ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
こんばんは。前回、恭二君の頑張りのおかげで、なんとか和人が現場に間に合いました。
もう、ここまで来たら多くは語りません。
皆様の目でお確かめくださいませ。
西暦2026年 11月17日(火)午後12:28 東京都文京区湯島 新川恭二のアパート
「逃げろシノンッ!!」
「キ……キリト!?」
詩乃が目の前の光景を理解するのには、少しばかり時間がかかった。
新川昌一に注射器で薬品を撃ち込まれる寸前、何故か彼女を拘束していた力はなくなり、はるか前方に吹っ飛ばされている。
菊岡から緊急事態の連絡を受けた和人が、恭二を救わんがために彼の家へと馳せ参じたのだ。
彼の家が近付くにつれ、何やら争っているような音が聞こえた。
もう既に事が始まってしまっていたかと、慌てて階段を登った。
そして目の前には見たことのない男に詩乃が襲われている光景が飛び込んできた。
条件反射だった、詩乃を助けるために、出会い頭に男の顔面に膝蹴りをお見舞いした。
男を派手に吹き飛ばすと、和人は昌一を拘束しようと続いて距離を詰める。
祖父から剣道と一緒に護身術の何たるかを学んでいた彼と、貧弱な体付きでろくに運動もしていない昌一では、とても勝負にならない。
「ウグッ、く……黒の、剣士……ッ」
「お前が……新川昌一……、赤眼のザザだな?」
口の中を切ったのか、微量の出血をしている昌一がムクリと起き上がり、自身の前方に転がっている無針注射器に手を伸ばす。
パッと見、それはとても注射器には見えない。しかし前もって無針注射器の情報を得ていた和人は、それを見るや否やすぐに注射器だと見破り、昌一の手に握られる前に脚で蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた注射器は「カラカラ」と音を立てて床を転がり、一番奥の部屋の前へと遠ざかってしまった。
「ガッ……キ、キサマ……ッ」
顔に膝を受け、派手に吹っ飛ばされた昌一は、既にかなりのダメージを負っていた。
顔面、それも眉間の辺りに思いっきり膝を受けた為か、軽い脳震盪まで引き起こしている。
「年貢の納め時だ、赤眼のザザ。じきに警察もやって来る、お前達の計画も全て暴いた。もうお終いだ!」
「……また、お前に、してやられた、というわけか」
「俺だけじゃない、皆が協力してくれたから、お前の悪行を暴くことが出来たんだ」
「……グゥ……ッ」
目の前に仁王立ちする形で和人が立ちはだかっている。後ろは鉄柵と壁で行き止まり、そして警察もここに向かっている。
昌一は完全に袋の鼠となっていた。
かつてのSAOでは、腕の立つエストック使いとして、GGOでは優れたスナイパーとして活躍していた彼も、現実世界ではただの人だ。
だが、和人に手も足も出ない現実を突きつけられていると言うのに、昌一はただただ不敵に笑い続けている。
自暴自棄になったのか、それとも気でも狂ったのか、今まで見たことのない奇怪な声を響かせ、ゲラゲラと笑い始めた。
「もう諦めろ、お前は終わりだ」
「……ククク……ハハハ……ッ」
昌一は和人に何を言われても、狂ったようにひたすら笑い続けた。
何がそんなにおかしいのか、追い詰められてどうしようもなくなって笑っているのかはわからないが、気味が悪いその姿を見て、和人は思わず息を飲んだ。
「ハハハハッ、ハハハハハ……ハッ」
「…………ッ」
そして、その一瞬の隙を待っていたのか、懐からギラリと光るものを手に取り、和人に向かい、腕を伸ばしてそれを向けた。
「……死ねッ、黒の……、剣士ッ!」
光るものの正体は、刃渡り六センチほどの折りたたみナイフであった。
追い詰められた狐はジャッカルより凶暴だと、どこかでそんな噂を聞いたようなことがあるが、それでも昌一はその狐にすらなれなかった。
不意をついたとはいえ、あまりにもスロー過ぎる攻撃の手。ましてや和人は武術経験者だ。
