オレはオレの幸せに会いに行く   作:ほったいもいづんな

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台風さん猛威振るいすぎ問題


71話 Epilogue3 アオハル

 71話

 

 

 

 

 事件が解決して数ヶ月が経過した。 役割を終えた六課は近いうちに解散となり、それぞれが異なる現場への配属となる。

 それぞれの進む新たな道、しかしその道に進む前にちょっとした事があった。

 

「ふぉぉぉぉ! すっごい入ってる!」

「大きい声出すんじゃないの! まったく、通帳を見て大騒ぎするんじゃないわよ」

「いやまさかこんなに入ってるなんて思わなくて……くぅ〜!」

 

 昼の管理局の食堂。 すでに食事を終えゆっくりとそれぞれの近況を報告し合っている時のことである。ティアナとスバルが見ているのはそれぞれの通帳である。 もちろん給料の確認だ。

 つい先ほどはやての方から直接給与の明細を貰い、食堂の人が少ない端っこの方で見ていたのだ。

 一年程しか六課として活動はしてないが、それでもたんまりと貰っていた。

 

「どうしよっかなぁ〜何買おうっかなぁ〜」

「ご機嫌ねぇ……」

「当然! あ、ティアは何に使うか決めてるの?」

「私? 私は新居でも買おうかなって……私達新人組のリーダーとしてちょっとボーナスもらったしね」

「えぇ!? ずるい! 私もボーナス欲しいよぉ!」

 

 ちなみに、スバルもスバルでそれなりの賞与は貰っている。

 

 そんなかしましくはしゃぐ二人に近づいてくる男が一人。

 

「……何を騒いでいるんだお前ら」

「あら翔次じゃない」

「ショージさーん! ティアが私に給料マウント取ってくるー!!」

「うっさいスバル! でかい声でそういう事を言わないの!」

「……アホかお前ら」

 

 やってきた翔次はどうでもよさそうに息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? あんたは最近どうなの? あんまり見かけなかったし、どこで何してたの?」

「あ、確かに気になるかも。 キリンさん達はヴィヴィオの側にいるからちょくちょく会うけど」

 

 翔次も追加して近況報告会。

 ティアナ達が知っている限りでは、キリンと拳はヴィヴィオの側にいるらしく現在はヴィヴィオの側で生活をしながら進学だったり新居の場所探しなどを行なっているらしい。

 あれから数ヶ月経った現在では新居の場所はほとんど決まったらしく、近いうちに引っ越すようだ。

 ちなみに住むのはなのは、フェイト、ヴィヴィオ、キリン、拳の5人とのこと。

 

 心悟は相変わらず管理局で精神科医として勤めており、現在はギンガと共に更生組のナンバーズ達と何かしらのプログラムを行なっている。

 

 しかし翔次だけは何の話も聞こえてこない。 故に今回、はやてが管理局に六課メンバー全員を招集して給与のあれこれを話すという絶好の再会チャンスに色々聞いておこうというのだ。

 

「ボクは別にいつもと変わらん。 修行してただけだ」

「いやどこでよ」

「あまり人がいない場所で、だ」

「ふーん……」

「聞いておいてなんだその反応は……」

「別に、思っていたよりも面白くない解答だったから」

「お前な……」

 

 何故か少しだけ素っ気ないティアナ。 その代わりにスバルが翔次に話しかける。

 

「修行っていってもその間はどうやって衣食住をやりくりしてたんですか? まさかサバイバル!?」

「バカを言うな。 ボクはこれでもインドアだ、野宿だって元々嫌いだ。 キリンと二人だけになった時は仕方なかったが」

「じゃあどうしてたんですか?」

「もちろんホテルに泊まっていたさ。 金はあるから色々場所を変えながらな」

「え? でも流石にホテルに長い間、移動しながらとはいえ泊まっていたのはお金なくなるんじゃ……」

「……ボクもはやてから色々と『貰ってる』んだ」

「ボーナス的な意味で!?」

「ボーナス的な意味で」

 

 どうやらお金になら不自由はしてない様子。 実際の額は不明だが、確かに嘱託の職員として翔次は六課に貢献してきた。 特に魔力を使わずに戦闘を行えるのでAMF相手には特に重宝されていた。

 その分の活躍を賞与としてもらっていたようだ。

 

