ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ ボクの生きる意味 作:むこ(連載継続頑張ります)
皆様方、大変にご無沙汰しております。
活動報告でも申し上げました通り、当方創作活動を再開させて頂きます。
まずはお待たせしてしまったことをお詫び申し上げます。誠真に申し訳ございませんでした。
今日に至るまで紆余曲折、色々なことがありました。
キャンプにハマったり、サイクリングでロングライドをするようになったり、遠征に出ることが増えたり、ウマ娘をやったり、競馬で勝負したり、仕事で色々あったり、人間関係に変化があったり、Twitterが凍結されたり……。
そしてそんな中実際にこうして、筆を執ることか出来てしまったので、変な言い訳はせずに無理のない範囲で、皆様方にボク意味をお届け出来ればと思う所存です。
それでは約二年半ぶりの和人と木綿季の物語、ご覧くださいませ。
西暦2026年12月18日(土) 午後15:40 埼玉県川越市宮下町 桐ヶ谷邸キッチン
決して広いとは言えないキッチンに、食材の仕込みをしている和人の姿があった。
黒のトレーナーの長袖部分を腕まくりし、利き手の右手には刃渡り五センチ程のアウトドアナイフが握られている。
木目調のカッティングボードの上には、先程の買い出しで仕入れてきたであろう、牛肩ロースの赤身の肉が存在感を放っている。
厚みは十五ミリ程はあるだろうか。ボリューム満点で如何にも食べ応えに期待が持てそうなどっしりとした面構えだ。
そのまま焼いても間違いなく美味であろう赤身肉に、和人は規則正しくナナメに切り目を入れている。
切り目の感覚は一センチ刻みで入っており、それも切り分けるためにナイフを入れているわけではない。
そう、所謂隠し包丁というものだ。
「かずとー、どうしてお肉に切れ目入れてるのー?」
「ん? ああこれか。これは隠し包丁ってやつだよ」
「隠し包丁?」
目の前で披露しているのだから全然隠れてないだろうという疑問はともかくとして。
切れ目を最後まで入れずに、途中で切るのを辞める隠し包丁に、疑問を投げかける。
昼ごはん抜きでバーベキューに挑もうとしてる木綿季は、それはそれはお腹がペコペコだ。
故に、美味しそうな食材を目の前にして、早くこれらを食べたいのにいつまでも火の上に持っていかない行動にクエスチョンマークを浮かべている。
「ああ、これをやるとやらないとでは仕上がりに大きく差が出るんだよ」
「へぇー? そうなんだ?」
「炭火で焼くなら尚更だ。美味いぞ、炭火で焼いた肉は」
「そんなに違うの? お兄ちゃん」
「全然違うぞ。もはや別物と見てもいいくらいだ」
食物を加熱する時には何パターンかある。一般家庭等でのガスコンロの火でフライパン越しに熱を加えるやり方。
そのガスの火で直接炙るロースターでの加熱。
そして、今回やろうとしてる炭火を用いての遠赤外線での加熱だ。
「ホントー? なんだかあんまり実感が湧かないなー」
「なんて言うんだろう、上手く言えないけどさ。解放感のある屋外で炭火でこんがり焼いた肉とかって、普段食べてるご飯とかより格段に美味しく感じるんだよ」
この和人が訴えようとしている美味しさの秘密にも、きちんとしたメカニズムが存在する。
基本的にまず、ガスと炭火とでは熱の加わり方には決定的な違いがある。
しっかり育った炭から発せられる熱は、遠赤外線の量がガスよりも二倍近くあり、食材の中までしっかりと火が通りやすくなっている。
また、グルタミン酸などの旨み成分の量も炭火で焼き上げた方が増加傾向にある。
更には焼いている肉から落ちた脂やタレが炭に付着し、それが煙となって食材が燻されることで、より食材の味わいに深みが増す。
和人はこの事を身振り手振りで伝えようとしたのだが、感覚的な話になってしまっていて、イマイチ妹達を納得させられそうにないでいた。
しかし、そんなウンチクを聞かされるよりもお腹の空き具合が限界に近い。
中でも木綿季は超のつくほどにご不満そうで、ほっぺたを膨らませ小さい口をとんがらせて、食材を弄っている兄に注文をつけ続ける。
「かずとー、もうボクお腹ペコペコだよー……」