仮想世界の赤眼のザザとしての攻撃ならまだしも、現実世界の新川昌一としての刺突攻撃など、和人にとっては赤子の手をひねるようなものだ。
すぐに昌一の不意打ちに反応した和人は、ボクシングのスウェーのように体を逸らし、昌一の襲撃をいなすと、その手首を掴み、捻りあげた。
「あ……ガッ……」
握力全開で昌一の手首を締め付けると、和人はすかさず自身の方向へと一気に相手を引っ張り、相手の懐に潜り込み、もう片方の手も使い、そのまま勢いを利用し、思いっきり投げ飛ばす。
「せやあぁぁぁぁッ!!」
瞬間、昌一は和人の放った背負い投げの遠心力の影響を受けると、綺麗な放物線を描いて三メートルほど宙を舞い『ズシン』という凄まじい衝撃音とともに、強く床に叩きつけられた。
一瞬にして天地が逆転した昌一は、何が起こったかわからなかったが、床に叩きつけられたのと同時に、自分が投げられたのだと理解した。
詩乃はその一部始終を近くで見ていたが、あまりにも一瞬の出来事ゆえに、目の前で何が起こったのか理解が出来なかった。
しかし、彼が自分の危機を救ってくれたのだということだけは、認識することが出来た。
「オグッ!? あ……ガッ……」
よほど激しく背中を打ち付けたのか、昌一は呼吸が出来ないほどの痛みに悶えている。
先程の膝蹴りによる脳震盪の影響もあってか、あっさりと彼の意識は途切れてしまった。
「…………」
「……しばらく、そこで寝ていろ……」
昌一は仰向けの姿勢で、半分瞼を開き白目を向いてアパートの廊下でのびていた。時折身体がピクピク痙攣を起こしていることが、彼がまだ生きているということを表している。
「……ふう、大丈夫か……シノン?」
間一髪で彼女の危機を救ったヒーローが、自分の服をパンパンと手で払うと、床にぺたんと座り込んでいる詩乃に歩み寄り、彼女に手を差し伸べる。
「……へ? あ……、あ、ありが……と」
自分がここにやってきて、十分も経過していないうちに起こった出来事に放心していた詩乃だったが、昌一という脅威が去ったのと、誰よりも頼れる黒ずくめの少年が駆けつけてくれたこともあり、心から安堵し、ほっと胸をなでおろしていた。
「本当に危ないところだったな。……あ、ところで……恭二のヤツは……?」
和人の手を借りて、立ち上がりながら彼のことを聞かれると、詩乃は目を丸くし、青ざめながら、先程まで彼が格闘していた部屋へと視線を移す。
「恭二……くん、恭二くんッ!!」
まだ足元がおぼつかないが、詩乃は必死に彼のいる部屋へと足を運ぶ。
途中、玄関の上がり框につまずきそうになるも、なんとか体勢を整え、自分を逃がすために命懸けで戦ってくれた男の子の元へと急ぐ。
「……恭二……くん……?」
「…………」
詩乃の声には、全く反応しない。
彼は椅子から転げ落ちる際に巻き込んだ本の群れと、積み重なっていた未開封のモデルガンの箱に挟まれる形で、壁に背を預けてガックリと項垂れている。
「恭二……くん? しっかりしてよ……ねえ、恭二くんってばッ!」
「…………」
彼の肩を掴み、前後に揺さぶる。
しかし、髪の毛と服が揺れるだけで、彼は目を覚まそうとはしなかった。
近くには彼の私物以外に、サクシニルコリンの入っていた小瓶が転がっている。
これは本来、手術中に患者の肉体が動かないようにするための薬だ。
しかし使い方を誤り、間違った方法で投与してしまうと、筋肉は硬直してしまい、肺と心臓も停止してしまう恐ろしい薬品となっている。
彼のように、心臓付近にダイレクトに注射されてしまった場合どうなるかは、もう言うまでもないだろう。
「……お、おい……シノン、これは……冗談だよな……?」
数秒遅れて、和人も彼の部屋に入る。そこには和人にとっても認めたくない、凄惨な光景が目に飛び込んできた。
お互いにちょっとした冗談を言い合えるような、本音で語り合えるような、数少ない同姓同年代の親友が、無言で項垂れている。
