ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味   作:むこ(連載継続頑張ります)

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 こんにちは。まさかまさかの二夜連続投稿です。夢でも見ているのでしょうか。
 冗談はさておいて連休中なので、時間があるうちに書き進めてしまおうという魂胆です。

 前回で、絶望の淵に叩き落とされたシリカちゃん。はたしてこれから彼女はどうなるのでしょうか……?
 


第84話〜葛藤〜

 

 西暦2026年12月21日(月) 午後12:17

 東京都西東京市田無 帰還者学校学食

 

 

「……シリカ、来ないわね……」

 

「うん……そうだね……」

 

 名古屋旅行から関東へと帰ってきた一行、登校組はいつも通り勉学に精を出すため、学び舎へと足を運んでいる。

 時刻は丁度お昼時。この日は明日奈の母親も忙しくて昼食を作るゆとりがなかったためか、親友の里香と一緒に学食へと赴いていた。

 格安で美味しい色々な学食メニューに舌鼓を打ち、昼休みを満喫している生徒が多い中、里香と明日奈の二人だけは浮かない表情を浮かべ続けている。

 

「風邪、やっぱりよくなかったのかしら……」

 

「病み上がりなのに無理させちゃったのかな……」

 

「でも、具合が悪そうには見えなかったのよね……」

 

「うん……」

 

 あの後、泣き崩れた珪子を木綿季は必死に支えながら病院を後にした。

 何故彼女が泣いているか最初は理解出来なかったが、その理由は後々分かってしまった。

 

 単純に准に会えなかったという事実だけならば、今日は残念だったねで済む問題だからである。

 しかし、この彼女の尋常ではない悲しみ方、絶望に押しつぶされそうな様相から、普通ではないことがあの病室で起こったことが伺える。

 そして、何が起こってしまったのかも、おおよその想像がついてしまっていた。

 

 しかし、敢えて木綿季は何も聞かず、時の流れるままに珪子をそっとしておいた。

 今、自分が首を突っ込むべきではないと感じていたからだ。

 

「……LINEも未読だし、ALOにもログインしないし、電話も出ないし……」

 

「そういえばシリカちゃん、チェックインした後、木綿季とどこか出掛けてたけど……」

 

「え? あ、ああ……そういえばなんか部屋で寝てるなんて言ってたけど、あいつ出掛けてたの?」

 

「そうみたい。木綿季にシリカちゃんの具合聞いたら、ちょっと外を散歩してくるって……」

 

「……何それ、ちょっと変じゃない……?」

 

「うーん……」

 

 何故、あの二人だけで出掛けたのだろう。調子の良くない珪子を連れ出してまで、大切な用があったのだろうか。

 そもそもにして、今回の名古屋旅行も若干ゴリ押しめいた面があった。

 今日の明日で名古屋に、それも日が変わる直前にだ。それに旅行当日、和人から木綿季たちの行動に目を瞑ってほしいと言付けがあった。

 恐らくはそのことと繋がりがあるのだろう。

 

「ねえ、リズ?」

 

「ん、なあに?」

 

「……名古屋、楽しったよね?」

 

「え? 楽しかったわよ? 当たり前でしょ?」

 

「そう、だよね……」

 

 かつて自分も木綿季に会いに、横浜へと足を運んだことがあった。

 当日に和人に、おそらくはここにいるだろうと住所の書かれた紙を渡され、その情報だけを頼りに向かった。

 

 そんな過去がある明日奈は、少しだけ今回の旅行の裏が、なんとなく読めてきた。

 

「……? 変な明日奈ね」

 

「んーん、なんでもないのっ」

 

 それならば、尚更今木綿季と珪子を問いただすことはない。彼女らの目的も、おそらくは自分と同じかもしれないのだから。

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 同日 午後13:20 東京都立川市柏町 綾野邸

 

 

「…………」

 

 自宅の二階、自室のベッドで横たわっている少女が一人。死んだ魚のような目で天井をひたすら眺め続け、時計の針の進む音だけを聞いている。

 

 やっと辿り着いた遠方の地、名古屋にて愛しの彼に会えたと言うのに、彼は彼女を拒否した。いや、拒絶と言ってもいいだろう。

 彼への想いが強かったが故に、その精神的ショックは計り知れないものとなっていた。

 

