから家のカギを選択してオブジェクト化した。

 それを右手に握ると、家のドアのカギ穴に差し込み、反時計回りにひねる。ガチャッと音と共に鍵が開錠されると、ドアノブを捻り家の中へと歩を進めた。ユウキも目をゴシゴシと擦りながらキリトの後に続き、家の中へと入っていった。

 

「あまり広くないけどな、とりあえず適当にかけてくれよ。今飲み物でも出す」

 

「ふぁ~い……」

 

 キリトはリビングの灯りを点けると、飲み物を取りにそのまま奥にあるキッチンへと姿を消していった。ユウキは半分寝ている状態で、首を上下左右に動かしてリビングの中を見渡していた。

 右手側には寝室に繋がる扉、左手側には窓とタンス型のチェスト、奥にはキッチンへと繋がっている通路がある。天井からはそれなりに豪華な形をした灯りがぶらさがっており、モダンでいい雰囲気の内装となっていた。

 

 ユウキがふと部屋の中央に目をやると、赤色の布地を使用した木製のソファが視界に入ってきた。ソファを視認するや否やユウキはそこに吸い込まれるように飛び込んでいき、顔を埋めていた。

 やがて飲み物を両手に持ったキリトがリビングに戻ってくると、その異様な光景に苦笑いを浮かべていた。

 

「な、何やってるんだ……?」

 

「……ふかふか……」

 

「そ、そうか……。でもソファの使い方間違ってるからな。ほら、ちゃんと腰かけるんだ」

 

「ふぁーい……」

 

 キリトに怒られたユウキはむくりと体を起こして、向きを180度変えると、今度はちゃんとソファに腰を落ち着けた。先ほどよりは目が覚めているように見えるがまだ頭はボケーッとしている模様だ。キリトはそんな眠そうにしているユウキの横に腰かけて、先ほど持ってきた飲み物を差し出した。

 

「ほら、温かいうちに飲みな」

 

「ん、ありがと。いただきまあす……」

 

 ユウキはキリトから差し出された飲み物を両手で受け取った。手渡されたのは寒いこの時期には嬉しい熱々のココアだった。

 白いカップに入っているブラウンの液体からは、白いほかほかとした湯気が立ち上っていた。ほのかにミルクと甘い香りが感じられた。ユウキは少しだけフゥーフゥーと息を吹きかけるとゆっくりとカップに口をつけた。

 

「……わぁ、美味しい……あったかい……」

 

「……そうか、よかったな」

 

「うん、ありがと……キリト」

 

 温かいココアを飲みながら、ユウキは心まで温かくなるのを感じていた。何だろうな、この気持ち。スリーピング・ナイツの皆とも、アスナとも違う。

 初めて感じる温かさだ。キリトの優しさ……なのかな。安心できる、心地いい温かさだ。出来るなら、もうちょっとだけ……ここにいたいな……。

 

 キリトは右手でココアを飲みながら、左手でメニューを操作し、ストレージの整理を始めていた。

 キリトのアイテムストレージはここ一ヶ月もの間何もしていなかった所為で、使わない武器や防具、自分には不必要な素材アイテム、使い道に困るレアアイテム等で、酷くごっちゃごちゃになっていた。

 左手で頭をかきながら、いらないアイテム、いるアイテムとを分けて、一個ずつ整理整頓を続けていく。

 

 キリトの真横ではユウキが再び眠たそうにこっくりこっくりと、頭を前後に揺らしていた。

 ココアはカフェインが入っているので眠気は覚めそうなものだが、仮想世界のココアにそんなものは入ってないので眠気が覚めるということはない。むしろココアを飲んだことでアバターの体感温度が上がり、先ほどよりも眠気が増していた。

 

「ユウキ、ログアウトしなくていいのか?」

 

 キリトは左手でストレージの整理をしながら、ユウキに聞いてみた。消灯時間まではまだ2時間ほど時間があるが、安全確保をして、ログアウトするためにここまできた事を考えると、さっさとログアウトした方がいいと思う。

