ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
さて、前回急遽決まってしまった名古屋一泊二日の旅。木綿季の突拍子もない行動に振り回されながらも、一行は名古屋と旅立ちます。
今回は場面転換が多めです。
西暦2026年12月19日(土)午前6:48
神奈川県小田原市寿町近辺 JR新幹線のぞみ203号 下り新大阪駅行き車両内部 自由席
「いっただっきまぁーす!」
駅弁を元気いっぱいの笑顔で嬉しそうに頬張る木綿季の声が車内に響き渡る。
彼女が美味しそうに頬張っているのは東海道新幹線の駅弁で一番人気の特製幕の内御膳弁当、1340円だ。
御飯は「深川めし」、「飛騨牛うま煮ご飯」、「梅ちりめんご飯」の三種類。
おかず類は煮物の濃口醤油を使った関東風、薄口醤油を使った関西風。
トンカツに名古屋の八丁味噌。エビフライ、湯葉煮、黒豆甘露煮、鮭西京焼等など。
東海道新幹線が通過する関東・東海・関西、それぞれの地域の特色を取り入れたさまざまな食材を楽しめる大変豪勢なお弁当となっている。
「ん……美味しいー!」
何処の名産かわからないが、値段と色とりどりの内容に心を惹かれてしまった木綿季だが、想像を裏切ることない味の数々に、大変にご機嫌だ。
左側座席の一番窓側の位置で、外の風景を楽しみながら駅弁に舌鼓を打つ。
「お前……駅でクレープ食ったのにまだ食べるのか……」
「あんなんじゃ全然足りないよー!」
「あ、あはは……」
自身の頬をぽりぽりとかきなから、妹の圧倒的食欲に若干顔を引き攣らせている直葉の姿がそこにあった。
昨夜急遽決まった名古屋一泊二日の旅の参加者は和人と木綿季を始め、明日奈、珪子、里香、そして直葉の合計六名だ。
詩乃にも声が掛けられたのだが、バイトがあるのと、恭二との約束があったため、なくなく断ったという。
座席は左側から木綿季、和人、珪子。右側座席に直葉、明日奈、里香の順番に座っている。
幸運なことに、なんとか近場の人数分の座席を確保出来たようだ。
「しかし……朝早かったせいか俺は眠いぞ……」
満足のいく睡眠を取れなかったためか、周りにも感染しそうな眠気をふるまいながら、和人が大きな欠伸を上げる。
朝慣れしてる直葉や、常日頃から元気の塊である木綿季を除き、他の面々も何名か眠たそうな表情をしている。
「えぇー、寝ないでよー? 和人ー?」
「お、お前な……誰の所為だと思ってるんだよ……」
「えっ、あー……んと、それはー……」
困ったところを突かれると、エビフライをむぐむぐと口の中で噛みながら視線を泳がせる。
そのやりとりを苦笑いを浮かべながら珪子や直葉が見つめる。
「それにしても、あたし新幹線なんて何年ぶりかしら?」
「私も……かな? 結城の本家に行く時はいつも飛行機だから……新幹線は久しぶり」
「ほおー……流石、お嬢様は違いますなあ」
「も、もう……リズったら、そんなんじゃないって!」
相も変わらず、里香は他人をからかっている。いつもならば仮想現実問わずその矛先は珪子に向けられていたのだが、たまたま隣に座ってたこともあり、今回はそれが明日奈に向けられていた。
「あはは、ごめんごめんって」
「でも、人数分の席と宿の予約が取れるなんて、運が良かったですよね」
「本当にな……まさか俺も取れるなんて思わなかったよ」
「しかも、全員の都合があって、親から許可もちゃんとおりるんですものね」
今回の突拍子もない電撃旅行、一番の懸念は明日奈と木綿季であった。
明日奈は母親があの元スパルタママだということもあり、流石に今回はダメだしされると思ったのだが、意外にも許可が出たのだ。
やはり、しっかり和解できたことがよかった彼女の中で大きかったようだ。
木綿季も木綿季で、退院後初めての遠征とあうこともあり、彼女の身体の状態が懸念されてたのだ。
大丈夫だとは思うがもしも旅行中に彼女の容態に何かがあったらと、そういう考えが頭を巡ったのだ。
しかしこちらも明日奈同様、許可はあっさりおりた。
むしろお土産を期待しながら主治医の倉橋は、「何の問題もないでしょう、楽しんできて下さいね」と背中を押してくれたという。ありがたい話だ。
「名古屋って味噌が名物なんだよね!? 楽しみだなぁー!」
「お、お前は……食べることしか頭にないのか?」
「あはは、まあまあキリトくん? でも味噌は私もちょっと楽しみだよ?」
「だけど、食べ物以外にも見るところはあるんだろ? ほら、名古屋城とか……」
「…………」
本日の観光ルートを組み立てた木綿季に和人が質問を投げつけると、途端に彼女は固まってしまった。
弁当を口に運ぶ手の動きもピタッと止まり、額から汗が流れ落ちている。
何かまずい事でもあったのだろうか?