「…………」

 

 珪子は学校を休んでいた。

 もうしばらくすればすぐに冬休みがやってくると言うのに、彼女は家から出ようとはしなかった。

 そんな気分ではない、それどころではない。今、自分が何をしたらいいのかすらわからない。

 むしろ、このまま消えてしまいたいと、自分で自分を追い詰めてしまっている。

 それほど彼からの拒絶がショックだったのか、今朝は朝ごはんにも手を付けていないし始末。

 両親も何かあったのかと心配になり、閉じこもる彼女の部屋の扉の前で必死に声を掛けたのだが、珪子は聞く耳を持たなかった。

 

 ピロロン――

 

 ポップなサウンドが聞こえたのは、彼女のスマートフォンからだ。

 今朝から、いや昨夜から明日奈や里香、木綿季からメッセージや着信が何件も来ている。

 しかし、彼女はそれらを開こうとはしなかった。木綿季からのメッセージは特に。

 

「……ジュン君は木綿季さんのことが……」

 

 彼は木綿季に、未だ捨てきれぬ好意を寄せている。互いに余命を宣告され、叶わぬ恋と割り切っていたため告白もしていない。

 むしろ、悟りあっていた。自分たちは恋をしてはいけない。

 どうせした所で、志半ばで朽ち果て、どちらかを悲しませるだけ。それがわかっていた。

 

 しかし、運命の歯車は、思わぬ方向に狂い始めた。

 

 先立ったクロービス、メリダ、そしてランがこっちに来るなと言わんばかりに、スリーピング・ナイツのメンバーの病状悪化に歯止めがかかった。

 中でも目覚しいほどの回復を見せたのが、ユウキとシウネー、そしてジュンだ。

 

 治るのを諦めていたわけではないが、それでもいざ治ってしまうと、それからどうしたらいいのかと思ってしまうもの。

 致し方ない、それまで自分は死ぬと思っていたからだ。

 

 快方に向かっているさなか、改めてこの気持ちを伝えようと思った矢先。

 もう彼女は違う人に振り向いていた。

 やり場のないやるせなさをずっと胸に抱えていた。病魔と戦い続けてこられたのも、彼女の健気さと元気の影響を受けたからだ。

 そんか長年積み重なってきた想いが、簡単に断ち切れるわけがない。

 彼は今、そんな葛藤と闘っていたのだ。

 

「……私じゃ、力に……なれない……」

 

 改めて自分はなんて無力なのだろうと、自己嫌悪に浸ってしまった珪子は、再び悔しさの涙で枕を濡らした。

 

「ジュンくん……ジュンくん……ッ」

 

 彼への未練は、かつてアインクラッドで失恋したキリトの時よりも大きかった。

 准を隣で一生支えてみせると心に強く誓ったことが相反してしまい、そのショックは相当なものになっていた。

 彼への想いは変わらない。今からでも力になりたいと思っている。

 しかし、彼は彼女を拒絶した。

 ALOのフレンド欄もオフラインのまま。どうせなら連絡先やLINEのアカウントを聞いておくべきだった。

 いや、そうだとしても彼女からのコンタクトに応えたかどうかは疑問だ。

 

「ジュン……くん……」

 

 泣き疲れた彼女は、眠りにつこうとしていた。もう、寝て全てを忘れてしまいたい。全部無かったことにしてしまいたい。

 そんなことを考えながら目をゆっくりと閉じる、何も考えないようにし、ベッドに身を委ねる。

 

 彼にまた会いたい、その気持ちを捨てれないまま――。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 同日 午後16:17

 愛知県名古屋市昭和区鶴舞町 名古屋大学医学部付属病院 リハビリテーションルーム

 

 

「…………」

 

 スポーツドリンクを片手に、備え付けのベンチに腰掛けている一人の少年が、他の患者さんのリハビリ模様を眺めている。

 いつもはしっかりとご飯を食べ、勉強を進め、体を鍛えるために精を出していたリハビリも一生懸命に臨んでた准だったが、この日は何一つ朝から手を出していなかった。

 