 別に居座られるのに断る理由もないが、先に家主がログアウトするわけにもいかないため、キリトはユウキにログアウトを促した。

 

「んと、もうちょっと……ここにてもいーい?」

 

「……別に構わないけど、俺がログアウトするまでにはちゃんと落ちるんだぞ? 病院の消灯時間も守ること。いいな?」

 

「やったぁ……♪」

 

 ユウキはそう返事を返すと、ソファの背もたれに背中を預けて、リラックスモードになっていった。

 よほど居心地がいいのか腰かけているソファが気持ちいいのか、三度ユウキは自分の胸に両手を重ねて、気持ちよさそうに寝息をかいていた。キリトはそんなユウキを真横で見ると、寝室から毛布を持ち出し、ユウキにそっと被せてあげた。

 

 別にゲームの中なので風邪をひいたりすることはないのだが、ここは何も言わずにかけてあげるというのが、気遣いというものだ。体が冷えないように肩から膝元までガードするように、優しく毛布を整えていく。

 ユウキは相変わらず気持ちよさそうにスヤスヤと寝入っている。そんな寝顔を間近で見たキリトは、心がほっこりとしていた。

 

「可愛い……寝顔だな……」

 

 キリトが思ったことを正直に呟くと、ユウキが首をこちら側に傾けてきた。その影響でキリトとユウキの顔の位置が非常に近くなっていた。

 急に目の前にユウキの顔が迫ってくると思わなかったキリトは驚き、顔を赤くしてたじろいてしまった。人一人分ほどの距離をユウキから離すと、慌てた様子で心臓をバクバクに鳴らしていた。

 

「び、びっくりした……」

 

 駄目だ、今日の俺はなんかおかしいと考えながら、キリトは気持ちを切り替えるようにストレージの整理を再開した。完全にユウキの事を異性として意識してしまっている。

 以前まではただの友人としてしか見ていなかったのに。しかしキリトはこれ以上踏み込むことはせずに、一歩手前で踏みとどまっていた。

 

 ユウキと親友以上の関係になるということが、どういう未来に辿り着くかということを理解していたからだ。そうなってしまうと、キリトにとっても、ユウキ自身にとってもつらい未来になる。

 その悲しい現実を意識していることが、キリトを冷静でいさせていた。

 

(何を考え込んでいるんだ俺は。ユウキは大切な "友達" なんだ……)

 

 自分の心の奥底に芽生えた感情を押し殺すように、理性で上書きして、もくもくと指を動かしてストレージの整理を続けるキリトであった。

 それから20分ほど無心無言で指を動かし続け、自宅のチェストに不要なアイテムを放り込むと、ほとんどアイテムの整理も終わり、ようやく一息つけるといった具合になっていた。

 

「ふう、大体こんなところ……かな」

 

 大きい息を吐いたキリトはやれやれといった様子で、ふとユウキが眠っているソファの方向へと視線をやった。

 相変わらず可愛い寝顔を見せながら寝ていると思われたが、ユウキの少し様子が変なことに気がついた。寝てはいるのだが、目から涙が零れ落ちていた。

 その涙に気付いたキリトは早歩きでユウキの傍に近寄り、かがみこんでユウキの顔を下から覗き込むようにして様子を見守った。

 

「ユ、ユウキ……?」

 

 キリトが話しかけても返事はない、やはり寝ているようだ。しかしその悲しそうな表情は、とても寝ているとは思えないほどの切なさを感じさせていた。

 もしかして、悲しい夢でも見てしまっているのだろうか。そう思ったキリトは自然とユウキの手を握りしめていた。ユウキを元気づけるかのように。

 

「ユウキ……」

 

「……っじゃったの……」

 

「……え……?」

 

