ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
まずまた謝ります。尺が足らなすぎて次回イベントクエスト本番です……。もう12月でクリスマスシーズンだというのにボク意味はまだハロウィンが終わってません。次回と言う次回は必ずハロウィン完結します! お約束します! とりあえずは52話をご覧くださいませ!
西暦2026年10月31日土曜日午後20:05 ケットシー領近郊フィールドエリア
キリト達がスリーピング・ナイツに入団した一方で、初めてALOに降り立ったシュピーゲルはシノンの指導の下、この辺りの草原エリアに沸くMOBを相手に戦闘の手ほどきを受けていた。飛行のやり方、戦闘時の基礎知識、立ち回り、短剣の基本的な使い方から応用方法、ソードスキルの発動方法、魔法の詠唱やら何やらまで骨の髄まで叩き込まれていた。そのシノンからの手ほどきはかなり厳しいものでシュピーゲルもここまでとは思わなかったらしく、そのアバターの顔からは疲労の色がとって窺えた。
しかしその厳しい手ほどきあってか、シュピーゲルはスイッチやソードスキルの使い方を始め、様々な仕様をその体に染み込ませていった。元々医学界に進む身として勉学が得意なのもあり、シノンの話をよく聞きよく解釈して実践していった。結果、シュピーゲルはたった1時間余りの短い間で目覚ましい成長を見せつけていた。未だに相手との距離を空けるなど、GGO時代の癖が出てしまっている時もあったが、自分が握っている得物がアサルトライフルではなく短剣だということを思い出すと、すぐに近距離戦闘へと思考を切り替えて自慢のAGIを活かし、超スピードで立ち回り敵を翻弄していた。
この辺りの判断力の良さは、一瞬の判断ミスがスコードロン、即ちRPGでいうパーティを全滅に導いてしまうGGOで培われた経験が大いに影響を及ぼしていた。冷静に戦場の状況を見極め、今自分が何をするべきなのか、味方の位置関係と作戦の進行に問題はないか、その経験が体に染み込んだシュピーゲルならではのALOでの立ち回りであった。
本来ならばそういった冷静な判断力はパーティでの後方で支援や回復を行う役割のメイジや、回復魔法を得意とする種族のウンディーネ向けなのである。であるのにもかかわらず、シュピーゲルは種族の特徴とステータスの速さを活かした最前線での近距離戦を自分のスタイルとしていた。まあ必ずしも定石に囚われる必要はない。遊び方は人それぞれだしその定石がそのプレイヤーに合うかどうかは試してみないとわからない。
実際にシュピーゲルは最初こそ戸惑っていたがALOでの戦闘に慣れてき始めると、領地周辺のあまり強くないMOBとはいえ、訓練中盤からはただの一回もダメージを受けることなく敵を右手に握られた短剣で斬り刻み、全て自力で倒していった。そしてシノンは訓練の最後にと、ケットシー領地近郊から少し外れた強めのMOBが湧く平原エリアにて、シュピーゲルの戦闘訓練を続けていた。
「シュピーゲル! スイッチよ!」
「イエッサー!」
シノンとシュピーゲルはこの緑豊かな平原の雰囲気にはあまり似付かわしくない、全身を鉄の鉱石で組み立てた形で構成されたゴーレムのようなMOBと戦闘を繰り広げていた。ゴーレムの頭部にはモノアイのようなものがついており、古代魔法科学の結晶だとでも言いたげな重々しい見てくれをしていた。しかしその動作からは外見程の重たさは感じさせなかった。手脚や胴体の関節にあたる部分が魔法力の磁力の様なもので接着されており、このお陰で重たさと機敏さを両立させられていたのである。このMOBはケットシー族でスタートしたプレイヤーの最初に越えるべき壁として認知され、こいつを倒せるようになれば一人前とみなされていた。シノンはこのアイアンゴーレムにシュピーゲルをぶつける事で、彼の訓練の最後の仕上げへと赴いていた。
シュピーゲルは機敏な足捌きを武器に颯爽と戦場を駆け回っていた。ただ単に速く動くだけでなく、その戦場にあるものは全て利用して立ち回っていた。身近にある木々や岩などを壁がわりにしたり足場にしたりと、地の利を最大限に活かして戦っていた。たまにGGO時代の癖が出てしまっているが、それすらも問題にしていなかった。しかし遠くないうちにその癖もなくなり、よりシュピーゲルらしい戦闘スタイルに磨きがかけられていく事だろう。
「でやあぁっ!!」
シノンからスイッチの要請を受けたシュピーゲルは素早くシノンと位置を入れ替えると、ゴーレムの懐に反時計回りに自分の体を回転させながら斬りつけ深い一撃を加えた。するとゴーレムのヘイトがシュピーゲルに向かい擬似タイマンのような体勢となった。スイッチを終えたシノンは一旦距離を置いて武器を弓に持ち替えて、ゴーレムと一対一で戦っているシュピーゲルの戦闘模様を見守っていた。弓を構えているのは、シュピーゲルに万が一のことがあった時にいつでも矢を撃ち込んで援護を出来るようにする為である。
「シュピーゲル! あとは任せたわよ! タイマンで……そいつを打ち負かしてみなさい!」
「ルーキーに随分とハードルの高い試験を設けるもんだね……シノンは」
「そう言う割には随分と余裕ありそうだけど?」
「そんなことないよ、ただ……短剣での戦闘が楽しくなってきただけさ」
そう言い放ちながらシュピーゲルは地面を蹴り、素早く反時計回りに二度ステップをしてゴーレムの背後をとり、そのままゴーレムの背中に短剣の連撃を浴びせた。そのダガー捌きはあまりにも速く、SAO時代のアスナの細剣を目の当たりにしているような光景だった。