「お、おい……木綿季、お前まさか……」
「……あ、あははー……」
「……ま、まさかとは思うが、全部グルメの旅とか言うんじゃあないだろうな……?」
和人が追撃をかけると、今度は窓の外へ視線を向けて、完全にその場を誤魔化そうとしている。
彼女は嘘を見抜くのが得意だが、逆に自分自身が嘘をつくのは苦手のようだ。
「ちょっと、トラベルノート見せてみろ」
「あ……あ! だ、ダメー! 返してよー!」
彼女のバッグのファスナーを開け、やや強引に中から薄紫色の大学ノートを取り出すと、和人はページをパラパラとめくり、書かれている内容に目を通す。
確かに名古屋の名物は味噌だ。八丁味噌と言えば耳にしたことがある人もいるだろう。
米麹や麦麹を使わず、大豆100%の豆麹を使って作られた味噌の中で、愛知県岡崎市で生産されている味噌のことを、八丁味噌と呼んでいるのだ。
そんな豆味噌を用いた料理屋が至る所に点在してるのも名古屋の特徴だ。
味噌うどん、味噌おでん、味噌カツ、どて煮等など、赤味噌の濃厚な味が楽しめる名古屋を代表する食べ物が有名だろう。
そして、木綿季のトラベルノートにはそんな味噌料理が楽しめるルートがびっしり埋め込まれており、中にはういろうが食べられる店までチェックされている。
そして名古屋城や熱田神宮、大須観音等の代表的な観光スポットが書かれていなかったのだ。
このままではただの名古屋食レポ旅行になってしまう。
そんなお粗末な旅行プランを目の当たりにした和人は、左目の眼輪筋をぴくぴくと震わせて顔を引き攣らせ、視界に入るノートに言葉を失っていた。
「なんだ……これは……」
「え、えっとー……えへへ……」
「えへへ、じゃない!」
「わ、わーん! ごめんって和人ー!」
かつてALOでやったように、木綿季の両頬を思いっきり指先でつまみ、外側に引っ張る。
ここは現実世界なのでペインアブソーバーなど勿論ない。
しっかり顔の両端に痛みを感じた木綿季は悲痛な叫びを車内に響かせながら、段々と赤くなっていく頬の痛みに耐えていた。
「
「ちょっとちょっと、周りのお客さんに迷惑になるわよ?」
流石に見かねた明日奈が慌てて賑やかな二人に声を掛ける。
そう、車内にいるのは彼らだけではない。他の一般のお客さんも搭乗しているのだ。
周りには彼らと同じような観光目的の乗客だけでなく、出張等の仕事で乗り込んでる人たちも少なからずいる。騒ぎなど言語道断だ。
「あ、す、すまん……つい……」
「仲がいいのはいいこと、だけどね?」
「あ、あうー……」
兄妹そろって反省の色を見せながら、座席で縮こまる。流石にはっちゃけすぎてしまったと、周りからの視線を気にするが、幸いそれほどまでに騒ぎにはなっていないようだ。
「はぁ……仕方ない、俺が練り直すよ……」
「あう……お味噌料理……」
「ちゃんと飯処も押さえておくから安心しろ」
「……ほんとー?」
ブラックホール級の胃袋を持つ木綿季はともかく、他の面々、特に女の子勢は飯屋ばかりに連れていかれてはたまったものではないだろう。
結局、今回の旅行は脚からプラン、ルートまで、和人が全て一任することとなってしまった。
こんなことなら初めから自分が組んでおけばよかった、木綿季に任せるんじゃなかったと、後悔の念を感じながらスマホで名古屋の観光スポットを調べ始める。
「……前途多難……だな」
「ど、どんまいだよ……お兄ちゃん……」
――――――
同日 午前8:11 愛知県名古屋市中村区 名古屋駅前
「な・ご・や……だぁーっ!」
早朝六時半に新幹線にのり、約一時間半列車に揺られながら、一行は遠路はるばる名古屋の地に足をついていた。
名古屋駅の駅舎から出るなり、旅の疲れなど微塵も感じさせない木綿季が一番に飛び出し、元気いっぱいの声を上げながら名古屋の青空を見上げる。
横浜とも東京とも、川越とも違うビル街の景観に心を踊らせている。