和人も信じたくはなかったが、恭二の着ている衣服の心臓付近の部分が、何らかの液体で濡れている状況を目視すると、何があったかということを理解するのに、そう時間はかからなかった。
空っぽの劇薬の小瓶、濡れた衣服にそれを着ている恭二。彼は打たれたのだ、新川昌一にサクシニルコリンの入った注射を。
「嘘……だよな? おい……恭二……?」
「…………」
和人からの声かけにも、彼は反応を示さなかった。サクシニルコリンを注射されると、その効果は三分足らずで現れる。
詩乃が部屋から逃げ、和人が駆けつけて昌一を気絶させるまで、少なくとも五分は経過してしまっている。
薬の効果が現れていてもおかしくない。
「いや……いやよ……恭二くん……、恭二くんッ!!」
「恭二ッ! おい恭二! 目を覚ませよッ!」
二人で一緒に声を掛け続けても、恭二は全くの反応を見せなかった。
恐れていた最悪の結果になってしまったと、和人は右の拳をわなわなと震わせている。
「畜生……、畜生ッ!!」
やり場の無い怒りと悲しみをぶつけるかのように、和人は部屋の壁を思いっきり拳で殴りつける。
隣に人がいる可能性や、手の痛みなど知ったことではない。そんな痛みよりも、もっと大切なものを失ってしまったという悲壮感の方が、大きかった。
――――――
「……恭二……くん……ッ」
あれから無言の時間だけが経過し、十分ばかりが経過していた。ここに向かっているはずの警察はまだ来ていない。
玄関のドアを開きっぱなしにしている為か、冷たい秋風が部屋に入り込んでくる。
和人はただただ、玄関近くに直立不動で佇み、詩乃はひたすら涙を流し続け、最愛の男の子の顔を見つめていた。
彼の顔は、一言で言い表すならば、非常に穏やかであった。
大きな仕事を成し遂げた、自分のやりたいことをやり抜いた、そんな達成感を得たような表情をしているようにも見える。
「私……君に何も恩返しが出来てない……ッ、人殺しの私を受け入れてくれて、ずっと隣で支えてくれて、私のワガママにもずっとずっと、付き合ってくれて……ッ」
「……シノン……」
「それに君に……私のホントの気持ち、まだ伝えられてない……ッ」
そう言いながら、詩乃は彼の手に、自分の手を重ねた。
寒い秋風に晒され続けていた彼の体も、凍てついたように冷たく、そして劇薬の効果で全身の筋肉がガチガチに固まって……はいなかった。
「……え……、あれ……?」
目の周りを涙で真っ赤にしている詩乃が、不可解な違和感に苛まれた。
その違和感の正体を確かめるため、彼の身体を触ってみる。
まずは腕、試しに手首を曲げてみたが、彼の関節部分は正常に曲がった。
「え……? う……、う……そ?」
「……? どうしたんだ……シノン?」
今度はもしやと思い、脈をとってみる。右手首の橈骨動脈と呼ばれる太い血管がある部分に指を当てる。
すると、微弱ながらも血が流れ動いていることが、指先の感触で確認出来た。つまり、彼の心臓が動いているのである。
「へ……、な、どうして……?」
疑り深い詩乃は、もしかしてという気持ちを確信に変えるため、自分の耳を彼の顔に近付ける。
お願い恭二くん、死なないでと、願いを込めながら、神経を集中させ、耳を澄ませる。
「………………」
「……ッ、……ッ」
「きょ……恭二……くん……ッ」
「し……シノン、ま……、まさか……?」
僅かに、ほんの僅か、小声で囁くほどのレベルではあるが、彼の口から呼吸音が、しっかりと聞こえた。
彼は――生きている――新川恭二は――生きている――
彼が死んでいないと知るやいなや、詩乃は再び大粒の涙を流し始めた。
劇薬を打たれた恭二がどうして生きてるかはわからないが、彼の声をまた聞くために、必死で彼に声を掛け続ける。
「恭二くん! 恭二くん起きて! お願い……目を覚ましてッ!」
「お……おい恭二ッ! 起きろッ!」
何度も、声を掛ける。
両肩を掴み、前後に揺さぶりながも、懸命に声を掛け続ける。
何度も何度も、声を掛け続ける。
お願い、目を開けて、声を聞かせて、また笑顔を見せて、優しい貴方の姿を、もう一度見させて!
