ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
こんばんは、早速ですが新章開始いたします。
この二人の物語も、前から書きたくて書きたくて仕方ありませんでした!
そしてこの75話を読むに当たっての注意点的なものを……。
今回、ユウキのAIDS、シウネーの急性白血病に引き続きまして、とある病気の話が物語に盛り込まれています。
一応それについても私なりに勉強して、今回の物語に組み込んでおります。
が、もしも供述が間違っていたりしましたら、ご指摘いただければ幸いです。
物語の時間軸は冬ですが、ほんのりどこか甘酸っぱく、ほんのり温かい。そんな短編ストーリーとなっております。
それではお楽しみ下さいませ。
第75話~春のはじまり~
『出会い』それは常日頃から行われている。
毎朝学校へ行く途中に、通行人とすれ違うのも出会い。コンビニやスーパーで、店員さんと話すのも出会い。
また、毎朝友達と学校で顔を合わせるのも、はたまた仮想世界で知った顔と遊ぶのも『出会い』だ。
この物語は、互いに接することがほとんどなかった男の子と女の子の、甘酸っぱくも微笑ましく、季節外れに訪れた小さな春の物語……。
西暦2026年12月17日(木) 午後12:35 東京都立川市柏町 綾野邸
「へくしッ!」
和人や明日奈達が通うSAO帰還者学校がある西東京市から、さらに西にあるここ、東京都立川市のごく普通の一軒家、そこの二階にある自室で、とある女の子が寒気に体を震わせている。
「うぅ、まだだるいです……」
身長140センチほどの小柄な女の子はベッドの布団に身を包み、体調不良を独り言で訴えている。
彼女の名はシリカこと、綾野珪子。
平日の今日、本来ならば彼女は学校に行っている時間帯だ。
冬休みも近付いてきており、クリスマスに大晦日にお正月と、この時期は何かとわくわくしてくるものだ。
気分も高まり、遊ぶ予定を立てていくのにも気合が入るいうもの。
しかし一方で、浮かれすぎて慢心、油断といった心もどこかしら出てくる。
食事を適当にすましたり、不規則な生活リズムになってしまっていたり、プライベートとは言え、自室でだらしない格好でいたりと。
この布団にうずくまっている珪子も決してその例外ではなく、慢心さがたたり体調を崩し風邪をひいてしまい、やむを得ず学校を休んでいてしまっている、というわけだった。
「お母さんも留守だし……、退屈だなあ……」
ピンクのカーテンがつけられている窓の外の風景を見ながら、寝る以外にすることがないと、珪子はボヤいている。
風邪といっても体温は37度6分と微熱気味の塩梅と動けはするが、だからといって予断を許さない状態だ。
今のうちにしっかり休んで治しておかないと、もっと酷くなってしまうケースもある。
「ピナ~……」
白い壁、女の子らしいカラフルな色合いの可愛らしい家具やデスクに囲まれた部屋中を見渡しても、飼い猫のピナはどこにもいない。
普段家にいる時は大抵珪子と一緒にるのだが、風邪がうつってしまっては大変と、彼女の母親が一階のリビングへと避難させたのだ。
故に、彼女は今一人ぼっち、そして午前中にも散々寝ていた為眠気も無く、今度は退屈という強敵と戦っていたというわけである。
「……眠れない……」
いくら寝ようと思って目を閉じても、一向に眠気はやってこない。
しかも退屈で退屈で死んでしまいそうだ。
体調を崩してさえいなければ、今頃は学校でお昼休みの時間。談笑したり、冬休みの遊ぶプランの相談をしたりと、楽しいことがいくらでもある。
「ん……通知……」
突如、ベッドの枕元に置いてある珪子のスマートフォンがピロリロと鳴り響き、誰かからの通知が来たことを教えた。
珪子が慣れた手つきでスマホを手に取り、ディスプレイに目をやると、誰かからLINEでメッセージが送られてきているようだった。
「リズさんからだ……」
【やっほーシリカ! 体調はどう? やっぱりアンタが学校来てくれないと休み時間物足りなくて仕方ないわよ! 早く治しちゃいなさいよ!】
メッセージはどうやら、アインクラッドでもALOでも交流が最も深かった、リズベットこと篠崎里香からのもののようだった。
「ふふっ、リズさん……心配してくれてるんですね」
先程までつまらなそうにしていた珪子の顔に、ほんのり笑顔が浮かんだ。
里香からのメッセージが余程嬉しかったようだ。すると珪子はパパッと現代の若者らしく、素早いフリック操作ですぐさまメッセージを返信する。
このささやかな時間は、ずっとベッドの上でじっと安静にしていた珪子にとっては、非常に嬉しい時間となったようだ。
次から次へと話題が尽きずに、どんどんメッセージのやり取りを続けていく。
女の子同士、ガールズトークに花を咲かせて、珪子は実に楽しそうだ。
【んじゃあ、そろそろ休み時間終わりだから、またね。後でそっちに明日奈と一緒にお邪魔するから!】
「……リズさん、来てくれるんだ……♪」
一人っ子の珪子にとって、年上の里香は気の合う女の子友達というよりも、面倒見のいいお姉さん、といった感じだ。
体の心配をしてくれただけでなく、この後お見舞いに来てくれるという。これには珪子も嬉しくてたまらない。
【なんか甘いものでも買っていくわよ。あ、そうそう、いくら退屈だからって、フルダイブなんかしちゃあダメだからね? それじゃあまた夕方にいくから待ってなさいよ!】
フルダイブ、その文字を見た瞬間に珪子はきょとんとした表情を浮かべた。
よく、風邪をひいて寝てしまっているのに、携帯やゲーム機で、こっそり親に内緒で遊んでしまったこと、そんな経験はあったりしないだろうか?