「……あ、言っておくが別に散財しているわけじゃあないからな。 あくまで普通のホテルとかに泊まってるからな」

「それでも凄くないですか? いいなぁ〜翔次さんもいっぱい貰ってて」

「ふん、そんなにあっても困るだけだ。 ……さて、ボクははやてに用事があるからそろそろ行くぞ」

 

 翔次が立ち上がる。 すると顔を他所に向けていたティアナが翔次の方に向き質問する。

 

「あれ? てっきりもうはやてさんに会ってたと思ってたけど違うのね」

「ティアナ達と同じ用事は終わった。 ボクはボクで別にあるのさ」

「ふーん……まぁよく分からないけどはやてさんを待たせるのもあれだし行ってきなさいよ」

「あぁ、それじゃあな」

 

 それだけ言葉を交わすと翔次ははやてがいるであろう執務室に向かう。

 その後ろ姿を見ながらスバルがボソッと口にする。

 

「気になる……」

「え? 何がよ」

 

 聞き返したティアナにスバルは反応する。

 

「だってさ、翔次さんって今まで私たちが連絡しても全然返事を返してくれなかったじゃん?」

「そうね、帰ってきても短い返事だけだったり」

「その翔次さんにはやてさんが私たちと同じ用事以外の用があるってなんか気にならない?」

「……まぁ、それはちょっと気になるわね」

 

 翔次にだけある別の用事、それもわざわざ時間を置いてからあるというのだから気になるのも仕方なし。

 そうなればやる事は一つ。

 

「よし! こっそり聞きにいこう!」

 

 盗み聞きするしかない。 管理局の職員としてあるまじき発言であった。

 

「……ならもう少しこっそり言いなさいよ」

 

 呆れながらも、自分も絶対に付き合わされるのだろうなとティアナはすでに察していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁなんかドキドキしてきたね」

「しないわよ……というかバレたらはやてさんに怒られそうでドキドキしてるわよ……はぁ」

 

 二人がはやての執務室前に到着した。 そしてゆっくりと、バレないように扉に耳を近づけて中の話を聞き取ろうとする。

 

「(何話してるんだろうね……)」

「(……聞こえてきたわ)」

 

 興味津々なスバルと意外とノリノリなティアナの耳に届いてきた会話。 恐らくははやてと翔次だけなのだろう。 二人の会話が聞こえてきた。

 

『……で、どうや? 私の話に興味持ってくれた?』

『……まぁ興味がないわけではない、訳ではない……が』

『が?』

『…………』

「(所々聞き取りにくいね……)」

「(シッ!)」

 

 少しだけ聞き取りにくい会話、しかし耳に全神経を集中させてティアナは何とか中の会話の全貌を聞き取ることができるようになった。 一番必死になっているとは言ってはいけない。

 

『ボクが六課で嘱託の職員として戦ってきたのは拳との義理を果たすためだ。 その義理が果たされた以上ボクがここにいる理由はない』

「(っ!?)」

『……今回のような事件が発生した場合にいつでも好きなように現場に切り込める部隊、それが六課。 でも六課は1年だけの限定部隊、あともう少ししたら解散や。 それもまだまだ私の力が足りないから……でもいつかまた六課のような部隊を私が作る時には、翔次君が絶対に必要になると思ってたんやけどなぁ』

 

 ティアナは理解した。 翔次がはやてに別件で呼ばれていたのは『勧誘』だからだったのだ。 しかし翔次は一度断っているのだろう、だが改めて話がしたいということでこうしてはやてと直接話をしている。

 しかし翔次は断るつもりなのだ。 それも自身が六課から離れるから、すなわちミッドからも離れるということだとティアナは考えてしまう。

 

『今回のことでAMFを相手取ることがこんなにも難しいことだとは私達も……管理局全体も思ってはいなかった。 だから今後の対策を考えるなら将来有望な新人の育成だけでなく装備面での充実化、そして……』

『ボクのような魔力を使わなくても戦える戦士が必要ということか』

『うん。 もちろん翔次君のが『特別(転生特典)』ってのは私も分かってるけど……それでも学べる部分もあるし参考にしないといけない部分もある』

『……だったら地上部隊と連携を取ればいいだろう。 あいつらの方がよっぽど白兵戦に慣れている。 質量戦もな』

『それはもちろん。 でも、どうしても陸も空もまだまだわだかまりが多い……レジアス中将が今回の件で仲良くなってくれるんはとても嬉しい話だけど……橋渡し役がいないのが大きな問題なんや』