「お願い……、また私と一緒に笑ってよ……、恭二くんッ!!」
詩乃の叫び、ただ、彼と一緒にいたいという心からの叫び。彼を暗闇の世界から呼び戻すために、必死に叫び続ける。
その時――奇跡が起こった――
「…………う、……ッ」
「……ッ、きょ……恭二……くん?」
「……あ、れ……ッ?」
「恭二……、恭二ッ!」
心臓付近にサクシニルコリンを打たれたというのに、彼は目を覚ました。
寒風に晒されていたため、身体は冷えきってしまっていたが、関節も筋肉もちゃんと柔らかく、正常に機能している。
再び覚醒した彼は、今自分がどんな状況に置かれているか理解出来ていないようだった。
目の前に涙を流している詩乃が、ほんのり目尻に涙が浮いている和人がいる。
あれ、何で和人がここにいるんだ? それに……どうして僕は生きてるんだ?
僕は確かに、兄貴にあの注射を打たれたはずなのに。現にほら、こうして着ている服だって薬で濡れている。
打たれた感覚は確かにないが、それはあれが無針注射器だったからであって、痛みも何も感じないだけだ。
目が虚ろになって焦点が定まっていないのか、彼の意識を確かめるために、詩乃と和人が声を掛ける。
「お、おい恭二、俺が……俺たちのことがわかるか?」
「へ……? え、えと……、詩乃と、和人……?」
「ゆ……指は何本に見える?」
恭二から見て、左に詩乃、右に和人が居座る形で、ずいずい迫ってきている。
ちょっとだけその勢いに萎縮してしまっていた恭二だったが、たじろきながらも、詩乃に突きつけられた指の数を数える。
「え、えっと……三本……?」
「……ッ、恭二……く……ん……ッ」
恭二が生きている。生きて私と話が出来ている。その事実だけで十分だ、
彼が無事だということを知った詩乃は、涙を流しながら溢れ出る気持ちを抑えられず、彼に抱きついた。
起きたばかりでイマイチ場の状況が把握出来ていない恭二は、終始頭に?マークを浮かべていたが、周りを見る限り皆無事のようなので、とりあえずはまあ、いいかと息を漏らしていた。
「恭二……、そういえば……君、打たれたんだよな? 注射……」
「え……? あ、そ、そう言えば……」
「そ……そうよ、どうして恭二くん……無事だったの?」
恭二が無事だと知って一番喜んでいた詩乃だったが、ふと疑問に思い、彼の胸元に目線をやる。
彼の濡れた上着、これは間違いなく注射器で打たれた痕跡にほかならない。
だとしたらどうして彼は何ともないのだろうか。その疑問を解決するために、詩乃は彼の上着の裾の部分を掴み、上へと捲り上げる。
「ちょ……し、詩乃!?」
「……いいから、じっとしてて!」
女の子である詩乃に、服を捲られ、決して自慢出来るような肉付きではない体を見られてしまっている。
何だかいけないことをされているような、そんな気がしてならない。
あらぬ想像をしてしまいながらも、恭二はことの成り行きを、赤面しながら見守っている。
「……へ? な、何だ……それ?」
「こ……これ……は……」
恭二の左胸、心の臓がある位置に、何やら金属で出来たプレートのようなものがある。
首からポールチェーンの鎖で繋がれて、ペンダントのようにぶら下げられていたそれは、外側が何やら濡れている。
「こ、これ……もしかして……、ド、ドックタグ……?」
「みたい……だな、ひょっとして注射はこの上に……?」
「……そう、みたいね……」