誰もが一度はやったことがあるであろう、親の目を盗んでゲームをする行為。
里香も余計なことを言わなければよかったものを、その余計な一言が、珪子に小悪魔的な発想を生ませることになってしまった。
「そうだ……ALOなら、誰かいるかも……」
その発想は思い浮かばなかったと、里香に心の中で感謝をし、珪子はスマホを傍らに置くと、今度はタンスの上に、可愛らしいぬいぐるみと一緒に置かれているアミュスフィアに手を伸ばす。
両手でそれを掴むと、珪子は再びニッコリと微笑む。
現実世界がダメなら仮想世界があるじゃないかと、パンがないならお菓子を食べればいいじゃない的な、安易な発想を浮かべながらアミュスフィアを頭に被る。
「ちょっとくらいなら大丈夫だよね? 本当に危なくなったら、確かアミュスフィアが自動ログアウトさせてくれたはずだし……」
SAO事件で世間を震撼させた『ナーヴギア』と違い、次世代フルダイブマシンであるアミュスフィアは、装着者の脳波の異常や、心拍数などを検知することが出来る。
もし使用者に何らかの肉体的異常が見られた場合、強制的にログアウト、現実世界へ帰還させる機能が備わっているのだ。
徹底的な安全面での使用を追求したこのアミュスフィア。
脳への負担のことも考慮し、電子パルスの出力もナーヴギアやメディキュボイドと比べても格段に抑えられた設計となっている。
故にそれらのマシンを使っていた者達からすると、個人差はあるが視界のクリアさが若干落ちていたり、ちょっと動きにくいと感じる時もあるようだ。
珪子はもしも何かあっても、アミュスフィアがちゃんと管理してくれるから大丈夫と、タカをくくっていたのだ。
「ちょっとだけ、ちょっとだけだから……」
内心いけないことだとは思いつつも、珪子はフルダイブの準備を進める。
ソケットにLANケーブルを差し込み、ベッドに寝直して、少しでもダルい体をリラックスさせる。
目を閉じて大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着かせて、今の自分の意識を仮想世界へと委ねていく。
「……よし、リンク……スタートッ」
――――――
同日午後12:45 アルヴヘイム・オンライン 空都ライン 転移門広場前
今からおよそ一年前、このALOに大幅なアップデートが施された。
《浮遊大陸スヴァルトアールヴヘイム》
文字通り、このALOのワールドの大空にプカプカ浮いている大陸であり、穏やかな気候の平原の島や、灼熱の暑さの砂漠の島、凍てつく寒さの氷の島など、様々な種類の大陸が存在する。
いつもは世界樹の街アルンに腰を落ち着かせているシリカらSAOサバイバーが、何故ここにいるかというと、今週の頭に実装された『試練の洞窟』という敵が無尽蔵に強くなっていくというタイプのダンジョンにチャレンジしていた為であった。
アルンの街が地上のホームだとするならば、ここ空都ラインはスヴァルトアールヴヘイムのホームと言えるだろう。
綺麗な噴水に充実した商業施設、ダイシー・カフェ空都ライン支店もあり、何かと居心地がいい拠点となっている。
そんなラインの転移門広場前に、可愛らしい猫耳と、長い尻尾の生えたケットシー族の女の子が立っている。
どうやらアミュスフィアのシステムに弾かれることなく、ちゃんとフルダイブ出来ているようであった。
「ふう……ログイン出来た……ッ」
しっかりALOにログイン出来たことを確認すると、今度は左手をスライドさせてメニューを表示し、フレンドリストを開いて他に誰か知り合いがいないかどうか確認する。
が、こんな流石に平日の真昼間からVRMMOで遊んでいるようなユーザーはそうそうおらず、彼女のフレンドリストはオフライン表記ばかりが目に付いていた。
「はぁ……そりゃそうですよね、こんな時間から遊んでる人なんて、そういませんよね……」
シリカが大きく肩を落とし、溜め息を吐き出すと、彼女がログインした為か青白い光とともに、テイマーモンスターであるフェザーリドラのピナが、どこからともなく現れた。
