ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
みなさんこんばんは、えっと……まず謝罪とお礼を申し上げます。まずは謝罪の方から……。Twitterと活動報告で「次回の54話で木綿季が養子縁組を組む」と申し上げたんですが……すみません! 尺が足らな過ぎて養子縁組は次回の55話となります! 毎度毎度予告詐欺をしてしまって本当に申し訳ありません!
言い訳だけさせていただきますと細かい描写を考えたり、地の文を色々練ってたりすると尺がどんどん伸びてしまって……気が付いたら二万、三万文字を軽くオーバーしてしまっているんですね……本当にごめんなさい。次回からはこう〇〇になりますと言い切らず、〇〇になったらいいなあ程度の発言に留めておこうと思います。
そしてお礼の方なんですが、活動報告コメント、Twitterでのリプライ、投票でのご意見をいただいたことに深く感謝申し上げます。結果だけ言ってしまいますと紺野と桐ヶ谷で完全に真っ二つに分かれておりました。つまりは私の最終的な選択次第ということになってしまっておりますね! あははは……責任重大だ……。
さて、長い前置きはさておいて、54話をどうぞご覧くださいませ。今回はかなり砂糖が多めかもしれません。そして……原作で詩乃と深く関わったあの事件の片鱗も見受けられるかもしれません。
西暦2026年10月31日土曜日 午後22:50 アルンの街 転移門広場
前回、キリトとアスナを新メンバーとして迎えた新生スリーピング・ナイツとシノン、そしてシュピーゲルら八人のパーティは期間限定のハロウィンイベントに身を投じていた。ホラーテイストな雰囲気が漂う暗い不気味な洋館風の建物の中で、一行はパンプというAIを搭載したコミカルな可愛らしいパンプキンのNPCと出会った。
パンプを仲間に加えた一行は屋敷の罠を何度も切り抜け、長い道のりを経てボス部屋へと辿り着いた。ボスと激しい戦闘を繰り広げ、厳しい激闘の末辛くも勝利を得た一行であったが、終わってみればパンプを死なせてしまうという悲しい結果に終わり、全員が哀しさと虚しさを胸に抱えていた。
パンプと一番仲が良かったユウキは泣き崩れてしまい、キリトの胸を借りて気持ちが落ち着くまで涙を流し続けた。だがいつまでもボス部屋にいるわけにもいかず、一行はクエストを完了させてアルンの街へと戻っていった。
しかし誰もクエストの成功を喜ぶ様子は見せなかった。喜びよりも悲しさの方が勝ってしまっていた。しかしそんな悲しい空気を一蹴するようなことが起こった。ユウキ宛てにメッセージが送信されてきたのだ。その差出人を見てユウキは大変に驚いた、何故なら差出人がパンプだったからだ。急いで中身を確認してみると、また来年会おうといった意味合いが取れる内容だった。そう、パンプは死んでいなかったのだ。HPが全損して、このALOの世界から抹消されたかに思えたが、それこそが悪戯だったのかと思わせるかのような結果に、ユウキ達は「パンプらしいや」と胸に抱いていた。
また一年経てばハロウィンの季節に会える。来年のイベントも今年みたいな形式になるかは定かではないが、きっとまた再会出来る。ユウキたちはそう信じていた。暗い雰囲気がパンプからのメッセージでほっこりとした空気になり、一行は漸く落ち着きの様子を見せていた。
「ふう……疲れたぁ……」
「全くだ、最初から最後までパンプのやつに振り回されっぱなしだったな……」
「ま、アイツらしいよな。ハロウィンらしく、トリックオアトリートってか?」
「うふふ、その通りですね……」
キリトら一行の表情には安堵もそうだったが、疲労感が浮かんでいた。なんだかんだでクエスト自体は大変に疲れるものであった為だった。クエスト完了後は完了後らしく「お疲れ様」 「大変だったねー」と言いたくなるような雰囲気に包まれていた。
キリト、ユウキ、ジュン、ノリは大の字になって横たわり、アスナとシウネーは並んで芝生の上に腰を下ろし、シノンとシュピーゲルは近くの街灯に背中を預けていた。
「あ……ごめん、僕そろそろ落ちるよ。この後勉強しなきゃ……」
シュピーゲルがメニューから現在の時刻を確認しながら、ログアウトすることを告げた。大検の資格を取ろうとしている彼にとって、毎日の勉強は欠かせない。むしろ彼にとっての本当の闘いはここからなのかもしれない。シュピーゲルが落ちることを周りに伝えると、いい時間のせいもあって、次々に芋づる式にログアウトしようという流れになっていった。
「そうか……こんな遅くからさらに勉強とか大変だな……。って言ってもオレも今のうちに勉強しておかないと後から大変なんだけどな……」
「へ? ジュンも勉強してるの?」
「ああ……うん。オレも新薬のお陰で完治の見込みが出てきたから……復学するために勉強してるんだよ。元々勉強苦手だから、ちょっとかったるいけどな」
「あ~……わかるよ! ボクも小六で勉強止まっちゃってたから……今大変だよ~!」
「特に……お前の場合数学だよな?」
この中で一番勉強が遅れているであろうユウキにキリトが横やりを入れた。様々な事情を抱えて復学に向けて勉強を頑張っている三人は勉強の話題に花を咲かせていたが、流石にいい時間になってきたため、いい加減にログアウトしようということになった。そもそもにして完治の方向に向かっているとはいえ、ジュン、ノリ、シウネーの三人はまだ入院中なので、とっくに病院の消灯時間を過ぎてるはずなのである。このままいけば先生や看護師に怒られるのは必至であった。
「それじゃあ今日は解散にするか、実は俺の視界にさっきから警告が表示されててな……、多分リーファが風呂入れって体を揺さぶってるっぽい……」