『それを……ボクにさせるつもりだったのか? 魔力がないから親しみも湧くだろう……とかそういうことか?』

『うん……でも無理強いはできんなぁ、しゃあないなぁ』

『ふぅん……』

 

 はやての頭の中にある未来のヴィジョン、それは陸と空の連携を図りさらなる非常事態での対応力の向上、そのための橋渡し役として翔次にお願いしたかったのだ。

 笑ってはいるものの少し残念そうな顔をしているのが気になったのか、それとも彼の中にあるぶっきらぼうな優しさがそうさせたのか分からないが、翔次は顔を背けながらはやてにアドバイスをいう。

 

『……そもそも、何故ボクが有力候補なのかが甚だ疑問だ』

『え? だって……』

『いるだろ、ボク以上に適任なのが』

『いやでも私いっぱい考えてんけど、他になんて……』

『ボクよりも白兵戦が強くて、地上の連中をよく理解してて、なおかつ空とも連携が可能な、『()()()()()』がこの間五体満足で管理局に拘束されて来たじゃあないか』

『…………あっ!? 騎士ゼスト!?』

 

 はやてにとっては予想外の人選。 しかし気付いてからは実に役所にぴったりだと気付き始める。

 

『た、確かに騎士ゼストなら陸のことを知り尽くしてるし、レジアス中将とも仲良いし、私らとも知らん仲ちゃうし……ぴったりの適任やん! どうして気付かなかったんやろ……』

『……ふん』

 

 気付かなかった理由に翔次は気付いた。 それは、それだけ翔次のことを仲間だと信頼し認めている証なのである。 ゼストのことを思い浮かべることもないくらい翔次のことを大切な仲間であると認識しているからだ。 それに自分だけ気付いて少し呆れている。 当の本人は冗談抜きのガチびっくりだからだ。

 

『それなら騎士ゼストに話してみよか! 断る理由は……あるかも分からんけど、これからの管理局のためにも大切なことやし、話だけでもしてみる!』

『そうか、ならボクはもういいな?』

『えぇ〜それとこれとは話が別や〜』

『何故だ……』

 

 話を早く切り上げたい翔次に食い下がるはやて。 それはちょっと小さな子どものだだのようで。

 

『ええやんええやん! 騎士ゼストと翔次君のダブルコンビ、結構良さげやん! 騎士ゼストは地上部隊と繋がりあるし、翔次君はなのはちゃんやフェイトちゃん達空の魔導師達と繋がりあるし。 バランスええやん!』

『ふざけるな。 ボクはそもそも管理局そのものに興味が対してない! あとボクは基本コミュ障の隠キャだ! これでも結構あの二人相手にするのに苦労してるんだ!』

『えー!? ダメェ〜?』

『そもそも空の連中なんて数える程しか知らん! アニメ原理主義を舐めるな! 実は裏でこんな凄い奴らがいたとか言われても知らん!!』

『ちぇ〜……』

「(なんかすっごい……悪ふざけ? してる……?)」

 

 よく聞こえないスバルの耳にもはやてのワガママは届いていた。 何故なのか疑問でしかないが、恐らくは誰にとっても疑問にしかならないであろう。

 そんなワガママもついには別の事をはやてに閃かせる。

 

『……せや!』

『次はなんだ……』

『翔次君って今はどこで寝泊まりしてるん?』

『……適当にそこら辺のホテルとかでだ。 それがどうした?』

『それはお金がかかってしゃあないやろ? だからそう! 管理局の手伝いをしてくれるっていうんなら|()()()()()()()》に住んでええよ!!』

「(およよ? なんでそんな話に?)」

「(なっ……!?)」

 

 その言葉はしっかりとスバルの耳にも届き、当然ティアナの耳にも届く。 ティアナにとってはにわかに信じがたい言葉ではあるが。

 

 そして翔次にとっては意味不明な言葉でもあった。

 

『……はぁ? 何でそういう話になる?』

『ええやんええやん! うちにいれば衣食住全部揃うし! シグナム達もおるから翔次君も特訓できるし! あとついでにアイカの事を見てくれる人もできるし!』

『おい、最後だけお前の所の家庭事情丸出しだぞ』

『なっ? ナイスアイディアやろ!!』

『いつからナイスになったんだ……』

『せやって……翔次君は六課解散の日が来たらミッドから他の星に行っちゃうんやろ?』

「────!」

 