連撃を浴びせたシュピーゲルは一旦バックステップをして距離を置きゴーレムの様子を窺っていた。初見のMOB故に行動一つ一つをよく観察してパターンを見極める。これもシノンから厳しく教えられた教訓であった。シュピーゲルが攻撃を加えた部位にはヒビが入り、カラカラという音を立てて外殻にあたる部分から崩れ落ちていった。ゴーレムはシュピーゲルの方を向き、見た目とは裏腹な素早い歩行でズシンズシンと重量感のある足音を立てながらシュピーゲルとの距離を詰めていった。
「気を付けて! そいつ、攻撃も速いわよ!」
シノンがそう警告した瞬間、ゴーレムはシュピーゲルの2メートルほど手前まで距離を詰めると、右腕にあたる部位を上から振りかぶり、一気にシュピーゲル目掛けて振り下ろしていた。早くて重たい攻撃はズシィンという鈍い轟音を辺りにひびかせて地面を抉ると共に、激しい土煙を舞い上げていた。
「シュピーゲル!!」
シノンが彼の名前を叫んでいた。先ほどまで彼のいた場所目掛けて振り下ろされた拳の先に、シュピーゲルが居なかったからだ。しまった、流石に彼にはまだ早かったか、余りにもスパルタが過ぎたかといった思考を巡らせていた。しかし冷静にパーティメンバー一覧のHP表示を見ると、シュピーゲルのHPはグリーン表示のまま変動していなかった。かと言って死に戻りをしたわけでもなさそうだった。つまり彼は攻撃をもらっていないことになる。ならばどこに行ったのだろうか。
「シュピー……ゲル?」
シノンはシュピーゲルの行方を探していた。ゴーレムも同様にヘイトを向けているシュピーゲルを視界に捉えようとしていた。しかし彼はどこにも見当たらない。絶対に近くに居るはずなのだ。シノンがあちこちキョロキョロ見回し、索敵スキルを全開にすると、何者かが上空にいることに気が付いた。視力も全開にして澄ませて見てみると、そこには彼女のよく知るケットシーの少年が、右手に短剣を構え、翅を広げてゴーレム目掛けて急降下をしていた。
「シュピーゲル……!」
「シノン! もっと離れて!」
「え……?」
シュピーゲルの無事を確認したシノンであったが、彼から離れるよう促されると言われた通りにバックステップでゴーレムからまた距離を置いた。上空から急降下しているシュピーゲルは、目を閉じて左手を体の前方に掲げると何やら魔法の詠唱を始めたようだった。シノンは地上からその様子を固唾を飲んで見守っていた。
「エック・フレイギュア・スリール・ゲイール・ムスピーリ……」
「あれは……炎属性魔法……?」
シュピーゲルが詠唱を終えると彼の左手が赤いエフェクトに包まれ、手の周りに炎が形成されていった。やがてそれが完全な火球の形になるとシュピーゲルは目を見開いて急降下を続けながら炎属性魔法を遥か地上にいるゴーレム目掛け、狙いを定めて解き放った。
「鉄には……炎が一番だろ!?」
急降下をしながら重力にまかせて解き放たれた火球は地面に引っ張られるように速度を上げながらゴーレム目掛けて落ちてきていた。火球の大きさはバランスボール程の大きさとなっており、ゴーレムが上空からの気配に気付いたときには既に遅く、その大きい図体に火球の直撃をもらっていた。
ドゴォンという激しい爆音と共に爆発が起き、二本あるゴーレムのHPバーは一気に一本分減っており、ゴーレムの体を大きく抉っていた。弱点属性をお見舞いした時に発生する"部位破壊"である。炎魔法をお見舞いしたシュピーゲルは魔法を放った左手を右手に重ねて、全体重を右手に握っている短剣に乗せると更に急降下の速度を上げ、ゴーレム目掛けて突っ込んでいった。
部位破壊を受けたゴーレムは上手く動くことが出来ず、胴体の外殻を破壊されていた為弱点である赤いコアが、人間でいうところの胸のみぞおちにあたるであろう部分から露出していた。シュピーゲルは上空からそれを視認するとその弱点目掛けてダガーを突き出していた。視力が良いケットシー族だからこそ出来る芸当であった。
「でいやああぁぁーッ!!」
弱点を見極めたシュピーゲルは更に落下速度を上げ、全体重を乗せた右手のダガーをゴーレムのコアへ突き刺した。急降下していたシュピーゲルの体は短剣を突き刺した際に衝撃が返り、少しばかりの反動で微量のダメージを受けた。しかしシュピーゲルはコアに食い込ませた短剣を握る手の力を緩めるようなことはしなかった。ひたすらに力を込め続け、ゴーレムに持続ダメージを与えていった。ゴーレムの二本目のHPバーはイエローゾーンへと変わっていった。
(いける……! このままダメージを与え続ければ……!)
その時だった、HPバーがイエローになった瞬間にゴーレムの頭部にあるモノアイが不気味な赤色に怪しく光り輝き、部位破壊の影響で先ほどまで鈍かった動きをしていたゴーレムの敏捷性が上がったのだ。そのただならぬ様子に気付いたシュピーゲルはすぐさまステップをして距離を置こうとしたのだが、突き刺していた短剣がコアから抜き取れず、立往生してしまっていた。
「シュピーゲル離れて! 奴の攻撃が来るわよ!」
「わかってる! でも武器が……外れなくて……!」
シュピーゲルが渾身の力を込めて突き刺した短剣はかなり深い所まで刺しこまれており、早く抜かなきゃと焦りの気持ちを抱いていたこともあり、簡単に抜けなかった。相手をこの一撃で倒すことしか考えていなかった思考が、シュピーゲルの危険予測能力を削いでしまっていたのだ。そうこうしてる間にゴーレムの太い右腕が空に掲げられ、今にもシュピーゲルへと振り下ろされようとしていた。別に武器から手を離して後退すれば助かるのだが、彼は決してそれをしようとはしなかった。それには彼なりの理由があったからだ。
(この短剣は……シノンが僕のためにわざわざ用意してくれた大事な武器だ! これ一本で戦っていくと決めた相棒を……保身の為だけにそう簡単に離すわけにはいかない!)