初めての地、それも大好きな仲間たちとの旅行だ。心が踊らないわけがない。
そんな両手を大空に伸ばしながらハイテンションになっている木綿季に続き、残り五人の名古屋観光組もぞろぞろと列をなす。
「木綿季さん……すごくうきうきしてますね」
「……そうだね、木綿季にとっては……現実世界に帰還して初めての旅行だし……」
「……ああ、そうだな。あいつに負けないように楽しまないとな?」
「は……はい!」
どうにも昨晩のジュンの一件が頭に引っかかってる珪子も、木綿季の楽しそうな様子に触発されたようだ。
今は皆との楽しい旅行の真っ最中。今楽しまなくていつ楽しむのかと、自分自身の心に喝を入れ、気持ちを改める。
元気よく前方を進む木綿季に続くように、「木綿季さーん、待ってくださーい!」と、珪子もその後を追いかける。
「シリカ……ちょっと吹っ切れたのかしら?」
「…………」
「そう、なのかな……?」
和人達から十メートルほど前方で元気にはしゃぎ合う二人の様子を、明日奈たちが少しだけ心配そうに見つめる。
もしかして珪子は空元気なだけではないのか、無理やりテンションを上げているだけなのではないか、と。
「……スグ、明日奈、リズ、すまない……ちょっといいか?」
「ん、なあに? お兄ちゃん?」
突如、和人が神妙そうな表情で、三人に問いかける。これから楽しい名古屋観光をしようとするには似つかわしくない表情だ。
そんな不自然さを感じ取ったのか、明日奈はこの旅行がただの旅行ではないということを、何となく悟っているようだった。
「……少しだけ、少しだけでいいんだ。後で木綿季とシリカを二人きりにさせてほしい」
「え? シリカちゃんと木綿季を?」
「何よそれ……どういうこと?」
当然の疑問が返ってくる。何故あの二人を? と誰もが頭の上に疑問符を浮かべている。
昨晩の突然の旅行プランといい、今回の和人の態度といい。この旅行には何か裏がある。
木綿季も和人も、自分たちに内緒にしていることがある。そう感じとっていた。
「今は……ちょっと言えない。明日……明らかにするから、お願い出来ないだろうか……?」
得体の知れないお願いごとに、明日奈も直葉も里香も、複雑そうな表情を見せ合い、アイコンタクトで「どうしよう」と語り合う。
色々思うことはあるが、遠路はるばる来た名古屋だ。彼らが何を考えているかはわからないが、まずこの旅行を楽しみたいというのがある。
気にはなるがそっと頭の片隅に仕舞っておき、黙って和人のお願いを三人は飲むことにした。
「くすっ、わかったわ。またキリトくんのことだから、ちゃんと考えがあるんでしょ?」
「アンタが人に頼み事をするときって決まって誰かのためなんでしょ?」
「え、えっと……そ、それは……」
まるで何もかも見透かしたかのような明日奈と里香の反応に、一瞬たじたじになって言葉に詰まる和人。
長年一緒に暮らしてる直葉も、くすくすとその様子を見守る。お兄ちゃんは考えなしに行動するような人じゃない。
ならば、黙って見て見ぬふりをしてあげようと、後でお土産の一つでも奢ってもらおうと腹に一枚いやらしい欲を抱え、兄の背中をポンと叩く。
「大丈夫だよお兄ちゃん、みーんなわかってるって」
「え、わ、わかってるって……」
「いいからいいから、ほら……シリカちゃんたち先に行っちゃうよ?」
自分の想像していたものとは違う反応が返ってきたことで、少しだけ調子が崩された和人が目を丸くして三人の動向を目で追う。
察しがよく、理解してもらえるのはありがたいが、こうもあっさりと飲み込んでもらうと、どうも腑に落ちない点がある。
やがてそんなことを考えていると、和人だけが取り残されそうになっており、それに気付いた直葉が「お兄ちゃーん? 本格的に置いていくよー?」、と遠目から声を掛ける。
「あ、ああ……い、今行くよ!」