 キリトが手を握り、ユウキの名を呼ぶと、突然ユウキが寝言を言い始めた。声が小さかったのでよく聞き取れなかったが、何を言っているのか知るために、キリトは少しユウキの顔に耳を近づけた。

 盗み聞きするようでちょっと嫌だったが、ユウキが何を呟いているのか気になって仕方がなかった。

 

「どうして……死んじゃったの……」

 

「……!」

 

「パパ……ママ、姉ちゃん……どうして死んじゃったの……」

 

「ユウキ……」

 

 ユウキが漏らした寝言は、自分を置いて先に他界してしまった家族の名だった。血のつながった家族を失い、天涯孤独の身となってしまっていたユウキのその姿に、キリトは同じく両親を失っている自分自身の姿を重ねていた。

 

 そう、今いるキリトの両親と妹の直葉は血の繋がった家族ではない。キリトの実の母親の妹の家族なのだ。キリトはそこに引き取られ養子として育てられている。キリトはユウキが自分の運命と似た道を歩いてきたのだなと感じた。

 

 しかし、キリトにはどうすることも出来ない。死んでしまった者は生き返らないし、その悲しみを消すことも出来ない。キリトは涙を流して悲しそうにしているユウキの顔を見て、目の前の少女をどうしたら支えてあげられるかということを考えていた。

 今の俺に出来ること、ユウキに元気づけてもらった恩返しも含めて、何かユウキにしてあげられないか…、そう考えていた。

 

「……ないで……」

 

「…………」

 

「ボクを……独りに…しないで…」

 

「……ユウキ」

 

 ユウキの言葉を聞いたキリトは、居ても立っても居られず、両手で力強く、ユウキの左手を握りしめた。強く握ったことによってユウキが目を覚まし、うっすらとその瞼を開けていった。

 意識を半分夢の世界に置き去りにしながら、目の前に映っている映像を確認する。すぐ目の前にキリトがいた。キリトは起きたばかりのユウキの手を握りながら、励ましの言葉を掛けた。

 

「ユウキ、お前は独りじゃない! 俺が……俺が傍にいる」

 

「……独りじゃない……?」

 

「ああ、安心しろ。俺はお前を置いて行ったりしない」

 

「……ホント?」

 

「約束する、お前に寂しい思いはさせない」

 

「……嬉しいなぁ……ありがと……キリト……」

 

 どうせこれは夢だ、夢の中でぐらい誰かに甘えてもいいだろう。まだここは夢の中だと思っているユウキは、すがるようにキリトに抱き着いた。キリトの胸板に自分の頭を押し付け、顔をこすりあててキリトに甘えていた。

 手はキリトの背中に回し、精一杯キリトの温かさを感じていた。しばらくすると自然とユウキの涙は止まり、心から安心しきったのかユウキは再び眠ってしまっていた。しかし、今度の寝顔は悲しそうではなく、嬉しそうな笑顔を浮かべながら眠っていた。

 

「…………」

 

 キリトはとあることを心に決めていた。今の俺に出来ること、それはユウキの傍でユウキを元気づけてあげることだ。多分ユウキは俺以上に心に闇を抱えている。なら、俺に出来る範囲でその闇を照らしてやる。

 ユウキの命は長くないかもしれないが、その間だけでも……ユウキが安心して生きていかれるように、全力で俺が傍で支えていく。

 

 俺がユウキの光になる。キリトは強く、心にそう誓った。

 

(俺が……守ってやるからな、ユウキ……)

 

 キリトはユウキの頭を撫でまわしながら、寝ているユウキを見守り続けた。

 

 

――――――

 

 

 ユウキが寝入ってからしばらく経過し、2時間ほど経過した。時刻はユウキの病院の消灯時間である22時を回ろうとしていた。

 これ以上ログインさせたままにすると、ユウキが先生に怒られてしまう。それ以前に消灯時間を自分の所為で破らせるわけにはいかないので、可哀そうだとは思いつつも、キリトはユウキの体を揺さぶって起こそうと試みた。