彼には彼なりの武器への愛着と拘りがあった。GGOでの戦場は自分がベストだと判断した武器を相棒に駆け抜ける。文字通り命を預けているのだ、それはたとえ違うゲームであっても決して変わりはしなかった。シノンから貰い受けたこの相棒を絶対に手放さない、そう心に固く決めていたシュピーゲルであったが、このまま立往生していてもやられてしまうのも時間の問題だった。AGIに特化したスキルと装備で身を固めた彼には、このゴーレムからの攻撃を耐えられるかわからない。もしかしたら即死の可能性も考えられる。武器を諦めて手放すしかないのか……そう諦めかけたその時だった。
「シュピーゲル伏せて!」
シノンが声を荒げると共に弓を構えていた。そして素早く何かを呟いたと思えば弓の弦にかかっている矢が真っ赤な炎に包まれていた。炎属性を付与させた弓のソードスキル「スパークル・シュート」を発動させていた。ソードスキルの構えが完了するとシノンは狙いをゴーレムの右腕に定め、矢を解き放った。
解き放たれた矢はゴーレムの右腕に吸い込まれるように綺麗な紅蓮の軌道を描きながら、激しい爆発を巻き起こして着弾した。矢が命中した腕は先端から吹き飛び部位破壊状態となっていた。右腕を失ったことで大きくバランスを失ったゴーレムは体を上手く動かせないでいた。ギギッという機械音と共に体を小刻みに震わせて火花を散らしていた。
それがシュピーゲルにとって絶好の攻撃チャンスとなった。シノンの放った炎の矢の着弾時の衝撃で短剣がコアから外れ、身動きが取れるようになっていたのだ。MOBの部位破壊は一定時間で元通りになってしまう。そうなる前に決着をつける。シュピーゲルは少し距離を置き、四連撃短剣ソードスキル「ファッドエッジ」の構えを見せた。モーションを起こすと右手に握られた相棒の短剣が白く光り輝き、ソードスキルが発動した。短剣の切っ先は目にも留まらぬ速さでゴーレムのコアを斬り刻んだ。しかしまだゴーレムを爆散させるにはあと一息足りなかったようで、ゴーレムのHPはレッドに突入しつつも、まだ一撃耐えられるぐらい残っていた。
「ぐっ……ま、まだ生きてるっていうのか……!?」
「いけるわシュピーゲル! 貴方の覚えているソードスキルならトドメを刺せる! その武器の特徴を思い出して! 貴方ならすぐに次のソードスキルを撃てるはずよ! 急いで!」
「……!!」
シノンからの助言を受けたシュピーゲルはその言葉を信じ、もう一度、今度は別のソードスキルを発動させようと体を動かした。普通ならここでソードスキルの硬直が発生する筈なのだが、彼の装備している短剣のソードスキルの硬直を30%カットする特殊効果と短剣のソードスキルそのものの硬直の短さも相まって、ほぼクールタイム無しで次のソードスキルを発動出来るようになっていたのである。
「これで……倒れてくれッ!!」
シュピーゲルはバックステップで大きくゴーレムから距離を置くと先程とは違うソードスキルのモーションを見せていた。突進型短剣ソードスキル「ラピッド・バイト」である。深く腰を落とし、後方に短剣を構えるモーションが完了すると右手の短剣が光り輝き、シュピーゲルは右手を前方に突き出して猛スピードで突進していった。自慢のAGIも最大に乗り、猛烈な速さでゴーレムとの距離を縮めていった。
やがて短剣の切っ先はゴーレムのコアを下から上へと削ぎ落とすようにすれ違いざまに斬り裂いていった。ゴーレムにソードスキルをお見舞いしたシュピーゲルは慣性を残したまま放物線を描いて、体操選手のような綺麗な回転を決めながら華麗に着地した。コアを斬り裂かれたゴーレムは残りのHPバーがゼロになり、青白い光を放ちながらポリゴン片となって爆散した。シュピーゲルは辛くもこのゴーレムに勝利したのである。ゴーレムが倒されたことを確認したシュピーゲルは緊張が解けたのか、ほっと胸をなでおろして地面に腰を落ち着けていた。
「やった……倒せた……」
「お疲れ様、シュピーゲル!」
「シノン……、ありがとう」
初見でナイスファイトを見せたシュピーゲルに、シノンは駆け寄りながら労いの言葉を掛けた。その時のシノンの見せた表情は非常に穏やかなものであった。その様子を地面に座りながら見上げているシュピーゲルの顔も同じように穏やかな表情となっていた。シノンは労いの言葉を掛けると弓をストレージに仕舞い、彼の隣に並ぶ形で体育座りで腰を落ち着けた。
腰を下ろしたシノンは意味ありげにシュピーゲルの顔をじーっと見つめると自分のお下げを指でいじくり「う〜ん」と小さい声で呟きながら何やら考え込んでいた。シュピーゲルはそんな何気無いシノンの仕草に一瞬ドキッとした。現実世界じゃお目にかかることはない、生き生きとしてるシノンの一つ一つの仕草に心臓の鼓動を高鳴らせていた。シノンはシュピーゲルから熱い視線が送られていることに気付くと途端に顔を赤くして、すぐさま視線を逸らしてしまった。
「えっと……何? シュピーゲル……」
「え……! あ……いやその、ひょっ評価はどうだったのかなあって……思ったもんだから……」
「あ……えと……う、うん。そうよね……、そうだったものね……」
シノンからそう言われると、シュピーゲルも自分自身の向けた視線に気付き、恥ずかしがって目線を空へと移してしまった。仮想世界のシノンではなく、現実世界の朝田詩乃として意識してしまっていた。それと同時に、今目の前に写っているシノンの立ち振る舞いが、詩乃本来の素の姿、本当の詩乃なんだなと認識していた。あんな事件が起こらなければ、彼女は現実でもこうやって笑ったり怒ったり、感情豊かに過ごしていたんだろうかと、そう感じていた。
(でも、あの事件があったらこそ……僕は詩乃と出会うことが出来た。……いや、自分から会いに行ったんだ、意地汚い身勝手な理由で……、彼女の胸の内も知らないで……)
シュピーゲルは再び、心にシノンに対する罪悪感と葛藤感を抱いていた。僕がシノンに近付いた理由を彼女が知ったらどう思うだろうか? 嫌われる? 幻滅される? 軽蔑の眼差しを向けられる? ……いずれにしても彼女が僕から離れていくのは確実だ。それが彼女を騙し続けているボクに対する罪なのだから……。
(……いつか話そう、その時までに心の準備だけは……済ませておかなきゃ……)
「シュピーゲル?」
目を細めて上の空になっていたシュピーゲルに、シノンは首を傾げながら彼の視界に入り込むようにして声を掛けた。シュピーゲルは急に視界に写り込んだシノンに驚き、上体を後方に反らして驚きの声を上げていた。
「わっ! シ、シノン……な、何だい……?」
「何だはこっちの台詞よ、どうしたのよ……ぼーっとしちゃって……」
「あ、いや……その、それで訓練の評価は……どうだったのかなあって思ってさ」
「……知りたい?」
シュピーゲルが考えてる事を悟られぬよう話を逸らそうと、訓練の評価の話へと話題を移した。するとこれまでシュピーゲルの訓練に付き添っていたシノンの顔が意味ありげな笑みを浮かべ、話そうか話すまいかと答えを濁すそぶりを見せた。
シュピーゲルが「え、教えてくれないの?」と困った表情になるとシノンはその反応を面白がり「冗談よ冗談!」と楽しそうに笑っていた。そんな楽しげに笑うシノンの無邪気な笑顔を見たシュピーゲルは、そんな彼女に心を奪われていた。
(ダメだ……、罪の意識とか彼女への償いとか……もう関係ない。僕は……やっぱりシノンの……詩乃のことが……!)