「キュルン♪」
水色の触り心地良さそうな毛皮に、大きく分かれた長い二つの尻尾。
まさにドラゴンの子供という言葉に相応しい可愛いく愛嬌のあるピナは、早速自分が大好きなご主人の胸に飛び込んでいった。
「ピナ!」
シリカはいつもやっているように、SAO時代から一番長くいた大切な友達を優しく受け入れる。
背中に手を回し、ポンポンと優しく叩きながらもう片方の手で頭をそっと撫でる。
思わずピナも気持ちよさそうな鳴き声をあげて、精一杯シリカに甘える。
「キュルルン♪」
「えへへ、ピナに会えて嬉しいよ♪ 今日は何しようか」
「キュルン?」
ピナはシリカに甘え終わると、今度は首を傾げながら頭に?マークを浮かべ、シリカを見つめている。
まるで、シリカがこの時間に仮想世界にいることがおかしいと知っているかのような反応だった。
「べ、別にサボったわけじゃないよ?」
「キュルルゥ……?」
まるでシリカの話している内容がわかっているかのような反応を見せるピナ。
そこまで複雑なプログラムが組み込まれているわけではないのにもかかわらず、ピナのAIは実に柔軟な対応を、特に御主人であるシリカからの声掛けに対しては絶対に応じるようになっている。
またシリカがピンチのときには命令なしに体を張って守るような行動に出たりと、アルゴリズムから外れた行為も目立つ。
何故ピナがこのような行動を取るのかは、MHCPであるユイにもストレアにもわからないという。全く不思議な生き物である。
「ほ、ホントだよ? ちょっと風邪で休んじゃっただけだから!」
「……なら、こんなことしてないでちゃんと寝てろよ……」
「ひゃわあ!?」
使い魔と会話をしているシリカの背後から、突如プレイヤーが声を掛けてきた。
いきなり声をかけられたシリカは両手を大振りにして驚いて、そのままバランスを崩して盛大に転んでしまう。
「お、おいおい大丈夫か?」
「う……あいたた……」
シリカはどうやら派手に尻餅をついてしまったようで、痛そうに自分のお尻を手で抑えている。
ペインアブソーバーが機能しているので、痛みが走ることはないのだが、しっかりと衝撃は感じていたようで、そのおかげで痛いと思ったようだ。
「ほら……」
プレイヤーは自分の所為で転ばせてしまったシリカに、すっと手を差し伸べる。
シリカは左手でお尻を抑えながら、右手差し伸べられた手を掴み、下半身に力を入れてすっと立ち上がった。
「えっと、ありがとうございます……って、あれ……アナタは……」
向こうはシリカを知っているようだが、彼女の方は彼のことを知らない……というか、覚えていないようだ。
「お、オレのこと覚えてないのか……、この前皆で冒険したし、飯だって食ったろ?」
「あっ、思い出しました! 確かユウキさんのギルド、スリーピング・ナイツの!」
「ああ、ジュンだよ。タルケンならともかく、オレを忘れてたなんてちょっとショックだぞ……」
真っ赤な髪の毛に真っ赤な瞳、そして全身に纏っている真っ赤な重鎧。サラマンダー族の少年プレイヤー、ジュン。
シリカに声をかけたのは彼だったのだ。
「ご、ごめんなさい!」
「べ、別に謝らなくてもいいけどさ、これからはちゃんと覚えておいてくれよ?」
「あ……は、はい!」
学校を休んでいるのにこんなことをしているためか、知り合いに見つかってしまい、誰かにバラされてしまわないかとビクビクしているせいか、シリカはちょっとだけぎこちなくなってしまっている。
使い魔のピナも、そんな固くなってる彼女の頭にふわっと乗り、羽をたたんでリラックスし始めた。
この位置は、昔からピナのお気に入りポイントなのだ。
ジュンは近くにあるベンチに腰を下ろし、手に持っている茶色い紙袋からローストチキンのような物を取り出すと、口に運んでガツガツと食べ始めた。
「それで……学校はどうしたんだよ?」
「あ、えっと……その、風邪をひいてしまいまして……」
「…………」
「そ、それで午前中寝たら熱も下がってきて、寝れなくなってしまって……」
「うん」
「それで退屈になってしまって、ALOなら誰かいるかなー……なんて……」