「リーファさんって、確かキリトさんの妹さん……でしたよね?」
「ああ……そうだよ?」
「……ボクの方も出てるや。ねぇキリト、お風呂ボクが先に入っていい?」
「ああ、別にかまわないぞ?」
「……え?」
「……え?」
「……え?」
ユウキとキリトの今のやり取りに、シウネーらスリーピング・ナイツの面々が表情を凍り付かせていた。先に風呂に入ってもいいかという今のやり取り、それは即ちこの二人が一つ屋根の下で暮らしていることを意味している。今日直接キリトらの自宅に遊びにいったシノンとシュピーゲルはそれまでの経緯や内情を知っていたが、HIV完治後のユウキの経過を全く知らないシウネー、ジュン、ノリの三人はその事実を知らされていなかった為に、驚きの表情を隠せなかった。
「ユ……ユウキってひょっとして……キリトさんの家に……?」
「うん! ボクはキリトの家で一緒に暮らしてるよ!」
ユウキの曇りの全くない返しに、ジュン達は開いた口がふさがらなかった。ユウキとキリトが恋人同士だということは聞かされていたが、ここまで関係が進んでいるとは思わなかったのである。まあユウキからしたら半年ぶりに仮想世界にログインしたこともあり、皆に現状を知らせる機会がなかったのだから仕方なかったが。
それにしても自分たちが一緒に住んでいるという衝撃的な事実を惜しげもなくオープンにしているユウキはもう少し嗜みというものを覚える必要があるかもしれない。事実シュピーゲルは苦笑いを浮かべ、シノンとアスナは呆れて顔に手を当てて溜め息を吐いてしまっていた。
「ユウキ……それにキリト君も、私達だからいいけどそういう情報はあんまりオープンにしない方がいいと思うよ? リアルの事情なんだし……」
「あ……ああ、そういえばそうだったな……。結構ALOの友達もリアルで会うことが少なくないからあんまり気にしなくなってたよ」
「そう……だよね、ボクも気をつけなきゃ……」
基本的にこういったオンラインゲームに各々のリアルの事情を持ち込むことはタブーとされている。中にはそのようなことを気にしない人もいるが、個人情報などもあるために、原則的にはこういったリアルの事情はオープンにしない方が身の為なのである。いつどこで誰に悪用されるかわからないからだ。ユウキはアスナに諭されると、反省の表情を浮かべながら頭をかいていた。
「キリトさん!!」
「なっ……何だい?」
ジュンが突如、キリトの両手を握りしめ、真っすぐにキリトの目を真剣な眼差しで見つめていた。急に詰め寄られたキリトは驚いていたが、ジュンのこれでもかという真剣な表情から何かしら大切なことを伝えたいんだなという気持ちを汲み取り、ジュンの口から聞かされる言葉を待っていた。
「うちのリーダーを、ユウキを……よろしくお願いします」
「私からも、ユウキのこと……頼みます」
「アタシからも……お願いします。キリトさん」
元祖スリーピング・ナイツのメンバーであるジュンがそう言いながら頭を下げると、それに続くようにシウネーとノリも頭を下げ、ユウキのこれからのことをキリトに託した。ジュン達にとっても、ユウキの幸せは自分たちの幸せと同意義ぐらいに思ってくれていたのである。キリトは三人に「頭を上げてくれ」と言った後、優しく、そして真剣な表情を浮かべながら自分の覚悟を表に現した。
「言われずとも、ユウキは俺が必ず幸せにする。もしユウキが不幸になるようなことがあったら、その時は君たちに斬られてもかまわない」
「キ……キリト……」
相も変わらず恥ずかしいセリフを少しも照れることなく言い放つキリトに対し、ユウキは顔を赤くしてしまっていた。しかし心に嘘はつけないのか、嬉しさのあまり自然とキリトの手をぎゅっと握り締めていた。キリトもそれに気付くと、ユウキの手を握り返していた。ジュンたちはキリトの覚悟を聞き届けると、安堵の表情を浮かべていた。キリトさんなら大丈夫だ、どんなことがあっても絶対にうちのリーダーを幸せにしてくれる。そう胸に抱きながら。
「お願いします。もしも……不幸なんかにしたら、容赦なく斬り捨てますからね……!」
「ああ、その時は遠慮なくやってくれ。……尤も、俺は斬られるつもりはないけどな」
「……それなら安心です……」
「うふふ、よかったわね、ユウキ!」
キリトと手を繋ぎながら顔を赤くして俯いているユウキの背後から、アスナが上から覆いかぶさるようにしてユウキの肩に手を回してもたれかかった。ユウキは恥ずかしそうにしながらも「う……うん、ありがと……」と照れくさそうに返事を返した。そして時間の方も流石に限界に近付いており、一行はそそくさとログアウトの準備に取り掛かっていた。
「みんな、今日は本当にありがとう。色々あったけど俺は楽しかった。……また……遊ぼうな!」
キリトが左手でメニューを操作しながら、〆の言葉を皆に送った。久方ぶりのVRMMOは、文字通り色々あったが濃厚で充実した時間であったと言える。毎日がこうとは限らないが、このメンバーがいる限りはこれからもずっとゲームを楽しめていけるだろう。
「それじゃあみんなお疲れ! ……オレは多分先生から怒られるな……」
「くす、それは私たちもよ、ジュン」
「あははは! 違いないな!」
「そうだね! まあ次から気を付ければいいよ!」
よく消灯時間をオーバーしてまでALOで遊んで倉橋に怒られたことがあるユウキが「多分大丈夫だよ」と自信ありげにジュン達に言い放った。前科がある者の意見として妙な説得力があった。こんなことなら倉橋はもう少しユウキに厳しくしてもよかったのかもしれない。
