ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
大変に……大変にお待たせしまして申し訳ございませんでしたぁぁッ。令和どころか今年に入ってから一度も投稿しておりませんでしたぁぁ。
Twitterや感想から、評価のメッセージなどいただいて、楽しみにしてる方がいる中、本当に申し訳ありませんでした……。
出来るだけ今後も継続して投稿出来るよう務めては参りますが、それでも不定期で、かなり間をあけてしまうことになるかもしれません。
それでも読んでくださる方の期待に応えるべく、尽力して参りますので、今後もどうかよろしくお願いします……。
西暦2026年12月19日(土) 午後17:13
愛知県名古屋市昭和区鶴舞町 名古屋大学医学部付属病院
「ここでその数字を代入すれば、もう解けたも同然です!」
「え……と、これかな……」
太陽が沈み、冬空が夕闇に染まる頃、名古屋のとある病院の一室で、男の子と女の子が勉学に精を出している。
内容は中学の数学だ。小学校からの勉学が遅れてる彼にとって、マンツーマンで教えてくれる先生の存在は大変に貴重だ。
可愛らしい容姿のツインテールの髪型をした女の子は、実に楽しそうに丁寧に問題の解き方を教えている。
「そうですね、正解です! もうかなりこれで進んでると思いますよ!」
「つ、疲れたあー……やっとここまで終われたよ……」
「お疲れ様です、ジュン君」
苦手な数学の当面のノルマを達成した准が、ほっと息を撫で下ろす。
病院の先生や看護師に、見てもらってはいたが、基本的に病院の職員は多忙であり、一人の患者につきっきり、というわけにもいかなかった。
故に准は、ほとんど自力で小学校高学年から中学の勉強に励んできた。
右も左も分からないままの勉学ほど、前に進まないものは無い。
むしろここまでほぼ独学で解き進んできたこと自体が凄いことだろう。
「今日はここまでっ」
「ふふ、どうでした? 私の教え方……わかりやすかったでしょうか……」
テキストとノートを閉じ、その上に筆記用具をまとめて置き、深い息を吐き出すと、彼はその問いに答える。
「うん。すごく分かりやすかったよ。一人でやってる時より何倍も進めたもの」
「えへへ、それはよかったです」
そう言われて、珪子に笑顔が浮かぶ。遠路はるばる関東から東海に来たかいがあったというもの。当初の目的とは違ったが、思いもよらぬ形で彼女は今回の遠征を楽しめていた。
「シリカは……さ」
「……はい?」
「学校、楽しい……?」
日が傾いた窓の外の景色に目線をやりながら、ふと質問をなげかける。
学校が楽しいか、それは人それぞれだろうが、そもそもその学校にいけてない彼からすれば、ほとんど未知の世界である。
かつて自分が通っていた学校の記憶など、もう色あせてしまっていた。
覚えているのは運動会と学芸会、そして病気を宣告され、教室を去った最後の日くらいだ。
学び舎とは程遠い生活を長年過ごしてきたせいか、学校とはどんなところなのか、どんな場所であったのか。
そのような疑問ばかりが浮かぶ毎日。
彼にとってそんな気持ちはやがて学校に対して憧れ、戻りたい場所に変わっていった。
出来ることなら、また机に座り、黒板に向かって教えを乞いたい。
教諭に指名され、問題を解きたい。友人と他愛のない会話に花を咲かせたい。
自由となった放課後、この後どうする? などと無駄話をしながら青春を過ごしたい。
そんな憧れになっていたのだ。
「学校……楽しいですよ。出来なかったことがたくさん出来ますし、色んなことを学べます」
「出来なかった……こと」
「はい、勉強は確かに大変です。でも、大変だからこそ、毎日が楽しくて、充実してて……」
「……そう、なんだ……」
目の前の少女が羨ましかった。
自分はいつまでこんなところにいるんだろう。いつになったら出られるんだろう。
そんなことを考える毎日だ。
確かに病気は治った。身体も元に戻りつつある。でもその後はどうする?