 ここにきたのもリハビリのためではなく、病室から抜け出せば少しはモヤモヤした気持ちが晴れるだろうと思ってのことだ。

 しかし、事態はそんなに単純ではない。

 

 わざわざ自分のために来てくれた珪子の好意を裏切ってしまったこと。自分のエゴを押し付けて、傷付けてしまったこと。

 そして、未だに木綿季への想いを捨て切れない自分自身の女々しさに、情けなさを感じていたのだ。

 

(嫌われたよな……)

 

 実際、彼も珪子には好意を寄せている。

 こんなにも自分に近付いてくれた友達、それも女の子なんていなかったし、それ以上に自分のことを考え、想ってくれている。

 それなのに、彼女の気持ちを拒んでしまった。

 ならば、あそこで彼女を受け入れるべきだったのか。

 そこに対してもモヤモヤを抱えてしまっている。

 

 紺野木綿季、現在は桐ヶ谷木綿季。

 キリトこと桐ヶ谷和人の恋人で、血の繋がりはないものの、実の家族である。

 彼は、彼女の命を救った。一緒に生きていきたいという気持ちだけで、行動を起こした。

 結果、その気持ちは成就した。

 

 器が違う。病魔に振り回されているだけの自分とは、器が違いすぎる。

 彼は頭もいい、実力もある。何もかもが自分とは差があり過ぎた。

 

 そんな彼に、自分なんかがかなうわけがない。彼女を取られるのも当然だ。

 だって、自分はその土俵にすら立とうとしなかったのだから。

 横綱に挑もうとする序ノ口力士がいるだろうか、いや、いない。それと一緒だ。

 キリトさんには勝てない、それはわかっている。しかし、それならば何故、この胸のモヤモヤは取れないのだろう。

 

 大体、あの時に言ったじゃないか。彼女のことを幸せにしてくれと。

 そこで未練なぞ断ち切るべきだったのだ。

 それを何を今更、いつまでも引きずって、いじいじして、来てくれた彼女を傷付けてまで意地を張って……。

 

「どうしたの? 少年」

 

「……え」

 

 突如、俯いて頭を抱えている准に声をかける者がいた。

 声が聞こえた方に顔を向けると、そこには少し前、彼にお年寄りのことで注意を促したお姉さんの姿があった。

 

「あ、ど、どうも……」

 

「頭なんか抱えちゃって、悩み事かな?」

 

「……べ、別にそんなんじゃ……」

 

「……ふーん……」

 

 嘘をつくのが苦手な准は、お姉さんからの問答にたじたじだ。

 目線を合わせようとしない彼の隣に、さも当然のように腰を下ろす。

 そして大きいため息を履いたかと思えば「話してごらん」と、全てを見透かしているかのように白状を促す。

 

「…………」

 

「大丈夫、言いふらしたりなんかしないって。それにお姉さんにしかわからないことだったりするかもしれないじゃない?」

 

「…………」

 

 何故だろう、何故かこの人には逆らえない。逆らったところで、後で何かされてしまいそうな気がする。

 なにかって、それはわからないが。

 

「……あ、あの」

 

「なあに?」

 

「その……お姉さんは、人を好きになったこと、ありますか……?」

 

「……いきなりだねえ……」

 

 話してごらんと言ったのはあなたじゃないかと言いそうになったが、ここはぐっと堪える。

 するとお姉さんはすっと立ち上がり、近場の自販機で缶コーヒーを購入し、それを片手に持ちながら准の隣へと戻る。

 本当ならお酒でもひっかけながら話したいところなのだろう。

 しかし、ここは病院だ。なので大人の味であるコーヒーをチョイスしたに違いない。

 

「んー、あるよ? それも……何回もね」

 

「……そう、なんですか……」

 

「一応、告白されたこともあったよ?」

 

「へ、へえ……」

 

 それとなく探るように聞いている准だが、質問の内容から、今自分が何のことで悩んでいるかを暴露していることに気付いていなかった。

 たった一度の質問で察したお姉さんは、缶コーヒーを口につけながら、「うーん……」と声を漏らしながら、どう答えようか考えをまとめているようだ。

 

「…………」

 

「好きな人、出来たの?」

 

「……え、えっと……」

 

