ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
大変ご無沙汰しております。むこです。
再就職してから最初の投稿となります。正直、死ぬほど忙しい仕事です。でも辞めるわけにもいきません。
そして、この執筆活動も辞めません。両方やらなくちゃあならないってところが、大人のつらいところです。しかし、覚悟は出来ております。
それでは久方ぶりのボク意味、どうぞお楽しみくださいませ。
西暦2026年12月18日(金) 午後12:01 東京都西東京市田無 帰還者学校 校舎
「んんー……やっとお昼かあ」
ピンクのベストを羽織り、肩まで伸びてる赤みを帯びた茶髪の女子生徒、篠崎里香が自分の椅子の背もたれに背中を預け、大きく伸びをしながら昼休みの始まりを感じている。
ここは、かつて世間を震撼させたSAO事件に巻き込まれた子供たちが通う学校、『帰還者学校』である。
茅場晶彦が作り上げた仮想世界に囚われた被害者は、大人は無論、当時の子供たちにまで登る。
その年齢層の殆どが中学、高校と、物事を学ぶのにとても大切な時期を迎えたまま、あの世界に囚われてしまった。
そこで国が設けたのが、そういった理由で勉学が大幅に遅れている子供を対象とした特別措置だ。
SAOから帰還し、この学校に通学可能な全ての子供たちを集め、卒業すれば高校卒業資格を得られるという好待遇っぷりだ。
キリトこと桐ヶ谷和人、アスナこと結城明日奈も、ここ帰還者学校の生徒なのだ。
「お腹すいたね、ご飯食べに行きましょ、リズ、シリカちゃん」
「ええ。授業で頭使ったから、すっかりペコペコよ」
午前の授業で使ったタブレットを学生鞄に仕舞うと、里香と明日奈はこの学校の食堂、学食へと赴こうとしている。
いつ、どこの時代でも学食というものはお金の少ない学生にとってはありがたい存在のようだ。
メニューは種類豊富、そして出てくるまでが早く、更には値段も安く財布にも優しい。
おまけにB級グルメを彷彿とさせるような親しみのある味付けが学生たちには大変に人気のようだった。
「ほらシリカ、いくわよ」
「行こう、シリカちゃん!」
同じクラスメイトである珪子に二人が声を掛ける。SAOやALOのアバターと同じく、左右に可愛らしい茶髪のツインテール。それを結っているキュートなリボン。
それがとても似合う背の小さな女の子は声を掛けられても上の空気味で、どこか明後日の方向を虚ろな瞳で見つめていた。
「…………」
「……シリカちゃん?」
それが少し気になり、明日奈が彼女に近付き声を掛けてみる。いつもウキウキで学食に向かう珪子が、今日に限って出遅れ気味。
この前風邪をひいたこともあり、まだ体が万全ではないのかもしれないと、少し気を使う。
「……へ?」
「ちょ、ちょっとアンタ……大丈夫なの?」
やはり、どこか上の空だ。明らかにいつもと様子が違う友人の反応に、里香も心配になり側に駆け寄る。
席に腰掛けている珪子の机の正面に並ぶ形で、明日奈は彼女の目線の高さに合わせ、少し腰を曲げ、里香は両手を付いて顔を覗き込んでいる。
彼女らのいる教室は、他の生徒も学食、ないしは別のところに昼食を取りに行ったのか、少しずつガヤ声が消えていき、静かになっていった。
「まさか、まだ風邪が治ってないんじゃ……?」
そう言いながら、明日奈が珪子と自分の額に自身の掌を当てて、感覚で体温を測ってみる。
数秒間、当て続け「うーん……」という声を漏らすと、自分と変わらず平熱だということがわかった。
彼女は風邪ではない。ぶり返しでもなさそうだ。そうだとしたら、この上の空の原因はなんなのだろう?