入院組であるスリーピング・ナイツのメンバーはユウキ達に「また今度遊ぼうね」と言い残し、左手でログアウトメニューを開いてタップし、アバターを光らせながらALOから現実世界へと帰還していった。シウネーら三人がログアウトした転移門前には、キリトら五人が残される形となった。
「それじゃ、僕も落ちるよ。これから深夜あたりまで勉強しないとだ」
「私も落ちるわね、今日は誘ってくれてありがとね、キリト」
「いや、シノンたちこそ参加してくれてサンキュな。シュピーゲルも……また一緒に遊ぼうぜ」
「……うん是非お願いするよ。今度は……君から剣術を教えてもらいたいな」
「いいのか? 俺の訓練はシノンよりハードだぞ?」
「大丈夫だよ、ある意味……シノンより厳しくないだろうし……ね?」
キリト達がお互いに笑顔で軽いジョークを交わしていると、傍らで見ているシノンが「……どういう意味よ……」と言葉を漏らしながら若干不機嫌になっていた。シュピーゲルが慌てて「冗談、冗談だから!」とシノンをなだめると、一行の間に笑い声が飛び交った。
やがてシュピーゲルとシノンも右手でバイバイの仕草をしながら左手でメニューを操作して、二人同時にログアウトしていった。シュピーゲルにとっても、今日初めて降り立ったALOは非常に充実した初日であった。コンバートしたキャラとはいえ、たった一日でここまで戦えるようになっているのだから。まだまだ粗はあるが、キリト達と戦っていくうちに、もっと技術に磨きがかけられていくに違いない。
「……ふぅ、それじゃあ私も落ちるね」
「あ……うん、今日はありがとね、アスナ!」
「ううん、久しぶりにユウキと遊べて楽しかったよ! それに……念願かなってスリーピング・ナイツにも入れてもらったし……!」
「えへへ……、そうだね!」
以前は諸事情で入れなかったスリーピング・ナイツに入れてもらったアスナは心から嬉しそうな表情を浮かべていた。そのアスナをみて、ユウキも嬉しそうな照れくさそうに鼻の頭を右手の人差し指で擦りつけていた。
「今度は現実でも遊びましょうね、ユウキ!」
「うん! 今度お出掛けしよう! バイバイ! アスナ!」
アスナも同じように左手でメニューを操作し、ユウキとキリトに笑顔を残しながら、ログアウトボタンをタップして、アバターを光らせながらログアウトしていった。以前までのユウキは、アスナがログアウトするたびに、独りぼっちになってしまい寂しい思いをしていたが、今は違う。もう命の危機に脅かされることはないし、現実でも会える。HIVに体を侵されていた頃は、こんな明るい未来が来るなんて露程にも思っていなかった。
本当に……本当にキリトには感謝してもしきれないな。本来ならボクは今頃死んでいたかもしれないのに、こんなボクを愛してくれて、明るい未来を残してくれた。普通の暮らしを……ボクにもたらしてくれた。もう今まで数えきれないほどの感謝の気持ちをキリトに送っているが、これからの日常の感動を覚えるたびに、ボクは一生キリトに……和人に感謝し続けるだろう……。
「ねぇ、キリト……」
「ん、何だ?」
両手を後頭部に回して組んでいるキリトに向かって、ユウキはぴょんとステップしてその胸に飛び込んだ。キリトは慣れた手つきで自分の胸に飛び込み、背中に手を回してきたユウキを優しく抱きかかえた。こういう時にユウキが自分の胸に飛び込んでくるときは、ただ単に甘えたいときか、寂しいときか、感謝の気持ちを伝えたいときだけだ。そして今回抱き着いてきた理由も、なんとなく察していた。
「どうした?」
「えとね、ありがと……」
「……ああ、どういたしまして……」
互いに多くを語る必要はない。もうこの二人は恋人同士という肩書以上に固い絆で結ばれた、掛け替えのない関係となっていた。出会ってまだ一年も経っていないが、互いのことを理解し尽くすまでに濃い毎日を過ごしてきたのだ。まだ内緒にしていることはあるが、ちょっとした仕草や表情で何を考えているかまでわかるぐらいにまで、この二人の仲は進展していた。
「えへへ……」
「んじゃあ……俺たちも落ちるか……」
「……うん」
最後に残ったキリトとユウキは、抱き合っていた互いの体を少しだけ離し、笑顔で見つめあいながら左手を操作し、同じタイミングでメニューを開き、抱き合いながらログアウトをしていった。二人が初めて一緒に仮想空間から現実世界へと帰還する瞬間であった。二人のアバターは白い光に包まれ、透き通りながら仮想空間から消えていった。現実世界へとログアウトしていったのだ。今度はメディキュボイドの仮想空間ではない、現実の和人の部屋へと……。
――――――
西暦2026年10月31日土曜日 午後23:15 埼玉県川越市 桐ヶ谷邸 和人と木綿季の部屋
「う……戻ったか……」
「ふぁ……そうみたい」
和人と木綿季は仮想空間から現実世界へと意識を戻していた。現実の二人は互いの手を握ったまま、ベッドに横たわってアミュスフィア越しに、自分の部屋の白い天井を見上げていた。まだ頭が少しぼーっとする、脳がまだ現実世界だと完全に認識してないみたいだ。まるで長い睡眠から目覚めたばかりのような感覚だ。
和人は自分の頭からアミュスフィアを取り外し、傍らに置くと上半身をゆっくりと起こして大きく伸びをした。首と肩をぽきぽきとならし、腰をぐりんぐりんとさせ、体を慣らした。ふと隣に目をやると、恋人である木綿季がアミュスフィア越しに天井をぼーっとまだ眺めていた。一体どうしたのだろうと思い、和人は木綿季の視界の前に手を覆って「どうした?」と声を掛けた。それでようやく木綿季はハッとなったのか、漸く上体を起こして両手で頭からアミュスフィアを外した。
「えっとね……いつもはさ、ALOからログアウトすると……メディキュボイドの仮想空間の中だったから、ちょっと違和感っていうか……不思議だなって思って……」