「我慢するんだ。俺だって腹減ってるのに自制を保ちながら仕込みを続けてるんだぞ?」
「……ぶーっ」
食材の仕込み以外にも、キャンプギアの設営や焚き火の準備等、やらなくてはいけないことはまだまだ沢山ある。
しかし昼食を抜いている木綿季にとっては、この時間は拷問に近い。
特に今晩食べる予定のキャンプメニューは彼女が買い出しの際に、「食べたい!」と主張していた物ばかり。
それだけにいつまで経っても見ているだけ、という時間はあまりにも残酷に違いない。
「あっ!」
ここで、ちょっとした悪戯心が木綿季の思考の片隅に浮かんでしまった。
和人が仕込みをしている傍ら、お肉や野菜類に混じって、買うとちょっと高めの贅沢ソーセージが置かれてるのが見えてしまった。
既にパッケージから中身は出されていて、アルミ皿の上に八本、乗せられている。
「えへへ、もーらい!」
「あっ、こら木綿季!」
「へっへーん!」
和人の目を盗んでつまみ食いを成功させた木綿季は、成人男性の親指よりも太く、コンビニのフランクフルト程の大きさがあるソーセージに素早く手を伸ばすと、そのまま自身の口へと持っていく。
加熱されていないため、まだ少し冷たかったがオリジナルスパイスがブレンドされたソーセージは火が通っていなくとも、口いっぱいに肉の旨味が広がっていった。
一口で半分サイズを口の中に収めた木綿季は怒られる前にバーベキュー会場となる庭へと足早に立ち去っていく。
彼女のつまみ食いのおかげで八本あったソーセージは七本になってしまった。
「全くあいつときたら……」
「あ、あはは……」
「仕方ない。スグ……手伝ってくれるか?」
「うんっ、勿論だよ。お兄ちゃん!」
食に関してはとんでもなく貪欲な木綿季の欲望に呆れつつも、半ば諦めの気持ちも抱えつつ、和人は食材の仕込みを続けていく。
今夜食べようと彼らが準備した献立は以下の通りだ。
本場ドイツの贅沢ソーセージ。鹿児島産さくら牛の肩ロース肉。牛バラブロック肉と野菜の串焼き。国産黒豚のスペアリブ。
イカ、エビ、タコ、牡蠣、マッシュルーム、タマネギの入ったアヒージョ。
浜焼き用の赤エビ、ホタテ、ハマグリ。
コンソメスープに、〆の焼きそば。デザートに川越産のサツマイモだ。
一人で処理しようものなら食べ過ぎの範囲だが、桐ヶ谷家は五人家族。
後ほど仕事から帰路に着く峰嵩と翠の分を考えると、丁度食べ切れるだろうという計算で和人は買ってきたのだ。
「でも、こういう準備も楽しいよね。バーベキューって」
「ああ、わかる。まあその分片付けが死ぬほど面倒なんだけどな……」
準備や献立に拘れば拘るほど、それに比例して後始末が大変になる。
特に、使い終わった食器や焚き火台。炭火グリルの清掃と片付けは大変に億劫な工程だ。
中でもグリルに関しては脂と煤の汚れがとんでもない難敵で、とても台所洗剤程度ではその頑固な汚れを落とすことが出来ない。
準備も大変なら後片付けも大変なのが、アウトドアというものなのだ。
他愛のない兄妹の会話を弾ませながら、和人と直葉は黙々と料理の仕込みを進めていく。
和人は隠し包丁の入った肩ロースをジップロックに入れ、更にその中にシャリアピンソースとおろしニンニクをたっぷりと投入。
しっかりチャックを閉じて封をし、仕上げとばかりにそれを揉みこんでいく。
用意した肩ロースは三枚。これをあと二枚同じ作業をしなくてはならない。
直葉は串焼きにする為の牛バラブロックを手頃サイズにカットし、塩コショウを擦り込ませ、予め切り分けられていたパプリカとタマネギと一緒に、長さ二十センチほどの鉄串に通していく。
一通り串に食材を通し終わると、次はアヒージョの準備に取り掛かる。
買ってきた海鮮をパックからだし、こちらも塩コショウで揉みこんでいく。
真っ赤で辛そうな鷹の爪をみじん切りにし、軽く上からまぶすようにして彩りをつける。
次に精がつく生ニンニクを二粒程取り出し、こちらは超がつくほど細かく切り刻んでいく。
この鷹の爪と刻まれた生ニンニクが、アヒージョの味の決め手になるのだ。
「はふう、こんなもんかな? お兄ちゃん」
「どれどれ……? おお、いい感じじゃないか」
自分よりも手際がいい妹の仕上がり具合に太鼓判を押す。