「い、いえ……そうじゃあないんですけど……」
風邪ではないと否定しつつも、その顔はどこか赤らんでいるように見えてしまった。
やはり、風邪じゃないほかの病気にかかってしまっているではないかと、少し不安をよぎらせる明日奈と里香。
俯いている珪子を心配そうに見つめていると、やがて彼女の方から
「あ、あの……明日奈さん、リズさん、ちょっと……相談したいことが……」
少しもじもじしながら、二人に目で訴える。その複雑そうな困った表情を目の当たりにすると、何故彼女がそこまで上の空になっていたか、明日奈と里香は直感でわかってしまった。
女の子というのはこういう時、やたらと察しがいいというか、その手の話に敏感というか。それもこの年頃になると感知する能力がフルに働いてしまうのだ。
「……それなら学食じゃなくて、購買で何か買って屋上とかに行く?」
「そうね、そうするとしますかあ」
「は、はい……」
――――――
同日午後12:20 東京都西東京市田無 帰還者学校 校舎屋上
「今日もいいお天気だね」
「本当に、気持ちいいくらいの冬空だわね……」
帰還者学校から見渡せる景色は見事な眺めであった。昨今は屋上に出ることが禁止されている学校がほとんどの中、帰還者学校は立ち入りが許されている。
ベンチ、自販機も設置されており、休み時間を満喫出来るように配慮がなされている。
広さもそれなりにあり、本日もあちらこちらに昼休みを楽しんでいる生徒が見受けられる。
地べたに直接腰を下ろす男子生徒、ベンチに姿勢よく腰掛けて、談笑に花を咲かせている女子生徒。フェンスによっかかりながらスマホをいじくっている今風の生徒まで様々だ。
「ここにしましょう」
丁度三人分、屋上の隅っこにスペースが空いているベンチを見つけた明日奈がここにしようと二人を先導する。
その片手には、母親である京子に用意してもらった手作りサンドイッチの入った小型のバスケットが握られている。
仕事に忙しい京子もあの和解の一件があってから私生活面、教育面も少し見直し出来るだけ自分の子供には自分で作った物を、という考えを持つようになったのだ。
いつもはお金を持たせるか、使用人の佐田に作らせていたが、ココ最近は京子の手作りばかりだ。
明日奈もそれが大層嬉しいらしく、以前よりもお昼の時間が楽しみになって仕方がないとか。
「そうね、丁度空いてるし……」
購買で買った野菜サンドとカフェオレの入ったビニール袋を片手に、里香はベンチの左側に腰を下ろす。
すると流れるように明日奈がその真反対に座り、意図的に珪子を真ん中に座らせようと企んでいた。
こうすることで、珪子からの話を両端で聞きやすくしている。
おまけに彼女を挟み込む形で座ることにより、全部話すまでここから逃がさない、といった意思も同時に感じられた。
里香がベンチの真ん中のスペースを掌でポンポンと軽く叩くと、その合図に従うように珪子もそこに腰を下ろす。
「それで、相談って一体なんなの?」
単刀直入に、いきなり里香がぶった斬る。少し昼食を進めてからでも良いものを、ハッキリとした性格の彼女らしい行動だった。
「え、えと……じ、実は……」
自分の購入したクリームパンを取り出そうと、ビニール袋に手を突っ込んだ所で質問を投げられた珪子が、手の位置をそのままに固まりながら、一生懸命答えようとする。
……が、いざ直前になって恥ずかしくなってきてしまったのか、中々そこから先のセリフが喉から出てこない。
顔の赤らみが先程よりも増して、視線が定まっていない。肩は浮いてしまっていて、頭を下げて項垂れてしまっている。
そんな様子を見て、二人の直感は確信に変わっていった。
これは間違いない。絶対にあれだ。あれしか考えられない。
