ぐだ男と野獣のクッキーkiss   作:野鳥先輩

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冬木にて。ビーストと

 事実は小説より奇なり。それは古今東西、時代を問わない。

 

 ――道端に転がる汚物を、ただ目に入ったからと弄り回す者はいるだろうか。中には拾い上げた者の脳に異常があるだとか、強烈なインスピレーションを受けただとか、そういった屁理屈をこねる事もあるだろうが、常識的には、否と答えるべきだろう。有り得ない選択肢の一つであることは、疑いようもない。

 

 ――弄り回された汚物を、人々は笑いながら受け入れるだろうか。中にはその場にいた者全ての脳が一般から離れていた等と、苦しい屁理屈をこねる者もいるだろう。だがこれも、常識的には否。有り得ない選択肢から派生した、更に有り得ない選択肢の一つだ。

 

 

 オレの目の前に現れたコイツは、言ってしまえばそんな、幾層にも重なった有り得ない選択肢全てを潜り抜け続け、全世界へと躍り出た。奇跡の起こり得ない、神秘とは真逆の統括された電子の海を縦横無尽に駆け巡り、多くの人間の脳裏に焼き付いて離れない。それは時々に応じて形を変え、役柄を変えた。彼の五体は切り抜かれ、数々の派生が生まれた。そんな男を――

 

 

「24歳です。学生です。オッスお願いしまーす」

 

 ――奇跡の産物と呼ばずに、なんと呼ぼうか。

 

 

 

 

「うわぁ野獣先輩だ!」

 

 ロマンの素っ頓狂な驚きが、オルガマリーの苛立ちを逆撫でする。

 

「ロマニどういう事? この、海パンしか履いてない薄汚い男の正体を知っているというの?」

「知ってるも何も……なんだこれは。たまげたなぁ」

「あの、先輩。ドクターの様子がおかしいのですが……」

 

 あぁ。オレも、彼と同様の悩みを今抱えてしまった。コイツの事はもう知ってるけど、とてもじゃないが穢れを知らない婦女に語れる内容ではない。

 

 野獣先輩。現在のクラスはビースト、というらしい。同性愛者向けビデオ、俗にいうホモビデオの男優である。脂ぎった肌に決してイケメンでない顔、画面越しに見ただけでも臭いが伝わってきそうな不潔感から、生粋のホモには受けが悪かった。代表的な作品は『真夏の夜の淫夢』『バビロン』だろう。それだけであれば、とてもではないが英霊足り得ないはずだが……

 

「……おまけにビーストってなによ。基本クラスにもそんなものはないわ」

「この辺がセクシー……エロいッ!」

 

 ビーストが興味を示したのは所長ではなく、オレだ。ビーストは同性愛者なのだから当然の帰結だろう。野獣の眼光をきらめかせ、ズボンをずらそうとしてくる。

 

「あっ、ちょっと! 先輩に何してるんですか!」

 

 マシュがビーストを押しのけ、オレの片腕にしがみついてくる。一瞬だがずれたズボンの方へと視線が逸れていた。

 

「せ、先輩。大丈夫でしたか?」

「あぁ、うん大丈夫」

「……しょうがないね」

「や……ビーストは同性愛者のサーヴァントだ。所長やマシュは絶対大丈夫だけど、君はくれぐれも気を付けてね」

「ちょっとロマニ! いいから野獣先輩の正体を教えなさい、こっちも困惑してるの!」

 

 それにしてもロマンめ。それなりにサブカルチャーに通じているとは思ったけど、まさか淫夢にまで辿り着いていようとは。何処にいるか分からないな、淫夢厨っていうのは。

 

「先輩! また骸骨です!」

 

 見やれば召喚サークルは、骸骨に包囲されていた。

 

「俺が立たせてやるか。しょうがねぇなぁ」

「……なにが出来るというのかしら」

 

 ビーストが一歩前進したかと思うと、彼の両腕の関節が折れ、陰部を隠していた、何処かの人事部長の男の顔面が二つに割れた。そこから這い出たのは、およそ人体に埋め込むには強力過ぎる銃火器の数々。

 

「ンアァーッ!!」

 