「……そうか……」
「でも今日は違った。目を覚ましたら違う場所で、ちゃんと現実世界で、横に……ちゃんと和人がいて……」
木綿季はそう言うと、安堵の表情を浮かべながら和人によりかかって、胸に顔を当て擦った。和人もそれが当たり前のように木綿季の背中に手を廻し、やさしくポンポンと背中を叩き、木綿季を受け入れた。
「なんかね、嬉しい……」
「そっか、俺も……木綿季が生きててくれて嬉しい」
二人のやり取りは、八ヶ月前に付き合い始めた頃となんら変化がなかった。積極的なスキンシップ、互いへの大好きだという気持ち、ちょっとした悪戯など、非常に仲睦まじい微笑ましい光景だった。何回やっても飽きない、むしろ回数を重ねるたびに幸せが増していく気がした。
それもやはり、木綿季がHIV完全駆逐という大変に高く聳え立った壁を乗り越えたということが、大きく影響していたといえるだろう。互いに生死の境目を必死に歩いてきたからこそ、今こうしていられることの幸せを噛みしめられていたのだ。退院してからまだ一週間も経っていないが、木綿季は毎日が楽しくてしょうがなかった。もう仮想空間の狭い部屋で独りぼっちではない。和人が、翠が、直葉が、明日奈が木綿季の傍にいてくれる。
高い洋服も豪華な食事も必要ない、大切な人が一緒にいてくれることが、木綿季の何よりの幸せだった。普通に朝起きて、普通にご飯を食べて、普通に勉強して、普通に遊んで、そんな毎日が幸せの連続だった。
「……なんか、毎日同じことばっかりしてるな、俺たち……」
「うん、だけどボクはすっごく幸せだよ? 和人といれて……」
「……ああ、ありがとな」
和人と木綿季が幸せを感じていると、突如和人の部屋のドアからコンコンッとノックされる音が聞こえた。恐らく直葉だろう、二人がALOにいる間にも定期的に風呂に入るよう部屋を訪ねて来てくれていたのだ。何度目かのノックかはわからないが早く入ってしまわないと直葉にも悪い。
和人は木綿季との抱擁をとくと、ドアの向こうにいる直葉に対してやや大きめの声で「開けていいぞー」と声を掛けた。するとドア越しに「はぁーい」と返事が聞こえ、ガチャッという音とともにドアが開かれると、寒くなってきているのにもかかわらず、短パン半袖という薄着に身を包んでいる直葉が姿を現した。
「もうやっと起きたー二人ともー!」
「ようスグ、なんかずっと声を掛けてくれてたみたいでごめんな」
「ボクらも気付いてたんだけど、挨拶とかしてたから遅くなっちゃった……」
「ハロウィンクエストだっけ? いいな~……あたしもやりたかった」
本来なら直葉も今夜のハロウィンイベントに参加したかったのだが、今は10月末。そう……学生は二学期の期末試験を控えている時期だ。高校へはスポーツ推薦で進学した直葉であったが、自分の将来のことを考えると運動以外の学力でも成績を落とすわけにはいかないため、高校からは中学の時以上に勉強するようになっていた。本人は県内の大学に進学することを進路として定めていた為、尚更だった。ハロウィンのこの日も、直葉は一生懸命試験勉強に身を入れていた。
「あ……そうだよな、もうすぐ期末だもんな……」
「期末って……、二学期の期末試験?」
「確かにそんな時期だな。まあ学校によっては12月に入ってから始まるところもあるが」
「そっかあ……、大変だね……直葉……」
「おいおい、木綿季も他人事じゃないだろ? 来月明日奈から試験出されるんだから……」
「う……わ、わかってるよぅ……」
そう、木綿季も講師である明日奈から試験を出されることになっている。来月の第二土曜日の午前9時から、明日奈の家で、英数国理社の五科目の試験に臨むことになっていた。出題範囲は中一の全学期分だ。退院前からリハビリと一緒に勉強もこなしていたので、恐らく大丈夫だとは思うが久方ぶりの試験に、木綿季は不安を募らせていた。
元々小学校時代は成績トップを保っていたが、やはり三年間勉強をしていなかったブランクは大きく、すっかり机の上でのやりとりに苦手意識を持ってしまっていた。しかしそれでは困る、来春一緒に同じ学校に通う和人にとってもそうだが、遅れているとはいえちゃんとそれ相応の学力を持っておかないと世間的にマズい。忙しい身ではあるが、しっかり勉強もしておかないと楽しい学校生活どころではなくなってしまうのだ。
「頑張れよ? 来年の春から一緒に学校行くんだからな?」
「……!」
そうだ、退院してから普通の生活に感動しっぱなしの毎日だったけど、ボクは来年の四月から学校に通うんだ。通信プローブ越しじゃない、自分の足で歩いて、直接学校まで行けるんだ。筆記用具持って、学校鞄持って、可愛い制服着て……、ずっと憧れてた学校に……行けるんだ……。
「そう……だね、うん……ボク、学校に行けるんだ……!」
「ああそうだ! 手術の時にも言ったろ? だから勉強も頑張らないとだ」
「うん! よーし! やるぞー!」
来年から学生になれるという明確な自分のビジョンが浮かび上がってきた木綿季は、期待に胸を膨らませてやる気に満ち溢れていた。そのためにもまずは来月の明日奈からの試験で結果を出さなくては、優等生と言われていたボクの本当の実力を皆に見せつけてやる、そしていい結果が出たら和人に褒めてもらおう、そしてあわよくば何かご褒美をもらおう、そんな野望も企んでいた。
「えっと……なんでもいいけどお風呂はいっちゃいなよ、お湯が冷めちゃうよ?」
「え、ああ……そうだったな、木綿季、先入ってこいよ」
「あ……、ボクも忘れてた。アハハハ……」