 部屋の外でワナワナ震えだすティアナ。 それを加速させるようにはやては翔次に勧誘を続ける。

 

『……』

『キリン君から聞いたで? 武者修行……とまではいかないけど色んなとこで特訓するつもりやって。 私もそうだしみんな翔次君といきなり離れ離れになるんは寂しいんや』

『……別に会おうと思えばいつでも会える』

『その言い振りやと、否定はしないんやね?』

『まぁ……な』

『やったら、なおさらうちにおいでぇなぁ』

 

 衝撃の事実を発しながら、はやては何故か急に路線を変え始める。

 

『それに……うちにおったらぁ〜?』

『……シャマルのポイズンクッキングの餌食にでもなるのか?』

『そこまでのボケはしないよ!? 翔次君がうちにおったらぁ〜……()()()()してあげても、ええよ?』

 

 語尾にハートのマークでもつきそうな誘惑。 ついでにしている謎ポーズ。 しかしそれは翔次にとっては困惑の元でしかない。

 

『はっ? 何言ってるんだお前は──』

 

 が、彼女にとっては違う。

 

「──ダメェー!!」

「あっ! ティアマズいって!」

「……ティアナにスバル? お前らそこで何を……」

 

 勢いよく扉を開けてしまうティアナ。 当然中の二人にはバレるしスバルもとばっちりでバレる。

 だがそんな事よりもはやてと翔次の目を引いたのがティアナの表情であった。

 

「……っ!」

「ティアナ? どうしたそんなに顔を真っ赤にして、何を怒っている?」

 

 赤い顔。 目尻には何故かうっすらと涙も。

 そして怒っている。 ティアナは怒っている。

 原因が分からない翔次はただただ困惑を加速させていく。

 

「……ふんっ!」

「あっ、どこ行くのティア!」

 

 怒りの表情を翔次に見せたティアナはそのままその場を走り去ってしまう。 その状況を見ていたはやては何故が全部を察しているような顔をし、翔次に言う。

 

「……ほら、追いかけてあげて」

「いやまて……待てはやて。 さてはお前外でスバルとティアナが盗み聞きしてるのを知ってたな?」

「……何のことやろなぁ〜?」

「……スバル」

「あ、はい。 ティアナならあっちの方にダッシュで行きました」

「はぁ……お前は追いかけてくれないのか、そうかそうか」

「だって……ねぇ?」

 

 翔次の言葉にスバルは頬をかきなぎら当然の事だと言うようにティアナが走っていった方向を見る。

 

「多分ティア、翔次さんに追いかけてきて欲しいと思うんだ」

「……はぁ、親友のお前がそういうならそういうことなんだろうな」

「そうですそうです。 だから追いかけてあげてください。 ティア、ああ見えて走るの早いので」

「分かったよ……はやて、ともかく話はこれで終わりだ。 いいな?」

「ええよ〜騎士ゼストの名前が出た時点でもう大丈夫やったし〜?」

「……このたぬきめ」

「何のことやろなぁ?」

 

 最後に悪態だけついて翔次はティアナを追いかけ始める。 決して高速で追いかけることなく、普通の足並みで走りだす。

 それを見送り、残ったのはスバルとはやてだけ。 スバルははやてに気になった疑問を一つ聞くことにした。

 

「……もしかして、私たちのこと気付いてました?」

「うん、結構最初からね」

「あちゃあ〜……」

「まぁ大丈夫よ〜別に怒ったりしてないから」

「ほっ……」

 

 最初から気付かれていたとしても、最初から話を聞かれていたとしてもはやてはそれを咎めることもしないし怒ることもしない。

 スバルはそれを確認すると安心して新しい疑問を聞くことができる。

 

「それなら……途中からちょっとふざけ始めたのってワザとですか?」

「……なんでそう思うん?」

「うーん、だってはやてさんって無理難題吹っかけてくることはまずしないし、私達にだって最善を尽くしてこなせる仕事を任せてくれますし。 何より嫌だって言ってるショージさんに無理強いはしないだろうなぁ、と」

「ふーん、嬉しいこと言ってくれるやん」

 