 野獣の咆哮と共に、それらは実弾を発し、ビーストの口からは白いビームが吐き出された。それらは圧倒的物量を以て、群がる骸骨たちを蹂躙していく。その光景を、マシュは、そしてオルガマリー所長は茫然と見ていた。

 

「あ、あれなんてBBだっけ……見た事はあるんだけど」

「フルオープンアタック先輩BB」

「あぁ! 君知ってたんだ、てっきり知ってるの僕だけかと思ってたよ!」

 

 大方予想通りの能力を持っている事が把握出来ただけ僥倖だろう。ビーストは、本編のみでは決して英霊足り得る資質を持ちえない。その一言一句は淫夢語録と呼ばれ、多くの人間の言語野に染みついてはいるものの、それ以上にはならない。ならば、彼を描いた物語で彼の人間性そのものを、英霊足り得るレベルまで補強すればいいのだ。その材料は、インターネットに無数に存在する彼を切り抜き改造したBB先輩シリーズ、全く別の存在とビーストとを結び付ける野獣先輩新説シリーズ、そして、BB先輩シリーズを用いて構築される物語群であるBB先輩劇場。全ての野獣先輩を以てビーストを補強。イレギュラーながらサーヴァント足り得る程度の力を持たせた。

 

 実際に可能か否かはともかく、理屈はこんなところであろう。だとすれば今のビーストは、これ以上無いほど原点から乖離した無辜の怪物だ。そもそも彼は睡眠薬を用いて強姦を敢行した水泳部の先輩でもなければ、空手部にて先輩と共謀し後輩をレイプした強姦魔でも無い。当然体中に銃火器が詰まっている訳も無ければ、金箔の貼られた機械に変化するはずもない。

 

 ――本来の彼は、ごく普通の、TDNホモビ男優だったはずなのだから。

 

「……所長」

「なによ」

「コイツは確かに良く分からないけど、決して完全でなかった召喚システムから偶然召喚出来た、襲っても来ない戦えるサーヴァント。それだけ出来て、文句を言うのは筋違いだと思う」

「べ、別に文句なんて言ってないわ……」

 

 そのビーストはというと、何処からか赤マルとライターを取り出し涅槃顔を晒していた。あれも確か何かのBBだったな。

 

「気持ちいい~。やっぱり僕は王道を征く――」

「赤マルが王道なのか。いや、未成年だから分からないけども」

「医療班の大人としては一応、止めといたほうが良いと警鐘を鳴らしておくよー」

 

 ビーストはふとこちらを向いた。不機嫌そうではあるが、確か彼の振り向き素材はインタビューの時の上目遣いのものくらいだった様な気がする。手を差し伸べた。

 

「――よろしくな。ビースト」

「……ウン」

 

 これが、オレとビーストの始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……野獣先輩。2010年代からネットで異様に流行ったホモビ男優で、その真名は不明。真夏の夜の淫夢っつうカテゴリの顔みたいなもんだった」

 

 今にも暴れ出しそうなほど不機嫌な顔になりながら、呪詛の様にそれを紡ぐ、ケルトの大英雄クーフーリン。キャスターとして現界している、はぐれサーヴァントらしい。

 

「ったく。サーヴァントには現代知識が付与されるらしいけどよ。はっきり言っちまうが、今までで最低最悪の現代知識だ。現代人って何考えてるか分かんねーな」

「ケルトも中々キテると思うけど、その辺りは文化の相違で割り切れば良いと思う」

「ケッ。言いやがる」

 

 クーフーリンが言うには、知識としての野獣先輩は聖杯によって与えられるようだ。それの意味する所は、これから出会うサーヴァント全てが"真夏の夜の淫夢"を知っているという事。真名が分からないのは救いだが、その正体を隠すことは限りなく難しいだろう。普通の聖杯戦争で万が一召喚してしまえば、その神秘の薄さも相まって普通の魔術師に撃破されかねない。ピーキーでイレギュラーなサーヴァントだ。

 

「先輩! ドクター! 所長が、所長が泡吹いて倒れてます!」

「……ちょっと刺激が強すぎたかな」

「オォン! アオォン!」

「悲しんでくれてるのか。人は見た目に寄らないな」

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