そうアイコンタクトを交わしあった明日奈と里香は、互いに視線を合わせ同時に頷き、珪子の背中を優しくぽんと叩いた。
「大丈夫、大丈夫よ、シリカ」
「……へ?」
彼女を安心させるために、今度は優しく声をかける。
「うんうん、何も言わなくても……わかるよ?」
「……え、え……」
何も話していないのに、この二人には筒抜け、というか何もかも見透かされている。
自分がわかりやすい反応をしてしまったこともあるが、付き合いが長いためか、全てバレバレのようだ。
「好きな人が、出来たんだよね……?」
「――――ッ」
これ以上ないわかりやすい反応で固まってしまった珪子を見て、内心二人は「やっぱり」と思い、目の前の小さな女の子の心中を察していた。
顔を更に真っ赤にさせてしまった珪子はどう切り返したらいいかわからず、ただただ慌てふためいていた。
恋する乙女というものは大層強いものだが、同時にこうなってしまうと、存外に思うように行動出来なかったりする。
「え、えっと……そ、その……は、はい……」
眼輪筋に力を込めて目を瞑りながら、恥ずかしいという気持ちを押さえ込み、珪子も精一杯の解答を口にする。
「へえー……アンタに
「やっぱり……ね。今朝から様子が少しおかしかったもんね? おはようって言った時も少し反応が遅かったし……」
「う、うう……」
前回の風邪の件といい、今回の相談のことといい、この二人には全く頭が上がらない珪子であった。折角買ってきたパンにも牛乳にも手をつけられず、ただただ赤くなって縮こまるばかりだ。
「それで……誰なの? ここまできて内緒なんて野暮ったいのはナシよ?」
野菜サンドを口に頬張りながら、白馬の王子様は一体誰なのかと、更に追い打ちをかける。
このお年頃の女の子というものは、他人の恋愛話に大層目がない。浮ついた話がちょっとでもあろうものならば、どこからでも駆けつけて確かめようとする。
そして、大概は自分に対しての好意に関しては疎かったりするのだ。
「私たちが知ってる人?」
栗色のロングヘアを揺らしながら、首を斜めにした明日奈がお目当ての殿方を問いただす。
自分たちの周りで異性と言えば限られてくる。
その中からなのだろうか、それとも自分たちと交流がない人に、ほの字になってしまったのか。
「お、お二人とも……知ってる人です……」
聞こえるか聞こえないかくらいの細々とした声で、珪子が精一杯の答えを吐き出す。
一つずつ答えを聞き出すことに「ほうほう」と興味津々な反応を示しながら、二人は次の回答を求めようとする。
「でも、あたし達の身内で男どもって限られてくるわよね?」
「そうだよね。キリトくんも恭二さんも付き合ってるし、エギルさんは既婚だし……」
「え、えぇっと……」
恥ずかしい、恥ずかしくてたまらない。自分が惚れた男の子の名前を言うだけだというのに、その名前が中々喉から出てこない。
勇気を振り絞るというものはこんなにも難しい事だったのかと、珪子は自分自身の気持ちと闘っていた。
しかし、話を持ち込んだのは自分だ。ここまできて有耶無耶にするなんてことは許されないし、折角二人が相談に乗ってくれているんだ。ちゃんと最後まで話さなくては。
「ゆ、ユウキさんのところの……」
「……スリーピング・ナイツの……?」
「そ、そこの……」
「……そこの?」
さあ、言おう。惚れた彼の名前を。隣で支えていきたいと思った、赤色が似合う情熱的な燃える心を持った、真っ直ぐな彼のことを。
「……ジュンくん、です……」
彼の名前を告げると、珪子はまたもや顔を真っ赤に染めて屋上の地面の方を向いてしまった。
実際の告白の時もこんな風にぎこちなくなってしまうのだろうか?