「……ふーん……」

 

「…………」

 

「言いづらいこと?」

 

「……そ、それは……」

 

 短くない沈黙の時間が流れる。

 今、自分が置かれた状況をしっかり説明するのは少し難しい。

 色々なことが複雑に絡まりすぎている。

 

 何から話したらいいのか、何を伝えたらいいのか、彼にはわからなかった。

 

「じゃあさ、一つだけ教えて?」

 

「ひ、一つだけ……?」

 

「……その子のこと、どう思ってるの?」

 

「そ……それ、は……」

 

「…………」

 

 言うまでもない、好きだ。

 

 でも、今更どの面下げてそんなこと言えようか。第一、未だにあいつへの想いを捨てきれずにいるのに、彼女の隣に立つ資格なんかあるはずがない。

 

 でも、でも。

 

 あの時感じた、感じてしまった。

 彼女が病室から去った後、全てを失ってしまったような感覚を。

 心が抉られたような想いを、生きる活力を奪われるような気持ちを。

 

「オレ、オレ……ッ」

 

 涙が溢れ出す。後悔の涙が。

 罪悪感と自己嫌悪感の塊に押し潰されそうになる。何故あんなことを言ってしまったのか。なんで下手な意地を、下らない見栄を張ってしまったのか。

 結果、彼女を傷付け、裏切った。

 何が男の意地だ、女の子を泣かせるなんて、最低だ。

 

「あの子の気持ち……うら、ぎって……ッ」

 

「…………」

 

「傷付けて……変な意地……張っちゃって……ッ」

 

「…………」

 

 准は流し続けた、後悔の涙を。

 自分が本当にするべきだったことを、今、思い知った。

 いなくなってわかる、人の大切さというものを、今知ったのだ。

 命の重さをよく知ってるはずの自分が、知ったような口を聞いてしまった。

 手に握っている空き缶を握りつぶしながら、全身を後悔に震わせている。

 

「じゃあさ、することは一つじゃない?」

 

「…………」

 

 中に入ってるコーヒーを全て飲みほし、ぷはっと息づくと、それをダストボックスに捨てようと、ベンチを立ち上がる。

 空き缶を手でくるくる回しながら、口を開く。

 

「まず、謝んな。男らしく。その子への気持ちが本物なら」

 

「…………」

 

「んでもって、どこか心の引っかかることがあるなら、けじめつけな」

 

「…………」

 

 前回の柔らかい物腰とは違って、かなりサバサバした口調で、お姉さんはアドバイスを促した。

 恐らく、これが彼女の素なのだろう。短いアドバイスだったが、難しいことを考えるのが苦手な准にとっては、それだけで十分な回答だった。

 

「悩むのも結構、考えるのも結構。だけどね……?」

 

「…………」

 

「行動しなきゃ、始まんないんだよ。いつまでもうじうじしてんじゃないよ」

 

「…………ッ」

 

「……なーんてね、じゃあまたね、少年」

 

 それだけ言い残すと、空き缶をダストボックスに投げ捨て、お姉さんはリハビリテーションルームを退室していった。

 若干気だるそうな態度をしていることから、身体の調子はいいのだろう。

 

「…………」

 

 今、自分は何をするべきなんだろう。

 リハビリ? 勉強? いや、違う。

 違わないけど違う。大事なのはそこじゃない。

 

 本当にするべきこと、しなくてはいけないこと。今やらないと一生後悔することになること。

 

 なんだ、そんなことか。だったら考えるまでもないじゃないか。

 難しく考える必要なんてない、思い立ったことをやればいいだけじゃないか。

 

 あはは、そんな簡単なことに気付けないなんて……オレって、本当にバカだ……。

 

 本当に、ほんとうに……ばかだ……。

 

「…………」

 

 

 少年は立ち上がった。前へ進むために。

 もう、迷わないために。

 自分の気持ちに素直になるために。

 未練を断ち切るために。

 本当に必要なものを離さないために。

 

 

「オレはシリカが……好きだ……ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 同日 午後16:31 愛知県名古屋市昭和区鶴舞町 名古屋大学医学部付属病院 准の病室

 

 

「――ッ」

 