シュピーゲルはもう、自分の心の奥に閉じ込めておいた気持ちに嘘をつくことが出来なくなっていた。この心のモヤモヤが晴れるかなんてわからない、でも……もうダメだ、もう我慢することが出来ない。そう思ったシュピーゲルは気持ちの高ぶりを抑えることが出来ずに、隣で座りながら笑っているシノンの右手を、自分の両手でガッチリと握り締めていた。
「ひゃっ!? ……な、何……? シュピーゲル……」
「シ……シノン……」
シュピーゲルに右手を握られたシノンは顔を真っ赤にしていた。シュピーゲルもまた、顔を真っ赤に染めながら真剣な眼差しでシノンを真っ直ぐ見つめていた。シノンは彼の視線から目を逸らすことが出来ずに、心臓の鼓動を高鳴らせながらシュピーゲルの言葉を待った。
「シノン……聞いてほしい。僕は君に……言ってないことがある、いや……言わなければいけないことがあるんだ」
「わ、私に……言わなければいけないこと……?」
シノンは緊張のあまり思わず息を飲み込んだ。シュピーゲルが……恭二君が私に言わなければいけないことって一体何だろう……? ……ひょ、ひょっとしてまさか……! この状況で言わないといけないことって……っ。
そんな考えを頭の中を巡らせていると心臓の鼓動がまた一層早くなっていったのがわかった。今私は、過去にないぐらいドキドキしてしまっている。身体中の血が激しく勢いよく全身を流れていってる。呼吸も荒くなってきた。仮想世界の体なのに、本物の身体のように隅々まで熱くなっている。シュピーゲルの口から次に出る言葉が、早く聴きたくてしょうがない。お願いシュピーゲル……早く話の続きを……聞かせて頂戴……。
「シノン……僕は……、僕は君が……君のことが……ッ!!」
「わ……わたしの……ことが……?」
シュピーゲルとシノンは鼻と鼻が密着してしまいそうな距離まで近付いていた。互いの眼の色、瞳の形、些細な視線の動きまでわかる。小さな呼吸の音まで事細かにわかってしまう距離。ここまできたら行くしかない、引き下がれない。覚悟を決めろ、勇気を出せ、男を見せろシュピーゲル、いや……新川恭二……!!
「シノン……僕、僕は……、き……君……、君は……ッ!!」
「わ……わたし……は……?」
「…………安産型だね、シノンは」
「………………は?」
シュピーゲルがその言葉を口にした瞬間、シノンの表情が真顔に変わった。シュピーゲルも真顔で平静を装ってはいるが、内心は「しまった……」と焦りの気持ちを抱いていた。
……今僕は何て言った? 女の子であるシノンに向かって「安産型」だ? 何を言ってるんだ! 他に言うべきこと伝えないといけないことがあるだろう! や、だが確かにシノンのアバターは現実の詩乃と比べて豊かな体つきをしている。魅力的なフォルムをしていると言っていい。
もっと言ってしまえばこのアバターぐらい詩乃の身体もふっくらしていればかなり僕好みになるのにな……。……あれ? 気の所為かな、何だか寒気がする。風邪でも引いたかな、そういえば今日行った川越は結構寒かったし、その所為かもしれないな……。ねえシノン、君は寒くないかい? ……あれ……シノン……?
「えっと……シノン……さん?」
シノンは真顔から段々と顔が引きっていき、顔をうつむかせて前髪で表情が読み取れなくなるまで前かがみになってしまっていた。更によく見ると上半身、特に顔の辺りと拳が小刻みに震えていた。あれ? もしかして僕、シノンを怒らせてしまった? そう思いながらシュピーゲルは恐る恐る、下からシノンの顔を覗き込もうと腰を少し落として彼女の顔が見える位置まで体を動かそうとした。
しかしシュピーゲルがシノンの顔を覗き込もうとするよりも前に、シノンは上体を垂直に戻し、姿勢正しい直立の体勢となっていた。その表情には満面の笑みが浮かんでいた。よかった、怒ってないみたいだ。てっきり彼女の逆鱗に触れてしまったかもしれないと思ったがそんなことはなかったみたいで安心した。
……しかし安心したのにもかかわらず、この全身を襲う寒気が引っ込まないのは何でなんだ? やっぱり風邪でもひいてしまったかな? 参ったな……この後勉強しないといけないのに……。そういえばシノンも体調崩してないか心配だ。ちょっと聞いてみるとしようかな。
「ねえシノン大丈夫かい? 無理してない? 今日は10月にしては真冬並みの寒さだったから、シノンも体調崩してないか……僕は心配……なんだけど……?」
シノンは満面の笑顔をシュピーゲルに見せながら、利き手である右手に力を込めてモーションを起こし、格闘ソードスキルを発動させようとしていた。構えを見せたシノンの右手は白く光り輝き、シノン自身からも爽やかでドス黒い殺気がシュピーゲルに向かって放たれていた。
シュピーゲルは只ならぬ雰囲気を目の前のシノンから感じ取り、今この瞬間だけはシノンから逃げたかったが、そのシノンから放たれている物凄いプレッシャーに圧倒され、その場から逃げることが出来なかった。やがてシノンの右拳は、空気が読めないシュピーゲルの顎目掛けて放たれていた。
「シュピーゲルの……、馬鹿ああぁぁぁぁぁッ!!」
「のごわあぁッ!?」
シノンの放った格闘ソードスキル「ビート・アッパー」は吸い込まれるようにシュピーゲルの下顎にゴツンという鈍い音を立ててクリーンヒットしていた。ケットシー領から離れたここのフィールドエリアはPK保護圏外なので、シュピーゲルのHPはしっかりとイエローゾーンまで減っていた。シノンが格闘系ソードスキルの熟練度を上げていたら、一発ノックアウトされていたことだろう。
シノンの拳の餌食になったシュピーゲルは状態異常「気絶」に陥りながら、美しい放物線を描いて地上から5メートルほどの高さまで吹っ飛ぶと、そのまま運動エネルギーに身を任せたままゴシャッという落下音と共に地面に叩きつけられていた。その姿を見届けたシノンは腕を組みそっぽを向き、機嫌を悪くし「フンッ!」と言いながら顔を膨らませていた。シュピーゲルはというと地面に仰向けの体勢でぶっ倒れており、手足をピクピクとさせながら悶絶していた。
「フンッ! もうシュピーゲルなんて知らないんだからッ!」
「あが……あがが……」
――――――
それからしばらくしてシュピーゲルは状態異常が解け、ポーションを飲んでシノンに減らされた自分のHPを回復させていた。肝心のシノンはと言うと、先の件もありかつてない程、超が付くぐらい不機嫌になってしまっていた。
近くの岩場に腰を下ろし、足を交差させ、腕を組み、シュピーゲルからそっぽを向き、頬を膨らませてムスッとしていた。そんな彼女にどうやって声を掛けたらいいかわからないシュピーゲルは心底困り果てていた。