彼女の想い人の名を聞いた明日奈と里香は、最初こそ目を丸くして驚いた様子を見せていたが、少しの間目を閉じて考え込んでいた。
「ジュンって、あの赤いサラマンダーの子よね?」
「うん、
母親手作りのサンドイッチを齧りながら、明日奈は小さくなっている珪子に目線を向ける。
ジュンとシリカ、二人が仲良く街中を歩いている場面を想像させてみると、どことなくしっくりくるものを感じた。
恋バナに敏感な乙女の都合のいい解釈も手伝って、これはありなのではないか、いけるのではないかと、野次馬根性に近い胸の内まで湧いてくる。
「へぇ……シリカも隅に置けないじゃないの?」
「……う、うぅ、別にそういうんじゃ……」
こうなってしまったら、里香は黙ってはいられない。何かと一緒に行動することが多い親友珪子の春の気配に、興味を示さずにはいられない。
珪子の背中に大きく腕を回し、自身の顔を近づけて、憎いやつだ、こいつめと、野次を飛ばしながら彼女をからかう。
しかし、当の本人は真剣そのものだ。それに今回、ジュンの一件は彼の身体のことも相まって、珪子は大いに真剣だ。
むしろ、今回明日奈達に相談を持ちかけたのは、彼を好きになったことよりも、どうしたら彼を支えていけるのか、といった事に助言を貰いたく、こうして集まってもらったのだ。
「私……ジュンくんが好きです。一生懸命で情熱的で真っ直ぐで、自分の信念を曲げないところとか……」
「……うんうん」
「でも、結構不器用な面もあったり、可愛い顔で笑顔を見せてくれたりもするんです。そういう所が……す、好きで……」
まだまだ言葉にしたいが、話していくうちにだんだん恥ずかしくなってきたのか、頭から湯気でも吹き出しそうな勢いで顔を真っ赤にさせていってしまう。
秋真っ盛りなのに熱中症で倒れてしまいそうなくらいの体温の上昇具合だ。
「なるほどね、シリカらしいわ」
「それで……私達に相談ってことは、やっぱり告白のこととか……?」
「……え、えっと、それもそうなんですけど、実は……もっと大事なことで……」
途端、珪子の顔つきが変わった。
今回、彼女はただただジュンの男らしいところ、かっこいいところに惚れた、というだけではない。
どうにかして彼の助けになりたい、力になって支えてあげたい。そういった覚悟の面も持って、彼のそばにいたいと感じたのだ。
単刀直入に言ってしまうと、珪子は現実世界の彼を隣で支えてたいのだ。
ネットゲームの話にリアルの話を持ち込むのは基本的にタブー。しかし、今回の話はそんなマナーやネチケットの範疇を超えてしまうような感情の高ぶりが生まれてしまった。
かつて、明日奈や和人が木綿季の心持ちを知りたくて、横浜の病院まで駆けつけた時と状況は全く一緒なのであった。
ここまで垣根を越えてしまうと、もうネット上だけでの付き合いというのは、もう古いと感じる時代になってしまったのかもしれない。
「明日奈さん、スリーピング・ナイツの人達って、病気……なんですよね?」
「えっと、そう……だね。正確には元病気の人達で結成されたギルド、が正しいかな」
「木綿季もそうだったのよね、AIDSを患ってて……」
「でも今は皆完治して、社会復帰と復学に向けて頑張ってるの」
一つ目のサンドイッチをお腹に収めた明日奈が、二つ目を取り出しながら、スリーピング・ナイツの内情を説明する。
あまり細かく話過ぎず、それでいてしっかり事情が伝わるように組み立てて、珪子に聞かせていく。
話を聞く限り、全員が全員社会復帰は叶いそうだった。家族や親類のツテで仕事先や入学先の工面をしてもらえそうだという。
しかし、ジュンだけはそう簡単に、とはいかないようだった。
厳しい家計で私立への入学は現実的ではない。また、長期間の入院生活で中学の勉強もおざなりになっていて、公立校を受験するには学力も足りないと、八方塞がりの状況だ。
このままでは中学の学習歴がないのに、最終学歴が中卒という、現代社会には絶望的な学歴を背負うことになってしまう。
何も社会で活躍するのに学歴がすべて、というわけではないが、ある程度その人の資質を見い出す基準とするためにも、出来るだけ学歴はあった方が良い。