「…………」
ジュンは呆れて何も言えなかった。
退屈だからログインした? バカを言うでない、そもそも病気は退屈でも寝て治すものだ。
自分はそんなこと飽きるほど体験してきた。ベッドの上がどれだけ退屈か、身をもって知っている。
たかが一日も退屈に耐えられないようじゃまだまだ甘い。長年の入院生活を強いられている身として、何か言わなくては。
そう思ったジュンはチキンを一本一気に胃に放り込むと、残りをストレージに仕舞ってシリカのいる方に向き直す。
「なあシリカ、体の具合が悪いのなら、ちゃんと寝ないと」
「は……はい……」
「……オレもさ、今も病院生活送ってるから気持ちはわかるよ? 寝ること以外何も出来ないことのしんどさや苦痛さ」
「はい……」
「でも、オレはずっと耐えてきた。先生に許可をもらってはフルダイブしてたけど、基本的には薬飲んで寝るのが、毎日のサイクルだったんだ」
ジュンが諭す度に、シリカの猫耳と尻尾が垂れ下がっていっている。
誰かとお話だけでもと思ってフルダイブした結果、自分と同じくらいの年齢だと思われる男の子からお説教を喰らっている。
いけないことをしている自覚があったのか、シリカはシュンとしてしまい、縮こまってしまっていた。
「あ……」
いけない、ちょっと言いすぎたかもしれない。確かに自分は間違ってることは言っていない。
だけど相手は年頃の女の子、もうちょっと言葉を選ぶか、言い方というものがあったかもしれない。
「えっと……ごめん、ちょっと言いすぎた……」
「あ……いえ、大丈夫です……」
どうみても大丈夫ではない。
体調を崩して学校に行けず、家でも一人ぼっちで退屈で、寝るに寝れずにちょっとALOにログインしたらこの始末。
自分が悪いと思っていても、やはり言われるとくるのである。
「…………」
「……う……」
気まずい。非常に気まずい。
女の子にこんな顔をされてしまっては、男としてはどうしたらわからない。
何か、何か声を掛けなくては。彼女の元気が出てくるような、素敵な話題を。
「シリカの通ってる学校ってさ、SAOサバイバーが集まってるんだっけ」
「え……は、はい、そうですけど……」
「てことは、アスナさんやキリトさんも一緒なんだ?」
「は、はい。でもキリトさんは休学してますけどね」
「そうか……でもいいなあ、オレも学校行きたいな……」
「……ジュンさん?」
「オレさ、ずっと病気で病院暮らしが長かったからさ。今は病室で勉強してるけど、やっぱり学校で勉強したいなって……」
今年で十五歳になったジュンは、今年の秋まで、病気に苦しめられていた。
病名は『悪性リンパ腫』
AIDSや白血病と同じで、難病とされている病気である。白血病と同じく血液のガンと呼ばれている。
発症原因が一切解明されておらず、進行も早く発見が遅れると血管を経由し、たちまち全身に転移してしまい、手遅れとなる。
ジュンは三年前、十二歳の時ににこれを発症し、抗がん剤や放射線治療、化学療法など、何種類もの治療法を施してきた。
しかし、どの治療法も彼に効果的だとは言えなかった。
悪性リンパ腫の厄介なところに『耐性を持ちやすい』というのがある。
抗がん剤はもとより、化学療法を用いての薬の投与も、続けていくにつれて段々と効果が出なくなってくる。
既存の薬品では、リンパ腫の進行を抑えられなくなっていたのだ。
ユウキやシウネーと同じように、骨髄移植による手術も視野に入っていたが、ジュンのHLAに合うドナーがなかなか見つからず、悪性リンパ腫の進行も止められずに八方塞がりになっていた。
そして告げられる余命。
しかし彼は諦めなかった。自分と同じくらいの難病と闘ってるユウキやシウネーだって生きようと頑張ってる。
女の子があんなにも頑張ってるのに、男のオレが音をあげてどうするんだ。
生きてやる、絶対に生きてやる。
それから彼は毎日を必死に生きた。
諦めてたまるか、絶対に諦めてたまるか。まだやりたいことがたくさんある。
こんな所で死んでたまるか、死んでなるものか!!