直葉に早くお風呂に入れと言われた木綿季は苦笑いを浮かべてベッドから体を降ろし、自分のチェストから下着と寝巻を取り出してきれいに手元で整えると、和人に向かって「お言葉に甘えて先に入ってくるね!」と言い残して和人の部屋を後にした。和人は出しっぱなしにしていた木綿季のアミュスフィアをやれやれといった様子で片付けていた。
木綿季は元気いっぱいなのはいいのだが、こういう所で少しだけだらしがないところがある。これからちゃんと注意していかないといけないな。彼女は恋人には違いないがこれとそれとでは話が別、私生活面もちゃんと正していかないといけない。
「ねえお兄ちゃん、あたしも試験が終わったらALO戻るからさ、そしたらまた一緒に遊ぼうよ!」
「そうだな、そしたら木綿季にも声かけて……三人で兄妹水入らずでプレイするのもありかもだな」
「あ、そうだね! それいいかも!」
「よし、それならどこ行くか考えとかないとな……」
「そこはまかせるよ! クエストでもダンジョンでも!」
「あいよ、三人で遊べるとこ探しておくよ」
ALOで兄妹水入らずで遊ぶこ約束を取り付けると直葉は「絶対だよ!」と両手を上げて喜んで、試験後の楽しみを得たようだった。木綿季とは退院前に大人数パーティで一緒に冒険した時と、数回か
「あ……そういえば兄妹水入らずと言えばさ……」
喜んでいた直葉が急に動作をピタっと止めて改まると、和人が「どうしたんだ?」と尋ねた。直葉は和人のPCデスクの椅子の背もたれを体の前にして座り、肘と顔を背もたれに預けて話し始めた。
「お父さん帰ってくるの明日だよね? 朝一番でこっちに向かってお昼ぐらいに着くみたいなこと言ってたよ?」
「ああ……そういえばそうだったな、んでその翌日に、いよいよ木綿季の養子縁組届を……役所に届け出にいくんだよな……」
「うん……いよいよ、なんだね……。あたしたちが本当の家族になるの……」
「そう……だな」
今まで気の合う友人だと思っていた女の子が、様々な運命が絡み合い、掛け替えのない家族になろうとしていることに、和人はもとより直葉も実感がない、といった表情を浮かべていた。和人が桐ヶ谷家に養子として迎えられた当時は、まだ直葉も幼かった為、兄と言われてもそれほど抵抗も違和感もなかったという。和人も和人で事故のショックで過去の記憶がほとんどぼやけてた時期もあり、直葉が妹だと言われてもそれほど不思議に思っていなかった。
しかし今度の木綿季は違う。二人とも成長し大きくなり、はっきりと自分の意思を持っている。そんな中、新しい家族……、それも可愛い妹が出来るということに、喜び以上に不思議な感覚を覚えていた。嬉しいは嬉しいのだが、背中が痒いと言うか、常にくすぐられているというか、そんな感じだった。
「なんかさ……不思議だよね……」
直葉が椅子をぐらぐらと前後に揺らしながら今思っている心境を述べていた。揺らされた椅子がギシッギシッと独特の金属音を鳴らせ、直葉の動きに合わせて前後に動いていた。
「そうだよな……俺も、なんだか不思議だよ。ついこの前まで元恋人の友人だったのに、今じゃそれが恋人になって、そしてもうすぐ妹になるんだもんな……。全く、運命ってのはよくわからないもんだ……」
「でも、あたしは……木綿季が家族になるのはやっぱり嬉しいかな」
「それは俺もだよ、ずっと一緒にいられるってのも……嬉しいな……」
「あははは! でも絶対に楽しくなるって、木綿季が一緒ならね!」
「……そうだな、きっとそうに違いないな」
和人と直葉は、これからの木綿季との生活が楽しくなるものと信じて疑わなかった。一緒に旅行だって行く機会もあるだろうし、毎日パジャマパーティだって出来る。悩み事があればすぐに相談しあえるし、仮想世界でだっていつでも遊べる。
そりゃ楽しいことばかりではなく、時には兄妹喧嘩、姉妹喧嘩もおっぱじめるときもくるだろう。しかし、それも木綿季が木綿季らしく、この現実世界で生きているという証に違いなかった。どういう未来になるかは正直わからないが、この家族なら絶対に明るい未来を築いていけることだろう。
「……さてと、それじゃあお兄ちゃん、あたしは勉強に戻るね」
「あ、ああわかった。頑張れよ? 期末試験」
「勿論だよ! いい点取れたら、何か奢ってね?」
「お……おう、まかせとけ」
「……木綿季にもね?」
「ま……、まかせとけ……」
何かと直葉が頑張る時期になると決まってこうなる、剣道の大会で結果を残せたら何か奢って、いい点取れたら何か奢ってと何かしら和人に対してせびってきていた。まあ兄貴として頼られているのは悪い気はしないし、頑張っている妹に対してご褒美を上げるのも兄貴の役目だと思っている和人は、今回もしっかりとご褒美の約束を取り付けた。いや、取り付けられた。
「わーい! 約束だからね!」
「わかってるよ、その代わり頑張るんだぞ?」
「がってん!」
俄然やる気を出した直葉は元気に椅子から飛び出すと、駆け足で和人の部屋を後にして、ご機嫌な様子で自室へと戻っていった。和人はその光景をベッドに腰かけ、微妙な苦笑いを浮かべながら見送っていた。だが毎度たかられてる和人といっても、金銭面に関しては菊岡から受け取った報酬のおかげで、高校生とは思えないぐらいの蓄えがある。別に直葉や木綿季に奢るぐらいは問題ないのだ。むしろ妹からの好感度があがるのならそれでいいのではないだろうか? 全く役得な兄貴である。
「さてと、木綿季が戻ってくるまで……テキトーに時間潰すか」
そう言いながら和人はデスクの上に置いてある自分のスマホを手に取ると、ベッドに大の字になって寝ころび、ネットサーフィンを始めた。SNSもブログもやってない彼は特に何を調べるわけでもなく、ふと頭に浮かんだキーワードでかたっぱしから気分の導くままにページを閲覧していった。