「えっと……シノン……?」
「…………」
「怒ってる……よね……?」
「別に……怒ってないわよ」
「……そう……なんだ……」
シュピーゲルはシノンに対して恐る恐る声を掛けた。長年勉学とミリタリー漬けだった彼に乙女心がわかるはずもなく、なんとかシノンに機嫌を直してもらおうと四苦八苦していた。一方シノンはシノンで一見一触即発寸前のように思えるが、内心では思わずソードスキルでぶっ飛ばしてしまった彼に対してやり過ぎたかなとも感じていた。しかし、先程のシュピーゲルの発言に問題があったのも事実であった。シュピーゲルはどうしたらいいかわからず、弱々しい態度でシノンにどうすれば機嫌が直るか直接尋ねてみた。
「ごめんよシノン……さっきはデリカシーがなさ過ぎたよ……、ホントにごめん……」
「…………」
「えっと……どうしたら……機嫌直ってくれるのかな……」
「……知らないわよ」
シュピーゲルはその後もひたすら謝り続けたがなかなかシノンの機嫌は直らなかった。そんなしおらしくなってしまったシュピーゲルを見て、シノンは肝心なところは昔と変わらないんだなと、しみじみ感じていた。そしてシノンは深く溜息を吐き出すとやれやれと言った表情を見せながら語り始めた。
「シュピーゲル……、恭二君ってさ、昔からそゆとこ変わらないよね……」
「え……?」
「恭二君さ、学校辞める前から色んなとこ連れてってくれたけど、女の子が通うような小洒落たとことか、可愛いお店とか、一緒に入ったこと……なかったよね」
「あ……えっと、そう……だったかな……」
「そうだったわよ、ガンショップとか模型店ばっかり連れてってもらった記憶しかないもの。飲み食いしたっていえばファミレスとかファストフードばかりだったわよ?」
「うう……ごめんなさい……」
シュピーゲルはシノンからの追い打ちにさらに肩を落として酷く項垂れてしまっていた。しかしシノンの怒りは既におさまっていた。確かにあまりの空気の読めなさに腹を立てたのは事実だし、とんでもないことを言われたのも確かだ。しかしシュピーゲルが真摯に謝ってきたのもあり、許してあげようかなとも思っていた。
「……もういいわよ……もう怒ってないから……」
「え……ほ、ホントに……?」
「なんだかんだで……優しいよね、恭二君って……」
「……そんなことないよ、ただ……シノンのことが、ほっとけないだけって言うか……」
「……うふふっ」
私が怒って機嫌を損ねて、酷いことをして罵っても、シュピーゲルは……恭二君は私のことを考えてくれてるんだ。……そしたら……何だか悪い気はしないかな、むしろ嬉しいかな……。
「ほら、そんなに暗い顔しないでよ。ホントに怒ってないから……」
「……うん……ごめんね……」
「ほらまたそうやって謝る……」
「あ、うっうん……そうだね、あはは……」
シュピーゲルが困ったように苦笑いを浮かべて頭をかくと、それまで強張っていたシノンの表情にようやく綻びの様子が見えた。イマイチ度胸が足りなかったり、押しが弱かったり、優柔不断な面も含めて、全部恭二君なんだよなあとしみじみ感じ取っていた。そんな彼のことを私は好きになってしまった、ならその弱々しい部分も含めて全部彼なのだから、みんな受け入れるべきなんだ。……その時だけは腹が立つかもしれないけど。
「えっと……んじゃあ許してあげるかわりに、一つだけ付き合ってほしいことがあるんだけど、いいかしら?」
「付き合ってほしいこと……? なんだい?」
「一緒にハロウィンクエストに行きましょ、シュピーゲル」
「え……それって今日限定でやってるっていうイベント……だったっけ……」
「ええそうよ、私を不機嫌にさせたお詫びに付き合いなさい。そしたらチャラにしてあげる」
普段の現実の彼女からはとても想像出来ないようなツンツンな態度にたじろいでいたシュピーゲルであったが、既に彼に拒否権は無く、問答無用で有無を言わさずシノンに付き合うこととなってしまった。シュピーゲルには彼女の顔に「貴方に拒否権は無い」と書かれているかのように見えていた。
しかしシノンの機嫌を損ねたのは自分の所為であることに間違いはないし、何より彼女はそんな僕の特訓に付き合ってくれた。ルーキーの僕をこの短時間でここまで成長させてくれたのは紛れもなくシノンだ。装備も用意してくれたし、そもそもこのソフトを……ALOをプレゼントしてくれたのは彼女じゃないか。
ならここで彼女のお願いに付き合うというものが筋と言えるだろう。お礼もしたいし僕の実力がどこまで通用するかも確かめたい。ハロウィンクエストがどんなものなのかも気になるし、ログイン初日にいきなり期間限定イベントに参加出来るというのは運がいいのではないだろうか。シノンと一緒に参加出来るなら尚更楽しめるだろう。つまり選択肢はイエスしかなかった。
「わかったよシノン、そのイベントクエスト……付き合うよ。僕も気になってたし、シノンと遊べるなら是非やってみたいな」
「え……あ、うん。そ……そしたら早速現地まで行きましょッ」
喋ってる途中から爽やかな笑顔になっていったシュピーゲルの表情の変化を、すぐ近くで見てしまっていたシノンは顔を赤くしていた。もっと渋られると思ってたのに割とあっさりOKをもらったことに少し驚いたと同時に、自分と遊びたいと言ってくれたことに、嬉しさを隠せなかった。
その様子をシュピーゲルに見られたくなかったのか、シノンは慌てて自分の顔がシュピーゲルから見えないように角度を変え、左手のメニューからストレージを開き、転移結晶を選択しオブジェクト化して取り出し、左手をシュピーゲルに差し出した。
「ほら、転移するから……手繋いで」
「え? ……ああ、う……うん。わかった」
シノンが照れ臭そうに要求すると、シュピーゲルも顔を赤らめながらそれに応え、差し出された左手を自分の右手でしっかりと握り締めた。別にこの日に遊びに行った川越でさんざ手を握って歩いていたのだが、この仮想世界では現実世界とはまた違った小っ恥ずかしさがあった。シノンは手を握られた事を確認すると右手に持った転移結晶を空高く掲げて、目的地の名前を口ずさんだ。
「転移! アルン!」
シノンが転移の為の言葉を言い放つと、彼女たちのアバターは青白い光に包まれ、眩しいエフェクトが光り輝くと共に、草原フィールドから姿を消していた。
――――――
同日午後20:25 世界樹の街アルン中央広場