そんな彼に、奇跡が起こった。
抗がん剤もダメ、放射線治療もダメ、既存の化学療法も骨髄移植もダメ。もう、手はないかと思った時、思わぬ光明が差し込んできた。
悪性リンパ腫に対する新薬の被験者となること。
通常、新薬が出来上がるまでは国の承認が必要になる。薬の成分の有効性、副作用などの安全性など、何回、何十回、何百回と繰り返す。
そしてそれを何年も時間をかけて、開発を続けていく。
一つの薬が出来上がるまで、平均しておよそ最短で九年、長いと十七年もの歳月を費やす。
そして国に認可される薬は、およそ三万件に一件ほどと言われている。
人の体にいい意味でも悪い意味でも様々な効果をもたらす薬を、私たち人間が普通に投与出来るようになるまで、気の遠くなるような期間がいるのだ。
しかし、この開発途中の新薬の『被験者』ともなれば、完成を待たずして、薬を投与することが出来る
しかし、開発途中の薬というものは大変にハイリスクなものだ。
どのような効果が現れるか未知数、副作用等の危険性も相まって、非常に分の悪すぎるギャンブルだと言える。
だが、ジュンは迷わず被検体になることを選択した。何もしなかったら、このまま死ぬ。
それなら、一万分の一でも僅かに可能性が残っているのなら、その賭けに乗ってみようじゃないか。
そして今年の三月、新薬の投与が始まり、ジュンにとって最後の治療が始められた。
泣いても笑っても、これがしくじればもうお終いだ。
治療を始める前は余命三ヶ月と言われていた。
しかし、投与を始めて半月ほど経ってから、彼の身体に変化が現れ始めた。
彼の身体の血液中を流れるリンパ球にあったガン細胞反応が、少しずつ減少していったのだ。
言い方は悪いが彼のおかげで実験は成功、新薬の開発に大きく貢献することが出来た。
時期が経つにつれてガン細胞の反応も減っていき、薬の投与が始められて三ヶ月後、無事に完全寛解となり、今は日常に復帰するためにリハビリの毎日だ。
しかし、再発の危険性もゼロではないため、定期的な薬の投与と、再検査は必至となる。
それでも彼にとってこれ以上嬉しいことはないだろう。
また表を走れる。好きなことが出来る。諦めないでよかった、最後まで諦めないで、本当によかった。
「オレの学力で入れる学校っていったら、私立しかないだろうし、また両親に迷惑をかけちゃうかな……」
だが、彼にとってまた困難な壁が立ちはだかった。既に義務教育期間を終えている彼の進学先だ。
彼の学力ともなると、学費の高い私立高校しか選択肢はない。
しかし、実家はあまり裕福ではない上、今まで散々両親に迷惑をかけてしまった。
自分が私立校に通うとなると、更に家計を圧迫してしまうし、ちゃんと授業についていけるかどうかわかったもんじゃない。
しかしだからと言って病み上がりの彼にバイトをして学費を稼いだり、すぐに就職先を探すという話も酷というものだ。治っても崖っぷちという事実は変わらないのであった。
「ジュンさん……」
シリカは、改めてスリーピング・ナイツのメンバーの現実というものを思い知った。
生きるのに必死だったのは自分たちSAOサバイバーだけではない。
彼らスリーピング・ナイツもまた、毎日を死ぬか生きるかの瀬戸際だったのだ。
生還を果たしても、SAOサバイバーと同じようにペナルティを抱えたまま生きている。
しかし、彼はまだ知らない。シリカが現実世界で通っている帰還者学校が、来年度から新たな体制を敷こうとしていることを。
SAOサバイバーだけでなく、病気や事故で勉学が大幅に遅れてしまっている子供を支援するための準備を進めていることを。
「大丈夫ですよジュンさん、学校……いけますよ!」
「……え? で、でもオレの実家……ずっとオレの治療費とか払い続けてたから、私立の学校に通わせてもらうだけの余裕も……ないんだよ」
「大丈夫です、絶対にいけますから!」
シリカを元気づけようと思ったのに、逆に自分が彼女に元気づけられている。
そもそも、自分は何故彼女に声を掛けたんだろう、注意するため? お説教するため?