 リハビリテーションルームからここの病室まで、歩行器を使いながら逸る気持ちを抑えれず、やや早歩き気味で必死に歩いてきた。

 本当は走りたい気持ちを抑えながら、怪我をしてしまうかもしれないのに、我先にとやってきた。

 

 彼女に会うために、会って謝るために、そして本当の気持ちを伝えるために。

 

「はぁ……はぁッ」

 

 呼吸が乱れる中、扉を開き中へと入る。

 自室のベッドの傍らのシェルフに置いてあるアミュスフィアに視線をやる。

 今、彼女にコンタクトを取る手段はALOでしかない。

 藁をも掴む思いでベッドまで辿り着き、歩行器をぶっきらぼうに傍らに追いやり、アミュスフィアを手に取る。

 部屋の壁に背を向け、両手でアミュスフィアを掴みながら、少しずつ呼吸を落ち着ける。

 身体に異常が見受けられると、アミュスフィアがダイブを弾いてしまうからだ。

 

「……よし」

 

 二十秒ほど間を置き、十分に呼吸と精神状態が落ち着いたところで、アミュスフィアを被る。

 LANは正常、バッテリーも充分。

 

「リンク・ス――」

 

 しかし、彼は物凄く重要なことを忘れてしまっていた。

 

 ついこの前拒絶したばかりの彼女が、ログインしているだろうか。

 自分なら、とてもそんな気分にはならないはずだ。深く傷つき、塞ぎ込み、もしかしたら学校へも行かずに部屋にとじこもるかもしれない。

 

「……し、しまった……どうすれば……」

 

 焦るあまりに肝心なことを見落としていた。

 こんなことなら、LINEのアカウントくらい交換しておくんだった。

 そうすれば気軽にメッセージのやり取りが出来るし、そこから電話番号だって分かったかもしれない。

 

「……ん、電話、番号……?」

 

 電話番号ならわかるかもしれない。連絡先を聞いてはいないが、もしかしたら、もしかしたら可能性がある。

 そこから辿っていった方が確率は高い。

 

「くっ……」

 

 身体を無理やり起こして、再び歩行器に手を伸ばす。先程ぶっきらぼうに追いやったせいか、部屋の隅っこに置かれてしまっている。

 

 壁に手を這わせながら、転ばないように脚に力を込めて、ゆっくり確実に歩を進める。

 

 落ち着け、落ち着くんだ。怪我をしたら元も子もない。二度と彼女に会えなくなるかもしれない。

 

「……ッ」

 

 普通に動けないことを今日ほど恨んだことはなかった。こんなことならもっと必死になってリハビリをしておくんだった。

 悔しさを胸にしまい込みながらどうにか歩行器まで辿り着くと、准は部屋の扉を開け、廊下に出るとゆっくりエレベーターを目指して歩いていった。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 彼がめざしているのは一階にあるフロントだ。彼の予想が正しければ、目的のものはそこにある。

 処分されることなく、適切に処理をされてれば、必ず残っているはずだ。

 その希望に縋るかのように、必死に歩行器で自分の体重を支えながら、目的地へと急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はァ……」

 

 まだ十分に身体能力は戻ってはいない。建物の中を出歩くだけで精一杯だ。

 よくよく考えたら、ナースコールなりで看護師を呼んで、車椅子を出してもらった方がよかったかもしれない。

 だが、今はそんなことどうでもいい。とにかく、とにかく彼女に連絡を取りたい。

 

「あ、あのっ」

 

「はい、何でしょう」

 

「さ、303号室の高坂です。ち、ちょっと調べてもらいたいことがあるんですけど……ッ」

 

「わ、わかりました。でもその前にそこに座りましょう、ほら……」

 

 受付の看護師に肩を借りて、ゆっくりと近くのベンチへと連れられる。

 スタミナはほとんど使い果たしており、肩で息をしていて、立っているのがやっとな状態だ。

 そんな彼をそのままにしておけないと、看護師は優しくゆっくりとベンチまで連れ添う。

 

「それで、ご要件は……?」

 

「はぁ、はぁ……あの、一昨日オレのお見舞いに来た、あの子の……」

 

「あの子……?」

 