その一方、キリトとアスナを新たなるメンバーとして加えた新生スリーピング・ナイツの面々は、クエスト挑戦の為に各々消耗品アイテムの補充、装備の耐久度のメンテナンス、スキルセットの確認など、準備を着々と進めていた。本日集結した新生スリーピング・ナイツのメンバー構成は次のようになっている。
まず二代目ギルドリーダーで「絶剣」の二つ名を持つユウキ。AGI重視の極細の片手直剣を武器に立ち回るスピードタイプ。大抵のMOBはタイマンなら攻撃を見てから全て避け一対一で大体倒せてしまうプレイヤースキルの持ち主である。スリーピング・ナイツのメインアタッカーだ。その実力はフルダイブマシンがメディキュボイドからアミュスフィアに変わっても劣ることはないだろう。
そして、そのユウキの恋人であり「黒の剣士」の二つ名を持つ相棒キリト。何と言っても特徴は両手に握られた二刀流。ALOは一応両手に一本ずつ武器を装備出来るものの、本来二刀流スキルは存在せず扱いも大変難しい為、使いこなせるのはSAO 時代から二刀流を使い続けていたキリトぐらいだった。戦闘面も火力が単純に倍になり、手数も増える為ヘイトの変動の調整もしやすく、スイッチに大きく貢献出来たりとリターンはかなりいい。短期決戦でならシステム外スキル「スキル・コネクト」による高火力ダメージも叩き出せたりと、反則級の実力を持ったプレイヤーだ。そして新たについた二つ名は皮肉の意味も込めて「ブラッキー先生」となっていた。
そしてそのキリトの元恋人で、ユウキの一番の親友であるアスナ。種族であるウンディーネの特徴を活かした回復魔法を得意としてる……筈なのだが、剣の腕前もSAO 時代から培っていた技術が相まって、ヒーラーであるにもかかわらず最前線で敵をなぎ倒してしまうので、ついた二つ名が「バーサクヒーラー」という大変不名誉なものであった。本人はどうせ呼ぶなら昔呼ばれた「閃光」の方で呼んでほしかったのだが、世間は前者の二つ名を大層気に入ってしまっていた。良い子のみんなは彼女の前では前者の二つ名で呼ばないようにしよう、決してリメインライト化したくないのなら。
次はスリーピング・ナイツ初期メンバーの一人で、キリトと同じく珍しいスプリガンの女性プレイヤー、ノリ。酒を飲まなければ大変に面倒見が良い、みんなの姐さん女房的な存在の頼れる大人のお姉さんだ。戦闘の腕前もかなりのもので、その細身のアバターからは想像出来ない自身の身の丈ほどある長い鈍器を手に握り、戦場を駆け回る。ついた二つ名は「飛燕の眠り子」
おっとりとした性格のウンディーネの少女、シウネー。ギルドの中ではユウキと一番仲が良く、よく二人でALOで食事なども行っていた。最近まで急性白血病を患っていたが、8ヶ月前に行ったユウキのライブで集まった骨髄を移植手術したことにより、奇跡の完治を成し遂げた。ALOでは前線に出ずに、後方で回復魔法や氷属性魔法などでパーティの支援に徹する。彼女の支援がなければスリーピング・ナイツはポーション代がかさみまくっていることだろう。本人のおっとりとした性格もあり、ついた二つ名は「癒合の眠り子」
そして、スリーピング・ナイツで最年少だと思われるサラマンダーの少年、ジュン。その見た目通り明るく活発な男の子で、密かにユウキのことが気になっていた様子だ。全身を真っ赤な装備でガッチガチに固め、剣と炎属性魔法を巧みに使い分け戦場を駆け回る魔法戦士型のプレイヤーだ。その真っ赤な見た目と戦闘スタイル、そして本人の真っ直ぐな性格からつけられた二つ名は「情熱の眠り子」
欠席のタルケン、テッチを除いて以上六人の新生スリーピング・ナイツのメンバーが、ここ世界樹の街アルンの中央広場へと足を降ろしていた。新生スリーピング・ナイツの最初の仕事、ハロウィンクエストを攻略する為に。新たに加入したキリトとアスナは元より、ユウキが半年ぶりに帰ってきてくれたことに、既存メンバーは何より喜んでいた。また自分たちのスリーピング・ナイツが動き始めた。結成した当初とは随分メンバーも違うが、これからも限りない思い出をたくさん作るべく、再びこうして馳せ参じた。
「うわあ、普段と大分違う雰囲気だねえ〜」
ユウキはハロウィンの装飾が施されたアルンの街並みを興味津々といった様子で見渡していた。現実世界でも、和人と一緒に駅前に買い物に行ったときに目にしてるのだが、それとは違った仮想世界ならではの装飾に胸を躍らせていた。
ハロウィンの装飾が施されたアルンの中央広場は辺り一面ハロウィンらしい飾り付けがなされていた。中身をくり抜かれて松明が入れ込まれ、怪しく光り輝くパンプキンヘッドの置物や、地面から生えている不気味な黒い霧を漂わせている蝙蝠のフラッグ、ALOゲーム内に存在するゾンビ、マミー、フランケンシュタイン、ゴーストなどといったアンデッド系のMOBの3Dモデルが佇んでいたりと、如何にもハロウィンといった雰囲気に包まれていた。特に目を引くのが中央広場のど真ん中にいるイベントNPCの背後にある巨大なパンプキンヘッドの像だった。
周辺にあるどのパンプキンヘッドよりも禍々しい雰囲気を漂わせており目付きも悪く、この場にいる全プレイヤーに対して殺気にも近い威圧感を放っているようにも見えた。何かきっかけでもあればこの像そのものが動き出しそうな空気をも漂わせていた。そんな巨大な像の前に、ボロボロの真っ黒なシルクハットとタキシード服に身を包み、左手で杖をつき、右手で腰を押さえ、猫背になってしまっている浮浪者風の爺さんのNPCが、独特の怪しい雰囲気を放ちながらプレイヤーが話しかけてくるのを待っていた。
「ねねっキリト、あのボロボロのお爺さんに話し掛ければクエストが始まるのかな?」
「そうだろうな、今まで見たことがないし、あのパンプキンヘッドの真ん前に陣取ってるところを見ると、多分イベントNPCで間違いないだろう」
「……オレ、あーゆー爺さんちょっと苦手なんだよな……馴れ馴れしくてさ」
「アタシも、なんかセクハラしてきそう」
メンバーからの爺さんの評価は、一部を除いて散々なものであった。特に女性陣からのセクハラしそうという評価については、ユウキを除いて全員が首を縦に振って同意していた。しかしNPCはNPC、話し掛けないとクエストは始まらないし、運営がプレイヤーに向かって直接的な嫌がらせをするなどいったことは無い筈だ。
しかしアスナ、シウネー、ノリの三人は頑なに話し掛けたくないらしく、しょうがないのでキリトを先頭にユウキ、ジュンの三人でNPCに話し掛けに行くこととなった。キリトたちとNPCとの距離は30メートル程、その距離を歩いて移動をしていると、キリトはその途中によく知った顔がいることに気が付いた。