なんということだろうか、偶然か必然か、幸運が重なったのか、昌一の打った薬品は、このドックタグの上に注射されていたのだ。
しかしペンダントの様にぶら下げているこのドックタグは、本来ならば体の軸を中心に真ん中に位置してるのが普通だ。
しかし今回、恭二は昌一と激しい格闘戦を行った。身体中ボロボロになり、衣服を乱れさせながらも、必死で戦った。
その結果衣服が乱れた際に、服の内側にあったドックタグも一緒に乱れ、丁度ピンポイントに心臓を守るかのように、昌一が狙った位置にドックタグがズレていたというわけだ。
つまり、彼の命は、詩乃が救ったということになる。
「……あはは、全く……脅かしてくれるね……」
「そ……それはこっちの台詞よ! ……しッ、死んじゃうかと、思ったんだからね……ッ」
事の重大さに対して、随分とのほほんとしている恭二の態度に憤慨したのか、詩乃は眉を潜めて機嫌を悪くし、恭二の襟元を両手で掴み、思いっきり揺さぶった。
しかし肋骨を二本骨折している恭二にとって、その攻撃はあまりにも効果的すぎたのか、痛みに悶えて悲痛な声を漏らした。
「いッ……い、痛いよ詩乃ッ、や……やめてくれッ」
「……へ? あ……あ、ご……ごめん……なさい」
「派手に痛めつけられたみたいだな……、後に警察が来るけど、救急車も呼んでおいた方が良さそうだな……」
「あはは……、お願い出来るかな……和人」
「ああ、俺が救急に電話しておくよ」
そう言い残すと、和人は「よっこらしょ」と親父臭い声をもらしながら腰を上げ、恭二の部屋から表に出て、しっかり扉を閉めたあと、スマホで通報を始める。
和人が外に出たことによって、部屋には恭二と詩乃の二人きりという状況になった。
あんなことがあった後のためか、お互いになんて言ったらいいかわからないようだ。
恭二にいたっては、喧嘩したまま彼女の家から出てきてしまってる。色々と気まずい様子だ。
「……えっと、詩乃……け、怪我はない?」
「え? ……あ、う……うん、平気よ。その……君が助けてくれたから……」
「……ごめん」
「……へ?」
「僕……君に酷いことを言ってしまった。だから……ごめん」
まずは、恭二の方から先日の暴言のことを謝罪する。
暴言といっても、怒鳴っただけなのでそこまで言うようなあれではないのだが、滅多に人前で怒らない彼からしたら、それも暴言に入るのだろう。
「そ、そんな……、べ、別に気にしてないわよ!」
「……でも今回のことだって、僕の身内がしでかした事だし……、君にたくさん迷惑をかけてしまった……」
「……でも、恭二くんは……私を守ろうとしてくれた……」
どうあがいてもマイナスの方向にしか物事を考えない恭二に、詩乃は必死にフォローを入れ続ける。
これはこれである意味バランスが取れているのだが、将来的なことを考えたら、彼はもう少しだけ、前向きに、積極的になってもいいのかもしれない。
「……でも、結局全部解決したのは和人だ。僕は時間稼ぎくらいしか出来なかったみたいだし……」
「そんなことないよ? さっきの恭二くん……すっごくカッコよかった」
「え、そ、そう……?」
「……うん」
「あ……あはは、そっか……はは」
僕は僕にやれることをしただけ、それが結果的に君を助けることになったに過ぎない。
それに、どんなに理由を取り繕っても、僕を含めて新川家が君に迷惑をかけた事実は揺らがない。