 一年近い付き合い、されとて一年以上の濃い付き合いの中でスバルだけでなくティアナもエリオもキャロも、はやてやなのは達の事を理解できるようになってきた。

 だからはやての真意も何となく分かっていた。

 

 

「なんやかんや一年近い付き合いになりますから。 それに、ティアのためにああやってたんですよね?」

「正解や。 まぁ騎士ゼストの件に関してはホンマに私の頭から抜けてたから翔次君に断られても別によくなったんや。 でも、彼がミッドから離れるんは……ちょっとアレやろ?」

「……そうですね、特にティアにとって、はい……」

 

 ティアナにとって翔次とは仲間であり友であり同志であり……親友のスバルとはまた違った特別な存在になっていた。 共に戦い、困難に立ち向かい、時に肩を貸し合い、そして共に笑う。

 そんな特別になったからこそ、はやては翔次にティアナを追いかけさせた。

 

「……翔次君はな、うちと似てるんや」

「似てる……?」

「私もやし翔次君も……子どもから無理やり()()()()()()()()()()()()()。 私は両親いなくなってもうたし、翔次君はそもそも一度死んでる」

「……」

「だから何やろ……なのはちゃんやフェイトちゃん達と違って時間が飛んでるんや。 失ったもんありすぎて、その分の時間が飛んだんや」

 

 はやては両親だけでなく両足の障がい、翔次は和解した兄との死別。 もちろん二人だけが辛い時間を過ごしたわけではない。 さりとて失った分だけを満たす程の存在が周りには少なかった。

 なのはにはアリサやすずか、高町家の人たちがいた。

 フェイトにはアルフやクロノ、キリンとの約束、プレシアとの最後の穏やかな日々。

 しかしはやてにはヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラだけであった。 リインフォースは死に、ツヴァイが生まれたが、それでも満たされるには時間がかかりすぎる。

 

 翔次には兄の一喜の言葉だけであった。 彼にはそれしかなかった。

 

「……でもな、六課でみんなに出会って……失ったもんの倍以上の大切な時間をもらったんや。 それは翔次君も同じや。 でも彼は多分……不器用でちょっと暗い方に考えが行っちゃう、だからミッドから離れようとしてるんや」

「……はやてさんには止められなかったけど、ティアなら止めてくれる、と?」

「分からん」

 

 即答であった。 先程までの長くそれぞれの時間にまつわる話は何だったのか。

 

「ええ……」

「しゃあないやん、結局は翔次君次第やし。 でも……」

 

 分からないしかし確信めいた事は一つあった。

 

「これが二人の()()になるんやったら、今二人が全力で走らんと後悔するから」

 

 どちらも兄を失い、兄と過ごすはずだった時間を失った。

 

 ならばこそ、その時間以上の、過ごすはずだった二人の青春を過ごしてもらう他ない。

 

「がんばりぃや、二人とも」

 

 青春を謳歌できなかったはやてからの、ささやかなエールであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待っ……待て……ハァ……ハァ……!」

「待た……待たない……ゼェ……ゼェ……!」

 

 走っていた。 外に出て、道を走り抜ける。

 

「ハッ……ハッ……!」

 

 走りながらティアナの脳裏に映るものは、翔次との出会い。

 

『ボクは朱澤 翔次だ』

 

 感謝。

 

『ボク達はどこまでも自由自在で────無限だ』

 

 勝利。

 

『勝てたのはティアナがいたからだ。 ……ありがとうな』

 

 めまぐるしく走馬灯のように流れ続ける二人の思い出。 それを振り返りながらティアナは考える。

 

 何か訳があるのだと、翔次という男と短くも長い時間を共に過ごしてきたティアナには何かが引っかかっていた。

 だから聞かなければならないと思った。 せめて自分だけでも、翔次の口から聞かなければ、と。

 

 そう考えて走り続けた。

 

 

 いつしか、海に来ていた。

 

「ハァ……ハァ……」

「ゼェ……わ、私の方が……ゼェ……先に着いた……わね……」

「いつから……ハァ……海まで競争……してたんだ……ハァ……フゥ……」

 

 特に理由もなく、特に意味もなく、走っていたらいつのまにか競争になっていた。

 いつのまにか海まで。 あの時と同じように二人で海の側まで。

 