黒色のショルダーバッグと、黒のキャリーバッグを引っ張りながら、我先にと道を行こうとしている五人に追いつこうと、和人も地面を蹴る。
大丈夫、普通の旅行としても楽しめるはず。肝心なのはあの二人に少しだけ時間を確保してあげること。
それさえ出来れば丸く収まり、明日も帰りの時間まで名古屋を満喫出来るはずだ。
何しろ、折角来たのだ。自分だって満喫したい。
そう心に決意を抱きながら、いそいそと脚に力を込める。
「かーずとー! はーやーくー!」
「わかってるって! 今行くから!」
――――――
同日 午後15:02 愛知県名古屋市西区幅下 京屋旅館 柏の間
「お……ネットで見たやつより随分広いな?」
「ホントだねー! 今日ここに泊まるんだー!」
和の旅館、その言葉がストレートにイメージ通りにピッタリな部屋の入り口の障子の隙間から、和人と木綿季がひょっこり顔を覗かせている。
彼らが今日寝泊まりするのは名古屋駅から近く、アクセスもいい和風旅館、「京屋旅館」だ。
フロントからエントランス、廊下、手洗い、浴室、そして客室まで和で統一されており、これぞ古くからの日本の旅館、と言った感じだ。
朝八時から名古屋のあちらこちらを見て回った木綿季たちの疲れを癒すには、十分な景観と作りだ。
荷物やバッグを部屋の隅に置くと、木綿季は早速部屋の中央に置かれている茶色のテーブルに供えられている茶菓子に手を伸ばした。
「お、おいおい……がっつき過ぎじゃあないか?」
「そんなことないもーん、食べないと損だもーん!」
「あはは、でも晩御飯はあたしも楽しみだよ!」
この日、八時半に名古屋に到着した一行は、まず駅上の展望デッキで名古屋街の絶景を堪能し、かつて三種の神器と言われた草薙の剣が祀られている、西暦113年頃からの古い歴史を持つ熱田神宮へと足を運んだ。
そして、名古屋にきて絶対外すことの出来ないこの街を代表するシンボル、名古屋城ももちろん立ち寄った。
普通にしてれば絶対に立ち寄らないであろう天守閣を、下から見上げるその出で立ちは、圧巻の一言。
太平洋戦争の時に一部が焼失してしまったが、残ってた箇所も含めて修復し、当時と変わらない形を今も残している。
文系が得意で国語や歴史が大好きな木綿季も、実際の名古屋城を目にして大興奮だったそうだ。
ビル街のど真ん中に江戸以前から存在している和風の城が建っているだけでも、どことなく異世界に迷い込んだような感覚を覚えるのに、実際に中に入り、直接肌で歴史を感じると、なんだか実際に江戸時代にタイムスリップしたかのように思える。
展望デッキ、熱田神宮、名古屋城を堪能し、一行は近場にある味噌料理店へと足を運んだ。
名古屋といえばやっぱり味噌料理。
そのイメージに違わぬ老舗の味噌料理屋で、地元本場の味噌尽くし料理の面々に舌鼓を打つ。
その後、大須商店街でちょっとした買い物を済ませると、そのまま旅館へとたどり着いたわけだ。
和人らが借りた部屋は三人部屋を二部屋。和人、直葉、木綿季らの桐ヶ谷三兄妹組と、明日奈、里香、珪子の帰還者学校生徒組に分かれて借りていた。
今回のメンバーで唯一の男子である和人をどう分けるか、ということで様々な意見が上がったが、無難に家族は家族で、という形で話がまとまった。
常日頃からひとつ屋根の下で生活している三人なだけに、間違いは起こらないだろう。多分
きっと。
「ふう……ようやく一息、といった所かな」
木綿季が置いた荷物の横に、和人も自分の荷物を置く。さらにその横に直葉が続いて並ぶように旅行カバンを置いた。
時刻は午後三時と、一行はかなり早い時間にチェックインしたようだ。
夕食まではまだ時間があるし、その気になればまだ数箇所、名古屋の街を見て回れそうである。
「そういえば、ここ……遊技場があったね?」
「うんうん、卓球台もあったよ! 後でみんなでやろうよ!」
「えぇ……お、俺……疲れてるんだが……」