 しまった、シリカと伝えて探し出せるはずがない。当然彼女はリアルネームで記録簿に名前を残してるはずだ。

 彼女の本名は何だっけか。自己紹介したはずなのに……好きな人の名前すら覚えてないのか、なんて情けない。

 

「そ、そうだ……あの、303号室にお見舞いに来てくれた人の記録簿ってわかりますか、一昨日のやつ……」

 

「き、記録簿ですか?」

 

「は、はい。どうしても連絡を取りたい人がいて……」

 

「……少し、待ってくださいね」

 

「……あ、ありがとうございます……」

 

 准の目論見はこうだ。

 彼の入院している病院は面会に来た際に、記録簿に名前などを書くことになっている。

 一昔のものはアナログで、紙にボールペンで記録していたが、この病院はタッチペンとタブレットでデータ管理をしているのだ。

 

 書き込む項目は四箇所、訪問先と患者の本名。訪問者の本名と、緊急連絡先(・・・・・)だ。

 

 この緊急連絡先の項目に、珪子の電話番号が記載されてると読んだのである。

 個人情報が厳しく管理されてる中、教えて貰えるかどうかはわからないが、もうここに頼る他ないのである。

 

「お待たせしました」

 

「――!」

 

 看護師の声掛けに素早く反応をすると、その方向に目線をやる。

 看護師の片手にはタブレットが握られており、データはどうやらそこに保存されているようだ。

 

「303号室へのご面会の方はお二人、いらしてますね。お友達……ですか?」

 

「ふ、二人ですか……?」

 

「ええ、お二人です。それ以外のデータですと御家族の方しかいらしておりませんね」

 

「み、見せてもらえますか……」

 

「……本当はダメですけど、特別ですよ?」

 

 本来ならば個人情報の開示は患者であっても厳禁、言語道断である。

 准の焦っているような様相、必死な態度を見て、看護師も察したようだ。

 たまたま友達の連絡先を聞き忘れていた、程度に思われたようで、存外にあっさり教えてもらうことが出来た。

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

 看護師からタブレットを受け取ると、訪問者の項目に目をやる。

 自分への訪問者は二人、いるようだ。一人は言うまでもない。しかし、気になっていたのはもう一人の方だ。

 

(き、桐ヶ谷……木綿季、あ、あいつやっぱり来てたのかよ……)

 

 何となく来院していた気がしたが、まさか本当に来ていたとは思わなかった准は、半分呆れ、半分嬉しく思っていた。

 どうせなら会ってみたいものだったが。

 

(ということは、こっちのが……シリカ?)

 

 綾野珪子と書かれた欄をタップする。するとそこには彼女の緊急連絡先、即ち携帯の電話番号が記されていた。

 

「け、けいこ……あやの、けいこ……」

 

 そこに書かれた名前、そして電話番号を穴のあくほど見つめる。これが彼女の本名。もう二度と忘れるものかと、頭に焼き付ける。

 電話番号も素早く自身のスマートフォンでメモを残し、絶対に忘れないようにする。

 

「……ありがとうございました、看護師さん……」

 

「もう、よろしいんですか?」

 

「は、はい……大丈夫です」

 

「わかりました、また何かあったら仰ってくださいね」

 

 優しい笑顔で受け答えをすると、看護師は准からタブレットを受け取り、ゆっくりとした足取りでフロントへと戻っていった。

 ベンチに座っていたおかげでスタミナもある程度回復出来た准は、次の目的地へと急ぐ。

 

(病院の中じゃスマホは使えない……公衆電話を探さないと……)

 

 様々な医療機器を電波から守る為、原則的に院内は携帯電話の使用は禁止されている。

 准も、基本的に自室以外では機内モードで持ち歩いているほどだ。

 ここから部屋に戻って通話をするよりも、ここで公衆電話を探した方が早い。

 

「…………ッ」

 

 もはや絶滅寸前とまで言われてる公衆電話だが、病院などの大きい施設でなら何ヶ所か置いてある。

 どうしても連絡を取らないといけない時、携帯電話が使えない人のためと、設置されてることがあるのだ。

 携帯電話がなかった時代は、家族と連絡を取り合うために、駅前の公衆電話の前に行列が出来ていた程だ。これも時代の流れなのだろう。

 