そこでこんなこともあろうかと、といったタイミングで現れたのが、珪子たちが通う帰還者学校の新制度だ。
SAO事件の被害者だけでなく、病気や事故で勉強が遅れてしまった子供たちを支援するための制度。
実際に木綿季は、この制度を利用しての来年度からの入学が決定している。
少子高齢化が進むこの現代で、少しでも子供たちの未来を守ろうと、学校側の粋な計らいだ。
「あの、私……ジュンくんを支えてあげたくて……」
「ジュンを……?」
「は、はい。ネット上での関係をリアルに持ち込むのはマナー違反なのはわかってるんです。でも……」
「……でも?」
「私は……ジュンくんの、彼の力になりたくて……」
「…………」
手元のバスケットにサンドイッチを戻し、明日奈は黙って考えていた。
珪子は、かつての自分と同じなのだと。
木綿季に会いたくて、木綿季の本当の心が知りたくて、わざわざ病院を特定してまで彼女に会いにいった、あの時の自分と全く同じなのだ、と……。
珪子の想いは本物だ。この純粋な想いを、親友の真剣な気持ちを無下にするほど、明日奈も里香も薄情ではない。
最初こそ面白おかしくからかってはいたが、珪子の想いが生半可な覚悟ではないと知ると、今度はその気持ちに全力で応える。
「私もわかるよ、シリカちゃんの気持ち……」
「……明日奈さん……」
優しく、優しく珪子の手を握る。私はあなたの味方だと、手の温かさを通して安心を伝える。
「私もね? 木綿季の本当の気持ちが知りたくて、キリトくんに手伝ってもらって、木綿季の病院までかけつけたの」
「……はい」
「拒絶されるかも、って思ったけど、あの時は考えることよりも身体が勝手に動いちゃったんだ」
「まあ、明日奈も誰かさんに似て真っ直ぐな性格してるからねえ……」
「も、もう……リズってば……!」
今は真剣な話をしているのだから、変な茶々を入れないでと、明日奈が目で訴える。
すると里香は妙な笑を見せながら、 「ごめんごめん」と片手で謝る仕草を見せた。
そんなやりとりに、珪子も思わず苦笑いを浮かべる。少し気持ちが楽になったのか、買ってきたアイスココアにストローをつけるくらいのゆとりは出てきたようだ。
「そこで、相談なんですけど……」
「…………」
「ど、どうやったら……ジュンくんの力になれるんでしょうか……」
「……そりゃあ……」
口に含んでいる野菜サンドをお腹に流し込むと、一息ついた後に、里香が続いて思ったことを告げる。
「やっぱり一番はすぐ隣で直接支えてあげることよ」
「……え、と、隣で……?」
「私もそう思うな。初めは迷惑がられるかもしれないけど、シリカちゃんの想いをぶつけるのが、一番だと思うよ?」
「わ、私の……想いを……」
「うん、シリカちゃんのジュンへの想いを……」
この助言は、かつて木綿季から直接明日奈へと伝えられた、最後の選択肢だ。
木綿季を通して明日奈へ、和人へ、そして……珪子へ。
重みを帯びたこの言葉は、かつてとてつもない難病と闘い、そして勝利を収めた少女から、また小さな少女へと伝わっていく。
「ぶつからなければ伝わらないことだってあるよ、シリカちゃん」
「……ぶつからなければ……」
どうしてだろう、その言葉を聞いた瞬間に、何故か胸の奥が熱くなっていくのを感じた。
何故だかはわからないが、その言葉には言葉以上の力がある。そんな風に感じられたのだ。
「ね、シリカちゃん。会いにいこっか?」
「え……?」
突然の明日奈の発見に、珪子は目を丸くしていた。
彼女の言う「会いに行く」というのはALOの話ではなく、文字通り現実世界の入院している病院へ。
かつて明日奈がやったことと同じことをやろうと、そういうことだ。
「あ、会いにって……ど、どういう……」
「ジュンの入院している病院に、シリカちゃんが直接、会いにいくの……!」
「……え……ええぇーッ!?」
校舎の屋上全域に響き渡るくらいの声量で珪子が叫び声をあげると、必然的に昼休みを満喫している他の生徒の視線という視線が集まった。
その視線に気付いた珪子がハッとなり、少しだけ申し訳なさそうに縮こまる。
しまった、思わず声を上げてしまったと、あちらこちらに気まずそうな目線を向けた。