実におっさん臭く、温泉旅館に来たのだから大人しく休みたいと意見を述べる我が家の長兄に、妹たちは姉妹揃ってぶーぶーとクレームを飛ばす。
「和人もやろうよー」
「嫌だっての……ろくに寝てないんだから少しは休ませてくれよ……」
あまり質のいい睡眠を取っていないのと、名古屋のあちらこちらを見て回って溜まりに溜まった疲れを癒すため、和人は座椅子に置かれている座布団を枕替わりに後頭部にあて、そのまま畳の上にゴロンと横になってしまった。
ああこれはだめだ、こうなったらテコでも動かないやと、木綿季も直葉も呆れた視線を兄に向けていた。
「仕方ないなあ……それじゃあ、明日奈さんの部屋に遊びに行ってこようっと」
「あ……待って直葉ー、ボクも行くー!」
普段から剣道の稽古で体を鍛え、毎日健全な生活を送っている直葉は軽快なステップで玄関口へと向かう。
その後に続き、とてとてと可愛らしい歩き方で木綿季も直葉を追いかける。
直葉が扉を開き廊下に出て、木綿季が靴に足を通したところで、彼女のスマホがピピピと着信音を鳴らす。
一体誰からだろうと、片方の足を靴に通し終わった所でスマホのディスプレイに目を向ける。
メッセージの主はすぐ後ろの部屋で横たわっている和人からであった。
【何でもいいけど、本来の目的を忘れるなよ? 自由時間の今がチャンスだぞ?】
「……うっ」
横に倒れていつつも、しっかりの今回の旅の芯を抑えている和人からの警告のメッセージだった。
いけない、忘れてた。など口が裂けても言えない。ついつい名古屋の楽しいヒトトキに我を忘れてしまっていたなどと言えるわけがない。
一先ず、返信には「大丈夫だよ」とだけ添えて送信する。彼が警告してくれなければ恐らくはこのまま再び遊びに出ていた事だろう。
明日奈たちの部屋は木綿季たちの部屋の隣部屋だ。扉の前には既にノックをしている直葉の姿があった。
やがてその扉はガチャっと開かれ、中からは里香が顔を覗かせた。
「やっほー! ってあれ、キリトはいないの?」
「和人なら寝てるよー?」
「なんか、疲れちゃったみたいです」
「あ、あはは……ま、まあ仕方ないか……」
ここで立ち話もなんだと、里香は直葉と木綿季を部屋に招き入れ、中央のテーブルに集まる形で座布団に腰を下ろす。
部屋の作りも和人たちの部屋と同じで、違うところといえば壁にかけられている絵や、置かれている花瓶や花が異なる、と言ったところか。
窓の外も名古屋の街並みが見渡せる素晴らしい景色となっており、それだけでも旅の疲れが癒されるようだ。
そして、年長者である明日奈が備え付けのポットでお茶を入れ、大須商店街で購入したお茶菓子をテーブルの上に広げる。
これからちょっとした女子会が始まりそうな勢いだ。
隣が静岡県ということもあり、お茶っ葉もいいものが手に入りやすいようで、湯のみに入れられた緑茶からはいい香りが湯気と共に立ち上っている。
「ふふ、キリトくんには悪いけど……女の子だけでお茶しましょ」
「わあ、ありがとう明日奈ー!」
「いただきまあーす!」
温泉街のお茶菓子の定番の温泉まんじゅうを口に頬張り、次にお茶を流し込む。
互いに引き寄せられるくらいに相性が抜群のこの組み合わせに、たまらず「あぁ……」とため息混じりに声を漏らす。
日本人に生まれてよかった、日本人でよかったと、女子一行は幸せそうな表情を浮かべていた。
「あれ……シリカちゃん、食べないの?」
「……え?」
「ちょ、ちょっと……大丈夫? 体調悪いの?」
五人の中でただ一人、まんじゅうにもお茶にも手をつけず、ボーッと空を見つめて時間の経過だけを感じてる珪子に、里香が心配そうに声を掛ける。
「あ……だ、大丈夫です。私もちょっと疲れちゃったみたいで……」
名古屋駅に着いた時はあんなに元気そうにしてたのにと、明日奈も直葉も不安そうに彼女を見つめる。
「そ、そう……? 無理しない方がいいよ? なんなら先にお布団敷くけど……」
