夕焼けの中、バットを持った少年が佇んでいる。目の前には血の海が広がっている。
少年は呟いた。
「……僕は間違ってない…そうだ…間違ってなんか…ない…そうだ…落ち着け自分!」
さらに血の海が広がる。少年の目は虚ろになっていた。
「僕は正しいんだ…間違っているわけない…
ふはは…ふははは…はははははは…!!!!」
闇に染まっていく学校の校庭で、一人の悪魔の笑いが響きわたっていた…
キーンコーンカーンコーン……
最後の授業のチャイムが鳴り、教室の中は賑やかさを取り戻していた。
「いやー!やっと終わったー!」
彼女は四俵友子。とにかく元気で、クラスの中ではムードメーカーだ。
「何言ってるのよ、あなたずっと寝てたじゃない。」
冷静なツッコミを入れたのは七尾真紀。おしとやかで成績優秀。皆のお母さん的な存在だ。
「そうだぞお前、ずっといびきかいてたじゃねぇか!」
二岡健介。純粋な野球少年で、こちらも明るいムードメーカーだ。
「う…健ちゃんだって寝てたくせにぃ!」
「俺は最後の5分だけだからな!!」
二人の睨み合いが始まった…クラスではおなじみの光景が今日も繰り返される。
勿論、七尾は呆れ顔で見ているのだが、そこへ一人の女子が四俵の元へ近づいた。
「疲れたって騒ぐ割には元気だね友ちゃん!」
彼女は三井優花。おとなしいキャラだがふざけるときはどんどん乗っていくマイペースガールだ。
「みっちゃーん!そう、今の私には元気しかないのさ♪」
「学校さえ終わっちまえば、後は遊ぶだけだよな友子ー!!」
五木広美。男勝りでガッツ溢れるクラスのリーダー的存在だ。彼女自身は女という性別が気に入らないようだった。
「勿論だよヒロ!学校という名の牢屋から放たれた私たちは…」
「「自由だー!!!」」
二人が息を揃えて叫ぶ。二岡は帰り支度をしながら眺めていた。七尾がまたツッコミを入れる。
「何が牢屋よ、あなたは自ら此処を受験したんじゃない。」
「まぁまぁ七尾さん!元気なのはいいことだよ!」
優しい声で言ったのは六条武志。ひかえめだが、皆を元気づけてくれる心の支えだ。
「まぁそうだけど…」
七尾が納得しなさそうな表情で呟く。すると三井が六条の肩を叩き、言った。
「あんまりツッコミ入れてると、また武志が入院しちゃうよ?」
三井の周りで笑いが起きる。
「もう三井さん、今日から学校復帰なんだからそういう冗談やめてよ〜!」
六条はこの間まで入院をしていた。やっと病気が完治してきて、今日が久しぶりの学校なのだ。彼の腕にはまだ医療品が取り付けられていた。
「ごめんごめん!」
また三井の周りで笑いが起きる。いつの間にか二岡、四俵、七尾が集まってきていた。
「あー!そうだー!!」
三井が突然叫び出す。
「武志の退院祝いしようよ!」
「あ!いいね!」「やろうぜ!」「いいわよ!」
それぞれ反応するが、六条は…
「えー?皆に悪いよ…」と抑え気味。
五木が六条の頭をポンと叩いた。
「何言ってんだよ?遠慮すんなって!」
四俵も、
「そうだよ武志くん!皆でお祝いするんだから!」
各自頷く。これには六条も、
「皆…ありがとう!!」
心を開いたようだ。少し照れ臭そうに六条が皆に頭を下げた。
二岡が閃いたように言った。
「じゃあ、修司も誘おうぜ!?」
「ねぇ?修司いないよ?」
三井が言った。
周りが凍りついた……
「「「「「「探せ!!!」」」」」」
ワッと全員が教室中を探し回る。
窓の外、ゴミ箱の中、他人の鞄の中、椅子の下、教科書の中……「どう考えてもいねぇだろ」とツッコミたくなる場所を探し回る皆……とそこへ、
「僕がどうかしたか?」
ドアを開けて悠々と少年が入ってきた。
彼こそ一丸修司。冷静沈着で常に気難しい顔をしているが、しっかり者だ。
一丸が、驚いたリアクションをしている皆に向かい、少し呆れた口調で言った。
「集団で悪事を行う気なら、たとえ君達であろうと情けはかけないぞ。」
「相変わらず、冗談きついわね。」
七尾がすかさずフォローをする。彼の独特のツッコミにだ。
「それに、俺達が悪事なんてするわけないって!」