 

「おいユウキ、起きるんだ。もうすぐ病院の消灯時間だぞ。ログアウトして部屋に戻らないと……」

 

「……ん、んん……」

 

 眠たい体をむずむずとさせながら、ユウキはゆっくりと体を起こした。寝ぼけ眼をごしごしと右手でこすりながら今現在の状況を確認する。

 口元からは涎らしきものが垂れていた。こんな細かいところまで再現しているALOは本当にすごいと思う。無駄にリアルにしすぎであろうに。

 

「もう、朝……?」

 

「朝じゃない、もうすぐ夜の22時だ」

 

「んじゃあ……まだ寝るぅ」

 

「ダメだ、ログアウトして病院に戻ってから寝なさい」

 

「……やだ、ここがいい……」

 

「ダメだっての、先生に怒られるぞ?」

 

 病院ではなく、キリトの家で寝たいと我儘を言い続けるユウキに、断固として首を縦に振らないキリトであった。

 ユウキの支えになると心に決めたキリトであったが、それとこれとでは話が違ってくる。一般常識は守らせなくてはいけない。そんなダメと言い張るキリトにユウキは頬を膨らませてぶーたれていた。

 

「キリトの意地悪……」

 

「意地悪で結構だ。でも約束したろ? 消灯時間までにログアウトするって」

 

「そうだけど……」

 

 キリトと離れ離れになってしまうことを感じていたユウキは寂しそうな顔を浮かべていた。そんなユウキの表情を見たキリトは頭にポンと手のひらを当てて、撫でまわした。

 ユウキは抵抗することなく、キリトの手を受け入れていた。気持ちよさそうに、心地よさそうにキリトに撫でられていた。

 

「また明日も来てやるから、そうだな……昼飯食べた後に、また二人でどこかに遊びに行くか?」

 

「え……ホント?」

 

「ああ、約束する。どこにでも付き合うぞ」

 

「やったー! じゃあどこいくか考えておくね!」

 

「ああ……まかせるよ」

 

 明日また遊ぶ約束を取り付けたユウキは先ほどまで見せていた寂し気な表情とは打って変わって、ぱあっと明るく、嬉しそうな表情へと変わっていった。その嬉しそうな様子をみて、キリトにも自然と笑顔が零れていた。

 

「えへへ、あのね、ボク……夢を見たんだ」

 

「……夢?」

 

 ユウキが両手を自分の背中に回しながら語り始めた。少しだけ嬉しそうで、そして少しだけ切なそうな表情をしながら。ゆっくり、そしてハキハキとした声で夢の中での出来事をキリトに聞かせていった。

 

「パパとママ、そして姉ちゃんが死んじゃって……ボクの目の前から消えていってしまったの。ボクはどうして死んじゃったの、ボクを独りにしないで、って言ったんだけど……みんなボクから離れていっちゃった」

 

「…………」

 

「でもそしたらね、寂しくて死んじゃいそうなボクの目の前にキリトが現れたんだ。そしてボクに言ってくれたの。 "お前は独りじゃない、俺が傍にいる。お前を置いていったりしない" ってさ……」

 

「……そうか」

 

「えへへ、夢の中だけど嬉しかったな。……キリトは現実(あっち)でもボクの傍にいてくれる?」

 

「……さあな。ほら、もう22時回ったぞ、先生に怒られる前にログアウトしろ」

 

「あ、そ……そうだった……」

 

 時間を確認することで話をそらしたキリトであったが、先生に怒られるのはまずいと思ったユウキが慌てて現在の時間を確認する。時刻は病院の消灯時間をとうに過ぎていた。

 するとユウキは慌てて左手のメニューを操作して、ログアウトの準備にかかる。

 

「言わんこっちゃない……」

 

「あわわ、すっかり忘れてたよ。ありがとねキリト!」

 

「気にするな」

 