流石両親が忙しくしてる間は台所を任されていただけのことはある腕前だ。
兄に褒められた直葉は照れくさそうに、そして少しだけ誇らしげに胸を張る。
「よし。じゃあ仕込みが終わったものから庭に運び出しておいてもらえるか?」
「うん! まっかせてー!」
直葉もこれから行われるバーベキューが楽しみなのか、ウッキウキでニッコリはにかみながら食材の乗ったアルミ皿を両手に持ち、庭先へと足を運ぶ。
その足音が遠くなっていく頃、和人は最後の仕込みに取り掛かる。
焼きそば用の具材の切り分けだ。
「こいつが旨いんだよなあー……」
和人の目線の先には、とあるご当地焼きそばのパッケージが置かれている。
静岡県は富士宮市が誇るご当地B級グルメ。その名も「富士宮やきそば」だ。
何を隠そうこの富士宮やきそばは、あのB-1グランプリの第一回、第二回大会で一位を獲得するほどの人気グルメなのだ。
普通の焼きそばと違うところと言えば、使われている麺が一般的な焼きそばと比べて平たく製造されている点。
そして、豚肉の代わりに肉かすが具材として使用されているのも珍しいポイントだ。
更には最後の仕上げとして、青海苔ではなく鰯の削り粉が振りかけられている所が特徴だろう。
目玉焼きが乗せられている秋田県のご当地焼きそばである、横手やきそばと並んで日本の二大ご当地焼きそばと謳っても過言ではないだろう。
「具材はシンプルに肉かすとキャベツだけ。これに限るな」
本来なら人参やネギ、薄切りの豚バラ肉が使われているのが普通だがそこは拘る男和人。
具材は少なめにした方がこの焼きそばの旨味が味わえると踏んでいるのである。
「さてと、随分時間がかかっちまったがこれでおしまいだな。さて、あっちは大丈夫かな……」
最後の仕込みを終わらせた和人が庭先のある方に壁越しに視線をやる。
後は肩ロースの漬け込むを待つだけのはずなのだが、何故か心做しか不安が拭えない。
先程のつまみ食いの件もあり、木綿季が何かまたやらかすのではないかと、ポリポリと後頭部を掻きながら微妙な表情を作る。
――――――
同日 午後16:05 埼玉県川越市宮下町 桐ヶ谷邸庭先
冬至を目前に控えた暮れのこの季節。時刻も十六時に差し掛かるとほぼ日没となり、辺りはすっかり夕闇に包まれようとしていく。
寒さも本格化しており、庭に生えている木々の葉っぱが全て枯れ落ちていることからも、正に冬本番がやってきている事が伺える。
現在川越市の気温は五度。冬着を身にまとい、身体を動かしていればさほど気にする程でもない。
しかし、特に運動をする訳でもなく、その場に立ち尽くしているだけとなると話は変わってくる。
新陳代謝は進まず、時折吹いてくる冬の冷えた空気を運んでくる風に身体は凍てつかされ、瞬く間にその冷え込みに全身を震わせてしまうことになる。
「さ、さむいーっ!」
「もーう、部屋着のままお外に出るからだよ?」
つまみ食いをした手前、うっかり上着を着ないまま庭に出てきてしまった木綿季が、険しい表情で寒さを訴えている。
普段から活発で元気いっぱいな彼女も、流石に紺色のジーパンと、紫色のトレーナー一枚ではこの寒さに耐えられなかったようだ。
「もーう、木綿季だけずるいよー」
「だ、だってー……お腹すいちゃったんだもん」
「はいはい。わかったから上着取ってきた方がいーよ? 風邪ひいちゃうし」
「う、うん。そーするー……」
姉に窘められた木綿季が、鼻をズビズビさせながら家屋へと引き返す。
縁側で靴を脱ぐと、渡り廊下を経由してそのまま二階にある和人との共同部屋へ、自分の上着を取りに階段を上っていった。
ここの所の木綿季の体調は絶好調。毎日が楽しいの連続で、心身ともに大変に充実してるといっても過言ではない。
そんな明るくてかしましい妹とのやり取り。
今までの生活には無かった新しい桐ヶ谷家の一面。
時折元気すぎてやかましい時もあるが、そんなやり取りも今じゃ楽しく感じる。
何より、家族で一番年下だった自分がお姉ちゃんになったのだ。
姉として、しっかりと頼りになる存在でありたい。
故人である木綿季の血の繋がった紺野藍子とは接し方がまた違っていることだろう。
しかし、直葉は直葉で自分のやり方で木綿季を支えていくと、母である翠が養子縁組の話を持ち出した時から決意を固めていた。