しばらくしてVRMMO関係のワードで適当にネットをしていると、和人はふと気になる記事に目を止めた。記事といっても企業が掲載しているネットニュースではない。動画サイトなどでユーザーが登録、書き上げているブロマガと呼ばれているものだ。和人はそこに書かれているとある記事に注目していた。
「何だこれ……
和人が読んでいる記事のタイトルには「
一方その時刻と同時にGGOのゲームの中で、不気味なプレイヤーアバターが街中の酒場に出現したとの目撃情報も寄せられていた。そのアバターを目撃した証人の証言によれば、そのプレイヤーは自らを「
だが話は時間が進むに連れてやがて怪しい方向へと一変していった。その
しかし襲われた形跡も争った形跡も、物を盗られたという形跡も全く見受けられなかったことから、フルダイブ中の変死という扱いになり、死因も心不全と診断され、事件性なしとして警察に処理され、一旦は幕を閉じた。ちなみにこの男性の装着しているアミュスフィアには、GGOのゲームカートリッジが差し込まれていたという。
この変死者がGGOプレイヤーのゼクシードだということは公にはされていないが、あの
だがこの記事の筆者も初めは根も葉もない噂、偶然だと思っていたみたいで
「……奇妙だな、偶然にしては……」
和人はさらにスマホのディスプレイを下へスワイプさせて、記事の続きを読み続けた。記事も終盤に差し掛かっていたが今回の件を偶然の一言で片付けるにしてはあまりにも不可解なほど共通点があることに和人は気付いた。この埼玉県内で男性が遺体として発見される二日ほど前に、なんと再びとあるGGOプレイヤーが音信不通になっているという事実が浮上してきたのだ。アバター名は「薄塩たらこ」というそうだ。
GGOのゲーム内で仲間のスコードロンの集会に足を運んでいたところ、突如謎のプレイヤーに集会現場を襲撃されたという。突然の乱入者にメンバーは驚いたそうだがその混乱に乗じて乱入者は薄塩たらこに向かって拳銃の弾を放ったそうだ。
街中なのでダメージはなかったそうだが、薄塩たらこはそのまま回線切断され、それ以降全くGGOに姿を見せていないと言うではないか。そして彼を銃撃した謎の乱入者のアバターは、先の件の
「……本当に偶然なのか? この
和人は記事を読み終え、上体を起こして窓際の方に体を向かせ、顎に手を当ててこの事件の可能性について考えていた。今回の騒動をまとめるとこうだ。まず、
しかし先の件が偶然じゃないにしても不可解なことがある。仮に彼らがその
そもそもゲーム内から現実の世界の人間を殺すなんて不可能だ。二年前のSAO事件ならともかくあの時はナーヴギアを被っていたからこそ出来たことだ。アミュスフィアはセキュリティが厳しく、違法改造なども容易に出来ない構造になっているしそもそもこの変死者が装着していたアミュスフィアにはそんな形跡もなかったという。そう、高出力マイクロウェーブなぞ飛ばせるはずがない。
だとすれば何故彼らは死んだ? 本当に
「無理だ……、ナーヴギアならともかくアミュスフィアで人を殺すなんて……」
先ほど言った通り、SAO事件の反省から再び開発されたアミュスフィアはそれほど高出力のマイクロウェーブは出せない設計となっており、何重にもかけられたプロテクトによって違法改造も出来なくなっている。セキュリティ面や安全面に関しても万全で、ダイブ中のプレイヤーの体に異常が見られた場合、アミュスフィア自体が強制ログアウトさせるというセーフティ機能まで付けられている。まさに現在のVRMMO界の救世主的マシンハードといっても過言ではないだろう。
「やっぱり……この二人の変死は偶然なのか……?」
「何が偶然なの? かずと」
「うわぁっ!?」
突如として背後から和人のスマホを覗き込むようにして、木綿季がにゅっと顔を割り込ませてきた。その様子にびっくりした和人は慌ててスマホを傍らに放り投げてしまい、後方に大きく仰け反りながらベッドから床へと「ドシン」という音を立てて転げ落ちてしまった。仰向けの体勢で床に倒れている和人に向かってパジャマ姿の木綿季が駆け寄って心配そうに声を掛けた。
「か……和人大丈夫!?」
和人は首の付け根から肩甲骨の辺りまでの背中を打ち付けていたようで、痛そうに片手で背中をさすっていた。木綿季はそんな和人の腰に手を当てて優しく起こすと、肩を貸しながら一緒にベッドに腰をおろした。
「いやあ……俺としたことが驚きすぎちゃったよ、あはは……」
「ご、ごめんね……驚かすつもりはなかったんだけど……和人が何してるのかなって思って。何回かノックしたんだけど和人気付かなかったから……」
「いやいや、木綿季は悪くないぞ。反応しなかった俺が悪い」
「かずと大丈夫? ぶつけたとこ平気……?」
「大丈夫だ、こうすれば治る」
「あ……」
和人はそう言いながら、木綿季を自分の方へと抱き寄せ、そのまま抱き締めた。抱かれた木綿季からは風呂上りのせいか石鹸とシャンプーのいい匂いが漂っていた。身体は湯船につかっていたおかげかまだ温かかったが、まだわずかに髪の毛が濡れていた。ちゃんと拭かないと風邪をひいてしまいそうだ。10秒ほど木綿季を抱き締めた和人はゆっくりと木綿季から体を離し、にっこりと笑ってみせた。
「元気もらったからもう大丈夫だ」
「あ……う、うん……」
急に抱き締められた木綿季は顔が真っ赤になっていた。そのことについて和人に言及されると「お風呂上がりだからだよ!」と誤魔化しきれないような言い訳を並べていた。その反応を楽しんだ和人は自分のチェストから下着と真っ黒な寝巻を取り出して、木綿季に「ちゃんと髪の毛拭けよ?」と言い残し、自分も風呂へと足を運んでいった。