 ユウキが慌ててメニュー欄の項目にある[Log Out]の文字をタップすると、視界の真ん中に"ログアウトしますか?"と表示されてきた。ここでYESをタップすることでゲームからのログアウトが完了となる。

 しかしユウキはあと数センチ指を動かすだけでログアウト完了となる所で、手の動きを止めた。キリトはその様子を見て少しだけ首を傾げた。どうして直前でやめたんだ?と思いながら。

 

「えと、今日は……ありがとね、キリト」

 

「……お礼を言うのは俺の方だよ、サンキュな……ユウキ」

 

 互いにお礼を言い合うと、二人は笑顔になった。ユウキは眩しい笑顔を、キリトは爽やかな笑顔を見せていた。部屋の照明の赤色の灯りと、暖炉からの炎の赤い色が、よりその笑顔に温かみを増させていた。

 

「また明日ね! バイバイ、キリト……」

 

「ああ、また……明日な」

 

 キリトに笑顔を送りながら、ユウキはYESのアイコンをタップし、ALOからログアウトしていった。青白く光り輝くユウキのアバターがログアウトを完了したのを見送ると、キリトも大きく伸びをして、自分もログアウトしようとメニューを操作した。

 

「……寝る前に課題、片付けないとだな」

 

 キリトはこれからまた別に片付けなきゃいけないことがあることを思い出すと、頭をポリポリかきながらログアウトをした。

 たまっていた課題を片付け、ユウキとの約束に差支えがないようにすぐに睡眠をとり、ご飯も食べて約束の時間に遅れないようにしなくてはと考えていた。

 

 具体的な時間は伝えてなかったが、まあこのホームで待ち合わせればすれ違うことはないだろう。そう考えていると、キリトの意識は仮想空間から、現実の世界へと戻されていった。キリトから、桐ヶ谷和人へと、意識が引き継がれていった……。

 

 

――――――

 

 

 翌日 西暦2026年1月31日土曜日 午前11:00 神奈川県横浜市金沢区 横浜港北総合病院

 

 ここは横浜港北総合病院の一室、世界で唯一 "終末医療機器メディキュボイド" の臨床試験をしている病院だ。そのメディキュボイドが設置されている無菌室に現実のユウキ、紺野木綿季はそこにいる。ケーブル類が伸び、他の様々な医療機器に接続されている。大掛かり過ぎる設備だ。

 

 メディキュボイドの機能の中に、ナーヴギアやアミュスフィアと同じように、フルダイブ機能がある。そのメディキュボイドの仮想空間で、木綿季は24時間フルダイブを3年間も続けている。それがユウキの圧倒的な強さの秘密だったのだ。

 

(完全に、君はこの世界の住人なんだな……)

 

 過去にキリトと決闘(デュエル)を行った時、キリトにユウキの秘密はほぼバレてしまった。そして、アスナと一定の線を越えた仲になってしまった。アスナをこれ以上悲しませない為に、ユウキは自らアスナを拒絶した。

 

 しかし、それでもアスナは会いに来てくれた。明日にも死んでしまうかもしれないこんな自分に。アスナはユウキの心の支えになっていた。

 スリーピング・ナイツの皆とは違う距離感でユウキと接してくれていた。しかし、アスナにはもう会えないかもしれない。ユウキの余命云々ではなく、違う理由で。

 

(明日奈に……会いたいなあ)

 

 木綿季は仮想空間の自分の部屋で物思いにふけっていた。去年までは実の姉の藍子が、ここ最近までは明日奈がいつも木綿季の側にいて、木綿季を支えていた。

 

 しかし二人とも木綿季の側からいなくなってしまった。ボクはまた独りになっちゃったのかなと、そんな思いが巡っていた。ボクに寄ってきてくれる人はみんないなくなってしまう。

 そして、ボクもそこまでもう長くはない…。いろいろな事を考えふけっているそんな中、ふと一人の男の子の姿が木綿季の頭に浮かんだ。

 

(キリト……)