「……何で急に走り出した。 というか何故盗み聞きしてた」

「なんでもいいでしょ。 あんたが話してくれないから勝手に聞きに行ってただけよ」

「……悪かった」

「別に、いいわよ。 私も察しが悪かったし」

 

 息を整えた二人は海を眺めながら話し始める。 お互いの顔を見ないで、気持ちを落ち着かせるように海だけを見る。 夕日に彩られた海を。

 

「……で? 何でここから離れるのよ?」

「聞いていたのならもう知っているだろう、拳との義理……それを果たしただけだ」

「誰が『建前』を言えっていったのよ」

「……なに?」

 

 翔次はティアナの方に顔を向ける。 ティアナはその瞳に海を写しながら、翔次を見る事なく続ける。

 

「そんな義理だけであんたが命張るとは私は思えない。 この1年でそう思えるようになった。 だから本当の……あんたの気持ちってやつを言いなさいよ。 別に誰にもいいやしないから」

「…………」

 

 諭される。 核心を突かれるも諭される。 それはティアナの優しさであり、彼女がこの1年で周りからもらった温かさでもあった。

 それを見た翔次は観念したのか、それともティアナにだけ言いたくなったのか、真意を口にする。

 

「ボクには……資格がないんだ」

「……」

 

 翔次の言葉を静かに聞く。

 

「ボクはかつて……いや、かつてと片付けられるほど昔というわけではない。 今から10年前、ボクはフェイト・テスタロッサと彼女の母親であるプレシア・テスタロッサを傷つけ、利用し、管理局を一人殺し……そしてこの世界をめちゃくちゃにしようとした」

 

 振り返る翔次のこれまで。 それは波乱と狂気と虚しさに満ちた日々。 キリンと翔次の兄が止めなければ破滅によって終焉を迎えていたであろう過去。

 

「フェイト・テスタロッサもプレシア・テスタロッサも……結果的に家族としての絆を深めることができたと、あの時にいた当事者達は言った。 それは確かに事実なのかもしれない」

 

 事実、あの事件後わずか数ヶ月ではあったもののフェイトとプレシアの間には確かな絆が生まれた。 家族という絆、親子という愛が生まれた。

 しかしそれは本来生まれるはずのないものでもある。

 

「だが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 フェイト・テスタロッサは幸せになれる。 それは紛れもない史実。

 

「彼女には幸せになれる道筋がある。 それを自分で掴む力も手にする。 ……ボクのした事に対した意味はない」

 

 原作においてフェイト・テスタロッサは今もなお戦いの中に身を置くことになるが……それでも彼女の人生には幸福と愛が満ち溢れているものになる。 翔次の一件がなくとも、彼女は自身の幸せに必ず出会える。

 

「結果……ボクのこの両手にフェイト・テスタロッサを、彼女の母親を傷つけた『事実』だけが残っている。 そしてこれはこの先消えることはない」

「…………」

 

 この言葉でティアナはようやく気付けた。 これが、翔次のこれ(過去)が彼を悩ませているのだと。

 

「これから先彼女が幸せになるのは確定している。 キリンがいるからな。 だがそれを見るたびにボクはこの両手を見てしまう。 そうすればするほどボクは……彼女と彼女に繋がる大切な全てに触れられなくなる。 だからボクは……ミッドから出るんだ」

 

 偽りのない翔次の本音。 恐らくはティアナにのみ、この時のみ発するであろう彼の言葉。

 

 その言葉を受けたティアナは……

 

「……バッカじゃないの?」

 

 真っ直ぐに翔次を見ることにした。

 

「ティアナ……」

「あんたのこの手が……」

 

 ティアナは翔次の両手を掴む。 いや、包むようにすくい上げる。

 

「傷つけた……フェイトを? だからあんたのこの手はそれしか出来ないわけ? 違うでしょ!」

 

 言葉に思いを乗せ始めるティアナの目が少し潤む。

 

「あんたは()()()で私を守った! みんなを守った! みんなと一緒に……私と一緒に戦って……勝ったじゃない!」

「……ティアナ」

「あんたのこの手は確かにフェイトを傷付けたのかもしれない。 だけどあんたはこの手で私を助けてくれた!」

 

 初めて出会った時も、自信を失い後悔した時も、戦場で孤独になった時も。

 その手は剣を握り、共に側にいてくれた。

 