自室を出て階段を降り、脱衣所に辿り着いた和人は、まず洗濯機の上に乱雑に置かれた女の子ものの下着が真っ先に視界に入ってしまっていた。恐らく木綿季のものだろうが、非常にだらしがなく、置かれているというよりは脱ぎ散らかされていると言った方が正しかった。ちゃんと洗濯機の中か、せめて洗濯カゴの中にきちんと入れてほしいものだ。
和人は女の子の下着を手に取るといった行動は物凄くいかがわしいことだとは思いつつも、このままにしておくわけにもいかなかったので、仕方なく誰かに……特に直葉に見つかる前に、木綿季の脱ぎ散らかした下着をさっと手に取り、洗濯機の中へと放り込んだ。幸いにも誰にも目撃はされなかったようで、いらぬ誤解を生む前にことを片付けられた和人はほっと胸を撫でおろして、自身も風呂に入るために上着と下着を脱ぎ、浴場へと足を運んでいった。
シャワーを浴びながら、和人は先ほどの
だが殺害方法がわからないことには、これらの点と点を線で結びつけるには程遠かった。それに自分は探偵でも警察でもない、これらを調べ上げて真実に辿り着いたとしても、自分にそれを証明できるか怪しいもんだ。これ以上関わることも無いだろうし、自分には関係ないだろう。ちょっとだけ気になっていただけだ。もうこの件はお終いにしよう、そうしよう……。
── ── ──
程なくして15分ほど入浴を楽しんだ和人は寝巻に着替え、首にバスタオルを掛けたまま、自分の部屋へと戻っていった。脱衣所を出て階段を上がると、自分の部屋であるのにもかかわらず中にいる木綿季に気を使いドアをノックする。すると中から「はーい! いいよー!」と木綿季の元気な声が返ってきた。その声を聞き届けてからドアを開けて中に入ると、木綿季がベッドにうつ伏せになりながら、足をパタパタとさせながらマンガを読んでいる姿が目に入ってきた。
「かずとおかえり! いいお湯だった?」
「ただいま木綿季、ああ……心行くまで温まれたよ」
「でも髪の毛まだ濡れてるよ? また適当に拭いてきたでしょ?」
「んじゃあ……木綿季が拭いてくれるか?」
「うん、いいよ!」
そう言うと木綿季は和人からバスタオルを受け取り、和人の背後にまわって嬉しそうに髪の毛をゴシゴシと拭き始めた。前回は力任せにごわんごわんと首ごと振り回してしまったので、今回はそうならないようにほどほどに腕に力を込め、尚且つ指先にはしっかりと力を入れて確実に和人の髪の毛から水分を拭きとっていった。拭いてもらっている和人は目を閉じて適度な頭への刺激が気持ちよいのか顔をうっとりとさせていた。
「ほいっ大体拭けたよ!」
「ん……サンキュな、木綿季」
「えっへん!」
「ところで……何の本読んでたんだ?」
「あ、えっとね、これ!」
和人に読んでいた本について尋ねられると、木綿季は和人にバスタオルを返し、傍に置いてある本を手に取ると、和人から見て表表紙が見えるように両手で掲げてみせた。木綿季の読んでいた本のタイトルには「独りのグルメ」と書かれており、独身サラリーマンのおっさんが仕事の合間に外食を楽しむといった、若者に受けそうにない内容のグルメマンガだった。作中もただひたすらにおっさんが飯を食べ続けるといった模様が描かれており、とても女の子が楽しんで読めるような構成ではないように見えた。しかし木綿季はそんな世界にどっぷりとハマってしまったのか、和人が風呂に入っている間にもくもくとページをめくっていたようだった。
「な、中々渋いセンスをしているな……木綿季。俺もエギルに勧められてその本買ったんだよ。なんか妙な中毒性があって面白いと思うんだけど明日奈やスグとかは全然賛同してくれなかったんだよな」
「んー、何だろうね。確かにバトルマンガや恋愛マンガみたいな見せ場的なシーンはないんだけど、なんかこのおじさんが食べてる場面と、この独特の仕草が癖になるっていうか……」
「あははは、そうなんだよな! 頼んだメニューの材料がダブったときとかの反応とか面白いんだよ」
「うんうん! でもメニューを頼みすぎて残すのはちょっと勿体ないって思ったかなー?」
「お前ならどれだけ頼んでも全部食べちまうもんな」
「まあねー!」
時刻は深夜の0時に差し掛かりそうになっており、日が変わろうとしていた。なのにもかかわらず和人と木綿季の二人は楽しそうに一つのマンガの魅力についての話に花を咲かせていた。何の変哲もないごく普通の会話だ。学校で友達同士が昨日のテレビ見た? と言い合うような他愛のない会話だった。しかしそんなごく普通の日常のやり取りも、木綿季にとっては心の底から楽しいと感じられることだった。
「さてと、楽しく読んでいるとこ申し訳ないんだが、そろそろ寝る時間だぞ?」
「えー、まだ半分しか読んでないー!」
「マンガなんかいつでも読めるだろうに! それに明日は父さんが帰ってくるんだから寝坊なんか出来ないぞ?」
「あ……そっか……」
「そういうことだ、ほら……マンガを本棚に戻しなさい」
「はぁーい……」
和人にそう言われると、木綿季は口をとがらせながら解せない表情を浮かべて、渋々読んでいたマンガを元の場所の本棚に戻した。確かに一度読み始めたらその一冊を丸々一気に読破したくなるものだ。しかし今日は朝から晩まで一日中遊び通していたし、明日は父親の峰嵩も帰ってくる。寝ぼけてだらしがない姿を第一印象として見せるわけにもいかず、木綿季は和人の言うことに従い、ベッドに足を運んで体を横にした。
「電気消すぞ」
「うん……」
和人がスマホのアプリで室内灯に電源OFFの信号を送って部屋の照明を切ると、二人のいる部屋は窓の外から差し込む僅かな街灯の光だけに照らされている状態となった。和人はスマホを枕元に置き、毛布と布団を足元から自分と木綿季に掛かるように寄せて引っ張った。元々一人用の掛け布団だったのだが、二人共体が細いこともあり、しっかりと二人の体を包むことが出来ていた。