「え? あ、大丈夫です! 少し休めば良くなりますから!」
慌てて否定してもとてもそうとは思えない。しかし、本人がそこまで言うのだから大丈夫なのだろうと、無理やり納得し、一行は晩御飯の時間まで何をしようかという話題に移っていった。
「それならいいけど……結構歩いて回ったから、無理しないで休みたかったら休んでね?」
「は、はい! あ、ありがとうございます」
明日奈にそう声をかけられると、慌てながら思い出したかのようにいれてもらったお茶に手を出し始める。
「それで……晩御飯まで何して時間潰す? まだ三時間近くあるけど……」
「それなんですけど、あたしさっき遊技場見つけたんですよ!」
「へえ……面白そうじゃない! こういう所のゲームって、昔ながらのレトロゲームとかがあるんでしょ?」
「UFOキャッチャーとかも見かけましたよ? あたし、ちょっとぬいぐるみ取りたいかも……」
自宅のマイルームに既に大量のぬいぐるみが置いてあるというのに、まだ増やそうという直葉に、木綿季は「あはは……」と苦笑いを浮かべていた。
このままでは本格的にぬいぐるみだらけになり、足の踏み場がなくなってしまうかもしれない。
「それじゃあ、ちょっと遊技場とやらに行ってみるとしますか!」
「そうしましょうか。……シリカちゃんはどうする?」
「わ、私ですか……?」
全員に見つめられたシリカが、湯呑みを両手に持ちながら考える。
どうしよう、お誘いは嬉しいけれど今はそんな気分じゃあない。
せっかく皆で遊びに来ているというのに、なんだかちょっと気が進まない。
疲れてることもあるし、今は横になっていようと、隣部屋にいる和人と同じような答えにたどり着いていた。
「ご、ごめんなさい……私、ちょっと部屋で休んでます……」
「あら……残念」
「仕方ないよ、ゆっくり休んでね……シリカちゃん?」
「は、はい……」
座椅子の背もたれに背中を預け、全身の力を抜いて身体を休める珪子を尻目に、明日奈たちは次々に席を立ち、遊技場へと向かう。
続々と玄関口へ歩を進める中、木綿季だけが珪子を心配そうにじっと見つめている。
「……どうしたの? 木綿季?」
「…………」
そんな木綿季の様子を、残りの面々も見つめる。そして、今朝方和人から言われたことを思い出す。
この木綿季とシリカを二人きりにしてほしい。
どんな意図でこんなことを言ったのかはわからない。しかし、他でもない和人からの頼みとあっては無下にするわけにも行かない。
きっと彼のことだから、何か考えがあっての事なのだろう。
ここは何も言わず、黙って木綿季に任せよう。
「ねえ明日奈、ボク……ちょっとシリカについてていいかな……?」
「……木綿季、シリカちゃんのこと、心配?」
「う、うん……」
「それなら……シリカのことは木綿季にまかせましょ、明日奈」
「ええ、それじゃあ……よろしくね、木綿季?」
昨晩の彼女らのやり取りを知っている明日奈と里香は、なんとなくだが木綿季の気持ちがわかっていた。
そして今回の突然の名古屋旅行と、今朝方の和人のあの様子。
それらの点と点を結び合わせて線にすると、ぼんやりとだが今回の旅の目的も分かってきた。
しかし、今は敢えて何も言わない。和人を、木綿季を信じて私たちは私たちに出来ることをやろう。
「うん、いってらっしゃい。明日奈、リズ、直葉」
木綿季に見送られると、扉が閉まるまで明日奈は絶えず笑顔を木綿季に向け続けていた。
やがてガチャンと音を立てて閉まると、部屋には木綿季と珪子の二人だけの状態となった。
目を閉じて静かに身体を休ませている珪子の隣に腰を下ろし、木綿季がゆっくり声を掛ける。
「シリカ……大丈夫?」
声を掛けられた珪子は半分うたた寝をしていたようで、木綿季の声掛けが耳に入ると、その眠たそうな瞼をゆっくりと開け、視界に入る彼女に視線を向ける。