こんな低レベルな学力で受験が上手くいくだろうか。公立は厳しいだろうし、だからといって私立校に通えるわけもない。
ただでさえ入院費用で家に負担をかけているというのに、私立だなんてとんでもない。
「オレも……行きたい……」
「……ジュン君?」
涙が出てきた。普通の人が普通に出来てることが、自分には出来ない。
ちょっと躓いただけで、当たり前のことが出来なくなってしまった。
諦めた訳では無い。しかし、どうしても世間との差を、劣等感を感じざるを得ない。
誰が悪い訳でもない。親が悪いでも、医者が悪いということでもない。
しかし強いて言うならば、運が悪かったのだ。
そんな自分の運の悪さを、今まで何回呪っただろうか。
「オレも行きたい……みんなと、一緒のことしたいよ……」
「わわっ、ジュン君……っ」
彼女に見えないように涙を流しながら、俯いてしまった准に、シリカが心配そうに身を寄せる。
肩に手を当てて、震える彼を安心させようと支える。
「ジュン君……」
彼女の手の温もりが肩から伝わってくる。優しい温かさだ。
そんな温かさに縋るように、准は珪子に身体を少し預ける。
珪子もそんな彼をしっかり支える。彼が安心するまで、涙が引っ込むまで、身体の震えが止まるまで。
「もう、やだよ……外、出たいよ……色んなこと、やってみたいよ……ッ」
「…………」
「うぅ、何で……何で……ッ」
震える彼の身体を、珪子はなだめるようにぽんぽんと優しく掌で叩く。
傍から見れば、そのやり取りは歳の近い姉妹のようにも見えた。
長年弟の病気を理解し、常に一番近いところで支えてきた姉のような、そんな雰囲気が感じられた。
「ジュン君」
手に少し力を込めて、彼の身体を起こす。
すると彼の顔の様子が顕になった。目も頬も真っ赤になり、涙の跡が見受けられた。
普段は強気なアタッカーを務め、陽気に振舞ってはいても、彼はただの男の子。
大人に頼っていかなければ生きていけない年齢だ。
「…………ッ」
そんな弱々しい姿の彼を、珪子は抱きしめた。自分の身体の熱を全部伝えるように、包み込むように、彼かどこかへと行ってしまわないように、強く強く、抱きしめた。
「しり、か……ッ」
「大丈夫です、ジュン君……」
「…………」
彼女がどうして自分を抱擁しているのか理解出来なかった。今のこの状況も把握出来ないでいた。
しかし、確かな温かさが伝わったくることだけは感覚で理解することが出来た。
「大丈夫……ですよ……」
「……しりか……」
「ジュン君、大丈夫です……」
ひたすら安心するように声を掛け続ける。珪子の包み込むような優しさに、准も身を委ねていた。
その温かさと優しさを感じ取ると、自然と彼も珪子の背中に手を回していた。
縋るように、求めるように、いなくなって欲しくなさそうに、必死に抱きとめた。
「なんで……なんでなの……?」
「…………」
「なんでキミは、オレにそこまでしてくれるの……?」
「…………」
その言葉を聞くと、また腕に力が入った。
彼を助けたい。ずっと一緒にいたい。力になりたい。それしか考えられなかった。理屈ではない。
好きになってしまった彼を、惚れてしまった彼をのことを、本当の意味で助けてみせたい。
現実世界で彼と触れ合って、その気持ちはより確固たるものへと変わっていった。
好きだからという言葉だけで済ませてしまってはいけない、使命感のようなものも感じた。
「友達もいなくて、病弱で頭も悪くて、なんにも取り柄がないのに……」
「…………」
「どうして、シリカは……オレにそこまで……」
決まってる。
そんなの決まってる
言うまでもない。
この気持ちに嘘偽りなどない。
さあ、伝えよう。
この気持ちを。
真っ直ぐな気持ちを、真っ直ぐな彼に。
「ジュン君のことが、好きだからです……」
「…………え……」
やっと言うことが出来た。
仲間内ですら恥ずかしくて言えなかった気持ちを、ようやく伝えることが出来た。
言いたかったことを伝えると、珪子はより一層、彼の身体を抱きしめた。
その細い身体が、壊れてしまいそうなくらいに力を込めて。
建物の一室で二人きり。異性に抱きしめられ、准の頭の中は色んな気持ちが交錯し処理しきれないでいた。
だからこそ、本能的に想いが珪子を求めていた。誰かからの想いが彼も欲しかったのだ。
「私、ジュン君のことが……好きです」
もう一度、改めて伝える。
するとその気持ちで胸がいっぱいになったのか、また彼の頬を涙が伝った。
心の奥底から温かいものが、溢れ出そうなものが感じられた。
「オレ、の……こと……?」
「はい、一緒にクエストをやった時から、ずっと……好きでした……」
「…………」
どうしてだろうと、思った。こんな魅力のない自分に好意を寄せてくれるなど。
一人じゃ何もできず、迷惑をかけるばかりの自分のことを、どうしてと思った。
好き? 自分のことが好き?
