水が勢いよく流れる音を聞きながら、遺跡の中を歩いていく。前を歩くのは赤いドレスを纏い、自らを天族と言う精霊などと同じ存在と言った女性、ライラ。あの後、地上に早く出ましょう、とライラが急かすように言ってきたため少し早いペースでかれこれ10分ほど歩いている。そのためか、誠人の方は少々息が上がっていた。
「確かに地上に出たいけど、少し早くないか? もう少しゆっくりでもいいだろ?」
「ここが地下水道でなかったらもう少しゆっくりでもよかったんですけど、長年人が踏み入ってない場所です。町の下とはいえ魔物が出ないとも限りませんし、善は急げですよ、誠人さん!」
「魔物?」
その言葉は、よく聞いたようで聞いたことがない言葉。実際現実では聞かないし、聞くとしてもゲームや小説でしか聞かない言葉だ。彼女が急ぐということは実際にこの世界ではそういう存在は実在していて、人に害をなしているのだろう
「魔物か・・・。俺のいた場所ではそんなものはいなかったな」
「まあ! 魔物がいない世界なんて、とても平和な世界だったんですね!」
「そうだな。俺の住んでた国は平和だったよ。飯もうまいし人は優しいし、いい場所だ」
大学に行くために田舎から都会に出た時のこと。それはもう環境の変化がすごかった。田舎にはなかったものがあって、うまい食べ物がたくさんあって、いろんな県や国から来た人がいてその分いろんな文化などを教えてもらったりして、大学も都会という環境も面白く楽しかった
「地上にでたら教えるよ、俺のいたところの話」
「本当ですか!? 私、とても興味あるんです! 異世界なんて、聞いたことありませんから」
そういうライラは子供のように目をキラキラと輝かせていた。彼女といると、少し安らぐというか、何にせよ、さっきまで余裕がなかったが今は表情が和らぐぐらいには余裕が出てきたのだろう。何を彼女に話そうか、と考えようとした時———
―――キィキィキィキィ
と耳障りな音、いや、鳴き声が聞こえてきた。
それを聞いた途端、前を歩いていたライラが誠人のすぐ傍に急いで寄ってきた。その表情はさっきまでとは違いとても真剣で、周りを警戒している。
「い、今のは!?」
「おそらく、魔物の鳴き声です。誠人さんは私の傍から離れないでください」
そう言うと、ライラの右手に赤色の淡い光が集まり、形を成す。長方形のそれはお札だ。そこには何か字が書いているが読むことはできない。
鳴き声と共にバサバサと音が聞こえる。空間に響くそれらは2人に近づいてくるのがわかった。方向は、後ろ―――
「誠人さん、伏せて!」
そう言ってライラはその手にある札を近づいてくる魔物に投げる。するとその札が燃え上がり、魔物に命中した。札を出しては投げ、魔物を打ち落としていく。魔物の死骸と、肉の焼ける臭いに、息苦しさと吐き気を覚えた。
「今のが魔物か? 火で照らされたときに姿が見えたけど、なんかコウモリみたいな・・・」
「コウモリの形をした魔物です。一匹ではそこまで脅威ではありませんが、群れで行動するので油断はできません。魔物はそれぞれで姿形は変わりますが、そのほとんどは人や天族に対して敵意を持っていますから」
「人には見えない天族が魔物は見えるのか?」
「見えたり感じたりはできているらしいのです」
手に出した札がスッと光と一緒に消える。
「さっきの火ってやっぱりライラの?」
「そうです。私は火を司る天族ですので。あのお札は私の武器みたいなものですわ」
火を司る天族。実際にみるとファンタジーというか、けれどこの光景、臭い、息苦しさはどれもリアルである。
「やっぱり、異世界なんだなー」
そう口に出した時、
キィキィキィキィキィキィ
バサバサバサバサバサバサ―――
おびただしいほどの鳴き声と羽音が聞こえてきた。そして黒い群れがものすごい速さで迫る。
ライラはもう一度札を出し、迎撃しようとして、
「「え?」」
その群れは頭上を通り過ぎていった。拍子抜けである。だが
「今の魔物たち、敵意がなかった・・・? それにあれはまるで、逃げてきたみたい」
呟くライラを横目にコウモリの魔物が逃げてきた方を目を細めてみる。そこには赤く光る二つの眼。聞こえる唸り声。自分よりも大きなシルエット
「誠人さん!!」
「っ!?」
いきなりライラが腕をつかんできたと思ったら走り出した。その顔には焦りの表情が浮かんでいる。
余裕、そんなものは一片もない。
「あれを相手には今は無理です! 逃げましょう!」
「あれって魔物だろ!? ならさっきみたいに―――」
「ただの魔物ではありません! あれは憑魔です!」
―――憑魔
導師が倒すべき存在
けれど魔物と変わらないのではないか、と思っていたが、違った
明確に、存在が、全く別のものだと、感じてわかった
あれが向けてきているものは敵意ではない
心臓を鷲掴みにされたように息苦しく、頭を殴られたようにぐらつく感覚
おそらくこれは敵意ではなく、『殺意』と呼ぶものだろう
それが今自分たちに向けられている
「———」
気が付くと腕を引っ張られているから、ではなく自分の意志で走っていた。
あれから逃げるために、無意識に
―――グルルルルッ
唸り声が聞こえた
次に大地を蹴るような音が聞こえた
間違いなく、あれは自分たちを追ってきている
誠人は後ろを振り向いて、その距離がもう25mもないことに―――
「お、追い付かれるっ!」
「『炎よ!』」
ライラが後ろに向かって火を放つが、素早い動きでその炎を避けていく。このままでは追い付かれて、『死ぬのでは』ないか
「上に打て!」
「ッ!」
咄嗟に出たその言葉に反応して、ライラは上に、天井に向かって札を投げる。天井に張り付いた札は次の瞬間に爆発した。崩れた天井が瓦礫となって憑魔と自分たちの間の通路を塞いだ。瓦礫の向こう側では退かそうと瓦礫を殴る音が聞こえる。
「長くはもたないぞ! 今のうちに!」
ライラと2人、走り出した。その先に大きな扉がある。力任せにその扉を押すと、ゆっくりと扉が開いた。
そしてこの地が、誠人の運命の始まりの地である。