原作キャラ未登場注意。
捏造設定、自己満足注意。
二人を結びつけた、あるキーアイテム。
それを巡る誰かたちのお話。
このお話だけpixivにも投稿しています
岐阜県、糸守。
隕石湖の中央に封ぜられた、神域の岩戸。
一人、妙齢の女性が軽やかな足取りで訪れる。
彼女の足取りは不思議な事に、伸び放題な雑草に絡まる事もなく滑らかであり。
一足飛びに水の流れを飛び越え、程なく、岩戸を潜った。
「遅かったのぉ」
出迎えたのはすっかり頬を紅くした男。
周囲には瓶子が幾つも転がっている。
匂いもひどい、大分前から飲んでいる事が窺い知れた。
無論、酒に呑まれるような男ではないけれど。
「随分飲んだのね」
溜息を吐き、男の対面へと腰を降ろす。
持参した太刀はすぐ抜けるよう左手に。
「今更やの」
男は笑って、そして女を気にした風もなく、最後となった瓶子の封を開ける。
丹念に織られた組紐がほどける衣擦れが、やけに大きく響いた。
「……ダメやったか?」
「ええ。古来より伝わり行われてきた交感以外の干渉は控えるべきだと……」
「そうか」
「……ごめんなさい」
「アンタが謝る事じゃないわ。感謝しとる。此処は、ええ所やった」
瓶子を傾け、男は笑う。
『半身』である神酒。
想いを集め、願いを縒り、未来を伝える巫女の酒。
時代を紡いできた人間達の生き様を、男は次々に飲み干していく。
ああ。彼の内がまた満たされる。
「だから、……。だから、貴方が何かをするというのなら、私はそれを停めなければなりません」
岩戸の内側、限定的な神気解放。
幽世が隔離される。
狭い洞窟が、神世の神域に変わる。
「何でそう思った?」
最後の一本、逆さにして残る一滴の雫までをも手に掬って舐める男は困ったように笑う。
「彼は、貴方に似ている。貴方は、彼に似過ぎている」
「……そうかね」
「一つだけ、聞かせて下さい。あの巫女と交感するのが彼でなければ――…」
「無理やろね。宮水の女は、いい女ばかりだ。美味い酒を造る」
そこで、歴代の『半身』全てを飲み干し、願いを纏った男は言葉を句切る。
「特に当代の二人は。な?」
「――残念です。今より、貴方を祟り神と認定、誅殺します」
「はっはー! たかが烏がよぉ言った!!」
宣告に返すは不敵な笑み。
次の瞬間、二人は爆ぜる。
男の無骨な刀が轟と舞い、
流麗な舞踏を踊るように跳ねる女が受け流す。
神域、神世の戦い。
戦いは幾星霜に及び、同時に一夜を経ずに終わる闘い。
かつて荒神として名を馳せた男、しかも数多の願いを受け取り光輝を増す彼を相手に、ただ遣いである烏が勝てる道理はなく。
伏せたるは天の烏。
満身創痍で、傷だらけ、それでも凜と立ち上がるはかつての戦神。
「く……っ、ふ………!」
「悪いなぁ、ほんとに。お前さんには世話になったのに」
「待っ…………! 高天原の、神々が…………」
枷が、壊れていく。
彼を留める枷が。
震える女の手は、震えながら背を向けて去ろうとする男に伸びて――
「ま、許されるつもりもないのよな」
飄々と笑う、男の背中へは届かず落ちる。
神々しさを失った岩戸の内側で、さざなみの如く静かに響く涙声。
背後に後ろ髪を引かれる思いを僅か、されど男は外の世界へ足を踏み出した。
「さて――…少年。眠れるお姫様のお迎え、今度こそ…果たせよな」
二度目の――最期のチャンスをくれてやる。
そんな胸中での一言と共に、男はご神体と奉られた岩戸より抜け出し、隕石の跡縁に立つ。
視線を巡らせれば隕石湖から、雲海の隙間に小さな町並みまで。
目尻を緩ませた所で、傍らに唐突に現れる神気と怒気。
「遅かったの」
男は笑う。
傍らに現れ出でたのは女神と使いの天狗。
「お前っ、その態度は何だ!」
「はっはっ、大きくなったじゃないかチビ天狗」
「貴様…ッ!!」
「お止めなさい」
「しかし!」
憤る天狗を、目線で女神が抑える。
「っう、…。はい」
悄然と肩を落とす天狗が一歩下がれば、男もそれ以上からかう気はないのか軽く肩を竦めた。
「御大将自ら出てくるとは、予想外だったのう」
「思ってもいない事を」
「まあ、世話になったわ」
「なら、跡は濁さないで欲しかったわね」
「それは無理やなぁ」
「貴方らしいわ」
「大御神さま、そろそろ……」
二人の会話をせき止めたのは天狗。
それを受けて、新たに現れた女は手に持つ錫杖を、ギュッと力を篭めて握り締める。
そして、脱力。
「無理よ。だってこいつ、もう神力なんてほとんど残ってないもの」
天狗に視線を流すと、吐息をゆっくり漏らしたのは女神。
「ええ!? だって、1200年分の神酒が……!」
「……そんなに、あの子の事が大事? 神としての力を失って、ただ泡沫のように消えて行ってしまうのに」
「儂は儂のやりたいようにするだけよ」
「――時間遡行、未来改変、因果律の改竄。その罪、見逃す事能わず。――誅します」
「おう」
煌めく刃が、かつて荒ぶった戦神の胸を穿つ。
消え行く中、忘れられた隕石湖を目指して懸命に自転車で駆け上がる女子(男子)を見出して、男は満足げに笑って、消えた。
伏し目に、天狗に顔を見られないように俯いていた女神は静かに岩戸を一瞥する。
男の力の残滓に包まれ、聞こえる何かには気付かぬ振りをして。
一考。
彼が何をしようと。
如何に彼が有数の神であろうと。
世界の修正力に敵う量ではない――筈だけれど。
念には念を、押すべきだろうか?
そう過ぎった思念、振り払うようにかぶりを振ると女神と謳われる彼女は告げる。
「行きますよ」
「あ、はっはい!」
結局、女神は可能性を絶えさせずに帰還して行った。
その心中は誰に話す事もなく、如何なる理由かは世界の終わりまで語られる事はないだろう。
ただ、今は眠る男子の手首、そこに巻かれた朱の組紐。
そこに宿る力が、世界への反骨心を昂ぶらせて静かに静かに逆らい続けていた。