命の危機にまで晒してしまったわけだし、僕はこれ以上、君のそばにいるわけにはいかない。
もう、隠すのはよそう。彼女に……全てぶちまけよう。
全部話して、楽になって、キレイサッパリ忘れてしまおう……。
「…………」
「……恭二……くん?」
目を瞑り、物思いにふけっている恭二に、詩乃は再び心配そうな視線を向ける。
あんなことがあったばかりか、何かの間違いで彼がどこかへ行ってしまいそうな気がしてならなかった。
かつての和人も、木綿季にそのような気持ちを抱いていた時があった。
「なあ、詩乃……聞いてくれる?」
「……え? え、ええ……」
落ち着いて話をするために、今一度、大きく息を吸い、そして大きく吐く。
その際、肋骨に痛みが走ったが今は気にしない。そんな痛みよりも、これから起こる現実の方がよほど痛くてつらいだろうから。
「僕は、君が人を殺したと知った上で、君に近付いたんだ」
「…………え?」
「……君と出会ったあの図書館、偶然の出会いなんかじゃなかった。僕は君のことを調べて、その上で君に接触したんだ」
「……何を……言ってるの?」
「…………ッ」
既にもう罪悪感で胸が張り裂けそうだ。彼女の掘り返されたくない過去を、最も深い闇を、辞めておけばいいのにまた抉ろうとしている。
よりにもよって、彼女と一番長くいたこの僕が。でも、逃げちゃいけない、もう嫌なことからは目を逸らさない。
真っ直ぐ向き合う、その上でぶつかり、背負って生きていく。
「僕はね、イイヤツなんかじゃないんだ。君に接触したのも、君が人を殺したからなんだ」
「…………」
もう、彼女になんと言われても、軽蔑されても構わない。これが僕の、新川恭二の背負っていくべき業、拭いようのない罪なのだから。
「あの強盗犯を殺した時の、本物の銃で人を撃った時の感触はどうだったとか、そんな下衆なことを聞こうとしていたんだ」
「…………」
「でも、深く傷付いていた君の心情を目の当たりにした時、僕は罪悪感で包まれた。だから、罪滅ぼしのために、自分が納得いきたいがために、君の傍に居続けたんだよ」
「恭二……くん……」
「ミリタリーのことを教えたのも、君のワガママに付き合い続けたのも、全て僕の都合のためだ。単なる自己満足の為だったんだ」
淡々と話を続ける恭二を、詩乃は真っ直ぐに見つめていた。心静かに、ひたすらに彼の話に耳を傾けていた。
「だ……だから、僕は君といる資格なんてないんだ。僕みたいなドス黒い心の持ち主が、君といるわけにはいかないんだ……ッ」
これで、全部よかったんだよな。初めからわかりきっていたことだ。
今この瞬間から、僕と詩乃の関係は終わった。
これからは、元クラスメイトの朝田詩乃と新川恭二として生きていくんだ。この先僕らは決して会うことはない、会っちゃあいけない。
街で偶然出くわしても知らないふりだ。声をかけてはいけない、喋ってはいけない。
もう……関係を持っちゃあ……いけないんだ。
「…………ッ」
「……恭二くん……」
わかってる、わかってるさ。もう彼女と関わっちゃあいけないって。
感情を殺せ、自分だけを見ろ、もう関わるな。
「だから詩乃……、僕は、僕らはもう……ここ……で――」
詩……乃……?
「……ンッ……!」
「…………ッ」
勉強が出来て頭もいい恭二でも、詩乃の不意打ちの接吻に理解が追い付かなった。
こんな酷い男なのに、醜い男なのに、何故こんなにも君は僕を――?