それにオレが学校に通えるってどういうことなんだ? もう、なんかよくわからなくなってきた。
「……そ、そう……なんだ?」
「ハイ! だから元気だしましょうよ!」
シリカがジュンの手を握り、自信に満ちた眼差しで見つめ続ける。
急に異性に手を握れ、じっと見つめられたジュンは、顔を赤らめてしまい、フッと彼女から目を逸らした。
「どうかしましたか? ジュンさん?」
「なな、何でもないよ……ッ」
「……??」
ジュンの反応がなんなのかわからずにシリカが首を傾げると、彼女の頭に乗っているピナも「キュルン?」と鳴きながら同じように首を傾げた。
「……ありがとうシリカ、何か……元気づけてもらっちゃったね」
「……ふふ♪ ねえジュンさん、今……お暇ですか?」
「え、あ、えーっと……夕方のリハビリの時間までは大丈夫……だけど」
「なら、私と一緒にクエスト、行きませんか?」
おかしい、彼女は自分の話を聞いていたのだろうか。
遠まわしにログアウトしてさっさと風邪を治せと伝えたつもりだったんだけど、学校の話をしたことで、すっかり頭から離れていってしまったようだ。
しかし、彼にはこれ以上彼女を諭すつもりはないようだ。
確かに彼女は体調を崩しているかもしれないが、本当にヤバかったらアミュスフィアが強制ログアウトさせるはずだし、現実の肉体はベッドで横になってるはずだ。
恐らく考えてるほどの心配事は起こらないだろう。
「……うん、わかった。いいよ」
「ほ……ホントですか!?」
「本当だよ。ただし……マジにやばくなったらすぐにログアウトすること、約束出来る?」
そう言うと、ジュンは左手でメニューを操作し、早速クエストに挑むための支度を始めようとしていた。
思い立ったら即行動、それが彼の信条なのである。
「は……ハイ! よろしくお願いしますね、ジュンさん!」
ちょっと誰かとお喋りするだけと思ってた昼間のスヴァルトアールヴヘイムは、まさかまさかのコンビでのクエスト出発までと相成った。
本当はいけないことなのだが、思わぬ結果になったシリカは物凄く嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「あ……でも、一つだけいいかな……?」
「ふぇ……? な、何でしょうか?」
ストレージからいつも自分が愛用している大剣をオブジェクト化し、装備して背中に収めると、ジュンは一緒にクエストにいくため、条件を提示した。
「……さん付けをやめて、普通に呼んでほしいな……」
「え? あ……えっと、なんて呼べば……」
「普通でいいよ、普通で」
現在、ALOメンバーの中でジュン、それに次いでユウキ、次にシリカの順番で年齢が若い。
自分より目上のキリトやクライン等に敬語を使うのはわかるのだが、年下のユウキやジュンにも使うとなると、ちょっと変なのである。
「じゃ、じゃあ……ジュン……くん、でいいですか?」
「……敬語も禁止」
「え!? で、でもこれはずっとこの話し方できてたから、今更変えられないっていうか……」
「……はぁ、ま、まあ……いっか……」
目上のクラインに対してもタメ口で話しているジュンからすれば、年上のシリカから敬語で話されるのは、非常に背中がムズムズする行為だろう。
現実世界でならともかく、ここは仮想世界。ここでくらい、もう少しフランクに接してきてほしいと、彼は思っていた。
「そ、それじゃあ、行きましょう! ジュンくん!」
「あ、ああ……、よろしくな、シリカ」
「ハイ! よろしくお願いします!」
(……変な娘だな……)
クリスマスが近くなり、本格的に外が冷え込んできているこの真冬。
そんな真冬の季節にちょっとだけ、あくまでちょっとだけだが……、何やら春の予感がしてきたような、そんな気がしてならない。
この甘酸っぱい物語は、まだまだ始まったばかり。この二人の行く先は一体どこになるのだろうか……?
ご観覧ありがとうございます。
はい、ご覧のとおり……今回の主役はシリカちゃんとジュン君です。
実はこの二人、マザーズ・ロザリオ本編のとあるシーンを見て、この二人はありだなと思ったのが始まりでした。
この二人めっちゃ可愛いです(*´д`*)
さて、次回は間が空きますので、来週までお待ちくださいませ。
ちなみに珪子が立川市の柏町に住んでいたり、ジュンの病気が悪性リンパ腫だというのは、完全にオリジナルの設定です。