二岡が一丸の肩を組んで言った。
一丸はそれには屈せず、落ち着かない口調で言った。
「二岡、今朝嫌な夢を見たんだ。お前が悪事をして、僕に殺される夢だ…」
しかしそれは、周りの賑やかな声に消されてしまった。
「え?なんか言ったか?」
「いや、なんでもない…」
一丸は目を二岡からそらしながら席に着いた。そして、落ち着きを取り戻した彼は皆に言った。
「そういえば、何故僕を探していたんだ?」
忘れてた!とでも言うように目を見開く個性派集団…
「そう!武志くんの退院祝いだよ!」
四俵が言う。それに便乗し、三井が言った。
「うん、その退院祝い修司もくるよね…?」
途端一丸は考え込んでしまった。
気まずい空気が流れる…
六条が気を使って、
「あ…別にいいんだよ?無理に来なくても…」
「あ、いや。僕が空いているのは明日だ。それ以外になる場合はメールしてくれ。」
それを聞いて、流れていた淀んだ空気がみるみる晴れやかになっていった。満面の笑みを浮かべて皆がはしゃぎだした。
「やった!明日だぜ!!」
五木なんか教室を跳ね回っている。よほど嬉しいのだろう。
と、突然六条がまた口を挟んだ。
「なんか…ごめん。わざわざ僕の為に…」
三井が六条の肩を叩く。
「何水臭い事言ってんの?仲間でしょ?」
四俵と二岡が乗ってきた。
「仲間っていうか…もはや、第二家族!?」
「お、いいねぇ!第二家族かぁ…。」
「じゃあ、修司は父親だな!」
「おいおい、父親って…」
すかさず一丸が二岡にツッコむ。
そしてバカ少女二人が一丸の真似をする。
「五木!お前ももういい歳なんだから言葉遣いを改めなさい。ぱぱんは悲しいぞ〜」
「四俵!お前はいつになったら真面目に努力するんだ!ぱぱんは悲しいよ〜」
「おい待て。何故僕の一人称がぱぱんなんだ?」
(え……?)
真剣なツッコミを入れた一丸を皆ぽかーんと見た。そして…
あっはっはっは!!!!!
真剣な口調でこんな事を言われるとは思っていなかった皆は笑いが止まらない。
とうとう一丸は座り込んで、
「これはいじめだ…」と一言。
どこまでも思い込みの激しい一丸の落ち込んでいる姿を見て、二岡が手を叩きながら「はいはい!」と皆を静める。
「話が逸れたが、退院祝いは明日な!では…準備開始ィ!!」
各自鞄を持ち、一目散に教室を出る。
「じゃあヒロ!お菓子買って来よう!」
「いいぜ友子!早速駄菓子屋買い占めるぜ!」
「じゃあ僕も!」
六条が出ようとした時、一丸が「六条!」と呼び止めた。
「え?どうしたの一丸くん?」
一丸は鋭く、けれど優しげな瞳で六条を見つめた。
「退院、おめでとう。」
意外な言葉に六条は少し照れくさかった。
「一丸くん…ありがとう!」
「じゃあ、また明日。」
「うん…また…明日!」六条は帰っていった。
僕も帰ろうと、一丸が出ようとした時、三井と七尾が呼び止めた。
「どうした?」
「相談があるの。聞いてくれる?」
七尾の声が震えている。これは只事ではないと一丸は鞄を机に置いて、二人の前に立った。
「僕に相談って?」
「ほら、私達図書委員でしょ?それでさ…なんていうか…」
三井の目線は定まっていなかった。一丸はそれには気付かず、考え込んでいた。
「図書委員?図書室の花瓶でも割ったか?」
「……近い」七尾が震える声で返す。
「そうか…なら謝りに行こう。僕も一緒に謝ってやるから。」
そう言った一丸はふと思った。この二人が花瓶を割ったくらいで僕に相談をするだろうかと。
確かに三井はふざけるが、真面目な一面もある。七尾に至っては成績優秀者だ。たかが花瓶でここまで動揺するわけがない。そう一丸が思っていると、七尾が言った。
「少し違うの…花瓶が…花瓶が……」
「なんだ!花瓶がどうかしたのか!?」
何かに怯える七尾に、一丸が肩を叩く。
三井が七尾の手を取り、一丸を見ながら切り出した。
「私から話すわ……十一月十一日のお昼休みに、図書室の花瓶の水換えがあったの…」
「…十一日?今日じゃないか。」
確かさっき、四俵と五木が「今日はポッキーの日だね!」とか話していたはずだ。そんな事を思いながら三井の話を聞く一丸。