「あんたが言ったんでしょ、私達はどこまでも()()()()だって! だっから自由にこの手でみんなのために戦ってきたんじゃない!」

「────!」

 

 確かに、義理はあったのかもしれない。 拳に対して、フェイトに対して、キリンに対して。 しかしそれを選んだのは翔次である。 数ある選択肢から選んだのも翔次である。

 自由の身になれる選択肢もあったはずなのに……彼はこの道を選んだ。 それは亡き兄の言葉を信じたからであり……そして彼もまた自由で無限の自分の中からそれを自分自身で選んだのである。

 

 ならばその両手は傷付けるだけにあらず。

 その両手は誰かも守れると自分で証明していたのだ。

 

『『本当の死』とは誰かに意思を託すことだ。 もう消えてしまうこの瞬間に誰かに意思を託す事で悔いはなくなる』

 

 思い出した、兄の言葉。 最期に残してくれた、弟は向けられた言葉。

 

『俺の意思は……兄弟を思う意思はお前に託す。 いや、もうお前に託した』

 

 託されていた、兄の意思。 兄弟を思う意思。 翔次の心の根底としてずっと存在していた忘れてはならない意思。

 受け継いでいくという立場にある自分、しかしその意思を継いでいくことで生まれる矛盾。 自分らしく生きることとの矛盾、これまでの自分が引き起こした事件の罪と罰、その間で揺れ動いていた。

 

 しけし今、ティアナの言葉でようやく気付けた。

 

「……そうか。 ボクは自分でも気が付かないほど……いや、否定していたんだ。 誰かを守れる自分を」

「そうよ。 だからさっさと認めなさいよ……バカ」

「……あぁ、そうだな」

 

 ティアナの目から涙が零れ落ちる。 その雫がティアナの両手に包まれている翔次の両手に落ちる。

 翔次の手は気が付けばその涙を拭っていた。

 

「ボクの手は……他人に触れるのを怖がっていた。 だがまぁ……」

 

 そして手をティアナの目元から離して見る。 自分の手がそこにある。

 今までずっと、傷付けるだけの手だと思い、汚れて見えたその手は……よく見れば普通の手だった。

 

「ティアナ、お前の言葉を信じてみることにするよ」

「……! うん……!」

 

 朱澤 翔次は普通の人間であった。 これまでの自分の歴史を振り返る時、彼は自分という存在は何かしらの罪を背負い幸福を避けて行かなければならないと思っていた。

 しかし彼は普通の人間であった。 これから先普通に生活し、友と過ごし、恋をし、そして時に守るために戦う。

 これまでの自分は、ほんの少しだけ背伸びをして大人っぽく振舞っていただけだったのだ。

 

 だが、この両手は普通の手だった。 ただただ普通の自分がいた。 特別じゃない、特別にならなくてもいい。

 それが等身大の自分なのだ。

 

「……さて、それじゃあボクの衣食住を考えないとな。 どうしたものか」

「そういえばあんた、たんまりもらったらしいじゃない。 私の購入したい物件がいい値段するからあんたちょっと折半しなさいよ」

「どうしてそうなる!? 自分で住むわけじゃない家に金などださん」

「じゃああんたも住めばいいじゃない。 どうせ広い家に私一人だけだし」

「バッ! バカお前、何を言ってる!?」

「え? ……っっ!?」

 

 こうして翔次はミッドへ残る事となった。 しかしはやての誘いは以前断ったままではある。 一方で管理局の記録には客員隊員として翔次の名は残ったままであった。 これは何かあれば必ず手を貸すという翔次なりの不器用な気遣いなのであろう。 事実この先に起こるいくつもの事件にはやては翔次の力を貸してもらっていく事になる。

 

「先に言っておくが、ボクは家事なんてできないからな! 先に分かっておけよ!」

「ハァ!? だったら私だって先に言っておくわよ! いい!? これからは──」

 

 何にしても翔次はミッドへ残る。 いや、仲間たちと共に過ごすことを選んだ。 彼自身の意思で。

 そしてこの先……

 

「────私のことは『()()()』って呼びなさいよ!」

 

 二人(翔次とティアナ)の青春は続いていくことになったのだ。

 不器用で似た者同士の青春が。

 

 

 




不器用で不恰好で、よくある普通の青春。

今回も誤字脱字等のミスがありましたら、コメントにてお教えください。
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