「今日は冷えるな……」
「そうだね……、でもこやってくっついてると温かいよ?」
「ああ……風呂上りだからな」
「もう、そういう意味じゃないよー!」
「あははは! すまんすまん」
木綿季と和人は布団と毛布に身をくるみ、体をぬくぬくとさせながら他愛もない会話に身を投じていた。そう、布団に入ったからといって誰しもすぐに夢の世界へ旅立てるわけではない。疲れてたり睡眠が足りていない時はともかく興奮しテンションが上がってしまっていると、なかなか寝付けないものである。今の木綿季がまさにその状態であった。そこで木綿季は目を閉じながら寝付けるまで和人と話をすることにした。
「あのねかずと、聞いてもらっていい?」
「……なんだ?」
「あのさ、お父さんが帰ってきたらさ、二階の倉庫……、片付けるんだよね?」
「……そういうことになってるな」
「そっか……」
「どうしたんだ? 改まって」
「んと……えっとね、ボク……お部屋このままでもいいかなって思ってるの。いやむしろこのままの方がいいなって……」
木綿季の大胆な発言を聞くと、和人は少しだけ首を動かして木綿季の顔に視線を移した。以前もメディキュボイドの中で似たような話をしたことがあった。峰嵩の私物で溢れかえっている倉庫を片付けて木綿季の部屋にして、新たな倉庫を建ててそこに移すというものだった。木綿季も最初は自分の部屋が出来ると喜んでいたが、いざ桐ヶ谷邸で一緒に暮らしているうちに、やっぱりずっと和人と一緒がいいと思うようになり、自分の部屋がなくてもいいかなと感じるようになっていた。
一方、恋人の和人も恥ずかしがっていたが、やはり内心木綿季とずっと一緒がいいという結論に辿り着いていた。もしもこの先木綿季が別の部屋に移ったらということを想像した時、確かにお互いのプライバシーは守られるのだが、それと同時にちょっとだけ心にぽっかり穴が空いたような感覚を覚えていたのだ。それに和人の部屋は元々一人で過ごすにしては少し広い方だ。部屋自体もスッキリとした使い方をしていたおかげもあって、木綿季が必要なものを揃えてもまだスペースに余裕があるほどだった。
つまるところ、二人とも同じ部屋でいつまでも暮らしたい、そして現実的な視点から見ても二人で暮らしていくのに問題はないということになる。まあ流石に着替え等の時は部屋から出たりしないといけないだろうが、これはその時に我慢すればいいだけの話だ。なのであとは新たに木綿季の部屋と倉庫を作る気満々の両親に事情を説明するだけとなっていた。
「だめかな……、ボク……和人とずっと一緒がいいな……」
「俺は構わないぞ」
「……そうだよね、やっぱりだめだよねって……ええ!? いいの!?」
和人からのまさかの肯定の返事に、木綿季は思わず上体をガバッと起こし、目を丸くして驚きの表情を浮かべて和人の顔を見つめていた。木綿季が起き上がったことにより、布団と毛布が一気にまくられたので、和人は少しだけ身に寒気を覚えていた。
「ゆ……木綿季寒いぞ、布団と毛布を戻してくれ……」
「あ……ご、ごめんね……」
木綿季は和人にそう言われると、再び身体を横たわらせながら毛布と布団を一緒に自分たちの身体へと包み込んだ。
「えっと……それで和人はいいの……? ボクがずっとこの部屋にいて……」
「さっきも言ったろ? 俺は構わない。……むしろ、お……俺も木綿季とこの部屋でずっと一緒にいたい……っていうか……」
「え……?」
和人は途中からしどろもどろになりながらも、心の中で思っていることを木綿季に言って聞かせた。恥ずかしいのかほっぺを人差し指でぽりぽりかきながら、木綿季から視線を逸らして窓際を向きながら照れくささを隠していた。
一方で和人から一緒の部屋にいたいと言われた木綿季は、嬉しさで思わず笑みがこぼれていた。毎日の生活は正直この部屋だけで事足りるし、何より大好きな和人といつでも一緒にいられるということが嬉しかった。そしてそれを和人の方も望んでくれたことに喜びを隠せなかった。
「えへへ……嬉しいな……♪」
「ああ……そうだな」
木綿季は喜ぶあまり、両腕を後頭部に当てて仰向けになっている和人に抱き着いた。正直和人にとっては毛布と布団をかぶり、さらに真横から木綿季に抱き着かれると、温かいと言うよりは暑苦しくなってきてしまっているのだが、口が裂けてもそんなことが言えるはずもなかった。ただただ無言で抱き着いてきた木綿季の肩に手を回して、やさしく抱き寄せた。
「さ、もう寝ようぜ」
「……うん♪」
「おやすみ、木綿季……」
「おやすみ、かずと……」
窓の外の街灯の光に照らされながら、二人は夜の闇の中で互いの温もりを感じあい、深い眠りの中へと旅立っていった。
閲覧ありがとうございます。今回は完全にキリユウ回でしたね。次回ではなんとか峰嵩さんが帰宅して、養子縁組を組んで正式に木綿季が桐ヶ谷家の仲間入り&あわよくば木綿季にスマホを買ってあげたいですな。何にせよ尺が圧倒的に足りないので今月中にクリスマスイベントと明日奈からの試験を消化できるかも怪しくなってきました!
でもなんとか執筆の速度を上げて年内までに辿り着けるように頑張りますので、引き続きのご贔屓をよろしくお願いいたします! では55話でまたお会いいたしましょう!
P.S. 闘病編の第9話をちょこっとだけ修正しました。最後のクライマックスシーンに甘ったるい挿絵を追加しておりますので、よろしければお目通しくださいませ。更に加筆修正は21話まで終わりました。21話には明日奈と京子さんの和解シーンを追加しています。そちらもよろしくお願いします。