 

 昨夜、ユウキはキリトと剣を交えた。キリトの気持ちを確かめるため、どんな想いで剣を振り続けてきたのか知るため、二刀流の本気のキリトと、最初で最後の本気の大一番。

 結果はユウキの完敗であった。しかし、勝負の結果よりもユウキは大切なものを手にした気がした。勝者であるキリトは勝ったのにも拘らずその場に泣き崩れた。

 

 ユウキはキリトの強さと、優しさと、弱さをいっぺんに知ったのである。その事を意識すると、なんだか少し心の中がモヤモヤした。少しだけ息苦しい気がした。でもそれはこの病気の所為だと思った。

 

(何だろ、この……よく分かんない引っかかったような気持ち……)

 

 木綿季がそんな考え事に頭を悩ませていると、どこからともなく木綿季に話しかけてくる一人の男性の声が聞こえてきた。

 

『おはようございます、木綿季君』

 

 木綿季に話しかけてきたこの白衣に眼鏡をかけた男性の名は倉橋。木綿季の主治医であり、木綿季にメディキュボイドの使用を提案した人物でもある。

 メディキュボイドのフルダイブ機能と室内カメラを経由して仮想空間でのユウキ、現実世界での面会室と、相互で会話が出来るという優れものであった。

 

「ファッ!?」

 

 考え事をしていた木綿季は急に話しかけられ驚いたのか、スピーカー越しに素っ頓狂な声を上げた。倉橋もそんな木綿季の声を聞いたのは初めてだったので驚いた様子だった。倉橋に声を掛けられたことに気付いた木綿季は慌てて挨拶を返した。

 

「あ……くっ倉橋先生、おはようございますッ」

 

 倉橋との毎日の挨拶は日課になっているが、こんなに慌てた挨拶は木綿季も初めてだ。倉橋は目を丸くして驚きつつも、すぐにいつもの笑顔に戻った。まるで娘を持つ父親のようだ。微笑ましい様子で優しく木綿季に声を掛け続ける。

 

『今日も元気ですね、何かいい事でもありましたか?』

 

 倉橋が木綿季に質問を投げ掛けた。木綿季の家族は全てHIVで他界している。紺野家のことを古くから面倒をみている倉橋は、木綿季にとってもはやもう一人の父親のような存在だと言っても良いだろう。それぐらいお互いに付き合いが長いのだ。

 

「い、いえ何も! 今日もボクは元気です!!」

 

 言えない、男の子のコトを考えていたなどと。木綿季はこれでも15歳、年頃の女の子なのだ。普通なら受験をし恋愛や青春に溺れる年齢だ。入院生活が長いからといって、色恋沙汰に興味がないわけじゃない。自然と意識はしてしまうものだ。

 しかし木綿季は無意識にその類のものは、自分はしては許されないと悟ってしまっている。

 

 お互いに親密な関係になってもどうせ自分の方が先に死ぬ。それで相手を悲しませるぐらいなら最初からしない。自然とそうしてきてしまっていた。そしてそれはこれからも変わらないであろう。ずっとそう考えて生きてきた。

 

「そうですか、心なしか声のトーンが大きかったのは……気のせいでしたか」

 

 倉橋はおや? という表情で首をかしげていた。少しだけわざとらしい気もしたが気のせいだろう。実は知っているのではないかと思ってしまうような反応だった。そして倉橋は毎日欠かさず聞いている質問も、木綿季に向かって投げ掛けた。

 

『木綿季君、体の調子はどうですか?』

 

 倉橋が木綿季の体調を伺う。木綿季はメディキュボイドに常時フルダイブしている。ナーヴギアやアミュスフィアよりも強力な電磁パルスを使用しているメディキュボイドは、人間の感じる五感を全て信号で遮断している。

 したがって痛みはまずないし、体の調子が悪いかどうかは機械でしかわからないのだが倉橋は毎回伺う。それが医者というものだ。

 