それが、例えどんなに手を焼く妹の世話に追われるようなことになっても、だ。
そんな事を考え、ほのかに微笑みを浮かべながら先程仕込んだ食材をアウトドアテーブルに並べていく。
学校の勉強机を四つ合わせたほどの大きさのテーブルの上に、彩り豊かなバーベキューの食材が異彩を放っている。
中でも直葉が気になっているのは、極上黒豚のスペアリブだ。
フォークであらゆる部位に穴を開け、バーベキューソース、ごま油、ハチミツ、一味唐辛子、おろしニンニクを混ぜ合わせたタレに漬け込まれた物だ。
ジップロック越しでもその香りがプンプンしてくるほど強烈で、食欲をそそる。
あと一時間もすれば、程よく中までタレが染み渡ることだろう。
この贅沢なスペアリブを炭火で炙り、両手で端っこを持ち、かぶりつく姿を想像してみる。
想像しなくても十分旨い。そしてそれを考えれば考えるほど余計にお腹が空いてしまうのか、ハッと我に返った直葉はフルフルと首を左右に振り、まだ我慢我慢と自分に言い聞かせて並び付けを続ける。
テーブルの傍にはアウトドアチェアが四つ、テーブルを挟み込むように四方に並べられている。
すぐ側には有名キャンプギアメーカー「クールマン」の炭火グリルが置かれている。
四足型のグリルになっており、炭が入る土台部分が引き出し型となっている。
残灰の処理や、炭を追加する時に大変便利なデザインとなっている。
その隣のスペースに衛星放送の電波を受信するためのパラボラアンテナのような形状をした、耐火性バツグンの焚き火台が鎮座している。
直径は八十センチ程はある巨大な焚き火台で、薪を燃えやすくする為に必要なバトニングの作業が不必要になるくらいに火力と燃焼効率がいい。
着火剤と薪を放り込めば何もしなくとも忽ち炎は燃え上がり、キャンプファイヤー並の炎が立ちのぼるというわけだ。
その焚き火台の隣には昼時にワイルドマンで購入した薪が三束、並べられている。
これだけの量の薪も、この焚き火台にかかればあっという間に使い切ってしまうという。
「うん、大体準備出来たかな?」
下準備をあらかた終えた直葉が出来上がったバーベキュースペースを見渡す。
ちょっとレイアウトに不慣れな点もあったが、まあこんなものだろうと自分自身を納得させる。
炎が燃え上がる焚き火台の周囲には出来るだけ何も置かず、万が一の火事にならないようにも気を配る。
空気が乾燥し、火災が発生しやすいこの冬季。火の用心に越したことはない。
「おにいちゃーん! こっちはもう大丈夫だよー!」
直葉が準備完了の旨を伝えると、遠い声で「オーケー」と台所の奥から聞こえてきた。
それと同時に、家族専用のLINEグループにもメッセージを送る。
準備は終わったよ、何時に帰ってくるのと、慣れた手つきでスマホのフリック操作を進め、峰嵩と翠に意を伝える。
丁度メッセージを送り終わった頃に、モコモコの上着を羽織った木綿季と、両手に仕込んだ肩ロースの入ったジップロックを持った和人が、屋内から姿を現した。
「くあ、流石に外は冷えるな……俺も後で上着持ってこよう」
「わあー! すごーい! 食べ物がいっぱーい!」
寒さに震えてた時との様相の違いに目を輝かせ、とてとてと木綿季がテーブルの側へと歩みを進める。
実に何年ぶりかわからない本格的なバーベキュー。最後にやったのは横浜の実家で、生前の家族が全員そろい踏みだった頃だ。
懐かしいな、楽しかったなと、胸に思い出を抱きながらも、またあの時と同じくらい楽しいことが出来るんだと、ワクワクした気持ちも抱いていた。
「もう完全に日没しちまうな。スグ、ランタンつけてくれないか?」
「え? あ、うん。いいよー」
そう兄からお願いされた直葉が、テーブルの隅っこに置かれたランタンに手を伸ばす。
見た目はよくあるオーソドックスなガスランプの形をしている。
しかし技術が進んでいる今、このランタンは完全な充電式となっている。
それでいて、出来る限り実際の炎のような灯りを再現しようと企業努力が垣間見える逸品となっていた。
「点けたよー! すっごく明るいねー!」
基本的に街灯がないキャンプ場で使用することを前提とされてるのか、物にも寄るがランタンはかなりの明度を持っている物が多い。