嬉しい、嬉しいに決まってる。友達ですら長年いなかった自分に、そんなこと言ってくれるなんて。
でも、自分にその気持ちに応えるだけの資格がない。確実に足枷になる。
そんな自分なんかと付き合っちゃいけない。何も生み出すことも、与えることもせず、周りを困らせているだけの自分に、そんな資格など……。
「ジュン君の気持ちを、聞かせてください……」
「…………ッ」
言いたい、自分も君のことが好きだと。二人きりで遊んだあの時から、君の優しさに惚れてしまったと。
でも、言えない。言ってはいけない。
彼女には無限の未来が、可能性がある。そんな輝かしい可能性を、自分という重しで潰してはいけない。
断ろう、傷つかない程度に。何重にもオブラートに包んで、身を退いてもらおう。
「…………」
「……ジュン、くん……?」
澄んだ瞳で、珪子が真っ直ぐに彼を見つめる。互いに顔が近く、呼吸が当たってしまうくらいに近い。
准の身体は冷たかったが、彼女の温かさが伝わったのか、少しずつ温もりを取り戻していった。
「……ありがとう、シリカ……」
「…………」
「シリカの気持ち、凄く嬉しい。友達すらいないオレに、そんな素敵な言葉を贈ってもらって……」
「……ジュン君……」
「……でもごめん、オレ……君の気持ちには応えられない」
「………………」
その言葉を伝えた途端、珪子の身体が凍りつく。
「……ごめんね、君のことが嫌いとか、そういうんじゃないんだ……」
「……はい……」
「本当に凄く嬉しいよ、空っぽだった俺の心が、ぽかぽかになるくらい満たしてくれて……」
「…………」
「でもごめん、無理なんだ……」
「……どうして、ですか……?」
か細い声量で、彼に問いかける。先程気持ちを伝えた時よりも、随分声が弱々しいようにも思えた。
「君に、迷惑をかけるからだよ……」
「わ、私に……ですか?」
「……うん、ご覧の通り……オレは病み上がりで体力もないし、勉強が遅れてるから頭も良くない」
「…………」
「それに、進学のアテもなくてさ、退院しても……いきなり路頭に迷っちゃうんだよ」
「……ジュン君……」
オレも好きだと言えたら、どんなに楽だろう。自分の気持ちに嘘をついて、彼女に足枷をかけられたらどんなに肩の荷が降りるだろう。
しかし、出来ない。やれるはずがない。
自分も男だ、プライドか、何ものにも譲ることの出来ない意地がある。
我ながらワガママだと、融通か効かないとは思う。心底ウンザリする。
でも、仕方の無いことなんだ。
ここは、そのワガママを通さないといけないところなんだ。
そう、仕方が……ないんだ……。
「確実に……君に迷惑をかけるよ。オレは……これ以上誰かの足枷になんてなりたくはないんだ」
「……わ、私はそんなこと……」
知ってる。優しい君のことだ。そんなこと思ってない。そういうはずだ。
でもダメなんだ。そこに甘えてはいけないんだ。確かに今の生活から抜け出したい、外へ羽ばたきたい。
自由を手に入れてみたい。でも……でも、それだけはダメなんだ。
ダメな……
「本当にありがとう、シリカの気持ちは……伝わったよ。でも……」
「……でも?」
「だからこそ、尚更君に迷惑はかけられない……」
「だ、だけど……」
「…………」
彼に断られて少なからず動揺を隠せない珪子が食い下がろうとする。
何故なら、なんとなくその返事が彼の本心ではないと感覚で理解してたからだ。
彼の言ってるとこは強がりだ。本当は誰よりも助けて欲しい、救いの手を差し伸べて欲しいと思ってるはずだ。
抱きしめた時に理解した。彼の身体の震えが、声の心細さがそれを物語っていた。
「わ、私……ジュン君の力になりたいんです! 私に出来ることなら……なんでも……」
「…………ッ」
しかし、ここに来て引けないのは彼女も一緒だ。珪子も准のことを本気で考えている。
ありがた迷惑だと思われるかもしれないが、なんとかして彼の力になりたい。
その彼への想いで、身体に力を込めることが出来た。
想いの力で声を出し、彼に気持ちを伝え続ける。
「学校にだって行けます! 色んなことが出来るんです!」
「…………」
「わ、私は……ジュン君と一緒に、色んなことしてみたいです!」
「…………」
「勉強したり、遊んだり、笑ったり泣いたり……ッ」
「…………ッ」