「こ、声がでかいわよシリカ……」
「ご、ごごこめんなさい! ……で、でも病院に行くって……わ、私、入院先とか何も知らないですよ……?」
先程の大声の影響でざわついてる屋上の片隅で、若干小声でこそこそ話を進める。
話に集中し過ぎて、なかなか昼食に手をつけられていないが、それに構うことなく言葉を交わす。
「その辺は大丈夫だよ。多分……木綿季が知ってると思うから」
「え……木綿季さんが……?」
「うん、スリーピング・ナイツって私とキリトくんを除いて、元々バーチャル・ホスピスってソフトで出会った友達なんだって」
「ば、ばーちゃる・ほすぴす?」
「そう、そこで知り合って友達になってから、色んな仮想世界を旅してきたそうだよ?」
「そ、そうなんですか……」
バーチャル・ホスピスとは、読んで字のごとく、仮想世界の病院のことである。
入院生活というものは、長くても短くても不安が積もる。
同院、同室に同年代、もしくは境遇が似ている患者がいれば、互いの胸の内を打ち明けあったり、悩みや将来の相談をしたりして、支え合うことが出来る。
しかし、中にはそうはいかないケースも珍しくはない。五体を満足に動かせなかったり、他の患者と上手くやっていけない人だっている。
そこで活躍したのが、木綿季たちが使っていた「セリーン・ガーデン」と呼ばれるバーチャル・ホスピスだ。
彼女らはこのソフトを通して知り合い、スリーピング・ナイツを結成し、今日まで生きてきたのだ。
残念ながら、木綿季の姉の藍子、ギルドメンバーのクロービス、メリダは亡くなってしまったが、彼女らの築いた絆は、今になってもなおここに生き続けている。
セリーン・ガーデンがあったからこそ、スリーピング・ナイツがあり、そして今の彼女ら彼らがいるのだ。
「だから多分、木綿季なら知ってると思う。よかったら今夜……聞いてみようか?」
「なるほどねえ、いい案じゃない」
「お……お願いします! あ、あの、もしよかったら私も一緒に……」
珪子が明日奈に食い気味に寄っていった最中、突然屋上に設置されているスピーカーから昼休みの終わりを告げるチャイムか鳴り響いた。
リズムよく、学校ならではの「キンコンカンコン」というお馴染みのサウンドは、屋上だけでなく、構内全域に響き渡っていく。
「ありゃ、時間切れか。まだ食べ終わってないんだけど……」
「私も……次の授業の準備しないと、だね」
「あ……ご、ごめんなさい、お二人共……」
自分のせいで二人の昼食を妨げてしまったと、慌てて謝罪に入る珪子を尻目に「気にしない気にしない」と里香も明日奈も笑顔でフォローを入れる。
昼食は後からでも食べることは出来る。
しかし、大事な相談は今しかできない。悩みを抱えたまま引きずっても、手遅れになってしまうことだってある。
「気にすることないわよ。ほーら、次の授業遅れちゃうわよ?」
「は、はい。い、今いきます!」
「木綿季には私から連絡入れておくから、今日の夜にでも私のホームで……どうかな?」
「あ……は、はい! よろしくお願いします!」
ほとんど手をつけていない昼食の片付けを進めながら、三人は午後の授業へと身を進めていく。
学生の本分は勉強。しかし、ジュンはその土俵にすら立てていない。
そんな彼の支えになりたいと、小さな女の子は仲間の助けを借りて、少しずつ前に進んでいく。
気になっていたあの子は、既に想い人になっていた。
これからどうなるかはわからない。彼に会えないかもしれないし、会ってもどうにかならないかもしれない。
しかし、それでも今はがむしゃらに前に進んでみるしかない。
進んで進んで、ひたすら進んで、そして、ぶつかってみるしかない。
それが、今の彼女に唯一出来ること。
その道を信じて突き進むこと。
それが、今一番大事なことなのだ。
小さな少年の力になるべく、小さな少女は今、歩き始めた。
読了、ありがとうございます。
今の珪子を動かしているのは、ジュンへの一途な想いただ一つです。仮想世界で芽生えた恋心は、世界の垣根を超えて、現実世界へと辿り着きました。
色々な人達の力を借りて、彼女は走り始めます。この恋路の行方がどうなるか、ぜひ最後まで見守ってください。