「あった、あれだ……」

 

 スタンダードな台に乗っている、上から下まで緑一色の公衆電話を視界に捉えると、准はゆっくりその方へと進む。

 使用は硬貨のみで、百円、五十円、十円しか使えない。

 少し前はテレホンカードなるものも使えたが、今ではその投入口も無くなってしまった。

 

 逸る気持ちを抑えながら公衆電話に辿り着くと、小銭入れから百円を何枚か取り出す。

 コイン投入口に一枚入れ、受話器を左手で取り、右手で電話番号を入力する。

 

(シリカ……ッ)

 

 コール音が受話器から聞こえてくる。

 何度も何度も、その音が鳴り響く。しかし、どれだけ待っても、電話の相手は出てくれない。

 しかし、彼は諦めない。受話器を置き、コインが返金されると、またそれを取り出し、再び投入。

 またもや手入力で番号を入れて、コールする。

 

 それを何度も、何度も何度も繰り返す。

 彼女が出てくれるまで、あの元気が出てくる声を聞くまで、諦めずに何度もかけ続ける。

 

(シリカ……シリカ……ッ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日同時刻 東京都立川市柏町 綾野邸

 

 

「…………」

 

 あれから少しばかりの時間が経ち、珪子は眠りから覚めていた。

 何も考えずに天井を眺め、時間が経過するのだけを待っている。

 

 時折着信やメッセージ、メールなど様々な形でスマートフォンが揺れる。

 最初は逐一内容を通知欄で確認していたが、途中からどうでもよくなり、全てスルーしてしまっていた。

 

「…………」

 

 また、スマートフォンがぷるぷると震えている。揺れが長いことから着信のようだ。

 相手は誰だろうか、明日奈か、里香か、はたまた木綿季か。

 

(朝からすごい鳴ってる……でも、今はそんな気分じゃない……)

 

 いつも通りに背を向け、スルーしようとする。着信は何回か来ているが、一度スルーすればしばらくはかかってこない。

 

 そのあと、何十分かスパンを挟んで、メールやメッセージ、そして着信と、今日はずっとその調子だ。

 

 しかし、今回は違った。

 

 着信だけが、止まることなく継続して珪子の部屋に鳴り響いていたのである。

 すぐに収まるだろうと、珪子も最初は今まで通りスルーを決め込んでいたが、様子が違うことにしばらくして気がついた。

 

「……リズさん、かな、しつこいな……」

 

 音の正体を確かめるべくモゾモゾと身体を動かして、スマートフォンのディスプレイを見る。

 そこに映っていた正体は、明日奈でも里香でも、ましてや木綿季でもなかった。

 

「え……な、なに、公衆電話……」

 

 初めて見る光景だ。いつもは家族か帰還者学校の仲間からしかかかってこない。

 その他にかかってきたとしても迷惑電話か、イタズラ電話のパターンだ。

 

 しかし、今回はそのどれでもない。番号が全く表示されない公衆電話からの着信だった。

 

「……これって……」

 

 どう対応したらいいかわからない珪子は、とりあえず身体を起こし、画面をまじまじと見る。

 一体、この電話の正体は誰なのだろうか。イタズラにしては随分回りくどい。

 探し出す方が難しいと言われてる公衆電話からわざわざ自分の電話にかけてくるなんて、とんな人なのだろう。

 

「…………」

 

 おそるおそる、受話器のアイコンをタップする。すると雑音とともに、向こうの音声が聞こえてきた。

 

『…………』

 

「…………ッ」

 

 出たはいいが、何も聞こえない。

 案の定、イタズラ電話なのだろうか。しばらく様子を伺っていた珪子だったが、段々と気味が悪くなり耳からスマートフォンを離し、通話を辞めようとした時だった。

 

『も、もしもし……シリカッ』

 

「…………え……ッ」

 

 




 
 ご拝読、ありがとうございます。
 やっぱり、彼女の想いはしっかりと届いていましたね。
 少しばかり見栄っ張りで不器用なだけで、心は純粋なのです。

 後はもう、彼なりに真っ直ぐぶつかっていくだけです。そう、真っ直ぐに……ね。
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