二階の倉庫部屋に眠っていたこのランタンもその性能に違わず眩い光を放ち、桐ヶ谷邸を明るく照らしていた。
「ちょっと明るすぎるな……スグ、そこに生えてる木の枝に吊るしてもらっていいか?」
「えっと、この枝かな?」
「あっ、ボクがやるー!」
やってみたかったのかなんなのか、嬉々として光源を設置する作業をしたがってる木綿季に、直葉が手持ちのランプを渡す。
もうすぐバーベキューが始まるんだと完全に気分が浮ついている気持ちを出来るだけ抑えつつ、目の前に植えられている樹木から生えている枝に手を伸ばす。
「…………」
「……あれ?」
「何やってんだ、木綿季……?」
おかしい、何かがおかしい。何も特段難しいことをしようとしているわけではない。
目の前にある枝切れの先っちょにこのランタンの輪っかを通すだけなのに、その単純な作業に木綿季は難航していた。
何度やろうとしても、幾度となく頑張っても、全く結果が着いてこなかった。
だが、その原因は考えるまでもなかった。
そう、木綿季の身長では枝まで手が届かなかったのだ。
「……とどかない」
「ぷっ……」
「……くすっ」
どれだけ背伸びをしても、思いっきり力を込めても、必死に腕を伸ばしても、その先端が枝まで届くことは無かった。
その余りにも一生懸命に頑張る妹の姿に、和人も直葉も笑いを堪えられないでいた。
木綿季が必死になればなるほどその様子がおかしいのか、やがて二人はお腹を抑えながら、大声で庭先に笑い声を響かせていた。
「あっはっはっは!」
「あははは! ゆーきとどいてないよー!」
木綿季が一番小さいのは、何も年齢だけではなかった。
そう、家族の中で身長も一番小さかったのであった。
成長期をリアルタイムで迎えている彼女とあっては、大きくなるのはむしろこれからなんだと、異議を申し立てたいところであった。
だがしかし、申し立てる暇も与えてくれないほど間髪入れずに二人の兄姉が笑い続けているので、弁明をする余地が全く無かった。
途端、恥ずかしさと悔しさで顔が真っ赤になり、ほっぺたをぷくーっと膨らませ「そんなに笑わなくてもいいじゃんかー!」と、まるで少年漫画のように悔しがる表情を見せながら、必死の形相で抗議をする。
笑い声をこだまさせている二人も、まさか背伸びしても届かないとは思わなかったのか、はたまたその行為が
「はあ、はあ……。まったく、面白すぎるだろ……木綿季。くくく……」
「ごめんね、あたしも笑うつもりはなかったんだけど……ぷぷっ」
「うぅーっ! 和人と直葉のいじわるーっ!」
どこかの異世界転生作品に登場した女神のような悔し顔を見せている木綿季に、とりあえずの謝意を見せ、少しずつ呼吸を落ち着かせていく。
あれだけお腹がよじれるほど笑った二人も、時間の経過でやっとこ息を整えることが出来た。目尻には笑った所以か少量の涙が浮かんでいる。
「むすっ」
当然、不機嫌になる木綿季。
二人が自分のことをバカにした意味で笑ったわけではないことは理解してはいるが、それでも若干ムッとしてしまうものがあった。
ALOのアバターでも、彼女は背が高い方では無い。キリトやアスナと比べても。どちらかというと小さい部類に入る。
シリカよりもやっと高いくらいの身長差なのだ。
ちなみにスリーピング・ナイツの中でも、最も身長が低い。最年少のジュンのアバターよりも低いのだ。
その事も相まってか、今では己の身長の低さに若干のコンプレックスさえ抱えている。
「悪い悪い、笑ったのは謝るよ。すまなかった、木綿季」
「ぶー……」
「あたしもごめんね? でもゆーきがすっごく可愛かったから……ついね?」
「ボクは一生懸命やろうとしてただけだもんー!」
両手をバンザイの様に上空へ振りかざし、実際の年齢よりも子供っぽさを見せる仕草をしながら、自分の意を訴える。
そのムキになった反応ですら、二人は楽しんでいた。
すっかり笑い疲れた身体に力を込め縁側から腰を上げると、和人が木綿季に近付く。
これ以上不機嫌になられても困るので、彼女の頭に手を乗せて優しく撫でじゃくる。
「ああ、ホントに悪かったよ。だから機嫌直してくれ、木綿季」
「……むぅー」
「ほらほら、むくれちゃうと折角美味しいバーベキューも味がしなくなっちゃうよ?」