「全然大丈夫ですよ!って言っても現実の体は動かないですけどね」

 

 木綿季がちょっとだけ皮肉めいた言葉を返すと、倉橋はそうですかと、軽い言葉を返した。これも2人の間にはよくある会話だった。そして倉橋は表情を一変させて、何やら感慨深そうにして思っていることを語り始めた。

 

『一人の医師としてずっと木綿季君を見てきました。辛い事を押し付けてしまったのではないかと、たまに私は思うんです」

 

「先生……」

 

『もっと医療技術があれば、知識があれば木綿季君だけじゃない。藍子君や君の両親を助けられたのかもしれない……』

 

「…………」

 

 木綿季は倉橋の話を聞きながら考え込んでいた。過去に木綿季は自分の運命を何度も呪った。何でボクたちだけがこんな目にあわなきゃならないのか。

 神様は何故このような残酷な現実をお与えになったのか。何でパパ、ママ、姉ちゃんは死んでしまったのか。

 

 しかしいくら考えても答えは出なかった。そしていつからか、木綿季は死というものを受け入れた。決して生き続けるのを諦めた訳ではない。

 長く生きられない運命なら、今この瞬間を精一杯生きよう。そして、精一杯生きたら、大人しく死を受け入れようと。15歳の女の子には、あまりにも過酷すぎる決断だった。

 

「先生、大丈夫です。ボクは全然平気です。こんなボクなんかのためにみんな気をかけてくれてます。倉橋先生だって……毎日面倒を見てくれてますし、普通は出来ない体験もさせてくれました」

 

『木綿季君……』

 

「ボクは今の環境にすごく満足してるんです。いろんな事を経験出来たし、友達もたくさん出来た……。ボクは本当に、すっごく満足してるんですよ」

 

 木綿季はこの先いつ死んでも悔いはないと言わんばかりに、淡々と語り出した。体は動かないが、自分はすごい恵まれているのだと。心の片隅に、ほんの少しだけのモヤモヤを残したまま。

 

『……そう……ですか、ありがとうございます……』

 

 倉橋はうっすらと涙を浮かべていた。木綿季にバレないようにカメラから少しだけ顔をそらして言葉を並べた。

 そして、木綿季を助けてあげられない自分たちの、そして今の医療の限界を呪った。しかし木綿季にそんなネガティブな気配を感じさせないために、無理やり表情を変えて、明るく話しかけた。

 

『今日もALOに?』

 

「ハイ! 今日は友達と約束してるんですよ!」

 

 木綿季は明るく元気な返事をした。スピーカー越しでも眩しい笑顔をしているのが分かる。余程今日の約束が楽しみなんだろう。楽しそうにしている木綿季の様子を見て、倉橋の顔も自然とほころんでいった。

 

『分かりました。楽しんできてください。ですが夜にもう一度検診しますので、19時頃までにはログアウトするようお願いしますね?』

 

「はぁ~い! 了解!」

 

 木綿季は元気一杯な返事を返して、木綿季はALOランチャーを起動した。木綿季の生活はこのメディキュボイドの中にある仮想空間で送っている。

 情報収集、外との対話、アプリケーションの起動などなど、ALOもそのうちの一つだった。メディキュボイドのSSDの中に、インストールされているのだ。

 

「リンク・スタート!」

 

 既に仮想空間にいる木綿季であったが、いつもダイブする時のセリフを言い、意識をALOの世界に再び飛ばしていった。今日はキリトと遊ぶ約束がある、何をして遊ぼうかな、昨日は一緒に食事にいったから……今日は思いっきり体を動かしたいな。

 

 




 
 キリトとユウキの約束、そして倉橋先生との会話の様子でしたね。書いてて涙が出そうになりました。ユウキの原作のエピソードはもう悲しすぎて……。

 次回はキリトと合流してちょっと一悶着あります。8話から戦闘始まりますのでもうしばしお待ちください。
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