「けれど、お互いに用事があって水換えは放課後にしたの……迂闊だった…換気のために窓を開けた事をもっと意識すれば良かった…!」
七尾も怯えたまま三井に被せるように話す。
「私が花瓶を置く場所をちゃんと拭かなかった事…!」
「違う!私がちゃんと見ずに花瓶を適当に置いた事!!」
「二人共どうしたんだ!?」
一丸が二人を制すと、二人は一瞬凍りついた。俯いたまま、三井が呟いた。
「花瓶が落ちたの…図書室の窓から…」
なんだ、それくらいか…と思った一丸は思った…そして、花瓶の行方の想像と二人の表情で最悪な結末を口にした。
「おい…誰か…誰か死んだのか…?」
場がより一層淀んだ空気に包まれた。唖然としている一丸に七尾が重い口を開いて言った。
「同じクラスの近藤くん…その時彼は遅刻の反省として…か…花壇の整備をしてたわ…
五分前くらいに…会話したばかりだったの…」
七尾のいつもの落ち着いたオーラは完璧に闇に包まれていた。正気を忘れている七尾に、一丸は語りかけた。
「警察に行こう…たとえ事故であれ尊い命を奪ったんだ…もし、君たちが黙る気ならそれは僕の正義に反する事になる…許すわけには…」
「待って!」
「話はここからなの!」
慌てる二人に、一丸は驚く。
「どういう事だ…?」
「怖くなった私達は…逃げたわ…そう逃げたの家に…!」
「家…だと…!?今君たちはここに…!」
七尾の信じられない発言に一丸は耳を疑うばかり。七尾は続ける。
「私達は明日になったら、すべて話すつもりだったわ…人を殺した罪悪感に…勝てるわけないもの…」
「花瓶を落としたのは私だし、真紀ちゃんは許されると思っていたから、私は怖くなかった…皆を巻き込む事は、なさそうだったから…」
「違う!私にだって非があるわ…!今はそれよりも話の続きね…」
一丸はさらに眉間にしわを寄せ、考え込んでいる。
「私達は震えながら…それぞれの家で寝たわ…」
「おい、わけがわからない…お前たちはいつの話をしているんだ!?」
慌てる一丸に、三井は震えながら言う。
「十一月十一日よ…」
「それは今日だろ!?君達はまだ学校じゃないか!」
「最後まで聞いて!」今度は七尾が言う。
「そして私達は目が覚めると、何故か学校にいた…」
「しかも十一日のお昼休みなの!私達は驚いたよ…近藤が…生きてたの…」
「ど、どういう事だ?」
一丸の動揺がさらに増していく。三井は俯き、七尾は頭を抱えている。やがて七尾が一丸の問いに答えた。
「私達にもさっぱりよ…それで、近藤くんがいない昼休みに花瓶の水換えを終わらせたら…彼は死ななかった…今生きてるの!!」
七尾の話が終わり、呼吸を整えた一丸は二人に投げかけた。
「話をまとめよう…君達は十一日に誤って人を殺してしまった…そして次の日を迎えるとまた十一日だったつまり…!十一日が繰り返された…」
二人が静かに頷く。
「ありえない…そんな事は…考えられないな…とにかく、近藤は今死んでないんだよな?」
二人はまた静かに頷く。しかし三井は「ただ…」と濁す。
「どうかしたのか?」
「放課後、花壇に行ったの…そしたら近藤が図書室の窓を注意深く見てるのずっと!きっと覚えてるのよ!夢だとしか思ってないだろうけどさ!!」
「落ち着け!」
狂い始めている三井の肩をがしっと掴み、落ち着かせる一丸。そしてゆっくり手を離す。
「近藤が生きている以上は、信じる事ができない…よくあるじゃないか、学校の…」
「七不思議!?でも…!」
声が高く速くなっている七尾に、一丸は「待て!」とでも言うように手のひらを広げて七尾の前に出す。
一丸は俯いて手を下ろし、ゆっくり口を開いた。
「…今度落ち着いたら、また話は聞く…」
無理矢理作った一丸の笑顔を見て、七尾がゆっくり大きく頷いた。三井も正気を取り戻していた。三井が言った。
「武志に変な気を遣わせたくないしね…帰ろう…」
教室の窓には大きな夕日が映っている。三人はその夕日に背を向け、教室を後にした。
その教室はオレンジを浴び、嵐の前の静けさを思わせるかのように佇んでいた…。