「…………ハッ」
「…………はッ」
互いに、近い位置に顔があっても、視線を合わせようとはしなかった。恥ずかしいからなのか、気まずいからなのか。
心臓の鼓動が激しくなっていくのを感じる。体温も上がってきている。
しかし決して体調が悪いだとか、そういう訳では無い。もっと違う、胸がときめく理由からだった。
「し、詩乃……何を……ッ」
「……これが、私の答えよ……」
「……し、詩乃……?」
私は決めた。どんなことがあっても、彼の隣に居続ける。確かに、今の話に驚いたのは事実だ。
でも、そうだとしても、彼が自分を納得させるために行ったことだとしても、私の力になって、支え続けてくれたのは、紛れもない事実。
彼がいたから、今の私でいられた。こんなにも早く日常に戻り、毎日を過ごせているのも、彼がいたからだ。
そんな彼をどうして煙たがらなければならないの? 私に接触してきた理由なんてどうでもいい。
彼が勇気を振り絞って打ち明けてくれたなら、私も……私も彼に、本当の気持ちを伝える、伝えてみせる。
「私、あなたのことが……好き」
言えた……、やっと、やっと言うことが出来た。
先にキスしちゃって、順番がちょっと逆になってしまったかもしれないけど、やっと彼に本当の気持ちを、伝えることが出来た……。
「あなたが、私にどういう理由で接触したかなんて、関係ないの! だって恭二くんは、恭二くんは……私にとって、ヒーローだから……ッ」
「……し、詩乃……」
恭二の心は揺れ動いていた。このまま彼女の好意に甘えて、自分自身をも甘やかしていいのかと。
過去の過ちから目を背けていいのかと、頭の中で色々なものがぐちゃぐちゃになり、処理しきれなくなっていた。
そんな彼の考えていることを見透かしていたのか、詩乃は少しだけ呆れた顔になり、小さく溜め息を漏らすと、ずいずいっと、彼の顔に自分の顔を近付けた。
彼は少し、奥手な所がある。なら、少しくらい自分の方から強引にいかないと、彼は動かない。
恭二のことをよく理解している詩乃は、恭二が首を縦に振る答えを言わざるを得ないように、どんどん攻め入っていく。
「恭二くんの……答えを、聞かせて……?」
「……う、あ……ぼ、僕……は……」
「……僕は?」
「あ……、えっと、僕は……、いや、僕も……」
「僕も……なに?」
かつてない程に、心臓の鼓動が激しくなっている。血の流れも過去最高潮だ。全身の血管という血管がフル稼働しているのを感じる。
だ、だめだ、こんな風に迫られたら……もう、断ることなんて出来ないじゃないか……ッ。
「……僕も、詩乃のことが……す、好きだ……」
不思議と、胸が締め付けられるような感じはしなかった。
決して持ってはいけない感情を持ってしまい、罪の重さに耐えきれないと思っていたけど、そんなことはなかった。
むしろ高揚感、胸の高鳴りが止まらない。
「……やっと、聞けた……あなたの気持ち」
詩乃は彼からの答えを聞き届けると、にっこりと微笑んだ。
長い間ヤキモキしていた感情の決着を、互いにつけることが出来てスッキリしているのか、ほっとしているのかはわからない。
だが、詩乃はこれまで生きてきた中で、最高に素敵な笑顔を彼に見せていた。
「僕は……、勝手に自分を責めていたのかな……」
「……そうかもしれないわね。でも、例えそうだとしても、恭二くんはもう……罪を清算してると思うわよ……?」
「え……、ど、どうしてだい?」
「……だって、私をこんなに笑顔にしてくれたんですもの♪」
「うッ……」
心からの彼女の笑顔がこんな間近で見ることが出来る。そんな美味しい位置を獲得してしまった恭二は、とっさに視線を逸らし、顔を赤らめていた。
どんなことからも目を背けないと誓った彼も、この恥ずかしさからは逃げたくなってしまったようだ。
「なあに? 照れてるの……恭二くん?」
「べ……別に……ッ」
「ふふ、可愛いわよ、……恭二くん♪」
「ま、またALOみたいに、僕をからかうのかい!?」
「そんなんじゃあないわよ、うふふふ」
この二人は恋人としては、まだまだ互いに色々と足りないのかもしれない。
しかし、奥手な彼と積極的な彼女。これはこれでバランスが保たれているのかもしれない。
ちょっとぎこちないが、それこそが彼等らしいと言えるだろう。
なんと言っても、本当の意味で、この二人は笑い合うことが出来るようになったのだから。
次回、幻の銃弾編、最終回『リアル・バレット』
ご観覧、ありがとうございます。
骨折という重症を負ってしまったものの、新川君も無事に生きておりました。
最初に詩乃に買ってもらったあのドックタグ、薄々勘付いていた人もいたと思いますが、伏線でした。
原作では電極で注射器から身を守ることが出来た和人。それに対抗して、彼らしいお守りで注射器からガードしようと、身につけさせました。結果、ちゃんと彼を守ってくれましたね。
さあ、次回は幻の銃弾編は最終回です。
次回もお楽しみに!