「ん……あれ? シノンじゃないか。どうしたんだこんな所で」
「ホントだシノンだ! おーいシノーン!」
キリトがその知った顔の正体がシノンだということに気が付くと、連鎖反応でシノンに気付いたユウキが嬉しそうに両手を大きくぶんぶんと振り、シノンを呼び止めた。その様子にあちら側も気付いたようで元気に挨拶をするユウキ達へのもとに歩み寄ってきた。
「やあ、こんばんはシノン」
「こんばんは、ユウキにキリト。偶然ね、アンタ達もハロウィンクエスト?」
「アンタ達もってことは、シノンもこれからハロウィンクエストを?」
「え、ええ……。彼と一緒に受けるつもりだったのよ」
「彼って……、シノンの隣にいる猫耳の……?」
キリトの言うシノンの隣にいる人物とは言わずもがな、今日……それも今しがたALOに降り立ったばかりのケットシー族の少年、新川恭二ことシュピーゲルのことだ。シュピーゲルはキリトと視線を合わせるとマジマジとキリトのことを見つめていた。キリトは何故自分がそんなに真剣な眼差しを送られているかわからず、シノンはその様子を横から楽しそうに眺めていた。
「すごいね……一度ライブの映像で見たけど、現実世界とそっくりなんだね……、和人も木綿季ちゃんも」
「え……、俺の名前を知ってるって……、それにその聞き覚えのある声……まさか君は……」
「ええそうよ、彼は恭二君よ。こっちの世界ではシュピーゲルっていうの。つい今しがた、GGOからキャラをコンバートしてきたのよ」
「こんばんは、先程ぶりかな? 二人とも」
「…………」
「…………あれ? キリトにユウキちゃん? 固まっちゃって……だ、大丈夫かな……」
キリトとユウキは恭二……、シュピーゲルのアバターを見るなり固まってしまっていた。それもそのはず、今までALOで男性キャラでケットシーを選ぶプレイヤーは全くと言っていい程いなかったからだ。何故かというと理由はやはりその見た目にあった。キャラクターのアバターがランダムで形成されるALOでは本人の意思とは関係なく、外見がCPUに選ばれる。
その外見は種族によってランダム性に偏りがあり、シュピーゲルが選んだケットシー族は男性キャラの場合、かなりの確率で残念な見た目のアバターになってしまうのがほとんどだった。他のゲームからキャラをコンバートしても、課金して再びアバターの外見を変更しても、中々猫耳が似合う見た目とはならなかったのだ。多くの人が筋骨隆々なガッシリ体型に猫耳に尻尾なぞという、グロテスクな見た目のアバターとなるのが関の山であり、シュピーゲルのように女性とも男性とも取れる、中性的な見た目をしたケットシーは大変に珍しいものだった。というより初めてではないだろうか?
「えと……恭二、なんだよな?」
「う、うん。そうだけど……」
「……男キャラ、なんだよな?」
「そ、そうだよ?」
「……その見た目でか……」
「頼むからそのことについては触れないでくれ……、僕もこんな風になるなんて思わなかったんだよ……」
あまり触れられたくないアバターの話を無理矢理逸らそうとしているシュピーゲルを尻目に、キリトの近くにいたユウキとジュン、そしてそれを少し離れた位置で眺めていた残りのメンバー、特にアスナが興味津々にとシュピーゲルに駆け寄ってきた。その光景は自分のアバターの外見に触れてほしくないシュピーゲルにとっては、それはまさに悪魔の集会に見えていたという。
「可愛いー! ホントに恭二なの!? すっごく可愛いよー! アスナー! シウネー! みんなも来てごらんよー!」
「ホントだぜ、男のケットシーでここまでのアバターはなかなかというか初めて見たぞ、オレ」
まずはジュンとユウキが率直な感想を述べると、シュピーゲルは肩を落として大きく溜め息を吐き出した。だいぶメンタルがすり減っている様子だ。そしてさらにユウキがアスナたちにこっちに来るよう声を掛けたもんだからたまったものではなかった。その光景を見て、更にシュピーゲルは大きく肩を落としていた。
「え? なになに? しののんのお友達?」
「あの方……、ずっと前のイベントの時にシャムロックの足止めをしていただいた、シノンさん……でしたよね?」
「おー! 確かに! そいやあちゃんとしたお礼出来てなかったよな? 一緒にイベント誘ってみるか?」
あ……ああ……シノンのお友達かな……、興味津々とした顔で僕に近寄ってくる……、あの子たち絶対に僕のこと女の子だと思ってる。これ以上僕の精神を削り取らないでくれ……、お願いだからそんな満面の笑みでこっちを見ないでくれえっ!!
その後シュピーゲルはキリト以外の全員にその外見についてさんざいじくられ、精神を擦り減らされ、弄ばれていた。そして彼が男だということがわかると、今度はその矛先がシノンへと向かい、シュピーゲルとはどういう関係なのかという話題にまで発展していった。中でも特にアスナは目をキラキラさせてシノンに詰め寄り、実に楽しそうにその話題に花を咲かせていた。
無理もない、元SAO サバイバーの中で表向きではクールな狙撃手としてキャラクターが立っていたシノンに、キリト以外の男の子の親しい友達がいるなんて驚愕の事実だ。アスナが食いつかないはずがない、それどころかそんな楽しそうな話題、シリカやリズベット、さしてはフィリアやストレアたちの耳に入ったらどうなるだろうか? 十中八九彼女たちのいい玩具になってしまうだろう。
「ねえしののん! 彼とはどういう関係なの?」
「べ……、別にただのクラスメイトよ……」
「あはは……、まあ今は学校は辞めちゃって予備校に通ってるけどね……」
「へえー……そうなんだ。ねえしののん、本当に彼とはただのクラスメイトなの? 実は付き合っちゃったりなんかして!」
「ばっ……なっ……ちっ、違うわよ! シュピーゲルとは本当にただクラスが同じってだけでその……付き合ってるとかそんなんじゃ……!」
アスナからの尋問に真っ向から否定の態度を示していたシノンであったが、顔を真っ赤にし、慌てふためいた仕草でそんな態度を取られても全く説得力が感じられなかった。そんな彼女の本当の気持ちを知っているユウキだけは、顔に手を当てて笑って喜んでいた。しかしユウキはそのことを周りに教えるようなことはしない。こういうことは本人の口から言うのが一番だということをわかっているからである。
「あ〜あ〜……まさかしののんにも大事な人がいたなんてなあ……今の私にとっては羨ましいな」
「あはは、えっと……困ったねこりゃ……」