「……はれ、木綿季……さん? 出かけたんじゃなかったんですか……?」
「んと、シリカが心配で……戻ってきちゃった」
「そ、そんな……私に気を使わなくていいんですよ……?」
「……そうも行かないよ、だって……シリカ、昨日の夜から元気なかったもん……」
やはり、件のトリガーは昨晩の出来事だったようだ。かなりの期待を胸に抱いていたこともあり、落胆の気持ちが大きかったようだ。
木綿季自身もあそこで断ってしまったことを大分引きずっているようで、なんとなく後ろめたい気持ちが珪子に対してあったのだ。
そして、ここまで落ち込んでる様子を見て、彼女がジュンのことを本気で好きだということを痛感する。
かつて、和人が自分に対して本気の想いを告白してくれた時のように、珪子も彼に対して心の底から本気なのだ。
「……ねえシリカ、ジュンのこと……好き、なんだよね?」
「……はい……」
「本当に、好き……なんだよね」
「……はい、私……ジュンくんのこと、支えてあげたいんです……」
「……そうか、そうだよね……。じゃなきゃ、あんなこと言わないもんね……」
「…………」
好きな人のことでここまで本気で悩み、頭を抱えて考えている。
かつての和人も、自分の病気を治すためにこんなに考えてくれていたのだろうか。
好きな人のために全てを捨てる覚悟。かつての和人にはそれがあった。
目の前の珪子はどうだろうか? いや、疑問に思うまでもない。
彼女は本気だ。本当にジュンのためなら何でもやってあげたい、彼のために尽くしたい。
そういった覚悟が感じられる。
木綿季は、やはりそんな生半可な覚悟ではない彼女の想いを無下にしようとは思えなかった。
彼女の想いを再確認すると、ぎゅっとその両手を優しく包み込み、自身の温もりを感じさせる。
「木綿季、さん……?」
「シリカ、ごめんね……ちょっと付き合って欲しいところがあるんだ」
「へ……わ、私に……?」
「うん、どうしても来て欲しい。いや……シリカは来なくちゃいけないの」
自分が来なくてはいけない場所、それは一体どこだろうと考えをめぐらせる。
しかし、昨晩から色んなことが起こりすぎて、話の状況の整理が追いついていない。
「わ、私が行かなきゃいけない所って……」
「ここからすぐのところだから……お願い、付き合えるかな……」
先程部屋で休むと公言したばかりだったおかげか、珪子は中々腰をあげようとは思わなかった。
しかし目の前の、何事にも全力でぶつかっていく真っ直ぐな性格をしたこの少女の熱い視線を感じると、不思議とその言葉に従おうかなとも思えてきた。
この行動には意味がある。だからこそ、彼女は自分に声をかけてくれたのだ。
ここで腐っているよりは、この純粋な性格をした彼女を信じて、その行動に従って見よう。そう思った。
「わかり……ました」
「……ありがとう、シリカ……」
「い、いえ……」
話がまとまると、珪子は木綿季の肩を借りてゆっくりと座椅子から立ち上がる。
ずっと座ってたため、若干足が痺れてよろけてしまったが、木綿季がそれをしっかりと支える。
かつて、リハビリをしていた自分を支えてくれた和人と同じように。
これから珪子の、彼女の運命は大きく変わる。これまで奇妙で数奇な出会いと別れを繰り返してきた彼女の運命の歯車が、大きく変わろうとしている。
その歯車の行方がどうなるか、吉と出るか凶と出るかは誰にも、珪子自身にもわからない。
しかし、今は木綿季の言葉を信じて前に進んでみるしかない。
彼女自身も、これから自分に対して起こるものがなんなのか、無意識に感じ取っていた。
そして、自分自身がこの先、何をすべきなのかも……。
ご閲覧、ありがとうございます。
何故、木綿季は珪子に声を掛けたのか。そして、木綿季が連れていきたい場所とは一体どこなのか? そこで珪子に何をさせようというのか。
いよいよ次回、今回の旅の真の目的があらわになります。