罪悪感で胸が張り裂けそうだ。こんなにも必死に自分のことを考えてくれてる彼女の気持ちを裏切るのが、後ろめたすぎてたまらない。
心臓がズキズキ痛む。もう病気は治ったというのに、全身が痛むようだ。
でも、終わらせないといけない。
「負担になるなんて思ってません! ジュン君の力になれるなら、私は……!」
「……もう、いいから……」
冷えきったようなトーンで、言葉を発する。 張りのない彼からの声掛けに、珪子は一瞬言葉を詰まらせ、たじろいた。
「え……」
「ありがとう、もう……いいよ」
「も、もういいって……え、えっと……」
「…………」
背筋が凍るような想いがした。彼の低いトーンの声に、恐怖すら感じた。
明後日を見るような眼力の無さに、動揺を隠せずにいた。
「……私じゃ、ダメ……なんですか……?」
ダメじゃない。オレは君に助けて欲しい。もう一度抱きしめて欲しい。
心を強く保てるような声をかけて欲しい。こっちまで明るくなってしまうような照れくさい笑顔を見せて欲しい。
でも、やっぱりダメなんだ。
君のこと、嫌いなんかじゃない。
その気持ちも嬉しい、すごく嬉しかった。
だけどダメだ。
何故ならオレは……あいつのことが……。
「……オレは、あいつのことが……」
「え……?」
あいつ? あいつって誰だ?
……ああ、そうか……そうだったのか。
オレ、まだあいつのこと、好きだったんだ。
だから、この子の気持ちに応えられなかったんだ。
「…………」
「じゅ、ジュン君……大丈夫ですか? 顔色……悪いですよ……?」
「…………って……」
「……え?」
「帰って……」
「…………」
やってしまった。ああ……やってしまった。
折角わざわざ会いに来てくれたのに。自分のことを想って一大決心してくれたかもしれないのに。
「帰って……ちょっと、気分が優れないんだ……」
「…………はい……」
病み上がりである彼の言うことならば従う他にない。
いきなりアポ無しで尋ねてきた珪子は、申し訳なさと無理やり彼に迫ってしまったことの罪悪感を抱え、席を立った。
「いきなり押しかけてきてしまって、ごめんなさい……」
「…………」
「あ、あの、またお見舞いに来て……いいですか?」
また来れるかどうかはわからないが、僅かな希望に縋るかのように、ベッドで俯く彼に声をかける。
しかし、彼から帰ってきたのは無言の返事だった。
「……ご、ごめんなさい……ッ」
「…………」
バツが悪いように、逃げるように珪子は彼の病室を後にする。
慌てて扉の取っ手に手をかけて、大変な後ろめたさを感じながら開き、音が響かないようにゆっくりと閉める。
この板切れ一枚の壁が、とてつもなく固く、分厚いようなものに感じられた。
恐らく、この扉を開けることは今後二度と出来ないのだろうという、絶望に押しつぶされそうになりながら、珪子は声を殺して涙を流し続けた。
「……ッ、……ッ」
絶対に助けると決めたのに、力になると決めたのに、どんなこともすると決めたのに。
彼は遠くへ行ってしまった。
いや、もしかしたら自分の方から遠ざけてしまったのかもしれない。
そもそも、自分なんかが誰かの力になるだなんておこがましかったのかもしれない。
こんなにも自分が無力だなんて思わなかった。
「……シリカ、どうしたの……?」
「…………」
准の病室の扉の前で膝から崩れ落ちている珪子に、散歩から帰ってきた木綿季が声を掛けた。
そんな彼女を心配し、木綿季はそっと駆け寄り、その小さい肩に手を添える。
「ジュンと……会えなかったの?」
「……ッ」
違う、と首を横に振って否定の意を伝える。
「……大丈夫? 立てる……?」
「…………」
何も考えたくなかった。
何もしたくなかった。
全部、自分の思い上がりだった。
自分なら力になれると勘違いしてた。
でもそれは違った。
自分はフラれたんだ。彼の気持ちはその人に向いていたからだ。
だから、最初からどうしようもなかったんだ。
「……し、シリカ……」
「…………」
何故なら、彼が好きなのは、目の前のこの人だからだ。
シリカ、二度目の失恋です。
アインクラッド時代に芽生えたキリトくんへの想いに続き、赤い彼にも玉砕してしまいました。
すっかり肩を落としてしまった彼女の今後はどうなってしまうのか。そして、ジュン、ユウキ、シリカを交えた三角関係はどうなるのか?
執筆ペースを早めて頑張ります。