大好きな和人の手のひらの温もりを頭越しに感じると、誤魔化されている気もしなくもないが、少しずつ気持ちが落ち着いていくのを感じた。
確かに背が低くて笑われたのは悔しかったが、いつまでもそのことを根に持つほど天邪鬼でもない。
「ボクだって、すぐにおっきくなるもんっ」
その表情からは悔しさというよりも、いつか見返してやるといった気持ちが見て取れた。
実際に、木綿季はよく食べよく動きよく眠る。
身体の成長は遺伝にもよるが健康的な生活を持続していけば、逞しい身体を作ることは出来るだろう。
それが身長に直結するかどうかはまた別の話ではあるが。
「あ、でも……」
ふと、和人が何かを思い出したかのように天を仰ぐ。
その兄の様子に、直葉も木綿季も頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。
少しの間が空いた後、ちょっとだけ含みのある表情を見せながら和人が視線を木綿季に戻す。
「お前さ、さっきソーセージつまみ食いしたよな?」
「……あ」
忘れた、とは言わせない。家族全員で食べる予定の物を先走って一人ズルをして味わったことを。
そしてその後怒られまいと、足早に視界から消えようとしたことを。
そのことを指摘されると、木綿季はたちまちバツが悪そうにあたふたとし始めた。
なんとか身振り手振りで弁明しようとするが、全く言い訳すら浮かび上がってこず、視線は泳ぎ、冬なのに変な汗は浮かび上がり、声が喉から出てこなかった。
「だから、今回の件もおあいこってことでチャラな?」
「えーっ! そんなぁー!」
「やかましい! ご飯抜きにされなかっただけありがたく思いなさい!」
既にお昼ご飯が抜かれている、と指摘をしたいところであったが先の件の手前、そのことを訴えれる立場ではなかった。
これ以上激しいことをすれば余計にお腹が空いてしまう。
微妙に納得がいかない所ではあるが、これ以上ぶー垂れても埒が明かないので、木綿季は渋々和人の要求を飲むことにした。
「うー、ごめんなさい……」
「わかればよろしい」
傍から見れば兄妹なのか恋人なのかわからない二人のやり取りを、直葉は微笑ましそうに見つめていた。
ただ一つ言えるのは、これからもこの様な慌ただしくも飽きないやり取りが、この先桐ヶ谷家で行われていくであろうということだ。
木綿季を家族に迎えたあの時から、桐ヶ谷家には全く新しい風が吹き、これまでと違った暖かいものに包まれていた。
「ほらほら二人とも、準備終わらせちゃお? お父さんとお母さん、五時過ぎくらいに帰ってくるって」
自分のスマホを手のひらに収めた直葉が、両親からのLINEの返信を二人に伝える。
どうやら峰嵩も翠も今日は早めに上がることが出来るようだ。
三人のやり取りが行われてる間に時計の針は十六時半を刺そうとしていた。
アウトドアは考えているよりも時間がかかるというもの。
この様子では準備を急がなくては間に合わなそうだと、誰もが顔色を浮かべていた。
「おっと、のんびりしている暇はなさそうだ。木綿季、スグ、急ぐぞ」
「えっ? あ、う……うん!」
「あたし、食器類持ってくるねー」
残り三十分余りで全ての支度を終えようと、三人はそれぞれ最後の準備へと取り掛かる。
木綿季に取っては家族に迎えられてからの初めてのバーベキュー。
突発的ではあったものの、初めての青空ご飯だ。
自分を嫌な顔ひとつせず暖かく出迎えてくれた大好きな家族との、楽しい時間だ。
ちょっとしたトラブルこそありはしたが、そんなつまらない事など忘れて、楽しめるに違いない。
何故なら、彼女はいつもいつでも、何事にも全力だからだ。
木綿季+食べ物とくればなんらかのトラブルか発生してしまうのは、もはや自然の摂理と同じくらい当然の流れになってしまいましたね。
リハビリの意味も込めての再開の回は約一万文字でのお届けとなりました。
この作品の現在の時系列は年末です。
これからクリスマスや大晦日を迎え、新年迎春、そしてバレンタインと、たくさんの出来事が目白押しです。
それら全部をボク意味ならではの描き方で皆さんにお届け出来ればなと思います。
それではまた、次回もお読みいただければ幸せでございます。