「だからあ〜! ホントにそんなんじゃ……うぅ……」
普段いじくられることがあまりないシノンは、アスナからの執拗な問い詰めに猫耳の先端まで真っ赤にし、うっすらと涙を浮かべ声を裏返してしまっていた。シュピーゲルは話の矛先がシノンに向かうと途端に元気になり、満更でもなさそうな表情で頬を人差し指でポリポリとかいていた。そんなシノンを見ていたユウキは流石に可哀想になってきたのか、自ら彼女に助け舟を差し出した。
「アスナぁ、もうその辺にしておいてあげようよ。シノンが可哀想だよ」
「そうだね、またいつでも出来るしね、うふふふっ」
「アスナぁ……アンタぁ……覚えときなさいよ……」
シノンは両手で猫のポーズを取り、激しい飢えた獣のように唸り、猫耳と尻尾を逆立てて、激しくアスナを威嚇していた。ほっといたらアスナに跳びかかりそうな勢いだったが、ユウキとシュピーゲルが後ろから肩を掴んでなだめていたため、それは叶わなかった。そんな微笑ましいやり取りを見ていたシウネー、ノリ、ジュンらのスリーピング・ナイツのメンバーにもほっこりとした笑顔が浮かんでいた。
「なんだかいいですね……とても賑やかで」
「打ち上げの時の酒飲んだノリみたいだよな!」
「一番うるさいアンタにだけは言われたくないっての!」
ノリは年下の分際でと言わんばかりにジュンの頭に拳骨をお見舞いしていた。どつかれたジュンは涙目になりながらも恨めしそうな目でノリに視線をとばしていた。口答えすればまた拳骨が飛んできかねない、ここは納得いかないが我慢する場だと、子供ながらに悟っていた。しかし痛覚があるわけでもなし、PK保護圏内でHPが減るわけでもなしに痛い気がするのは一体何故なんだろうか? 衝撃があるから? エフェクトが派手だから? VRMMO界七不思議の一つである。
「アハハ……、んでどうするシノン? 俺たちもハロウィンクエスト挑戦しようと思ってるんだけど、よかったらシノン達も一緒にどうだ?」
「え……一緒にって言っても……」
キリトからパーティのお誘いを受けたシノンであったが、冷静に今いる人数を確認してみる。まずキリト、ユウキ、アスナ、シウネー、ノリ、ジュンの六人にシノン、シュピーゲルの二人を合わせて八人。そう八人いる。しかしALOのパーティ人数上限は七人、このままでは一人あぶれてしまう。どうあがいてもこの中の誰かがハブられてしまう。しかしキリトの表情は笑みを浮かべたままだ、何か策でもあるのだろうか?
「ねえキリト、パーティの上限って七人だったよね? だとしたらシノンかシュピーゲルどっちかしか入れないんじゃ……」
「大丈夫だ、今回のこのイベントクエスト限定でパーティ上限が八人まで解放されているんだ。シノンもシュピーゲルも一緒に挑戦出来るよ」
「え……そうなの?」
そう、SAO やALO、GGOといったザ・シードを基盤としたVRMMOのパーティ人数の上限は、基本的に七人までとされている。システム上は一人分の空きが存在するのだが、クエストの途中NPCが仲間としてパーティに加わり、クエストクリアまで共に戦ってくれるものがある。本来はその為の空き枠だったのだ。
しかし近頃になって七人パーティじゃ中途半端過ぎる、NPCはNPCで専用枠を作ればいいじゃないかといった要望が大多数のプレイヤーから運営に対して前々から寄せられていたのだ。運営も表向きはバランス維持のためと公言してはいるが、実際のところはザ・シードのシステム通りにプログラムを走らせた方が問題が少ない為、現状を維持していた、というわけである。
だが昨今になって漸く運営が重い腰を上げプログラムを修正し、今回のこのハロウィンイベントに試験的に被せてきたのだ。ここで目立った不具合がなかったり、サーバーやマシンに負荷がかかり過ぎるなんてことにならなければ、早いうちに正式に実装されるとのことだ。人数が七人から八人になればそれだけで戦術の幅が広がる。アタッカーを増やして殲滅力をあげるもよし、タンクやヒーラーを増員し、不滅の鉄壁の布陣を敷いてもよしと、かなり戦闘の面白みに磨きがかかるにちがいない。
「ってことは……ここにいる全員でクエストに臨めるってことなのね?」
「ご明察、ってなわけでシウネーさんたちも……いいかな? 勝手に話進めちゃったけど」
「私たちは大丈夫です、寧ろ大歓迎ですよ! シノンさんにはあの時のお礼もまだですし、みんなでやりましょうよ!」
「そうだぜ! キリトさんも今度は最後までいてくれよな!」
「よっしゃあ! そしたら早いとこ受注しにいこう! アタシら八人なら楽勝だって!」
「ようし! そしたらキリト! パーティリーダーお願いね!」
「え……なんで俺が……」
「いいからいいから! こういうのはキリト君向けだから! ほらほら早く! クエスト受けられなくなっちゃうよ?」
ユウキとアスナに背中を押されたとなると、流石にキリトも断るに断れず渋々パーティリーダーを承諾した。どうせならギルドリーダーであるユウキがやった方が締まるのではと思っていたが、折角久しぶりのALOだ、しかも大人数でパーティを組むんだ。たまには俺が締めるのも悪くないと、キリトは心を決めると「オホン」とわざとらしく咳払いをして、愛剣のユナイティウォークスを鞘から抜き、地面に突き刺すと柄の先端に両手を当てて、演説気味に出発の音頭を取った。
「みんな、今日は俺とユウキが復帰したばかりだというのに、こういう機会を設けてくれてありがとう。このお礼は、いつかきっと、精神的に……!」
キリトが利き手の右手でガッツポーズを取ると、それに続くように残りのメンバーも笑みを浮かべながら、ユウキ、アスナ、シウネー、ノリ、ジュン、シノン、シュピーゲルの順にガッツポーズを返し、互いの拳をぶつけ合った。全員の息が揃ったところでキリトが地面に突き刺していた剣を抜いて鞘に戻し、NPCのいる方角へ向けて歩き始めた。
「よし行くぞ! 絶対にクエストを成功させて帰るぞ!」
「おーう!」
「うん!」
「はいっ!」
「あいよ!」
「おうよ!」
「ええっ!」
「お、おー!」
イベントクエストようやく受注です。ホント人数増えると尺が足りにゃい……。次回も多分かなり長文になると思いますが、よろしくお願いいたします。
そしてまたもや日間ランキングに載せていただきました。ご愛読、評価、ご感想、応援、Twitterでのフォロー誠にありがとうございます。マジで励みになります。日常編はネタが膨らみまくりなので今後のイベントをどう書いていくかが今から楽しみです。
次回こそホントにハロウィン完結させます。よろしくお願いいたします。